感性と技術の適正と社会の形成

知識と感受性と体の一体性に健全な人間性が備わる。知識が豊富で、それを伝達し有用な作用を持つと評価されるには、身近な所属組織の評判も比例して良いものであって、個人と集団の整合が図られる。所属集団からしばしば問題が発生し、それへの関与へ及ばない優れた個人という相関には、違和感が強く、身近な事柄に対峙して良質性へと働きかけ一定の成果を遂げて生きた知識と感受性と体の関係が確認される。身近に起こる問題に向かわず、個人の優れた評価を得られる事はなく、健全な感受性が備われば、身の回りの改善へ身を投じる反応が起こり、生きた知見を作り上げる体質が見られる。

こうした工程が希薄で、外の評論ばかりを磨き、評価を受けるなどという事には至らず、健康な感受性を欠いた個々人的専門職化という職位があるならば、片手落ちの個人と集団の関係にあり、個人は良いのだけど集団は悪いなどという理屈は成り立たず個人に問題がある。活きた知識でもなんでもなく、二次情報を詰め込んで体も感受性も作用しない可笑しな人間性と見るのが適正であり、個人の性質に問題の所在が確認される。このような、個々人が少なくなく、頭だけで体と心が連動せず、歪な性質を形成される。

評論家や記者等の専門職のような立場で、集団としてのマネジメントに問題があれば、まずは組織の良質化へと力を注がれて、有用な集団と及んで外界への評論なども担える立場が生まれる。カラの評論化や専門職という姿に、心身の一貫性を外した病理性が見られ、この構造には、適正な評価は与えられない。

身近な組織の良質化も出来ずに、外界の事象へ何某かの評価等を起こす態度が可笑しく、躾の次元で狂いがあり、根本的な性格の欠陥とも見做されかねない。この不整合から歪んだ精神性による自己評価感覚を作り、妙な認識を宿し犯罪へのモラルも形成されない頭と体と心の分断症状が映し出される。

派遣社員や専門職化という集団と個人の在り方に、歪んだ精神性が映し出され、健全な個々人の成長と集団との一体性に及ぶ形態を作る事に適正が生まれる。技術的知見に優れ、人間性に欠けると、技術と社会の結合には及ばず、誤った技術の用い方へ流れる懸念が深まり、その技術は有用性よりマイナス影響を作り上げる。人間的健全性が基盤にあって適当な感受性が備わり、良質な技術が育つという相関に適正な軌道が起こり、中長期の利益を遂げる構造が生まれる。

妙な個人化や専門職化という一過性の利益を求める形態には、根本性の歪みが反映された制度や方式を指し、歪な個人と集団が作られ、社会の悪性を深める。一過性の利益を志向する発想が強められ、身近な問題に対峙せず遠くの利害へ関与して糧を得る精神性に、どこか欠陥を抱くのが適当に思われる。紛い者の評論家や専門職と見做され、頭と体と心の分断からは良質な表現など生まれない。報道機関や妙なタレント等へのクレームが発生する根源性の原因とも推察されます。真面な社会関係を作る事の出来ない盗み症や詐欺士と映り、人間性の可笑しな状態で、高い技術力などが生まれる事へは至らない。人間を知らずに技術が生きる事はあり得ず、人間に役立つ発想をもって生きた技術が作り出される。瑕疵を持つ人間像に逸れていないか、健全な人間像への修正を図り、具体化する力に及んで、適正化する。

集団として、考えが纏まらずバラバラの個人などを放置して集団を存立させるような事態は、外界へ利益を作れるような諸条件が整わず、欠陥が治らないと、外界との適正な対話は生まれない。堂々と組織の性格を表し、組織員との一貫性にあって、外界への利益を作り上げる構造が整う。健康な感受性に基づく有機体において、真っ当な個人と集団を持つ社会が生まれ、外界への適正な約束を表し全うする要件が揃う。

社会形成の根源的な原理とも映り、ここから見て乖離する状態へ構造的、性質的な悪性原因が捉えられ、個別各所の事象が生まれる因果と及ぶ。歪な利己性は、際立ってその態度が知覚され、社会性の適正を欠いた技術職は真面に評価されない。派遣などの雇用形態に対しては、根本的な欠陥が進み、専門職化という面について、根源的に思慮を及ばせ、悪性の制度を見直す態度に、健康な感受性からのエネルギーが見られる。経営倫理という面への問いと及び、力に相応しい責任に至って正常な経営体の姿が生まれる。

これを許さないような競争環境を招く事は問題と認識されて、政治や行政のあるべき発想の方向が描かれて、持続可能な生存と共存の軌道が強まる。グローバル化などを考える上での根本性の焦点と思います。適当な制約をもって、健全な自由社会を作る基本の姿を固め、大局の構造に反映して根と幹と枝葉の適正な構造へ連なる。物理性との健全な関わりにおいて長く続くフォームが生まれる。感性と技術の適正な相関を基礎に持ち、反映した構造の制御と成長へと及ぶ。各人の志向性を分ける以前の共通的な根本性の基盤と及んで、厚みある良質性の上に自由度の広がる構造へ至る。

専門性のみを都合よく基盤と切り分けて、主体性像を作る所に瑕疵が見られ、適正化への改善を進める事に正しいエネルギーが見られる。頭と体と心の有機性という人間の変わらぬ型式から自ずと導きかれる原理と現れる。変えるべきでない所が確認されて、行き過ぎた面を矯正する態度に、根の正常な発想と行為が現れる。

