2.性善の人間像

知る事に欲望が満たされ、作る事に欲望が生まれないのは、人へのプラス性の感情が少なく、人をマイナス的な対象と捉えられ、喜びを提供したいというエネルギーに及ばず、既成の物事の原理の中で自己に有利な立ち振る舞いへのエネルギーと注がれる。

感情から感覚を働かせ物事を知り、それについての感情が湧き、物事を作るという過程と循環を生むのが、人へのプラス感情を多く持ち生まれる姿であり、この流れを強める創造を高めるのが健康な人々の志向に思います。

外界における生の躍動や喜びの姿に快適感が生まれ、それを作りだしたいという発想がエネルギーの下であり、この強弱の程度が創造事物の性格や大小に反映される。真に有用な様々な観点が探求されて、外界の活き活きした表情を生みだしたいという欲望が対象への観察力を高め、研究心と行動力へと回り作る姿と現れる。

生の躍動に喜びを抱き、滅の増加へ不快を感じられる自然な感性を育てる事が、先に生を授かったものの主要な役割に成り、上述の姿を見せられてその感性が伝播し良好性の拡大へと繋がる。このような原理が持続的成長概念の根源に当たり、感受性の豊かな発生と現れ幸福感が増進する。感覚的欲望は一定程度で逓増化し、感情的な欲望には限りはなく、多くの活き活きした生の姿を生みだせる喜びの充足を生き甲斐とする秩序へ強まる事が文化活動の目的と浮かび上がります。良質な理想画を生み、それへの信用や快適、プラス感情が違和感なく生まれるような活動に標準図が備わり、伸長要因と阻害要因の因果の実感が生まれて、プラスを増進させる終わらない不動的な基幹道が文化の動態と浮かびます。この論理が文化観念の内包と外側の一致に及び方法論を超えた基盤則と備えられ一方向的絶対性の位置に固められる。理由が浮かばない快適性という本能と言い換えられ、変えられない自然エネルギーのように思われます。生まれながらにドロボーの人はいない事でしょう。文化道徳の観点としては、現代のモラルの低下に対して、馬鹿の頭をひっぱたくような役割が社会的ニーズに思われます。

 

文化と特定生産の関係(文化と外側の関係性)

 

集団での協働行為は、理念とビジョンの下に各種の機能が備えられ、実感を掴む活動と規定される。観念と感覚とを結ぶ実感点との関係で協働活動の実態が計られる。

生産主体は、内部構成と外部変数、根源基盤との相関関係が生まれ、本書で示しました文化という根源基盤からのビジョンに対する賛否が生まれ、各種立場の内外変数に影響が生まれ、文化と外側との想定として描き出されます。

内部構成

1.理念とビジョン

理念:生産者の思い、ビジョン:市場と技術

2.利用者と技術と実感、

効用の種類(プラス性の効果とマイナス面、顕在的と潜在的、短期と長期)負担額

3.製品・サービス構成

定番、季節品、新製品、

4.経営上の各種指標

売上高、経費、利益、市場シェア、利益率、

販売計画、生産計画、管理計画

外部変数

1.顧客の内容(年齢性別地域、単価、頻度、趨勢)

2.競合(同質製品サービス、代替的製品サービス)

3.産業構造の特性

4.マクロ経済指標 幸福感、実体経済、失業率、

GDP 生産、消費、所得の3面等価、内政、外交、輸出入

危機感、治安、テロ、戦争への脅威、自然災害、

5.共通負担とサービス 税の収支構造

根源基盤

文化理念とビジョン、工程化の実践形式、

文化サービス(教育、倫理道徳)、文化基盤と各種因果関係

生産者と需要者の統合的立場からの生活ビジョンの創造、中長期的な人間像の形成、

内外観念の統合、主客の評価を導出する普遍的尺度の創造、

以上のような想定に立ち、文化ビジョンの中身やその賛否が生まれるものと思われます。

本書の対象者は万人で在り、普遍的な価値という定番品の創出と需要の持続的循環運動となります。『日本文化原論 真なる調和への道 世界秩序偏』活動の性格(P264)にて、詳述いたします。

 

 

