根本価値の形成と適用

社会的に求められる各種領域への期待と対応という構造が生まれ、需給関係の適正を持続的に果たし提供と負担や相互創造に及び、良好な生活へ資する建設的なエネルギーが投じられ、中長期や中大局の正常な運営が執り行われる。こうした基本的な意義をもって、社会的責任という観点からの各生産者への在り方が導出される。

そして、これ以前にどんな生産と需要の関係であれ、人と人との初歩的な作法とい躾の範疇という事柄が基盤に置かれ、万人的な下地の厚みの上に、特定需給関係の習慣や慣習という面が重なり、根本性と個別の価値観の構造が創り上げられる。

躾は、人の物を盗まない、嘘をついて騙さない、暴力による傷害を働かない、といった幼少期に習う関係形成の基礎を指し、更に、提供にはお返しという協働や共生の自然な態度に於いて、健康な精神が示される。この基盤面が、一定の緊張と健全な個々の独立した存在を尊重して、意思を備える理性を重んじた態度を表す。

物理的な諸条件の変動や増進から、力への依存に及んで、基礎が崩れ、傲慢な振る舞いに在って、適当な力の質量へと修復させて、自己の制御可能な物理性の保有や利用の範囲へと要望が起こり、欲望と力と責任の均衡を目途にした主体性の健全な状態へ反応が進められて、社会の自然律が作用する所に、中長期に及ぶ正常化の根本的な原理が回る。

人と人の対話を許可もせず、壁越しで盗み聞き、それを大きな電波に乗せて報じるような行為があるとすれば、明らかに躾の範疇を欠き、基礎の基礎を崩した長期的な性質の劣悪さと伺え、この上において作られる関係性は、基礎の無い脆弱な金銭欲による敵対的な対立感情を進行させるものであり、人格の中枢的な資質への大きな疑念が湧きおこる。

原理の重みづけの序列という面が浮かべられ、根本性の原理から二次三次という特定性の原理の構造が生まれ、上位に行くほど、不動的かつ重要な価値を表し、ここを外した下位原理は、基盤の弱い正当性の脆弱な原理と働く。

表層的な感覚で伝わる事と、土台や根っこを指す事柄との構図の取り方に、健全性が生まれて、良好な同一的な感性を持つ相互関係が生まれ、ここの違いからは、基礎的な価値のズレた志向性の認識に及び、適正な対話や関係、需給という事象が創り上げられない。

このような万人的な感覚や基準、価値の序列を欠いた特定生産者には、当たり前の感度を持って、自然律を回し、修復させる反応が留まる事無く進められて、悪性の肥満からの不快事象への対処や予防が講じられ、空間の健全性が図られる。

一部の歪んだ感性に対しては、広く万人的に知らせ、事実の正しい認識を進めて、物性による怠慢や人間性の狂いへ正しい是正圧力を加える事が、適正な手法であり、根本の原理を粛々と先行して、二次三次の歪みを根本から修復する発想が堅持されて、健康な人間性の維持と増進が執り行われる。枝葉の感覚が進んで、事柄の重みづけを捉え間違える事無く基軸の太い焦点と論理が作られて、良質な感性が維持される。

こうして、どこに問題の所在や序列があるか、冷静な感度を持って悪性を特定し、的確なエネルギーを投じる事に至り、これを促進する上での根本概念の創造や整理、適正な把握が欠かせず、確固とした文化基盤の創造へ資するように、『日本文化原論』からの提案が示されます。広く大きな歴史的な焦点から浮かべられる変えるべきでない根本感性を抽出し、

人間性の肝要点への認識を強め、時々の気の振れた行為や構造上の瑕疵を是正する力の強化が欠かせない人々の根本的な営みと思われます。ここがしっかり備わる程に詭弁や小手先の手法、歪な精神性は、明瞭に表に映し出され誤魔化す事の出来ない人々の感性による適正な物事の把握や評価や改善が進められる。

マイナス的な事象を回避する意識が働き、事実に蓋をしたり事実を濁らせ、表面の体裁ばかりを整え、根の腐りを隠すような事では、誤った感性を醸成させ、物事の重要性の認識を狂わせる。頭脳に偏した創造性が進行して、感覚的質感の弱まる痩せ細りの感性が、重要な事柄への感度を崩される。評論家やマスコミ、管理的な発想の強い物性型の生産領域からの、歪性がしばしば散見され、これを見誤る事のない健康な人間像を明瞭化させる働きが、重要に思われます。

人間性の正常化

6)人間性の正常さ

見える所は綺麗に見せて見えない所は手を抜く事や汚いという状態に、不快や不信が強く現れる。こうした心理が働く事もある意味に自然な反応とは思いますが、これが深まり言行の乖離した事象に及ぶのが現代の悪性事象の本質的な面で在り、人間論や創造性の原理を述べるに外せない焦点と取り上げられる。

