美の創造

精神的な健康さに人々は快適を抱かれる。そこから生まれる表現に健康の連鎖が生じ良い気流の好循環へと及び身体的な健康を齎せる。プラス型の楽観基調を持ちつつ重心を抑えた創造性が映って根本を携える動態となり、楽しい中にも安定を備えた表現力に落ち着きある前進型のパワ-を抱く。根本の質感の同質性が良質を作る源泉に作用する。

一過的でない反復のエネルギー循環に及んで心と体の正の波長を作られる。このような快適原理を抑えた創造を持つ事が畏敬の念を根にして平等な心持と適正な構造を描き出す健全な性質からの表現となり、一方向の要望の強い強要的な違和感を起こさずに、外界とのスムーズな交わりを齎す基本的な仕組みと現れる。これが美感を指し皮膚感の快適と心理的な良好さを包含する美の創造原理と表され、根源的な普遍性を備えた人間一般の変わりづらい価値や志向と備わる。

ここから各種の変数が加減され基本公式と応用の関係に及び諸条件が設定されて算出の相違を生む。自己と他者のフラットな認識に対して、所得や資産、職業等の経済面が純粋原理につけ加えられ、外界との対比をとり優位や不利という値付けをして、更に相手方の要望の向きについてお願いする立場とお願いされる立場といった面が加えられ、これらに応じて下座と上座という構造が出来、言葉や態度に反映される。備える価値の自己と他者の認識の一致が根に成り、それを巡って規律が生まれ優位や不利、お願いと応じる関係性が現れ、効用の測定と対価の算定へと進んで一致を見出す過程が生まれる。

根源的な美感の同質性から各種諸条件の認識と欲望と充足の関係と表される。効用を作る価値が先んじ資源の有無が次いで資源配分の合意と至って関係の深化となり「原理>資源>配分」という序列による富の産出と示される。このような一定の調和形成の原型が明示されて可笑しな力んだ姿が明瞭になり、強欲性や適度な欲望等の状態が鮮明化される。物性へ過度に依存して強圧的な態度を取る歪な感性は根源的な美感の崩れを示しフェアな平等感覚に基づいて各種条件等の整理によって適正な在り方が算出される。

この一連の進行を含んで美性が表され過度な欲望を望む姿に美を欠いた性質が浮かび美の相乗性を損ね停滞した状態を招かれる。一部の相手に固執する事無く広く美感の合う対象を探し最も快適な美の創造に及ばせる環境の促進が二次的な施策と配される。こうして市場の意義や効用が謳われ誰もが自由に自身の意思で選択出来る所に健全性が高まる。過度な支配願望から妙な作為を設ける歪な精神を特定し削除する働きも生まれる。

美を損ねる悪性は万人的なお荷物であり人々が出会うプラットフォームへの信用は基盤的な価値を生みこの正常さへ関心が強まりプラットフォーム自体の作り替えや健全性の維持促進の観点が中長期の適正のカギを握る。今日取り上げられる各種ニュースはこうした美感への志向性から事象が特定され局所の事実と一次的な構造や間接的因果への分析が進み、根源原因となる人々の性質面へ思索を進め適正を問う文化の視点が欠かせない。

根源観念の体系を提起して良質化への試みが本書の趣旨と成り盤石な原理の共通性が高まるほどに良質な美が生まれる。現実的な生活の重心を取った美の創造となり、ここに於いて一過的でない長期の価値が生まれ人間性を創り上げる。「その醜さは、どこからやってくるの?」この問いへ真摯に向き合う事から自ずと改善の道が生まれ健康な精神と肉体へと改良される。なぜを繰り返し行き着く先は、ここにぶつかる。醜さの起源を掴みそこを変える事が負への根源的な変化を生む。

