創造の原理

創造の原理-言行一致

対象の性質によって認識方法や創造方法の適正な在り方が生まれる。文化という対象における基本的作法を冒頭に取り上げます。局所と中局と大局という観点を備え事象を認識する事が人間の学びから生まれる知恵の形成方法と成り、個別事象とその集積から傾向則が捉えられ、それへの評価を与える理想像が形成されて、人間の感受性を根にした事象を創り上げる姿と映ります。同じ事柄でも分母に備わるフレームが異なると評価の相違が現れどんな所に向かおうとされるかの世界観が個別事象に性格を与えるという動静構造を抱く所に活きた人間の心理作用が映し出されます。こうした基本構造の下にプラスとマイナスという部分の特定や心象が生まれ、これらの総合で一つの集約的な判断に連なりその総括された認識が次後の行為に反映される。歴史観という動態と理想像という静態的論理と、理想への方法論という大きな論理構造と、重層的な観念と感覚の実感という縦横で全体構造を掴みだすのが人間のありのままの認識や行為と感じられます。頭脳的な整理と表される体系と、感覚を経ながら微調整を繰り返し知覚的に掴みだされる頭脳的作業の性格で捉えられ、頭脳による記号表現の特性から単純集約された表し方が生まれる。つまり観念と感覚という重層の構造が現れ瞬間的な皮膚感から対象範囲の広がりを実感されそれに適する観念の選定で、局所性の事柄と中局や大局という観念が生まれ対象の認識が創り出される。そこに変数が加減されて意図する理想への方法が作られて現況の問題に対する改善等へと力が注がれる。ポイントになるのは問題を感じ取る感受性と感受性の集積された二次的感受性を示す理想像が方法に反映され言論や表現が生み出される。

方法:「いつどこで、何を、どのように、誰に対して、行うか」

問題認識と理想像:「なぜ」、反応:「良い悪い」

理想像は自己の利益と他者の利益を想定して反映される感受性を示しこの割合や因果の導出に異同が生まれ問題を感じられる嗅覚に反映され方法の強弱と現れる。感覚性の利益を求める志向と大きな利益を提供する志向に大別される。人や自然への情感が根に成り因果の実感の違いを生み自己利益と他者利益の割合差や他利を提供して自利を得る利益を作る規則性が全体的概念を表す理想図に現れる。理想像という自他の欲望に対して欲望自体への適正と欲望を叶える方法の適正という観点が生まれ、短期から中長期のフレームを置いて各周期性に照らし在り方の適性を導出する思索が与えられ、真価の向上という軌道と循環の系が浮かびます。この一連の動きから妥当性という評価を表す相互的な態度が生まれ尽きる事のない学びの気質が作られる。

       横の循環

縦の抽象性

歴史観という動態 理想像という

静態的論理

理想への方法論
観念

感覚

横と縦の交わりに感受性が生まれ正負の感覚が現れる。自他という構造の中で感覚と観念と感受性を抱き創造活動が示される。

そして信用という感受性が積み重なって感覚と観念が制御される。信用を喪失すると有機的な連なりに及ばず分断的短期性の利益を求められる。中長期性の基盤に対して不信が積ると個別の判断を優先される。信用は言行の一致を基本に生み出される。

文化の科学性

文化の科学性

価値ある物事に資源が投じられる。身近な生活必需品という事から、社会秩序や平等思想等の普遍的価値まで、これらは経済概念を尺度に適用され、物品の経済性のみならず、人々が望むあらゆる事という括りで価値を測定し、その生産や持続という文脈で分化した概念を纏めて捉えるのが、根源性に向かう思索の方法と描かれる。これが、哲学という領域の性格に成り、感覚的な実感に長い周期性を充てて、因果の広がりを想定して、生まれる観念化になり、短期性の事象に変数を加え、予知される事柄を見据えた長めの規則性を描いて、そこに価値を見出し、安定性を図る営みと現れる。個別事象の集積と抽象化による原理の構成から、個別事象を生みだす流れへと強まり、人間の意志や理性を整え感覚を創りだす動態性に及ぶ。人と人との良好な感受性に比重を持った感覚の出現と言い換えられる。

