責任感覚の実相

「何かを期待して任せ、出来なかった」という事象が生まれる。この事から出来なかった場合の損失を含んで契約を取りつける発想に及ぶ。これが現代の商慣行の一つに伺えます。この感覚を標準にすると、ここから離れた感覚に違和感や非常識という評価が下され、感度の違いによる円滑な対話に至らず、反復的、且つ詳細な事柄の協働関係に及ばない。民間の自由選択制を基調とする対話の在り方となり、所謂、自己責任論の主要な点と浮かびます。

「出来なかった」という局所事象が、更に「出来ない」という連鎖性を生み、謝罪と損失のスパイラルが生み出され、取り決め通りに負への対処を必須と行わざるを得ない循環に及ぶ。そして、何が原因であったのか、主因を突き止め公表し出来なかった事への妥当性の評価が加えられる。誰もが出来るような事をさぼりや怠慢から発生させたか、有る程度致し方ないという要因が浮かぶ事かという次元の分析が加えられ、因果の認識を学び、知恵となって次後に生かしてマイナスをプラスに転化する発想を取り、損失を最小に留める取り組みが生まれる。失敗に対する健全な感受性が現れ闇に真摯に対峙して光への反応を生む基本の動作と映し出される。

この面に人間の根源的な性格が現れ構造的な集団や領域の性格が個人の質感に及び局所の対応に反映される。そして領域へ対する評価をより広い集団の感性から測定して適正な感受性への修正圧力が加えられ損失の想定や損失後の対応、損失を生まない予防策の向上といった構造の仕組みが更新されて歪な感性が修復される。そこから一定の負担意識と共に期待感を示す発言や要望が現れ取引という段階の水準が整う。

この過程がなければ一向に感受性の見直しは成されず同じ過ちを繰り返し、あきらめて他を選択するのが自由選択の基本原理になる。こうした中で選択がごく限られる寡占的構造に在っては、この判断や選択が出来ず改善への作為を投じる以外に損失を防ぐ方法はなく、利害の密接な問題へは関心やエネルギーが高まり要望を強めるか自身が主導的な配置に回るかの道が取られる。辞めて責任をとるという感性は一般のものではなく、損失を少なくとも補い失敗への最少化を果たして、「すいません」という態度が示され健全な人間と見做される。

このような生産倫理面が有る程度揃って領域の常識が備わり、暗黙的・明示的に履行されて安定した秩序の実現に及び構造の変革が個人の性質を作りそして大きな領域の性質に浸透し文化の特質と知覚される。文化水準の下落事象を特定し、足を引っ張る原因を分析し改良への道を示し「出来なかった」場合を想定してそれへの対処を取る節目を設けて実践への姿勢や態度の質実が測定される。どれだけ本気で在るのかはこのような面から浮かび上がり損失を自らの血で補う事が約束され執行する文化に高い創造性への意識が確認される。こうした末に出来る範囲への客観的な認識が強まり約束内容へと反映され質実の取れた欲望と力と責任が均衡して大きな損失を与えない制御感覚が生まれる。感覚的積み重ねから確かな実力を実感しシステムが整えられ外界への違和感の少ない調和が作られる。

言論や表現の自由という権利面の要望に対してこの責任面との思索が薄いとどこか正常さを失った姿とも伺え両面の適正を探す所に健全な文化感覚が現れ健康な主体性の実感に及ぶ。消費者の立場と生産者とであまりに極端な態度の違いに至っても健全性を欠き両面を含んだ妥当な感性を作る所に自由と健全を統合した長期的に健康な生活者としての質が浮かびます。

中心概念

「すいません。」と口癖にように用いるのが日本人の性質に見受けられ、実直な反応を見せる良質性の一方で、責任意識の希薄な人間と映し出される。「すいません。反省します。」と述べられ中身への思索と実践と記録を見せるという誓いがあって最低下限の態度が表され、その場凌ぎの堕落では話にならず子供として見下ろす態度が妥当に成り深化発展には到底及ばない。海外で「アイムソリ―」という用語を多用され素直な人格と受け取られるか、中身の弱さの不信が強まるか、両面から事柄や自他を計り感受性の質実が実感され誤った心象を与えない心持が必須とされる。

