文化基盤

1)文化基盤

頭での作業は全体的なフレームを形成し個別を配置して割合感や相関を掴み把握する事への欲望となり、個々の事象を何がしかの構造や動態の上にのせて直感的な反応に制御を与え、主体的な自己の下に事象の把握や創造を遂げようとする操作に及ぶ。自己の思うが儘に対象を動かしたいとする本能にも思われます。その感性に対して他者の感性が同質的な志向性に在るか異なる所はどこか、異同を確認の上に同質性を見出し方向性を整えて協働生産の規則性が創り出される。こうした立体的且つ継続的な活動へと押し上げエネルギーの集約と投入を成し反応を受け学びを得る循環的な活動により精神的な安定と安全の下の挑戦や成長を繰り広げる所に健康な精神と感覚の宿る体質が生まれる。外界への技術を提供しそれへの効用を抱かれ質感を実感する事に於いてエネルギーの発生と返還の実感を掴み自信が宿されると共により良い期待へ応じる力が注がれ、感謝のエネルギーを吸収し創造の変換と提供に及ぶ有機体の定常的な仕組みが生まれる。考えた事と実践と検証の規則性において質実を掴み落ち着きある精神が生まれ、外界との適当な調和を見出す反応が創り上げられる。この規則性と外れるほどにエネルギーの投入に対して質感が掴めず落ち着かない精神状態の下に過剰な力み等と現れ外界との不協和が高まり分断的対立の構造が広がり、それを更に力んだ反応で制御を果たそうという発想に陥る程に精神の不安定な状態へ回り行為に反映される負のスパイラルが生まれる。適度な周期で外界との反応を掴み善し悪しについて自他との共通性を把握する社会関係が備わって一方向的な技術や表現に寄らない共通感性が作られて、安心や安定を抱くと共に期待や喜びに連なる新規の発案へと探究心が進められる。対象範囲が広がる程にこうした実感を掴みきれずに不安な主体性に及ぶ事に対して適度な限定を作り質感の得られる創造事物に及ばせて欲望と力と責任の大きく離れない構造と動態を持つ健全な主体性が作られる。力の注がれ方に良い集中力が定まり効果の実感と対価の適正に及んで内外の適正調和感覚が生まれる。こうした基盤的な安定を備える事が文化の形成となり特に生産活動において実践の過程が生み出される。感覚と観念との間に多段的な節目と連なりが見え、身体と頭脳の整合を持つ体形に健全な感性が宿り、頭ばかりの観念の整合に偏すると感覚的な実感を掴めずに自己の確信的な肯定感が得られず迷走や不安感が生まれ自信を掴めない創造に陥り言葉に生きた力が感じられない表現者と映し出される。これらの土台にフラットな感性が程々に備わって外界からの反応に耳を傾けられる新鮮さに好奇心や向上心の源泉が生まれる。専門性を作り提供しながらうまくいかない現況に対峙すると共に外界と自己の側に在る問題の原因を把握する中で、主体側の健全な感性の形成に基礎や根源概念への探索が進められる。この向きに回らず物性的な力で強圧的な制御を意図される所に反発が強まりそれを更に物性で押しつぶす感性に精神の根を壊した性格が映り根本的な感受性の破損を抱えた生産が進められ負の影響を広げられる。長期的に見る健全像への対峙と修正を直接間接に半ば強要し適正軌道への修復を図る作用が恒常的に組み込まれて、中局や大局からの補正が取られて局所の適正に連ねられる。感覚の強まりと観念的な表現とを繋き物理性や理性の一面的な流れに適当な調整を果たす教育文化の強化が目立たないながらも所々で作用する事に在って基盤の安定が生まれる。人間の性質を改める構造の変化によって個別事象が生まれる。当たり前の躾が取れない性質は何を述べられても真剣には耳を傾ける事は無く自然淘汰が進んで健全性が復興する。これを阻害する因子を除去する事が急務となる。人間形成過程の見直しを含め自律出来ない感性には他律で行う以外になく落ちぶれた個々人への適正対処が必須と思います。