本流軌道

本流軌道

裏に籠って逃げ隠れする発想は軌道のズレを表し、各種の矛盾を堂々と表に上げ、改善の作法を投じる事が健全な歩みであり、グレーな事態を良心から補完する場当たり的な施策にも即効性は生まれるものの本質的な改善には届かず、却って停滞を生み出す悪性の事態を作られる。局所と構造とシステムという観点を設けて、局所で解消できない事を構造の変化やシステムの刷新へと発想を回す事が表の歩みを指し、これによる軋轢を避け安易な手法に向かう事は誤魔化しの正当性が濃厚であり、投じるエネルギーや湧き出す力の脆弱さが本来の取るべき衝突から逃げ慢性的悪性の性質を深める。抑制的な制御にも各種の想定が現れ粘り強く我慢すべき事と果敢に改善への作為を取るべき所との適正な峻別が劣ると健全な軌道を外した歩みが生まれる。保身への執着と公の利益との相関の善し悪しへ視線を及ばせ、同一路線の流れを作る構造やシステムへの更新が管理責任者の任務と成り、局所事象を適正な感度を持って多角的な分析を加え修正点の序列を組み、大きな利益に回る手法を投じて責任ある態度が現れる。利己的な場当たり策でお茶を濁す作法は責任放棄を示し役立たずの過剰な力の保有に適正均衡へと是正させ、適材適所に回す事が必須とされる。配置に課せられる役割があり大きくなるほど保身は許されず適正な基準や体系を保有され実践する作法に在って社会の期待と効用の適正が生まれる。責任不足への対処や責任を果たす気概がなければ、大きな欲望を適正なサイズに戻して性格に適する場所へと移動し健康な精神と肉体の実感が生まれる。お仲間意識で公の感性を欠いた判断は過不足を鮮明に表し自己を傷つけたくないといった精神状態と過度な自己愛とも取られかねず客観的な認識を欠いた外界との不調和を齎せる。欲望過多の責任不足が健全な主体性を外した姿であり、求められる責任が大きくなるほどに私情は挟めず、原理追求型の判断と振る舞いが望まれる。場当たりの自己を慰めるような感性では責任放棄であり、向かうべき焦点から離れた逃げの行為と映し出される。根源的な力の弱まりに及ぶ生活習慣や肥満な規則性による感度の下落した状態からは適正な観測や客観評価に陰りを見せ自己へ優位な正当性を作られる。

サイズの修正への契機に成り欲望と力と責任を客観的に測定する定期的な周期を内蔵して良質な気流を停滞させない意識に在って健全な精神が浮かび上がる。こうした制御の基本原則が個々人や社会の背骨に入って良好な秩序の維持と上昇が果たされる。現代のみならず歴史的な大局から求められる役割が起こりこの認識に照らした立ち振る舞いから部分へ偏した執着や過度な保身に及ばない外界との調和が生まれる。分を弁える等と偉そうな事は誰一人述べられる立場に無く、思った感性に従い強い芯からの必然性を掴み、自己客観化を継続できる皮膚感を備えた体質に良好な精神と肉体の絡みが生まれる。自身の体系を堂々と示し外界との真摯な対峙を持って公平公正な納得感に及ぶ優劣を測定し誤魔化しの無い心持に在って正しい判断が導かれる。後ろめたい行為を取る程に力強い肯定感を失い自己慰めの正当性に嵌まって外界への負を与えられる。立ち向かうべき事柄が合っているか。自答自問を成し逃げた性質に及ばずに信念に基づく力を注いで自他を納得させる事へ及ぶ。