文化論の背景(単式感覚の適正化)

物理性と理性の関係式の適正化という焦点が文化政策からの中心課題と浮かびます。学問偏重や坊ちゃん体質、科学技術過剰依存の体質は綺麗な論理を好まれる。その体質で大きな力を与えると単純な論理を尺度にして自己の願望を正当化して適用される。主客を含んで根底からの事象を捉えずに見る側ばかりに表面的な過剰要望や期待を表される。物理性に依存して自己の客観評価を捉えずに対象を力技で支配する願望が強く、これを持って我儘や暴走と映し出され、感覚工程を省略した事実が明瞭に知覚される。

実際の感覚工程に於いての論理は複雑多様であり、そこでの信用形成には主客一体の相互性の中から多数の変数を勘案した論理が形成される。絵に書いたような単純図式や一方向の願望を過度に押し付けては信頼に到達せず、これが物理性を過剰に用いない原理の形成と適用の姿に思われます。単純性の欲望を物理性で早急に獲得するスタイルが定常化し、それを加速させる現代の経済産業モデルにおける単式化のマイナス性の側面と浮かび上がります。この型式に、正負の感覚を少なからず併せ持つ感性に健康な心身を含んだ性格が映し出され、多くの人々に現れる快不快の感じ方に思います。

根源や長期性の人間像からは、単式的物理の作用をそのまま人に当て嵌める因果には及ばず、複雑な変数を身をもって感じ取り創造の図式に反映される。この焦点を動力に創造のエンジンを回して、動の快適とアウトプットを得る過程を生む事に良質の連鎖が拡大する。この基盤的方式を創り上げる発想を力の大きさに内在させ真に良好な人間像へと到達する。現代的な物理性モデルからの脱却を図る上で、こうした図式を強調して欲望と力と責任の均衡を尺度に過不足に対するマクロミクロの観点からの是正処置を実施する力が欠かせない。

実感の多様性と限定の適正化

人権を規定する上で、人間観念の具体性を揃えた権利の抽出という論理構成が相応しい。人権は一人の人間という解釈は実際的でなく複数人での間柄を想定して生まれる関係の適正化を図る観念と捉えるのが適当に思います。間柄を分ける境目が思想と行為になり、思想という内面性の所に在っては関係性の実感は未だ取られず、行為という性格を含んで関係における適正への焦点が生まれる。つまり、何がしかの要望と受容の関係が見られる所での、健康な立ち居振る舞いを求める内容と限定される。思想信条の自由等という事は、あえて謳われる必要も本来的にはなく、人との関わりに於いての適正を明文化して意識を揃える事で良質な共通的公平性を意図するものと考えられます。文字にあらわし意識に強めたいという効果を意図して、あえて文章に起こして共通意識の強化を望む行為と位置づけられる。その初期におかれる事が自衛権となり生命の危機に対する防御という当たり前の自然権であり、これも敢えて謳われるまでもなく万人に備えられる事となる。

問題は生命への危機に対する感じ方という実感の程度で在りこの解釈や感覚に個別性が生まれる。5w1hで各種の直接事象が特定されこの内容で生命への危機を与えると感じるか、或いは間接的に事象を拡大してそれらも含んで危機を感じて防衛の措置を認めるか、こうした因果の取り方の多様性が生じる。思想と行為を分ける基軸にもこのような同質的な論理が適用され、実感をどうとるかの個別性に対して概ねの共通性を設けた標準を限定化させる試みが図られる。完全な事象の特定という事はまずあり得ない事を前提にして出来うる限りの一致を想定して不快性の予防に繋げる人々の営みと置かれる事が必然に思われます。集団的と個別的の区分も、危機に対する実感の取り方の相違から生まれ、間接性の因果をどこまで想定するかの問題になり、その想定を限定するのに重要判断のポイントがいくつか示される。

「~~の場合」といった限定で、自衛を取るべきと判断する実感点の規定をあらかじめ定めておく事は、その時の判断の容易性を齎せる事や、主体的人格を明瞭に示す行為として他者との関わりに際して予めの約束を積極的に申し出て自己の性格を表す作用を持ち、関係の維持や開発、良好性への作用となる。或いは主体性を明らかにする義務感という捉え方も生まれる。