哲学

哲学

人間の根源的な動作への思索を整理する事は、各種の創造へ基礎を備えた真理を引き出す上で有用に思います。例えば、「法律」とは何であるかを規定するのに、予めの基準を設けてそれを根拠に公平公正な適用を果たして平等思想を実現するという考え方が導出される。ここに人治という属人的な支配構造に寄らない万人的な意思の集計と多数の考えを持って物事の進行を図る法による支配への正当性が描かれ、人間平等の精神の実現を果たす論理が生まれ、国民主権や民主主義、法による支配という普遍的な価値と抽出される。これをより深い焦点から吟味する事が哲学等の根源性を探す領域からの思索に成り、そもそもの人間の基本動作が示される。同一感覚を意図して感覚から観念を起こし、言葉や概念で「○○の場合に於いては」、「いつどこで、誰が何をどのように何に向け行う」「なぜ」という点が明示される。諸条件の想定に対して、「どうする」「なぜなら」という事を定め判断や行為の基準が設けられる。この事前型の準備を重んじた活動が意図され理性を備える人々の適正な動作が見定められる。しかしながら対象は一時たりとも止まる事無く動を本質に持ち、諸条件にも多彩性や無限の想定が生まれ予めの一様的な基準を設け適用する有効性は必ずしも図られない。こうした事から弾力的かつ柔軟な基準への認識が取られて動態に適する微調整を持った感覚を含んで判断や行為を執り行う実際的な様相が浮かび上げられる。こうした面を抑えた上で基準や法律への適正な対峙を取り頭脳寄りの作業と感覚的な側面との適度なバランスを備えた実際の活動を図る事へと及び、動である対象との適度な調和を作るものと成る。更に、過去の実績や規則性の面と新規的な変数を加減させた原理の形成への認識が取られ、過去踏襲型の比重と未来新設的な創造の違いを見据え改善志向を基調にする活動に健康な気流が生まれる。新規の発見を繰り返して今に及ぶ高度な技術を創り上げた歴史を鑑みるならば新規的変数を試行する事の意義が確認され、意図する結果に及ばない失敗であってもそれが資産になり高度な欲望を達する材料と蓄えられる。

有限の生命体を如何に持続的無限の循環系へと押し上げられるかに創造力の価値が生まれ、即効的な事柄から規則性や周期を導出して再生産へと高める生産の本義が現れる。予めの知恵が重なると共に質の向上を持って新旧の知恵を取捨選択し、次元の上がる創造体系を意図する軌道に在って、挑戦型の意欲を減じさせない生命体の躍動や精神の堕落の予防と連なり良好な動機に価値を抱く文化や文明が作られる。以上のような根源的な問いや思索が各種創造への基盤の厚みを与え適正を導出する根拠に備えられ一定の納得性を持つ解の導出へと作用する。どのように適正を創り上げるかに対する方法と言い換えられ、深みある根源概念をベースに感覚と観念と感受性を形成する歩みに健全な人々の活動が浮かび上がります。法律と産業、政治と経済、等の概念を観念と感覚といった視点を持って、適正を見出す地に着いた思索において制御性の高まる論理や生産へと連ねられる。立憲主義等の言葉ばかりが躍るような対話の在り方には地から離れた人格と映し出され、体を用いて言葉を作る習慣の希薄性や脆弱化とも映り健全さを欠いた体質にも伺えます。学者等が作った二次概念を自己の体験に溶け込ませて体内化する過程が乏しいと真相を抑えきれていない軽々しさや奢った精神が映り安い生産者や人格破綻者が生み出される。人間が何を望むのか。人間側の意思を過去の教訓等から根源的な視点を含んで事前的に創り上げると同時に変容に在る対象との真摯な対峙での感覚や判断を重んじる生身の様相が描き出される。時々に最良な判断を導出する事の出来る日々の規則性に重心を持つ人間形成に適正が映ります。

日本人の感性

有名な人、派手な外観、でっかい会社、多くの人口、広い国土、豊富な資金量、膨大な軍事力、等々、個別的焦点に浮かぶ物性的な観点による事象の描き出しになり人々が率直に浮かべられる力の概念に思われます。この物性力に対して心理的な面に現れる労わりの心が人間の本性に備わる他の生物を凌駕する優れた性質に成りここに種の永続的な繁栄を齎せる起源が生まれる。