善意の力

信用の抱けない社会秩序が進行する程に、「検証作用」に意識が強まり実質的な利益を作る力を弱める。監視や検証作業は事後的な性格にあり対象への不信から根拠や信憑性の元を疑い証拠を探し信用に繋げる行為が取られる。更に検証によって正負の教訓を引き出し後の行為の有用な材料へ反映する作用も含む。証拠探しの面が強まると非生産性の力に及び、実質的利益を強める行為と乖離する。この面が現代的な生産の特徴にも浮かび上がり、人を信用せず疑いの強い感覚が備わって外界の生産へ対して受動的な態度を進め事後的検証と批評へと意識が投じられる。性悪説が強まる事の不利益とも言い換えられ、プラス感情を下げる作用と働き好循環の強まりを妨げる。根本的な基盤面の弱まりを指し外界への過敏な欲求を強める態度と及び、自己生産性への重心を弱めた他者への批判感覚への割合が強められる。過剰な期待か、適当な期待か、作り上げる物事の品質と、それを受ける為の負担との相互性で適正な価格が算出され、過不足のない均衡が基準と設けられる。科学技術力や財力や権力という各種力への依存感覚が強まるほどに、自己から湧き出すエネルギーが弱体化し、外界からの力を求める体質が進行し、外界への期待感覚を強める相関と見られる。そして、精緻な要求を追求し疑い感覚を強め検証作業への比重が深まり、事後的作業へと意識が集められる。これをどのように捉えるべきか。長期的性質面からは、利益よりも不利益となり、過度な欲求を強め、安心を強く求めて精緻な感度が強まり信用を得る為へのエネルギーが進む。重要な点への要求を抑え枝葉の事には感知しないという余裕が進められると枝葉末節な点への指摘も弱まり適当な供給者の善意ある自主性の生産努力が向上し、期待よりも良いものを作る向きへと回るか。専門性を自利の為に向けられると、外界への積極的利益を提供する力には及ばず、不信感が強まり監視や検証に意識が強められる。生産倫理の適正が問われ、品質と負担と価格について誠実な態度を持ち相互の合意に及ばせ、小さな利益の積み重ねから自由度の広がる寛容性が広がり、過度な要求を見せずに適当な長期性へと運ぶ道筋と浮かぶ。精緻性への欲求が増進する事への適度感が制御され、根本面の基軸への意識が強まり枝葉への着目が弱まる。外界を対立性の対象と見るか、恩恵を得る対象と感じるか、両面を適度に伺い、反復的な相互性から要求の適度さが生まれると共に、なれ合いのマイナス面が現れ、粗雑性への制御に及んで、緊張と緩和の周期が生まれる。欲望と力と責任の均衡に健全な主体性の基準が設けられて根本性の原則と固められる。これの個別解釈の中で質実が実感されて、快不快の認識と適正な是正に回り調和性が高まる。根本的な面での欠陥的な事象への感度が弱まり、基礎的躾が下落して疑いの意識が進行して恩恵よりも脅威性の認識が増し細かく求める態度へ及び、検証作業への割合が増加して善意性のエネルギーが弱まる周期性に対して適度感を探して利益を増進する発想を持ちあい、結果的に利益の増へ及ぶ。言わないとやらない。怒らないと従わない。犬猫のような受動体質が強まるほどに自律性を欠いた体質が強まり善意性の熱が弱まる。物理依存の生活スタイルからの弊害が各所に現れる。こうした面の弱まりへの問題意識と改善への流れを作り、基盤面の強化を果たす取り組みが文化面の良質性を指し、長期性の利益を作る。力に相応しい倫理を求める発想において基盤の瓦解が予防される。受動的に制御するか、自主内発に作るか、根っこの性質へ着目が集まる。社会の適正なリーダー像が形成され模範的な秩序へ作用し自然形成的な力と進んで、善意を善意で返す循環が促進して基盤が良質化する。根源面からの自己尺度の形成と運用の実態が掴みだされて、真相真価の測定が向上する。専門性や希少性と力の相互性や、物理的力の保有と利用の適正という点に着目が集まる。自己生産性をなるべく明瞭に表す態度が初動的な躾の範囲となり内発的に自らの性格をオープンに表し外界への案内とともに自己への制約と及び、内外の調和性が向上する。寡占構造からこの面が弱まり物理性へ依存する程に善意の力が萎む。影響力が強まるほどに善意の態度が求められる。幼少期からの人間形成から積み重なり作られる性質という長期観点を持った制御性と及ぶ。