感覚と頭脳で区分される生産の規則性から感度の相違が広がり、ミクロ的作業とマクロ的操作の皮膚感が広がり対話の温度差に現れ不快が生じて感受性の乖離に及び不信が強まる流れが不調和の筋道で在り、生産の立場を固定化する弊害と現れる。良く用いる言葉が規則性から集中し、しかし温度や感度という面での割合感が作られ同じ言葉でも性質によって解釈が広がる。どんな文脈で用語を配置するかで用語の生きた実質が生まれここに行為の性格が現れる。言葉と行為の明瞭な区分を取る安直性とも言い換えられ、これらの根に感受性の質が取られて表面の形式と表される。

大きな過ちはまずはどけ座して額を地面に擦りつける態度に反省の姿が映り、そして損害を速やかに支払いマイナスが補填され修復の軌道が生まれる。これを逃げて言い訳のような自己肯定を表すほどに亀裂が深まり金銭では補えない憎しみに及び、生命を奪うような感情へと進行する。これが100対0の被害と加害の基本構造と浮かびます。実際にはこの構造は稀であり相互的な権利義務と過失の程度から応じた態度を探し調和に漕ぎ着けるケースになり、そしてこの割合感覚に生産の規則性からの感度差が生まれ折り合いが付けられず訴訟に発展し第三者による客観性を示して妥当性が図られる。

これにかけるコストを勘案すると、感度を予防する規則性へ焦点が向かい、管理的作業と感覚作業の両面を経る工程から適当な体質が形成される。そうして表される観念体系に質実の良く取れた感受性からの表現が生まれスッーと入り込む納得感の上がる言葉や文脈が作られる。プロとしての健全な心身はこれらの観点が欠かせない基盤面の同質化に上がり文化への探究が人間作りの基礎と備えられ、これの弱い専門性や技術には片手落ちの創造が生まれる。

所得格差等の事象には二次三次の副作用が現れ長い視点を取ると負の事象が想定されそれを見越した事前型の発想や行為に知恵のある人間像が示される。短絡的感度の進行による浮足立った感性は正常さを喪失した脇道へのズレと成り、物事の中心には健全な感受性を表す原理原則が配されて長期に渡る安定と繁栄の軌道が生まれる。大都会、大都市、大会社、大規模、大国等々の物理的尺度に寄った思考の規則性はビジョンという向かうべき未来像にはなく人間の良質な感性を構図の中心に取って適正な世界観が描かれる。理想図、現況図、方法図で動態的な実相を掴み理想図には普遍の真理を表して人間への道となる。中央集権という概念にも真価を見据えた感性の更新が良質な創造の第一歩と浮かび上がります。どこか、地から離れたスター気取りの匂いが漂います。

1)根源原理と専門性

何を創り上げるにもそこには世界があり、本書では有機体という性格を描き設計して親近感を創り対象との同質性を図りだす方式から調和に及ばせる作法を採用します。

有形無形の事物にエネルギー吸収器官とエネルギー変換器官とエネルギーの放出器官といった3作用を設けて生き物の質感を取ることで受け手に良く通じる表現が生まれる。それが因果の実感となり刺激と反応の構図に及んで一つの仮説が設けられ、実際の受け手からの反応を検証して需給構造が作られる。構造主義やシステム論のベース観念となり、断片的な事柄の静態的認識に有機的な動態性を与えて因果を作る作法と及ぶ。

事象を観念化する場合と、観念から事象を作る場合を想定して、両面を行ったり来たりしながら、ピタリと合うような感覚と頭脳の一致に及ばせて、主体と対象との調和性が高まり認識の程度が強まって対象を自由に動かすまでの制御性が生み出される。認識や制御の度合いは、こうして測定されそれが知恵と成り価値となる。習熟度や熟練の度合いの計り方と示される。

「何について、どうなっているか」、「どこをどうすると、どうなるか」の確かな見識が表され、特定領域における専門性の程度が評価される。これが原初的な評価の型式で在り能力を測定する根源観念となり人間力を向上させる道筋と描かれる。ゼロベースから各種の能力基準を算定する為の基軸論理として精度の高い実態を掴む事に成る。総合教育においてこのような根源観念を備えられ特定領域の探究を深め社会に求められる人材を意図して生存への道が生まれる。