人間の感覚器官等の生物的な仕組みから、それを満たす物性的欲望と充足のサイクルが生まれ力と行使による実現を図るエネルギーが投じられる。他よりも多くの資源を得て大きく成長を図りたいといった動物的本性が内在する。協働生産体制を築き他者の力を借りて自己の欲求を満たす発想が進行する。こうした原初的志向性は多くの人が同時に併せ持ち、自己中心的な強欲をそのまま押し通す事の困難さに突き当たり、公平公正な基準と適用の仕組みを持って多くの力を一つのベクトルに絞り込み力の集約を作りだされる。つまり心理的な欲望への配慮に否応なしに狭まれ、貢献に等しいリターンに在って健全な感受性の維持と向上を果たし欲望を実現する作法に及び、このような筋道で物性と理性の基本的な相関が示される。

そして、物性的な欲望ばかりへ偏する事のなく人々の心理面への充足自体が自己の欲望の重心に備わり、他者へ真に喜ばれる利益の増進を意図する普遍性や真理を探究する軌道が増進し生産者として大きな成長を持続的に果たす理念と浸透する。ここに在っては多くの各種矛盾と感じられる事象に対して、理想と在るべき人間性像を根本の尺度に於いて純粋な適用をもって、事柄への解決作法へと力が注ぎ込まれる。真理や真価を追い求める発想による解を算定し、物性的な力による壁を乗り越える原理を探し真の喜びへ運ぶ軌道に突き進む。この道筋への困難さから容易な対処策へと視線が向かい本流軌道から逸れ、自己慰め的な手法を取り満足する普遍性の追求との乖離が生まれる。

「僕ちゃん、悪くないもん」だって「あっちの人々の頭がおかし過ぎるもの」よって、「こうした方法を取る以外ないじゃん」というような正当性を組み、妥協を繰り返しやがて感度や皮膚感に成り人間の性質と固まり通常感覚の正常値と作られる。

物性の単純利用による欲望充足に対して、心理的な欲望に重心を持った物理的力の利用が堅持されるほどに、これを根源の普遍性とした論理を描き、どこまでも進む真の利益の創造軌道が生まれる。生産当初の関心には各種各様の御縁等から、きっかけの相違や生産の限定が生まれるものの、根本の心理の良質性から普遍への太い軌道が備わり、幅や深さへと焦点が広がり、特定領域に留まらない実感を起こして真理を掴みだす熱が投じられる。上る入り口は各人異なるものの性根に備わる性質の同質性がエネルギーの質量に反映され、探究の焦点の同一路線に及び普遍的原理の一致へと昇華して直接的な生産と抽象的な原理の世界が創り上げられ、普遍性の心境に意識を持ち頂上付近で自然に合流する事になる。

妥協を重ね続け姑息さへの道を取り続け逃げに逃げを重ねた生き方と、真っ直ぐに心根を変えずに歩んだ人間性の違いは明瞭に起こり、発想や論理に顕著に表れる。「僕ちゃん、悪くないもん」の自己へ緩く他者へ厳しい反応を続けた性格と、厳しい道でも真理を貫かれる性格との差と及び、体に染み込んだ原理の違いと創り上げられる。この根源的な面に浮かぶ性格が長期的なスパンで掴みだされる人間性や文化を表し表層的な事象や個別場面での振る舞いに反映される。物性の力へ従属的な性質へと深まる程に真理を感じ取れる感性は弱体化し短変数の方程式による物理性を浸透させ感受性の貧困さと連なる。どんな道を選ぶ事も強要されるべき事柄には無く自らの望む人間性を創り上げる事になり、正誤や善悪美醜を安易に他者が評する事へはそれ自体が物性を指し本書の理念と外れた作法に及ぶ。自己の型枠を創りそことの比較を主にして、他者との過度な対比に寄らない主体性に在って心穏やかな精神と身体の形成に連なるものと思われます。恐らく勝手な想像に成りますが、こうしたスタンスに多くの日本人の感性が映し出されるように感じます。

1)価値の序列と全体観

システム概念は外部からエネルギーを吸収し根本と基幹と枝葉という内部構造でネルギーを変換し外部へエネルギーを創出する循環系として全体が示される。これが有機体の基本的な仕組みを指し、人間という生命体にも同様に適用して個々人や特定集団、集団間や地域といった範囲の広がりを取り、現況状態の認識やそれへの快不快感から意図するビジョンへの方法を考案してより良いシステムの循環へと作為が加えられる。この管理的な側面の操作に対して、人間の生物物理的な仕組みや心理的な感情から実質的に得る欲望の質量を向上させる面があり管理面と実質的充足とを両睨み、自然と社会の適正な持続的調和を図る事が人間生活の全体的な構図と描かれます。この社会システムという社会現象の大局観の抱き方によって各種の特定領域への重みづけが取られる。

