マクロ的な健康ビジョン

個人が抱く思想やビジョンと実現する工程が区分されて、欲望と充足の構造が生まれる。欲望に大小が現れ比例して実現工程のボリュームが生まれ、叶えるまでの期間に反映されると共に、多種多彩な利害が生じて、それへ応える人員や資源が増え欲望と力と責任の均衡尺度からプラス・マイナスの測定に及び調和が作られる。この直接的な創造原理を基本に測定作用が生まれて適正を導出する持続的活動に及んで健全な感性を叶える完結的な全体系が掴みだされる。これが活動の全容でありどんな理念や思想を持ち、技術や需要者という焦点を限定し生みだす工程と利害が現れ、内外の調和を作り安定した生存と繁栄の軌道が生まれる。各種生産者はこの内外関係を把握し必要に応じて外部との対話を持ち要望と対応が取られる。工程の全体図を描き出し優先順位と資源を割り振り全体と部分工程の相関を掴み制御が果たされる。

文化との接点は健全理念や思想と特定生産者の活動との相関であり人々の幸福感情とそれを適正に叶える為の筋道という観点で抽出される。その評価軸が「日本文化原論」で取り上げられ、各種観点と特定領域とを比較適用して程度を掴み、負は改善、正は増進という施策が想定されます。評価軸への共感から各種領域の指針と用いられ、二次三次の創造が生み出される。このような重層的な連鎖性の関係で思想と分化によって観念と感覚の多段性が現れ、各層での実感が取られ評価や改善と循環される。このような社会的分業関係が暗黙的・明示的に執り行われ適正調和の活動と掴みだされる。

抽象                    感覚

思想、ビジョン

特定領域1

特定領域2

思想家

哲学者

芸術家

等

教育者

政治家

法律家

経済人、等

各種技術者

等

分業構造を鑑みて全体の利害関係が把握され、各立ち位置から見る全体と個を掴み適当な要望と対応の関係が生まれる。こうした感性から健全な心身が宿り個人と集団という概念を浮かべて、自立や協働、自由や制約、自律や協調という概念が備わり社会人や文化人の一員と認識される。

各種領域に対して欲望と力と責任の尺度から過不足のない健全な要望と対応を創り、活発な意見交換や発見を生み、或いは問題点が現れて良好な改善を見出し社会活動が執り行われる。各種領域において抽象性と感覚性の創造特性が生まれ、感覚と観念の有機的な連なりに在る健康な人間像から各分野の意義が把握され、相互尊重の調和に有ってバランスの良い成長軌道が持続する。恩恵を受けていながら、タダ乗りするかの無節操な態度に歪な感性が広がり適正な成長を阻害する。客観的に活動を捉える主客重要認識をもつ文化基盤が良好な主体性を創り健全な感受性を整えた根源感性の良質性に及ぶ。

物性に偏した欲望と力と責任の不均衡に対して粛々と要望を課し適正な対応を求めてしかるべきであり、この不均衡を自他から常に測定する関係に在って一定の緊張が齎され、相互の健全な感性が作られる。以上のように健康志向という理念の意味を捉え上位の普遍則と備え万人的な共通価値と固め確かな展開を結び人間の健全性が確保される。あまりに部分に偏した感性は良好な精神状態を崩された姿と映し出されこうした全体図を少なからず抑えた個別性によって適当な社会観の実現に及ぶ。こうした志向性に社会主義等という名称を充てるかは別にして当該ビジョンと実践から各種犯罪の予防と、良好な協働や共生に連なると思われます。

自身成りに中身の組み立てをされずに二次三次的な加工度の上がる観念をそのまま用いられて、事柄の本質を欠いた表現が多産される。ゼロベースからの論理に及ばないと抽象観念ばかりが一人歩きして対話の噛み合わない世界を作りだされる。感覚的な面から一次体験的な思索をへて抽象概念に纏める事が必須の概念形成作法に思われます。知ったようなつもりなって粗雑で横柄な態度を取られる所に、感覚的な体験工程の弱さが映り自利に偏して他利を提供するエネルギーの脆弱な主体性に及ばぬ振る舞いが求められる。同業者間のみならず誰もに通じる表現へ変換出来て健全な生産者や生活者としての質が上昇する。

