文化的創造性へ

「内容よりも外観」で購買を図る消費行動が進行する。これへの適正化が成長ビジョンと描かれて、質実の良い物事を選定する意識が向上し持続的生存と繁栄の軌道が強まる。時代認識と未来ビジョンの中核原理に配されて正しい人間を作り上げる長期的な道筋が示される。根源的且つ分母的全体ビジョンを反映する二次三次的なビジョンになり日常的な感覚に及ぶ適正化原理と強められて文化政策の一環的な展開に連なる。物理的原理の進行や短変数の方程式という現代的な潮流から、パッケージの善し悪しで衝動買いをする購買行動が進む。或いは商品内容よりも流通業者の利益率などという副次的な要素で流行が作り出され消費者の視線に止まる配置に商品が並べられる。手に取りやすい棚割りを作り売りたいものを訴求される。生産者による製品の良し悪しを算定するよりも流通事業者が力を持ち売れ行きに影響する構造が進められる。こうした現代のトレンドが各所に反映され一過性且つ即効的な訴求点を強調して「低価格、派手、独自性より機動性、拘りよりも手っ取り早さ、」等の中核原理で支配され流通業者の意図する向きの製品や生産者が取り入られる。マスコミや情報媒体機能に力が生まれ直接的な製品よりも二次的要素の購買基準が強まり、「軽くて安い」がトレンドと占められる。政治家や学者もこの性格が取り入れられ、あくの強い性質は嫌厭され役人の思うように立ち振る舞う性格が重宝される。産業や政治行政、教育に共通するトレンドになり、「軽い事、言う事を効く、難しい事を言わない、派手で安い事、」という基準が作られる。デフレマインドが慢性化して短期間で規格量産の規模の利益で支配される。これの行き着く先は、「カラで派手で軽い早い」となり、物理原理そのものが良い事、素晴らしい事を指し善や美の基準になる。これが現代の主流を指し一部の支配層の意思が増強され極端な二極構造が生まれる。内実の弱い集権や統合の構造が起こりきめ細かい対応が粗雑化して各所に深刻な問題が顕在化し根本的な面からの質の変化に狭まれる。中身が希薄化して表面を取り繕う感性が進み根本原理を抑えない即効型の基準と運用が進んで、考えられないような判断に対して本来的な良心が注がれ事の重要性に気づきつつあり抜本的な原理の更新へ意識が向けられる。小手先の対処策ではどうにもならず根源性に即してあらゆる発想を更新し質実の問いを高めて堅実な生産へ及ばせるごく自然な態度に重きが取られる。これを引き出す普遍的な原理が再認識され健康な精神から正々堂々と発想を作り中長期の視点や大局性を抑えた生産に及ばせて即効的な期待を制御し構造的且つシステム的な変化を合わせて前進する。体質自体の改良において正常な感性と機能へ進み、欲望と力と責任の均衡する主体性へ連ねる長期政策が求められる。こうした感性に力を集めると共に広く健全な教育の普及や健全な購買に及ぶ社会価値の促進を同時並行的に進行させ局所と構造と性質の連動的な変化へ及ぶ。トップダウン的な手法では限界は早く基盤的な面を合わせて価値の刷新へ連ね着実な改善へ導かれる。産業経済、政治行政、教育文化という全方位的な共通概念の適正を持ち根元から全体に連なる良質化策をもって現実的な動きが進む。「機械から人間へ」が根源ビジョンになり文化政策のコンセプトが示される。

 

1)現象と再生産性

「あいつのせいで悪くなった」という人への恨み辛みが現れる。過去の事象へ対しての検証の一種を指し原因と結果への実感が起こり、良くない結果と原因への確信から一つの総括的な判断が生まれる。それへの適当な対処をもって一応の区切りをつけ、いつまでも過去への負を引きずらない建設的な利益を作る力へと回り正の循環が進む。

失敗事象の特定と反省から原因への追究が起こり誤りへの原因を把握して、二度と失敗を生まない理論が作られ理論と実践の動きが生まれる。被害者と加害者という直観的な構造が起こり両者の対立的な心象による責めを求める態度を表し明らかな一方向的な過失と見られる事象から、相互的な原因による負の発生という割合感覚の精緻な認識へ及び、その程度の実感から適当な被害と加害への統合的概念へ至る。