人間の生存に直結する衣食住を中心に生産と流通と物流の安定した仕組みの構築が中心的な焦点に取られ、補完する政治行政や教育文化という領域の相関でシステムの全体を構成する事が、感覚と観念と感受性を備える人間の構造を反映した欲望の適正な充足の方法と及び、不動的な型枠を持って外界を創り上げる事が人間の拡大的な成長概念となり、感覚を良く掴み制御を果たす観念図式と思われます。こうした全体像から見ると法や教育等という分野は後段的な配置にあり全体観との対比から各種分野が備える作用の序列が構成され相応しい表現に及んで各種の要望や提案を示す事に適正感覚が創り出される。

今日の細分化した分業社会においては、どこに主軸があるかを忘れたかのように、自分野を殊更に大きく訴求され全体観の適当な把握を欠いた力加減の歪な表現が起こされる。政治やマスコミ等という領域が力を持つようでは本来的ではなく根源的な観点から分を弁えた感性を備え社会生活の確たる安定と成長を意図する感覚に在って健全な感性が生まれる。生命線はどこに在るか、この維持や向上に有効な事柄へ視線が取られ施策の優先順位を抱くのが健康な感性と映ります。こうした感覚が生活の豊かさと共に肥満化し、焦点がぼやけて過剰要求とも伺える客観的な認識を欠いた生産者の姿が現れる。

安全保障政策を作るに際しても感覚的な質感を下に生命への危機の序列を構成し各領域の自己認識を取って適当な領域の技術の相関を示す事に外界との適正調和感覚が現れる。肥満な感覚は強弱のピントのズレた論理や主張が展開される。価値の多用性等と謳われるものの、所与的な思索の上に現代の多用な生産を仕分けて表現の適正を抱く所に健全な世界が作られる。下限的な最悪事態への予防が一丁目一番地に取り上げられ、相対的な価値の積極策が作られ両面の相関に視線を及ばせる発想に健全な人間性が浮かび上がり基軸と周辺の感覚を掴み多様化した欲望に対して定期的に枝葉を剪定して良質な根を失わない有機体の存続と成長が遂げられる。

先々、厳しい社会経済的な時代状況が予見される今日に在っては、どこに価値の比重を取るべきかの適正を再考し余分な贅肉を削ぎ筋肉質な感覚と欲望の体質に改善し、自己制御の適正を図る発想が望まれる。各種の創造は自己の技術の中枢的作用を確認し、特性を磨くと共に社会全般から浮かぶ時代の趨勢や動向との適合を見出し持続的生存への方途が作られる。外界と内部の適合へ意識の弱い机上的な価値の志向を持ってはピント外れの感性が生まれ、対象を良く窺い知る規則性を外した状態と認識される。

人権等の人間像の理想的なあり方も現況の実態からあまりに乖離した美化に陥る事や、観念的に人権があるという感覚を抱く事にも頭脳と感覚の程良い循環の規則性と離れた精神を宿し、健全な人間像と離れた実態が映しだされる。在るというよりも作りあげる発想に健全な姿が映り頭でばかり掴みだす事無く感覚的な実感を持って質実を把握し理想と現況と方法の動態の中で人権や人間が実感される。猿に近い感覚から物性と理性の適当な型式を作る意識を備え健康な精神と肉体を宿す人間性が現れる。こうした長期性の欲望と中期や短期といった区分や連なりが意識され、適当な力の投入割合を持つ漸進的な理性の形成軌道に適正感が生まれます。

本書の中心コンセプトは、「健全性」にあり、健康な精神と肉体という長期性の人間像に重心を取り、感覚と頭脳と感受性の良好な循環において、当該概念の実感が得られ、そこに安定と成長を齎す規則性が浮かべられます。良好なエネルギーを発生し続ける有機体の基本構造を指し、肥満症による悪性の体質を測定する目安と共に改善や適正配置を促し新陳代謝を遅らせる事のない活き活きとした性質の維持と向上に焦点が定まりこれに連なる各種の概念を想起します。

