3)事実と形式

4)事実と形式

「与党として相応しい行為を見せろ」等と野党の側が評される事へは形式に凝り固まり野党の立場を望まれる姿と見做される。与党をやるつもりがあれば、事実上の与党という意識をもって行為や態度を起こして、その実力が人々に認識されて形式上も与党になる。形式上と事実上の整合に、頭と体の整合が起こり、形式上よりも事実上に重みが生まれ形式化される。変化と維持の動的側面が現れ不動にはないエネルギーの発生と循環の流れが途切れず作り出される。組織図などや職責上の肩書も形式と事実上の観点が生まれ意思決定過程の流れが映し出される。形式に従うとは限らず個々人の信用が事実上生まれ信用に即したエネルギーの経路が作り出される。形式上に不満が起こり事実上の感性が優先される。この状態にあっては形式を事実上に更新して健全化される。放置したままでは悪性が広がり直接間接に負を広げる。言い換えると頭と体の整合へ及び健全な感受性が生じる。頭と体が分断するとはこうした点に浮かび上がり書き示した事柄と実際の手順が異なり運用される状態を指す。妙に過剰な欲望が形式面へ偏って欲求を表す態度に及んで体の面がついて行かず責任の満たされない欲望過多と実感される。体が先行して事実上の力を作り頭で認識して観念で表し多くの人への認識や周知作用が生まれる。形式に固定化されず事実上の力を注いで基準も変わり自然律の生きている状態が確認される。事実か形式か、価値が事実を生むか、事実が価値となるか、両面の相互的刺激と反応で統合へ及び真相真価が掴み出される。法律家の感性と科学者の感性の違いとも見受けられ、或いは政治家と財界の性質にも類似する。現実的かつ適正な生産者の感性はこの両面を含み、理想と現況と方法のサイクルをもって利益を作り上げる。独りよがりの理想をいくら一方的に備えたところで外界の状態を無視しては理想は遂げられない。又は科学的事実に対して、人間側の欲求への視線が弱いと心理的な欲求への不足を生み、理想概念に人間性の実現を備えて事実を作る態度に適正が生まれる。いずれかへの偏る性質には健全性が見られず、両面を包含した生産概念において完結的な活動の適正な感性が生まれる。事実と形式を動的規則性の周期で繋げる活動概念が形成される。人と人の間で人間概念が生まれる。自立や自律という概念も人間概念を前提に構成される。

 

現代社会の時代認識と改良の視点

1)現代社会の時代認識と改良の視点

局所事象に浮かぶ問題

若くして老人のようなマインドにある人が少なくない。これが今日的な現代病の一つを指し力に従属的な発想で自ら作り上げる気力も意識も細いぶら下がり型の受動的性質を指し、まるで覇気がなく死んだようなエネルギーを見せられる。保身に極度に偏ると冒険的な力が起こらず、ただ、大きな力へご機嫌を取り世渡りする歪な習性が体質と化す。エネルギーが取られるようであり積極的に関わる事はなく手足として使うより仕方なく、良い悪いは別にして独自の意見や発想を堂々と述べ行う主体性に健康な感受性が映る。

指導的な立場の感性

指導的な立場のリードに物理依存の偏狭性が強まり規格化された型枠をただ押し付けるマネジメントに染まり、個々の良質な個性を見出し伸ばす育成が取られず人との関わりが音痴になり、物理的粗雑な制御性による強要が進行する。現場からの対人形成の適当な過程をもって多様な人々とのコミュニケーションを形成し基礎からの人間観察力と創造性を育て生産力の型枠に反映する人と技術の積み上げ的な相関においてミクロの良質性とマクロの枠組みの整合へと及ぶ。

感性の形成過程と適正

対面的な客商売の経験から、次第に店舗全体の管理へと育ち独自の色合いを形成して外界への発信性を持つ生産像に及んでその成功体験を水平展開する等の拡大策が生まれる。質の濃いサービスや製品への志向を持つか、幅の広い規格量産へと向かうか各自のコンセプトの取り方において多様な成長の軌道が生まれる。特殊性の技術力に依存した経済性においては人との相関より道具の性能への高度化へ意識が強まり科学技術の物理性へ偏した焦点が深まり機械化や自動化という合理性へ視点が定まる。或いは技術間の相関を結び、刺激と反応の因果を形成して単体から複数の要素を構成して力の拡大へと及ばせ大きなシステムを作り出される。

ハードとソフト、生物、物理、心理

ハード的な因果に対してそこへ流れるソフトが主になり主を良好に形成する従の関係が形成される。ソフトに人間との接点が起こり機械化や自動化も根元になるのは人間の欲求になりどんなことに効用を抱き、充足するかの構図をもって科学技術力が投じられる。物理的効用と心理的な効用の割合に適正を欠くと物理面へばかり発想が流れ、そもそもの人間が欲する事物との関わりへ視点が弱まり、「早い事、楽な事、便利な事、」等の二次的要素に偏して内実の中心がずれてゆき、補完作用を主として構成する事から次第に感性の歪性が生まれる。生物的な因果性を基礎に物理的因果性を持ち、そして、心理的な因果性を併存した人間の性格が映し出される。動力的に強いエネルギーを起こすのは心理的な感性にあり、ここから生物や物理へと探求が強まって好感を得られる仕組みが生まれる。