NHKのような愚図を放置すると、健全性が進まない。

1)知るとは、作るとは

実際の変化を生むには対象をよく窺い知る事から始まる。悪性と思う所に自らの身を投じて内側を掴んで適正な変化の施策を生み出す事へ及ぶ。分断的な対立性の構図を作っても、中身からの変化へは至らず利己的感性を優先させた利益を求める事にあっては何ら変わらず、中に入り本質的な問題の原因を掴み抜本的改良の施策が生まれる。よそ者のままでは実態を認識する事へ至らず自主内発的な良質化への軌道は生まれない。悪性を毛嫌いして遠ざかるばかりでは本気の改良は見出されず、まずは同化する事が必須となる。傍から見る心象とは異なりそれなりに正当な根拠による生産にある事が少なくなくその実態を掴み、根源の理念をもって適正化の動きをとる態度に質実のある変化が作り出される。このような工程を抱くのが多くの真っ当な生産体験を有する人々の実際的な感覚を表し対立性の感情ばかりを優先して中身を掴まず批判を高める態度には何ら建設的な改善の道筋は起こらず分断的対立のまま利益を生まない。不快に思う事象の中に入り真相を掴んで確かな原因を確信して改善の方法へ事を運ぶ過程が求められる。ここに本気で良質性を作る感性の程度が浮かび、悪性を悪性のまま確かな認識を持たずに対立する生産性には実質的な理念への疑念が起こり空の偽善者や利己主義者とも見做される。二次情報ばかりで認識に至る確信性の実感の弱い規則性から対象と同化して事実を掴む工程を避け、曖昧な根拠で対立感情を起こす態度は根の痩せ細りと貧弱な生産で留まり大きな利益を生み出す体質とは異なる。評論家や学者等に多い性格を指し中身を知らずに傍から眺めて一過性の批評で糧を得る感性の崩れた性質と掴み出される。対象を知るとは対象になる事を指し、対象自体の立場において対象を知る事に近づけられる。「物自体は知り得ない」という感性が根にあって、それを起点にした態度へ及んで知るという態度が実践され対象になる事へと歩が進む。根本哲学の取り方によって、「知るや作る」という言葉の解釈に差が生じ生産性や人間性に反映される。頭と体の分断傾向は「知るや作る」という言葉の中身を下落させる。そして確たる尺度のないままに気ままな批評を展開し一過性の利益を盗む態度に悪性の根が見られる。科学的な外界化の感度が進み中身を知る事を省略して外界だけ見て知った気になりお粗末な感性を露にする。サービス経済化や分業構造の進展による哲学や文化の弱まりは根本の感性を喪失し機能的即効性を強めて虫けら的な生産感覚を内蔵する。一から作り起こす工程をもって確信性を掴み信念の強さに至って表現や態度が現れる。一部の破綻的な性質がやけに際立ち不快表現を多発する事に対して構造的性質的な面から変化を作る施策が各所に生まれる。評論や観測者のモラルが向上して良質な生産倫理が高まり健全性が進行する。共存性の感性が根になり対象への生命観を抱き生命への尊さから相手方へ限りなく近づき感受性から知る事に及んで表面の態度への真相が掴みだされる。対立感情のままや自利への過度な重心にあっては外界を知り作るには至らない。口から入り腹から出る事なしには真なる調和は響かない。犬を知るには、犬小屋に入って犬と同じものを食べてワンと鳴いて犬の気持ちに近づける。

 

想像性に見る健康像

3)想像性に見る健康像

部分事象も他の部分事象と繋げて一つのストーリーを構成して表現すると、まるで変った心象が起こり良いも悪いも多様な性格が作られる。ラーメン屋さんと隣にジーンズショップの配置をとったり、チョコレートとせんべいを並べたりアイテム単体で表す事から二つ以上の要素を構成し何某の因果性を設けて事象の広がるストーリーを形成すると違った観点が作られ、定常的な発想や感覚から新鮮な発見や生産が齎される。こうした構想力が単純物理性の原理とは異質の化学反応的な変化の方法を指し新たな観点や感性を提供する事へ及ぶ。要素の集積で一つの枠組みと名称を付してカテゴリーや分類という識別性の認識が起こる。何に共通性を見出すか、或いは動的変容の周期性で一つながりの把握へ及ばせるなど、無限の創造力が生まれる。カテゴリー間で同一性の原理を察知し表現の引用的な解釈をもって映し出す等、固定化された感覚に柔軟な発想と縛られない想像性を抱いて刺激や感激、発見等々の表現が生まれる。いわば一つの需要の創出と言い換えられ、人間側の感性が広がり深まり供給事物が投じられ経済のパイを広げる作用に至る。物理反応と化学反応でいえば後者の側に高次な創造性が配され質の抜本的変化と量の展開へ至って単純物理性の要素が進む。既成の方式を受動的に関わるのみならず、発信性や根源性の強い型枠を起こして幸福感を作り上げ豊かさの生産を繰り返し、今日の文化文明が形成されてきた。少々単純物性の感覚が強まって、一部の生産者の方式を多数が受け入れる構造へ進んで力の格差構造が強まる点に各種の根源的な問題が起こり健康な人間性という尺度から良質性を蘇生する作用も社会のニーズと現れる。即効的な感覚で留まりクリエイティブな化学反応的が弱まり、感覚の固定化や規格量産の体質が進行して偏狭的基準に凝り固まり上下や主従の原理で留まる。人間側の成長という視点をもって固定概念に縛られず、健全な動機を基に健康な精神性と想像力が増進し心身の動的良質性が強まり固定的物理力への過度な重心が抑えられる。ゼロベースからの生産性や独自的な発見への発想が湧き続ける中で単純化された型枠の脱皮が図られる。固まった体質に息吹を与え新鮮な観点を作り続ける探求の根を切らさないパワーに人間の良質性を叶える原理が見られる。妙に中身の弱い形骸的な体裁に偏して固執される習性が深まって実質的な利益への拘りが陰る事に人間力の低減が映し出される。真価を追求し良質に及ぶ力強い生産性の湧き出る規則性に根源の原理が設けられ幸福感の提供への意識が強まり持続して何かを作る因果へ及ぶ。利己性が進むほどに既成的な型枠に縛られ安住を志向する発想が強まる。外界との真摯な対峙から心が動き強く感じ取って体に反映する新鮮な規則性の持続に健康な人間が描かれる。想像力はここから深まり広がり斬新性が現れる。ちょっとした閃きや思い付きが起点になって凝り固まった利益への執着が解きほぐされる。過敏症や偏狭性と柔軟性や機動性等の硬い面と柔らかい相互の循環を抱ける中に健康な動態性が映し出される。子供のような発想などと蔑むことなく新鮮な観点に力の源泉が現れる。オープンで寛容な下地的基盤の形成があって自由な発想や思い付きが表に現れる。妙な管理願望が強く窮屈な縛りへと意識が強まる事にもこうした点からよく考えて適度感を作る態度が重要とされる。小さな思い付きが大きな力の形成に及ぶ。目の前に無限の創造性に繋がる素材が転がり体と頭の整合性という健康を図る観点と共に無限の想像性が付け加えられて真に健康を見出す人間像が生まれる。多少の愚痴などが気楽に言える空気があったほうが、寧ろ健全とも伺え何かを作るきっけと作用する。固定化して量が拡大し規則性に高まり多い方が正しいという感覚が強まり物理力が作用する。少数を生かさない常識が強まり集約化の流れが進み、一部の支配層の力が強大化して欲望と力の暴走的な事態へ及び、破滅的軌道が強まる。多様な観点や違いへの好感を抱き動的な面への重心へシフトして、混沌とした常識にある状態に良質な緊張が齎され生命観の衰退を予防する。楽な方へ流れる物理性に対して多様な違いと共存できる性格が残って健康が図られる。個別と共通と根源といった価値の体系に不動性が置かれストックとフローの適正感覚、質の形成と量の展開という観点が備わり根源の因果を見据え、社会構造や地位を固めず動的良性から変動させる制御に健全性が生まれる。物理変化と化学変化の違いを抑え、どんな生産性にあるかの適当な把握と評価が生まれる。