外界が体よく整い内面で考える事が薄よごれている状態に健全という概念は充てづらく、内外の一致に正常感覚を抱かれる感性に正常な心身の所在が映し出される。言う事とやることに整合があり、頭と体の一体的な動作に精神と肉体の整合性が見られ普通や自然と形容される事が人間の長期的な性質から見る標準となる。これを強調する背景に、現代的な問題の根が取られ、改善への力が注がれて長期的な正常への軌道へと修復する事が文化論からの優先的な課題に浮かび上がります。原因分析としては、頭と体の分断的な生産性が上げられ頭脳過多の作業に寄る程に身体的な感覚工程が減り自然や人との生身の衝突への免疫が落ち正直な感性を率直に表さず、不快事象についても表情と内心の離れた態度を見せ見えない所で不快への腹いせのような行為を取る歪な精神が垣間見られる。こうした面が人間のひ弱さとも伺え、身体を衝突させる習慣から遠のき頭脳や道具を多用するスタイルに慣れた副作用と示される。裏と表が離れた病理現象でありフローの面の充実を意図せずに過度な欲望と執着した態度となり姑息で陰湿な性格を慢性化させる。表に現れるイレギュラーな現象への過敏反応を見せ、体裁を整える痩せ細りの感覚と現れ、根本の太い感性と異なる打算的な人間性を進行させその心理的な歪さに根本的な不快感が現れる。こうした事象に根の深い性質的な悪性が蔓延り、各種生産や表現、振る舞いへの改善へと志向が取られ正常な感性へと蘇生される。

教育プログラムの形成段階からこうした問題点を取り込んだ人間形成へと反映させる事が必須であり、手先の技術論の高度化に先んじて基盤の良質性に重心を持った全体プログラムを考案する事が重要に思われます。長期性の観点の変容には深刻な感度が取られて良き部分を壊さない事が適当であり、問題の序列を間違えない適正感覚を堅持する意識が注がれ中期や短期の想定を組む事が肝要に思われます。

技術論が先行して、根っこが腐っては力の用い方に正常さは生まれず今日のような出来そこないの人間が多産される。マスコミ、政治家、財界と、広範に渡り各領域に忍び込む悪性を根本から浄化するのが文化政策の柱になり、問題の重要度の取り方の適正化に力が注がれます。この面が変わると、二次三次の原理へと連鎖して健全な人間性の具体的な効用に及ぶ変化が生まれる。うすら馬鹿といった姿に見える人間はやはり美しくない。皆様はいかがでしょうか?

見識とは

自身よりも見識が劣ると見える人に使われる事は普通に考えるとあり得ず、上位者には何がしかの立派な考え方が備わり、純粋な尺度から尊敬に値する面が少なからず生まれて下位という配置に収まり円滑な指示命令系統が形成される。これが、対人関係や組織の成立する基本的な要件に思われます。犯罪的な性質を濃厚に抱えられては、いくら経済的な力があっても長く持続する事に及ばないといった予見が抱かれ、根本の性質を土台に機能や性能が問われ価値と事実の相関が形成される。この道理が堅持される事が人間界における普遍的な原理の柱であり、変えてはならない感性と統一されて持続的な再生産の仕組みが生まれる。

多くの優秀な集団の牽引者には、金や権力以前に優れた見識と行為の実態が備わり、確かな信頼性の下に人々が募り純粋な感性への共感を柱とする求心力に於いて長く共に良好な協働生産に連なる。人間を深く測定する計りを備え各人の特性を的確に掴み大きな図面への適材適所が果たされて、理念の健全性と合理的な仕組みが作られる。過不足のない算定を早期に把握し個々の性能を最大に引き出す創造力が集団の相乗効果を齎せる。資源の有効な活用力と資源からの信頼性の相互性に於いて、生きた力が強靭に湧き人間性と合理性を併せ持ち、力が集計される。

ピントはずれの配置は、これを見る資質の弱さを表し資源の力を劣らせる。私的な欲望過多から対象に濁りを生じ適正配置に及ばず、集団力の低下と至り投資効率の上がらない成績を生む因果と現れる。ここに根源的な人間性の要素が多分に影響し、生命を活かす発想と委縮させる感性が現れ、感受性の質が測定される。人々の喜びに生き甲斐を見出すか、人々は自己の手足として言うままに動かす対象かという発想に大別される。自身の体系に自信が備わる程に他者の感性を尊重する態度が生まれ自信が弱いほどに過度に能力を飾り立て対立的な感情を表し支配願望を先行する偏屈な力みの態度と現れる。