この面による価値に重きを置き、その劣化へ対する損失は、定性的且つ定量性の経済概念による測定に置き換えられ、人々の行為をありのまま映し出す事に成り、一度信用を欠く事による計りしれない損失を生み直接性の感覚に到達する。この因果の実感を多くの人が認められ、倫理道徳という観点に大きな付加価値を設けて先々を含んだ予測による収支の測定が算出される。文化基盤の良質性は、こうした意味による高付加価値と意味づけられ、下限的制約を自主内発的に制御される自律的な人々の良質性という事から、積極的な創造面における健全な動機の在り方や、生命観を重んじた各種行為への反映という事など、人々の基本的性質の良質性を指し示す。このような測定尺度からの実測を取り、文化基盤の客観的な状態や変異を持続的に追いかけるという活動が求められる。

上位の指標と中間や下位の要件規定と整合性の高い体系を作りだし、それを尺度にした文化の科学的な創造へと及んで、明瞭な根拠に基づく真価の認識が強まり、高付加価値の活動に連なるものと思います。この体系的、包括性を備えるシステムの確立と運用が、文化論からの必然的な発想の帰結に及び、これまでに見られない創造の革新的な上昇へと発展を見せる事が到達目標と浮かび上がります。文化体系と効用の明瞭性を生み、次元の高まる安定と繁栄の仕組みが創り出される。

そのモデルやノウハウが固まると、他へ転用可能な資産に成り富の乗数的な発生に連なる。こうしたビジョンと実現化への資源を投資する事への理解を授かる為の工程が浮かび、全体としての進むべき道筋と描き出されます。経済概念を文化活動の展開へも適用される可能性は大いに有りこうした先見性や根源価値の良識の向上に、『日本文化原論Ⅱ』が働くものと意図して作られました。この可能性を追求する事が正統な人間の営みであり、輝かしい人間界を創りだす真正面からの向上策と描かれます。雲を掴むような感覚から次第に確かな実感を積み上げて人類の叡智を創り上るという光が降り注ぎます。

この粗筋としては、肥満から生まれる哀れな感覚が、責任意識の弱い自由を求める姿と現れ、平等意識の欠落から各種不快な事象を発生し、それへの取り締まりが正常に作用して、感性の蘇生に及ぶ循環に至り、この自然な反応が滞りなく回る事に健全性の担保される仕組みが確認される。下限のインフラが正常に作用して歪んだ体質や精神が修復される。ここに敏感な反応を起こせない事では、インフラの価値を喪失し、社会システムの体を成さず、この下落に最も意識が注がれるべき所に成る。そして自由な積極策の適当な有り方への急所が描き出され、更に積極と下限との因果へと視野が及んで完結的な安定と繁栄の体系が示される。これら3次元で抑える文化体系と示されます。これらの主要な機能を担う領域と本意が社会システムと描かれて大きな範囲を制御するビジョンの共有と実施の恒常化を提起するものと成ります。

いつまで、腑抜けを野放しにしとくのか、美感の劣った感性からは一向に修繕されず、経験を問うような事ではなく、感受性の変容が変化への動力であり、この面を優先されずには、上辺の置きものばかりで内実が変わらない。片っぱしからしょっ引いたらいい。

文化の入り口

文化の入り口

普遍的価値への探究が偏った論理に及ばない心身の健康を持続させる作用に及び、感受性を適度にコントロールする長期的に見た感受性という性格を持ち、特定集団や地域社会の健全性を叶える事に思われます。個々人の皮膚感覚の厚みを作り、過度な縛りを受けない健康状態を作る上で、現代の不安定な社会状況の潜在的顕在なニーズと浮かびます。

近代合理性の所有の原理は、個々人が懸命にエネルギーを投じて得た資産を自由に所有や利用や転売を行えるように、個の自由を担保する仕組みと及び、不合理な制約を受けずに、快適の増進に連なり、実感の曖昧性に一点の線を引き、緊張と緩和の良質化に作用する。表現の自由も、個々人の自由な創造性を広げ、一種の財産的な価値を持ち他者からの侵害を予防し個の確立を促進する。健康な生命の躍動という事へ価値を置き、歪な感性による強欲性からの支配を開放し、健康な個々人の活躍の機会に快適感を抱く前進的な発想を基調とする創造策の性格に在る。これに少なからず責任感覚が備わり、欲望と力と責任の均衡という図式にあって健康な社会関係を意図する共生感情が生まれ基礎的な人間の性質を備えた自由を掴む感性と示される。