主体性の成長

主体性の成長

平和といった万人的価値に対して限定的な立ち位置を持ち特定技術の創造と提供の規則性を構え生存の糧を得る基軸の動態を創り上げる事が社会人の主要な課題と現れる。平和への思索が深められそれに資する特定技術の改良を続けて前進的肯定性の意識が備えられる。ここに在って健康な精神と肉体の実現に及びこうした主体性を各人が意図して日々の生産活動に当たる平和の実感規定が導出される。このような過程で直接的な顧客と職場の人々と仕入先、株主、行政、地域社会、同業者、競合者といった関わりが生まれ利害の程度に応じた対応や要望を示し内外との適正な均衡や良好な提案を作り実施する活動体系が現れる。各対象とは提供と需要と価格という対話の主要な観点が生まれ、同一的な利益の一致に対して権利と義務の相互関係を持ち欲望と充足の実現へとエネルギーが投じられる。以上が民間事業者から浮かべられる協働生産と自立の活動概要を指しこうした一般フォームから見て各人の個別状態を把握し必要に応じて外部関係者へ自己紹介と活動状態を御案内する事で主体性や領域の姿が示される日常的な姿が描かれる。外界との協働や共生の構えを根に生産技術を向上させ関わりの広がりや深まりに及び、期待と効用の充足を叶え過不足への衝突や対立が生まれ調和を見出す持続的な活動が展開される。外界との適正に及ぶ主体性の質量の変化という自己制御を遂げる切れ目のない動態に置かれ一定の緊張を持つ精神に縛りが掛かり肉体に反映され肥満や邪な発想に至らない健全性を常態する活動者に及ぶ。需給構造の格差から物性的な力への依存に及ぶと真摯な外界との対話を欠いた作法を用いる歪な感性が生まれ次第に外界からの期待は弱まり糧を得られる機会を喪失する。特殊な技術な程に期待は高まり力に応じた責任を求める要望が進められ構造の健全性が叶い技術の特殊性からの怠慢に陥り易い構造に自己を律する感度が生まれて心理面の健康な状態が持続する。外界から求められる以上に自己開示を果たして自らを働かせる仕組みが作られ長く良好な規則性と化す性質が備わり他者から言われるまでもなく自らの体系や原則を持った自主内発の主体性が図られる。これらの基準と過不足から未来に現れる栄枯盛衰の予測が立てられる。自他の認識の異同が態度に現れ行為の実際に真実が生まれ客観的な判断を下す人々の感性が実在する。自己領域と利害関係者の直接的な対話を主に質感を掴み正しい根拠と制御に在って良き歩みが果たされる。間に妙な動機から横槍を投げる歪な生産者がしばしば現れるものの自己体系の確立と真摯な改善意欲が投じられ微動だにしない確信を持つ活動が進行する。実害に及べば被害を賠償させ又は人の争いに巻き込まれない原理を基盤に確かな判断を持つ健全な生産者が作られる。ここから一歩進んだ積極的良質性の拡大が生まれ提案力の強い生産者と認知され原理を率先して開発する主体性が現れる。外界に過剰な原因を求めず自らの意思と行為に良識ある自覚と責任を備える毅然とした性質を宿し人々との良好な共生感情を根に持つ建設的、開拓者において真の調和が響き渡る。人の評価等を大層な構えで安直にやる肥満症は迷惑千万であり直評価に健康が作られる。旧態的なお上の体質は20世紀の感性であり明確な尺度や限定の上に個を配置する理性に適正が示される。

因果応報

1)因果応報

快適や不快という言葉は、生物的・物理的な反応から生まれる感覚を指し、人という生物や動物の器官作用におけるプラスマイナスの事象と抱かれます。これに人と人との間で生まれる両者の心理的な良好性を抱く感情が生まれ、基準的な平等感覚を下にプラスやマイナスの誤差が生まれる。期待に対する効用の一致に普通という感覚が現れ、期待よりも少ないと怒と哀、期待よりも多いと喜楽といった相手方に対する感情が生じる。単純抽象化する生物物理性と心理性の因果と表される。

こうした中で、各自の生物物理的欲望の起こりに、共通的欲望を持ち、有効に充足する方法へと及んで、協働生産や共生の在り方へと進行し、心理的な良好性の為に、平等の観念をベースにして公平公正なエネルギーの投入と成果の産出と分配の在り方が求められる。この面に理性という概念が備わり、基準尺度の形成と適用の適正を図り人と人との快適への欲望が生まれる。

人間という概念は、こうした中で浮かび上がり、理性を備える感性の所在が確認されると、一方向的な願望を無理強いする性格にはない、自己と相手方の意思や欲望を適正に見出そうという志向性や価値観をもつ対象と認識される。共通の欲望とそれを叶える有効な方法と、方法に当たる各自のエネルギーの質量という点から、納得性に及ぶ成果の分配を成し、持続的な改善の発想を基調にもって欲望の質量の上昇と充足の向上へと探究が進められる。創造性よりも吸収へと意識が向かう程に、欲望を叶える有効な方法への熱が弱まり、分配が減少するか、物的力の方法を多用する反応が強まり、心理的な感性の充足よりも物的合理性の感度が進み、人と人における感受性よりも、生物物理的感覚が深まり、機械的合理性の割合が増す。人間という性質よりも、動物的な快不快感に鋭敏になり、少しの違いに敏感な態度が現れ、相互的利益への志向よりも単独的な快適への執着に及ぶ。この動的流れの増進に在るのが、近代的な合理性を起点にする現代までの基調となり、欲望の画一性と単独性や無機質性という性質が創り出された。頭に寄った手足との分断的な作業性が進行して、物的力による支配や制御の生産性へと到達し、感覚と頭の連ならない歪な体質が作られる。これへの反作用が少しずつ現れ、人と人との生身の良好な感受性への欲望が起こり、心理的な充実への発想が生じて、上述のような意味の理性への価値が高揚し、物性と理性との程良い在り方へと欲望が向けられる。