しかしながら、限りのない議論に偏り実際の事象が留まる等の側面に意識が欠けると議論ばかりの行為に陥り、力の投入の適正感を持った議論と行為に在って実際の生活感の適正が生まれる。枝葉の議論で停滞するようなものでは不毛性が高まり、壺に成る所を程々に抑えて行為を重ねるのが健康な感覚に思われます。このような頭脳と感覚と感情の良好な循環に健康な人間像が現れ、文化の焦点はこの適正を探求し実践する活動と規定されます。

 概念の細分化への意識が働き新設概念を多産する事について、その目的と効果の感覚が弱く供給論理に偏して、基礎的基軸の重要な概念の感覚化が疎かになり、頭でっかちの歪な体質による精神的歪みに見受けられるような事象も散見されます。法律概念の創造は供給論理の強まりのようにも感じられます。一定の需給構造と検証の仕組みが適正に回らず細分化した概念の専門性ばかりを強める向きには疑問符がつき、根元や基軸が細まり枝葉が増加して妙な虫が住み着く傾向に問題が浮かびます。覚え込みを無批判的に受け入れる事無く、理念とビジョンや方法との構造を持ち不用なものまで詰め込む必要はない事を考えながら感覚からの創造とのバランスをもち健康な有機体を築く事に意識を注ぐのが良好な心身の現れに思われます。

マクロ改革の視点

マクロシステム改革の視点
マクロの社会システムについて良質性への踏み込んだ言及として、以下のような着目点や改善点が導出されます。
学問と実務
学問的な系譜を辿る思想史研究というような学者的な活動とは異なり、私的活動と思索を軸に体系を纏めるのが多くの人々の立場に成り、実社会における大小の経験から抽象理論化され価値の総体が生まれる。
知の性格
芸術・文学、自然科学、社会科学といった知の性格区分が生まれ、各種更新速度の適正な進み方が生まれる。知の種類として、文化芸術の性格は情緒寄りの知の創出。自然科学も更新速度は緩めに成る。
社会科学で機動的な知の提供が遅れると社会制度の改善度が留まり、供給論理に偏した体系のまま需給の質的上昇への施策が遅れる。政治行政や経済産業の活動と知の更新の適正スピードが健全性の観点から抽出されます。
問題の限定
経済と政治と文化における文化で、観念の適正な更新作業が留まる事からの弊害という
焦点が現れ、政治や行政や社会科学系の固定性からのマイナス面を多々感じ取られます。
経済や政治等の領域間における活発な交流をとり創造的前進性の知の更新作業が生まれる。
共通面の固定化や重たい質実性の弱い感性で停滞感が作られ既得権型の側面に視線が集められる。政治行政という性格に創造性を持たせた移動の仕組みが個別と共通面の相乗性に連なるかの想像が浮かびます。準公共的マスコミと呼ばれる人々へも、同質的な流動性にあって異質的利己型の感性が減じられ風通しの良い知の更新や多様性が現れる。
社会科学
社会科学に在っては、日々改善のエネルギーが投じられる領域であり、向上心から鍛錬を重ね最新型を知覚として明瞭化する更新されアップツーディトな知が生まれる。観念フレームも比較的短めの周期で、改良成果を反映させた事業の中身や収支の枠組みに、質実を合わせ共通認識化からエネルギーの集約性が生まれる。人材の流動化で活性化を促す事が不健全な感性の予防に連なり健康な機動性に及ぶ。
情報や規定手順を人的依存に寄らず共通データ化し、流動性を高め多様な知の発見と向上策への流れが加速する。人的依存性よりもノウハウの明瞭化と共通化や入手容易性で、実態の向上が生まれ軽い動きと効果の向上を生む情報処理システムの構築が前進性の施策と浮かびます。情報の隠ぺい等による求心力や管理支配型のスタンスからの脱皮がなされる。
芸術・文化・道徳
生滅概念をベースに、生の快適と持続性に多様な感度が生まれる。個別的特定領域での蓄積から抽象原理化された根元の感性が生み出される。
多彩性の開花には倫理道徳面の強化という根元の良質性が欠かせない。自主内発的な根源基盤の厚みは増加の向きに在って、共通領域と個別性に芯を備えた流動性が生まれ、効率化に対する矛盾について適正な調和を図る視点が含まれ、混乱を抑えた成長速度や施策が勘案される。この面が弱いと物理競争の構図が高まり身体的未利用からの弊害も合わさり、どこかで大きな破裂が生じる。こうした動態体系から文化論の配置や性格がつけられ、現代における有用性と浮かびます。