似非専門家という類を見分けるに、こうした尺度から確かな測定と真価が付けられる。妙な肩書に惑わされる事無く根源の焦点を持って質実を捉える事が健全な感性を表し、逆に自己を客観的に測定するのにも、こうした原理と検証で適正な認識が生まれる。これらの形成過程が事項の「活動と内容」であり対象を絞る観点に「人間の長期的な規則性」が取られ、ある状態と有るべき状態と、有るべき状態への方法についての見解を示すのが本書の内容に成ります。三流は一流を測定できず、一流は三流を容易に見分ける。

健全化の体系

健全化の体系

表に出せないような事を裏で行う感覚が、どこか後ろめたさを含んだ感性を表し、物性に偏して理性を欠いた要望等を取る表裏の分離した振る舞いと現れる。人に見られて困るような事という認識を持ちながら、なるべく公に見られないように、理不尽と解りながら欲望を充足しようという感覚が物理依存の人間の弱さと現れ、更に基準自体の構成を歪なものと創り上げ、実態的な公平公正な尺度に寄らない力で強要する自制能力の劣った人格と技術の乖離を見せられる。これに陥らない予めの健全な思想や理念を内外に示しダブルスタンダードによらない内外の一致へ向かう所に健康な感受性と論理を組む人間の姿が生まれる。盗み、詐欺、傷害といった代表的な下限の不快事象は、絶対性の高い行為と揃い、そして積極的な創造策において技術と市場を絞り協働作業と職掌を整え、定時の業務とイレギュラーな業務とを臨機応変に相互補完する柔軟さを持ち、中長期の視野を含んで共生が図られる。下限を超える行為は一切認めず、緊張を持続する最低ラインの強固な意識が備わり、積極面での定時と変形時の構えを持ち自立と協調のバランスある社会が形成され、なるべく変形に及ばない基準の適時更新と可視化により標準と運用の整合を高める働きから裏表の少ない健康な気流の増進へと連ねられる。表に出されて困るような部分をなるべく少なくする所に、歪な精神が溜まらずに停滞感覚に陥らない気持ちの良い正常さが確保され、物理性と理性の適正な調和が生まれる。過敏でも鈍感でもない平準性を目安に前進軌道の熱が投じられ後進的な発想や行為に逸れない感覚が常態する。

大凡、このようなビジョンを抱かれるのが、標準的な社会像にも思われます。ここから見て異質な感性を浮かび上がらせ、裏表の激しい対象の特定と周知によって乖離を是正する流れが強まり、正常化と適性に相応する配置を換えて健全化軌道が促進される。特異な行為に一度踏み込むと抜けられず、いつの間にか規則性に及び体質となって性格が作られる。中長期の規則性が出来ると改善は容易でなく、明瞭な健全ビジョンの提示と共有に漕ぎ着け、基準の刷新と適用を加速する方法が導入される。

過剰な欲望と力に対する役割の不足は他者へも自己へも負の影響を与え、適正感覚に戻して健全な人格と独立した主体が生まれこの定期測定が健康の持続に欠かせず文化的慣習を内蔵した社会システムにあって安定と繁栄の程良い循環が生み出される。こうした趣旨から各種領域の標準尺度が探究され適用と更新の持続性に及ぶシステムが作り込まれる。実践度の上がる二次三次のビジョンを設け自己基準と第三者の基準とを戦わせ向上させる仕組みにより健康が維持される。内外の一致、言行の一致、感覚と観念の一致、頭脳と身体の一致、権限と責任の一致等々の原則が掲げられ、適正な調和への理念と向け平和への道と描かれる。肥満からのさぼりや怠慢に及び軌道と逸れた事象が生まれ下限則を超えられる。これへの適正反応を弱めない感覚が人間のインフラを指し、これを目安に判断を取りそれ以外には寛容さや温和性を基調に内外を整える意識と実践にあって良好な活動が生まれる。生産事物が曖昧な領域ほど健全化の体系が求められ負のスパイラルに陥らない予防策が望まれる。正面に対峙しない文化や風土は陰湿な性格を深め、これを基軸に備えるとその感性で空間が支配され、健康な衝突を避けるひ弱な社会システムと下落する。こうした焦点を鑑みて人間形成の第一要件への思索が進み、適正調和への要件が生み出される。