こうした過程から集約される価値観が、本書で言う「健全性」であり、科学技術と人間との実際的な体験と検証によって生まれた本能的な感受性と現れ、物的一面への感覚を望まない心理的な欲望の強い動物である事が確認される。歴史からの成果とも伺え、成長という概念の適用が適正に思われます。経済先進国と呼ばれる人々における共通的な体験と学びのように推察されます。こうして出来る根源的基盤が普遍的原理に配されて、一定の人間像への共通性が高まり、それを根にして二次三次の原理へ反映する因果へ連なる。

一定の我慢を覚え制御力が高まり、技術等の投入に対して多彩な因果の実感を浮かべ、正負の勘案力が進み、適度な準備や配慮を事前的に整えた生産に及び、そして新たな知見を得ながら、事前型の知恵が積る。それを定期的に集約して規律を与え、高度な抽象原理へと昇華させ、量から質の形成と質の上昇と量の展開の周期が生まれる。根源的基準の更新は各種の規定に方針を与え、構造の改革へと連鎖して、個別事象の変化に及ぶ。

以上のような長期の時間や空間の範囲で浮かべられる外界と主体を含んだ対象の現象化と映し出され、一定の未来形成へのビジョンに配されて、大きな狂いに及ばない健全性を基盤にする自律と共生の創造世界が描き出される。欲望の質量の上昇には、それを叶える力や方法が要り、そして各種の影響を実感する多変数の学びを持った責任感の行使により、健康な主体性の形成と認識が進められる。自己と他者との認識の異同が態度に現れ、刺激と反応の軋轢へ及ぶ。物性に過度な依存をした調和策では、万人的な納得感は得られず、良好な理性の実感に至って支持や協力、協働や共生の適正が進められる。独り善がりの物性へは、確固とした理性を持って反応する人間性が生まれ下限的な規定を守る力が進む。自主内発の良心を求める本能が短絡な力に回らない人間の背骨と備わり普遍の原理と固められる。馬鹿は必ず報いを受ける因果応報の原理が強化される。

1)文化への問い

日常的には、食文化、建築文化、衣服の文化等、文化という用語に○○という限定を付すか、各生産の共通項に文化を付すか、という思索を経ながら表現が作られる。後者の側は共通型式の形成過程で特定生産事物と過程と他の領域に見られる共通項を抽出して同一グループを設ける総合性への思索を表す。自然環境の影響が反映し各生産の様式に現れ統一的な特性を浮かび上がらせ社会的な性格を掴み、自己の認識と他者への伝達等を持って相互の良好な理解と尊重や刺激を得て新たな発見や関係の深化が作られる。定住空間の快適な様式が創り出される一方で、規格量産的な物理性の原理を取り入れながら、個別と均一、独自性と汎用性といった、分化と統合、維持と変化が作られる。統一性を求める発想と分化させたいという境に適正感覚という基準が備わり、大きくなり過ぎて制御が乱れて負を与える事態に適正サイズへと分化して領域内外の健全性を図る事や、個々の共通性を見出し同一的な管理を持って効率性を図る事や求心的な意識の寛容へと運ぶ総合化の流れが作られる。個々の事象の積み重ねとそれらに抱く不快や問題意識が基本的な動作の方向を生み適正を見出したいとする人々の欲望が起こる。基準感覚と強弱、基準とプラス・マイナスという感覚を備える理性の反応と言い換えられ、基準に対して快不快感が起こり、基準への熱を投じる流れか、基準自体の更新という大きな変化へのきっかけ等が生まれる。こうした事象を掴みだす根源的な観念を持って深い思索を備えた因果関係を把握し、他者との共通的な方角感や基調を揃え詳細な施策への基本的な性格を与えて規律を持った創造が図られる。根底的な質感が揃う程に個別への波長が整い基軸を持った自由度が達せられる。文化という集約的な観念を作りだす発想には統合的な欲望が備わり同一的な共通感性を見出し良好な土台を下に個別を生じさせる基調と表される。

