良好な独自性の文化

文化とは、人々の長期的な規則性への問いと探求の生産活動を指し、衣食住という生活の主要な側面における消費と生産を通して持続的安定と成長への良好な様式を創り上げる事へと及ぶ。そこでは、生物物理的な欲求と充足と、心理的な良好性への欲求と充足といった二つの観点が設けられ、両面の適正な在り方を求めて、長期性の型枠を作る軌道が生まれる。こうした人々の動態が人間像と抽象されて、根本的な価値が作られ、そこが固まる程に、これを下にした二次三次の様式を作る流れが形成される。
人間像は、個人と個人による二人以上の関係形成に於いて実感が生まれる。関係の形成は、身近な親兄弟や友人という所から、学校や地域、職場や自治体との関係、法人と法人、国家と国家といった広がりが生まれ、各領域や領域間の適正な関係形成へと思索が深められる。関係形成の過程という歴史的な側面と、そこで見られる発想や論理という既成の基準や、新設の基準への更新を図りながら、相互の持続的な生存と発展を意図した理論体系が創り上げられる。

直接性の関係と二次三次的な間接的因果を洗い出し、関係の因果を特定し、領域という範囲が浮かべられ、一つの主体性像と認識される。統一性の程度の高い領域に一つの名称等を設けて範囲が特定される面と、その主体性との関係から内部と外部という領域の形成的な区分等が設けられる。実態的な主体性の関係と形式的な関係とが浮かび上がり、感覚的な質感と観念的な認識とのズレや更新の機会を持って、主体性の実態が把握される。

名称がそのままで、中身の共通認識の更新が取られず、ちぐはぐした認識が生まれ、統一的な意思に及ばず個々がてんでバラバラな活動にある事も少なくない。こうした面が主体性の病んだ姿の一側面を指し、健康な意思と行為を欠いた事象が出現する。

一定の統一的な概念の共通性を持って、同一的な制約の上に、自由な裁量が図られ、一主体性としての健康な心身が浮かべられ、主体性の欲望と力と責任の均衡した状態に健全な姿が実感される。このような主体性の適正像が描き出され、健全な頭と感覚と感受性の有機的な連なりにある動態が確認されると、健康な主体性という実感に及ぶ。

外界へ迷惑をかけたくないという基本的な感受性を備えて生まれる理想像への問いと実践の生産性とも言い換えられ、良好な対象との関係を意図して持続的な共存と発展を遂げる発想や志向性が浮かべられる。このような長期的且つ不動的な性格を備える事が文化の様式を指し、健康な発想と行為と肉体を叶える基本的な原理と表される。

今日の人間性に見られる個々人の勝手気ままな振る舞いという面に快適性を覚えると共に、度が過ぎて生まれる歪な精神性が問題に起こり、一定の健全な主体像を備えた自由の獲得という制御性への問いと答えを創り上げる二―ズとも伺えます。基礎的な躾や関係形成の作法を適正に執り行い一過的な利益ばかりに偏せず、良質な持続性を創り上げ、建設的な真の利益を追い求める活動への根本的な欲望と思われます。物理依存の感度が強まり心理面への関心が希薄化し、そこに快適を映す面と不快を抱く面とが現れ、程度の適正を鑑みて良好な調和を創り上げたいとする変わらない欲求と現れる。

迷惑な行為を迷惑と思わずにやったもん勝ちと言った、節操のない人間性には、自らの自浄性により回復を果たすのが健康な人間の姿であり、そこに及ばなければ他者により適正な対処を強要して特異な性格を隔離するか更生の機会を授ける事が賢明な作為と描かれます。日本文化の良質性への価値を再認識し欧米的な文化へ被れて、自国の特性が備わらない根なし草の如き性質には違和感が現れ、精神的な不安や受動性の感度の高い人間性が作られる。根本的な面が整い幹を作り枝葉を付ける生物の成長原理に即した人間形成において適度な調和を果たせる歩みが図られる。

これらを客観的に映す為には、普遍的という原理への探究を持って、諸条件的な制約を払って生まれる万人的な価値を見出す習慣が要り、そこから自己と他者の特性が明瞭化し相互の理解と尊重へ繋げて過度な衝突を回避し、共通性を見出す調和への志向性が少なからず求められる。独自性と普遍性という重層の原理を抱き、他者との適正な相関を創り上げる道筋へのイメージが整って持続的な安定と成長の具体的な軌道が形成される。長期性の問いは、独自性と普遍性という二つの側面を構えて、謙虚に学び続ける規則性を失わない所に健全な心身が宿される。こうした意味から日本的健全性という独自性は普遍性を帯び、整合度の高い同一軌道に近いように感じます。多くの人を幸福にする良好な独自性を持つ日本文化という認識が少なからず生まれても良いような気がします。こうした感性が崩れる事へは日本的な価値を棄損し、長期性の利益を破壊する。うすら馬鹿の迷惑な性質には、深刻な感度で対処する必要性が起こります。この国の政治屋とマスゴミ、財界人の一部に、迷惑を与えて損害を払わない馬鹿がいるようだ。これを片づけるのが、何よりも優先されるように思います。いかがでしょう?