二重人格の歪性

二重人格の歪性

馬鹿丁寧な振る舞いで上品を気取り、やる事がえげつないという方が、性質的には悪性であり、どこか逆の感性に嵌まっているかの事象も少なくない。表面と実態とを良く整合させて質実を掴むのが健全な感性であり、言葉への過敏反応は健康体から離れた異質性とも浮かび上がる。

今日的な頭脳寄りの体質に浮かぶ利己的な振る舞いは、表面が当たり障りなく、裏でこそこそ言葉と異なる働きを見せる事であり、言葉が多少荒くても実直な態度を表すのが健康で在って、妙に表向きばかりで安直な評価に及ぶ所が、感受性の劣った姿と映ります。

これが、形式上の窮屈な世界を生んで、内実の萎んだ人間像と表され、世渡り上手の小手先的な発想に及び、平気な裏で盗みや工作を用いる歪な二重人格を作りだす。道具に依存した物性感覚の進行は、アナログ面をやせ細らせ、衝突への免疫が劣りちょっとした事で過敏なヒステリーを見せられる。教育プログラムの偏りが、生身の対話を窮屈にさせて、精神的な弱さが、実直な対話に向かわずに、細部に偏した基軸の弱い人格を創り上げる。

この向きへ行き過ぎのような感じに映り、それが表面ばかりの美感によって、実態は人種差別のような行為を平気で取られる精神と感覚の分離した姿と及び、精神的な健康さを欠いた神経質な体質を深められる。教育や社会秩序の是正するべき根本の焦点であり、文化論の中心的な関心と浮かびます。

マクロ的な健康ビジョン

個人が抱く思想やビジョンと実現する工程が区分されて、欲望と充足の構造が生まれる。欲望に大小が現れ比例して実現工程のボリュームが生まれ、叶えるまでの期間に反映されると共に、多種多彩な利害が生じて、それへ応える人員や資源が増え欲望と力と責任の均衡尺度からプラス・マイナスの測定に及び調和が作られる。この直接的な創造原理を基本に測定作用が生まれて適正を導出する持続的活動に及んで健全な感性を叶える完結的な全体系が掴みだされる。これが活動の全容でありどんな理念や思想を持ち、技術や需要者という焦点を限定し生みだす工程と利害が現れ、内外の調和を作り安定した生存と繁栄の軌道が生まれる。各種生産者はこの内外関係を把握し必要に応じて外部との対話を持ち要望と対応が取られる。工程の全体図を描き出し優先順位と資源を割り振り全体と部分工程の相関を掴み制御が果たされる。

文化との接点は健全理念や思想と特定生産者の活動との相関であり人々の幸福感情とそれを適正に叶える為の筋道という観点で抽出される。その評価軸が「日本文化原論」で取り上げられ、各種観点と特定領域とを比較適用して程度を掴み、負は改善、正は増進という施策が想定されます。評価軸への共感から各種領域の指針と用いられ、二次三次の創造が生み出される。このような重層的な連鎖性の関係で思想と分化によって観念と感覚の多段性が現れ、各層での実感が取られ評価や改善と循環される。このような社会的分業関係が暗黙的・明示的に執り行われ適正調和の活動と掴みだされる。

抽象                    感覚

思想、ビジョン

特定領域1

特定領域2

思想家

哲学者

芸術家

教育者

政治家

法律家

経済人、等

各種技術者

分業構造を鑑みて全体の利害関係が把握され、各立ち位置から見る全体と個を掴み適当な要望と対応の関係が生まれる。こうした感性から健全な心身が宿り個人と集団という概念を浮かべて、自立や協働、自由や制約、自律や協調という概念が備わり社会人や文化人の一員と認識される。

各種領域に対して欲望と力と責任の尺度から過不足のない健全な要望と対応を創り、活発な意見交換や発見を生み、或いは問題点が現れて良好な改善を見出し社会活動が執り行われる。各種領域において抽象性と感覚性の創造特性が生まれ、感覚と観念の有機的な連なりに在る健康な人間像から各分野の意義が把握され、相互尊重の調和に有ってバランスの良い成長軌道が持続する。恩恵を受けていながら、タダ乗りするかの無節操な態度に歪な感性が広がり適正な成長を阻害する。客観的に活動を捉える主客重要認識をもつ文化基盤が良好な主体性を創り健全な感受性を整えた根源感性の良質性に及ぶ。