万人共通性の因果的基盤を根源にして次第に個別的要素と共通性の事柄へと分けられ、直接的な実感と間接性の因果などへと、実感の抱き方が現れ、関与の度合いの認識が起こり利害の程度への認識と及ぶ。過去への清算と未来型の利益構築という意識の向け方が生まれ事象へ対する利害の実感と関与の程度から過去か未来かへと意識が向かう。

事象の善悪への程度の認識から何かの取引で賄える事柄と修復不能な事柄という性格の違いも現れ事象の類型と善悪の程度が序列化される。これへの対処や予防策として絶対性の強い悪性事象への認識と有効な制約が作られる。生物物理的な実感と有効なハード的な方法とそれを表すソフト的な論理が描かれる。過去事象への有効な対処策が見つからない。プラス型の利益を作る発想へ転じて少しでも被害の広がりを防ぎプラスを作る創造性を投じる。等。

例えば、「火災を発生させ、人命を失う」という事象に対して、火元の原因と加害者が特定され、生まれた被害として自己の家屋の喪失と身内の生命を失ったこと、隣家への被害の発生等々が特定される。それへ対する適当な被害への賠償額の算定と執行が図られ直接的な対処が生まれる。関連する法規との兼ね合いから、妥当な基準と適用をとり、民事上と刑事上、行政上の処分が図られる。そして二次的な段階として加害者の行為原則が作り出される。或いは隣人からの要望などが示される。更に、火災への専門的知見から火災予防装置というハードの機器による事前予防の対策とこれを義務付ける法規の制定など生まれ有効な創造策が講じられる。自己基準と他者の基準、行政からの基準などが生まれ履行する活動へ及ぶ。

理想

概念

過去事象への対処
個別事象の

特定

個別事象への

評価

方法の

構築と実践

各種

知見

志向性

思想

 

事象の特定

因果関係の特定

 

利害関係者の特定

利益と被害の特定

損失への対処、

利益への対価

改善策の構築と実施

未来型の創造性
代替可能な提案、代替不能、

こうした過程で、人間性や物理的機器への効用や自然現象の実感が露になり因果の実感へ対する異同が現れ、どんな理想概念と実際の感覚を示すかの認識が生まれて検証と効用などの実感が鮮明化される。頭で思い描く観念と実際的な場面で起こる実感が生まれて真実や真相を掴み実態が把握される。生活者や消費者、生産者の性格を表し予めの行為や能力を算定し外界へ明示して効用と検証をもって持続的需給へ及び市場が生まれる。

自然 人間 道具
概念
実感

こうした結果、クズや健全という人への心象や物への実感や自然の理解が起こり概念と実感に及んで生きた知恵が作られる。健康な感受性を根に自然や道具や人との交わりを持ち、大本になる人間像という理想概念の探求が進められ、評価感覚を起こすと共に有るべき適正を探し作る事へ及ぶ。クズとは失敗への認識も生まれず反省をせず、同じ不快を作る人間を言い、それに適する対処や施策をもって下限事象を減少させプラス性事象を弱めず強める事において、人間の理想を下落させず向上させる事になる。適当な人間像がこれらの羅針盤に連なる。人間像のない経済や政治は根なし草と及んで善悪の判断にも及ばない。

利益概念の吟味と健全な行動規範の強化

全体の利益か、個別の利益かという点から、いずれの判断を下すべきかの選択に狭まれることがある。普通の感覚でいえば、個別よりも全体にとってプラスになる判断を下すのが、物理的な感覚による方程式を指し、経済合理性という言葉の直接的な意味に相当し、全体の利益を優先する事へ及ぶ。しかし、これだけでは思慮の浅い範囲になり利益の性質を吟味する観点が加えられる。ここから人間観等の形成が影響し人間にとって何が重要か短期的な物理性のみならず根本的な視点を深めて利益の序列を構成する事になる。基礎的な躾に当たる事柄が人間の根本的な性質面に相当し、盗みや詐欺や暴行を生まない事ということから下限的な価値が取り上げられる。これに及ぶ原因や二次的悪性の広がりが予測され反復的な規則性を抽出し因果関係を把握の上に、二次的な視点が生まれる。更に三次四次という相関を浮かべながら連鎖性が抑えられて、基軸の骨組みが浮かび上がる。