 

 

すごいでしょう。

王様は、大きなお城を建て、金品財宝を集めて、物理的な力を持ち、自己の意思を外界に働かせようという発想が垣間見られる。すごいでしょうこの建物。すごいでしょうこの洋服やダイヤモンド。すごいでしょうこの玄関。すごいでしょうこの車。すごいでしょう家来がいっぱいいて。すごいでしょう。内のお墓。これでも、私のいう事を聞きませんか?という精神性が浮かび上がる。

外界への利益を作り上げ、その活動の実質に、すごいでしょう。という正当性を訴求する事において、健康な精神性と動的活動の工程が浮かび、人々からも納得感が高まり、「いやぁ、確かにすごい」という因果の相関にあって、健全なエネルギーの発生と返還の仕組みが生まれる。

この動的結果として、相応しい名称を与え、王の座を得る事へ及ぶ。そしてその椅子の居心地の良さから、外界へ利益を作る意識よりも、身の回りの装飾へと欲求が回り、上述のような「すごいでしょう。だから言う事を聞きなさい」と回り、悪性の精神と肉体を作られる。利益を受ければそれに相応しいお返しをする態度も形成されず、「だって私は王様よ」という正当性の態度への察しが及ぶ。

「いいから、王様の靴をなめなさい」という如きの精神性を作り、歯向かうものは物理性で制裁を与え、見せしめにして対抗勢力の惹起を予防する手立てを講じられる。「すごいでしょう。内のお父ちゃん政治家よ」、だから従いなさい。私の方が偉いのよ。との如く、ボンボン症の体質が進行して、物理的脅威への意識から応じざるを得ないという状態が作られる。

インプットと変換工程とアウトプットという生産性の基本式における変換工程の価値観と実現の論理構成に見る適正を探し、多くの人の納得感を生み出せるエネルギーの循環を作り上げる事において、プラス型の外界への利益を作り上げる力が湧き続け、良好な行いには良好なエネルギーが循環する仕組みにおいて、健全な正当性や快適感を抱く性質に適当な人間像が当てられる。

すごいでしょう。「こんな良質な利益を人々に提供できるのよ」といった正当性をもって、単純物理的力に寄らない動的フローの活動から生まれる人々への喜びの感情へ、すごいでしょうの実感点が絞り込まれる。

すごいでしょう。この肩書。だから言う事を聞いて。だから何かを貰っても、お返しはする事ないのよ。等々。これらの価値基準と論理形成に至ると、どんな未来が待っているか、容易に思い浮かぶ。すごいでしょう。「この盗みの手口。」という態度や行為に「偉いなぁ、教えて」となる常識が作られる。

日本の「政治家、行政、マスコミ様」は、どこから見ても、すごいでしょう。偉いでしょう。胸を張って、誇れるでしょう。こうした文脈から、物理性と心理面の適正を鑑みて、健全な基準を作り上げる事へ及ぶ。日本は良い国だ。

文化・文明観

インプットと変換過程とアウトプットで、有機体のエネルギーの流れが掴みだされる。何をインプットしてアウトプットするか、変換過程における価値の基準と論理の構成が有機体の芯を指し内部の中枢要素と外部要素と因果を形成する。芯が弱いと、外界からの各種影響を受動的に反応して外界の価値と論理を中心にした内部の性格が形成される。こうした相関から主従性や上下という因果の内実が掴みだされ、その反復性から構造や領域という纏まりある因果の規則性が作られる。内部の価値と論理から生み出される外部へのアウトプットに強い生命観が起こると外界はその力に影響を受け、内部の価値や論理へ組み込まれる。こうした実質的な価値の相関とそれを反映して影響や効用を抱き用いた物事には対価を払いエネルギーの適正な循環が生まれる。事実や価値という言葉を紐解いて現象を表す事を指し根源観念を基礎に備えて対象との関わりや認識や生産や相互性を形成して自然や道具や人との関係が生まれる。哲学や基礎教養という面の適正な認識が備えられて基盤のしっかりした感性や生産へ及び、ここが脆弱であるとふらふらした基礎の上に、歪んだ建造事物の認識や生産へ流れ、それが人間性と映し出される。