物性に偏した欲望と力と責任の不均衡に対して粛々と要望を課し適正な対応を求めてしかるべきであり、この不均衡を自他から常に測定する関係に在って一定の緊張が齎され、相互の健全な感性が作られる。以上のように健康志向という理念の意味を捉え上位の普遍則と備え万人的な共通価値と固め確かな展開を結び人間の健全性が確保される。あまりに部分に偏した感性は良好な精神状態を崩された姿と映し出されこうした全体図を少なからず抑えた個別性によって適当な社会観の実現に及ぶ。こうした志向性に社会主義等という名称を充てるかは別にして当該ビジョンと実践から各種犯罪の予防と、良好な協働や共生に連なると思われます。

自身成りに中身の組み立てをされずに二次三次的な加工度の上がる観念をそのまま用いられて、事柄の本質を欠いた表現が多産される。ゼロベースからの論理に及ばないと抽象観念ばかりが一人歩きして対話の噛み合わない世界を作りだされる。感覚的な面から一次体験的な思索をへて抽象概念に纏める事が必須の概念形成作法に思われます。知ったようなつもりなって粗雑で横柄な態度を取られる所に、感覚的な体験工程の弱さが映り自利に偏して他利を提供するエネルギーの脆弱な主体性に及ばぬ振る舞いが求められる。同業者間のみならず誰もに通じる表現へ変換出来て健全な生産者や生活者としての質が上昇する。

自尊心

1)自尊心

自身への侮辱はある程度緩和できるものの、自身の身内等への侮辱は許せないという感情が生まれる人も少なくないように思われます。これが他者への感謝やそれを超えた価値への拘りと現れ金銭感覚に寄らない感情と起こされる根本の本能にも浮かびます。文化という幾代に渡って積み上げられた習慣や慣習と様式への拘りも自己のみへの自尊心というよりも多くの人のエネルギーが投じられて形成されてきた軌跡等を鑑みて、単純価値では計りしれない重みとなって皮膚感覚に浸透する。いくつもの歴史が積み重ねられそこに浮かぶ人々の感受性への重みが様式への価値に及び、強い支柱と作用して他者と自己との融合的な基盤と備わり有形無形の資産と扱われる。地域社会や集団の基軸と及びそれを守る行為と現れ感受性と論理の関係が構成される。どこの町にも歴史があり時を共有した記憶が大きな動力源と作りだされて、感覚と頭脳と感受性の一体的な有機体の芯が生まれる。自尊心はこうした形成過程と内容で表され自己のみならず多くの他者の意思が重なり強まり生み出されるプライドと示される。相互尊重の意識に在ってこうした観点への推察が及び、重要点が確認されて表現の在り方へと反映され、共通と個別の感覚が作られて適正な調和感覚が生み出される。時の流れから積み重ねられた感性が皮膚感と備わり、それを可視化するのに文字などが用いられ自他への認識を強められる。形成過程の弱い頭ばかりの理論に偏ると体からの価値に及ばずぎこちない表現を見せられる。自利へ偏したプライドか、他利を含んだものかの相違や軌跡の違いが重みの違いと現れ人々への納得感を与えられる。一代二代と世代を跨ぎ創り上げられる時の重みは体に染み込み根本の太さと及んで自己理論の強固さへと反映される。重力と備わると共に前進への方針になり長期を見据えた健全な発想が導かれる。人々からの信用形成はこの重みが多分に影響し言葉への生きた解釈に至り見えづらい力と働く。自尊心の程度に差異を設けるのもいかがなものかと思われますが一つの考え方と浮かびます。物性の合理化やサラリーマン社会、IT化の流れにはこうした価値を希薄化し無機質な機能性への志向を強められ人間の根本的な変化を作りだす。この行き過ぎや程度の悪い用い方には一定の健全な制御がかけられて適当な主体性が堅持されるものと思います。過去の教訓から引く継ぐべき点と変えるべき点が現れる。生じた事象のマイナス面と予防に及ぶ未来ビジョンが考案されて変えるべき点を含んだ基準に更新されて負を繰り返さない学びが反映される。改善策を作らないのであれば進歩がなく物知り博士の自己満足は他利への力が脆弱で価値を生まず成長がない。20世紀的な物性原理の一面的発想を越える確固とした人間ビジョンを示す事が方策となり、これを実際の個別場面で取り入れられ基準が更新され活動に価値が付加される。本書の文化ビジョンはここで言う未来ジョンの提起でありベースとなる根源的な普遍性を万人的な共感に及ぶようにと作りだされた型枠を示します。批判で留まる事無く方法を発案されて活動に価値が与えられる。

