健全な人間性の創造

直接的に暴力で生命財産を取り上げる事に対して、各種技術を悪用して間接的な手法による生命財産を奪う事も、意図する結論としては同様であり、動機や目的の共通性と手法の違いという構図にある。前者は視覚的に露骨に映し出され、その悲惨さから取り分け際立って悪性の如き実感を伝えるものの、後者の狙いも行き着く先は生存を奪う事を指し事象の性格は同列に配される。リアルに人の肉体を直接の手足をもって攻撃するか、間接的かの違いでありリアルでないだけ罪悪感が弱く無自覚の殺人者という性格にあり、正体を堂々と表せずに行うという点では寧ろ後者に悪性が映し出される。喧嘩や争いの理由を堂々と身の内を明かして示すことが最低下限の作法を指しこれを外す事に問題の根本的な悪性が浮かび上がる。この認識が道具の技術力等の効用に頼って著しく弱く安易な行為に及ぶ事が力の制御性を失った人間側の劣化を指し、手法の姑息性や精神面のひ弱さへ対して問題を当て本質を掴むことになる。自己の手足を使わずリアルな感覚が浮かばない技術の活用が習慣と至って、生身の生命との交流と離れた皮膚感覚は、根本的な感覚や感受性の劣化を増進し事柄の真相を誤らせる。安直な発想に傾き行っていることの重さに気づかない人間性には、その実態的な感覚を味わわせる事が少なからず必要になり正体を突き止め悪性の程を世間に知らしめて内面的な実態を表出させる過程が求められる。明瞭に表れる軍事的な対立ばかりへ認識が及んでより悪性度の高い身の内を明かさず働く生命を奪う行為を鮮明化させ、精神的な病理の真相を明らかにさせ人間の劣りへの認識へ及び、道具や力と利用の状態を抑え人間性に相応しい環境を作る事が上流的な予防に至る。力を備えるまでの過程がクローズアップされ、各種の軋轢や試練と対峙して直接的な感覚と感受性の体験を経ないと精神面が成長せず人間と力の不均衡を作りリアルな実態を感じられずに安易な殺人に走られる。机上の学問に偏して精神分裂の人間を作る事への問題が明瞭化され教育や社会秩序の健全な土台が強化されて質実を伺う嗅覚が成長し健康な心身が備えられる。事柄の真相を過不足なく掴みどんな影響を齎せるかの適正な予測が浮かべられリアルな質感の伴う発想や行為の周期に反映される。この想像力の著しい弱まりには生身の体験をさせ体の衝突から生命的な危機を感じさせる工程が少なからずいる。金や権力、技術力を保有するに相応しい精神面があるか、この未発達な内は無理な状態を作らない制御が要る。こうした道理が根本的な基礎になりあらゆる創造性の初動に置かれこれを軽視しては各種の負を発生させる。真摯な事象との対峙を外して文章をばかりを先行して管理する欲求の現れとも映し出される。生産の規則性に見る歪みを明瞭化して頭と体の分断による精神的な劣化を問題と掴み外界への過剰な要求と自己への甘い不公正を予防する施策が求められる。安易に力に依存する習慣が深まり生身の実態を抱けない安直へ及ぶ。これらの根に生命観が備わり極端に頭が発達して体と心のアンバランスな基礎動作が出現する。お粗末な経営者や政治家、役人やマスコミ、三流学者や評論家という類が少なくなくボンボン的感性の進行には警鐘が鳴らされ長期的な観点からの基盤教育の充実が大局的な課題と浮かびます。