ここからみてあまりにも一方的な要求や行為、自己中心的な態度の実感に平等性の感覚を崩した姿が映りこの非合理性や非社会性を作らない事への尺度が万人的な共通価値となる普遍性となり変わる事のない健全性の感覚と備えられる。

財を得る生産の規則性から、この健全性への感覚が創り上げられ、過度な寡占市場や需給構造の特異性から、常人と異なる健全性を外される因果に及び、これへの予防が広く見た社会の安定を齎し、力と責任感覚の異質性を予防する施策と取り入れられる。

市場に任せられる部分と、全体的な観点からの制御を課す面とが現れて、統制を果たすのが実際的な方法と用いられ、この判断に至るまでに情報の透明性が公平公正な意思を作る上での基盤と作用する。影響力と共に要望が高まる因果と働き、広く公開を求められて健全な感性を持続する循環と映し出される。

このような根源的な原理への共通的な感覚が備わって、安定と共に繁栄への持続的な仕組みが現れ一定の許容性の範囲が制御される。近代的な感覚と共に保守的な理性を含んで健全性という普遍性への骨格が生まれ、一定の不動的な人間像の表し方が描かれる。誰もに通じるであろう文化論の導入として以上のような論理で纏められます。

本流軌道の創造

本流軌道の創造

仕事で生じたストレスは趣味や他の事で発散できるような性格にはなく、直接の原因に対峙して納得感を抱く事に成る。二次三次の間接性で解消する事はなく、直接の原因を特定し相応しい反応を創り上げてその部分を超える事に成る。様々な不快事象が現れた事に対して当事者に直接ぶつける以外にはなく、関係の弱い所に八つ当たりかの誤魔化しの手法を投じるのは困った性格の人間であり、原因を特定しそこに全エネルギーを投じて相応しい納得感を抱くものとなる。

悪性の体質から形成された事象は、その個別悪性への不快に、自身の手を持って直接の対処を取るのが本筋であり、余計な道具を用いる所に負の拡散が生まれる。これが肥満症や臆病者の特性と成り迷惑が広がる下となる。二次三次的行為で補完できる性格の事と直接の対処が避けられない事とを間違える事無く、正面に対峙できない気の弱さが根本の弱さであり、人間形成過程の特異なパターンから道具を多用するひ弱さとなり、この性格がシステムの要路に備わると悪性が連鎖してひ弱な文化が作られる。

根本からの改革を意図するならば、直ちにこの手の性格を適当な配置に移す事が欠かせず、自主的に自己の性質を鑑みて自ら動かれる事が適当となる。負の自覚が弱く正の性質の妨げになっている事に気づかないか、気づきながらも居座って要るようでは他者が手を加える以外にない。この停滞が不満を積み上げ深い亀裂を強めて、テロのような異常な性格の事象と及び、関係性の弱い所に火花が散り二次三次の悪性を作られる。社会的な要路に始末の悪い性格が居座る事からの被害は計りしれず、この認識を万人的に揃えて一斉に負の根源に対処する反応が必須とされる。

これへの適正反応を作れない社会の主導者は責任放棄や元々の性格が弱く人格形成過程における理念や信念の空疎な体質を持ち二次三次の逃げた反応を作りだす。目標点を定めたらそれに通じる段階工程を持つ軌道は変えてはならず、必ず目標点に達する意識の強固さが物事の実現力を指し、意識が散漫でこの筋道が脆弱で在っては本丸に到達せず誤魔化しを正当化される。根源を探り原因を特定し直接性への対処を持って二次三次の改良が生まれ根を変える事なしには問題は解消されない。