文化政策の中心焦点

腑抜けたリーダーがお飾りである空間秩序は直した方がいい。腑抜けを生む原因は、人的要素か構造上の問題に大別される。教育や家庭での躾、企業でのモラル、地域の負の伝統、業界の慣習、国家行政の体質、国家間の秩序といった焦点が現れます。端的に言うと腑抜けとは欲望と力と責任感覚が偏り各立場で求められる責任感覚と欲望の不均衡を指す。

この以前に、どの立場であっても所与として求められる事が、盗み、傷害、詐欺といった行為の類型と取り上げられ、ここが狂った感覚では各種立場での行為も連鎖的に可笑しな感覚が生まれる。この後者の感性に一定の常識のない人を作らない為の規制が明瞭化され当たり前に備わるものの一線を越える異常者が散見される。規制に関わらず自主内発的に備わるべきはずの感覚が身に付かない人格形成過程に瑕疵があり、ここが健康な社会の下限的急所と置かれ、水準の下落を予防するのが共通的欲望領域を担う政治行政の第一の役割に思われます。この観点に重心を取りその原因を二次三次と特定し、有効な施策を複合的に執行する事を、多くのまともな人々は望まれる事に思います。

 権力の直接的担い手や財力を持つ人々にこうした感性が弱ければ、それらの力は暴走と現れ欲望と力と責任の崩れた状態が強まり、倫理道徳の備わらない経済性の秩序が蔓延する。権力はこれを予防するのが一義的役目という認識が当たり前に思われます。粛々とその問題の根源に着手して、且つ二次三次の施策を取り入れるのが適当なのでしょう。これを出来ない事について腑抜けという声を上げ、多くの力を集める試みが欠かせない。

力に縋る体質はこの状態を正当化され利己的性格を露わにし、社会の良質性を妨げられる。この二次的悪性の姿も明瞭に映し出し、性質の真相を広く周知させる役割が報道機関やジャーナリスト、学者等という人々の責務となり、その任務の執行に尊敬や権威が生まれる。

このような基盤的感性の健全性を落とさない意識が良質性の根に成り、その上で各種の創造が適当に開花し良質の連鎖が生み出される。生滅における生の最大化は、基盤の根っこが強くしっかりと地面を掴み、エネルギーの吸収と発散の良質化を生み、思考や行為の健全な軌道を常態させ、枝葉や実に成り表に明瞭化される。この循環系となるインフラが、長期の文化という規則性を表し総体的な良質性を計る尺度とされる。

 それを牽引するという感覚が社会システム上の要路に備わり、共通の問題認識が生まれて、エネルギーの投じ方に適正が生み出される。しばしば見受けられるのが、こうした図式と間逆の姿に在る性格が要路に居座り、利己的な欲望へ偏したエネルギーを投じる姿であり、これら力の暴走に対して同質化する事無く、人格の崩れにタガをはめ自主内発的力の弱い連鎖性を留める個々人の意識と行為の維持と上昇が欠かせない。

 過剰な短期性の欲望がこの基盤的崩れに乗っかり、中長期の欲望を壊す姿が強まる事には警鐘が鳴らされ、適当な欲望と責任感覚へと戻す作用が重要になり、文化観念の創造や普及、浸透がこれへの一つの対応策と描き出されます。各種業界の特質が現れ、この面の異同や強弱が見受けられます。社会システム上の中枢には、こうした問題の根を捉えた施策の投じ方が望まれる。文化の根底となる事実や価値という観念に対する確かな認識が出発点に成り、この面も含んだ文化政策として本書は構成されます。

文化界

 