需給構造

供給側の意識が強まり供給論理に偏ると外界の意図する欲求と離れた生産性へ外れて需給の不適合を齎せる。のめり込んだ思い込みへの適度感が形成されて程よい生産へ調整され長く反復的な相互性を持つ需給へ及ぶ。適正調和感覚が起こり、そして新たな提案などから需要が変わり供給と需要の成長へ及ぶ。行き過ぎか満たないか、反復的な相互性から各種反応が実証され細かな要望が湧く。機械的な提案と人間の実感との両面へ視線が配られてソフトとハードが結合される。

物理過多

物理的性格や精緻な生産性の感度が強まり決まったか枠に慣れた快適性が強まり誤差や違いへの寛容性が縮小して生物的視点への探求が弱まり粗雑な力の強要性が進む事に肥満な外界への力が発生し感性の乖離した分断的相互性が現れる。制御しているつもりが、粗雑な物理性での強要による認識に及び、心理面を良く掴んだ制御と外れた粗雑性が進むほどに何かの不快傾向から簡単に相関は切れる。物理過多の因果性の性格となりこの皮膚感が強まって財力や権力に依存する生産性が進むほどに根源的な生命観への質が下落し再生産の発想よりも一過性の感度が強まる。社会の主軸的な要路に納まる性格から各所に物理的な制御を広げると歪んだ集約性を作り人間性に反映する。科学技術への過度な依存症やボンボンの感性が主軸に入るほどに、粗雑で短変数の外界との相関を生みだされる。性格の形成過程の短縮や省略から適当な性質を作る工程が弱まり、物理性へ過度に依存する制御性へ流れる。「早い事、便利な事、軽い事」などというトレンドが進むと内実への感度が弱まり、物理化による弊害が顕著になる。

型枠の固定と弊害と根本的な改善

この根源的に浮かぶ潮流に対して適正化するのが健康への軌道を指し、決まった型枠による量の展開へ進む感性に型枠自体の変化へと深い視線が進んで単純量の方程式からシフトし多様な観点や感性が形成され、局所的構造から分散と自立の構造を持ち、各自が成長する多線の構造により全体が育つ軌道に及ぶ。基礎変数となる人口面が強く影響し各種の需給構造に反映する事からも人口の適正分布という観点が置かれ良好な分布を作る施策をもって空間の適正や健全に及ぶ。マクロ計画の優劣はこの面から測定され何ら考えが弱いと、基礎変数の適正を欠いた事態を招き取り返しのつかない物理従属の歪性へ流れる。影響力の強い所が適正に制御されない事には、従属的受動性の感度が二次三次と連なり進行する。物理的即効性へ偏って生物的思索や心理面への考察が弱まるほどに思考停止へ嵌り基礎変数への相関へも視線が及ばずただ物理性に反応して物理の性格が強まる。局所的にいくら対抗してみても物理の力で押し通す状態に及び、構造やシステムの大幅な改定なくしては軌道の変化に及ばない。博打的な発想による糧の入手に染まるほどに健全な変化を作る適正が外れ物理過多の生産へ染まる。大きな力を備える所への抜本的な性質の変化を持って一方向性の軌道から循環性へと進めて適正化される。こうした根源的な潮流が抑えられ老人のような若者が生まれる因果が把握される。マクロ政策の主導的な配置においては根源の問題を的確に掴み、有効な健全化策へと意識を集中し上流からの適正化へ力を投じて構造や局所に物事が反映される。

問題の根源性と観点の重層的因果

利己性が強まるほどに問題の根源に意識が向かわず一過性の場当たり策で誤魔化す態度が生まれる。利己的な発想を指し抜本的な問題を掴まずに適正な施策が現れない。基礎変数や根源性と二次三次の事象の相関を抑え人間像の適正への思索をもって問題の本質を把握し方法の体系や優先度が構成される。低能でバカな主導者が備わるほどに良くない原因を外界へばかり求め主導者の見識や感性への反省に及ばない醜態と映し出される。「局所と構造とシステムや性質」という因果性の枠組みをもって有効な施策を発想し投じる事が求められる。

全体最良性と個別性

以上は全体概念図の最良性を意図した構図を指し各個別性と共に共通的な観念が備えられ、個別への尊重と協働の価値が起こる。生存と共存を意図して社会や人間が作られる。全体構成的な立場への理解と共に個々の良質性が伸び、相互の協働性を少なからず抱いて全体の統制が働く。経済産業と政治行政と教育文化という3領域と相互性が生まれて持続的循環の適正へ及ぶ。全体主義や自由主義という片面的な立場には限界があり良好な根源性からの適正図が描かれ健全な感性が備わる。主従関係という二極に対して、いずれの要素も備えた相互性を抱き主体性が生まれる。