有機体の仕組み
インプット 変換工程 アウトプット

 

変換過程における価値と論理構成によるアウトプットの想定からインプットすべき要素が特定され内外関係が構成される。何も作り出さず付加価値を形成しないという外界からの認識へ及ぶと、そこへの関心や認識は弱まり、エネルギーを与える事には至らない。何某かの有用性を外界へ齎してエネルギーの提供と返還の規則性を作り上げる事が生存と共に共存の基本的な原理と示される。人間形成の一丁目一番地の根源的な概念と抑えられて、確かな精神性を備えた体と頭の用い方へ連ねて、健康な人間を作る事へ及ぶ。

個別事象を積み重ね所々で振り返り、確かな教訓を形成し未来の原理に適用する生産の規則性が備わり、真剣に対象との対峙を果たす中で質の良い根源概念が作られる。ただ、長くだらだら、エネルギーの集中しない集り的な生産で時を過ごすと、良質な基盤となる原理が形成されず、付加価値の弱い体質で慢性化し、枝葉ばかりがやけに生い茂り、確かな根や幹が作られず、生産性や人間性の実態が浮き彫りになる。時の長さに価値を見る要素も少なからず抑えながら、実質的な質の善し悪しへ意識が向かい生み出す効用を適正に測定して真価が見出される。

クズな負け犬になるほどに、エネルギーの効用を得ながら返還の態度が現れず盗みや詐欺の性質を強められエネルギー循環の適正を崩される。その不調和が各所に反映し負の因果性が拡大して歪な精神性が積り、各種の犯罪が広がり負のスパイラルが増進する。物理性の保有と適正な利用への発想が萎んで外界へのエネルギーを作らずに外界から奪うために各種力を用いる発想や生産へと堕落する。利益を生まずに利益を奪う体質へと陥り、肥満な精神性による悪性の影響を各所に齎される。権力や財力を有する一部の歪んだ精神性の激しいマスごみ、政治家、学者、財界人等々といった面々への適当な対処を図る事が社会的インフラの重要な役割や責務を指し、構造的・性質的な健全性の下落への対処と予防を果たす事に多くの真っ当な人々の要望が示される。担い手として適正な基準と運用の実態を明示し適正な報酬との比較を検証して、中枢的作用としての真価の測定を常態的に起こして、根や背骨の適正をもって枝葉や果実の良質な産出へ強められる。基準と運用を明示できない主体性にあってはこの任を果たすだけの能力も感性も十分ではなく良質な提案や運用者へ速やかに変わり社会の良質性が向上する。根や背骨の程度が有機体の程度に現れる。長く持続可能な利益を生み続けられる確かな基盤が作られて、文化・文明の道筋が描き出される。確かな根源概念の形成と不動的な認識と運用に及んで、盤石な支柱をもった変換工程が生み出される。強く健全な生命体を作る原理と確認される。

 

根源性と全体観の問い

曖昧な生産性という感覚が、科学技術の力を用いるほどに進み、物的即効性の感度が強まる。この感覚への流れが速まり多様な観点を喪失し、感性の貧困化へ及んで人間の物理化が生まれる。樹木や草木を見ても生物物理的観点による現象化を描き、情動的質感を抱く余裕が弱まり、生命観を感じない一方的利用の制御や創造が強まりを見せる。この感覚が人との相関に反映し、人の物化に連なり、道具と自然と人間の連鎖と見て取れる。経済的合理性や単純効率性を求め無駄をなくし、コストの圧縮と利益の増進という方程式によって価格優位性による競争の差別化のトレンドからごく自然に及ぶ機械化や自動化の流れを指し、これが基調となり、さらに低コストの生産現場を開拓し、価格の優位性へと志向される。この結果、各種の負の側面が顕在化し、適度な物理化という観点が強まって心理面への適正を図り道具と自然と人との相関を見出す所に健康な感受性を根にした反応が発生する。

局所的な特定集団のみでは周辺環境に従う判断へ及び、中局や大局の構造から適正化の枠組みを設けて、局所では賄いきれいない限界を適度化する発想が生まれ、制度や規制を作る事の意義が生まれる。規模の合理性による価格訴求の集約性へ一定の箍を嵌めて中小零細事業者の生存を果たす仕組みをもって適正化される。出口からの再配分による調整では物理化の感度は制御されず、自主内発の制御や自律性を向上させて単純効率性よりも多様な観点を見出し質的変化への志向や生産へと意識が進められて人間側の創造力の豊かさや需要の多様性が生み続けられる。