自尊心

1)自尊心

自身への侮辱はある程度緩和できるものの、自身の身内等への侮辱は許せないという感情が生まれる人も少なくないように思われます。これが他者への感謝やそれを超えた価値への拘りと現れ金銭感覚に寄らない感情と起こされる根本の本能にも浮かびます。文化という幾代に渡って積み上げられた習慣や慣習と様式への拘りも自己のみへの自尊心というよりも多くの人のエネルギーが投じられて形成されてきた軌跡等を鑑みて、単純価値では計りしれない重みとなって皮膚感覚に浸透する。いくつもの歴史が積み重ねられそこに浮かぶ人々の感受性への重みが様式への価値に及び、強い支柱と作用して他者と自己との融合的な基盤と備わり有形無形の資産と扱われる。地域社会や集団の基軸と及びそれを守る行為と現れ感受性と論理の関係が構成される。どこの町にも歴史があり時を共有した記憶が大きな動力源と作りだされて、感覚と頭脳と感受性の一体的な有機体の芯が生まれる。自尊心はこうした形成過程と内容で表され自己のみならず多くの他者の意思が重なり強まり生み出されるプライドと示される。相互尊重の意識に在ってこうした観点への推察が及び、重要点が確認されて表現の在り方へと反映され、共通と個別の感覚が作られて適正な調和感覚が生み出される。時の流れから積み重ねられた感性が皮膚感と備わり、それを可視化するのに文字などが用いられ自他への認識を強められる。形成過程の弱い頭ばかりの理論に偏ると体からの価値に及ばずぎこちない表現を見せられる。自利へ偏したプライドか、他利を含んだものかの相違や軌跡の違いが重みの違いと現れ人々への納得感を与えられる。一代二代と世代を跨ぎ創り上げられる時の重みは体に染み込み根本の太さと及んで自己理論の強固さへと反映される。重力と備わると共に前進への方針になり長期を見据えた健全な発想が導かれる。人々からの信用形成はこの重みが多分に影響し言葉への生きた解釈に至り見えづらい力と働く。自尊心の程度に差異を設けるのもいかがなものかと思われますが一つの考え方と浮かびます。物性の合理化やサラリーマン社会、IT化の流れにはこうした価値を希薄化し無機質な機能性への志向を強められ人間の根本的な変化を作りだす。この行き過ぎや程度の悪い用い方には一定の健全な制御がかけられて適当な主体性が堅持されるものと思います。過去の教訓から引く継ぐべき点と変えるべき点が現れる。生じた事象のマイナス面と予防に及ぶ未来ビジョンが考案されて変えるべき点を含んだ基準に更新されて負を繰り返さない学びが反映される。改善策を作らないのであれば進歩がなく物知り博士の自己満足は他利への力が脆弱で価値を生まず成長がない。20世紀的な物性原理の一面的発想を越える確固とした人間ビジョンを示す事が方策となり、これを実際の個別場面で取り入れられ基準が更新され活動に価値が付加される。本書の文化ビジョンはここで言う未来ジョンの提起でありベースとなる根源的な普遍性を万人的な共感に及ぶようにと作りだされた型枠を示します。批判で留まる事無く方法を発案されて活動に価値が与えられる。

感性表現

メリハリを持たせない秩序形成は良質なエネルギーを生まない。失敗や成功という総括を取らずに責任も曖昧で怠けたものがいつまでも主要な配置に居座っては善良なエネルギーは高まらず、事象に変化を作るに際しては区切りを設けて理論の再構成を取り過去の変遷に対して理論家によるビジョンが欠かせない。

この過程を設けて納得感を高め、責任と権限と報酬の関係に一定のけじめを取る文化秩序が望まれる。成否を判断する基準をどのように掲げるかがリーダーなるものの最大の役目であり人々からの賛否を図り一定の合意を取り付けて、過去からの決別と未来の創造が更新される。これによって過去の規則性にけじめがつけられ、成績を客観的に測定して相応しい処遇を与える評価制度が進められて納得の上がる人員配置が生まれる。