生命の真っ当

制約を設けたにもかかわらず、一人が許されるとまた一人また一人と止めどなく箍が外れて制約は無機能になり、その正当性に物理原理を当てられ力が支配する秩序が進行する。経済力、権力という力を持って感受性の破壊を齎し人間性を崩壊させる。万人平等に適用されるべき、根源的な基準について物理力をもって正当化する秩序を進める事がどのような結末に及ぶか、物事の重要性の認識が弱まるほどに基盤が瓦解し、二次三次の原理への正当性を喪失する。人間性の弱さが赤裸々に映し出され、自己の尺度による制御の利かない受動的体質が生まれ外圧による作用をもって精神と肉体を矯正するお粗末な事態が生まれる。根本的な信用破綻と映り根源性の下落は重要な欠陥と現れ各種システムの存立根拠を下落させる。何を言っても真面には耳を寄せられず不信の念を広げ、一つの欠陥が正常な面への信頼を弱めて各所に甚大な影響を及ばせ求心性を喪失して衰退の軌道が強まる。事の重要性の認識が弱いと壊滅的な連鎖を招く事が予測され、これへの適正な態度は醜い言い逃れをすることなく、潔く謝罪し根本的な精神を入れ替える事に及ぶ。健全化の実施計画を作り的確な運用と検証の地道な活動をもって信用破綻への修復を図る以外に道はなく人々は表面に見せないものの深いショックを抱かれる。人間の根幹的な棄損へ対しては自然律が強く作用し記憶の深くに刻み込まれ、決して忘れる事なく代々に伝えられる。世代を跨ぎ悪性の連鎖を拡大する事のない最良の態度を見せられるかに、失敗と対面した際の最善策をもって、負の緩和を果たせるかに人間性の真価が浮かべられる。失敗への対処に人間の本質が浮かび上がり、「あいつもやっているから」等という態度に及ぶと制御能力の酷く破綻した性質と認識され、お飾りの善を装う偽善者の心象が強められる。大小の失敗を抱ける感性に人間の根源的な良質性が明瞭化され、理想や大志の健全な性格を備える自然反応を作られるかに生身の人間性を感じる事へ及ぶ。物理性に縋って逃げる態度を見せるか、真摯に至らなさと対面して人々との信用回復を意図されるか、多くの人はしっかりと行為をウォッチされている。健全な精神性に人間の根源価値が見出され人類の共通認識と培われた長い歴史を冒涜するような判断を見せる事無く人類史の観点をもって未来の良質性へと責務を抱くかによって適正な態度が起こされる。せっかく多くの人からの支持を得ながら、一片に信用の破綻へ及ぶような事態を作る重要性を抱き、適正な感性を投じる事が後悔の少ない道と思われます。好印象から残念な人という心象が上回る事のないプラスを残して歴史に刻まれて生命を真っ当した痕跡が生まれ後の代に良質性を繋げる力と作用する。逃げ隠れしない堂々とした性格が引き継がれ生命の断絶が防がれる。

 

 

感性と技術の適正と社会の形成

知識と感受性と体の一体性に健全な人間性が備わる。知識が豊富で、それを伝達し有用な作用を持つと評価されるには、身近な所属組織の評判も比例して良いものであって、個人と集団の整合が図られる。所属集団からしばしば問題が発生し、それへの関与へ及ばない優れた個人という相関には、違和感が強く、身近な事柄に対峙して良質性へと働きかけ一定の成果を遂げて生きた知識と感受性と体の関係が確認される。身近に起こる問題に向かわず、個人の優れた評価を得られる事はなく、健全な感受性が備われば、身の回りの改善へ身を投じる反応が起こり、生きた知見を作り上げる体質が見られる。

こうした工程が希薄で、外の評論ばかりを磨き、評価を受けるなどという事には至らず、健康な感受性を欠いた個々人的専門職化という職位があるならば、片手落ちの個人と集団の関係にあり、個人は良いのだけど集団は悪いなどという理屈は成り立たず個人に問題がある。活きた知識でもなんでもなく、二次情報を詰め込んで体も感受性も作用しない可笑しな人間性と見るのが適正であり、個人の性質に問題の所在が確認される。このような、個々人が少なくなく、頭だけで体と心が連動せず、歪な性質を形成される。

評論家や記者等の専門職のような立場で、集団としてのマネジメントに問題があれば、まずは組織の良質化へと力を注がれて、有用な集団と及んで外界への評論なども担える立場が生まれる。カラの評論化や専門職という姿に、心身の一貫性を外した病理性が見られ、この構造には、適正な評価は与えられない。

身近な組織の良質化も出来ずに、外界の事象へ何某かの評価等を起こす態度が可笑しく、躾の次元で狂いがあり、根本的な性格の欠陥とも見做されかねない。この不整合から歪んだ精神性による自己評価感覚を作り、妙な認識を宿し犯罪へのモラルも形成されない頭と体と心の分断症状が映し出される。

派遣社員や専門職化という集団と個人の在り方に、歪んだ精神性が映し出され、健全な個々人の成長と集団との一体性に及ぶ形態を作る事に適正が生まれる。技術的知見に優れ、人間性に欠けると、技術と社会の結合には及ばず、誤った技術の用い方へ流れる懸念が深まり、その技術は有用性よりマイナス影響を作り上げる。人間的健全性が基盤にあって適当な感受性が備わり、良質な技術が育つという相関に適正な軌道が起こり、中長期の利益を遂げる構造が生まれる。