健全性の適用と文化活動の性格

多額の予算を持って良い製品サ-ビスが作られるのは当たり前の理屈であり、少資源で最大効果を発揮する創意が齎されて、生産者努力と能力の実態が計られる。行政の需給構造の不適格性はこの面に浮かび上がり、売上と経費と利益の概念で活動の付加価値を算定する方法を導入しない事には生産努力への熱が投じられない。活動を測定する骨格的な概念を抜本的に改革する事に於いて良質な活動と感性が生まれる。この面を変えなければ場当たりの行政改革に留まり生産の質が向上されない。一方で、受益者において長期性の利益への認識が弱く支出への理解が及ばず公益性の事業活動への特殊性の認識が作られ採算性の観点を弱めた常識が備わり曖昧な感度が作られる。教育活動における文化価値に対する理解度の不十分な成果の現れを指し、短期利益の支出へ偏した感覚に陥り長期の利益概念の理解が乏しく変則的な事業体と収支構造が生まれる事へ対して根本的な改革を投じる事が不可欠に思えます。事業の基本は独立採算性による持続にあり規制による意思の拘束という縛りは、不健全な制御性にあり、なるべく共通的な制約は弱めて選択の自由な幅の中から自由意思による決定が健全であり行政へ過剰な裁量を与えて自己目的性の運用による歪な基準と適用を取る事へは深刻な感度と慎重な取り組みが望まれる。過剰な裁量を与え供給理論に偏した運用へは個別的寛容性や多様な価値観を狭めて歪な成長や基準が強まり人間の自主内発的な成長軌道を低迷させる。こうした事から民営事業の形態が生産の基礎となりまやかし的な美辞麗句や公益性なる曖昧性を無くし詐欺的な活動を助長させないポイントが生まれ健全な性格の事業活動を意図してフェアな環境条件を図り活動の付加価値の向上と測定の良質性へ繋げる事が求められる。歪な精神性を深める要素を特定し、健全な人間性に資する方策を積極的に導入する事が生産活動の本流を指し、逆行する生産を作らない規律が高まって正常な気流が促進される。うすら馬鹿による自己都合のよい論理を野放しせず、或いは小手先性の容易な利益を獲得する発想を抑え真に公平公正な客観性を向上させて良好な調和に至り平和の質感が増進する。少なくとも正当性を堂々と示す感性が下限の良質化策にあり後ろめたい行為の慢性的な精神の歪んだ行為にある特異な主体性を残存させずに堂々と原理を踏んで自信を積み上げる本流軌道の生産を果たす事に於いて健康な心身が形成される。各種の矛盾を自己都合のよい論理で組み上げ正当化する振る舞いは良好な人間性とはみられず、矛盾を堂々と示し問題への率直で真摯な対峙を深めて健康な人間性に及び火事場泥棒のような逃げの発想による悪性への予防が生まれる。根の細い感性による歪んだ性質は目障りであり偽善の性格を残さない真の利益を探求する態度が気持ちの良い社会を作る。以上のような観点が健全性概念を土台的な原理に備えて二次三次の運用を果たす現象の一つを指し基盤的な共通感性と実態化への実施工程と描かれる。空の念仏に留まらず真の力に反映されて原理に生命が宿り観念と感覚の適合へ及ばせる健全な感受性が示される。文化観念の創出や展開は民間と同様の営利活動であり効用を持って果実を得る持続的な改善の周期を備える。恩恵を受けながらのフリーライドは許容されない。民間の生産活動の成果を、行政が盗む事は看過できない。

