文化の奨め

快適は増進、不快は減少という直感が働き、快適ばかりに視線が向かう。快適感は不快感との相対感覚と現れ一面ばかりによると適正感を見失う。権利義務関係の均衡への意識は、快適を達する権利の面と、それを得る為の義務から成り、後者の側に不快の性格があり、こちらを取らずに権利を欲する事が適正からの乖離と表され健全性を見失う。エネルギーを投じてリターンが得られるという原理と同様であり、タダ乗り感覚や盗みという行為は他者や外界を尊重せずに一方的な強欲を表す姿であり、両者の適正関係の形成にはフェアな均衡感覚を持って、成果や効用の創出に適正な対価や報酬を支出する感覚が伴い需給構造の適正や人と人の適正な皮膚感覚が作られ、一過的でない反復した関係や深度に及び、快適ばかりを求めずに不快に耐えられる感覚が伴って健全な心身が作られる。

二つの基本的な感覚に対して、適正を見出す情緒の作用が理性と言い換えられ、物的即効性の効用に対人的に良好な感受性を求める健康な感性が示される。二項対置概念と調和を創り上げる思索の根本的な仕組みと成り、生滅や正負、攻守や明暗等々の対極に人との関係性を視野に含ませて両者の適正な調和を探す所に人間性の概念が当てられる。

個人と集団、民間と行政等の対立にも、同様の感性が適用されて両者を統合する観念を作り、フラットな関係性から同一理念を見出してそれを叶える協働関係の構図を描き、効用を齎した事への適当なエネルギーの返還に在って健全な関係の持続に及ぶ。こうした原理を「因果応報」等という抽象概念で表され、世界観や世界観の形成基準と表現される。どこか一面的な欲望を当たり前のように求められる今日的な感性には、偏った快適性への過剰ぶりが映し出され、物性感覚の進行による過敏反応が起こされる。問題と映し出される事象の根本的な原因に相当し、人との良好性よりも個人的な欲望を強く求める向き回り、平等感覚の欠落した自己中心的な姿に、長期的な普遍性と離れた歪な精神性が映し出される。

他利を作り自利を得られるという気流から他者を抑え込む事や他者から奪う発想の対象化や攻撃性が進み利益を得る容易な手法に向かい、粘り強く原理を作るエネルギーが脆弱化する事へは基軸の弱い人間性が進行する。管理手法ばかりに意識が向かい、人との距離を設けて支配する作法が多用され、純粋な原理自体の向上に力が投じられない創造性の歪んだ状態と映る事が少なくない。ここに問題の焦点を定めて健全な人間性への基本原理を訴求し、適正な人間作りへの秩序の醸成が進められる。

これを称して「原理創造型世界観」と抽象され、資源等の有無に関わらず原理形成力を動源とした推進力を強めて生身のエネルギーに対する適正リターンが均衡し健全性が向上する。物理依存症が過度に進行する弊害が目立ってきているかにも感じます。画一的、偏狭な感覚が強まり、単式の方程式による物事の決定という思考や行為の型式化が進行する。根本面への深まりある思索が進められて、厚みのある基盤や極端な反応の予防に連なり物性による強要等に陥らない二極対立の適正調和を見出す感性が創り出される。持続力や継続力に文化力の本質が生まれる。

8)原理と原理の優先付け

8)原理と原理の優先付け

原理という言葉の定義も人によって様々見られます。学術的に作られる原理があれば、生産現場において取り行われている原理や、個別事象に何がしかの共通観点を設け収集して有りようを描き出し、観測する行為も原理となり、対象に観点を見出し、観念と感覚の実感に及べば、対象の現象化や認識という質感が取られ、その反復性の程度によって法則等という言葉が用いられる。こうした探究行為の根源は生命の存続や躍動を欲する感受性をエネルギー源として、安定と成長を遂げる為に、再生産の仕組みの形成や新たな発見による様式の向上という創造活動で表される。学術的な狭い意味での原理に固執する事もなく、人間の生活全般の様相から根源的な欲望と合致する生産性に及べば一定の型枠が創り上げられ原理の創造が果たされる。