こうした性質が物事への謙虚さや誠実さの相違を生み、失敗への適正な態度を表せるか、成功について周りへの適正な配慮等と現れ人間性が浮かべられる。物理依存の激しい性質に大きな権限を与えるほどに自然な快適性を阻害し、歪な成長や配分の構造を招き長く大きな成長の軌道を脆弱化させる。一過的かつ急激な成長や局所の発達という偏りの激しい反応を生み、大きな全体の利益を志向されずに直接性の高い狭い範囲の成長という失敗を齎せる。即効的な感度の進行から現れる事態であり器に等しい配置に無いとギャップが鮮明に浮かびアンバランスな感性の不快感が生まれる。

こうした様相が所々に散見され、人間形成過程への材料と提供され適正な方策へ取り入れられて失敗を活かした質の上昇軌道の持続的な活動が導出される。人間像とはこうした動態の適正な姿を映し出し基本原則と纏められ人々の共感に至り支柱を持つ判断や力の集約度に反映される。寄せ集めの資源に在ってもトップの高い見識が個々に規律を与え力の統一に及んで多くの効用へと変換される。どんな全体ビジョンを作られるか、どんな根源的性質を持った主体性であるか、この2点が力の源泉となり価値を作る最も重要な要素と特定される。

借り物の見識ではすぐにメッキが剥がれ誤魔化しの心理が透けて現れその性質へ落胆が生じ求心力は瞬く間に物理性の原理を多用した支配の手法に染められる。トップの体から染み出す見識以上の資源は集まらず、或いは動きを生み出せず、器に応じた組織の成長が見込まれる。長期に渡り磨き抜かれた文化の型枠に根源的な執着を見せこれを掴むほどに外界へ確かな見識を投じられ幾代にも及び自主内発の変化を率いる根幹原理と生き続ける。

普遍原理の探究と効用

普遍原理の探究と効用

争いが生じる因果の実感についても、個別と共通部分が生まれる事に思われます。そうした中でも、共通的な部分の見解を深めて、事前型の対処や予防に連なる施策を投じる事が、賢明な人間の創造性であり、こうした焦点に絞り、多くの人の実感に及ぶ有用な知を提供する事も、文化政策の一環に及びます。

戦争やテロという最悪的場面ばかりへと視点が及んで、これに連なる原因の分析が進められないと、偏ったエネルギーを投じる課題と対処の活動に成り、上位の理念に対して有効な施策と乖離した割合感覚が作られる。こうした点からも、文化ビジョンという普遍的な価値を揃える試みが全体と個別との適正な配置を作る事に連なり、歴史の教訓を生かし所々で集約を持ち、質を整え量を展開する作為が重要な意味を持つ。

創造性の基本体系には、下限的事象と積極的創造性と両面の因果を抑えた包括的な体系を全体観と備える事が、共生感情を根に持つ人間の理性を表し、この構造を万人的統一の感性に押し上げる事が、まずもって必要に思われます。

この枠組みにおける下限事象の一つが「戦争やテロ」と配され、欲望と充足という前進性の創造との相関で原因が特定され、マイナスとプラスの適正な調和を見出す所に、健全な歩みが作られる。このような思索が及ばない行為は、責任感覚を欠いた過剰な欲望と認識され、欲望と力と責任の均衡という尺度を目安にして、過不足を勘案し、適正な創造に及ばせる事が、人間性と描き出されます。

こうした観念体系が、前進性の軌道に対して下に働く重力と備わり、地に着いた発想を引き出し、楽観と悲観を内蔵して適正な技術の投入や表現内容を作る事に及んで、外界との良好な関係を形成するものとなる。

部分ばかりに注力し、大枠観を見失う事は、制御不能な姿を表し、痩せ細りの発想やエネルギーを投じられ、健全な感性を損なわれる。歴史からの教訓から学びを経て更に向上心を常にした生産性に在って未来への志向性を加えた集約体系を作り、確かな価値を備えた力強い判断が齎される。

以上のような点が、根源性への問いと答えや全体観を創り上げる意義となり、観念と感覚の確かな実感に及ぶ整合性をもった規則性へと連なり、精神と肉体の正常な絡まりと映り、そこに健全な感受性を根にした人間性が現れる。

物的感覚性の感度が高まる今日の状態に於いては、尚更に、このような感性が望まれ、下限事象の予防的意味を持ち、戦争などという極端な事態に及ばない為にも、包括的な同一感性に及ばせる事が有意義であると考えます。

人々の実感に自然に入るような汎用的なフレームを整え、根源的な感受性を揃えて、相互の誤解や思いこみ等による傲慢な態度への戒めと働き、不快事象の減少と快適性の増進へと連ねる基本的な志向性の具体的な取り組みと位置づけられる。時間や空間の個別性に対して、時空を超える共通の原理と高まり適正な調和を見出す事が先人からの意思に成り未来に繋げる責務が課せられる。