こうした発想によるのが文化の焦点であって性質の変化へと力が投じられる。ゴミの感性は視野に含まずまともに相手にする事はなく根源を狙い変える事が適当な施策と浮かぶ。基軸の太い考えに立つのが重要な感性であり目指す所が大きく離れると本気の交わりには及ばない。ビジョンの形成から問題の特定が揃って、細かな面へ向かわず力が集中する。強固なビジョンの形成と同一認識が揃うと枝葉は関知せず太い軌道の工程を全速で走る事に成る。根源性のビジョンが強化されて過敏反応が減少し本来の良質性に拘る感性が創り上げられる。

多様性等と謳われるものの、根源的な思索が進むとそう価値の開きは生まれず太い価値に比重を持った世界が作られる。本流を意図する創造が文化の特性に思います。身の内を明かさずに悪性を働く事が最も始末の悪い性格であり人の生命までを安易に犠牲にする方法は重罪と特定し少なくとも堂々とした振る舞いに在って健全性が維持される。

今日の物性への過度な依存は根元をやせ細らせ良質なアナログ面の劣化を生み安易な物依存で心理面を破壊される。文章や事柄の細部を取って批判するような重箱つつきに終始し、本筋の軌道を抑えようとしない所に、不動的ビジョン形成の弱さが現れ、利己的な対立感情を露わにされる。普遍的な根源性へと関心を注ぎ、安易な物性の力に振り回されない価値の重心を抑えた序列の再構成に、エネルギーを投じられるべき時期と感じます。

平和の法則

平和の法則

外界を見て純粋な感受性を抱かれて同調する表現事物を生みだされ、外界からの良質な感受性を受けられる循環で一貫性を持つ良好な精神の連なりが現れる。この結果、富を集める周期性が作られ、より表現への充実した資源の投資が叶えられ関心やプラスの感受性が回され違和感の少ない好循環が生み出される。良いと思う事を自然に追求して、その感性との同質性に触れ、同調性が集積される対話の構造と及び正の太まる創造が現れる。自己を客体化してみても感受性とその表れに不整合の見られない調和が生まれ理想の循環軌道と映り、心技体の良好な流れが作られる。この状態の実感に及んで真なる調和という概念が当てられ心地よいハーモニーの音色を抱く事に成る。

収穫された富を自己の物性面へと回すほどに、感覚が変容して、この意味の調和性とは異質の欲望に向かい、外界へ投じるエネルギーへの持続が弱まって二次手段に相当する富自体に意識が強まり心技体のバランスを崩され完成度の高い調和が喪失する。外界へ提供するよりも奪う発想が高まり、自己の評価より他への評価を自己の都合の良い形で与え有利な序列を訴えて、融和よりも対立や管理への志向に及び、同調よりも強要を高め物性の力で外界を操作する感性へと深まりを見せられる。

こうした両極のイメージが経験と共に立てられ、実際的な外界との調和形成の難しさを知り、そして負の連鎖に及ばない為の急所を抑えて、なるべく前者のスタイルを見出そうとする姿に現実的良質性の維持と向上の精神が浮かび、根源的な普遍性の価値を保った理想と現況と方法を備える動態が形成される。

「物性と理性の程良さ」という言葉が意味する人間像の示し方になり、固有技術と管理技術の両輪を備えた創造体系を作る意識が注がれる。この世界観を基軸に人間界の歪んだ世界へ陥る流れに制御が掛かり横道へズレた感性が補正されて緊張を保った調和世界が作られる。外界へばかり求める歪んだ美感や過剰な不信といった不安定な軌道に及ばず、正負を併せ持つ対象や自己の認識を出発点に、適正な調和を見出す方法と示されます。

このような観点が文化という長期的な積み重ねと、それを抽象集約される原理と描かれ基盤と備えられて、時々の変容しづらい物事に規律を保った論理が生まれ健康が維持される。基準に対してプラス・マイナスの制御の構えを持ち適度な挑戦を続ける発想が健康基盤を持続させるポイントに思います。過剰に物性の欲望に偏して生まれる事象に、下限的制約の行為類型が示され、それを超えた感性は重症度の高い体質と判断され、局所や中局大局からの分析と共に抜本的な改善を取り入れる視点が生まれる。