健康な信念の形成と運用

健康な信念の形成と運用
波風を立てる事に妙に怯え、弱腰になる事にもなんら理念や信念の弱い主体性と見做され信頼形成に及ばない。過度な反発的な態度で対立を招く事にも落ち着きある主体性像と離れ両面の適正が問われる。生産の積み重ねから顧客への利益を提供している確信に及び供給者の確固とした技術への自信が作られる。過剰な奢りに及ばないごく自然な範囲の生産努力からの自信と成り妙なクレームに対して退けられる判断が形成される。真っ当な力を投じて創り上げられる生産の道筋に於いて、理念や信念といった力強い支柱が形成され歪んだ手法による糧の入手に染まるほどにこの基準が作られず、根や幹の弱い主体性が生まれる。少々のクレームに過敏な反応を起こし責任追及に至る事への回避へと心理が働き妙な弱腰の態度が作られる。主張すべき所と引く所の適正な感覚が備わらず精神不安の内心が明瞭に表に映し出される。堂々と逃げの手法に寄らず真摯に対象との対峙を果たし培われた精神や感受性に於いて技術と市場の関係のみならず人間形成の根本原理が形成される。経済的な短期や中期性の効用面ばかりに寄らず、人間形成の真っ当な筋道や道理へ対する見解が形成され、理念や信念という不動的な指針が備わり外界との適正な調和を見出す感覚が生まれる。糧を得る生産方法に後ろめたい作法を用いたり、下限の制限を超えるような作法や直接関係の弱い外堀などを埋める等の発想を先行させたりといった本来の筋道とかけ離れた作法を用いるほどに自信が生み出されず、外界からのクレームに適正な判断が取られず過剰にびくびくしたり、逆にヒステリーな態度を見せたり、歪な間接手法を多用するという情緒不安定な人間性が作られ、信頼形成に及ばない対象と特定される。マスコミや政治家という領域からしばしば映し出される性質に成り、或いは最近では盗用問題等として特定の業界の性質が露わに浮かび根元の貧弱な主体性像が明瞭化される。無形財という性格も相まって生まれる事象と伺え、観念と感覚の適度な循環で効用の実感を経る程良い周期性を持つ生産において横道に逸れない発想や力が集中し盗み癖を慢性化させない規律が働き、自身への程良い自信が生まれる。こうしたニュース等が目に入ると、哀れな人間性が否でも浮かべられ、どんな生産を常態されるか容易に推察される。物性に従属的な態度で原理探求性の弱い虫食い発想の体質が深まると、軸と成る理念や信念の弱い基準の持てない主体性に及んで精神不安が他者への迷惑を齎し社会のお荷物と認識される。業界特有の性質か、個人的な特異性か、より広い文化的な性質か、個別事象と因果の広がりを分析して構造上の問題やシステムの欠陥を洗い出し根源の原因から修復する改善があって歪な主体性の減少へと進行する。第三者委員会等という組織においてどの程度の真剣な力を注がれるか、お仲間を委員に任命するような愚策は間違っても取る事は許されず、腑抜けな性質を温存せずに確固とした性格への刷新を図る事が求められる。大きな影響力の生じる配置に精神不安の主体性を配すると健全な理念の弱いふらふらの態度が現れそれが集団を代表するかのイメージが広がる事のマイナスは計り知れない。二次三次の加工された基準を安易に用いゼロベースの理論によらない痩せ細りの観念にあっては適正な態度を見せられる事はなく過敏や怯えと成って適正調和を作るには及ばない。

馬鹿に刃物

人間の基本となる動態は、感受性が湧き物理性の探究へ深まり、感受性を充足する方法が編み出される。感受性は対象への喜怒哀楽感を指し、この強弱から対象の生物物理的な仕組みや感受性の起こる仕組みへの探究が深まり、プラス性の感受性を起こるように物理的な操作性を投じるか、マイナス性の感受性に成るように物理的操作を図るかという方法が投じられる。つまり、対象への憎悪感や好印象という過去の歴史から作り出される心象が生まれプラスやマイナスのエネルギーが向けられる。善意型のプラス性を起こしたいという感受性からは、上述のようにあるがままの客観的な動態への探究が深まり、プラスの増進する方法やマイナスを減少する方法への作為が生まれる。

「○○反対」という集約表現に及ぶには、○○という事象に対する因果の客観的な把握を下に○○が生じる因果が掴みだされ、反対という意思を遂げる為の有効な方法を考案して投じる反応が現れる。反対という強い意志を主張するにおいては、こうした過程へと進められて意思を遂げる行為へと発展する事に感受性と感覚と頭脳の健全な働きが映し出される。直感的な意思を表す事と、実際的な意思を遂げる次元で区分され、感受性の質実の程度によって深い思索が図られ、相手方の探究から先々が予見され、マイナスへの有用な方法を取るか、プラスには特段の手立てを考える事には及ばない。

このような人間の心理と物理的性格の因果関係の分析が生まれ、相関性の実感に異同や程度差が生まれる事に思われます。多くの感覚と観念と感受性の有機的な規則性を持つ生産者に在っては上述のような実感の取り方を標準にする事と考えます。この標準の一般則に対して、個別具体的な事象を適用して法則性に照らした反応を作り上げるという筋道が描き出される。この標準感覚と違うか、或いは、前提となる対象への憎悪意識や好印象という思いから標準的な動態に及ばないか等々の分析が進められる。

意見の違いという事象の分析は、人間の常態的な生産の規則性を下に、標準的な感性や発想、判断や方法論へ及び、刺激と反応と刺激という相関性を浮かび上がらせ、適当や異常という判断が生まれる。健全な生産者像と大分離れた需給関係を持つ生産者といった区分が生まれ、各種の感覚の相違と現れる事に、異質な感性に対して多数派の健全像への基調を落とさない作為が進められて、不快な反応の是正に及ばせる対処や予防の施策が生まれる。

盗みや詐欺という性質を多分に含むような生産者への嫌悪感が現れ、適正な生産作法の標準を強調して違いへの自覚を促し常識へと修正させる自然な反応が投じられる。このような知見が教育プログラムの形成へ反映され、適正な人間像を意識的か無意識のうちに想定した教育内容が創り上げられる。歪な人間性への不快感という感受性を根に、ありのままの現況を掴み適正且つ有効な方法を投じる活動と現れる。