1)根源性の問いと伝承

学校教育における歴史等から、公的な見解の統一認識が生まれ、過去の実績を踏まえた理論を作り未来を形成する道筋に、一定空間の秩序の持続性が叶い、人々からの認知と合意や共感の力が注ぎ込まれる。こうした理屈の立て方に、一定の健全性が備えられる。義務教育には、この面に重心が取られて空間の価値を繋ぐ感性が形成される。高等教育等で更に精緻な研究を進める事も自由であり、しかし過剰に過去の知を他者に強要して、未来型の力を抑制させる事には疑問が浮かび上がり、重要な焦点の割合感覚を欠いて利己的優位性への志向から必要以上に未来を縛る事のない適正感があって健全な精神を根にする協働や共生の秩序が進行する。重要なのは現況と未来への力であり、過去の習慣や慣習を殊更大きく縛るような態度に至っては、どこに動機や意図があるのかに疑念が及び人格への不信と現れる。学歴偏重的な基準の形成からの負の側面と浮かび、現在の課題や問題意識からの生産性を弱め、不毛な根拠を充て前進軌道を劣らせる事に及ばないよう、感覚的な質感に重心を持った創造性に適正な主体性像が描き出される。主要なポイントを抑えたら、実践の中で感覚や感受性を体験し、基準に反映させるサイクルを基調にして生産活動を展開するのが、現況と未来型の活動に在り新設の発見を自らの体験で掴み、それを根にして基準を作り課題に対峙する対象との交流作法に未来を拓く活動の実感が現れる。過去の知識はこれに資する事で在って有用な意味を持ち過去とは異なる諸条件の相違から必ずしも現代には合わない部分がいくつも現れる。そうした中でも、根幹的な性質の良いと思われる部分は義務教育に組み込まれ、万人の皮膚感に備えられて現況と未来を作る基盤に形成される。このような捉え方に適正な感覚が現れ、必要以上に過去に縛りを受ける事無く自由闊達な創造性に於いて健全な精神と肉体が形成される。根っこの取り違いや悪用や自己肯定性の強化から他者へ強いるような感性では健康な精神は浮かび上がらずどこか一部の人々に強い勘違いの専門性や態度を表す場面が散見されます。公務員等の役人感覚にバランスの欠いた精神性が強いと創造の伸びを停滞させ、環境の変化への後追い体質が強まり様子見で受動性の強い提案力に欠けるスタイルに終始される。あまり良い感性には映らず、時代環境に適さない振る舞いに及ぶ事無く活動型の生産志向が増進されて良質な根源の感性を落とさずに表層の事象を作る主体性が生まれる。根本概念に焦点を取って探求し描き出す活動の意図はこうした理性から生まれ、歪な動機に寄らない真っ直ぐな先人の意思に濁りを与えず、正確に吸収するとともに健全性を継承し、現代と未来に対峙する根源の力と配される。良好な価値は確かに受け継ぎ根幹の原理と及んで力強い生産者が形成され、それが代々に残って厚みに成り基盤の確かな自由が促進される。教育者や公務員と同じような過去の知識を精緻に吸収する事を必要以上に課す事無く多彩な生産性の理解が弱いと偏狭な世界を押しつけダイナミックな創造力を停滞させる。過去現代未来における未来型に重心を備える規則性に健全な精神と肉体が現れる。こうした点が頭寄りの弊害という言葉の意味する内容と表され根源感性が確認されて適当な人間像が強調されて秩序の良質性へと連なるように思われます。こうした点を抑えた多様性への志向という感性に在って、適当な根を持つ表現の良質性や寛容性が生まれる事に適正感が生まれ要求ばかりで責任感覚が劣る事には、気ままな物性の青天井的な狂った姿にも映し出されます。ここからは実害が多々生まれ適度な縛りが必須とされる。根を壊す悪性と根を備えた挑戦者とは似て非なるものであり健全な感性から峻別して的確な対処が求められる。

全体ビジョンと規範体系

人の足跡を辿る事は実績という確かな因果を抑えた確実性があり大きな怪我をせずに済む着実な足取りとも言える。先達の未知なる挑戦の末に築かれた恩恵を授かり最小のリスクでリターンを得る方法と提供される。未知なる試練を回避するだけに、リターンを大きく得る事は無くそこそこの果実で在る事が必須と成りそれを踏まえた配分の適正を感じ取る感性が試される。他者の挑戦の蓄積に基づいた挑戦による成果の入手に過剰な要望を見せずに適当な客観評価を取れるかに健全な感性の所在が確認される。人が懸命に未知なる挑戦を経ている事を脇で様子を見ながらその足取りを伺い程良い所で出ていくとなると、創り上げる当初から身を投じずに成果に近づいた所でのこのこと姿を表し分け前を貰う実態に成り、もらえる配分も当然にエネルギーに比例したものとなって健全な秩序が保たれる。