大局上の人間性の認識

筋道を容易に外す安直な人間性には、力が集まらない。ゼロベースからの組織形成過程を経ないと、育たない感性かもしれません。親の力で配置を貰い人口的な力に依存して物事を作る発想が常態すると、お粗末な感性による不信が積み重なり、お飾りの大将が裸の王様を演じられる。強権的な物事の進行で、各自の自主内発性を統合すると言った作法に寄らないと、目標が与えられ積極的な創造性を落とし、対立の強要でいたしかたなく進める受動性を作る。人口性の強い感性のガサツな創造性は、多々こうした様相を表される。日本文化の根源的な精神性を体に吸収されない、小手先の欺きを経てきた性格は、明瞭に現れる。
籠の中で保護され気持ちが大きくなり、素のフラットな意識を外す自己制御力の劣った主体性は暴走を齎せる。力を与えて良いだけのキャパを測定して、適正な実態を創り上げる事が要り、これによって、健康な自己の客観認識と外界との適正な調和を遂げられる。こうした自律性の弱い性質の兆候が現れたら黄色信号となり、過剰に力を与えないように仕向けて、コントロールする事が賢明な判断を指し、自然反応的に生まれる人間の感性と思われます。籠を外して、身の程の実態を実感させるか、等によって修復が取られれば回復の余地は残り、それに及ばなければ、一斉に抑制への力を投じて、暴走を止める事が、必須とされる。甘く考える精神面が育たない主体性に、過分な評価を与えては、損失を齎せる事は自明であり、適時的確な作為を投じて、精神と力と責任の均衡を創り上げる試みによって、事前予防型の制御が果たされる。野性的な環境を常としてきた人間形成による根本的な性質の強さが、敏感に違和感を感じ取り危機への予兆を掴んで適正な微調整を図る事へ連なる。小事と大きな事との適正な峻別が生まれ、骨格的な面の崩れには、厳しい反応を示せるかに、動態の善し悪しが生み出される。根本的な価値の棄損には、躊躇なく適正なサイズへと調整させて、大きな怪我を招かない急所を掴みだされる。このメリハリ感が、温室にいると鈍くなり前兆を見過ごして、大きな事態を発生させ、甚大な被害を齎される。不抜けた感度が常態して、常識感が下落して、慢性的な皮膚感に忍び込み、外界の事象へ対しての感度が崩れ、堕落した性格への自覚に及ばない病理に嵌まる。自己回復に及ばず、他律の強要が必要となる瞬間を性格に掴んで、適時的確な施策を持って健全性が持続する。広い時代のスパンで見る現代の状態は、物理依存の慢性化や加速の潮流にあり、これへの適正な修復を図られるかが、大きな課題と掲げられる。自己の統制できる範囲を適当に掴み、負の影響を与えない制御力に主体性の力が配される。体と頭が分断的になり、可笑しな感受性を宿して、力みの強い発想や行為と現れ、プラスよりもマイナスの影響を作られる。基礎的な道徳が崩れて、物性の力へ過信して精神面の下落に陥り、不健康な主体性が生まれる。過剰なストックと、フローの停滞による外界の観測力が下がり、鈍感で肥満な体質が作られ、根本的な価値を崩される事への、的確な反応が生まれて、持続的な好循環を弱めない急所とされる。二次三次の加工された物事を出発点にして、物事の観測や生産に当たる生活習慣の深まりから、一次面を掴む感性が劣って、基礎の弱い建物が作られる。人間性の相対的下落に在る認識が弱いと、可笑しな力への従属性が留まらず、暴走した状態に陥られる。マニュアル化や自動化、分業化による弊害等と示され、骨格の痩せた主体性への健康管理が持続的成長の肝とされる。力や成長概念の適正な認識が固まって、本質を取り違える事のない支柱に収まり、ここから外界の性格への定見が生まれて、コンスタントに歪を掴んで対処に及ぶ安定した制御が生まれる。根や基幹が未だ固まらない成長の過渡期は、この根本概念の弱いふらふらした感性が生まれ、起伏の激しい感受性が生まれる。一定の良質な見識を有する人々によって適正なリードが与えられ長期性の性質を作り込む過程が生まれる。経済感覚の土台に、盤石な根源価値が弱いと、持続的な成長軌道と離れた一過性の判断を招いて、作っては壊しの繰り返しを生み、非効率な生産が進行する。効率を追いかけ非効率を招く、本末転倒な事態に及び、根元の不良が原因と浮かべられる。人間音痴な経済学者には、大きな判断を任せられず、適正な配置に留めて、資質に適した仕事を与えて、負の増進を避ける賢明な施策が欠かせない。安易に他文化を取り入れ、自己の根幹的な価値を掴みきれない姿からは、良質な創造性には及ばず、他者への迷惑が上回る。未熟さの認識から教育の誤りへと向かわずに物性に縋った人間性を強める事には、大きな歴史上の汚点を作られる。理想概念と現況認識と適正な方法という3つの要素で活動の総枠を抑え、自他との適正を創り上げる地に着く感性が健全な主体性と規定される。