妙な個人化や専門職化という一過性の利益を求める形態には、根本性の歪みが反映された制度や方式を指し、歪な個人と集団が作られ、社会の悪性を深める。一過性の利益を志向する発想が強められ、身近な問題に対峙せず遠くの利害へ関与して糧を得る精神性に、どこか欠陥を抱くのが適当に思われる。紛い者の評論家や専門職と見做され、頭と体と心の分断からは良質な表現など生まれない。報道機関や妙なタレント等へのクレームが発生する根源性の原因とも推察されます。真面な社会関係を作る事の出来ない盗み症や詐欺士と映り、人間性の可笑しな状態で、高い技術力などが生まれる事へは至らない。人間を知らずに技術が生きる事はあり得ず、人間に役立つ発想をもって生きた技術が作り出される。瑕疵を持つ人間像に逸れていないか、健全な人間像への修正を図り、具体化する力に及んで、適正化する。

集団として、考えが纏まらずバラバラの個人などを放置して集団を存立させるような事態は、外界へ利益を作れるような諸条件が整わず、欠陥が治らないと、外界との適正な対話は生まれない。堂々と組織の性格を表し、組織員との一貫性にあって、外界への利益を作り上げる構造が整う。健康な感受性に基づく有機体において、真っ当な個人と集団を持つ社会が生まれ、外界への適正な約束を表し全うする要件が揃う。

社会形成の根源的な原理とも映り、ここから見て乖離する状態へ構造的、性質的な悪性原因が捉えられ、個別各所の事象が生まれる因果と及ぶ。歪な利己性は、際立ってその態度が知覚され、社会性の適正を欠いた技術職は真面に評価されない。派遣などの雇用形態に対しては、根本的な欠陥が進み、専門職化という面について、根源的に思慮を及ばせ、悪性の制度を見直す態度に、健康な感受性からのエネルギーが見られる。経営倫理という面への問いと及び、力に相応しい責任に至って正常な経営体の姿が生まれる。

これを許さないような競争環境を招く事は問題と認識されて、政治や行政のあるべき発想の方向が描かれて、持続可能な生存と共存の軌道が強まる。グローバル化などを考える上での根本性の焦点と思います。適当な制約をもって、健全な自由社会を作る基本の姿を固め、大局の構造に反映して根と幹と枝葉の適正な構造へ連なる。物理性との健全な関わりにおいて長く続くフォームが生まれる。感性と技術の適正な相関を基礎に持ち、反映した構造の制御と成長へと及ぶ。各人の志向性を分ける以前の共通的な根本性の基盤と及んで、厚みある良質性の上に自由度の広がる構造へ至る。

専門性のみを都合よく基盤と切り分けて、主体性像を作る所に瑕疵が見られ、適正化への改善を進める事に正しいエネルギーが見られる。頭と体と心の有機性という人間の変わらぬ型式から自ずと導きかれる原理と現れる。変えるべきでない所が確認されて、行き過ぎた面を矯正する態度に、根の正常な発想と行為が現れる。

善意の力

信用の抱けない社会秩序が進行する程に、「検証作用」に意識が強まり実質的な利益を作る力を弱める。監視や検証作業は事後的な性格にあり対象への不信から根拠や信憑性の元を疑い証拠を探し信用に繋げる行為が取られる。更に検証によって正負の教訓を引き出し後の行為の有用な材料へ反映する作用も含む。証拠探しの面が強まると非生産性の力に及び、実質的利益を強める行為と乖離する。この面が現代的な生産の特徴にも浮かび上がり、人を信用せず疑いの強い感覚が備わって外界の生産へ対して受動的な態度を進め事後的検証と批評へと意識が投じられる。性悪説が強まる事の不利益とも言い換えられ、プラス感情を下げる作用と働き好循環の強まりを妨げる。根本的な基盤面の弱まりを指し外界への過敏な欲求を強める態度と及び、自己生産性への重心を弱めた他者への批判感覚への割合が強められる。過剰な期待か、適当な期待か、作り上げる物事の品質と、それを受ける為の負担との相互性で適正な価格が算出され、過不足のない均衡が基準と設けられる。科学技術力や財力や権力という各種力への依存感覚が強まるほどに、自己から湧き出すエネルギーが弱体化し、外界からの力を求める体質が進行し、外界への期待感覚を強める相関と見られる。そして、精緻な要求を追求し疑い感覚を強め検証作業への比重が深まり、事後的作業へと意識が集められる。これをどのように捉えるべきか。長期的性質面からは、利益よりも不利益となり、過度な欲求を強め、安心を強く求めて精緻な感度が強まり信用を得る為へのエネルギーが進む。重要な点への要求を抑え枝葉の事には感知しないという余裕が進められると枝葉末節な点への指摘も弱まり適当な供給者の善意ある自主性の生産努力が向上し、期待よりも良いものを作る向きへと回るか。専門性を自利の為に向けられると、外界への積極的利益を提供する力には及ばず、不信感が強まり監視や検証に意識が強められる。生産倫理の適正が問われ、品質と負担と価格について誠実な態度を持ち相互の合意に及ばせ、小さな利益の積み重ねから自由度の広がる寛容性が広がり、過度な要求を見せずに適当な長期性へと運ぶ道筋と浮かぶ。精緻性への欲求が増進する事への適度感が制御され、根本面の基軸への意識が強まり枝葉への着目が弱まる。外界を対立性の対象と見るか、恩恵を得る対象と感じるか、両面を適度に伺い、反復的な相互性から要求の適度さが生まれると共に、なれ合いのマイナス面が現れ、粗雑性への制御に及んで、緊張と緩和の周期が生まれる。欲望と力と責任の均衡に健全な主体性の基準が設けられて根本性の原則と固められる。これの個別解釈の中で質実が実感されて、快不快の認識と適正な是正に回り調和性が高まる。根本的な面での欠陥的な事象への感度が弱まり、基礎的躾が下落して疑いの意識が進行して恩恵よりも脅威性の認識が増し細かく求める態度へ及び、検証作業への割合が増加して善意性のエネルギーが弱まる周期性に対して適度感を探して利益を増進する発想を持ちあい、結果的に利益の増へ及ぶ。言わないとやらない。怒らないと従わない。犬猫のような受動体質が強まるほどに自律性を欠いた体質が強まり善意性の熱が弱まる。物理依存の生活スタイルからの弊害が各所に現れる。こうした面の弱まりへの問題意識と改善への流れを作り、基盤面の強化を果たす取り組みが文化面の良質性を指し、長期性の利益を作る。力に相応しい倫理を求める発想において基盤の瓦解が予防される。受動的に制御するか、自主内発に作るか、根っこの性質へ着目が集まる。社会の適正なリーダー像が形成され模範的な秩序へ作用し自然形成的な力と進んで、善意を善意で返す循環が促進して基盤が良質化する。根源面からの自己尺度の形成と運用の実態が掴みだされて、真相真価の測定が向上する。専門性や希少性と力の相互性や、物理的力の保有と利用の適正という点に着目が集まる。自己生産性をなるべく明瞭に表す態度が初動的な躾の範囲となり内発的に自らの性格をオープンに表し外界への案内とともに自己への制約と及び、内外の調和性が向上する。寡占構造からこの面が弱まり物理性へ依存する程に善意の力が萎む。影響力が強まるほどに善意の態度が求められる。幼少期からの人間形成から積み重なり作られる性質という長期観点を持った制御性と及ぶ。