悪性事象
戦争

テロ

盗みや詐欺や暴行

経済低迷

自然災害

エネルギー循環の不公正

物理依存症

こうした観点から、個別事案の問題の性格が掴みだされて、人間の適正像から見て根の深い事柄は、個別事象にあっても全体への大きな影響に及ぶと特定されて重要な関心を持ち、当事者的な意識の下に取り扱う事へ及ぶ。長期的に見る全体への利益か不利益かの判断をもって、人間の適正を崩す事のない深刻な対処を図る事に適正が生まれる。構造上の欠陥やシステム的な面での不合理性や人間の根源的な性質の劣化という範疇に及べば、個別的な事案も大きくクローズアップして事柄に立ち会い全体への利益を作る事に価値が生まれる。私的な利益の範囲を超えて普遍的な価値という万人性の関心に及ぶ事は、堂々と公に開いて真相を明かし対峙する態度に適正が生まれる。寧ろ、問題を伏せ二次三次と同質的な事象が起こる事が予測され歯止めになるエネルギーを注ぐことに価値が現れる。抜本的な改良へ及ぶ事から齎される利益は計り知れない。社会には様々な人々がおり良質な感性から腐りの酷い性質まで多種多彩に実在する。特異な悪性と関わったら無視できず運命と思って対峙し、良好な力を注ぐ態度に真っ当な判断が生まれ個別性を超え全体の利益へ及ぶ。単純物性の感度が進むほどに偏狭な利益概念に染まり、物事の重層性や長期的観点を喪失して短絡な判断を生む傾向と映り、大きな勢力に流され楽な方へ及ぶ事に対して、文化や哲学の取り方が適正を齎せる。いい所ばかりをとるようでは醜態や悪性になり、リスクをもってリターンを得る堂々とした行為規範が強化されてクズが減少する。クズに過剰な報酬を与える事なくクズにはクズに相応しい配置が生まれる。見えづらい社会への貢献や利益の生産を賢明な生活者は見落とすことなく取り上げて、その働きに報いるエネルギーを与える循環に及んで意義ある行動規範が強化されて人間の価値の下落の予防や価値が向上する。インターネットによる情報の広がりを良い力と及ばせて、見えづらい物事の真相が明瞭化して正常なエネルギー循環の加速へ及ぶ。

健全性と乖離事象

健全性と乖離事象

「妥当な方法を見出す」という点に健康な生産者の感性が生まれる。利益を作り利益を得る活動によって生計が成り立ち、この中で、思い描く理想を備えながらも現況に対峙して、理想に及ぶような方法を遂げたいという自己の欲求と、他者が思い描く理想との対峙をもって異同が確認され、両者の接点を見出して方法を投じて利益を作る事へ至る。この協働による生産性に現実世界が生まれ理想通りに行く事ばかりになく様々な要素を勘案して利益を作り出す事に責任ある立場の行為が生まれる。こうした一般的な生産者の皮膚感覚に対して、理想のみに執着して利益を作らないとなると、何ら責任を全うする態度になく、一過性の我儘や愚痴のような態度が現れる。評論事態に価値が生まれるものならまだしも、消費的な立場の気ままなクレームのような表現に及ぶと、健全な主体性の性格と外れ外界へ違和感を強め、付加価値を作りだす意識が弱い表現者の感性が出現する。外に見える物事についつい評価感覚ばかりを先んじて注ぎ、利害関係の弱い立場から勝手気ままな態度を見せる。気に入らなければ他を選べばよくいちいち文句を言う立場にはない。要求を出すとは何某かの負担が伴い権利義務の相互性において健全な相関が生まれる。この感覚が著しく外れたような権利意識ばかりが強く負担をしない一方向性に現代的なマスコミ病ともいう性格が現れる。評論の中にも何某かの効用感を作りださないと、ただ文句ばかりをつける態度と映り、「なんなの」という心象に及んで非常識な性格と映りだされる。少なくとも確たる基準を示して一貫性を持つ評価感覚であって何某かの見識めいたものが生まれ意見の交換が成立する。こうした焦点が健全性とその欠落を指し、平等思想をもって適当な要望と負担の相互性を作り上げないと一方的な要望過多のわけのわからない消費者性が起こり真面な交流へ及ばない。物理的な力への過度な依存から、どこか世間の常識と乖離した態度が強まり、思い込みの激しい偏狭な価値をもって他者を一方的に評価する肥満者の気まぐれが罷り通るようでは健康な社会秩序から遠ざかる。自由主義や社会主義などの個別性の思想を抱く以前の、基礎的な健全性が生まれて、相互発展的な建設的創造の交流へ及ぶ。健全性とその乖離という事象を平易に言うと、以上のような面と映し出される。これが需給関係の基本となる「価格と経費と品質」を作り込む公式を表し、要望ばかりが強く負担の意識が弱く過剰な品質を求める態度に世間の常識と離れた性格が生まれる。リスクを取らずにリターンを求める歪んだ精神性が現れ、フリーライドなどとも呼ばれ盗みや詐欺の慢性化した体質を表す。基礎的躾の範疇を指しこの基盤が揃わないと適当な心理作用が現れず関係の深化へは及ばない。