空間を超えた多種多様な感性の交わりと質的変化に対して根源的な普遍原理の強固な柱が確認されて、中小の異質な事柄への適当な計測や峻別を持って真に価値ある事柄に重心を持った対処が生まれる。付和雷同的な過敏反応に陥り受動的に落ち着かない感覚が進む事へも負の事態を招き根の良好な土台感を備えて外界との適正調和を見出す所に健全な主体の在り方が映し出される。そして、一歩進んで過去の学びと持続的な向上心から未来への挑戦的な要素が加えられて、絶える事のない新鮮な感性を備えた活動性に健康な精神と肉体が宿される。正気を備えた基準と誤差との把握や試行の創造に於いて極度に取り乱した作法に寄らない漸進の姿が作られ、健康な発想を含んだ歩みが図られる。気が振れた活動は外界へ負を与え健康な精神と肉体を欠いた姿を表される。根源の土台感の形成が良好な変化を生みだす峻別の感覚に至り真価の見極めに反映される。健全とプラス・マイナスという構造が創造の出発点になりこの認識の取り方が各種事象への性格を与え変化への適正が測定される。健康像という人々の快適性を示し実像をどんな場面で実感するかこれが基準感覚を示し文化の性格と取り上げられる。普遍的な良質さを抱く振る舞いや様式への思索を持ち表層の創造に連なって地の付く力が生み出される。人を小馬鹿にする頭脳に偏した透かした振る舞いは日本文化にはそぐわない。盗み癖の慢性化に根の病んだ事態が明瞭に浮かび上がる。目の前の姿を直視せず遠くばかりに視線が及ぶ宙に浮いた感性が際立ち目に着き、何かに、被れているように映し出される。

1)根本的行動原理

1)根本的行動原理

平等という感覚を根に万人的に納得が及ぶ原理の構築へと向かう発想に健康な精神と肉体が生まれる。他者との同質性を抱き同じ人間という意識を持って協働や共生を志向すると共に各人の個別性が生かされる調和の付け方に快適感が生まれる。堂々と後ろめたさを感じる事のない清々しい歩みを持って気持ちのよい精神状態と肉体の絡みに及びここに理想と成る人間像が描き出される。人々との良好な心理的感性を抱きたいといった所与的根源の本能とも伺えこれを作りだす為の各種論理が形成されます。こうした志向性と探求のベクトルを取るのが、本書の基本的な立場でありこの同一性が揃って同一路線による真摯な原理の創造性に及びこの相違が生まれる人もおられる事でしょう。違う所へ行きたいという人々と積極的に交わる事は無く同一的な志向性の人々と良いエネルギーの集積を持って良好な世界の形成へと自然な感性を投じる事に快適感が現れる。根源的な感性の違いは無理に同一化させる発想よりも同じ感覚に在る人との協働性に及ぶ事が自然な創造と発展する。同一的な尺度を基準に自他への公平公正な適用を持って清々しさが生まれ妙に偏った自愛によって適用の歪んだ解釈を取り他への不快を与える事に不快を抱かない感性には抵抗が現れ志向性の異質さの実感が生まれる。この辺りの感性が揃うかどうかに人間性の描き方が映り大きく異なると二次三次の行為もかけ離れ長く良好な協働や共生には至らない。こうした面に文化という長年の皮膚感覚が作られ根源的な快適性と現れる。物性依存症の皮膚感と質的な相違が現れ所与的性質の違いは無条件的な不快感に及び短期的な経済性は度外視した反応が生じる。ここへの無理な関わりは持つ事は無く同じような人々との根本の感性を保った歩みが図られる。内面の醜さは理由の付かない拒否反応となりフェアな精神の劣る感性に文化の違いが現れます。人間平等への本能が個別場面に快不快を起こし各人の考える平等感覚を示す正当な論理が表され自他との異同を確認し同質に力が注がれ平等への協働に及び人間の本能的な欲望が充足される。生物物理的感覚や欲望に対して心理的な面が前者への制御と作用し適正な釣り合いを引き出す調和の作為が投じられる。こうした根本の感性が幹と成る論理へ反映し枝葉や実という実感場面が想定され全体ビジョンと描かれる。その実現への熱が注がれビジョンと感覚の整合への持続的な規則性が生まれる。堂々と姑息な手法に寄らない平等の実現性が保たれて健康な精神と肉体が生まれ物性への過剰な依存による真摯な対峙を欠いた振る舞いが不信を積もらせ小さな欲望の為に取った歪んだ行為が大きな信頼を棄損させる。科学技術を多用する生活スタイルが密接に相関し生身の感受性が薄くなり利己的な性質が進行して物依存の感度が深まり人間性を破壊される。平等への意識が脆弱化し言行の矛盾が顕在化し精神と肉体の分断と現れ外界への過剰な要望と至って欲望と力と責任の不均衡や詐欺や盗みに走る。力の用い方に反映され平等への志向性と外れた一方向の欲望が強まり適正な均衡感覚を欠いたアンフェアな態度を常態される。だからどうしたという人も現れる事かもしれません。これに不快を抱く感性との自然な連なりが生まれるものと思います。