観測者の頭に在る観念と事象の適用で表現が用いられる。比較的大きな対象を指して、経済界、政界、科学界等々という領域と浮かび、内部構成や動態を捉え、これらの上位概念や特定概念に寄る尺度を設け良いや悪いの形容を付して評価が加えられる。意識的か無意識のうちにこの尺度が備わり各所への要望を求められる。観測者という性格から利害の近い立場等、関わり方から熱の入りようが変容する。

本書の観念構成は文化という領域の体系をミクロマクロの人間像として表し、マクロに於いては、狭義の文化(教育芸術科学等)と産業経済金融と政治行政司法の3領域で構成する社会システムと描かれ、ミクロの人間像における感覚と頭脳と感情を狭義の文化:感情、産業経済金融:感覚、政治行政司法:頭脳と対照して3作用の有機性をつくり健康な社会システムという骨格で纏めました。

これに人々の異同性を加え、個別と共通と根本の観点をとり、個別に経済、共通に政治、根本に狭義の文化と配して性格の異なる行為を区分し領域内の性格が詰められます。領域概念は、感覚と頭脳と感情という3要素で構成される基本原理が備わり、且つ個別的、共通的、根本的という領域の性格を与えて良質な人と自然、人と人との関係を創り上げる方式と導出されます。以上の整理を下表で示します。

            領域

観点

有機体

有機性概念

基幹動態と枝葉

根元エネルギー

ミクロの要素

感覚

頭脳

感情

マクロの構成

経済

産業経済金融

政治

政治行政司法

狭義の文化

教育芸術科学等

領域区分

個別

共通

根本

真善美

真:事実

善:価値

美:倫理道徳

3権分立

実施

立案

検証

適正創造行為

感覚

観念

概念化

協働行為

固有技術

管理技術

理念・ビジョン

 

大枠概念から各種領域の本質的性格を浮かび上がらせ、部分最適からの予防と作用して、全体最適性への可能性を探求する基本図面の素案が形成されます。各領域間のコンフリクトを解決する上でこのような世界観が正当性への根拠となり、統一的ベクトルや理念を持った統制が創り出され良質な制約の上の自由の図式と展開される。

これに哲学的観点から生滅観念を充てると、経済と政治を繋ぐ狭義の文化が、正と滅の融合的な作用を齎し、この領域の充実が健康な経済と政治の舵取りとして根元やエネルギーと配されます。感覚と頭脳の検証やその結果生まれる実感の更新、積み上げで生まれる普遍的感性の明瞭化という作業が、感覚と頭脳へ信号を出し創造活動へと反映され感情に回る循環系で持続的成長世界が纏められます。

根本原理に見る3区分とマクロの焦点への反映となり、この間に各種の領域が備わり、領域の形成要件には3要素が内在して独立的主体性の要素を持つ意思を含む有機体という知覚に及びます。この意思の柱とされるのが、欲望と力と責任の均衡を標準感覚と備える倫理道徳観の所在であり、このエネルギーが各種の創造を律する原理と作用し自律性を備えた主体性が現れる。この原理の連鎖性で個人と特定集団とマクロ領域との整合性が創り出され、一つの理念から同質のエネルギーが流れ意識と繋がり体と現れる。良質な自律性を持ち、健全な制約の上の自由という世界への軌道が生まれる。

このような標準図面に対して、阻害性の性質と伸張性の性質を見分け、評価を回し、施策を展開し続ける事で、質実を兼ねる運動が生み出される。文化観念と活動の実感性を所々で掴む実感点や、線や面となる水準規定を形成しながら知覚が深まり良質性の向上と描き出されます。長期の規則性として不動性を持ち固められるべき概念となりここに文化の領域が現れます。

抽象性の高い概念図で在り便宜上の単純区分と思う点も含まれますが、一定の良質な人間世界を作る上で有用性を齎すように思われます。この全体が「文化界」となります。解らない事がありましたら、忌憚なくご質問をお寄せください。

 

均衡原則の例示

 