以上のような論理が未来志向の創造性を指し、過去の正負の感情から少しでもプラスを増進させる為の有効な型枠を理論と描き具体化させる過程と現れる。科学技術と生活スタイルの状態から人間の基本的な感受性と感覚と観念の現れ方への変容を掴み、酷く悪性の方向に行かぬよう原因を掴んでスタイルを改め、健康な発想を基調とする人間性が持続する。今日現れる特異な事件の根本的な原因は生命観の衰弱から生まれ、生身の事象から離れた加工度の高い生産事物との接触が常態化し、生命観の弱まりが進み、安易な発想や異質な行為を生み出す。これまでにないような手法に及んで、びっくりするような実感と現れる。

リアルな肉体的なぶつかりの程良い体験等を経る事が、急激な殺傷等という行為へ及ばない皮膚感を高め、感受性の実際的な形成へと反映される。頭へ偏した交流が過ぎ体の交流が弱まると過度に物性に依存した手法を用い、或いは当事者性を見せない間接的な手法を多用する歪な性格が深められる。

こうした事態に対して「馬鹿に刃物を持たせるな」という言葉が有効な施策と集約され、しばしば、祖父が口癖とされておりました。現代に通じる確たる原理と描かれます。馬鹿の自覚の弱さに対して健全な人々による適正な指摘を強める健全化への道が浮かびます。暴力をそのまま肯定する人は少数に思われますが、陰湿性の回避や急激な反応の予防という意味から適度に肉体的な衝突を起こす事の有意性が謳われます。

歪な静

7)歪な静
物理現象には心理作用は含まれず、機械的に淡々と物事が進み、蓋然性の高い因果を実感する事に及び、心理現象は人間の変わり易い意志による因果の不安定な事態が生まれ予測の難しい事象と現れる。経済活動を表す人間像として物性的機能を効用とする生産の規則性と、情緒的要素を含んだ製品サービスに変動性が生まれ大別的な変容度の原因が浮かべられる。心理面の安定への志向性が生まれ、長期的に備わる変わりづらい人間の性格を見出し、それを根として発想や論理を組み上げる創造性において規律ある安定と躍動の世界を創出し快適を抱きたいとするビジョンが描き出される。不快性の事象が特定され、それを発生させない為の施策が図られて基盤の安定が創り上げられ、快適性の事象への基調を落とさない前進性の動態が促進される。正負の事象や正負の因果を含めた包括的な創造図面が描かれて、共通的限定性の高い負の感度と相対的な幅の広い正の感度という実態が掴みだされる。力の蓄積と共に力の利用から欲望の変容に反映され、内向きの欲望へ傾注すると外側への利益を作るエネルギーが弱まり不快事象を起こす主体への性格が進行する。肥満症による正負の感度の崩れが不快の循環を作り、局所や構造、システムへとその性格を忍び込ませる。これへの是正や予防に欲望と力と責任の均衡という尺度が設けられ健全性を計る基準と示し健全な活動や人間性の維持へ連なる生産性という領域が生み出される。こうした社会現象の良好化へ向けた根本理念とビジョンが表されて常態的な制御策と備わり、一定の変わりづらい意志が固められ良質な安定という積極的な性格を備える創造が展開される。ストックを守る意識の安定というよりも、良好なフローを守る為の安定という概念で区分され、性格の特徴が浮かべられる。ここに於いて動である対象との適正な調和を見出す動態への道が示され過度な静を望む力んだ姿による弊害が予防され自然な外界との交わりを叶える調和性が図られる。妙な利己的性格からの執着や正当化は過度な静態と現れ、自然な動態への歪な静を意図した力や表現として顕著に映し出される。好循環を阻害する一方向性の不均衡という態度に及び、均衡式と離れた過剰な欲望や責任意識の低さや、力の用い方の歪みと掴まれる。均衡に及ぶ大きさや範囲へ修正されて、歪な事象という認識が減少し、適正なサイズと運用に及んで安定した精神と肉体の関係へ及ぶ。欲望過多から過保護な規制を作り、公平公正な均衡を崩した歪な精神性による作為は健全性と間逆の作為を指し人口的な制約を歪んだ発想により創り上げ、外界への違和感の強い常識感覚を慢性化される。人間の物性への過剰な進行に箍を嵌める適正な規制とは異なり、両者の性格を鮮明化して、違和感の強い静態現象への改善をもって動の良好な気流を損ねない真の調和へと連ねる事が社会現象の中心的な観点と生まれる。健康な人間性の安定化を図る「健全な静」とは異なる「歪な静」という概念が強調されて人間の良質性を損ねない為の制御が図られる。慢性化された怠け者による愚図な行為は醜さの象徴であり、不快感が極まる。

健全性の基本式(欲望と力と責任の均衡)

力とは欲望を充足する方法を指し、欲望と充足方法という構図に、人々の主要な関心が注がれる。腹がすき、食料の生産や調達を図り、摂取する過程で見られるように、何をどのくらい食べたいという欲望に対して、生産するノウハウ、道具、設備、時間が直接的な必要要素を指し、作る事が出来なければ作った人へ対価を支払い調達が図られる。
欲望と方法と方法に係るエネルギーが直接的な関係因子を指し、これに生産過程や生産事物から生じる多用な影響に対処する責務が課せられる。当事者間で、成分の質量、外観の形態、パッケージのデザイン等の直接的な生産事物の要求水準や、いつ、どこで、どれだけという二次的要求が調整されて、これらに係る費用が算定されて、負担と品質の適正を図り、売価を設定し、契約内容が決定する。
こうした中で、行政の立場から影響に応じて公平公正な規制が課せられ、品質の中に落とし込まれる。更に契約違反への罰則規定等が加えられ不測の事態への対処方法等の手順や資源費用等を見積もって総合的な水準の設定が生まれる。
欲望 方法(力) 責任
何を、どれだけ、 いつ、どこで、どのように、
品質要求、費用負担、売価設定、