長期性の利益の創造

長期性の利益の創造

人間の生産活動は自己と他者の利益の実現に目的が備わりそれに等しいリターンが生まれて納得感に及ぶ感受性が起こり正常且つ持続的な活動に及ぶ。利益には短期的に実感できる即効的な事柄から物事を生みだす構造や仕組みの構築という中期的な周期で得られる利益や更にそうした発想を生み出す性質の形成という長期の普遍的な利益等に区分して見るのが適当に思います。こうした利益概念と利益の質量に対してリターンが等しく算定され循環する事が適正と成り私益や公益等という区分の前段に備わる基本原則に備わり適用する事が正しい道筋に思えます。公益だから無報酬や低額報酬等という理屈には違和感があり素の原理に則して人間のエネルギーの発生と返還の周期に在って自然な循環と浮かび上がります。「やった分は、やった分だけ欲しい」と思うのが健全な欲望と充足の姿であり自然な本能に則した仕組みに在って正常な発育や成長の軌道が生まれこうした意味に自由主義の核心的な性格が見受けられる。ここから実際上の各種変数が加えられ自分だけで利益を生み出す困難さの実感に及んで協働関係の実態を直視してリターンへの適正かつ客観的な算出が取られ適正値が求められ自由と協働を統合して調和の在り方に反映される。リターンなど要らない等という発想は少なからずある事かもしれませんが多くの場合、エネルギーを投じて効用を齎した分は望むのが自然でありエネルギーの起こる動機付けとなり持続的な循環の規則性に及ぶ。公益だから正しい等という曖昧な観念を金科玉条のごとき立ち振る舞う所にも真価を濁らせ詐欺や偽善の如き性質には健全性は見られず太い理論を基軸に感覚と観念と感受性のよく絡まった感性が表される。こうした視点から公共機関と呼ばれる組織の実態を浮かび上がらせ生産事物や効用の特定、生産事物の受け手を洗い出して公共という言葉の持つ意味と質実を客観的に測定して過不足のない価値や負担と質が導出される。公が正しいといった固定概念に縛られ真価をゼロベースから測定する事が弱まる傾向には健全性を見失い受動的な感性が浸透して生産性の弱い主体性が作られる。以上のように利益概念や区分と自由主義と社会協働性、詐欺紛いの虚構、公益の内実といった観点が起こり違和感の少ない納得性の高まる論理が形成される。根源性の問いという発想や習慣が内蔵されていて二次三次の原理の適正を計る資質が形成され健全な主体性の基礎が作られる。本書はこうした根源概念を各種取り上げ人間の生身の力の形成に有用な創造で在ると考えます。他者が作った原理を引用するままでは自己の論理や体系に備わらず手足を用いて頭と体が繋がり健全な感受性が内蔵され、姑息な性格や歪んだ発想に寄らない堂々とした歩みが作られる。短絡化や省略を求める発想の深まりは自己原理を痩せ細らせ力に振り回される体質が生まれる。自律出来る体系を持たない精神は外界への良質なエネルギーを生まずに負の影響が上回る。この性質を社会システムの要路に備える愚策によらず、社会全体の下地の強化や上昇へのエネルギーが長期的な利益であると思います。今日的には「安全保障政策」に関連させて根源的な思索が欠かせず、安定や安全、平和といった概念の正しい感覚を作り適正な筋道を構成する事に至り二次情報模倣型の体質による歪んだ発想や衰退化したエネルギーへの不快感や盗み体質への嫌悪感と共に自己創造性の施策として初動的な概念が提起されます。

基礎と専門性の在り方

専門家として一定の評価に及ぶ為の条件は、領域内部と外部の関係性を体系的に示す事であり、領域内部ばかりの細かな整合や解釈のみでは、欲望と充足の構図が弱く、タコつぼ化した社会性の弱い三流専門家と見做される。この手の学者が意外に少なくないように映し出されます。

社会学者であれば、領域の意義ないしは効用の明確な定義を産業経済と政治行政と教育文化といった社会システムに照らして表す事が求められ、社会観や人間観といった社会事象の全体的な観念を備え、そこに特定領域の体系を充当させて、ビジョンの実現という構図が描かれて一人前の社会学者となり、法学であれば、社会システムの中での法という作用の明瞭な規定を持って、見解を述べる事なしには領域の外側との関係が示されず、偏狭な見識を表すものと成る。領域の為の体系化に及ぶ偏った生産者に陥り、社会一般の感性を喪失した専門性と及び、付加価値の少ない表現者という三流の扱いを受けられる。