負の対処は躊躇なく断行され下限と積極策との因果を全体の構えに添えた創造軌道が長い時で感じる調和に及ぶ。大きな周期性で捉えた人間界の平和形成の法則となり、これが感覚や感受性に浸透するほどに自然感性と内蔵されて所与的な性質と固められる。変な性格を持つ群れを形成する事無く健全な感性を持続して主体性を一定程度確立され悪性への抵抗感を備えた能動的創造者の性格が生まれる。

犯罪への鈍感な体質と同化しない感性が下限的健康の境目になりこの弛んだ人格に及ばぬよう和して同せずという自立と共生の姿が志向される。小手先のその場凌ぎは体質に忍び込み変えられない人格と及ぶ。

調和性の概念

1)調和性の概念

観念で事象を留める用い方か、動を促進させるツールと捉えるか、用い方の動機に自他の共通ビジョンを含んで、健全な観念と感覚に連なり、ここに過度な歪みが在ると胡散臭い表現者と特定され詐欺の手口と認識される。この動機やプロセスを静態的に表し欲望の急速な充足を意図するか、自然な動態に感じ取れるかの着目点が生まれ後者に近づくほど円滑な動態が作られ静態認識上と動態上の整合によって調和性が高まる。頭脳先行過多の欲望であるかについて調和性計られ、感覚との開きを大きく感じられると抵抗感が強まり対立性の感情が現れる。

それを強引に物性で強行する運びからしこりが残って手足や頭の統制が下がりマイナスの上げ足とりへと意識が向かう。このような純粋理想図がイメージされ実際面の良好化に幾らか近づけられ有機性の好循環に作用するかに思われます。過去に生じた負の心象を正に変えるには率直な態度を示して禍根に及ばない静止が予防され動態性を落とさない振る舞いが適当であり、静止が膨らみ深まり動を妨げる力と作用する。この動態における静態面が成功や失敗体験の中から備わり過剰と不足と適正という感度や振る舞いに関心が注がれる。物理性に過度な依存を見せ感受性を強行に封殺するかの進行は負の静を残し動を妨げる。真摯に対峙してマイナスの静を作らない方法へと人智が注がれ調和の良質性が作られる。高い調和性を創り上げられる日本文化の伝統は叡智であり、この価値が再確認されて動態の適正が強められる。世界からこの良質性は求められると思います。

日本人の根源性

一章 日本文化

自身の良い面を掴む事が、外界との対峙における出発点になり、良い意味の自信を備えた対話や交流が生み出される。生を受け成長の過程を経て、在る程度の蓄積からその真価が確認され自己の支柱に強まり、根本の原理となって二次三次の応用が取られる。個々人の個別性は集団活動の中で見出され在る程度の同一的な感性が作られる。この長期的な性格で抽出される概念が文化となり日本文化と思える点を本書の冒頭に取り上げ人間創造への探究の起点を浮かび上がらせます。この自信に陰りを見せるような行為を進めるほどに、自己の主体性を見失い、生命力の低下や痩せ細ったエネルギーの体質に及び、心身の喪失という事態を招かれる。芯となる部分が強く意識され、体と頭が連なって健康な心身が備わる事に思います。

1)日本人の根源性

大雑把な心象として文系学者の表現は一般の感覚からすると雲の上の世界になり実社会との距離感が生まれる。感覚工程を表す文脈が遠のき抽象概念を組み合わせて自己の満足に浸る生産と映り社会的効用に疑問が浮かぶ。感覚と観念の循環と感受性の発生という規則性を標準にした抽象概念の段階的構成によって多くの生活者に近い感覚に則した表現が生まれ自己目的化から有用性が意図されて価値の実感が高まる。贅肉を削ぎフロー型の規則性から良好な心と感覚と頭の動きが作られる。このバラバラな人間の増産が物質文明の負の側面と浮かびます。

当方の活動の主眼は、良質な筋道を浮かび上がらせ思考や行為の基本形を示し、各自の興味在るテーマを進めながら個別知識の吸収と基本形を循環させ観念フレームと個別知識の有機性を作りだす事に成ります。この前段に何に関心を抱くか、その強弱の起こりは個々人の感受性の質量が起因し、筋道の表し方の善し悪しが一部この動力に作用すると思われますが、この面を他者が育てる性格には無く個別体験的な背景からエネルギーが生まれ研究や活動への自発的な熱が注がれる。