交渉とは相互やマルチの約束を取り付けることであり、約束は要望の衝突と妥協と合意のプロセスで締結される。

各人の利益を求め主張し根拠となる論理で裏付けを示しそこに妥当性が生まれると受け入れられる。つまり、民主主義や平等思想に価値の前提が備わり、この観念に基づいた主張と妥協と合意を取り付けるスタンスに適正が生まれ、個々の主張の合算と平均で均衡を生みだす事が妥当な要望と義務の関係と表される。言い換えると、普遍的価値の共通性を基本原理にして個別的事柄の適用を成す行為であり、原理と適用の適正感を創り上げ信用が醸成される。この実際的欲望の示し方から、感度となる健康な心身を相互的マルチ的に実感される事に成り、一方向の要望や過不足感が余りに生まれる事は普遍的価値を取り外した自己制御の崩れという実感が現れ、物理依存への感性が露わに浮かび上がる。

この静態的論理に、過去から未来へ向けての動的側面が備わり、過去の貸し借り、未来の貸し借り、それらへの信憑性という生身の動性で精緻な調整を取るのが実際であり、永続的関係性といった関わり方の長短を考慮して要望が溶け込まれる。

つまり、交渉には一定の普遍則が働き、それを余りにも超える要求を突き付けては信頼形成に罅が生まれ、均衡概念を念頭に各自の立場を考慮の上に要望を取り交わす真摯な姿勢が欠かせない。少しでも有利な条件を獲得しようと前のめりの態度で基本則とかけ離れては、却って手柄を損ない信用を棄損し良好な関係を遠ざける。こうした対話を心掛け刷り合わせるのが理性的な人間の振る舞いとされ、強引な態度や強要の姿を見せてはマイナスの評価が加えられる。一時の手柄欲しさに後々に禍根を残すような態度をとっては長い目で見て傷になり均衡を原則に交渉を進める事が適正な文化人の姿と思われます。

テクニカルな交渉術等という小手先の手法は却って信用に疑念を与え、信義誠実な態度を率直に見せて良好性の深まりに及ぶ。心象は残り、後々にお釣りを余分に渡す自発的行為となって信頼性の深まりへ繋げる事が最も良質な交渉成果に思われます。長い関係を前提にしたポイントと浮かびます。

 

好循環への具体性

 

自分より能力が劣る者が上に備わり、厚遇を受けているという事象が多く見られると、動機付けや士気が下がり不幸な社会が形成される。同一労働同一賃金といった原理が空のままの運用で留まり、原理の創造力が適正に評価されず歪んだ序列が固定化される。この真に適正な評価の仕組みを形成する事が、人々のやる気を促進し、公平公正なエネルギーの循環を齎せる。どこの集団や協働活動に於いても、適用される基軸原理でありこの適用の良質な運用なくしては、好循環の軌道が強まらない。

その無能な者からの指示が下され、それに対して強いエネルギーが生まれる事はなく、この悪循環がエネルギーの上昇を停滞させる。管理的側面に見る不快や不満が生まれる焦点と浮かびます。

観念的にはビジョンの表現力が上流に配し、そこへ有用な作用が合理的に配列される。ビジョンにも多段的構成で具象化され、各段における標準尺度が作られ、それに適する手法という構成が生まれる。この論理通りに配列されない事が、士気を下げ、エネルギーの分散を齎せる。管理者能力はビジョンの創出と適正な適用にありこれが歪むと結果の上昇に及ばない。

 馬鹿が厚遇を受けているという実感が高まる程に、不幸なエネルギーが増産し、そこを速やかに解体するのが、リーダーの重要な責務に思われます。この決断や改革の弱さが、軌道の良質性を妨げる。お飾りで、運用の責任感覚まで意識が弱いと、あやふやなまま歪んだ配列が正されない。馬鹿からの支持をまともに受ける人はなく、何がしかの尊敬に値する部分があって神経の繋がりが生まれ、指示と受容の関係が生まれる。

 形式上の二次的側面での評価から、実質上の評価を生まない形骸化は、感性の衰退を表し、強い行為に反映されない。こうした論理に多を与える人々が少なくないようにも思われます。管理的側面に見るマイナス事象のプラス化として表されます。

プラスのプラス化は、創り上げる事物と評価の循環関係という自己と外界面での相互上昇性で表され、作った物事とそれへの反応、異なる刺激や発見で更に創造性への熱が上昇する。基幹道は、この面に備わり、直接対話による納得感の高まりを生む。