知の厳格性や継続性等の相違から原理の確かさ等へと視点が取られ信頼性の程度が生まれるものの、多種多様な範囲や想定を想像して行為と頭脳で型枠の実感を遂げ、他者へと明示し関心と効用の共感に及ぶと一定の価値が現れ、意義ある創造性と認められる。或いは他者の反応に関わらず自身の納得感に重心を置いて作られる創造に価値が備わり創造の無限性が認められる。もちろん他者への利害を考慮の上に一定の制約の下で自由な創造性が許される。つまり、共通基盤になる一定の制約原理に上位の優先度が備わりここを外した創造性は許される事はない。万人的な共通価値は普遍の原理でありこれが基礎にある事の認識が弱まり、物理原理を先行する事のない共通感情が根源原理であって、こうした相関に普遍性を置いて人間の中枢的な性質が維持される。順番を間違える事のない感性の所在が健全な原理の創造における基本作法で在り、これを外した原理の創造には一定の制裁を課し人間の根源性への更生期間を設ける不動の原理が明瞭化される。一時の区間で作られた原理ではなく、長い歴史の形成から多くの人間の熱意や総意の下に創り上げられた根源原理に反した事への重みは単純な経済性では計られず、人間の根幹性を棄損させる作用には猶予なく原理が適用され適正な秩序が堅持される。肥満な性質が慢性化して基礎を崩す事に対しての健康な感性は伏せる事無く粛々と反応を持って過去の尽力に対する忠実な姿勢と未来に繋げる布石と成って人間の歴史に刻まれる。重要な管理点の認識が揃って関係が生まれる。ここが著しく異なると交わりに及ばず成熟度の同質的な性質が集まり協働生産が執り行われる。このアンバランスな実態には適正な感度から適材適所に回す自然な本能が働いて、構造の良質化と個別事象の適正が生まれる。性質が根になり構造と局所の関係が作られる。このような自然律を停滞させない健全な感性に根源の原理が備えられる。人口的な形式はこうした意味の自然律を下にして創り上げられ、後者が可笑しいと前者に感覚が反映される。根源価値の棄損には重たい判断が投じられる。コソ泥のまま旅立つも自由でありその汚名は子供や孫に引き継がれる。いくら金があってもこのレッテルは消える事無く、いつどこに行こうとも負け犬の精神状態は消える事無い。哀れな生き方を望むか、改心できるか、決めるのは自分自身で在り、心身の健康はコソ泥には宿る事無く無惨な最期を遂げられる。縁起の悪い性質には人は近寄らない。

文化から浮かぶ現代的な歪な精神性

原論ばかりを先行させるコミュニケーションの取り方は、日本的な感性とは若干異なるように思われます。特定の軸足を備えた生産領域を持ち、問題と改善方法と実施と検証とフィードバックという完結的な規則性にある生産者に置いては、行為の性格を強く含んだ発想に寄り、物事の解決や向上の実を図る事へと執着される。ここに置いては、少々のズレ等に一々反論等という過敏反応は取られず、本質的な事柄に重心を備えた効用の実現によって、生産の達成感を得るといった皮膚感が作られ、これが、ごく一般的な生産者のスタイルに思われます。

評論等の無形財の提供に見られる曖昧性は、この感性と少々異質のようにも感じられます。何を持って生産の実感に及ぶかの適当な感触が現れないと、持続的な方法論への深まりや責任感覚が希薄と成って、少しの違いや利益の抵触にヒステリックな原論や反応を見せられる。或いは、堂々とした態度と離れた裏工作等へと走り精神的な不安定さを見せられる。需給構造の特殊性や定常的な規則性の相違が、発想や皮膚感、思考や行為の様式に及び文化の違いと映し出される。多民族国家や単一的な民族の暮らす環境等の相違等も原因になって、言葉の用い方や振る舞いの相違と現れ性質の異同が生まれると想定されます。