こうした根本性の問題への認識を形成し、共通的な事柄への感性が生まれて、問題の上流的原因を抑えた改善の方策を投じる抜本性の変化へのニーズが強められる。近代合理性からの反省と学びをもって根源的基礎研究の成果を生かす向きに関心が図られて、持続可能な生存と共存の循環体系が生まれる。これへの判断が各種二次三次の下流工程における発想や生産性へ連なり、土台感覚の相違が下流での感度を分け、勢力やグループの性格を作り違いに現れる。マクロ的な面からこのような根源の原理を踏まえた発想に及ばせ、権力や財力、知力の用い方へ応用させて単調な物理性への適度化が進められる。リーダーという主導的な立場を選定する際の最も重要な観点の一つになり、この面から世界の基調が起こり需給構造の性格や産業構造の在り方や、心理と物理の相関や割合の制御性へ及ぶ。

根源的な原理と志向性を表し、共通的な価値と個別性へ反映し、長く持続可能な生態系をデザインし作り上げる工程が求められる。特定地域のみならず全域に渡るリーダーに求められる課題に配され、リーダーのみならず万人的な問題意識に浸透して、主導者の適正な選択や生産に及び意図しない人間性へ流れる事への制御が生まれる。この観点が弱いと歴史の根源的な学びが足らず教訓を生かす態度が生まれない。適正な世界観や人間像を形成して、土台的な価値の上に各種発想を投じる賢明な生産が求められる。こうした面への問題意識が弱いと、一過性の利己主義に走り、力を適正に外界へ用いるに及ばず、局所性の利益へ偏り無責任な能力の足らないお飾りを担ぐことへ及ぶ。この失敗は繰り返すべきではないと考えます。

哲学のない経済や政治は、根のない機械性や利己性を進める。纏まりある価値の体系を示しきれず考えの定まらない受動的な体質に力を預ける事無く、賢明な意思を表し作るエネルギーとの一体的な工程を遂げる生産性に、健全性が生まれる。お飾りの学者や政治家、世襲の坊ちゃん、物理依存の激しい財界人や資本家という類は大きな力を預ける要件から外れる。根源性とマクロ観を少なくとも示し地球全域に渡り賢明な価値観の実現へ及ばせる事への期待と実力を冷静に測定して正しい判断へ及び良好な世界への軌道へ回る。こうした観点を欠いて枝葉の事をいくら言い争ってみても、すぐに限界が訪れる。問題の先送りが出来ない時点にあると思います。世界的な議論として本腰を入れて強め賢明な選択に狭まれている。独り善がりの心象であるかどうか、多くの人々の感じ方をお教え頂きたく本書を起こしました。

 

 

社会の中長期周期で映す観点

上限並列という構造感覚が作られ、領域という範囲の実感がどことなく生み出される。それを鮮明化して管理したいという欲求から、領域を表す観念が付与され、個々の違いに統一性が作られる。その全体に一つの生きたい有機体を抱き、個々の細胞が一つの意思によって制御される。積み上げ的な因果の形成から次第に纏まりある一体性を抱く過程を表す。トップダウン的な一体性を形成するアプローチは、まず領域の意思を設計し名称を当て、それらを構成員に下すという力を強く進める過程を指し、個々の自主内発的な歴史の経過で生まれた心象や認識よりも、人工的なシステムの最適性を抱き、ごく限定的な設計者による機械的な体系を描き出される。根元の感受性と合理的図式との分断性が現れやすく、時と共に次第に抱き作られる自然形成過程による流れとは若干異なるアプローチを生む。

外界の環境変化から、内部の求心性が弱まり、脅威的な環境への心象が高まり、より強い組織体を意図して、大枠や大局からの整合性を高めて外部への強い発信力を意図する際に、歴史的な過去の規則性を作り直して、全体としてのパワーを高める作業が生まれる。右肩上がりの成長ステージには、特段問題意識が強まらず、日常の感覚をあまり変化せずに、同様の規則性をもって環境との調和が図られるものの、競争の激化と及んで、新たな規則性や理論を打ち立て、生存への適正を作り出す機会が発生する。

小さな問題意識が生じながら、次第に待ったのない変化へ狭まれ、大胆な改革を強いられるか、小さな問題をある程度の所で、受動的な反応に寄らない自主内発の改善をもって、少しずつ変化を見出すかの差が起こり、問題へ蓋をして先延ばし、各自が利己的な判断を優先する程に、組織全体の力は弱まり、大きな変化を余儀なくされる。利他の意識や全体の利益という感覚が弱まるほどに、こうした事態を招き極端なトップダウンによる最適性を計ることなしには生存が途絶える未来が予測され、致し方なく大きな変革を執行する事へ及ぶ。日頃から体質となり作られた発想や論理の傾向や行為への性格が、基盤的な感受性と作り出され、利己性の強い体質や利他への志向とこれらの割合や相関の作り方に現れ、上述のような問題との対面と対処の仕方に違いが生じる。

組織が作り上げる物事の性格や、需給構造の規模や質によって、組織の感受性の性格に現れ、組織員の性格が生まれる。協働的な連携による製品サービスの産出か、個々人の分断的な生産性や特殊技術力による産出といったアウトプットの違いが組織形態に反映し組織の意思の在り方と掴み出される。健全な技術の積み上げ的な改善を持つ規則性と、盗みや詐欺の性格に近い規則性等の違いと現れ、生産性や人間性の質が生まれる。後者に及ぶほどに、人との上下という感覚が強まり、単純な尺度による優劣性を抱き、対面の作法に現れる。前者においては各種工程における各自の能力への尊重と協働感覚が生まれて、上下というよりも並列性の対話感覚へ至り、人との関係に現れる。何を作るかが曖昧になるほどに、単純な変数による力関係へ流れ、心的な健全性は劣って物的機械性の方程式を内蔵される。