感性表現

リハリを持たせない秩序形成は良質なエネルギーを生まない。失敗や成功という総括を取らずに責任も曖昧で怠けたものがいつまでも主要な配置に居座っては善良なエネルギーは高まらず、事象に変化を作るに際しては区切りを設けて理論の再構成を取り過去の変遷に対して理論家によるビジョンが欠かせない。

この過程を設けて納得感を高め、責任と権限と報酬の関係に一定のけじめを取る文化秩序が望まれる。成否を判断する基準をどのように掲げるかがリーダーなるものの最大の役目であり人々からの賛否を図り一定の合意を取り付けて、過去からの決別と未来の創造が更新される。これによって過去の規則性にけじめがつけられ、成績を客観的に測定して相応しい処遇を与える評価制度が進められて納得の上がる人員配置が生まれる。

この過程の曖昧さを残しては力の湧き方に閉塞感を作り公平公正さを欠いた舵取りが成長を鈍化させる主因と見受けられます。過敏反応と鈍感さとの適正には、この基軸の設け方が柱に成り基準とプラス・マイナスの感覚が形成され、これを明瞭に表すのが主導者たる第一の役割であり基準と適用の適正な執行が伴って完結した活動が生まれる。このメリハリ感がある程度備わってヒステリーな反応や鈍感な態度が予防され健全な基準による落ち着いた反応が現れる。太い枠組みとして観念体系が備わり、それをベースに細かな事象に規律が付けられ評価の揃った同一性が安定や安全と共に成長や繁栄という軌道の促進に及ぶ。

このような基準と予めの範囲が想定され、個別的な事柄と共通的な事という議題の内容が設けられある程度の限定によって絞りこまれ認識の同一性に及ぶ。経済活動という人間の主要な領域に対して成果を計る指標の高度な体系を作り、個別性の判断と共通性の要素とを区分して指標の細分化によって精度が高まり納得感の及ぶ測定が生まれる。経済に対して政治活動、文化教育活動がどういう関わりを持つべきかが、このような思索から領域の基準が定められ評価の適正に連なり総括が生まれて更新される。健康な心身を作りだすには必須工程であり気持ちの良質さを高める施策が欠かせない。

基準による公平公正な運用が健康体のカギであり不平等な処遇や評価が停滞の最大の原因をつくりこれらの大本に根源ビジョンが表される。歴史からの学びを如何に集約的に抽出し魅力ある表現を生み出せるかにかかり、量ばかりのデータから絞り込んだ重要点を表すかにより評価が加えられ創造性の善し悪しが生まれる。

この作業を頭にばかり偏して行う事無く、普段からの良質な発想や実践の規則性から生み出されて違和感の少ない洗練された軸と表され機動的な活動に連なる。頭脳でいくら考えても生まれるような表現ではなく性質と備わる感受性の質が表される。この作業は単純な労働時間とは比例せず全人格的な付加価値として測定される。

文化体系という根本観念に納得性が高まる程に健康な二次三次の原則と運用に及んで整合のとれた活動が強められる。文化文明の上昇は以上のような筋道に置かれて人間が向上する。頭の固い者ほど英語等を基準にして価値の序列を作られる。まるでお門違いと思います。