この過程の曖昧さを残しては力の湧き方に閉塞感を作り公平公正さを欠いた舵取りが成長を鈍化させる主因と見受けられます。過敏反応と鈍感さとの適正には、この基軸の設け方が柱に成り基準とプラス・マイナスの感覚が形成され、これを明瞭に表すのが主導者たる第一の役割であり基準と適用の適正な執行が伴って完結した活動が生まれる。このメリハリ感がある程度備わってヒステリーな反応や鈍感な態度が予防され健全な基準による落ち着いた反応が現れる。太い枠組みとして観念体系が備わり、それをベースに細かな事象に規律が付けられ評価の揃った同一性が安定や安全と共に成長や繁栄という軌道の促進に及ぶ。

このような基準と予めの範囲が想定され、個別的な事柄と共通的な事という議題の内容が設けられある程度の限定によって絞りこまれ認識の同一性に及ぶ。経済活動という人間の主要な領域に対して成果を計る指標の高度な体系を作り、個別性の判断と共通性の要素とを区分して指標の細分化によって精度が高まり納得感の及ぶ測定が生まれる。経済に対して政治活動、文化教育活動がどういう関わりを持つべきかが、このような思索から領域の基準が定められ評価の適正に連なり総括が生まれて更新される。健康な心身を作りだすには必須工程であり気持ちの良質さを高める施策が欠かせない。

基準による公平公正な運用が健康体のカギであり不平等な処遇や評価が停滞の最大の原因をつくりこれらの大本に根源ビジョンが表される。歴史からの学びを如何に集約的に抽出し魅力ある表現を生み出せるかにかかり、量ばかりのデータから絞り込んだ重要点を表すかにより評価が加えられ創造性の善し悪しが生まれる。

この作業を頭にばかり偏して行う事無く、普段からの良質な発想や実践の規則性から生み出されて違和感の少ない洗練された軸と表され機動的な活動に連なる。頭脳でいくら考えても生まれるような表現ではなく性質と備わる感受性の質が表される。この作業は単純な労働時間とは比例せず全人格的な付加価値として測定される。

文化体系という根本観念に納得性が高まる程に健康な二次三次の原則と運用に及んで整合のとれた活動が強められる。文化文明の上昇は以上のような筋道に置かれて人間が向上する。頭の固い者ほど英語等を基準にして価値の序列を作られる。まるでお門違いと思います。

1)人間の性質

2)人間の性質

表現者は「すごいね、偉いね、立派だね」という風に見せたいと実情以上に着飾る場合が多々見受けられる。そして、エネルギーとなる糧を得て、不安な状態を回避し楽な状態を創り上げるという発想の道筋が浮かび上がる。子供もお年寄りも、あまり大差のない性格に思われます。この心理状態は、さておき、表現を受けられる人の効用感とフィットすれば、それへの反応が現れ、エネルギーが注がれる。どこに効用感を抱くかに千差万別性が生まれる事と、かなり限定される事とが生まれ、意図して対象を想定するか、意図せずに自然形成的に集まるか、過去のデータ寄りの学習を取るか、発するエネルギー自体への良質さへと拘るか、他者よりの心理と自己寄りの創造か、こんなような分析点が浮かべられ事象の性格を知り、その因果認識を下にした模倣的な表現を作るのが頭脳的学びの回路と描かれる。外界を知り自己に取り入れ外界に放出して、自己化するプロセスと言い換えられ、多くの表現は少なからずこの型式を基本にされる。まったくの絶対性原理はあり得ず、外界からの学びを下に、その組み合わせや応用を取り様々なパターンが作られ、固有の表現者と認識され効用感が備わり需給が発生する。

創造者の心理と、実際の効用という面で区分され、最も正常な姿は両面が連なる事であり、主体と客体の調和感が高く持続的な生産に及び、変容しづらい規則性に備わって人間の性質が作られる。よって、この調和形成に及ぶ為の作用面の創出に及ぶ心理面や需要側として良質な創造を引き出す心理面といった両者に同一する根本的な性質の在り方への分析を充て描き出された型枠に成ります。長期的に見た基準像と、それを下に強弱等が作られ、一定の許容範囲が生まれる。これが余りに狭まると窮屈さが増し、逆に広がり過ぎると無秩序化し収拾のつかない事態が予測される事からも、基盤的な根源観念を作り適度な性質の同一性への欲望が生まれ、いつの時代にも人間の問いと浮かぶ中心の焦点に備えられる。技術力の発展から感覚的な利便性が向上するプラスに対して、マイナス面に目を逸らさずに、両面を抑えた歩みから健全な感受性が持続し、生活環境という時代的な背景と向かうべき未来像を見据えて一定の答えが導かれる。或いは、こうした問題感覚を恒常的に備える事こそが基準像を指し、答えよりも過程の面に重要点が備えられる。