こうした認識の中で、根源的な層からの良質な筋道の提示に探究が取られ、動機づけや思考の下地と作用して人間の骨格を備えさせる面に力が注がれます。ビジョンの良質性を計る基準に頭脳と感覚と感受性の一体的な実感度という面が置かれ、主体と客体の高い調和性に漕ぎ着ける工夫が取られます。自己の仕組みを基礎に対象を映し、集団や社会システムを捉え各側面との整合と拡張を取り、実際的な質感を掴む為に有用な観念の創造が意図されます。フレームと個別特定領域との相互性で表現の明瞭性に反映され実感に良く届く表現が生まれる。或いは感覚工程による体験やその適用から、ややこしい事を平易に置き換え実感にスムーズに入る想像性が動機づけや理解の程度に及び対話の円滑性を実現する。こうした調和性への志向は個別体験の質量や柔軟な創造力、そして人を見下すような感覚に陥らない平等への制御感が需要者サイドに立った供給に及び研究の深まりや達成度に反映される。

心持の良質性、健全な心身、奉仕性の感性という面に良い表現者の根っこの資質が浮かび真摯な対象との対峙を備えられる。この性格を植え付ける事が文化論の肝要点と絞られます。ここに正直に自己と向き合い他者への誠実な態度を常時する日本の伝統的な性質が実感され成長力の源泉と浮かびます。根の質が強い幹に現れ歪んだ手法に及ばない健全な気質に至り、物性に過度な依存を見せない理性の性格が生まれ自己鍛錬の持続性から他を魅了する生産事物が生み出される。

以上を纏めると、頭と体と感受性の良好な循環を持つ規則性から質実の取れた観念ビジョンが生まれ、且つ、個別感覚体験の豊富な経験や柔軟な発想が平易で有用な表現を出現させる。これらの動力に、平等性への制御感覚が謙虚な対象との対峙を持続させ探究心や創造の質へと現れる。平等思想の多元的な効用が浮かび上がりこの性格の根付いた体質が中長期の基盤に備えられて健康な安定と成長の持続性を実現する。文化の中枢的な性格として長い伝承を積み日本人の良質性の根源と思われます。この崩れへの対処と予防に文化活動の中心が生まれます。

人類形成の道

人類形成の道

異質な常識を備える人が異質な行為を働いた。その行為を受けた人が黙認した。これを見ていた人々が想定するのは、異質性が自身へと降りかかる確率が高まる懸念である。因果の発生と二次的因果の想定から特定事象に対する間接性の利害を持つ当事者性の拡大的な解釈が生まれ、何がしかの意見を投じる正当性が現れる。因果関係を実感する多様な皮膚感覚から、過敏か、鈍感か、適当かの判断に、過去の事象と現在の諸条件の変化と現代から見た未来への潮流が加味されて、因果の実感に妥当性の判断が作られる。遠くで生じた事象の認識と、危機感が高まったと感じる異同が生まれる。そして二次三次のマイナスを防ぐ視点から適正が図られる。事後的な対処の結果、事前的な知恵が積み上げられ適当な準備作業が算出される。投じる行為の効用とリスクの比較でプラス期待が高まると熱が注がれる。