タダ乗りや盗みという行為はこうした原理に基づく不快事象であり他者のエネルギーを投じさせ搾取する性格に成る。資本主義等の物性へ偏した生産性の本質はリスクとリターンの観点から適正が算定される。技術の形成と物性の投資における健全な感性による相互関係を見出す事が歪んだ資本主義への深まりを回避して歪んだ経済体質に陥らない為の重要管理点に上がり、その方法に各種法律が整備され健全な道筋を補完する作用と描き出される。こうした健全な動機に基づく法律を当初の意図と離れて悪用する人間が現れる。技術の開発と運用にも同様の性格が生まれ、土台になるのは健全な人間像を起点に、それを補完する二次的な技術の構えを崩す事無く知的犯罪への対処や予防の施策が重要な力の成長に欠かせない。機能と人格の相関を取り違える事無く、或いは機能ばかりに偏して元々の価値への認識が弱いと、根の備わらない技術の利用に陥って確かな人間像を持たない利己的な非社会性が増進する。規範体系を作るに際しては機能的な階層の合理性とそれを制御する主体性の在り方という人格面を表す面とが備わって健全な体系が描き出される。個々人の多様性を尊重する一方で、変容しづらい価値の同質性の面を創り上げそれを明示して機能の適正を縛る事が少なからず必要になり、機能面だけを明示して人格面が曖昧であると社会の秩序は収拾が付かない無法地帯に及び、資本主義の誤った特性が進行する。自由主義の捉え方を誤ると、人格の弱い物理世界が現れ頭と体と精神面が分断し、制御の弱い感覚面が増進し健全な感性を欠いた産業経済社会の軌道が進行する。こうした焦点が強調されてインフラの確たる基盤が備わり気の振れた一過的力の増進に制御が掛かり軌道を外さない歩みが望まれる。何を成果とするか、欲望の在り方への適正を問い、その充足を遂げる向きのサイクルが内蔵されて、外界への適当な力を投じる事に至って正常な文化や文明の足取りが形成される。こうした根本感性の脆弱化には赤信号がともり、一部のいかれた性質を抑制させる取り組みが欠かせない施策に成り、直接に関係しない事も間接的な因果で回り、自身の利害に遅からず到達する。社会システム上の構造改革等の中局且つ大局的な状態からの影響は大きく個別局所の事象に影響が及び、停滞させる事は万人的なマイナスを招き適正な構造への改良は待ったの無い課題であり力と権限と責任の均衡を目途に過不足の修正を果たす事が良好な人格を維持促進する上での機能的な更新と位置づけられる。健康なエネルギーの投下とリターンの適正循環へ連なる仕組みの形成が人格の健全性を作る上での枠組みとなり性質と構造の相関や適正を見出す観点が社会の中心的な視点と定まり如何なる時代に於いても優先的に目線が向かう一丁目一番地とされる。こうした輪郭が万人的に揃えられ大きな全体ビジョンの統一の上に建設的な創造や表現に至って根本のインフラの良質性が持続する。様子見ではいられない関わりが進行しエネルギーを投じてリターンを得る自然な循環が強まって健全性が向上する。全体ビジョンと規範体系の構造における基本的な在り方への同質性が揃う程に下位焦点への同質性に及び、利害の統一性へ及んで、空回りの議論や小手先の保身策が改善され本筋の力へ集約する事に思われます。健全な人間像を持たない生産はいくら一生懸命力を投じても良好な成果を遂げるには至らず良質の上に量を投じる構造が必須の創造性と描かれます。過去の歴史で作られた正負の側面に対して恨み辛みを晴らす為の生産からは真なる価値が増進されず純粋な生産ビジョンの上にエネルギーを注ぐ軌道に在って真の力が集まり文化文明への道筋に乗っかる。負を殊更に後世に告げる事の意義がどこに在るのか、正への軌道上に配されてその行為にプラスの価値が生まれる。自己の不快性のエゴを後にそのまま繋げる行為は後世へのプラスには及ばず、持続的成長概念と離れた自己の消費的な生産性と解される。

純粋性のパワー

純粋性のパワー

一見すると、現況を無視して理想ばかりを訴求されるかの態度に空疎な責任感覚の弱い不快感が生じる面と、過剰に現況の皮膚感に慣れた体質に留まって、自身への限界を設ける態度にも伺え、理想的なエネルギーを思うままに発散させる力への効力を抱けなくなったパワーの弱まりとも解釈される。

外界がどうあれ、こうしたいという純粋原理創造と訴求型のパワーが現況を変える力に及び、自己の意思に即した外界の変化を導出すると信じて、ひたすらに理想像を強調する行為に力の存在を実感します。真の利益を探求する真理への道を少なからず消え失せさせずにあって、現況に在る矛盾した状態をジワリジワリと動かす因果に映り、この面に集中して力を投じられる活動者に意義が備わる。一見無責任のように映るものの映し出す方の感性が弱まって、勝手に現況の感覚に慣れて限界を設けた感性の認識に至り、前進性の可能性を阻害する悲観的な感覚に捉えられる。