NHKのような愚図を放置すると、健全性が進まない。

1)知るとは、作るとは

実際の変化を生むには対象をよく窺い知る事から始まる。悪性と思う所に自らの身を投じて内側を掴んで適正な変化の施策を生み出す事へ及ぶ。分断的な対立性の構図を作っても、中身からの変化へは至らず利己的感性を優先させた利益を求める事にあっては何ら変わらず、中に入り本質的な問題の原因を掴み抜本的改良の施策が生まれる。よそ者のままでは実態を認識する事へ至らず自主内発的な良質化への軌道は生まれない。悪性を毛嫌いして遠ざかるばかりでは本気の改良は見出されず、まずは同化する事が必須となる。傍から見る心象とは異なりそれなりに正当な根拠による生産にある事が少なくなくその実態を掴み、根源の理念をもって適正化の動きをとる態度に質実のある変化が作り出される。このような工程を抱くのが多くの真っ当な生産体験を有する人々の実際的な感覚を表し対立性の感情ばかりを優先して中身を掴まず批判を高める態度には何ら建設的な改善の道筋は起こらず分断的対立のまま利益を生まない。不快に思う事象の中に入り真相を掴んで確かな原因を確信して改善の方法へ事を運ぶ過程が求められる。ここに本気で良質性を作る感性の程度が浮かび、悪性を悪性のまま確かな認識を持たずに対立する生産性には実質的な理念への疑念が起こり空の偽善者や利己主義者とも見做される。二次情報ばかりで認識に至る確信性の実感の弱い規則性から対象と同化して事実を掴む工程を避け、曖昧な根拠で対立感情を起こす態度は根の痩せ細りと貧弱な生産で留まり大きな利益を生み出す体質とは異なる。評論家や学者等に多い性格を指し中身を知らずに傍から眺めて一過性の批評で糧を得る感性の崩れた性質と掴み出される。対象を知るとは対象になる事を指し、対象自体の立場において対象を知る事に近づけられる。「物自体は知り得ない」という感性が根にあって、それを起点にした態度へ及んで知るという態度が実践され対象になる事へと歩が進む。根本哲学の取り方によって、「知るや作る」という言葉の解釈に差が生じ生産性や人間性に反映される。頭と体の分断傾向は「知るや作る」という言葉の中身を下落させる。そして確たる尺度のないままに気ままな批評を展開し一過性の利益を盗む態度に悪性の根が見られる。科学的な外界化の感度が進み中身を知る事を省略して外界だけ見て知った気になりお粗末な感性を露にする。サービス経済化や分業構造の進展による哲学や文化の弱まりは根本の感性を喪失し機能的即効性を強めて虫けら的な生産感覚を内蔵する。一から作り起こす工程をもって確信性を掴み信念の強さに至って表現や態度が現れる。一部の破綻的な性質がやけに際立ち不快表現を多発する事に対して構造的性質的な面から変化を作る施策が各所に生まれる。評論や観測者のモラルが向上して良質な生産倫理が高まり健全性が進行する。共存性の感性が根になり対象への生命観を抱き生命への尊さから相手方へ限りなく近づき感受性から知る事に及んで表面の態度への真相が掴みだされる。対立感情のままや自利への過度な重心にあっては外界を知り作るには至らない。口から入り腹から出る事なしには真なる調和は響かない。犬を知るには、犬小屋に入って犬と同じものを食べてワンと鳴いて犬の気持ちに近づける。

 