健全な活動の規則性

様々な思いつきの意見が出される事は健全であり、そこから思いもよらない発展に及ぶきっかけとなる。これを過度に縛る感性にも弊害が生まれる。そして意見と実際の施策へと知恵を出して欲望と負担と実施水準を作る過程が進められる。予めに備わる過去の経験と未だ不明な事柄とを実際に稼働しながら検証が図られ質実を掴む感覚と頭脳の循環に活動の基礎が取られる。原論過多と物性進行との間の適正を図る観点を持ち実質を掴んで活動に反映する周期に在って落ち着きある健康な精神が宿され、そに人間の安全安定の装置が生まれる。質感を掴めない事が恐怖心を深めヒステリックな原論や行為を生む。質感を掴む事へと体が動いて真実を体感しそれを下に落ち着きある挑戦や向上への行為を生みだす感性に健全な創造者の姿が描かれる。この循環を増進する中では正負の事象が少なからず生み出される。しかし、何もせず受動的に頭で留まるよりも真実を掴む歩みに在って真の知が生まれ後に有用な資産を作る。ここに健全なエネルギーの吸収と発散の流れが生まれ成長の軌道が生まれる。

見たくないものへ目を伏せ、実態を歪めては、真なる創造者には及ばず、美も醜も真摯に向き合い、美は増進、醜は減少といった自然な反応が現れて不動の感受性が確認される。動力の源が適正に備わり体と頭の作業に及んで健康な精神と肉体が作られる。こうしたスタンスをベースに、開拓型の活動性を意図する文化に持続的安定と成長の軌道が生まれ、長期に渡る普遍の原理に固められる事が生命への謙虚な感性を示し限りある命を重んじた態度に思われます。

文化政策の基軸焦点

外交は言論表現ばかりで捉える事無く、実態的な産業経済活動の中で作られる。各人が備える物的力の差が生まれ、その原理に乗った関係形成に働くのが感覚的な動物的人間の側面であり、これを適度に抑える為に下限的な制約の観念化と実態化という活動が作られる。市場の原理で動く産業経済と中長期の安定を意図した秩序を図る政治行政の基本的な領域の意義が備わって、物性を理性で程良く調整する軌道に持続的な安定と繁栄の道が生まれる。この理念とビジョンを達する民主主義や、自由主義、法の支配、人権概念等が基本的な価値観と高められ各概念の普及と認識が進められる。しかしながら、一般則としての認識と、個別場面での適用に解釈差が現れ、不協和音が発生する。

こうした価値観の具体的な実践の側面は、物理的な力の差に対して力に等しい自制力を求める事や、一歩進んで育成の概念を備えた協働を作られる所に、実際的な理性の所在を実感する事になり非力な立場への公平公正な教育機会の提供や情報格差の予防という仕組みづくりが進められる。これへの資源提供への理解と実践の秩序が高められ、機会均等の制度化が促進される。言論による普遍的な概念の普及やイメージ戦略等という範疇で留まる事へは実質的な物性と理性の調和を見出すには及ばず、実際的な各種の規制による縛りや機会均等政策の推進によって、両面の適正を図る人道という理念と実践の焦点が掴みだされる。

ここが、インフラとして社会のセーフティーネットや生存や成長への基盤となり、当たり前に万人的に受益を授かる事があって現実的な力の格差の是正に働き、物理的な力による固定化を緩和させ、貢献力に応じたリターンを促進してエネルギーの動態を向上させる力と作用する。こうしたビジョンの推進や実践主体に人々の求心力が創り出される普遍的な価値観の強固な認識を万人的な基礎感性と創り上げ、それへの負担へ理解を示して底の厚い良好な人間世界が生み出される。