 

 

長期性の文化形成への道のり

人と人との在り方を主に社会思想が作られる。この範囲の事から出発すると、どこか人間ばかりの都合を表す態度に映り、地球との関係性という自然現象と人間の相関を謳わずには、長期的な観点を外し軌道の誤りを作りかねない。自然環境や地球とは、人間にとってどんな存在であるのか、この現況の姿を指す客観認識をもって持続的な共生や生態系を図る事に最上的な理念が配される。この基本的な対峙を根源に構え「自然と人間と道具」という要素へ展開し、そして、人と人の相関へ連なる構図が描かれて大枠的な全体像が生み出される。つまり、持続的生存という根本的な感性をもって、そこに現れる登場人物が、地球と社会と道具という生産を指しこれらの相関を示して全体の概念が形成される。自然と人間の共通要素は、「有機性」にあり限りある生命に本質があり、生命の存続には自然からのエネルギーを必要とする。一過的ではなく安定需給を得られるように長期性に連なる再生産の仕組みを構築して欲望と充足を満たす創造性が投じられる。こうした人間側から見る自然への要望に対して、自然は恵みを与えるばかりにはなく、時に脅威となって人間の人命を奪う正負を内蔵する存在であることが確認され一面的な欲求ばかりを突きつけるわけにはゆかず、自然をよく理解の上に人間の制御可能性を把握し許容性の限界を抑えながら再生産の方式を見出す調和策が求められる。人間の感覚が弱まるほどに自然から観測できる能力が弱体化し、危機の予兆を掴む能力が弱まって自然と人間との分断性が強まるほどに、予期できない危機に遭遇する。高精度の道具を開発して身体能力を超える観測能力を高めつつ、制御可能性が向上し生産性が高まって対価の蓄積が溜まり直接的な栄養吸収へ意識が回り外界への創造性へ意識が弱まると、観測や制御性が劣って開発努力への熱が減退し肥満な性質へ自然が襲いかかる周期が描かれる。こうした点を抑えながら人々とのより良い協働体制をもって緊張と緩和の優れた波長を形成して自然と人間の調和性の維持と向上を意図する基本的なあり方が描かれる。人々との協働的な生産体制を築くと共に果実の公平な分配において心理的な良質性が起こり、より良い生産への持続的改善の意識をもってエネルギーの投入と返還の適正な方策へ探求が進められる。自然という存在と同様に人も人へプラスのエネルギーを齎すばかりにはなく、時にマイナスのエネルギーを及ばせる。自然と社会の関わりと同様の構造である事が確認されて適正な調和を見出すための人間の在り方への問いと適正像が示される。このような根源性が掴みだされて基盤的な社会思想が作られ、万人的共通性の概念を構成する部分と各人の自由度を設けて個性的な思想が許容される。つまり健全性概念を根にして一定の不動的な原則の共通性を持ち、個人と社会や既成と新設の方式という二つの軸から割合感覚や志向性の相違へ及んで自由主義や社会主義等々の個性が生まれる。最上の理念からみて不動性の概念を抑えつつ内外環境の変化に照らし最良の方式を見出す発想へ連なる。こうして二大勢力の構図が生まれて相互の特徴が現れ各立場からの利害を衝突させながら最良性を引き出す協働体制が生み出される。当方なりの立場から大まかな心象で現況を見ると基盤的な不動性に問題が見られ根本的な面が基準に及ばず基礎が不十分であり個別の思想へ分ける以前の問題点を感じる事も少なくない。個性を表せる以前の基礎が形成されず枝葉の個性を表しても形骸的な様式に留まる。根本性が歪んでおりこれを正す発想に意識が向けられて一定の正常性を経るまでの段階に映し出される。一次思想と二次思想を行ったり来たりしながら土台が強められる事かもしれません。「欲望と力と責任の均衡」という主体性に健全性の目途が表され一次思想の人間像が描き出される。二次的な思想を作るに際してもこの標準像が不動的な主体性の良質性を表し大きく望むのであれば大きな責任が課せられる権利義務関係の基礎が作られる。この尺度から各所における実態の乖離を掴み是正して健全性へ及ぶ。この初動的な認識をもって一次思想の盤石性へ連ねる事が当面の課題に映し出される。二大的な勢力と対立による最良性へばかり意識を注がず一次思想との兼ね合いを見据えて盤石な基礎と分化の適正を求める構図が浮かび上がる。概ねの自然観や人間観について不動的な観念が揃い、確信性をもって根本的筋道を抑えつつ個性を作る事へ及ぶ。以上のような理念的な概念に対して現況が抑えられ方法を見出す長期的なプランの性格で文化論の立場からの表現が生み出される。独り善がりの理念では人間像に及ばず各所の人間性との対峙をもって妥当性を見出す創造性に健全な生産が生まれる。文化の立場においては、根本概念の普及促進を地道に重ねる事になり少しずつ理解や共感へと連ね先々への種を植える作業が生まれる。根本概念の整理されていない理論体系は、めちゃくちゃな心象が生まれる。見る人が見ると、あまりにも何ら考えが弱く怠けていた事が伝わる。出て来た学校などは関係なく、どれだけ真面に生産に身を投じて来たかで表現に及び、価値が測定される。