大きく全体的な構図としては、悲観と楽観と間に常温的な基準が入り強弱を掴み、理性的な創造をもって着実な進行を図る姿に適正感が映し出されるものの、上述のようなパワーの実感を喪失し前進性の軌道を脆弱にさせる。外界をも変える真の力は、純粋な理想への混じりけのない表現にあり、それ自体が方法であって直感の感性から物事を動かす因果が生まれる。利己的打算の弱い瞬間的な感性にみる表現に美が備わり、計画性の方法論と共に建設的な威力を感じられずにはいられない。この要素が少しでも残る所に限界を切り拓く真の力が映し出される。不信性の感覚が強まる今日の姿は、どこかこの力への素直な受け入れを弱め相手を疑う事が慢性的になり、ここに人間改造の切り口が浮かび上がり感性の蘇生に及ばせるような探究が進められ根本からの良質性が組みあげられるかに思われます。経験がマイナスに働き先入観が前進を阻害し、フラットに戻してゼロから対峙を持てる感性の維持に新鮮な発見が現れる。見えるはずのものが見えなくなり、濁った感覚を取って抱く事が人間側の生身の能力となり、この陰りに問題意識が生まれて根からの浄化と成長の加速が予見される。現実感覚が深まりこちらの論理が現れない偏りにも健全さを欠いた性格と映し出されます。

3-7教育一般の原理

3-7教育一般の原理

地に着いた概念形成が発想や論理の土台と応用の良好性を生みだす。抽象概念であるほどに身近に皮膚感覚として抱く事の出来る想定を描き、次第に間接的な応用的広がりを作って確信部分を抑えた概念が形成される。この筋道が意識されないと抽象概念の曖昧なまま多種多様な文脈で言葉が独り歩きして用いられ中身の不一致のまま粗雑な表現や共通認識を欠いたすれ違いを作られる。「政治」等という概念も皮膚感覚から二次三次四次という変数の加算の上に構成された抽象度の広い概念と成り、身近な所から当事者としての実感を抱ける作り方に在って基礎のしっかりした応用に連ねられる。自己と言葉が密接に一体化する作法を持って感覚と観念の有機性に及び、言葉との分断的な在り方が今日的な教育方法のマイナス点と指摘される。

特定領域の研究者等が本の上で述べられた言葉を自身の立ち位置から体に浸透させる工程を持ち概念の質感を深く体にはいりこませて頭で理解する事が概念を良好に用いる事へと連なりここが意識されない一過的な抽象概念のまま頭に備わり地から離れた言葉が投げられ精神分裂的な表現と映し出され対話の噛み合わない事態を招かれる。社会生活上のキー概念と成るものは、しっかりと体に落とし込んで掴む過程が必須と成り良好な基盤の下に基軸の太い柱が立ち中心と枝葉の配置を間違わない全体観が備えられる。こうした教育の作法に重心を持ち骨格的な方針を掲げ詰め込み的な断片的知の入力という暗記と単純解答の粗雑な訓練から脱皮し、原理を掴んで多彩な応用を遂げる能力が養われる。日本文化原論で繰り広げられるに根本的な概念は、こうした点を意識して体と頭の良好な規則性を適当な人間像と描き、質感の程良い感覚を備える事に注力して形成されました。

社会生活における中心的な関心の焦点を身近な所と間接性の広がりの実感を作り次第に対象の広がりを捉え、感覚と観念と間の因果の適当な構成において抽象概念の本質的な所を抑えた用い方へ及び地に着いた人間性が形成される。健全な感受性を創り上げる正しい道筋が意識されて過度な外界化に寄らない自己を含んだ重層の外界との調和に及ぶ当事者性を含んだ発想や創造が常態化する。評論家が多産される現代の状態はあまり良好な社会秩序とは言えず、教育方法や秩序形成の基本的な所を取り間違えたという心象が生まれます。倫理道徳という自己を律する尺度の弱さ等はこうした面が焦点に上がり改善への方途と提起されます。

学校の中で生徒の立場であれば、学校運営上の生徒への義務と、先生と生徒や生徒間における決まりといった焦点が浮かび、決めるプロセスと実施と検証と改善のサイクルを作る事が政治行政であり、立案と実施と監査の3権分立を仕組みの柱にして役割分担を設けて、快適な集団と個人の関係を作る事と描かれる。大きな憲法に当たる総則を設け共通的な規定と個別各論の規定を作り運営が執り行われる。個別事業ごとに事業の範囲と担当者の権限と責任を定め必要な予算の算定と決算の機会を設け適正な資金と事業の運用が図られているかのチャックが取られる。