こうした焦点が現代的な問題事象の一つに浮かび上がり、権利と義務の均衡といった主体性像が強調されて、特殊な生産行為者の乖離した感度に適正さを求めるような施策が投じられる。言論の自由という権利面が強調される半面で、実態的な付加価値等の効用面が測定され責任と権利の不均衡感が著しいと歪な精神性からの利己的な活動者と映り、一過的なお騒がせものとして迷惑な影響を広げられる。これへの適当な制御を示す事は、良好な人格形成の肝に上がり、偏った欲望の現れへの対処や予防策を投じて負の拡大を留める作用と位置づけられる。

盗みや詐欺というマイナス的な行為と同質的な性質に在り、それへの不快感から健全な反応を示して、精神的歪みに正気を与えるような感性が、文化という探究から浮かぶ良好化策と思います。この根源的な人間の性質への着目や変容、それへの快不快感と対処策というサイクルの軌道が生まれて、骨格的な異変への健全な制御を果たして適正な主体性像が創り上げられる。自由の追求に伴う自律的な制約の感覚が弱まる事には根本的な性質の劣化とも映し出され、この基盤的な感性の崩れには深刻な態度を持って健康な感性の阻害や進行を防ぐ事が適正に思います。倫理や道徳がクローズアップされる背景に、こうした問題事象への認識があり虫食い的な悪性への応急措置を講じて良好な文化基盤を守る反応が生まれる。物理性への過剰な依存症に発生する精神面の劣りに、根本的な問題の深さが生まれ、ここへの反応は敏感であっても良いように感じます。

根本思想と個別テーマ

人間の創造には価値概念の整理をもって枠組みを形成し、その中での限定性をもって領域の主たる役割が特定される。個別的、共通的、根本的といった区分を設け、自然や人との適正な調和を見出し、持続的な安定と成長を意図するという世界観を発想するのが根本的な人々の共通的欲望と想定しこの基本的軌道に即した創造性の導出が図られる。

そしてより実践的な感覚を表すのに、安定と成長という2項概念の調和を果たす概念形成が望まれそこに健全性概念が作られる。健全性は領域を構成する主体性の在り方を主な対象として描き出される概念に相当し、静的要素と動的側面との一体的な姿で構成される。

身体と頭脳と心、感覚と観念と感受性という3要素の適当な在り方に焦点が定まり、そして欲望と力と責任の均衡した状態に標準をもって、上下や強弱、正負の許容範囲を想定して基準と制御感覚を含んだ理性的人間像が導出される。この行動原則の下に実際的な快不快感という質感への探究が進められ、生命の存続に対して阻害要因と伸張要因とを鑑み、具体的な個別的側面を抽出し欲望に対する方法の図式を示して、均衡状態を設定して持続的な運用に寄り検証と改善の活動が展開される。

阻害と伸張要因、両者の相関へと思索を及ばせ、優先的な事柄の序列を設けて、上流に配する事柄との因果を想定の下に力を投じる配分が形成される。求める欲望とそれに必要な資源の割合との比較から実際的な水準が作り込まれる。設計と運用の循環の中でこれらが作り込まれ、過不足の少ない状態に筋肉質な精神と感覚の質感が現れ健全な主体性像が生まれる。

こうした状態に健康な感性が宿り危機や恵みに対する適正な嗅覚が備わって探究心の持続力と向上に連なりより優れた方法の考案や達成度を叶えられる。健全性という根本的な理念に対して、事実の絞り込みと理想と事実のギャップから目的や目標という水準を設け方法を導出して、実感点や実感面を備えて質実を得る活動が生まれる。

以上のような文化論の概略に対して、以下の安全保障という概念の配置を取って、阻害や伸張、両者の相関、優先序列、欲望の設定と充足の適正と水準、運用と検証の持続的仕組みという構図が描き出される。受動的な構えのみならず能動的な良好化策という両面を思い描きながら、適当な方法を導出する発想から適正な調和が生まれ、防衛的な施策と融和的な側面を持って、安全や安定という概念を配置する事が健全な精神と肉体から生まれる概念と思われます。