法による統治や原理による制御というよりも人的恣意的な属性に従属する感性が強まり、単純物理原理で支配される秩序が形成される。「盗みをやってこい」といわれれば、そのまま従うより自己の生存の道はなく、個々の真面な性格は作られない。この世界を望むか、各自の生産性を磨き技術の向上を求めて、心理的倫理や道徳を重んじる生産体系を築くかの、欲求の違いが作られる。楽をして糧を得る体験を得ると、真面な感性が壊れ、利他より自利の性格を強めた人間性が増進し、モラルの破綻と体質の悪性が積み上げられ、犯罪体質で慢性化する。どこかで取り締まられて、根本の感性からの変化を強要されて、真面な発想や体質へと修復され、健康な軌道へと及ぶ。この自然循環性をなるべく壊さない事が、根源的な原理となって、文化基盤の良性に及ぶ。クズな性質の領域が蔓延ると、悪影響が広がる。

直接間接に、盗み体質が常識化して、利己性の強い一過的な発想や手法で糧を得る生産構造が強まり、社会の崩壊を招く。法律を恣意的限定性の利益を遂げる道具として作り人口性の秩序で制御し、利益を得る容易な方法を採用される。愚図な性質は物理性の用い方に現れ、外への利益よりも利己的志向に力を当て力による制御性を進める。政治、マスコミという領域に現れる生産性や人間性が、明瞭に掴みだされる。クズは連鎖し、これへの抜本的な最適性という構造への変化に着手しないと、破滅的な問題の先送りが重ねられ、歪な構造や性質が深まる。

欲望過多で利益を作らない悪性へ及び、物的弱者から盗む生産が進む。悪い意味の力の固定化に及び、愚図が愚図のまま生き残る。このような長期性の観点が備えられて、局所事象や構造の在り方を適正に認識し、問題の序列感覚を持って適正な改良への力が進められる。淡々と、良好な法による取り締まりが進められ、下限的な躾の水準を向上させて、積極的生産の基礎が起こり、より高度な生産体系へと更新する実施工程が生まれる。良好な旅を遂げるには、逃げられない工程が生まれる。妙な偽善の線香臭い集団なととは切れて、健全な性質を中核にして、腐りの連鎖を断ち切り、真に健全な文化への道筋が生まれる。

未来型の社会ビジョンが形成され、問題や好感事象が鮮明化される。中長期の根本原理を基に短期性の事象への性格をつけ、適正な対処策や有るべき基準が設けられる。クズは逃げられない。

5)社会システムと文化システムの内臓

教育・文化は、純粋性の原理を形成し、訴求する分野の性格を持ち、自然の原理や社会の適当なあり方を表現する場であると考えます。理想概念を純粋に作り上げるという立場の性格を持ち、そこに意義が見出される。長期的な観点からあるべき理想を謳い、中期や短期的に見る人間の歪みを正す作用をもって、当該領域の真価が謳われる。実際的な社会においては、各種の利己性が剝き出しになり、短期的な利害の側面がしばしば顕在化される。経済や政治という領域で見る生産性はこの性格を持ち物理的な原理が強められる。これの行き過ぎに教育文化面からの表現が適正化への作用をもって、各領域の違いが衝突して、軋轢を持ちながら程よい調和や制御と働く想定で描き出される。各分野の優先的な発想は少々異なって違いに意義が起こり、領域的な違いとなって、経済や政治や教育・文化という異なる名称が付与され識別される。このような領域と領域の相互性で描かれる社会システム概念が形成されて持続的生存と共存の適正な軌道が作られ、方法的な概念として配される。最上の理念に、「持続的生存と共存」が浮かび上がり、現況の利己的性質の深まる傾向に対して、教育文化の長期的利益の立場が適当さを齎し、過度な衝突的な利害を緩和させる相互性が見られる。この違いと衝突が現れて意味があり各領域の健全な対立と起こって、調整作用に及び適当な人間性が作り上げられる。あまりにも理想へ偏した概念であっても適正を欠き、あまりにも物性が進んでも適正を欠き、両面の程よい調和を見出して、長く続く社会の持続性へと連なる。こうした認識が揃うと軋轢や対立に健全な態度の認識が現れ、過度に衝突に過敏反応を起こして、体裁を整える為の歪んだ手法をとる事へも及ばず、自然な動的状態と把握される。妙に同一性を求めて違いへの不快反応へ及び、混沌性を平準化させる発想へと向かう免疫力の低下は、真なる利益を創造する感性と外れ、自己領域の価値観へ偏した態度へ及ぶ。視野が偏狭化して違いへの寛容性が狭まり過度な操作性へ流れる事へも利益を作る軌道と外れる。どこか、波風を立てずに無難に済ませようという感覚が強まって健康な衝突への免疫が下がり、直接的な対立を避ける態度が進む事には健全な創造性は高まらず、各種領域における特徴を抑えながら、違いへの尊重と摩擦と発見の構えが置かれて適正化する。規格量産化やサラリーマン化や分業化の弊害とも映り、根本性の概念が痩せ細って、枝葉の対立に妙に過敏なヒステリーを起こし、利己性を求める現代的な事象への認識が生まれる。このような背景からも大局的長期性の概念図が起こされて根元の感性の同一性への厚みが形成されて社会システム概念という全体像が有効な方法と描き出されて各領域への違いの寛容性や尊重性や相乗効果への認識が生み出される。線の細くなった人間性に基軸の論理が強化されて枝葉の衝突を良い作用と進行させる事に適正が生まれる。直接性の対立を避け痩せた免疫の低下が歪んだ間接手法を多用し陰湿な人間性に及ぶ事のない堂々とした根の太さが生まれて過剰にビクビクした反応が沈静化する。空の面子へ拘り真価を遂げるエネルギーが弱まる事には良質な創造性を下落させる。こうした論理がいくらか起こっても自然な範囲に感じます。必要以上の裏工作や根回しを図る態度には健康な性質を歪め、堂々と表で裏表のない感性を表し健全化する。このような志向性や感性が内蔵されて社会システムの中に文化システムが入り理想と現況と方法の活動性に深みある認識が作られ妙に隠蔽的な発想や閉鎖的態度や内向きの手法や事なかれ主義に陥る事なく適正が作られ長期的良質性へ及ぶと考えます。