「盗むの上手だね、騙し方が立派だ、見事だ、どうやるの?」というような不快事象への肯定感を持つようなルールが出来ては安定した社会には及ばず、健康なプラス性の感情を与える事が前進における方角と定まり不変的な根本原理と備えられる。本書では、こうした問題の限定から長く備えられるべき人間の性質と形成方法への探究と成果を表すものに成ります。

謙虚とは

謙虚とは

下から水が滴り落ちる事はあり得ず上から水が流れる。これが重力現象であり前方へ進むと同時に下への重心が取られ後進性のベクトルが浮かび、3つの方向と割合で物事の全体が把握される。地球という仕組みに連動した生物の働きが生まれ自然との調和を志向する世界の映し方を指す。有る一定の前提を備えて物事の根源と抑え二次三次の原理を生み納得感や確信性が現れ自己の肯定感が作られる。ここが弱まる程に迷いや恐れが現れ強い前進性が生まれない。探究心はこうした心理から湧きあがり自己への自信を掴み不安感を払拭したいという欲望を根に投じられる。後ろめたい心持に不快を抱き正しいという感覚を掴み進む姿に良心が実感される。これを巡って真理の探究という軌道が現れ大本の確信的な原理に及ぶほどに質への充実感を抱き自信という肯定感を持つ心の状態が生まれる。そして不快という感覚と出会う所に根源原理との乖離を実感し暗闇に遭遇すると同時に光を感じ光へ向けた本能が湧きあがる。この動力の仕組みが生命活動を指し何者にも寄らない自己内発性とされる。自信に対して不十分さを抱きその喪失感が自信を掴むエネルギーに転化し壁を乗り越える力が注がれる軌道にあって生命が輝く。ここでの手法の取り方から、発想や行為の性向が創り出され、歪んだ手法を用いるか、根源ビジョンの路線から離れた道を取るか、相手方の非を責めるか、ビジョンの探究を深めるか、ビジョン自体の備わり方が起因して各種の相違が生み出され規則性となり性格が作られる。

不十分という自覚に及べる態度が成長の源泉となり新たなステージを見出す事の出来る根源となる。追求に限りはなくどこまでも高めたいとする力が続き生命をフルに使い真に謙虚な態度に及ぶ。この点が人間の中枢と備えられて躍動性を失わない輝かしい生命体が存続する。謙虚は力の源泉であり最も良質な人間の性質であり神道慣習はこの性質を植え付ける。

表現の測定

表現の測定

解っていないから出来ないのでしょう。出来ないという行為概念と、解っているという頭の理解に対して、どちらに重心をとるかは、問うまでもなく前者であり、出来ないものが人に課す可笑しな態度が空の平等思想に留まる歪な態度を表し規則性の不健全な人格と映し出される。頭で理解して行為に及ばない不健全さは明瞭に現れ一方的な傲慢さを体質に持つ長期的な性格を指し中期や短期の感度に反映される。これに至っては配置を変える以外になく早期の改善に着手する事が必須に思われます。根本的な性質の不健全さは手の打ちようがなく永年の規則性に染み込み抜本的な改革への圧力を持って質の変容から量が生まれる。観念体系を頭脳的に抑えるものの、逆行する行為は誰が見ても正常にはなく欠陥と解されて不思議はなく、法律家なる者が法律を守らず、或いは自己の有利な型式を作り利己的充足手段と疑念が及ぶようでは法以前の倫理道徳に問題が示される。頭の作業という狭い図式に偏して体と心が育たず歪な感受性による管理を高め負の影響を作られる。観念よりも行為、法律よりも道徳、形式よりも実態が先んじ事象発生面に近い所に質実があり根源に比重を持つ常識へと更新され良好な人間像の実践と及び相応しい態度が表され適正調和が促進される。これに則した教育や社会秩序が欠かせず理想の人間像に連なる施策が描かれます。頭と体と心の健全な状態を描き異質さへの是正を望まれる顕在的・潜在的な欲求を充足する生産として力が注がれます。表現の健全な意図と効用に及ぶ良好な観念を示し行為の性格に至って生産性が認められ表現の質が測定される。