5)文化の推進

小さな利益に固執して大きなビジョンや長期の利益への忍耐強い協働を創り上げられない事は持続的な成長力を弱め一過性の歪な成長と衰退の軌道を強められる。単細胞化した主導者による負の生産性を示す事象になりこの性格を良く鑑みて集団を統制する主導者を作る事が繁栄への肝要な点と描き出される。目先の利害に過敏反応を起こし粗雑な物性による荒技を投じる性質には大きな利益を創り上げる素養が弱く歪んだ対立性の構造を強められる。正々堂々と物事へ対峙し気持ちの良い競争を繰り広げる潔い感性が負を留める事のない次後に繋がる良好な協働へと連なり歪んだ手法を用いるほどに真っ当な社会秩序が萎んで負のスパイラルを回される。長い時を経過しながら創り上げられる根本的な性格と浮かび上がりなかなか悪性への自浄性は生みだされず他律による強要も場合によって致し方なく放置する事が良性の悪化や負の拡大に及ぶ。社会インフラの基盤的劣化を防ぐ基本的な焦点に上がり人間形成過程への思索へ取り込まれると共に現況への水準の測定と対処や予防の常態的システムを持って根本的な気質や感性の下落を防ぎ、良性を増進させる観点が欠かせない。似た性質が自然と集まり健全な建設性のパワーを生みだし続ける領域と負の動源となる特異な感性とそれに似た感性が領域を作り、各種の発想や規則性の特性として抽出される。社会の基軸的な配置には前者の性質を濃厚に有する根元の丈夫な性質が治まって長く大きな利益に重心を取った生産が図られて大きな悪性への劣化を予防する勘所と取り上げられる。この精神性が盤石に生き続ける空間にあって代々残る良性の遺伝子が引き継がれ悪性への知恵を持つ対処が生まれ自己の骨格を崩す事無く良性を下げない軌道が確保される。根元が痩せ細る程に悪性からの影響を受け主体性の顔が見えなくなり、受動的な判断や体質が強まって基軸の論理に現れる。物性の単純反応が強まり多変数の感性を喪失し短期性の即効的な成果を求めて対象への一方向的な要望過多の流れが強まって物理性への依存から体制や構造が深められる。こうした点から力を良好に用いる事の出来る性格や人間像を標準的な型式に掲げられて具体的な対象の選択や作り込みが生まれてインフラを創り上げる道筋が生まれる。以上のような説明は改めて言うまでもなく人々の自然反応的に内蔵される皮膚感覚を表し直感反応で気づき起こされる本能的な側面と思われます。健全な生産の規則性を積み重ねられた人々の体と心に染み込む感性を指し歪んだ誘惑等へ安易に流れる怠け癖に陥らず堂々と原理形成の習慣を重ね技術と市場との真摯な対峙を執り行われる健康な主体に生まれる骨格的な人間性と現れる。良好な認識を固め歪んだ性質への同化を回避して健全な人間性を持続する強固な規則性が増進される。今日しばしば見受けられる問題の焦点にはこうした基本的な人間性による皮膚反応と現れ歪んだ対象への浄化作用へ連なるごく自然な良質性からの態度と現れる事が少なくない。直接的な利害に関わらず間接的な因果を想定して事前予防的な構えから悪性への指摘や改善要求が生まれる事は健康な反応を指し示しこれが弱まる事へは皮膚感の劣化と見做されかねない。太い根をもって表層に浮かぶ事象への良質を見極める確かな適正感覚を確認するのに根源的な原理となる文化のビジョンが強い力を推進させる。悪意性の強い小手先の誤魔化しは明瞭に人間性と浮かび上がり確たる反応で良性を集めて強い力に転換し負の対処や事前予防の施策を講じる中に於いて痩せ細りの歪んだ性質を炙りだし健康な文化の持続に連ねられる。妙な洗脳に嵌まる事無く客観的な自己の認識を掴み、過度な要求に陥らず適正な反応をコンスタントに表せる体質に及んで安定の中での躍動が形成される。部分性の利益を追求する立場とある程度広く長い利益を求める立ち位置の違いへの認識が備わり配置に応じた適正な態度を持って力への支持が集められる。「広く長い利益」という観念が体験の積み重ねと集約の経過から次第に固められ定見となって人格と映し出される。この成熟度から現況の認識が変わり方法への適正感が生まれる。変わりづらい価値観の一つに正々堂々という感性が生まれ長く関係を創り上げる肝となる。基準自体や基準の形成過程の堂々とした振る舞いで捉えられ生産者の性格と掴みだされる。ここに脆弱感が生まれると不快感が起こり勝負事においては勝ち負けへの潔さが少なからず現れて歪な感受性が残り停滞するような後味の悪さを作らない歩みにプラス型の持続的な成長の力が湧き続ける。腑に落ちない歪んだ作法を用いる性質への嫌悪感は強く残り無節操な恥知らずの心象から断絶感や不快が深まり悪循環の連鎖が増進する。こうした面に変わりづらい気質や職場の風土や国民性等が垣間見られ根本的な常識感が備えられる。この感覚がずれると良好な交わりには至らない。蔑んだ感覚が起こり対等という対象とは外れまともな態度から離れズレが拡大する。「正々堂々」というビジョンが殊のほか大きな意味を持つ。

良好な独自性の文化

文化とは、人々の長期的な規則性への問いと探求の生産活動を指し、衣食住という生活の主要な側面における消費と生産を通して持続的安定と成長への良好な様式を創り上げる事へと及ぶ。そこでは、生物物理的な欲求と充足と、心理的な良好性への欲求と充足といった二つの観点が設けられ、両面の適正な在り方を求めて、長期性の型枠を作る軌道が生まれる。こうした人々の動態が人間像と抽象されて、根本的な価値が作られ、そこが固まる程に、これを下にした二次三次の様式を作る流れが形成される。
人間像は、個人と個人による二人以上の関係形成に於いて実感が生まれる。関係の形成は、身近な親兄弟や友人という所から、学校や地域、職場や自治体との関係、法人と法人、国家と国家といった広がりが生まれ、各領域や領域間の適正な関係形成へと思索が深められる。関係形成の過程という歴史的な側面と、そこで見られる発想や論理という既成の基準や、新設の基準への更新を図りながら、相互の持続的な生存と発展を意図した理論体系が創り上げられる。

直接性の関係と二次三次的な間接的因果を洗い出し、関係の因果を特定し、領域という範囲が浮かべられ、一つの主体性像と認識される。統一性の程度の高い領域に一つの名称等を設けて範囲が特定される面と、その主体性との関係から内部と外部という領域の形成的な区分等が設けられる。実態的な主体性の関係と形式的な関係とが浮かび上がり、感覚的な質感と観念的な認識とのズレや更新の機会を持って、主体性の実態が把握される。

名称がそのままで、中身の共通認識の更新が取られず、ちぐはぐした認識が生まれ、統一的な意思に及ばず個々がてんでバラバラな活動にある事も少なくない。こうした面が主体性の病んだ姿の一側面を指し、健康な意思と行為を欠いた事象が出現する。

一定の統一的な概念の共通性を持って、同一的な制約の上に、自由な裁量が図られ、一主体性としての健康な心身が浮かべられ、主体性の欲望と力と責任の均衡した状態に健全な姿が実感される。このような主体性の適正像が描き出され、健全な頭と感覚と感受性の有機的な連なりにある動態が確認されると、健康な主体性という実感に及ぶ。

外界へ迷惑をかけたくないという基本的な感受性を備えて生まれる理想像への問いと実践の生産性とも言い換えられ、良好な対象との関係を意図して持続的な共存と発展を遂げる発想や志向性が浮かべられる。このような長期的且つ不動的な性格を備える事が文化の様式を指し、健康な発想と行為と肉体を叶える基本的な原理と表される。