1)人間の性質

2)人間の性質

表現者は「すごいね、偉いね、立派だね」という風に見せたいと実情以上に着飾る場合が多々見受けられる。そして、エネルギーとなる糧を得て、不安な状態を回避し楽な状態を創り上げるという発想の道筋が浮かび上がる。子供もお年寄りも、あまり大差のない性格に思われます。この心理状態は、さておき、表現を受けられる人の効用感とフィットすれば、それへの反応が現れ、エネルギーが注がれる。どこに効用感を抱くかに千差万別性が生まれる事と、かなり限定される事とが生まれ、意図して対象を想定するか、意図せずに自然形成的に集まるか、過去のデータ寄りの学習を取るか、発するエネルギー自体への良質さへと拘るか、他者よりの心理と自己寄りの創造か、こんなような分析点が浮かべられ事象の性格を知り、その因果認識を下にした模倣的な表現を作るのが頭脳的学びの回路と描かれる。外界を知り自己に取り入れ外界に放出して、自己化するプロセスと言い換えられ、多くの表現は少なからずこの型式を基本にされる。まったくの絶対性原理はあり得ず、外界からの学びを下に、その組み合わせや応用を取り様々なパターンが作られ、固有の表現者と認識され効用感が備わり需給が発生する。

創造者の心理と、実際の効用という面で区分され、最も正常な姿は両面が連なる事であり、主体と客体の調和感が高く持続的な生産に及び、変容しづらい規則性に備わって人間の性質が作られる。よって、この調和形成に及ぶ為の作用面の創出に及ぶ心理面や需要側として良質な創造を引き出す心理面といった両者に同一する根本的な性質の在り方への分析を充て描き出された型枠に成ります。長期的に見た基準像と、それを下に強弱等が作られ、一定の許容範囲が生まれる。これが余りに狭まると窮屈さが増し、逆に広がり過ぎると無秩序化し収拾のつかない事態が予測される事からも、基盤的な根源観念を作り適度な性質の同一性への欲望が生まれ、いつの時代にも人間の問いと浮かぶ中心の焦点に備えられる。技術力の発展から感覚的な利便性が向上するプラスに対して、マイナス面に目を逸らさずに、両面を抑えた歩みから健全な感受性が持続し、生活環境という時代的な背景と向かうべき未来像を見据えて一定の答えが導かれる。或いは、こうした問題感覚を恒常的に備える事こそが基準像を指し、答えよりも過程の面に重要点が備えられる。

「盗むの上手だね、騙し方が立派だ、見事だ、どうやるの?」というような不快事象への肯定感を持つようなルールが出来ては安定した社会には及ばず、健康なプラス性の感情を与える事が前進における方角と定まり不変的な根本原理と備えられる。本書では、こうした問題の限定から長く備えられるべき人間の性質と形成方法への探究と成果を表すものに成ります。

謙虚とは

謙虚とは

下から水が滴り落ちる事はあり得ず上から水が流れる。これが重力現象であり前方へ進むと同時に下への重心が取られ後進性のベクトルが浮かび、3つの方向と割合で物事の全体が把握される。地球という仕組みに連動した生物の働きが生まれ自然との調和を志向する世界の映し方を指す。有る一定の前提を備えて物事の根源と抑え二次三次の原理を生み納得感や確信性が現れ自己の肯定感が作られる。ここが弱まる程に迷いや恐れが現れ強い前進性が生まれない。探究心はこうした心理から湧きあがり自己への自信を掴み不安感を払拭したいという欲望を根に投じられる。後ろめたい心持に不快を抱き正しいという感覚を掴み進む姿に良心が実感される。これを巡って真理の探究という軌道が現れ大本の確信的な原理に及ぶほどに質への充実感を抱き自信という肯定感を持つ心の状態が生まれる。そして不快という感覚と出会う所に根源原理との乖離を実感し暗闇に遭遇すると同時に光を感じ光へ向けた本能が湧きあがる。この動力の仕組みが生命活動を指し何者にも寄らない自己内発性とされる。自信に対して不十分さを抱きその喪失感が自信を掴むエネルギーに転化し壁を乗り越える力が注がれる軌道にあって生命が輝く。ここでの手法の取り方から、発想や行為の性向が創り出され、歪んだ手法を用いるか、根源ビジョンの路線から離れた道を取るか、相手方の非を責めるか、ビジョンの探究を深めるか、ビジョン自体の備わり方が起因して各種の相違が生み出され規則性となり性格が作られる。

不十分という自覚に及べる態度が成長の源泉となり新たなステージを見出す事の出来る根源となる。追求に限りはなくどこまでも高めたいとする力が続き生命をフルに使い真に謙虚な態度に及ぶ。この点が人間の中枢と備えられて躍動性を失わない輝かしい生命体が存続する。謙虚は力の源泉であり最も良質な人間の性質であり神道慣習はこの性質を植え付ける。