多くの適度な需給構造を備える生産者における感性と同質の技術と需要への対応という規則性に在って健全な感性を備えた創造性に至り、内包と外側を示しきれない事に在っては歪な領域化による見識と判定される。

この傾向に対する不快感や不毛感が、今日の学問や教育への不信や生産性への懐疑となり、総合的なビジョンと専門性との配置へと、研究の多角性や大局性、根源性を求めるニーズと現れ、部分最適への非効率性や偏狭性への改善圧力が進められる。

頭脳に偏して感覚的質感を省いた世界観に留まっては、領域からの効用が生まれず、社会現象であれば、経済産業をベースに欲望自体への思索を経て、長期的な人間像の形成を持って特定の焦点を絞り、理想図への方法といった並びが生まれて創造への評価が加えられる。

法律や法治という抽象原則に対して、感覚的な欲望と生産に在る産業経済との両面を見据えて統合した構図を備え、一面の性格に寄った体系に陥らない全体観の下に、法や産業の性格を規定して、欲望と充足の体系を示す事が感覚と頭脳と感受性の良好な絡みを備えた人間像を下にした生産と表される。

法の為の法や産業の為の産業という領域化は健全な感性とは乖離し、物理性と理性という根源的な焦点を原理の土台に掴んで人間像を描き、それに資する方法に至って適正な感性の実感が生み出される。専門分業の在り方がどこか供給論理に偏り、外側の世界観の弱い内向きの研究に及ぶ事には、適正な軌道を外したエネルギーの投入と映し出される。

創造の全体図

長期的に見る在るべき論と、中期や短期の課題という区分けに在って、精度の高い全体観を備えたエネルギーの投入割合が生まれ理性的な感性を反映する活動に及ぶ。是々非々といった個別的判断と協力の取り方がしばしば述べられる。どんな長期ビジョンを持つかの同一性が高まる程に個別政策や課題について全体工程からの配置も揃う。

是々非々といった関係は、この長期ビジョンを示しきれず、確信的な方向感が未だ見えない立場による無責任且つ無能力な態度とも取られかねず、大きな影響力の在る立場においては、根本的価値や長期性のビジョンの形成と提示が欠かせない条件に及び、ここが曖昧なまま中期や短期の施策を取り上げる事には成熟した創造性には至らず確たる芯の弱い反応と現れる。

私的な権益へ寄った態度に陥り施策が持つ効用への確かな自信がないままに、時々の批評に振り回され小手先の対処でかわす場当たり性が生まれる。この事象に見受けられる事が少なくなく些細な違いへの過敏反応や重箱つつきの攻撃的な反応に及ぶ事には建設的な前進性を停滞させ、付加価値の弱い生産者という烙印が押される。

根源性と全体観への問いと産出が欠かせない理由と取り上げられ体を用いて定期的に集約を持つ持続的な規則性に於いて、個別事象の積み重ねと抽象集約の機会を重ねて、強い納得感を表す概念が発信される。感受性を根にして体と頭を用いる事から生まれる最良化への方法と描き出され、長期を見据えた根源の概念を掴み中期の構造や短期の利害への健全な判定や変更への仕方を生みだし、場当たりの人気取りという自己慰めの逃げに寄らない真理を追求する創造が表される。

物的力を節操の弱い安易な方法を用いる感性は、確信性の価値を未だ作れず、場違いな配置に就いて利己性の利益を求める態度を表し、権利と義務のアンバランスな状態が鮮明化される。このギャップを適正に計り相応しい配置を進めて過不足の少ない構図が作られてエネルギーのよく絡み合う上昇への工程が進行する。

根源図と全体図が弱いほどに、枝葉への批評やピンとのズレた基準を殊更に取り上げ、他者への利益を創り上げる感度の弱い利己的優位性への執着を見せ、全体を停滞させる不幸な事態を招かれる。配置に相応しい体系を明瞭に表しそれへの不純な感性を及ばせない適正な適用が取れて、最低下限の作法が生まれ、これを外して居座る事による客観性を欠いた強欲さがシステムの稼働を弱め局所の利益へ偏した歪な体質を作られる。