・定常事業:お掃除係、給食担当、スポーツ担当、花壇の管理、野鳥とウサギのお世話、対外交流担当、風紀係など、

・不定期事業:文化祭担当、体育祭担当、夏祭り担当、等

・共通事業:役員選出規定、出納係、緊急事態担当、等

・役員:代表、副代表、書記、監査、事業担当、

・年間スケ―ジュール:定期総会、定常、不定期事業、

こうした持続的な実践で政治行政の基礎が養われ、概念を形成する事が感覚と頭の理解であり知肉と成って体に入る。教科書の中身は実践上の補完として取り入れるものがあれば引用し無駄なものまで必要以上に読む込む事はない。基本的な枠組みを抑え実践の中で枝葉を付けて回転させる事が生きた教育であり、机上で留まるとなんら能力と吸収されずに頭ばかりの無能力者に陥り実社会で使えない歪な精神を宿した人間が作られる。

マスコミ的悪性への適正策

特定の軸足を持ち、PDCAのサイクルを規則性に取る活動に在って、健全な対人形成の感覚が宿り、あれもこれもと虫食い的なつまみ食いで、生産事物を絞り込まれず、需給構造の弱い生産性から、痩せ細った感性と外界を乱す負のエネルギーが拡散される。

マスコミという構造上の性格とも映し出され、適正なマナーや躾が整っていて、これに陥らない健全な感性が作られる。電波利権という力に偏して、外界との適正な感覚を外し、何でも情報をタダで得られるといった感性に陥り、自己生産性の効用が不明瞭で外界のニーズの吸収やそれに即した生産事物の技術を磨く習慣が乏しいと、犯罪意識の自覚の弱い盗みを繰り返す。ここに現代的な人間性の崩れた感性が顕著に現れ、外界ばかりを伺い評価し一過的な話題を追いかけ、右往左往する節度の弱い商売感覚に流される歪んだ性質が浮かび上がる。生産の内実が弱く名や顔を売り一過的な刺激の責任意識の伴わない表現が多産される。一種の病気にも伺え、まともなエネルギーを投じてリターンを得る一般的な生産と外れた人間性が創り出される。

これに適度な自主規制が加えられて自制力を持つ倫理道徳観と技術の向上という意識へと社会の要望が強まり、いつまでも歪んだ性質ではいられない市場の淘汰が進んで正常な感性へ修復される。これを阻害する要因を取り除く事が、社会システム上における改善策と描かれ、規制当局等による管理監督が適度にあって野放図な自由に適正が加えられる。表現の自由が声高に叫ばれて責任意識の劣る節操のない行為に及ぶ事のない調和に在って健全な感性が生まれる。はき違えの自由を堂々と恥じらい無く主張されては、社会生活への負の影響を拡大し、情報発信機関として求められる役割を欠くどころか、悪性の動源に陥り不自由な環境を招かれる。

適当な生産過程を経ない感性は物性への過度な依存体質に嵌まり、自己の主体性の弱い痩せ細りの性格を創り上げ迷惑を与える。感覚と感受性の体験を通して血肉と備わる自律が生まれ、当事者意識をもった責任感を抱く生産に及び、過程を省略して大きな力を与えると暴走に気づかない表現者に陥られる。権利義務の健全な感覚が備わらない一方的な要望過多の歪な感性が作られ社会問題と顕著に表れる。こうした性格が各界に少なからず悪性の因子と生まれ、正常な好循環を阻害し、その贅肉を所々で削ぎ根や幹の良質性を制御する事に在って有機体の健康が持続する。

構造と性質が密接に相関し個別事象に及ぶ道筋を浮かび上がらせ、的確な対処と予防の施策が欠かせない観点に上げられ、基礎教育の段階から適当な道徳観を教える事の正当な根拠と示される。押しつけを嫌う以前に、社会人の基礎が弱く実害を齎せる事では放置できず、各所からの要望が生まれる因果と思われます