これに対して、内部組織状態の理にそぐわない評価構造が生まれると、外界との直接対話に陰りを落とし、組織を離れて直接性の増進が意図される。間接性の不協和、納得性の低下という内部人事考課上の不適正が増加するほどに、集団への帰属性は弱まり求心性が崩壊する。血流の循環を良質に運ぶ為の措置が遅れると、体質の歪みが増進し精神面へも影響して、心身の崩れと現れる。適正な処置をとる上での現況認識は理想の水準に起因する。

利益と原理

利益という概念にも、短期性から中長期の因果関係を踏まえると、そこに現れる性格が変容する。利から理の性格で捉えるのが適正に思われます。その上で、市場原理や競争概念を形成する事で、適度な心身の健康が維持促進される。綺麗ごとや空の理想論では留まらず、人々の価値に備える必然性として描き出されます。

大きな事故が生じ様々な論評が加えられ再発防止策が提出される。生じた原因、予防の施策、その実施で、人々の叡智が積み重なり、不快事象の事前予防性が高まりを見せる。この一方で、新規的挑戦という積極的な欲望上昇と充足策といった向きの創造が生まれる。つまり過去の技術の検証と新規の技術の創出が平行し基準点の次元が変容する。このような供給側から見た技術上昇過程の側面と共に、需要側からの高度な技術に対する要望や抑制の視点が加えられ、需給の適正な状態や変化の速度が形成される。この相互対話において多様な観点が取り上げられ、需給相互の欲望の適正な創造が進められる。この基盤知に自然現象の解明という基礎研究へのエネルギーと成果が備わり、人間と自然の構図における実現可能性と欲望の選択で分母と分子の関係が浮かび上がる。

・出来るけどしない、という人々の意思による自制で自然との対話が形成されるか、

・未知なる自然の存在を解明する中で、人間側の意思が変容するか、

・自然現象の解明>用いる範囲>人の意思、

人と技術の良好性を創り上げる焦点と浮かび、この過程と要所の精査が図られる。

 

過去

現在

未来

解明

 

 

 

応用

 

 

 

検証

 

 

 

フィードバック

 

 

 

 競争や市場の概念は、供給の高度化と需要側の高度化という両面が備わって適正な成長を齎せる。供給側の一方向の論理にその受け手となる需要者側という人間の創造が相伴って健康な競争が促進される。財の性格にある機能性という効用と、それを用いた場合の人間の変容、感覚面と情緒的反応が斯様になるか、或いは供給者の財のアウトプットまでに見る健康性、創り上げる過程に歪みが多ければ、アウトプットが良くても過程面から負の影響が生まれる。

過程と結果の健康を見る需要者の健全な見識と判断を高め、需要者としての適正を高める為の施策の創造とその創造者間の競争という市場も、同時並行的に生まれて、需給相互の健全な成長が形成される。情緒的な産物に対しても機能性と同様に価値が認められ、その向きの市場形成とを程良く育てて、健康な心身を持つ人間が形成される。

こうした概念が備わって、市場や競争という概念を用いる事が文化的長期の観点から提起されます。市場原理という意味を供給論理に偏して狭く形成される事には、誤った方策の促進が生まれ、過程の健全性等や需要側の成長を含んだ人間の創造策と描かれて、真っ当な持続的成長が生まれる。短期から中長期の欲望、その直接間接の因果関係という思索を持った需給構造が描かれて、大局観や根本面をもった各種の挑戦という図式を生むのが文化観念になり、この面への価値を含んだ個別創造によって良質な成長速度や事物が形成される。これらの文脈は、経済性の概念を生みだす土台的原理になり、利よりも理に軸足を取った中長期性の価値に基づく論理形成で描かれます。

市場原理という概念の意味内容を如何様に捉えるか、社会形成上のカギを握り、ここに確かな概念が備わって個々の政策や創造に適正が含まれる。物理原理の単一的画一化した概念形成では良質な判断は生まれない。個別と共通を創り上げる根本からの概念図と配され、この性格に文化概念が当てられます。