このような点が長期的な感度で浮かぶ哲学的に映し出される根本のマイナス原因であり、根っこの問題を掴んだ改善策に於いて本流のエネルギーが回り些細な問題と大きな問題との捉え方の適正が現れ相応しい反応が作られる。長期性ばかりに偏する事にも、良好な運用の感度を失うものの根を見据えた中期や短期の取り扱いに於いて健全性への軌道を前進させる判断が現れる。

健全像への思索

1)健全像への思索

「対象も主体も動の中に在る」という事が根本的な概念と備わり過度な言葉遊びに陥らない為の共通認識に適当であり、感覚や心理の体験から欲望と充足の生きた学びが生まれる。

欲望へ資する方法を基準と定め、それに合った手順等を用いて、意図する結果を得たいと施策が講じられる。しかし、人間側の欲望も一定ではなく身体の衰えを持つ有限的な性格を持ち、変化の真っただ中にある。過去の欲望と充足方法にこの点の想定が入り一度立てた静的基準にも微妙な変化の調整を取りながら、最良な作為を生む姿に在るのが実際の活動に近く、頭型の感性によって感覚面の真理とかけ離れた発想や振る舞いに在っては、健全な精神と肉体の規則性と異なる姿へと陥る。「不完全性や無限性という観念、万物流転や物自体は知り得ない」といった言葉が示す真理を念頭に置く感性を根本の所にいくらか入っていて動態の中にある止まらない感覚面の認識を持ち、頭脳へ寄った言葉の過信を予防する事が必須と描かれる。

例えば、購買管理規定といった外界への基準尺度の形成と適用に於いても、こうした点を含んで常に更新の作業と伝達を怠らない小まめな対応の持続性によって、外界との適正な対話が進行する。或いは、基準自体の中に不確定要素を前提にした明示の仕方を持つのが、更に正確性をもった示し方に成り、「全体の購買に対して社長の直感で選択する割合を1割程度設ける」といった文言を入れても不思議はなく、永年の感といった所に重みを備えた基準の在り方に実際的な動の中での適正な動を作る方法に及ぶ。こうした事も堂々と明示するか、その必要性や意図する事との兼ね合い等が計られて最良の方法を創り上げる事になる。事柄の性質に対して厳密性を望むか、曖昧でよい事か、各種の欲望と充足の図式から適当な作法を考案し外界との真摯な対話を持って自他の同一的欲望と充足の協働に及ばせる事になる。なるべく予めの想定内に事象が発生する事が、事前対応型の活動に及び、対処のスムーズな運びが作られる。予測と外れた事への不快感や対応しきれず大きな損失の回避を意図されるのが本能的な反応であり、懸命に過去の規則性への学びを持って事前的な知恵を備える力が投じられるものの、「対象は動である」認識が弱まって感覚体験に基礎を置かないと空論や妄想に行きかねず不健全な感性や振る舞いに連なり規則性の正常さを見失い歪んだ精神と肉体の関係が不安定な心持を宿し外界への不快を与え負の影響が連鎖してマイナス性の感覚が増進し前進的・建設性の関係形成を弱め物性への依存が進んで心理面の痩せ細った過度な対立的な構図を深められる。混迷した精神状態による基礎的な対人関係の作法を欠いて人間の基礎的な性質を崩す事からの負の影響には深刻な反応を持って改善する事が適正であり、根本的な観念へ立ち返り歪な感性への乖離を確認し健全性への修復を果たす回路が常態している事が必須の仕組みと描き出される。こうした趣旨による創造性が長期性の価値に重心を持つ文化という知恵や改善の規則性であり科学技術の発展や力の増大と共に人間側の生身の知恵や体力の衰退には、一部の生産者による過度な操作性が進む歪みと映し両面の程良い成長軌道が意識されて効果と影響の勘案された前進になり健全という概念が当てられる。欲望と力と責任の均衡に基準の目安を持ち負の過不足への改善や正の増進軌道を基調にする発想に於いて健康な精神による外界との交わりが生まれる。大きな力には精神面の強固さが求められ力の利用や制御の在り方に健全性が備わって適正調和が作られる。精神面は感覚的、心理的な工程を経ながら育ち、頭ばかりの知の入力では精神が作られずそこに過大な評価を与えると稚拙な事態を発生させる。ベースは感覚と感受性である事が強調されて頭脳と感覚の検証で質感を取り、そして一度作った基準も随時見直しの機会を備えて動の中での適正な動を作りだす可能性が高まり良好な調和が作られる。行為の弱い議論は正常な精神性を崩し対立的な感性が増進し歪な人間性と現れる。健全像への思索を深めて健康な個々人や社会の在り方へ反映させる基盤的な感覚の形成が強調されます。