キーワード:価値概念、安定と成長、健全性、欲望と力と責任の均衡、欲望と負担と質の設定、阻害要因と伸張要因と相互の因果、

安全保障(あんぜんほしょう、英語: national security)は、ある集団が生存や独立などの価値ある何かを、何らかの脅威が及ばぬよう何かの手段を講じることで安全な状態を保障することである。また、その目的のための体制・組織などを指す場合もある。国際関係における安全保障は主として他国からの防衛をその主眼に沿えるものである。(ウィクペディアより)

富の源泉

豚に真珠とは、健全性の概念と密接に関わりを持つ言葉の一つになる。人の利益に連なるように日々鍛錬を積む規則性と自己の私腹を直接的に肥やす事へと関心が及ぶ2つの体質に分かれ、後者によると利益を充足する方法への感度が下がり適正な価格を算出できずに利益の機会損失を招かれる。大きな権限は備えたものの有効に生かしきれず富の創出の差と生じ、肥満化するほどに観測度や創造性が下降する。測定の尺度を二次三次の加工された基準に寄るほどにゼロベースからの原理と離れ、真価を生みだす仕組みの解明度の弱い方程式による判断を取られる。

探究心の深まりが根源の原理の確立と持続性を生み、人への感受性や感覚が弱まる毎にこの力が萎まれる。こうした仕組みが根源的な力の源泉を指し活きた付加価値を創り上げる基本の回路と描き出される。道具の多用や依存に及ぶ以前に、自身の観測力や基軸となる思考原理や行為の規則性が固められて力を用いる関係が作られ、後者が脆弱であると主軸の弱い受動性に及んで力に振り回される関係になる。

携帯電話やパソコン、テレビといった情報伝達機器の活用やその他物理的作用を持つ技術の活用における留意点と表され、骨格が備わらない内にこうした機器に慣れると情報の受け手という体質が浸透し発信性の弱い体質と及ぶ。専門分野の比較的型枠の出来上がった様式の吸収と扱い方に対する方針となり、一定の生産的な発想や目的意識を備えた感覚工程と観念と感受性の柱を持って、テクニカルな作用を配置して人間と道具の適正な在り方が生まれる。

こうした面を省いて、商売的な意図から過剰な売り込み等に乗っかり自己の骨格を脆弱化させる事に及ばない為にも文化論等の確かな観念を持ち、或いは感覚での検証面に重心を持って真価を測定し、物と人との適正を見出す観点と浮かび上がる。生産者の立場に在っても専門性を悪用しない適当な制御感覚を持って開発や製造に繋げる倫理が問われ、文化的基盤の程度から良質な生産と需給関係が作られる。

又はドーンと資源を投じられる判断の適正さ等も原理の構築度合が反映し、物事の勘所の抑え方の相違が有効なチャンスを掴みだす差と現れる。倹約ばかりが能ではなく如何に付加価値を生み出せるか、健全な感性から導出される。ストックの歪さはフローの不良から生まれ、動態的規則性の良好性に健康な心身が映し出され、動に見る美感へと意識が注がれて精神と感覚の正常さが創り出される。

外観美へと傾注する今日的な傾向には、根本的な感性の歪みを深める原因にあり、人間の良好な性質への確かな見解を持って物事を創り上げる発想が健全な文化の構築に肝要で在り、根本の取り違いや歪んだ横道へのズレを、所々で修復する定期診断を持って本筋の軌道が守られる。中長期の視界を描き出さない即効性の感度の高まりには警鐘が鳴らされ、そこへ適度に耳を傾けられる感性に畏敬の念が示され、適正な調和を創り上げる優れた人間の中枢的な性質が現れる。豚に陥らず、真珠を見定める根源の感性に富の源泉が備えられる。値付けは合っていますか?