 

2)健康な生命観の維持と向上

2)健康な生命観の維持と向上

統治にはその範囲の事柄を適正に管理する事において内外からの正当な心象が与えられる。土地や海や空という天然資源に範囲を設けて独占的に支配するには自然環境への健全な関わりをもって一時の願望に寄らず後世へ向けて良質な状態を引き渡す意識が備わり持続的な人間生活を繋ぐことへ及ぶ。ただ欲張って広い面積を望んで有効な資源の活用に及ばず適正な管理が滞るようでは過剰な欲望と自然環境への無責任な態度を表し、自然や後世やその他の人々へ対して健全な感受性を抱きとられる態度とは見做されない。過剰な支配欲と至ればその力んだ態度を改め他の人に譲り生命をよりよく生かす発想へと及んで遊休資源や余剰資源を作らない発想が適正な態度と映る。統治の範囲はこうした原理をもって固定化されずに動的適正に即して変容させて自然と社会の良好な関係が生まれる。このような相関を根本感性と抱く態度が人と人との相関へ反映し社会秩序の土台が形成される。頂いたエネルギーを適正に用いエネルギーを産出する循環へ及んで自然な生態系が促進される。既に多くを持つのに有効に使わず更に他の物を欲しがる態度に生命観への重みを有さない粗雑な感性の醜態を見せられ、ここに根本的な人間性の劣化が映し出される。過剰なストックで利益を作らない創造性の弱まるフローの適正を欠いた肥満症と特定され正よりも負の影響を及ばせる。以上は、古くから社会の根本的な道理を示す因果応報等の自然律の具体的な現象面を指し生は滅を伴うという因縁生起の感性へ及んで適正な生を作るエネルギーへ転化して良好な人間性が宿される。