プラットフォームの健全化

抽象原理を描き出す事が文化論の主な性格であり、以下に「インフラの良質化」という点を取り上げます。在る程度の規模や影響を与える組織においては、外部との購買管理規定の整備が公平公正な市場を形成し、健全な競争環境を創り上げる。今更ながらに謳われる事ではありませんが、この点が常時作用していて健全な仕組みを崩さない血液の通り道が生まれ、歪な事象を歪と捉え、関連の弱い所への連鎖を区切り、正と負のメリハリを持つ対応が作られる。どこかで発生させた悪性の事態には、そこのみをもって区切り対処する事が適正であり何かの相殺を出来る事柄と悪性の強い事柄とを切り分けて、後者の慢性化を防ぐ事が全体的な波及を及ばせない勘所に上げられ、購買管理規定等の外部への明確な尺度と適用という焦点が取り上げられる。

直接的な関係の接点を間接的な事柄と相関させずに分離させる事が悪性の相互補完という事態を予防し、影響力の備える主体への責務と制限して力の波及的な乱用に及ばせない箍を嵌める事が必要に思われます。直接的な技術の確立や純粋評価といった対話の在り方を設けて関係の弱い事柄を含める事無く公平中立な態度が生まれて悪意の乱用を防ぐ事に及ぶ。力を備える過程に適正が備わる程に自主内発の自律が作られる事に思われますが、過程の不適正や近親者との関係性に甘えた力の乱用が生じる事に対して、フォーマルな規制が設けられ歪な感性による負の事態を予防する焦点と描かれる。

公共の購買管理規定に限定されず、民間取引に於いても影響力が大きくなるほどに技術の健全な成長や公平公正な取引の促進という点から自主基準を作り運用されている事に思われます。ここに上述のような歪んだ性質が入り込み悪性の乱用が生まれ事実上の力の原理が進行し正負のメリハリのない態度が作られる。この性質を生まない事が上流の予防策に上がり更に予防の制限を設け適正な監視の持続的な運用に於いて悪性の広がりを阻止する二段構えの確かな仕組みが望まれる。明確な尺度と適用の因果を明らかに伝達する義務を課す所まで、場合によっては強化して恣意的な運用や関係の弱い要素を判定の材料に含ませない為の厳正さが求められて、公平公正な購買や採用の仕組みが作られる。

基準尺度の未成熟な体系による場当たり的な力の乱用の事態を予防する事が健全な技術の向上軌道になり、声をかける側の当たり前の態度に備わって、採用プロセスの透明性が図られる。これが曖昧で力に依存した物的原理の適用には原理を向上させる軌道に無く、短期的な経済形成が進み理性を欠いた真価の下落を齎せる。こうした点が一定のインフラや人々の意識に常態して歪な精神性に及ばせない為の規律になり、ここが弱いと程度の低い文化のまま一向に質の改善が進まない。

自律の弱い受動的な物性に過度な反応を見せる性質の改善が果たされず管理発想や支配への欲望過多といった判断や振る舞いを多用する程度の劣悪さと現れる。こうした点に意識の高い人々が集まり実際上の理性が創り上げられ、一部の下品な性質に歯止めと現れる。坊ちゃん体質に過剰な力を持たせる事無く健全な理性を向上させ、構造やシステムに及ばせる力の増進が欠かせない文化の向上策と描かれます。

現在の一部マスコミや政治家に濃厚な性質とも推察され、ここの感度を引き上げて基盤の強固なプラットフォームの形成に及び、安定と成長の好循環へと押し上げる事が二次三次の政策の良質化に連なり、基盤面の腐りを除去して良質な主体性を表に出現させる事が具体的な施策と現れる。何でも繋げるばかりが能ではなく切り分ける所の適正感覚を取り負の連鎖性を断ち切る施策が欠かせない。