文化の軌道

観測と表現能力が基礎になり、そこから評価感覚が加えられ、心理的なエネルギーの質量に反映する。これが社会現象の中心的な焦点に起こり、如何に良い気持ちの好循環を創り上げるかに活動の源泉が備えられる。対象とする範囲と、そこでの観測フレームが設けられ基準と誤差の知覚に及び、優劣の評価に公平公正性が生まれる。この事前型の型式を設けて適正を導出するアプローチと、事前型よりも新規性の要素による発見型の型式とを設けて、既成型の秩序と向上型の創造に在って前進的な発想を常態する健全な感性と肉体の状態が持続する。これに客観的な計測という視点が加えられ、自他への納得感の高まる評価に至り信頼性の向上が叶えられる。

こうした一連の動きの中で、根源性や全体観という尺度が基盤に置かれて各種の尺度や原理に反映し、長期と中期や短期や大局や中局、小局という時空の想定を持ち、長期的普遍性の原理を基本的な方向感に備えた前進軌道が創り出される。ここでの長期的普遍性概念の創造や探究が文化論の主要な関心にあり、この確かな共通的理念が揃う程に二次三次の計測尺度への納得感が生まれて心理的エネルギーの向上性に連ねられる。基礎概念と専門性との有機的な連携を持った全体概念が形成されて、実際の適用の適正と新たな発見を生む持続的な循環システムの形成が文化の構想となり、持続的安定と繁栄の世界を導出する活動と描き出される。こうした想定の中で主体性の在り方を中心にして型式の創造と提起が取られます。

過去の歴史的な積み重ねと良好な抽象集約を創り上げ、未来創造型の論理形成を強める施策という性格で浮かび上がります。人的連なりも大切な要素には違いありませんが、大きな利益を志向して、他利を作り自利を得るといった発想を向上させる事が人的連なりを良好にさせる事へと連なり、原理創造型へのエネルギーが良好な人的形成を齎せる。偏狭な利益に執着する事は健全な創造性を停滞させる。未来形成的論理を強めた規則性に在って大きな果実が生み出される。根本には確かな人間像を備えて全体ビジョンへの工程を持って力を注ぐ事に、適正な動態図面が作られる。局所の利益へ固まって全体を萎ませる利己性の強まりは負の事象と特定される。

純粋原理創造型のスタイルにおいて生命体の健全な状態が確保される。公への利益を描き私益が叶うという循環軌道に文化の道が現れる。甘えた盗み症は身内になる事は在り得ず身内という概念は血縁地縁等に関わらない。一部のマスコミや政治家に見られる坊ちゃん体質は不快であり基礎的性質の低水準は文化の基盤を弱体させる。犯罪を放置するインフラは在ってはならず、自律反応を見せられなければ、他律に寄って粛々と必須工程を与える事が必然と思います。

運用の指針

「欲望と力と責任の均衡」という基軸尺度を用い、実際の変容状態に即した均衡適用によって、動態に合う調和の姿が創り出される。つまり、自己の欲望に他者の欲望が備わり、これが大きなる程に力と責任も大きくなる。実際の運用で過不足を実感しながら3要素の微調整を持って主体性の制御が取られる。

この変動的側面に対して固定的な事柄が根本の普遍的原理であり初歩的躾や下限の制約が配されてここがどんな時空や諸条件であっても不変に取られるべき事柄になる。更に実際性という面を取り入れると相手方が悪性であればそれに応じた悪性の構えや対処が場合によって必要になりここを適当に変容させて現実の健全性を導出するものとなる。ゴミを相手にするときに普遍原理は必要なくゴミ用の対応も適度に身につけ健全性には健全な反応を返す事になる。このような実際運用上の想定分けをもって適正な動態が作り込まれる。物性依存症に陥る程に自身より不利な立場への適正均衡を欠いて物理的力で押しつぶす反応は責任の弱い精神的な劣りを示し健全性を損ねる。チャレンジや向上心は自身より優位な立場へ向けて行われ、全体を向上させるエネルギーに在る事が健全となる。このメンタリティーが根底の文化の質を映し出す。成長過程から作られる基礎的皮膚感になり長い時を経て生まれる変容しづらい感性が作られる。