物性を自主内発的に制御する事が自律心を備える人間性の中核要素であり、力が増加するほどに外界から当たり前に強い要求が課せられる反応に健全性を保つポイントが生まれ、影響力の増進には広く深い見識と対応力が求められて、物性原理による一方向の軌道に修正が及び、共生や永続を志向する循環の流れが作られる。

こうした論理に、根源性を備え皮膚感覚と浸透するほどに、健康な精神と肉体を持つ主体性が作られる。物性を利己的欲望に歯止め無く回す姿へは歪な精神性と映し出し、公権力を背景に適当な要求を強める事が権力の存在意義であり、これを間逆な流れで用いる人格には適格性の欠如として配置を与えない根本原理を堅持する事が変容しづらい健全化策と描かれる。精神的健全性と強固な自制心が力の保有や利用には必須に求められ、頭や原論で留まり体の行使が見られない精神的な破綻者には相応しい配置を与える事が賢明な対処策となる。良いも悪いも経験しながら次第に真価が見定められ、精神と肉体へ固まる過程を持って実態的な人格が生まれ、工程の省略を多用するほどに、或いは特殊な科学技術力への依存によって力を備える過程で在る程に、頭と体の分断的な主体性が作られ人格面の付いてこない物性依存の実態が露わになる。これらの力には、適当な感度を持って縛り精神との均衡を図る事が欠かせない普遍的な原理に望ましい。

行政や財界への透明な観測や監査が怠ると、歪な力に擦り寄った依存的な発想が進行して、健全性を損ない感覚が拡散しチェックの働かない固定化と格差が広がる。報道機関の役不足やシステム的な欠陥への改善なしには本質的な良好化には及ばず、構造的な刷新へ取りかかる強い主体性を作り、力の依存や不適正な利用に歯止めをかけシステムの健全化が達せられる。評価のみで留まらず、理想の型枠を作り実態を客観化し正負の適正な共通認識を高め負の動力源に切り込み、対処や予防に及ぶ制度を設けて公権力を背景に強制させる事が具体的な人道と描かれる。個々人のレベルの意識の上昇策と共に、フォーマルな制度の構築と同時並行的な進行で性質の変化が生まれる。こうした論理の共通認識を進める事から始まり、観測や評価に反映され、制度と運用に連なって実際の変化が遂げられる。性質面の改善には相応の時間を要し、しかし着実に前進させる意識が常に備わって健全な主体性を落とさない歩みが果たされる。

声高に、人道策や普遍性を原論ばかりで主張され、やってる行為が間逆のような人格と映る事も少なくない。悪性と良性を見定め、裏表の激しい精神分裂症という実態を表す事も文化政策の範疇に及ぶ。

1)哲学や思想について

個々の経験から快不快の感受性を抱き、問題の特定と改善への思索を繰り返す中で、次第に焦点が絞り込まれて領域という立ち位置が創り出される。この過程から領域の体系が描きだされ、現況をそこに乗せギャップを示し、そして方法を提示して体系への実感に及ばせる事が活動の主要な道筋に思われます。