こうした調和形成の原型的な欲望と力と責任の関係性が描き出され、応用的に各概念の中身を変えて均衡式が活用される。
1.欲望に、生物物理的欲望、心理的欲望
2.力に、財力、権力、知力、
3.責任に、効用の実感、影響への配慮、
といった概念が適用されて、観念と感覚の整合による実感で、完結性を持つ健全な調和が形成される。多くの民間の事業会社に備わる常識感覚と示され、公共機関においても同様の算式を持って、需給構造を描き、行政サービスの要求水準と費用負担において、財の交換が図られる。
特に、健全な人間を作り上げるという視点から、浮かび上がるのが「知力」の形成や保有と実態的な効用について、運用という実施での検証から真価が測定され、二次的情報の量を多く保有したものに、感覚的検証を与えて、一次情報化する過程において、真に有用な力と判定される。実際に用いて得られる実証された知力と、運用が図られない二次情報とは格段の質的相違が生まれ、ここが強調されて、客観的な力の測定に及び、価値の算定が生まれる。
頭でっかちのうすら馬鹿という主体性とは、この二次情報への過大な価値を抱き、真に有用な力へ変換されない状態である事への適正な認識を欠き、空威張りのようなお粗末な態度を表され、過剰な報酬を要求される態度や、詐欺まがいのハッタリを用い、実際的な失敗への責任を転嫁する反応を見せる醜態に及び、人間性の劣りと表され対人形成における不快事象と浮かべられる。
頭でっかちで、過大に自己評価を取り、奢った態度で人を見下し、自己の客観認識を欠いた姿と現れ、外界からの反応から適正な力の評価を受け、過不足の少ない自己認識へと修正され適正な調和感覚が作られる。未成熟な状態から多様な経験を経て失敗や成功の実際的な感覚や感受性を吸収し熟練した生産者への道筋が現れる。
知ったようなふりに成り、思い上がった態度を見せると、みっともない実態に直面し、それへの健康な反省へと回る態度に在って、学びが生まれる。この成長の循環の壊れた人間性に根の深い問題点が浮かび、根本的な性質の悪性や成長過程の歪な工程という面への適正化等へと思索が進められる。いい年になって性質を改める事は容易でなく、性質の善し悪しを持って適材適所に配置する事が管理者責任と上げられる。
根の悪さから幹がねじ曲がり、お粗末な枝葉や果実という態度を見せる因果と映りだされます。財力等が向上し、自己の消費的な欲求を高め、生活水準が上昇し、その規則性で慣れ、経済環境が悪化して生産や所得を落とさないように、力んだ行為が執り行われ、そのつけがどこかに回される。
とりわけ大きな影響力を持つ生産主体に在っては、消費的な発想へ偏り、堕落的な体質に陥る事は、責任感覚の劣化という指摘に及んでも不思議はなく、こうした性質面に着目されて、力を与えられる人間性への吟味を図り、長い目で見た適正策が生まれる。
所謂、坊ちゃんの大衆とかけ離れた生活水準には、下降期に安易な物性的な対処による上昇策に走る傾向が映り、一時凌ぎの発想から根本的な性質の下落を招く事が、中長期性の視点から生まれる負の増進を指し、多変数の算式を用いず単純な変数と即効的な成果へ流れる事態には冷静な判断をもって適正を産出する事が加えられて健全性の制御が生まれる。
肥満という体質の特定は、こうした想定から浮かび上がる人間性を指し、世襲等の坊ちゃんを適正に処遇し、真に有用な力の測定を持って、責任に等しい均衡を果たす事が必須とされる。形式的な評価ではない、客観的な実測を持って公平公正な判断に及ばせて健全性が推進される。
単純な教科書的方法論で閉じこもり、偏狭な感性でいる歪んだ性質へは、広く大きな感度や根本的な焦点を持って有用性の測定に及ばせて、真価に近い感覚が備えられる。権力依存、財力依存、質実の弱い知力依存等の姿で、力との健全な関係を築けない性格と見られれば、適正化の方法を進めて、自然な浄化反応を滞りなく進行させて、歪性の除去を果たし血流の正常化に繋げる事が欠かせない。健全な皆様の代弁と当たるかどうか、未知なる事です。