想像性に見る健康像

3)想像性に見る健康像

部分事象も他の部分事象と繋げて一つのストーリーを構成して表現すると、まるで変った心象が起こり良いも悪いも多様な性格が作られる。ラーメン屋さんと隣にジーンズショップの配置をとったり、チョコレートとせんべいを並べたりアイテム単体で表す事から二つ以上の要素を構成し何某の因果性を設けて事象の広がるストーリーを形成すると違った観点が作られ、定常的な発想や感覚から新鮮な発見や生産が齎される。こうした構想力が単純物理性の原理とは異質の化学反応的な変化の方法を指し新たな観点や感性を提供する事へ及ぶ。要素の集積で一つの枠組みと名称を付してカテゴリーや分類という識別性の認識が起こる。何に共通性を見出すか、或いは動的変容の周期性で一つながりの把握へ及ばせるなど、無限の創造力が生まれる。カテゴリー間で同一性の原理を察知し表現の引用的な解釈をもって映し出す等、固定化された感覚に柔軟な発想と縛られない想像性を抱いて刺激や感激、発見等々の表現が生まれる。いわば一つの需要の創出と言い換えられ、人間側の感性が広がり深まり供給事物が投じられ経済のパイを広げる作用に至る。物理反応と化学反応でいえば後者の側に高次な創造性が配され質の抜本的変化と量の展開へ至って単純物理性の要素が進む。既成の方式を受動的に関わるのみならず、発信性や根源性の強い型枠を起こして幸福感を作り上げ豊かさの生産を繰り返し、今日の文化文明が形成されてきた。少々単純物性の感覚が強まって、一部の生産者の方式を多数が受け入れる構造へ進んで力の格差構造が強まる点に各種の根源的な問題が起こり健康な人間性という尺度から良質性を蘇生する作用も社会のニーズと現れる。即効的な感覚で留まりクリエイティブな化学反応的が弱まり、感覚の固定化や規格量産の体質が進行して偏狭的基準に凝り固まり上下や主従の原理で留まる。人間側の成長という視点をもって固定概念に縛られず、健全な動機を基に健康な精神性と想像力が増進し心身の動的良質性が強まり固定的物理力への過度な重心が抑えられる。ゼロベースからの生産性や独自的な発見への発想が湧き続ける中で単純化された型枠の脱皮が図られる。固まった体質に息吹を与え新鮮な観点を作り続ける探求の根を切らさないパワーに人間の良質性を叶える原理が見られる。妙に中身の弱い形骸的な体裁に偏して固執される習性が深まって実質的な利益への拘りが陰る事に人間力の低減が映し出される。真価を追求し良質に及ぶ力強い生産性の湧き出る規則性に根源の原理が設けられ幸福感の提供への意識が強まり持続して何かを作る因果へ及ぶ。利己性が進むほどに既成的な型枠に縛られ安住を志向する発想が強まる。外界との真摯な対峙から心が動き強く感じ取って体に反映する新鮮な規則性の持続に健康な人間が描かれる。想像力はここから深まり広がり斬新性が現れる。ちょっとした閃きや思い付きが起点になって凝り固まった利益への執着が解きほぐされる。過敏症や偏狭性と柔軟性や機動性等の硬い面と柔らかい相互の循環を抱ける中に健康な動態性が映し出される。子供のような発想などと蔑むことなく新鮮な観点に力の源泉が現れる。オープンで寛容な下地的基盤の形成があって自由な発想や思い付きが表に現れる。妙な管理願望が強く窮屈な縛りへと意識が強まる事にもこうした点からよく考えて適度感を作る態度が重要とされる。小さな思い付きが大きな力の形成に及ぶ。目の前に無限の創造性に繋がる素材が転がり体と頭の整合性という健康を図る観点と共に無限の想像性が付け加えられて真に健康を見出す人間像が生まれる。多少の愚痴などが気楽に言える空気があったほうが、寧ろ健全とも伺え何かを作るきっけと作用する。固定化して量が拡大し規則性に高まり多い方が正しいという感覚が強まり物理力が作用する。少数を生かさない常識が強まり集約化の流れが進み、一部の支配層の力が強大化して欲望と力の暴走的な事態へ及び、破滅的軌道が強まる。多様な観点や違いへの好感を抱き動的な面への重心へシフトして、混沌とした常識にある状態に良質な緊張が齎され生命観の衰退を予防する。楽な方へ流れる物理性に対して多様な違いと共存できる性格が残って健康が図られる。個別と共通と根源といった価値の体系に不動性が置かれストックとフローの適正感覚、質の形成と量の展開という観点が備わり根源の因果を見据え、社会構造や地位を固めず動的良性から変動させる制御に健全性が生まれる。物理変化と化学変化の違いを抑え、どんな生産性にあるかの適当な把握と評価が生まれる。

 

 

すごいでしょう。

王様は、大きなお城を建て、金品財宝を集めて、物理的な力を持ち、自己の意思を外界に働かせようという発想が垣間見られる。すごいでしょうこの建物。すごいでしょうこの洋服やダイヤモンド。すごいでしょうこの玄関。すごいでしょうこの車。すごいでしょう家来がいっぱいいて。すごいでしょう。内のお墓。これでも、私のいう事を聞きませんか?という精神性が浮かび上がる。

外界への利益を作り上げ、その活動の実質に、すごいでしょう。という正当性を訴求する事において、健康な精神性と動的活動の工程が浮かび、人々からも納得感が高まり、「いやぁ、確かにすごい」という因果の相関にあって、健全なエネルギーの発生と返還の仕組みが生まれる。