6)感受性と方法

健全な感受性が健全な能力を作る力へ連鎖する。人への健全な思いが適当な技術力の向上へ及び過剰でも不足でもない技術の向上と活用の制御性を生み出す。自己への過剰な欲求や他者への過剰な奉仕にもなく適当な脅威と恵みを感じ自他にとって良好な成長を意図する発想に良好な感受性や情愛が生まれる。溺愛のような感性は相手を思う感性とは少々異質であり長く良好な耐久力を作る事へと意識が注がれて過度な甘やかしの作法が控えられ自ら生産性を高める意識へ及んで良好な性質が備わり自立と協働の適正を生む。この直接的な観点と間接性の因果を見据えて構造的な問題などへと思索が進み直接間接の適正化という大局的な観点が起こる。局所的な面と構造と長きに渡る性質面をもって無理な力みに寄らない有用な創造へ連なり真価を遂げる。実現への執着が真に物事を成就させる納得性の高まる質の良い研究や活動へ及び一過性の対処策に留まらず根本的な解決へ及ぶ真理の探究に真なる感性が宿る。自己の側の不足を感じずに逃げた発想で場当たり的な施策を投じて満足される欲求は外界の利益よりも自己の側に重きを置く心理と浮かびます。逃げ癖の慢性化は、根元を弱め常識感覚に及んで自己を肯定して体質化され自己慰めの利己性と映し出される。自己で賄える範囲を適度に掴み自己にない力との協働に及ばせ、理念に相応する体制と実施で実現への軌道が進行する。自己と同じ能力を求める発想や、自己と異なる能力への尊重の弱さは意図するビジョンが曖昧でただ管理の欲求から画一化させ序列をつけて統治する事や、酷くなると何でも自己が作ったもののように盗んで使うようになり歪な欲求を目的にされる態度と映り根元の欠陥とも見做されかねない。物理性や権力が先んじて創造性が弱まると管理欲ばかりが際立ち、先行した判断に現れる。「どうあるから、何をしたい、こうすべきだ」というビジョンが生まれず、「ただ、支配したい」という願望からは中身が作られず自己生存の願望過多の態度と映り利他を作る意思の弱い健康性とは乖離し感受性の実態が現れる。「愛国心を持とう」等と声高に叫ぶ輩がしばしば現れる。「誰だ、お宅は」というのが率直な心象であり感覚的な質感から抽象的なビジョンへ連ならないと、どんな利益や効用、意義を意図するのか不明瞭であり、ただ単に何か優位な立場を志向して指図する態度に映ると強い違和感や拒否反応が生じる。或いは物理性の即効的な訴求を強める生産性も外界への利益を遂げる態度とは離れ供給理論の歪んだ生産者と映し出される。外界へ良好な効用を与え共感へ至って起案者と参画者との協働的な利益を実現する持続的な軌道が生まれて健全な相互性に及ぶ。わけのわからない管理欲求や物理志向は病気とも映りかねず物理依存が激しく健全な心理が伝わらない。妙な理屈をこねて優位性を意図する役人的な態度や、盗みや詐欺という手法に節操を欠く行為は歪んだ感性が露になる。権力欲の強い上昇志向と改善志向は似て非なるものを指し比較的容易に区分される。マスごみやその周辺で集る芸人や一部の歪みの酷い政治家や単細胞の財界人という類は健康な精神性に疑念が起こり、各種クレームと起こって良質性を前面に出現する力がスムーズに流れて適正な軌道が進行する。

9)自然現象と社会現象

国民の利益と人間の利益という対象範囲の広がりが起こる。地球という同一基盤に人々の意思で線引きをして、領土や領海領空という統治範囲が決められる。自然現象が基盤的な因果と繋がり、人工的な利益を意図して心理現象が図られる。こうした中で、国民と国民以外という制度上の区分と人間という自然現象で見る区分が生まれ、前者で規定した事柄と後者との相関を伺いながら、国民との利益と人間の利益という概念をもって、持続的生存と繁栄へ連なる方法を導く事が求められる。