こうした一般的フローに対して、絶対性の下限則はそれ自体が在ってはならない事となり因果によらない事象と特定され、直接間接の連鎖の想定を成す以前に直感的に万人が声を上げ、対処の適正と共に予防に及んで普遍的な価値の実現が叶えられる。残悪な行為の認識が揃い一斉に阻止するエネルギーが発生し負の最少化となる。これが強固な基盤を示し共生感情の実態的な姿と解される。大きな目で見た利害の共有と最良の方策であり直接の対処に当たる能力云々よりも、万人の共通意思と行為が強固な基盤に及び、在ってはならない事への規律が強化される。この瞬間的な反応が最小のコストで最大の効果を発揮する健全で強固な安定基盤となる。国益の範疇を超えた個々人の皮膚感の同一性という文化の根源的な厚みが本流の施策に位置付けられ国等の特定領域の利益を意図するマイナスが低減し、最小単位の個々人の意思による普遍的原則が守られ、確かな基盤の理想形が作られる。こうしたビジョンを推進して、違和感や過剰に力んだマイナス事象の連鎖を食い止め、未来建設的な根底からのエネルギーが増大する。統一的な文化教育による効果は計りしれない利益を生み人類の永続に寄与する。この合意を固めて負の循環を変換し利益の増進軌道が加速する。積み上げ的な地道な作業とトップダウンの並走による機運が高まり感覚と観念の実感が掴まれる。一部の異常な金権体質による暴走を阻止する面と下限事象への健康な感受性の堅持による包括的フレームで最大分母の同質的な一体性を持つ人類の実感への道が浮かび上がる。小さな利益やメンツに偏した縮こまった判断がこれを阻害し本流の成長を鈍化させる。トップの器以上のビジョンは実現されず、こうした観点から価値の序列を形成する事が小手先に寄らない根源からの利益創造策に成り、コソ泥の描く絵ではエネルギーを萎ませる。人々の幸福感情は文化教育に熱心で大胆な決断を投じられる真のリーダーに委ねられる。

時は来た、今こそ文化の礎を強固に創り、1000年先を見据えた遺伝子を植え人類興隆への統一的な証を築く歴史の大転換点にある。過去を振り返らない、在るのは明日を作る強い眼差しのみであり、後世に向け生命を捧げよという先人からの熱い歌声が響き渡る。

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文化論の訴求と真意

文化論の訴求と真意

「○○せよ」「××しましょう」という積極的創造の表現を示す事はごく自然な気持ちの表れという解釈と、あまりに過剰な要求のようなニュアンスが生まれると不快感に及び、「なんで?」という反応に成るのが自然な感受性に思います。積極策を強調する以前に下限的制約の共通認識が無理のない秩序の形成順序に置かれ、「△△は気持ちが良くない」という所が揃え優先されて一定の制約の上に自由の領域が生まれる。積極策は本来的には言論で訴求するような性格にはなく、自己の自然な感受性から創造行為に及んで、その姿に共感や快適が備わり同一性の積極策の質量が増加する。下限的行為が守られないような者が積極策を訴求する筋違いな行為は不快の代表的な事象であり信頼感は生まれず、頓珍漢な自己認識に及ばない所に、病的な姿の認識が強まります。このような型式が標準となり、諸条件等から修正が加えられる。自主的な観念が作られる以前の段階に於いては、適正な筋道を示して強要させる事が少なからず必要という認識が生まれ教育のプログラムが構成され、積極的に吸収すべき価値や知識、規則性が示される。空間の基盤的な価値観を備えさせる事は自然な共生感情を指し、且つ未来的な趨勢等から生存に資するスキル等も示されて吸収する事に正当性が生み出される。この前進性の以前に下限的な制約が置かれる事には変わりはない。こうした価値観を表す実践的な姿が各種生産や取引、制度や規制に反映され安定と繁栄を叶える理想の軌道が描き出される。そして現況の不快性事象と原因の分析が取られ理想軌道へ向けた施策が生み出され、共感と支持の集まりから自己と異なる価値の変容が促進される。こうした活動も積極的創造策という範疇になり基礎的価値と二次三次の展開を基調にした基本政策と位置づけられる。言論が先んじる現代的創造性の型式に在っては本来的な行為先行の姿と少々異なる表現が生まれても致し方なく、根源価値を下落させない為の方法として観念を先行させる事に成り、自己の望む根源性を持続させるものと解されます。強要というよりも良質に在るものを持続させる対処的な方策を投じる事も不可欠と成り言論も有効に思います。消極的な構えでいるとこれが浸食され予期せぬ秩序の進行が留まらず、理想となる安定と繁栄の型式が崩れ不快な世界が増進し後戻りのできない環境で支配される。文化論の訴求という活動の意図する所は健全な理性と物性の在り方を強化する事であり根源的な層から良質性の意味合いを訴え物的感覚の進行に適正を備えさせ確かなインフラを強固に作る立場から投じられます。基礎的信用のない者は何を謳ってもまともに聞かれず表現を強めるほどに自身の首を絞め不快な対象への認識が強まる。物理性で押し通す発想は道理を外した方法であり空回りの人格は負のスパイラルを深め動揺が歪んだ力に現れ隠しきれない仕草や振る舞いと察知され体に染み込んだ性質に及び捕まっていないだけの自然律上の犯罪者と特定される。物理性への過度な依存で感受性の繋がりは築けず表に出てくる事はなくなりやがて泡のごとき消滅しみじめな結末を迎えられる。この内面の性格は明らかに外側に映し出され悪性の文化に及ばぬよう一人ひとりの良質な感性の存続が確かな明日を創りだす。