今日の人間性に見られる個々人の勝手気ままな振る舞いという面に快適性を覚えると共に、度が過ぎて生まれる歪な精神性が問題に起こり、一定の健全な主体像を備えた自由の獲得という制御性への問いと答えを創り上げる二―ズとも伺えます。基礎的な躾や関係形成の作法を適正に執り行い一過的な利益ばかりに偏せず、良質な持続性を創り上げ、建設的な真の利益を追い求める活動への根本的な欲望と思われます。物理依存の感度が強まり心理面への関心が希薄化し、そこに快適を映す面と不快を抱く面とが現れ、程度の適正を鑑みて良好な調和を創り上げたいとする変わらない欲求と現れる。

迷惑な行為を迷惑と思わずにやったもん勝ちと言った、節操のない人間性には、自らの自浄性により回復を果たすのが健康な人間の姿であり、そこに及ばなければ他者により適正な対処を強要して特異な性格を隔離するか更生の機会を授ける事が賢明な作為と描かれます。日本文化の良質性への価値を再認識し欧米的な文化へ被れて、自国の特性が備わらない根なし草の如き性質には違和感が現れ、精神的な不安や受動性の感度の高い人間性が作られる。根本的な面が整い幹を作り枝葉を付ける生物の成長原理に即した人間形成において適度な調和を果たせる歩みが図られる。

これらを客観的に映す為には、普遍的という原理への探究を持って、諸条件的な制約を払って生まれる万人的な価値を見出す習慣が要り、そこから自己と他者の特性が明瞭化し相互の理解と尊重へ繋げて過度な衝突を回避し、共通性を見出す調和への志向性が少なからず求められる。独自性と普遍性という重層の原理を抱き、他者との適正な相関を創り上げる道筋へのイメージが整って持続的な安定と成長の具体的な軌道が形成される。長期性の問いは、独自性と普遍性という二つの側面を構えて、謙虚に学び続ける規則性を失わない所に健全な心身が宿される。こうした意味から日本的健全性という独自性は普遍性を帯び、整合度の高い同一軌道に近いように感じます。多くの人を幸福にする良好な独自性を持つ日本文化という認識が少なからず生まれても良いような気がします。こうした感性が崩れる事へは日本的な価値を棄損し、長期性の利益を破壊する。うすら馬鹿の迷惑な性質には、深刻な感度で対処する必要性が起こります。この国の政治屋とマスゴミ、財界人の一部に、迷惑を与えて損害を払わない馬鹿がいるようだ。これを片づけるのが、何よりも優先されるように思います。いかがでしょう?

健全性の適用と文化活動の性格

多額の予算を持って良い製品サ-ビスが作られるのは当たり前の理屈であり、少資源で最大効果を発揮する創意が齎されて、生産者努力と能力の実態が計られる。行政の需給構造の不適格性はこの面に浮かび上がり、売上と経費と利益の概念で活動の付加価値を算定する方法を導入しない事には生産努力への熱が投じられない。活動を測定する骨格的な概念を抜本的に改革する事に於いて良質な活動と感性が生まれる。この面を変えなければ場当たりの行政改革に留まり生産の質が向上されない。一方で、受益者において長期性の利益への認識が弱く支出への理解が及ばず公益性の事業活動への特殊性の認識が作られ採算性の観点を弱めた常識が備わり曖昧な感度が作られる。教育活動における文化価値に対する理解度の不十分な成果の現れを指し、短期利益の支出へ偏した感覚に陥り長期の利益概念の理解が乏しく変則的な事業体と収支構造が生まれる事へ対して根本的な改革を投じる事が不可欠に思えます。事業の基本は独立採算性による持続にあり規制による意思の拘束という縛りは、不健全な制御性にあり、なるべく共通的な制約は弱めて選択の自由な幅の中から自由意思による決定が健全であり行政へ過剰な裁量を与えて自己目的性の運用による歪な基準と適用を取る事へは深刻な感度と慎重な取り組みが望まれる。過剰な裁量を与え供給理論に偏した運用へは個別的寛容性や多様な価値観を狭めて歪な成長や基準が強まり人間の自主内発的な成長軌道を低迷させる。こうした事から民営事業の形態が生産の基礎となりまやかし的な美辞麗句や公益性なる曖昧性を無くし詐欺的な活動を助長させないポイントが生まれ健全な性格の事業活動を意図してフェアな環境条件を図り活動の付加価値の向上と測定の良質性へ繋げる事が求められる。歪な精神性を深める要素を特定し、健全な人間性に資する方策を積極的に導入する事が生産活動の本流を指し、逆行する生産を作らない規律が高まって正常な気流が促進される。うすら馬鹿による自己都合のよい論理を野放しせず、或いは小手先性の容易な利益を獲得する発想を抑え真に公平公正な客観性を向上させて良好な調和に至り平和の質感が増進する。少なくとも正当性を堂々と示す感性が下限の良質化策にあり後ろめたい行為の慢性的な精神の歪んだ行為にある特異な主体性を残存させずに堂々と原理を踏んで自信を積み上げる本流軌道の生産を果たす事に於いて健康な心身が形成される。各種の矛盾を自己都合のよい論理で組み上げ正当化する振る舞いは良好な人間性とはみられず、矛盾を堂々と示し問題への率直で真摯な対峙を深めて健康な人間性に及び火事場泥棒のような逃げの発想による悪性への予防が生まれる。根の細い感性による歪んだ性質は目障りであり偽善の性格を残さない真の利益を探求する態度が気持ちの良い社会を作る。以上のような観点が健全性概念を土台的な原理に備えて二次三次の運用を果たす現象の一つを指し基盤的な共通感性と実態化への実施工程と描かれる。空の念仏に留まらず真の力に反映されて原理に生命が宿り観念と感覚の適合へ及ばせる健全な感受性が示される。文化観念の創出や展開は民間と同様の営利活動であり効用を持って果実を得る持続的な改善の周期を備える。恩恵を受けながらのフリーライドは許容されない。民間の生産活動の成果を、行政が盗む事は看過できない。