国益ばかりに固執して人間の利益を喪失しては最上の理念を叶える方法へ及ばず、後者の点を踏まえて前者の立場を作る発想が求められる。国家という主体性の意思に、こうした要素が含まれて、他国の人々の利益を包含して自国の利益を追求する態度が求められ平和主義なる方針が設けられる。国境を超えた経済的交流の実態などが抑えられ、自他との適当な相関を導き、制度や法規、条約などが作られる。自然現象による他地域との相関と共に心理現象から生まれる外へ開く部分と中の循環を保つ部分とを鑑みて、利益概念と中身を作り利益を充足する方法が生み出される。こうした大局的な観点をもって、社会システムの実情を浮かび上がらせ、国境という限定に寄らない実際上の相関を浮かべシステムの最良性を遂げる事へ及ぶ。自然現象と心理現象という観点から自然と人間の適正な相関を作る道筋が描かれて健全な主体性が作り出される。政治という立場においては、しばしば国益への執着が高まり、他国との軋轢を深める事へ対して国民という概念ばかりに寄らない人間の利益という立場からの最良性を引き出す研究が進められて、教育や文化という領域からの知見を作り調和を見出す相互協働関係が生まれる。こうした要素を含み思想的な立場を形成する事へ及ぶ。偏狭な感覚が強まるほどに社会現象ばかりへ意識が向かい歪な欲求や方法を投じられる。自然現象との関わりが弱まる事から人間の適正が崩れ、恥ずかしい、ちいちゃい人間が生まれる。

事象解明への道筋

「事象を断定する」ことの重みが弱まると後で困る。どんな意図と確信を得て断定に及んだのか。この因果関係から表現者の人となりが現れる。

場所と時に相応しい、緊張のはり方が生まれ、比較的緩い所では、そんなに厳密な根拠をもって会話を作る事もなく、しかし人の利害や生命へ直結するような想定においては、確かな根拠の実感の作り方に焦点が集められ、一次現象を作る立場と、二次的な配置で想像力を働かせ推察する立場との違いや作法の適正が生まれる。他者への生命観が弱まるほどに、確信性を持たずに、安易な断定表現を示されると、表現者の根本的な性質への疑念が生まれ、その真相次第によっては関わりを遠ざける心理が働く。「なんていい加減な性質なのだろう」という心象が生まれて、どんな利益を意図して表現を起こしたのかへと表現者への真相を深める問いが生まれる。推察力や分析力や、欲望の起こり方という面から、表現者への能力や感受性の適正が問われる。或いは問題の真相を追求する契機の深まりへと及び、問題を作った当初の意図とは異なる二次的な展開へと発展する事も予測される。人々の関心が集まり、直接的な事象から間接性の因果へと広がり、当初とは予期せぬ真相が解明されて行き、真価を掴む事へ及ぶ。

正直な心持で良き動機を備えて健全な力を起こした人々と、歪んだ心根で、歪な精神性による創造性を投じた人々とが明瞭化されて行き、確かな事象の真相が浮き彫りになって、責任の所在などを問う事へ及ぶ。利益を得た人と被害を受けた人が特定され、それが正しい理屈に則った結果であるのかが吟味され、悪性の程度によってはエネルギーの再構成へと及ばせて正常化される。断定が出来ないように、様々な工作や悪智慧を働かせるという精神性も中には起こり、どんな所に問題の根を見るか、事象の深まりへと進んで、100%の事象へと少しでも近づくように多様な観点が生まれる。

多くの事象は、利益を得る立場と不利益を受ける立場が発生する。これが事象の起こる根源になり、意図する利益の在り方と入手方法への適正が問われる。予め規定された「してはならない事」を超えると言い訳が出来ずに、見えづらい人間の精神性の歪みが鮮明化される。外界に知覚される事柄と内面的な精神が繋がり事象の実態へ近づく。生物物理的な実感と心理的な実感という面を主にして事象を探り、真相真理を追求する事になる。クズな性質が次第に浮き彫りになり健全性へ改善する力が進む。生と滅の不可分性の原理を元に適正が問われる。