不偏不党とは

溺愛する姿は、通常の感性とは異質の実感を創り上げ、歪な行為を生みだす原因と現れる。力の高まりと共に、この偏った感性を公に対して表す事が責任感覚の劣った自愛意識から生まれ、力の歪んだ行使と及び過剰な表現や歪性を作られる。社会的には迷惑極まりなく、この性質に力を与える事無く公私の適正感覚を制御させる働きが欠かせない。私的領域でどんな行為を取ろうとも感知する事はなく、しかし、公という性質を備えるに在っては、この姿が負の影響を齎し公平公正な評価に寄らず士気を弱める根本的な原因を作られる。

世襲の最大の問題がこの面に現れ社会的な負を生み歪みの連鎖を齎せる。物事の重心の取り方が極端にズレ、因果関係の形成に歪さを生み、飛躍的な拡大解釈等に陥り事実認識の違いに現れ適当な評価感覚を失い歪な行為に連なる因果で示される。特権的な意識の深まりは一般的な工程を経ない事による異質な過程から生まれ、万人的な感受性を備えずに力を公に奉じず私的利益に偏った制御不能な利己性を求められる。

こうした側面が下限事象を創り上げる根源的な焦点になり、自己と遠い所に不快を付け回す因果と及び、悪性の性格の代表的な焦点と浮かびます。民主主義の健全性を求めるに在っては取り除くべき必須の観点で在り、これに鈍感な反応を示す事から一向に水準が高まらず不快感を残した負を引きずり前進性のエネルギーを阻害する。保守を都合よく自称する偽善者は社会のお荷物であり、この因子を看過せずに大きく取り上げる事は公の利益に叶うという判断を持ち連鎖的な快適の上昇に作用する。

社会政策と経済策とは密接な因果にあり経済産業を断片的に切り離す事が、安直な政策や結果に偏り根源的な思索を持たない無能力者の判定が下される。学問の専門分化による弊害が示され、供給利益に偏して根源性への思索に行かないと真の利益を生みださず、縦割りの縄張り感覚を強めた態度が固まり、他利を提供せずに自利によった歪な感受性を作られる。不健全な人間性という認識が強まりここへ適正な改善施策を投じる事が文化活動の中心施策に成り、これを客観的に測定する事実の公開が必要とされる。

この筋道に対して物性に偏し違和感の高い利害へ偏ると力んだ行為へと及ぶ事からも万人的な文化意識を醸成する施策を投じて局所的な閉鎖性を作らない一般常識が浸透して健全な感性の主体性による向上化に連なる。こうした包括的、長期性のビジョンを常態して個別事象への適正な扱いが生まれ不安定な過敏反応や右往左往が回避され、向かうべき軌道の鮮明な判断が齎される。

不偏不党や中立的な振る舞いとは、以上のような自律の出来る尺度に基づく個別判断の事を指し、備えられる志向性の程度を表す事がまずもって要り、尺度を提示できない者が安直な態度を示す事の問題が指摘される。恣意的な行為と見做され、定見の備わらない人格の形成度の劣った者に重要な責務を課す事の無謀さを認識し適材適所のシステムが作られる。

真実とは

真実とは

不偏不党や中立、真実等という抽象概念の解釈も、人によって異なり以下に社会現象を中心にした真実という概念を表す文脈を文化の観点から取り上げます。

様々な問題事象が何者かによって取り上げられる。どこに重要な視点を取るも一律ではないものの、健全な生活者という立場で見ると概ね事象の序列感覚に同質性が生まれ、事象発生者の悪意や善意の程度等が計りだされる。

杓子定規に部分的事象のみで評価を充てる事に成らず、その主体の性格を分母に浮かべ部分を取り総合判定する事が理に叶った制御感覚を表す。小さな事を殊更大きく取り上げる何者かの意図が備わり、どこかに違和感を浮かべて事柄の真相を嗅ぎ取り、利害関係の推察を起こして事象の因果を客観化して、部分事象の広がりを持たせて真価を掴む事に成る。こうした分母と分子の全体観と時間の動態を含んで健全な真価を計る理性的作業が生み出される。

