文化の科学性
価値ある物事に資源が投じられる。身近な生活必需品という事から、社会秩序や平等思想等の普遍的価値まで、これらは経済概念を尺度に適用され、物品の経済性のみならず、人々が望むあらゆる事という括りで価値を測定し、その生産や持続という文脈で分化した概念を纏めて捉えるのが、根源性に向かう思索の方法と描かれる。これが、哲学という領域の性格に成り、感覚的な実感に長い周期性を充てて、因果の広がりを想定して、生まれる観念化になり、短期性の事象に変数を加え、予知される事柄を見据えた長めの規則性を描いて、そこに価値を見出し、安定性を図る営みと現れる。個別事象の集積と抽象化による原理の構成から、個別事象を生みだす流れへと強まり、人間の意志や理性を整え感覚を創りだす動態性に及ぶ。人と人との良好な感受性に比重を持った感覚の出現と言い換えられる。
この面による価値に重きを置き、その劣化へ対する損失は、定性的且つ定量性の経済概念による測定に置き換えられ、人々の行為をありのまま映し出す事に成り、一度信用を欠く事による計りしれない損失を生み直接性の感覚に到達する。この因果の実感を多くの人が認められ、倫理道徳という観点に大きな付加価値を設けて先々を含んだ予測による収支の測定が算出される。文化基盤の良質性は、こうした意味による高付加価値と意味づけられ、下限的制約を自主内発的に制御される自律的な人々の良質性という事から、積極的な創造面における健全な動機の在り方や、生命観を重んじた各種行為への反映という事など、人々の基本的性質の良質性を指し示す。このような測定尺度からの実測を取り、文化基盤の客観的な状態や変異を持続的に追いかけるという活動が求められる。
上位の指標と中間や下位の要件規定と整合性の高い体系を作りだし、それを尺度にした文化の科学的な創造へと及んで、明瞭な根拠に基づく真価の認識が強まり、高付加価値の活動に連なるものと思います。この体系的、包括性を備えるシステムの確立と運用が、文化論からの必然的な発想の帰結に及び、これまでに見られない創造の革新的な上昇へと発展を見せる事が到達目標と浮かび上がります。文化体系と効用の明瞭性を生み、次元の高まる安定と繁栄の仕組みが創り出される。
そのモデルやノウハウが固まると、他へ転用可能な資産に成り富の乗数的な発生に連なる。こうしたビジョンと実現化への資源を投資する事への理解を授かる為の工程が浮かび、全体としての進むべき道筋と描き出されます。経済概念を文化活動の展開へも適用される可能性は大いに有りこうした先見性や根源価値の良識の向上に、『日本文化原論Ⅱ』が働くものと意図して作られました。この可能性を追求する事が正統な人間の営みであり、輝かしい人間界を創りだす真正面からの向上策と描かれます。雲を掴むような感覚から次第に確かな実感を積み上げて人類の叡智を創り上るという光が降り注ぎます。
この粗筋としては、肥満から生まれる哀れな感覚が、責任意識の弱い自由を求める姿と現れ、平等意識の欠落から各種不快な事象を発生し、それへの取り締まりが正常に作用して、感性の蘇生に及ぶ循環に至り、この自然な反応が滞りなく回る事に健全性の担保される仕組みが確認される。下限のインフラが正常に作用して歪んだ体質や精神が修復される。ここに敏感な反応を起こせない事では、インフラの価値を喪失し、社会システムの体を成さず、この下落に最も意識が注がれるべき所に成る。そして自由な積極策の適当な有り方への急所が描き出され、更に積極と下限との因果へと視野が及んで完結的な安定と繁栄の体系が示される。これら3次元で抑える文化体系と示されます。これらの主要な機能を担う領域と本意が社会システムと描かれて大きな範囲を制御するビジョンの共有と実施の恒常化を提起するものと成ります。
いつまで、腑抜けを野放しにしとくのか、美感の劣った感性からは一向に修繕されず、経験を問うような事ではなく、感受性の変容が変化への動力であり、この面を優先されずには、上辺の置きものばかりで内実が変わらない。片っぱしからしょっ引いたらいい。