健全性の実現

活用していながら、事実を知らないとする感覚と心理の分断した感性に、不健康な精神状態が映し出される。存在を知らずに活用する状態はあり得ず事実を認めず欲望を遂げようとする生産は、生産主体の性質へ焦点を及ばせ、生産事物のみならず作る過程の良質性が問われて中長期の信用を備えた一過的な利得行為とは異なる社会の持続的協働や共生を実践されて健全性が作られる。
基盤的性質の善し悪しが根底に配され、特定事物と対象者という構造が生まれ、更に中長期という安定と向上の持続の周期を望むという性質面へ着目が及んで、総合的な評価を形成するに至って、効用と影響を鑑みて真に良質な効用を生みだす活動像が生まれる。共生性を抱き、自他の健康な関係の規範が生まれる。下限的不快事象が集約され明瞭な法規と固め発生を防ぐソフトとハードのインフラが整えられる。盗みや詐欺、暴力という手段に寄らず、生産事物を作り他者のニーズを満たして適正な再生産の規則性を作り上げる事が社会生活の基軸的な焦点と浮かべられる。
自然形成的な力の蓄積や人口的な制度上における大きな権限と責任が形成され動的変容の過程が生まれる中に在っても、基盤的な感性は変える事無く、寧ろ力が大きくなるほどに影響力に等しい基準を課して対応する事に於いて外界との適正調和が生まれる。この社会との良好性を意図する発想が健全な成長の軌道を表し力を利己性へばかり向けて用いる事に流れると、基盤的な感性は崩壊し効果よりも負の影響が増してゆく。
以上のような倫理道徳面を根にした生産概念を持って心理面と物性との良好な関係が生まれ、健康な精神と肉体の絡み合う有機体が描き出される。健康や健全という感覚を変えずに、諸条件の変容への対応を図る構図と示され、その実践に於いて正常な自他との客観認識が導出され自他の生産への尊重心が現れる。過度に自己に有利な判断に寄らず、普遍的な図面を下に自他を配置して適正な感覚を示す事が健全な調和の作法と示される。
抽象的な観念で普遍的な原理が作られ個別事象との相関を如何に解釈するかの異同感覚に焦点が絞られる。総論は概ね同意が生まれ、個別事実の特定と総論との兼ね合いを実感と表し、自他の論理が展開され、同質性を見るか、違いが激しいか、そして第三者という立場による見解等が加えられ適正が導出される。当事者による合意が基本と成り、どうしても調和が見出せずに、酷く対立が深まるような事態が予測されれば、広く第三者の力を借りて和解を取りつける方法が生まれる。二者間であまりに一方的な欲望を片方が表され、とてもまともな感性に無いと見れば広く一般性を基準尺度にして歪みの加減を客観化し一方向的な感性の是正を働かせ均衡的調和が作られる。物理的な力の格差からこの歪性が広がる事には、健全な社会構造やシステムと離れた性質が深まり物性と理性の適正が破壊され長期に見る人間の良好性を喪失させる。これに及ばせない施策が文化政策を指し、基準論理の創造へと力が投じられる。
個々人の非力性を補う構造上の適正への観点やより広いシステムの適正という多層の視点を設けて適正を導く操作が生まれる。
物性に従属的な性質が大きな力を備えると利用の適正を欠いた作法が進み、箍の嵌まらない無法地帯が作られる。個人的な成長過程から一定の健全性を備えさせる社会的な要望が生まれ、教育や地域の秩序の面から極端な物性に寄った性質を作らない長い視点で見る制御策が描き出されて実効力が図られる。このような適正化策に於いてはテクニカルの知見というよりも生身の所与的感性が事象の性格を付け、適当な強弱感を示す能力を作る事からも、皮膚感の健全性が基準の柱になって各種の細分化した基準と適用が果たされる。事象を感じ取る美感や美感の内実の描き方という根本的な感性が土台に成り標準が生まれ制御に反映される。物性の制御能力が著しく劣ると歪な成長や対立を深め、先々の消滅という道筋が予見される。この軌道に持続的な安定と成長は浮かべられず適正な感度を持って異質性の拡大への対処が図られて健全な人間社会が作られる。
人間の根本的な欠陥と見られる性質には、深刻な感度を持って多層の観点から対応する事が欠かせず、野放しにする事無く、長期性の利益に重心を取った判断に、正解が生まれる。

包括的な制御策

しばしば、行政組織に於いてパブリックコメント等という名を打って意見を募られる。民衆の要望を組み上げ行政サービスに反映する正しいあり方という意識を抱いて行われる事かもしれません。しかし、こうした事象も民間と公機関という区分を排して意見という方法論や貴重な情報提供という観点に立つと、何がしかの利益が見込まれて表現を与える性格で捉えられ、相手方への信用や実績、将来予測の上に呼びかけへの対応が生み出される。法という枠組みで守られた保障在る立場という状態が安易に人から意見を伺えるかの意識に及んで有用な情報に対するリターンの意識が薄くお上の感覚でうすら馬鹿な態度を持って表現されるようではまともな意見等投じられる事はない。