                           手法

目的

責任
欲望

ここから見て基本文化を阻害する因子と伸張させる因子が明瞭化され適当な反応を持って根底の精神面が生き続け代々と行き渡る。低評価に「恥知らず」と称され欲望過多で責任の足りない体質が測定される。自浄作用を持って制御する主体性に在って健全な感性の所在が確認される。この調整作用が常に作動して健康な心身が備えられ、個人や集団、システムといった特定領域の性質に反映される。計画と実施と検証のサイクルが回り産業経済に基幹の実像が現れ中期的な構造に政治行政が働き教育文化の長期的質感に寄って軌道の補正を持って全体調和が進行する。検証の感度の適正さは相互的な評価関係に在り一方向の流れが常態化する事はない。内向きの性質は日本的な感性とは異質の人間像に映り頭からの体質形成に顕著に表れる。道具への過剰な依存や用い方の歪んだ状態は精神面の脆弱な欲望過多を示し適正な制御を行える力の質量へと見直して健全な主体性が現れる。これらを客観的に映し出す各種領域の型式を作り適用し改善するスタッフとラインの相乗効果を狙い理念と学問の分化を遂げて客観化し適用で統合され、精神と感覚の良好性が果たされる。学ぶ事や作る事はこうした動機が源泉になりエネルギーが湧き続ける。

健全主義思想

「他利を提供して自利が得られる」というエネルギーの投じ方と摂取の仕方が循環の適正な在り方となり健全な精神の状態と身体感覚を有する人々の規則性と映し出されます。欲望には自己と他者が抱く内容が備わり、それを叶える資源やエネルギーといった力が必要になり、それを適正に行使する責任が加えられる。この質量の均衡に主体性の健全な構造と動態が描かれて内外との適当な調和が生まれる。つまり、循環の在り方と適正均衡構造によって主体性の健全性が規定され、これを標準原理にして快不快や善悪美醜という評価の感覚が現れ、それに相応しい反応が示されて社会的な健全性を保つ仕組みが生まれる。個々人や特定集団、集団間や地域間といった各種主体性の健全な精神と肉体、精神と体制の良好な共通的像が備わり根本の原則として物事の良否を判定する尺度が生まれる。自由を求めると共に適正な他者との規律が作られ、投じたエネルギーに対する適正なリターンの持続する仕組みに在って、健全な有機体の安定と成長が持続する。このような思想が自然や社会との良好な関係形成に必然の型式であり、精神の健全性と力の保有や利用の適正な感覚や体制との一体的相関にある主体性の姿と規定される。肥満という表現が適正かどうかは別にして、他者への利益を作らず過分な力を保有して、その力を他者への不利益へ用いて利益を得るという循環と構造に悪性の主体性像が描かれ、詐欺や盗み、傷害といった下限的不快事象を発せさせる原因が特定される。これらの行為に対しては一切の妥協はなく適当な謝罪と損害の賠償を持って失敗への健全な精神と態度が示され、この工程から逃避させる事は社会への負の影響を広げる事に及び、個々に課せられる必須の責務として自然な本能を示す事に健全な基盤が守られる。こうした不快へ対しては物性に従属する事無く、自然に生まれる本能に従った健全な反応を堅持する事が必須であり、この姿勢と態度を強固に備え不動の原理と執行して主体性の根源的な性格が守られる。これが変わらない自然や社会との普遍的な原理であり、上位原理や基礎や基盤と在って健全で健康な生命体の仕組みが備えられる。主体性の基幹要素と配されてこれを中心にした人間像が描き出され、確たる行為の支柱にあって健康な感受性の堅持された生命体が作られる。こうした思想が幾代に渡り引き継がれて実際の行動に反映され自然反応的な皮膚感覚と備わり、頭に偏した論理に寄らない血流や気質となって実質の主体性が実感される。文化の厚さは、一時の流行で作用される事柄ではなく幾代に渡り作られた根幹の性格であり、これを変える事は死に値する。生きている価値のない生命体というものが、残念ながら実在するのが現実世界であり直接間接の手法を持って対峙する事が欠かせない行動原理からの反応になる。法律等で縛られる事はなく各人の自然本能に従い根源の性質の通りに在る事が健全でありこの反応を間違える事無く普遍の原理にして人間が持続する。ここに在って緊張の取れた精神が宿り体に反映され良質な態度が現れる。道具や物依存から精神の荒廃が進み中枢の本能を壊す事のない生命体に健全性が叶えられる。他律に寄らず自律した反応に在って人間と見做される。この区別を作る事には一定の理解が生まれ適正な感性による対処と認識される。