健康な信念の形成と運用

健康な信念の形成と運用
波風を立てる事に妙に怯え、弱腰になる事にもなんら理念や信念の弱い主体性と見做され信頼形成に及ばない。過度な反発的な態度で対立を招く事にも落ち着きある主体性像と離れ両面の適正が問われる。生産の積み重ねから顧客への利益を提供している確信に及び供給者の確固とした技術への自信が作られる。過剰な奢りに及ばないごく自然な範囲の生産努力からの自信と成り妙なクレームに対して退けられる判断が形成される。真っ当な力を投じて創り上げられる生産の道筋に於いて、理念や信念といった力強い支柱が形成され歪んだ手法による糧の入手に染まるほどにこの基準が作られず、根や幹の弱い主体性が生まれる。少々のクレームに過敏な反応を起こし責任追及に至る事への回避へと心理が働き妙な弱腰の態度が作られる。主張すべき所と引く所の適正な感覚が備わらず精神不安の内心が明瞭に表に映し出される。堂々と逃げの手法に寄らず真摯に対象との対峙を果たし培われた精神や感受性に於いて技術と市場の関係のみならず人間形成の根本原理が形成される。経済的な短期や中期性の効用面ばかりに寄らず、人間形成の真っ当な筋道や道理へ対する見解が形成され、理念や信念という不動的な指針が備わり外界との適正な調和を見出す感覚が生まれる。糧を得る生産方法に後ろめたい作法を用いたり、下限の制限を超えるような作法や直接関係の弱い外堀などを埋める等の発想を先行させたりといった本来の筋道とかけ離れた作法を用いるほどに自信が生み出されず、外界からのクレームに適正な判断が取られず過剰にびくびくしたり、逆にヒステリーな態度を見せたり、歪な間接手法を多用するという情緒不安定な人間性が作られ、信頼形成に及ばない対象と特定される。マスコミや政治家という領域からしばしば映し出される性質に成り、或いは最近では盗用問題等として特定の業界の性質が露わに浮かび根元の貧弱な主体性像が明瞭化される。無形財という性格も相まって生まれる事象と伺え、観念と感覚の適度な循環で効用の実感を経る程良い周期性を持つ生産において横道に逸れない発想や力が集中し盗み癖を慢性化させない規律が働き、自身への程良い自信が生まれる。こうしたニュース等が目に入ると、哀れな人間性が否でも浮かべられ、どんな生産を常態されるか容易に推察される。物性に従属的な態度で原理探求性の弱い虫食い発想の体質が深まると、軸と成る理念や信念の弱い基準の持てない主体性に及んで精神不安が他者への迷惑を齎し社会のお荷物と認識される。業界特有の性質か、個人的な特異性か、より広い文化的な性質か、個別事象と因果の広がりを分析して構造上の問題やシステムの欠陥を洗い出し根源の原因から修復する改善があって歪な主体性の減少へと進行する。第三者委員会等という組織においてどの程度の真剣な力を注がれるか、お仲間を委員に任命するような愚策は間違っても取る事は許されず、腑抜けな性質を温存せずに確固とした性格への刷新を図る事が求められる。大きな影響力の生じる配置に精神不安の主体性を配すると健全な理念の弱いふらふらの態度が現れそれが集団を代表するかのイメージが広がる事のマイナスは計り知れない。二次三次の加工された基準を安易に用いゼロベースの理論によらない痩せ細りの観念にあっては適正な態度を見せられる事はなく過敏や怯えと成って適正調和を作るには及ばない。

馬鹿に刃物

人間の基本となる動態は、感受性が湧き物理性の探究へ深まり、感受性を充足する方法が編み出される。感受性は対象への喜怒哀楽感を指し、この強弱から対象の生物物理的な仕組みや感受性の起こる仕組みへの探究が深まり、プラス性の感受性を起こるように物理的な操作性を投じるか、マイナス性の感受性に成るように物理的操作を図るかという方法が投じられる。つまり、対象への憎悪感や好印象という過去の歴史から作り出される心象が生まれプラスやマイナスのエネルギーが向けられる。善意型のプラス性を起こしたいという感受性からは、上述のようにあるがままの客観的な動態への探究が深まり、プラスの増進する方法やマイナスを減少する方法への作為が生まれる。

「○○反対」という集約表現に及ぶには、○○という事象に対する因果の客観的な把握を下に○○が生じる因果が掴みだされ、反対という意思を遂げる為の有効な方法を考案して投じる反応が現れる。反対という強い意志を主張するにおいては、こうした過程へと進められて意思を遂げる行為へと発展する事に感受性と感覚と頭脳の健全な働きが映し出される。直感的な意思を表す事と、実際的な意思を遂げる次元で区分され、感受性の質実の程度によって深い思索が図られ、相手方の探究から先々が予見され、マイナスへの有用な方法を取るか、プラスには特段の手立てを考える事には及ばない。