この動的結果として、相応しい名称を与え、王の座を得る事へ及ぶ。そしてその椅子の居心地の良さから、外界へ利益を作る意識よりも、身の回りの装飾へと欲求が回り、上述のような「すごいでしょう。だから言う事を聞きなさい」と回り、悪性の精神と肉体を作られる。利益を受ければそれに相応しいお返しをする態度も形成されず、「だって私は王様よ」という正当性の態度への察しが及ぶ。

「いいから、王様の靴をなめなさい」という如きの精神性を作り、歯向かうものは物理性で制裁を与え、見せしめにして対抗勢力の惹起を予防する手立てを講じられる。「すごいでしょう。内のお父ちゃん政治家よ」、だから従いなさい。私の方が偉いのよ。との如く、ボンボン症の体質が進行して、物理的脅威への意識から応じざるを得ないという状態が作られる。

インプットと変換工程とアウトプットという生産性の基本式における変換工程の価値観と実現の論理構成に見る適正を探し、多くの人の納得感を生み出せるエネルギーの循環を作り上げる事において、プラス型の外界への利益を作り上げる力が湧き続け、良好な行いには良好なエネルギーが循環する仕組みにおいて、健全な正当性や快適感を抱く性質に適当な人間像が当てられる。

すごいでしょう。「こんな良質な利益を人々に提供できるのよ」といった正当性をもって、単純物理的力に寄らない動的フローの活動から生まれる人々への喜びの感情へ、すごいでしょうの実感点が絞り込まれる。

すごいでしょう。この肩書。だから言う事を聞いて。だから何かを貰っても、お返しはする事ないのよ。等々。これらの価値基準と論理形成に至ると、どんな未来が待っているか、容易に思い浮かぶ。すごいでしょう。「この盗みの手口。」という態度や行為に「偉いなぁ、教えて」となる常識が作られる。

日本の「政治家、行政、マスコミ様」は、どこから見ても、すごいでしょう。偉いでしょう。胸を張って、誇れるでしょう。こうした文脈から、物理性と心理面の適正を鑑みて、健全な基準を作り上げる事へ及ぶ。日本は良い国だ。

文化・文明観

インプットと変換過程とアウトプットで、有機体のエネルギーの流れが掴みだされる。何をインプットしてアウトプットするか、変換過程における価値の基準と論理の構成が有機体の芯を指し内部の中枢要素と外部要素と因果を形成する。芯が弱いと、外界からの各種影響を受動的に反応して外界の価値と論理を中心にした内部の性格が形成される。こうした相関から主従性や上下という因果の内実が掴みだされ、その反復性から構造や領域という纏まりある因果の規則性が作られる。内部の価値と論理から生み出される外部へのアウトプットに強い生命観が起こると外界はその力に影響を受け、内部の価値や論理へ組み込まれる。こうした実質的な価値の相関とそれを反映して影響や効用を抱き用いた物事には対価を払いエネルギーの適正な循環が生まれる。事実や価値という言葉を紐解いて現象を表す事を指し根源観念を基礎に備えて対象との関わりや認識や生産や相互性を形成して自然や道具や人との関係が生まれる。哲学や基礎教養という面の適正な認識が備えられて基盤のしっかりした感性や生産へ及び、ここが脆弱であるとふらふらした基礎の上に、歪んだ建造事物の認識や生産へ流れ、それが人間性と映し出される。

有機体の仕組み
インプット 変換工程 アウトプット

 

変換過程における価値と論理構成によるアウトプットの想定からインプットすべき要素が特定され内外関係が構成される。何も作り出さず付加価値を形成しないという外界からの認識へ及ぶと、そこへの関心や認識は弱まり、エネルギーを与える事には至らない。何某かの有用性を外界へ齎してエネルギーの提供と返還の規則性を作り上げる事が生存と共に共存の基本的な原理と示される。人間形成の一丁目一番地の根源的な概念と抑えられて、確かな精神性を備えた体と頭の用い方へ連ねて、健康な人間を作る事へ及ぶ。

個別事象を積み重ね所々で振り返り、確かな教訓を形成し未来の原理に適用する生産の規則性が備わり、真剣に対象との対峙を果たす中で質の良い根源概念が作られる。ただ、長くだらだら、エネルギーの集中しない集り的な生産で時を過ごすと、良質な基盤となる原理が形成されず、付加価値の弱い体質で慢性化し、枝葉ばかりがやけに生い茂り、確かな根や幹が作られず、生産性や人間性の実態が浮き彫りになる。時の長さに価値を見る要素も少なからず抑えながら、実質的な質の善し悪しへ意識が向かい生み出す効用を適正に測定して真価が見出される。