長期性の軌道

感覚工程を経て自然や人との直接的な刺激と反応を繰り返す中で、次第に行動原理といった規律が創り上げられ、自己を動かす方程式が形成される。自然との接触から器官を通して五感を感じ、生理的物理的な感触を覚え、快不快や寒さ暑さの記憶が頭に残る。人との関係では、どんな態度を示すと喜怒哀楽が生まれるかの経験が積み重なり、記憶と入力される。こうして自然や人との交わりを持ち、基準が作られ行為に現れる。一次体験による積み上げ型の人格形成過程となり、基本的な経路と描き出される。

一方で、本や人からの伝達という言葉や概念、論理という二次情報の入力によって、頭脳的な理解による観念の形成といった行動原理や知識の形成過程が浮かび上がる。感覚を文字で表しイメージが浮かび、その観念を持って感覚に当たり実際の検証から人との異同等を掴むといった流れで表される。何れに置いても、一次体験で自己の感覚を経て確かな体験を通して感覚と感受性が記憶に残り完結性を持つ実感と連なる。ここに、人間の器官の正常な用い方が生まれ心身の落ち着きある状態が創り上げられる。

一次体験の弱い二次情報を過剰に備えた状態からはどこか落ち着かない精神状態による言行が生まれ、自然や人との不調を生みだし力んだ姿や態度が発生する。対象との適正な感覚を欠いた過剰な欲望を保有して歪な行為に及ぶ違和感を表される。過剰な観念の保有や物的力への過度な依存から平常的な感性を崩されて歪んだ発想や行為が生み出される。管理発想過多の欲望と現れ一次的感覚の直接的な自然や人から抱かれる快適性の増進と離れて外界への過剰な欲望の先行した姿には抵抗感や拒否反応が生まれ自然な交わりに及ばない。

このような基本回路に一定の法則性が生まれ、流通の重複的な構造や縦階層の多重構造の縮小へと力が加えられ間接性の因子を減少させる力が投じられる。こうした結果、管理的な工程の減少と共に個々人に力が備わり意義の弱い間接性の作用を省いた快適性が増進する。主体性志向の弱い権力依存体質を除けば、個々人の自然な本能の流れが弱まる事はなく、国家や行政といった概念も個々の力の増進に比例して変容し全体集約的な作用への期待は弱まり各自の自由な活動性が進められる。マスコミ等の媒介的作用も同様であり直取引が進行して全体と個の構図の取り方が変化する。

今日的状況は、個々人や民間の抱く国家や行政観、報道機関に対する意識と後者の側が自覚される意識に、だいぶ差があるようにも感じられます。この実態的力が自然に進行して形式的な構造が後から付いてくるように感じられます。こうした変化の動きに一定の規律が望まれ根源的な価値への期待が強まる。あまり作為性のない純粋な原理による自然な本能に則した秩序が求められ、管理や制御を過度に強要するような施策に無いありのままの原理による個々の安定した自由の促進が強められる。

大きな方向感や軌道はこのような映し方にあり、この流れを基礎に備えつつ共通的な欲望を適正に着実に叶える行政作用への期待と負担の意識が作られて、個々人の物性への過度な進行へは強制力を背景にした管理の仕組みを作り個々の非力さを賄う作用が創り上げられる。個別と共通と根本の形成方法と言い換えられ、こうした図式から見て違和感の生まれる動きには適当な反応が強められて3者間の良好性へと力が投じられる。違和感を客観的に測定する事の出来る作用の向上がこれらの動きを促進し健全性が向上する。

資本主義、社会主義、共産主義といった発展過程とは少々異なり、共産ではなく、実態的な欲望と力と責任の均衡に主体性像を持った健全主義とも言う感覚が進められ、真の平等志向への発想が高まる社会の有様が作られる。健康な感受性を根にして進められる純粋な真理の探究軌道による行き着く世界観と考えます。