一つの事象には様々な利害から思惑が働き、力んだ利害を求めて過剰な追求を図り、実感を強める企ても見受けられ、多くの人々が体験的に吸収される見識に備わる事でしょう。

つまり、杓子定規に限定するべき事象と、因果を広げて事実を特定する事柄とを区分する事が許容性や適正感覚を示し、下限的な制約と曖昧性を持つ判断に分かれて、感度を充てるとも言い換えられ、短期性の事と中長期の範囲を持つ事柄とを見分ける感性が適正となる。これが、部分性の欲求と構造的な仕組みと長期性の性格という観点を設ける文化体系からの型枠を示すものに成ります。

このような尺度が人間の健全な感受性の働きを示し、妙に偏った利益を追求する主体性を予防して、公平公正な普遍則と下位の原則とを整合させ、重層的な感覚と観念の適用を持ち良質な感受性を不動にした事柄の認識や創造性が生み出される。

表に示される事象を捉えるに際しては、それが何者かの利益に成るという観点をとり、過剰な表現かを適正に伺い、見えていない部分を察して真相に近づき、事実と評価の適正な認識を高める思索が欠かせない。どんな大枠ビジョンを抱きその枠に乗せるかによって思い浮かべる二次三次の思索に異なりが生まれる。根本的な変わりづらい性格を中心に添えて枝葉を浮かべる構図によって真実に近い認識や判断が生み出される。

経済政策の要

犯罪者を野放しする事が、良質なエネルギーを停滞させる原因であり、社会の要路に悪性が備わるとその支配下にはいる事を避けて、良好な気流の集中と促進を妨げるという事象が起こる。信用を喪失した者がそのまま大きな力を抱える空間が衰退の道を辿る事からも、大きな配置に人格の欠陥を持つ者を備える機会損失が問題になる。段階的な工程を経ながら権限も大きくなり責任を託す事が必然の調和策であり、この工程を省略すると倫理道徳を内蔵されずに、力を抱えて人格とのアンバランスな力の行使が生まれ、異質な感性が上部構造に蔓延り健全な気流を阻害する。産業経済の停滞する一番の原因でありここに大きな問題意識を取らないといつまでたっても良好な持続的成長の軌道が強まらず歪な体質を抱える社会システムが修正されない。教育の在り方に始まり、司法や警察の健全な作用や、物性へ依存する体質形成への改善という点からの見直しが欠かせずこれを総合して文化政策という括りの方法論が提起されます。根本の感受性が健全で在って、工程の適正や結果の良質性が生み出され活動の恒常的な良質化が備わり、力と責任の均衡尺度を基準にした評価が当てられ、正負の改善に回る必然の循環経路が粛々と回り、負の因子を留める事のない気流の安定と躍動が生まれる。これがインフラの背骨に成りこの軸の弱さの改良が社会改革の中心焦点と備わり低水準化の脱却や下落の予防に及び、この作用が強固に堅持されて健全な感受性に基づく合理性の在り方が確認される。これを動かすのは一人ひとりの感性であり、そして、全体を制御する立場の体質や感度が適性に在って恣意的な保身や利己的な発想に偏しない公を先んじた公平公正な論理が描かれ、恒常的仕組みの良質な稼働が果たされる。誰もが思い浮かべられる焦点であり、この実施工程上の緩みが人間の堕落と示され、過失への当たり前の態度を取られない物理依存症が蔓延って、不調和を積みその不満が下限的な制約を超えるスパイラルにまわり、積極策の足を引っ張るという負の事態を作られる。二世三世の坊ちゃんやその親族等が適当な工程を省略して楽な経路で主要な配置を占められると、その感度で空間が支配され適正な循環を妨げる。原因は明瞭でありこれを改善する力を投じる事が必須であり文化論が強調されます。根本的な思索を経て基準自体への見直しという短絡的な修正に寄らない抜本的な観点を備えた論理と行為の強化策によって健全性を計る確かな尺度が示され、改善への評価と適当な方法への熱が増し不快な因子を取り除き真っ当なエネルギーが表に現れる。基礎的な誰もが守るような一線を越える事は一発アウトであり、この対処に何を躊躇っているのかトップの感性に疑念が及ぶ。役目を果たせない者は引きずり下ろす事が急務であり無駄な資源を与える事無く健全な循環の促進を取る事が求められる。