クズな負け犬になるほどに、エネルギーの効用を得ながら返還の態度が現れず盗みや詐欺の性質を強められエネルギー循環の適正を崩される。その不調和が各所に反映し負の因果性が拡大して歪な精神性が積り、各種の犯罪が広がり負のスパイラルが増進する。物理性の保有と適正な利用への発想が萎んで外界へのエネルギーを作らずに外界から奪うために各種力を用いる発想や生産へと堕落する。利益を生まずに利益を奪う体質へと陥り、肥満な精神性による悪性の影響を各所に齎される。権力や財力を有する一部の歪んだ精神性の激しいマスごみ、政治家、学者、財界人等々といった面々への適当な対処を図る事が社会的インフラの重要な役割や責務を指し、構造的・性質的な健全性の下落への対処と予防を果たす事に多くの真っ当な人々の要望が示される。担い手として適正な基準と運用の実態を明示し適正な報酬との比較を検証して、中枢的作用としての真価の測定を常態的に起こして、根や背骨の適正をもって枝葉や果実の良質な産出へ強められる。基準と運用を明示できない主体性にあってはこの任を果たすだけの能力も感性も十分ではなく良質な提案や運用者へ速やかに変わり社会の良質性が向上する。根や背骨の程度が有機体の程度に現れる。長く持続可能な利益を生み続けられる確かな基盤が作られて、文化・文明の道筋が描き出される。確かな根源概念の形成と不動的な認識と運用に及んで、盤石な支柱をもった変換工程が生み出される。強く健全な生命体を作る原理と確認される。

 

根源性と全体観の問い

曖昧な生産性という感覚が、科学技術の力を用いるほどに進み、物的即効性の感度が強まる。この感覚への流れが速まり多様な観点を喪失し、感性の貧困化へ及んで人間の物理化が生まれる。樹木や草木を見ても生物物理的観点による現象化を描き、情動的質感を抱く余裕が弱まり、生命観を感じない一方的利用の制御や創造が強まりを見せる。この感覚が人との相関に反映し、人の物化に連なり、道具と自然と人間の連鎖と見て取れる。経済的合理性や単純効率性を求め無駄をなくし、コストの圧縮と利益の増進という方程式によって価格優位性による競争の差別化のトレンドからごく自然に及ぶ機械化や自動化の流れを指し、これが基調となり、さらに低コストの生産現場を開拓し、価格の優位性へと志向される。この結果、各種の負の側面が顕在化し、適度な物理化という観点が強まって心理面への適正を図り道具と自然と人との相関を見出す所に健康な感受性を根にした反応が発生する。

局所的な特定集団のみでは周辺環境に従う判断へ及び、中局や大局の構造から適正化の枠組みを設けて、局所では賄いきれいない限界を適度化する発想が生まれ、制度や規制を作る事の意義が生まれる。規模の合理性による価格訴求の集約性へ一定の箍を嵌めて中小零細事業者の生存を果たす仕組みをもって適正化される。出口からの再配分による調整では物理化の感度は制御されず、自主内発の制御や自律性を向上させて単純効率性よりも多様な観点を見出し質的変化への志向や生産へと意識が進められて人間側の創造力の豊かさや需要の多様性が生み続けられる。

こうした根本性の問題への認識を形成し、共通的な事柄への感性が生まれて、問題の上流的原因を抑えた改善の方策を投じる抜本性の変化へのニーズが強められる。近代合理性からの反省と学びをもって根源的基礎研究の成果を生かす向きに関心が図られて、持続可能な生存と共存の循環体系が生まれる。これへの判断が各種二次三次の下流工程における発想や生産性へ連なり、土台感覚の相違が下流での感度を分け、勢力やグループの性格を作り違いに現れる。マクロ的な面からこのような根源の原理を踏まえた発想に及ばせ、権力や財力、知力の用い方へ応用させて単調な物理性への適度化が進められる。リーダーという主導的な立場を選定する際の最も重要な観点の一つになり、この面から世界の基調が起こり需給構造の性格や産業構造の在り方や、心理と物理の相関や割合の制御性へ及ぶ。

根源的な原理と志向性を表し、共通的な価値と個別性へ反映し、長く持続可能な生態系をデザインし作り上げる工程が求められる。特定地域のみならず全域に渡るリーダーに求められる課題に配され、リーダーのみならず万人的な問題意識に浸透して、主導者の適正な選択や生産に及び意図しない人間性へ流れる事への制御が生まれる。この観点が弱いと歴史の根源的な学びが足らず教訓を生かす態度が生まれない。適正な世界観や人間像を形成して、土台的な価値の上に各種発想を投じる賢明な生産が求められる。こうした面への問題意識が弱いと、一過性の利己主義に走り、力を適正に外界へ用いるに及ばず、局所性の利益へ偏り無責任な能力の足らないお飾りを担ぐことへ及ぶ。この失敗は繰り返すべきではないと考えます。

哲学のない経済や政治は、根のない機械性や利己性を進める。纏まりある価値の体系を示しきれず考えの定まらない受動的な体質に力を預ける事無く、賢明な意思を表し作るエネルギーとの一体的な工程を遂げる生産性に、健全性が生まれる。お飾りの学者や政治家、世襲の坊ちゃん、物理依存の激しい財界人や資本家という類は大きな力を預ける要件から外れる。根源性とマクロ観を少なくとも示し地球全域に渡り賢明な価値観の実現へ及ばせる事への期待と実力を冷静に測定して正しい判断へ及び良好な世界への軌道へ回る。こうした観点を欠いて枝葉の事をいくら言い争ってみても、すぐに限界が訪れる。問題の先送りが出来ない時点にあると思います。世界的な議論として本腰を入れて強め賢明な選択に狭まれている。独り善がりの心象であるかどうか、多くの人々の感じ方をお教え頂きたく本書を起こしました。