 

 

文化システム形成の道

構造の適正基準と誤差の認識が現況状態の把握を指し、この認識が測られずに、場当たり的一過性の表現をなされても、統制の弱い生産者と及び、責任感覚の備わらない付加価値の測定が曖昧な活動に至る。有る領域に対して、自己が賄う活動の主要な役割が認識され、基準と現況を掴み、基準へ向けた施策を考案し投じる規則性において、活動と活動内容の実態が表される。全体性概念図に対して、自身の生産性がどのような性格にあり、社会への利益にあるか、理想的な姿と現況を抑え、自己の認識と外からの評価をもって、適正かつ健全な需給と社会の形成へ及ぶ。全体概念に配される、経済や政治や教育という領域と領域間の相関について、ある程度の認識が起こり社会のマクロ概念が生まれる。そして、経済や政治と教育という各分野の割合や役割への認識へと測定や思索が進んで、自己領域との相関をもって、上位概念と並列的な構造感をもって、外界と自己の認識が生まれる。領域に対する自己組織の性格が抑えられ、組織内での自己の配置を持ち、組織の協働的活動へと展開される。社会のマクロ観を作る前段に、自然と人間の在り方やエネルギー循環や生態系への思いを馳せて、自然と人間と社会と自己組織と、組織内での配置という認識を整理して、理想と現況と方法のサイクルを回し、根本理念と整合へ及ぶ力の投じられ方へと連なる。このような活動の体系へと展開して、真っ当な感受性を備えて正攻法のエネルギーを発して、積み重ね型の改善を図り、地に着く感性と人間性が作り出される。直接対象との相関と間接性の因果へと思索を及ばせ、局所と構造とシステムへの連なりを抱きながら、自己の性格を掴む事へと及ぶ。確かな社会的意義ある活動への認識が生まれて、精神の安定と健康な力を投じる活動者へ及ぶ。歪んだ精神性と犯罪への着手は、こうした真っ当な創造力への力から外れ、安易な方へ楽な手法に流れる人間性に起こり、各種の負の影響を内外に作られる。その負が連鎖してマイナスの性格や負け癖の文化へ連なり、空間の性格を下落させる。とりわけ社会システム上の要路となる影響の大きな配置に、お粗末ぶりが強まるほどに、その性格が連鎖して辺り一面の常識感覚を作られる。配置とそこで求められる能力と報酬のアンバランスを適正な基準をもって是正する持続的な改善の動きにあって、健全な性質と共に、局所事象と構造とシステムの連動と実現の軌道が生み出される。何ら考えも弱く、あるべきビジョンへの探求も至らず、社会観や自然観や自己の組織観や組織内での役割という認識が備わらないまま、寡占的構造に甘えて盗みや詐欺の性格を作り、クズな人間が居座ると、辺り一面がクズになる。頭ばかりに偏して断片的な知の量を持ち、何らビジョンの形成や問題意識に及ばず、集りの習性を作り、社会のお荷物が生まれる。構造的性質的な劣化の程度は、こうした認識を客観的に表し、現況の活動を掴んで、どんな利益を作り上げているかの自覚へ及んで、適当な自己の認識が作られ、態度に反映される。自己の過剰な評価や過剰な報酬にないか、肥満な性質に陥っていないか、上述のような点を丁寧に紐解き、概念と実際を把握しながら、自他との適正を作る軌道が強まる。

逃げ癖負け癖は、正攻法の探求から外れ、根の弱さを鮮明化させる。感受性の質の下落に及ぶ科学技術や財力権力という力への過度な依存症から、力の適当な保有と利用と離れた制御不能性が現れる。人間側の弱まりへの認識へ及んで、人間側の生身の感受性を基礎にもって各種力との適正な関係が作られ、真に利益になるエネルギーが強められる。文化の旅は、苦楽と真摯に対峙し決して横道に逸れない強い意志によって作られる。確たる人間の強靭な性格が不動的基盤と固まるまでの長い道筋が生まれる。各種世界観の形成や深まりへ及ばない物理的即効性への快楽主義は、人間の破綻にあり、配置や役割への認識の形成や現況の姿を掴まずに、一過性の欲求で物事に関わり盗みや詐欺の性質を蔓延させる。クズな仲間で傷をなめ合い、弱い立場につけまわすような醜態に及ばない健康な性質において幸福感を掴むに及ぶ。ボンボンや肥満症への適切な感度をもって、健康の維持と向上に及ぶ常態的な文化システムの形成が不可欠に思います。