以上は、経済策という範疇の根源的な視点であり上辺の経済観念で思考が止まると、根元の原因へ考えが及ばず小手先の反応を示される。インフラの良質化が経済産業政策の要でありこの認識に至らない者に力を与える事無く、根のしっかりした見識を備えて行為に繋げられる人材を要路に備える事が文化の実践を強められ経済や政治の向上に及ぶ。

空の平等思想

外見の違いは客観的な事実を表し肌の色や見た目を表す事はなんら不誠実には当たらない。人間平等という理念は不動的な価値として万人的な共通性に及ぶと思われる一方で生活習慣や思想信条の相違も事実でありこの違いからトラブルを生むのも現実でありそれを急激に同一化させる無理が生まれる。感覚工程を経ながら緩やかな理解に及ばせる実際的な段階策が現実の調和策になり理念と現況を抑えた方法の図式を持った共生策が妥当と思います。この方法面を取って人種差別だのと声高に訴える事は現況面の認識不足や当事者意識に及ばない観念的な理想へ偏した歪な主張とも伺える。理想の実現には妥当な調和策を両者の相違を客観的に認識して方法を考える事が真摯な平等理念の実現を表す。観念へ偏して実際の感覚工程の想定が弱いと言葉の用い方に偏した対立感情を見せ心身の不健康な姿と映し出される。これが頭よりの弁護士や教育者等に見られる傾向と感じられます。完結的な活動観念や規則性と離れるほどに現況を客観的に掴む事が疎かになり頭脳に偏した言葉じりに執着した理想家の姿を見せられる。このような点が現代的な問題事象で在ってヒステリックな反応を見せる不健康な人間像と浮かび上がる。差別というよりも実際の違いを掴み問題に及びそうな面を予め想定し重要管理点を特定して回避する為の手法を取り段階的に近づく事が健全な判断であり本気で共生を作ろうと思えば必然の発想と深められる。空の平等思想や共生感情は不健全な精神性を指し観念図面へばかりよった理想論はあまり適当なエネルギーの湧き方とは異なり歪な感覚と伝わります。

利己的なプライドに偏して現況を良く掴もうとせずに、言葉への過剰な反応を示す姿は感覚工程の弱い他利を実現する意識の弱い感受性を表し頭脳寄りの体質が真摯な対象との対峙に進まない歪な精神性と映し出され今日的な不快事象と抽出される。人が見ている所では表面的な体裁をとりたがり内面の性格が希薄であり本気の行為へとエネルギーが向かわない。繕いの世渡りの態度は内外の乖離を示し衝突への免疫が弱く表面と腹の内が酷く異なる分断の行為と顕著に表される。心と感覚と頭の一貫的なエネルギーの向きにない不健全な姿が感覚工程を通して頭脳を作り感受性を備えられる工程と離れた規則性から生まれ感受性の入らない空の表現で終始し手足が動かない上辺の理想主義という人格を創り上げられる。部分的ないい所どりで生きてきた規則性からは外界への強いエネルギーを発進される事はなく盗みや詐欺の性質を備える非社会的な利己主義者とも言い換えられ権威に縋った保身の弁論ばかりを表され実質の効用を計らずに対象を見下ろす感度ばかりを高め優位性を意図した管理欲望の強い姿を見せる。空の観念は生きた力を作り得ず外界を動かすに及ばない。自愛の酷い偏りは奉仕性の感情が湧かずに現況と大分離れた感性を持ち綺麗な言葉ばかりを表され行為が間逆の悪性と映る。盗み癖は容易に直らず性格に適する場所へと移る制御に至って適正調和に及ぶ。積み重ねた行為から体質が作られ性格は誤魔化す事が出来ない。健康な感受性に根差した原理創造型の生産者は理想と現況と方法の周期を重ね外界との適度な調和を作られる。心と感覚と頭の一貫した反応を見せ健康な人間と実感されます。