このような人間の心理と物理的性格の因果関係の分析が生まれ、相関性の実感に異同や程度差が生まれる事に思われます。多くの感覚と観念と感受性の有機的な規則性を持つ生産者に在っては上述のような実感の取り方を標準にする事と考えます。この標準の一般則に対して、個別具体的な事象を適用して法則性に照らした反応を作り上げるという筋道が描き出される。この標準感覚と違うか、或いは、前提となる対象への憎悪意識や好印象という思いから標準的な動態に及ばないか等々の分析が進められる。

意見の違いという事象の分析は、人間の常態的な生産の規則性を下に、標準的な感性や発想、判断や方法論へ及び、刺激と反応と刺激という相関性を浮かび上がらせ、適当や異常という判断が生まれる。健全な生産者像と大分離れた需給関係を持つ生産者といった区分が生まれ、各種の感覚の相違と現れる事に、異質な感性に対して多数派の健全像への基調を落とさない作為が進められて、不快な反応の是正に及ばせる対処や予防の施策が生まれる。

盗みや詐欺という性質を多分に含むような生産者への嫌悪感が現れ、適正な生産作法の標準を強調して違いへの自覚を促し常識へと修正させる自然な反応が投じられる。このような知見が教育プログラムの形成へ反映され、適正な人間像を意識的か無意識のうちに想定した教育内容が創り上げられる。歪な人間性への不快感という感受性を根に、ありのままの現況を掴み適正且つ有効な方法を投じる活動と現れる。

以上のような論理が未来志向の創造性を指し、過去の正負の感情から少しでもプラスを増進させる為の有効な型枠を理論と描き具体化させる過程と現れる。科学技術と生活スタイルの状態から人間の基本的な感受性と感覚と観念の現れ方への変容を掴み、酷く悪性の方向に行かぬよう原因を掴んでスタイルを改め、健康な発想を基調とする人間性が持続する。今日現れる特異な事件の根本的な原因は生命観の衰弱から生まれ、生身の事象から離れた加工度の高い生産事物との接触が常態化し、生命観の弱まりが進み、安易な発想や異質な行為を生み出す。これまでにないような手法に及んで、びっくりするような実感と現れる。

リアルな肉体的なぶつかりの程良い体験等を経る事が、急激な殺傷等という行為へ及ばない皮膚感を高め、感受性の実際的な形成へと反映される。頭へ偏した交流が過ぎ体の交流が弱まると過度に物性に依存した手法を用い、或いは当事者性を見せない間接的な手法を多用する歪な性格が深められる。

こうした事態に対して「馬鹿に刃物を持たせるな」という言葉が有効な施策と集約され、しばしば、祖父が口癖とされておりました。現代に通じる確たる原理と描かれます。馬鹿の自覚の弱さに対して健全な人々による適正な指摘を強める健全化への道が浮かびます。暴力をそのまま肯定する人は少数に思われますが、陰湿性の回避や急激な反応の予防という意味から適度に肉体的な衝突を起こす事の有意性が謳われます。

歪な静

7)歪な静
物理現象には心理作用は含まれず、機械的に淡々と物事が進み、蓋然性の高い因果を実感する事に及び、心理現象は人間の変わり易い意志による因果の不安定な事態が生まれ予測の難しい事象と現れる。経済活動を表す人間像として物性的機能を効用とする生産の規則性と、情緒的要素を含んだ製品サービスに変動性が生まれ大別的な変容度の原因が浮かべられる。心理面の安定への志向性が生まれ、長期的に備わる変わりづらい人間の性格を見出し、それを根として発想や論理を組み上げる創造性において規律ある安定と躍動の世界を創出し快適を抱きたいとするビジョンが描き出される。不快性の事象が特定され、それを発生させない為の施策が図られて基盤の安定が創り上げられ、快適性の事象への基調を落とさない前進性の動態が促進される。正負の事象や正負の因果を含めた包括的な創造図面が描かれて、共通的限定性の高い負の感度と相対的な幅の広い正の感度という実態が掴みだされる。力の蓄積と共に力の利用から欲望の変容に反映され、内向きの欲望へ傾注すると外側への利益を作るエネルギーが弱まり不快事象を起こす主体への性格が進行する。肥満症による正負の感度の崩れが不快の循環を作り、局所や構造、システムへとその性格を忍び込ませる。これへの是正や予防に欲望と力と責任の均衡という尺度が設けられ健全性を計る基準と示し健全な活動や人間性の維持へ連なる生産性という領域が生み出される。こうした社会現象の良好化へ向けた根本理念とビジョンが表されて常態的な制御策と備わり、一定の変わりづらい意志が固められ良質な安定という積極的な性格を備える創造が展開される。ストックを守る意識の安定というよりも、良好なフローを守る為の安定という概念で区分され、性格の特徴が浮かべられる。ここに於いて動である対象との適正な調和を見出す動態への道が示され過度な静を望む力んだ姿による弊害が予防され自然な外界との交わりを叶える調和性が図られる。妙な利己的性格からの執着や正当化は過度な静態と現れ、自然な動態への歪な静を意図した力や表現として顕著に映し出される。好循環を阻害する一方向性の不均衡という態度に及び、均衡式と離れた過剰な欲望や責任意識の低さや、力の用い方の歪みと掴まれる。均衡に及ぶ大きさや範囲へ修正されて、歪な事象という認識が減少し、適正なサイズと運用に及んで安定した精神と肉体の関係へ及ぶ。欲望過多から過保護な規制を作り、公平公正な均衡を崩した歪な精神性による作為は健全性と間逆の作為を指し人口的な制約を歪んだ発想により創り上げ、外界への違和感の強い常識感覚を慢性化される。人間の物性への過剰な進行に箍を嵌める適正な規制とは異なり、両者の性格を鮮明化して、違和感の強い静態現象への改善をもって動の良好な気流を損ねない真の調和へと連ねる事が社会現象の中心的な観点と生まれる。健康な人間性の安定化を図る「健全な静」とは異なる「歪な静」という概念が強調されて人間の良質性を損ねない為の制御が図られる。慢性化された怠け者による愚図な行為は醜さの象徴であり、不快感が極まる。