哲学や文化の起こり

感覚や感受性に実態があり、その中から言葉という観点の一部を取り出して事象を表す作業が生まれる。つまり、事象は前者の側を100%とすると後者で一部を限定することになる。この構造をどこか忘れ去られ後者を100%であるかの錯覚に陥って事象側との不一致を起こし事実とは違うという軋轢が生まれる。日頃、常識的に用いられる「事実や価値」という言葉の真相について根源的な観点を振り返り粗雑化される感性を蘇生させ、健全な性質を維持する周期が内蔵されて肥満な体質からの劣化を制御し健康な性格を図り確かな根本性の持続の上に良質な生産や創造、協働や共生共栄の世界が生まれる。哲学や文化という根源性を探求する分野の存在意義を指し、基盤が脆くなるほどに悪性事象が表面化する因果が確認され基礎基盤の適正へと意識が向かい良質性を堅持する作用に重みが生まれる。様々な歴史的な範囲の想定が描かれる中で長期的に変容しづらい人間の根本的な性質へ視線を及ばせ作り出した技術力に制御される流れを適正化し人間側の健康な意思が確認されて人と技術と自然の適正な調和を見出す発想から良好な調和が生まれる。一部の供給者による大きな影響力に対して受動的なまま制御される事なく確かな根源性が抑えられ、どんな人間性に適正を抱くか、不動性と変化との認識を持ちながら自己の側に軸をもって外界との適正を図り主体性が作られる。二次三次に加工された概念や生産の根源性への認識が弱まるほどに確信性が痩せ細り惰性に流れ取り返しのつかない体質へ嵌る懸念が起こって人間側を適度に作り込む事へ及ぶ。物質文明の正負の側面が確認されて物理従属的な姿への不適正を鑑みて良質性を作る哲学や文化という領域が欠かせない創造性に思われます。傲慢な薄らバカな態度は際立ち現れる。平和を壊す根源を指す。

2)長期性の価値基盤

根本性の思想を謳う中で最も重要な観点が以下のように浮かびます。真面な人間性を欠くと真面な対象とは思えなくなりそうした対象から何を生み出されても関心は遠のき視野から外れる。クズな性質を見せると平等感覚は喪失し下等な対象という自然な感覚がいや応なく生じ何も感じない相手となる。どんな世界にも一定のルールが形成され、下限的な決まりを外してまで勝利を掴もうとする態度には誠実性を欠いた性質が浮き彫りになり真面な競争相手とは見做されず蔑むようになり、同列的対等の感覚が起こらず残念な人という心象が強まり関わりが深まらない。こうした皮膚感覚が健全な人間性の根っこに備わり自然な本能と現れ誤魔化しようのない反応が生じる。真面にエネルギーを投じる相手にはなく対等には映らないと喜怒哀楽も起こらなくなる。純粋な感性が少なからず生き続け健康な精神性が持続する。平等思想とはいうものの平等には見えず下等な対象と認識される。盗み症や悪性の詐欺体質などが顕著な例を指し、誰もが一線を守るような決まり事を超えてしまうと真面な性質とは見做されず、残念な人という心象が生まれ糸の切れた感覚が作られる。これを戻す事は容易ではなくたぶん修復されず根本的な信用を欠く行為への重みが現れる。薬物に逃げるような感性もこうした内に入り、よほど改心して真面な性格に更生されないと人々の意識は切れたままになり正常に戻すには容易な道筋にはない。せっかく一生懸命前向きな力を投じ人々に喜ばれる存在に及んでも、基礎的且つ欠陥的な行為が生まれると一挙に信用が吹き飛び根本的な事柄への棄損は計り知れない損失を齎せる。下限的な信用基盤は長期的な価値となって人間性の根や柱を構成する。いくら前向きな生産性を投じてもここが外れるとプラマイゼロからマイナス増へ及んで視野から喪失する。利用の道具と割り切り相手にするか、極力関わらず健全な性質との交流を選択する事になる。何かの取引で修復される事はなくクズといると本能的な不快が湧き理由のつかない拒否反応が強まる。このような皮膚感が少なからず残って心理的な良質性を保つ欲望が生き単純物理性に嵌らない人間性が堅持される。性根の腐った者に力を与えると周囲一面に影響して瞬く間に腐りが浸透する。間違っても基軸的な配置には適当でなく、根本的な良質化の要件と浮かび上がる。