あれもこれも視点が飛んで中途半端な批評は却って質を落とし、どこかに絞り込んで欲望と充足の構造を取り有用な型枠の形成と観測と評価と改善手法を考案し実施と検証のサイクルを回す中で多彩な実際的な発見が積み重ねられる。それを抽象集約して方法論自体や価値観自体への向上という哲学的な考察の周期が生まれ主体性が作られると共に合理的な方法論の多彩なパターンを持って各種の想定に的確な改善案を講じ効用を達成させる技能が創り上げられる。哲学自体を領域に取り根本的な価値の創造というスタンスを持つのが本書の文化論の範疇で在り領域の分化を取る以前の根源性や志向性への確かな提起という課題を持って普遍的な原理体系の思索を深め根源的な共通観念を形成する事への挑戦が繰り広げられます。この面が専門領域の技術の用い方へ納得性の高まる価値観を提供し専門哲学という基軸に及んで領域の作り方への軌道を形成し確かな理念と技術の相関を備えた生産性が果たされる。抽象原理を哲学や思想等という言い方で示され個別具体的な課題の抽出や対峙の構えを作り健全な精神の下に感覚的質感を投じる活動が想定されます。政治や経済、産業や自然科学など、これらの細分化が見受けられ欲望と充足の構造を持って人間の欲望自体を含んで定期的な改善を果たしながら次第に固まる人間像が思想と言えるように思います。特定分野と持続的規則性の経過から所々で集約的な感性を作り個別体験に反映して更に集約の作業を意識的か無意識のうちに執り行い生産者の骨格のような気質が創り出される。それを絵に表すか、どんな表現の仕方を用いるかは様々であり様式には多彩性が生まれる。こうした点からも多くの人に哲学が実在し作り方や表し方には一様ではない。当方は神道や仏教を根にした縁起物制作と販売という活動を主にして人々との対話を繰り返し次第に形成された思想を『日本文化原論』と題して纏めました。個別具体的な活動自体に伝統慣習や思想の性格が内在し一般の生産活動とは少々異質の哲学自体への探究と形成を主要な焦点に作られた体系となります。特に普遍性という根源的な原理の形成に意識が注がれ万人的な汎用性に及ぶ可能性を持つ型枠を示す事によって個別哲学とは異なり一種の専門的知見という自伝の範疇を超えた万人的根源性への問いと解答の産物であると考えます。各人の物性的な力が増進されて短期性の感度で支配的に陥る今日的な傾向に、健康な精神の変わらない性質を備えて極端な要望や異常な行為に自制がかけられ相互尊重の構えを持ち破滅的な衝突を回避する持続的な循環の系を描いた調和の叡智が現れる。こうした志向性や欲望を抱く所に根を共にする同一の人間性が生まれる。自主内発の歯止めの掛からない脆弱な精神の破綻した事態に警鐘が鳴らされる。時短的な感度の進行は体を通して創り上げる観念による感覚の適正な制御作用を弱め精神面の痩せ細った性質を深められ自己本位の物理性を加速して根の貧弱な機械性を促進する。こうした面から思想の意義が訴求されアナログ的な良質性の弱いデジタルの活用や本ばかりの知識の形成は本筋の軌道を外した人間形成となり体と頭と心の循環を持つ有機体に正しい感性が宿る。

成長への歩み方

坊ちゃん的短絡発想の成長理論からの脱却が望まれる。適正な分布、適正な調和という概念が有機体の成長におけるいわば条件となり、有機体外部への接点を強いインパクトで表し外からのエネルギーを得る方法か、接点が多種あり訴求は弱いが着実な繋がりの多面化を図るといった有機体外部との関係形成における方法論の相違が生まれる。一極集中化と多分散化という形になり、頭ばかりを成長させるか、手足をも一緒に成長させるか、体の発育についての作法が生まれる。在る程度手足に吸収できる能力が備わっている状態であれば、満遍なく各自が成長できるように促し有機体を分化させ、個々が大きな有機体と育ち局所的な単一の有機体よりも全体として大きなエネルギーの吸収と創造を持つ体形が生まれる。これを意図して分散と各有機体の成長という方針を持つ事に長期の適正な軌道が映し出される。一極の弊害が目立っているのが現在の日本社会の都市の作りで在り責任に対して過剰な権限を保有し、有効な生産性に及んでいない状態を齎せていると推察されます。この肥満的な状態が内向きのエネルギーを起こし、欲望と力と責任の不均衡にあり歪な精神状態の下に歪んだ物性依存型の行為が取られエネルギー循環の適正を欠いた体系が作られている。この構造上の歪さを変える時期にあり、この遅れがますます力の格差を広げ物性原理の進行による健康状態と離れた人間性を創り上げる。根源的な価値の変化に及ぶ事態でありこれに深刻な感度を充てるかどうかの意識の相違が生まれる。シャンパンタワー理論は、健全な人間像から見ると単純容易化で感受性の良好化を軽視した発想に映り、起案者の生い立ちや性格が顕著に浮かび上がる。適正均衡を作り緊張ある勢力関係に於いて、歪んだ性質の深まりを留めるに至り物理依存の制御力を欠いた精神にあっては人間性の歪んだ面が深まる。文化的観点からの正攻法の歩みへと軌道を修正する事が確かな人間の上の技術開発や利用に及び、その条件的な基盤づくりを優先的な順序に配した成長化策に適正が映ります。少々粗雑な表現でありますが、大きく間違っていないように考えます。