集団的自衛力の強化策

2-4学者の自己満足か、有効な手段か

人間像についてある程度の統一的な共通性を探り主体性像と保有されそれが規律に成り各種の事象に反映されている。社会活動の根源的な表し方に成り、哲学や文化という領域の主要な探究と絞り込まれます。しかし多種多様な個別性を持つ人々の性格を集約する作業は容易ではなくどこに共通性を見出すか、無限の想定が置かれる。そうした中で生命に直結するような感受性の高まる場面での判断に本能的な性質が現れ、そこに人間像を取りだす事が変容しづらい生き物の特性を映す事に及ぶ。集団的自衛権という今日的なテーマとの相関から人間像を探る切り口が以下のように上げられます。「相手方はどうあれ、自分はこうする」という意思を表現する行為と、それを見た相手方が「どういう反応を示すか」この相関の根拠に過去の規則性と現在の状態とそこから予見する未来の行為への想像が及ぶ。過去から映し出される相手方の性質へ自身の態度を投じてどのような態度に相手方が出るか。自己の善意という方法が相手方への行為に反されるか。こうした論理の中で中身に当たる個別事象の体験が配され善意ある態度を取るか、悪意を含んだ性質として構えるか。善悪の割合をどうとるか、構え方の割合に反映するか。絶対的な自己のポリシーとして善意あるままの態度を崩さない事に価値を見るか。「私は暴力を進んで用いません。しかし、攻撃された対抗します。」という各主体に在る自然権と、他者との交流から生まれる同盟関係の程度に即した主体性の在り方が想定される。自己から見る環境の変化に応じた振る舞いへの反映か、環境に関わらず一定不動の態度を堅持するか。他者と自己との区分や価値の異同割合で浮かぶ主体性の実態が現れる。自他の間で備える価値以外の価値を持ち、そこから争いを起こした事に対してその主体を肯定し命を懸けて反撃に加わるか、争いを起こす事前にその理由を伺い同意できるものであるか、単独の判断で異なる因果による行為をとり争いが深まった事へ対してまで協力すべきか、命を張る程度を経緯から導出するか、単独でどんな判断を取ろうとも一心同体と見做して体も従うか、集団的な自衛の概念と個別適用に見る数々の想定が浮かび関係性の在り方を表す内容に反映される。専門者としての知見を表す態度に留まっての判断であるか、体も用いて投じる事を約束の上に判断を取られるか、間接的な立場と当事者性の違い等も含んで表現への重みが生まれる。「頭だけは貸すが体は出さない」を前提に判断だけを渡す事へ他者が従うか、当事者となる覚悟を持った表現の質的な相違が信用の程度に連なる。その約束を行使する信頼性も含んで表現者と内容への力が加えられる。体を張って生み出される観念への深さや重みとなり、両面を切り離す事の困難さが生じ人間と技術の一体で実態が測定される。表現への根拠内容が確信性に及ぶものか。こうした点から方法への賛否や異同が生まれる。学者の自己満足と見做されるか、生命の存続に有効な方法と見えるか、責任感覚がどこまで伝わるか、根拠を示して他者が判断する。

2-5人間像の根源性

以上を纏めると人間には正負の性質が所与的に内在する。生を表す事は滅を生むという感性からこうした人間観が生まれ、生を作りだす事へ対する重みが形成される。即ち、自己と同様に他者の生命も尊び、それが態度に現れて健全な人間の姿が示される。自身が不快に感じる事は他者へ与える事無く、自他の生命に差はない事を起点に平等感覚が内蔵され、感覚に起こされる自然な本能とされる。こうした原理を下に各種の応用が取られ、生の増進は各人の欲望と解され、その質量に応じた効用と影響への思慮が及んで、滅に及ぶ事柄への適正な施策を併せ持つ感性に共生や協働の基本的な在り方が備えられる。他者の生命に関わる重要な判断等を提示するに際しては、確かな根拠と思える事実を集め未来の仮説を設け限りなく予見に近い事象の出現や不快事象の予防や快適性の増進を齎せる創造が望まれる。根本の感性に基づく拡張的な解釈が作られる。根っこの感性の異同が各種事象の性格を表す事に及び、この感度の質が人間性を指し示し人間像の中心要素と規定される。自身がしたように外界からの反応が返り、自己を映す鏡と成って外界が映し出される。過剰な期待や不足に対して不調和が生まれ適正へのエネルギーが注がれ調和へと運ばれる。物性の原理と心理性の反応とが絡みを持って現れ物理性への依存が進むほどに、心理的な感性は下落し生を作る事への重みが減少して無秩序な創造性が出現する。各種の犯罪規定を超え外界への要求を強めるという一方向的な暴走に至り、人間性の備わらない人格破綻者が生み出される。こうした想定に及ばぬように各種の箍が設けられ、適正な対処を持って質の下落を防ぐ事が社会の健全性の維持と向上に不可欠な創造と配される。無法者や人格破綻者を野放しにする事無く必ず制裁を与え負の拡大を起こさない為の一人ひとりの感性が望まれ、根源的な感性の下落を予防する施策が随時に展開されて確たる基盤を備えた自由の躍動性が許容される。こうした共通価値による集団的な自衛力の強化が欠かせない取り組みに思われます。

自己の体系が固まらない内に社会的影響力の強い立場に置かれ、言う事とやる事が間逆になるようでは適材適所とは言えず、未成熟な人格を間違えて選択したという検証結果に及ぶ。体から対象に対峙し肌身を通して頭で観念体系が作られ、それを言葉に表す過程に正常な軌道が映し出され言葉と行為に整合のとれた活動者が生まれる。この標準とかけ離れるほどに精神分裂の姿が生まれ、生を投じる事に対する滅への配慮どころではなく共生感情の劣る利己的な人格が露わになる。ここから負の影響が拡散され物理的な力の原理が進行し作られた法もお飾りで外界へばかり要求し自己を縛る事のない一方向の欲望の実態に及ぶ。少々極端な描写に成りますが悪性の因果を示すポイントは抑えられている事に思います。これへの対処や予防が人間像の形成や表現であり少なからず良い作用を齎せる事と考えます。