こうした様相に民間事業者の感覚を欠落した公機関独特の感性が浮かべられる。過去の経過にお粗末な態度が見られれば呼びかけなどは控えるのが通常の感覚で在って、何を勘違いしているのかという心象が少なからず浮かび上がる。信用を失った対象に誰がまともに相手をするのか、これが民間の皮膚感であり寡占的構造や特権的意識に生まれるお粗末な人間性が明瞭化される。これが見られると、民間との乖離という実感が強まり聞く耳は弱まり対立的分断の対象と深まって相手にしなくなる。しかしながら少なからず資源を提供する利害関係にあり、見過ごせる事と手を付けざるを得ない事が生じ、有効な手段の探究と実践へと力が投じられる。

公機関で働く多くの人は健全な民間に近い感性を内蔵され善意ある心持で業務運営に励まれておられる事と思われますが、一部に未だお粗末な人間性が見られるのも事実であり、これを是正する事が公機関の価値を落とさない為に必要かと思います。一部のお粗末が全体への心象を作り不快な存在という認識が強まる。大きな看板の持つ正負の作用と確認され異質な個を抱えずに一定の質を堅持し信用破綻への対処が図られる。管理能力を超えた組織の肥大化は手足の独り歩きが生まれ、共通の感受性を持って身体と頭脳の制御に於いて一体的な活動と名称の整合が果たされる。内部の不満が外部へと現れ一部の者が外部へ被害を与える事象は内部管理者の過剰な欲望や力の適正な行使を欠いた責任不足を指しシステムの適正規模へ修正するか、個々人の性質を変えて対応力の適正化を図る事が望まれる。業務設計や運用と人事考課制度が密にリンクして頭と感覚の整合や検証の持続性が果たされて歪な性質に走らない健全な統一的感受性の浸透した組織が作られる。

内部の不満が外部の対応に現れクレームと明瞭化され、適正なクレームかの判定の下に修正に及ぶ循環的システムが備わって、大きな失敗の予防や体質の持続が果たされる。物性従属的な感性やピンはね意識の強い管理作法という個人や集団の文化が見られると持続的な成長に及ばない。特殊な技術で市場を制御する構造にあっては自浄作用が弱まり、歪な感性が慢性化される。これへは広く制度的な面から異質性の予防を起こして悪性を生じさせない仕組みが求められる。こうした面への様々な取り組みが見られますが、未だ変な人間も居残る現実も少なからず実感される。個々人と構造とシステムという各視点から適正な観測と合理的な改善が必須とされる。資源の配分やシステム設計へ偏して運用実態への認識が劣るとどこか世間と離れた意識が強まって「何様か」という態度が知らず知らずに現れ犯罪を犯罪と思わない感覚が備わると推察されます。

運用面から物事を体験してシステム構築や資源管理に至る過程が図られて頭ばかりの議論や空論に及ばない健全性が作られる。肥満症はなかなか治らず作らない過程の善し悪しが問われるように思います。教育の良好性、人間形成過程の適正、生産の健全な規則性、定期的な健康管理の定着が欠かせず、良質な性質の維持と向上に文化論という観点からの測定と是正の周期が常態化されて基盤の堅持に連なる。

生産活動の中で生まれる社会的教育が、家庭の教育や学校教育に生かされる大きな対象の括り方から、人間の適正を作り上げる視点が欠かせず、地域社会、職場や学校、家庭という各種範囲での対人形成や知識の形成や創造を抽象集約し、共通的な基盤を浮かび上がらせる試み等が図られ、局所と中局や大局の相関を伺い、個人と集団の健全な感受性を作り上げる包括的な体系に在って無理のない良質性への道が描き出される。一般論と個別性という構造の中で両面を取り込んだ生産に在って持続的な学びの軌道が形成される。ここに各人が自ら考え作り上げる意思を備えた主体性像が生まれ、過度に特定の力への従属的な性質の深まりが回避され、閉鎖性の志向による歪な発想に逸れる事無くオープンな気質を持った真理探求型の尽きる事のない学びを備えて広く社会性を抱き参画する堂々とした文化の道筋が生まれる。物性の進行は偏狭性を増進し心理的な欲望を細らせる。小さく小さく人間が委縮し豊かな感性を貧弱化し、バランス感覚の崩れは明瞭に映しだされる。これに当たるのが○○である。見たまんまで、言うまでもないでしょう。

文化概念の概要説明

文化論の導入として、文化概念の基本的な内容を取り上げます。太陽から光が発せられ、雲から雨が降る。土から養分を吸収し、種から芽が出て幹へと育ち枝葉が伸びて実が成り、その実を人間が吸収する。枝葉が枯れて土の養分に帰り根から吸収する。こうした生物の循環系が観測されて基本原理と纏められる。人間が果実を沢山望んで基本原理の理解からエネルギーの出力を操作し、成長の速度や質を変えるという作為が図られる。光や水分を多く当てたり、土に栄養分を足す等の手法が考えられる。これが原理の応用を示す単純な例示と説明される。
【基本原理と応用の合算 = 領域A】
太陽、雲、土等の外部要素、光と雨と養分というエネルギー源、根と幹と枝葉と実で構成される内部要素、外部出力としての果実、果実の受け手と成る人間。人間の欲望から多くの果実を求めて、自然の周期に対して、エネルギーを人工的、作為的に加減させ植物の成長が操作される。