正々堂々

正々堂々

自立という概念も根には共生の志向が在って成り立ち、自己の生産に喜びを抱かれる人々の存在が不可欠になる。人々が望む事物を満たす発想からエネルギーを投じて自立が生まれる。この関係性が基礎に成り自立と共生は不可分の概念と統合される。

そして、直接的な需給構造に間接的な因果の実感が広がる。顧客や職場という直接性から、協力企業、株主、地域住民、行政、税の支出者、自然環境という間接性と広がり、様々なお世話になる関係の認識が作られ、直接の需給構造は多様な利害の上に成り立ち自己の生存を可能にさせる。この関係性に厳密性を与える論理が影響に等しい負担となりその適正に内外の調和性を見て適当や健康の認識が取られ独立的主体性の概念が作られる。価値観の多様性や無限の概念を下に、各種各様の欲望を尊重する為の基礎的な構えが示され、自由を求める上での規律が保たれ健全な個の尊重と共生の持続的な概念が作られる。

この導出に生命の同質性を起点として、一人ひとりの生の場に公平な機会を授け、自然形成的な生の拡大に伴う影響への対応が求められる。意図的に正の機会を塞ぎ込む手法は、基本的に許されず、自己生産への直接的なエネルギーから結果的に他者の機会を奪う自覚の有無に関わらず影響に対する要望が生まれ、対立と和解が進められる。それに至らない際に、多くの人の見解を伺い当該諸条件下での適正が作られ自然形成的な妥当性の導出過程と描かれる。事象への関心の程度からより明瞭な規範への欲望に及んで法規制という強固な制約への合意が生まれる。

しかしながら、多くの見解が必ずしも、中長期性を見据えた判断に及ばず、量の大小で真価を取りつける事柄と、質的に良いという判断との勘案で最良性を導出するのが賢明であり、ここに実際上の力を備える英断が生まれる。丁寧な説得により多数を生む過程を持つなどして優れた価値観への同意を作る作業が生まれる。物性に寄った判断と理性的な志向と、これらの相関の最良性への型式が描かれ大局からの制御が生まれる。事前型の全体最適化のアプローチと、事前に予知出来ない要素とで力の衝突が生まれ、新奇性の事実が強まる毎に既成の要素に入り事前型の常識へと挿入される。

この軋轢を良いと捉え、姑息な手法に逃げる事無く堂々とした前進発想を抱き納得性の高まる生の出現を意図する文化基盤に清々しい健康な体質が生まれ、恨み辛みの残らないプラスの軌道が確保される。直接性の利害に偏せず普遍的な真理の探究心が基軸の太い原理を作りマイナス性の最少化とプラスの最大性を実現するポイントに思います。政治的手法という範疇よりも、文化的純粋性が高められて手法の健全性が増進し、見た事もない創造の可能性が促進される。

豊かさの増進や経済成長を生みだす根っこには、マインドの健全性が要り、真摯な対象との対峙を作る堂々とした気風が源泉に置かれ、マイナス面を考慮したプラスの創造を叶える型式への探究と実現が長期の感性と創り出されて歪んだ成長が回避される。細分化の進行は基軸面が痩せ細り小手先の手法を招き、感覚と頭脳と程良く回る規則性に、健康な感受性が宿り後進的な発想に寄らない気質が増進する。