健全性の基本式(欲望と力と責任の均衡)

力とは欲望を充足する方法を指し、欲望と充足方法という構図に、人々の主要な関心が注がれる。腹がすき、食料の生産や調達を図り、摂取する過程で見られるように、何をどのくらい食べたいという欲望に対して、生産するノウハウ、道具、設備、時間が直接的な必要要素を指し、作る事が出来なければ作った人へ対価を支払い調達が図られる。
欲望と方法と方法に係るエネルギーが直接的な関係因子を指し、これに生産過程や生産事物から生じる多用な影響に対処する責務が課せられる。当事者間で、成分の質量、外観の形態、パッケージのデザイン等の直接的な生産事物の要求水準や、いつ、どこで、どれだけという二次的要求が調整されて、これらに係る費用が算定されて、負担と品質の適正を図り、売価を設定し、契約内容が決定する。
こうした中で、行政の立場から影響に応じて公平公正な規制が課せられ、品質の中に落とし込まれる。更に契約違反への罰則規定等が加えられ不測の事態への対処方法等の手順や資源費用等を見積もって総合的な水準の設定が生まれる。
欲望 方法(力) 責任
何を、どれだけ、 いつ、どこで、どのように、
品質要求、費用負担、売価設定、

こうした調和形成の原型的な欲望と力と責任の関係性が描き出され、応用的に各概念の中身を変えて均衡式が活用される。
1.欲望に、生物物理的欲望、心理的欲望
2.力に、財力、権力、知力、
3.責任に、効用の実感、影響への配慮、
といった概念が適用されて、観念と感覚の整合による実感で、完結性を持つ健全な調和が形成される。多くの民間の事業会社に備わる常識感覚と示され、公共機関においても同様の算式を持って、需給構造を描き、行政サービスの要求水準と費用負担において、財の交換が図られる。
特に、健全な人間を作り上げるという視点から、浮かび上がるのが「知力」の形成や保有と実態的な効用について、運用という実施での検証から真価が測定され、二次的情報の量を多く保有したものに、感覚的検証を与えて、一次情報化する過程において、真に有用な力と判定される。実際に用いて得られる実証された知力と、運用が図られない二次情報とは格段の質的相違が生まれ、ここが強調されて、客観的な力の測定に及び、価値の算定が生まれる。
頭でっかちのうすら馬鹿という主体性とは、この二次情報への過大な価値を抱き、真に有用な力へ変換されない状態である事への適正な認識を欠き、空威張りのようなお粗末な態度を表され、過剰な報酬を要求される態度や、詐欺まがいのハッタリを用い、実際的な失敗への責任を転嫁する反応を見せる醜態に及び、人間性の劣りと表され対人形成における不快事象と浮かべられる。
頭でっかちで、過大に自己評価を取り、奢った態度で人を見下し、自己の客観認識を欠いた姿と現れ、外界からの反応から適正な力の評価を受け、過不足の少ない自己認識へと修正され適正な調和感覚が作られる。未成熟な状態から多様な経験を経て失敗や成功の実際的な感覚や感受性を吸収し熟練した生産者への道筋が現れる。
知ったようなふりに成り、思い上がった態度を見せると、みっともない実態に直面し、それへの健康な反省へと回る態度に在って、学びが生まれる。この成長の循環の壊れた人間性に根の深い問題点が浮かび、根本的な性質の悪性や成長過程の歪な工程という面への適正化等へと思索が進められる。いい年になって性質を改める事は容易でなく、性質の善し悪しを持って適材適所に配置する事が管理者責任と上げられる。
根の悪さから幹がねじ曲がり、お粗末な枝葉や果実という態度を見せる因果と映りだされます。財力等が向上し、自己の消費的な欲求を高め、生活水準が上昇し、その規則性で慣れ、経済環境が悪化して生産や所得を落とさないように、力んだ行為が執り行われ、そのつけがどこかに回される。
とりわけ大きな影響力を持つ生産主体に在っては、消費的な発想へ偏り、堕落的な体質に陥る事は、責任感覚の劣化という指摘に及んでも不思議はなく、こうした性質面に着目されて、力を与えられる人間性への吟味を図り、長い目で見た適正策が生まれる。
所謂、坊ちゃんの大衆とかけ離れた生活水準には、下降期に安易な物性的な対処による上昇策に走る傾向が映り、一時凌ぎの発想から根本的な性質の下落を招く事が、中長期性の視点から生まれる負の増進を指し、多変数の算式を用いず単純な変数と即効的な成果へ流れる事態には冷静な判断をもって適正を産出する事が加えられて健全性の制御が生まれる。
肥満という体質の特定は、こうした想定から浮かび上がる人間性を指し、世襲等の坊ちゃんを適正に処遇し、真に有用な力の測定を持って、責任に等しい均衡を果たす事が必須とされる。形式的な評価ではない、客観的な実測を持って公平公正な判断に及ばせて健全性が推進される。
単純な教科書的方法論で閉じこもり、偏狭な感性でいる歪んだ性質へは、広く大きな感度や根本的な焦点を持って有用性の測定に及ばせて、真価に近い感覚が備えられる。権力依存、財力依存、質実の弱い知力依存等の姿で、力との健全な関係を築けない性格と見られれば、適正化の方法を進めて、自然な浄化反応を滞りなく進行させて、歪性の除去を果たし血流の正常化に繋げる事が欠かせない。健全な皆様の代弁と当たるかどうか、未知なる事です。