こうした要素と要素関係と一回りの周期という動態を、抽象的観念で示すと空間と時間と要素と要素関係と表され一つの領域という感覚が生まれそこに名称が付され事象の識別が図られる。領域Aという概念で全体を示す事になる。これを細分化すると内部領域と外部領域に区分されエネルギーのインプットと変換過程とアウトプットというシステムの概念が適用される。内部領域の存在意義を向上させるには、少資源で多くのエネルギーを創出する変換過程の高度化が図られて外部へ対する求心力が向上する。外部から多くを依存すると内部領域の価値は高まらず外部に依存せず内部の努力で付加価値を高めると内部の存在価値が高まり外部への影響力が増す。内部の意思が外部を動かす関係性に及び確たる領域の顔が作られる。
こうした過程で確固とした型枠が築き上げられ長く続く様式と固まり文化という名称が付される。食文化、住文化、衣服の文化等々、そして個々の文化に共通する側面が抽出されて汎用的な型枠が浮かび上がり文化論等という抽象原理の体系が形成される。各種生産に共通的に備わる価値観や方式が取り上げられ生産者に在っては共通的な基盤の価値という認識が生まれる。この同一性が領域間を繋ぐ共通言語と化して作り上げる物事の違いを超えた共通の皮膚感と及んで相互の円滑な意思疎通が図られる。ここに普遍原理等という名称が付され根源的な価値と生き続け、時々の環境の変化によって作られる物事が変わっても変わらない原理と浮かべられる。文化や文明、人間の性質等という表し方に及ぶ。
生産者と需要者と取引先を含めた生活者という立場からの共通的な理念として、「自然と技術と人間の調和、安定と繁栄の持続的な活動」等と描き出される。共生感情と自主的意思、協調と自立等の適正な調和への模索が進められ人間像と抽象される。こうした理念の実現に盗みや詐欺といった下限的な制約が設けられこれを超えたものは許されない。大きな勘違いが生まれる肥満症は過剰な力の保有を指し力を取り上げ適正化される。
未だに、大手新聞社とみられる無能なマスコミによるサイバー犯罪が止まりません。警察や行政は、こうした事態への対応力を是非とも高めて頂きたいものです。相手方が明確に特定できず、悪質性の高い犯罪は看過できず、根元を是非とも掴んで、異常者を捕まえて頂きたいものです。

1)文化創造

権力や財力は技術力の向上への力を伸ばす作用と、停滞を齎せる用い方を取られる場合が見受けられる。力への依存による歪んだ発想の深まりと、良好な感受性を下に力を活用する姿に大別され、理性に重心を持って道具や生産、創造を推進する在り方に、健全な人間像が描き出される。アナログ的な情緒性を動力に、デジタルの作用を活用する欲望と充足の構造に、普遍的な生産の型枠が設けられて人間の本質的な性質を変える事無く、技術を磨き技術を制御する事に於いて、健全な感性の持続と物理性との相関が生み出される。作った技術力が余りに影響が強く、人との良好性と乖離して、人を縛る事へ進行し、生物物理面の効用へ偏した活用が進むと、本来的な基盤を崩す事に及ぶ。経済優先の供給者論理が過ぎて、真に有用な利益と離れた技術を作り人間性を下落させる。短期的な即効性と中長期的な利益を想定のもとに人間を制御する事に於いて、健全な精神と肉体の維持が叶えられる。こうした生産への根本理念が備わり、歪な精神性へ箍を設けて、適当な欲望を起こし充足する構造に在って、感受性と感覚と頭脳の有機的な動態を備える人間像が出現する。需要者の側にも、購買の方針と備えられ、技術との適正な距離を図り、根源的な性質を制御する意識が作られて、需給の健全な発展への道が進められる。このような観点が強調されて、長期的な利益が享受され安易に利便性を従属的に用いる事からの弊害が予防され科学技術と人間の適正調和への規律が浮かべられる。文化という長期的規則性へと発展し末長い生産の型枠と需要へと至り真に価値ある創造を追求する事に在って健康な感受性の所在が確認される。固有技術と良好な管理技術を持って適正な人と技術の相関が設けられる。人間側の力が脆弱になり技術の独り歩きや振り回される事態を回避し個と個や個と集団、集団と集団を統制する共通の感性に常態して道を外れた歩みが予防される。人間力以上の力の保有は各種の不快事象を発生させる。物理依存の肥満な感性による人間の劣悪化の予防や競争の過熱に冷静な理念を適用し仮説と検証と改善の周期に収め正しい軌道が推進される。外界の状態を無視して自己の理念に偏する事は独り善がりの空想欲に留まり外界を掴んで理念への適正な方法を投じる作法に健全性が生まれ感覚と頭脳が有機的に繋がり感受性の実態が現れる。どこかに絞って生産の偏りが生まれる事に対して、完結的な人間像を標準に取り、相互協働性が設けられ各自の特性を伸ばし補完する意識に在って共生の姿が見出される。専門性の深まりや縦割りの弊害、分業社会の負の傾向を適正に認識して太い基軸を共通ビジョンと備え細部に寄った創造が修復される。以上が文化創造への理念と実践を指し本書の根本に当たる動力源と表されます。