健全性の実現

活用していながら、事実を知らないとする感覚と心理の分断した感性に、不健康な精神状態が映し出される。存在を知らずに活用する状態はあり得ず事実を認めず欲望を遂げようとする生産は、生産主体の性質へ焦点を及ばせ、生産事物のみならず作る過程の良質性が問われて中長期の信用を備えた一過的な利得行為とは異なる社会の持続的協働や共生を実践されて健全性が作られる。
基盤的性質の善し悪しが根底に配され、特定事物と対象者という構造が生まれ、更に中長期という安定と向上の持続の周期を望むという性質面へ着目が及んで、総合的な評価を形成するに至って、効用と影響を鑑みて真に良質な効用を生みだす活動像が生まれる。共生性を抱き、自他の健康な関係の規範が生まれる。下限的不快事象が集約され明瞭な法規と固め発生を防ぐソフトとハードのインフラが整えられる。盗みや詐欺、暴力という手段に寄らず、生産事物を作り他者のニーズを満たして適正な再生産の規則性を作り上げる事が社会生活の基軸的な焦点と浮かべられる。
自然形成的な力の蓄積や人口的な制度上における大きな権限と責任が形成され動的変容の過程が生まれる中に在っても、基盤的な感性は変える事無く、寧ろ力が大きくなるほどに影響力に等しい基準を課して対応する事に於いて外界との適正調和が生まれる。この社会との良好性を意図する発想が健全な成長の軌道を表し力を利己性へばかり向けて用いる事に流れると、基盤的な感性は崩壊し効果よりも負の影響が増してゆく。
以上のような倫理道徳面を根にした生産概念を持って心理面と物性との良好な関係が生まれ、健康な精神と肉体の絡み合う有機体が描き出される。健康や健全という感覚を変えずに、諸条件の変容への対応を図る構図と示され、その実践に於いて正常な自他との客観認識が導出され自他の生産への尊重心が現れる。過度に自己に有利な判断に寄らず、普遍的な図面を下に自他を配置して適正な感覚を示す事が健全な調和の作法と示される。
抽象的な観念で普遍的な原理が作られ個別事象との相関を如何に解釈するかの異同感覚に焦点が絞られる。総論は概ね同意が生まれ、個別事実の特定と総論との兼ね合いを実感と表し、自他の論理が展開され、同質性を見るか、違いが激しいか、そして第三者という立場による見解等が加えられ適正が導出される。当事者による合意が基本と成り、どうしても調和が見出せずに、酷く対立が深まるような事態が予測されれば、広く第三者の力を借りて和解を取りつける方法が生まれる。二者間であまりに一方的な欲望を片方が表され、とてもまともな感性に無いと見れば広く一般性を基準尺度にして歪みの加減を客観化し一方向的な感性の是正を働かせ均衡的調和が作られる。物理的な力の格差からこの歪性が広がる事には、健全な社会構造やシステムと離れた性質が深まり物性と理性の適正が破壊され長期に見る人間の良好性を喪失させる。これに及ばせない施策が文化政策を指し、基準論理の創造へと力が投じられる。
個々人の非力性を補う構造上の適正への観点やより広いシステムの適正という多層の視点を設けて適正を導く操作が生まれる。
物性に従属的な性質が大きな力を備えると利用の適正を欠いた作法が進み、箍の嵌まらない無法地帯が作られる。個人的な成長過程から一定の健全性を備えさせる社会的な要望が生まれ、教育や地域の秩序の面から極端な物性に寄った性質を作らない長い視点で見る制御策が描き出されて実効力が図られる。このような適正化策に於いてはテクニカルの知見というよりも生身の所与的感性が事象の性格を付け、適当な強弱感を示す能力を作る事からも、皮膚感の健全性が基準の柱になって各種の細分化した基準と適用が果たされる。事象を感じ取る美感や美感の内実の描き方という根本的な感性が土台に成り標準が生まれ制御に反映される。物性の制御能力が著しく劣ると歪な成長や対立を深め、先々の消滅という道筋が予見される。この軌道に持続的な安定と成長は浮かべられず適正な感度を持って異質性の拡大への対処が図られて健全な人間社会が作られる。
人間の根本的な欠陥と見られる性質には、深刻な感度を持って多層の観点から対応する事が欠かせず、野放しにする事無く、長期性の利益に重心を取った判断に、正解が生まれる。