文化論のあらすじ

文化論の粗筋

問題の焦点 断言する態度への不快感は極まりなく、他者の生命に関わることに対して言いきれる感覚に無責任な規則性を辿ってこられた過去の軌跡が映し出され、表現者の根本的な人格の欠陥へと疑念が浮かび、到底重要な判断を信託するには及ばない。このような点が共生感情の質実を表し物事への深みある思索を持って表現する体質の有無を見る事に成る。動を静にする重みと言い換えられ生命観の抱き方が出発点に置かれ犯罪感覚やあらゆる創造に反映される。ゴミのようなマスコミの姿としてしばしば現れ人間作りの失敗や出来そこないといっても過言ではないでしょう。

欲望の展開 幸福感情の増進という最大公約数を表す集約観念で実感の統一を図り、共通の原理を備えて納得感を高め、良好な気流の循環を生む調和への志向が根源的な欲望に備わり、これを中心焦点に多種多彩な創造と需要の関係が生まれる。生物物理的な欲望と心理的な欲望と混合的な欲望といった細分化に及び感覚的実感に近づく事象を浮かべて概念の要素分けを取り身体感覚や頭脳の作用と感受性の起こりに客観的な有り方を思い浮かべ価値の整理が図られる。そうして実際の場面で実感を抱き頭で整理された事と感覚や感受性の起こり方との異同を掴み新たな観念の更新が繰り返される。整理する作業は自己の確かな制御感覚を高めたいとする欲望になり一種の安定と安心を求めて、予期せぬ不快を予防する行為となり生命の存続を中心に取られる理性の作用と思われます。その理性に、自身と他者の生命への感覚が生まれ悲観を抱きながら楽観を得る高度な創造へ発展する。個別的な過去の体験から重みづけや関心の程度に異同が生まれ因果の描き方に多彩性が現れる。個別性と個別性との対話から共通性が見出され、同質の因果を揃えた欲望に及んで効果的な実現のプロセスを創る工程へ進化する。これによって共生感情と実態的な協働性が生まれて質感の近い共同体の意識が生まれ生命の持続と繁栄への道筋が共有される。領域感が強まって内外という切り分けを持つか、創造の提供先との連鎖から共同体の拡大的な成長に意識が向かう傾向に現れる。自己の直接的な欲望に関心が向かうほどに外への意識は対立性の感度に及び守りの緊張関係を生み、他者の幸福感に喜びを抱く意識によると攻めの緊張を持つ。相互対話の快不快の経験から意識の割合が生まれて両面の適正を探し好感情の持続性への方策が作られる。これが単純図式化した調和形成を示し多種多様の変数を切り落としてポイントらしき所を取り上げた観念と示されます。個別多彩な形成過程と抽象模型化した頭脳表現に成り、実際の動態を如何に短期で明瞭化させ不快の予防に及ばせるかの手法にも映ります。

健康像 短期性への感度が科学技術の利用から強まる事と中長期の時をかけて創り上げられる自然な形成方法という比較で対置される。この面に対する快不快感が多くの事象の中心的な皮膚感覚に成って表現の強弱を創り、先鋭化と鈍化、急激と鈍足、細部と基軸等々の分化と統合の枠組みにおける感覚の変化が生まれる。これが損得や公平感、平等感という心象や判断に及んで善悪や美醜の判定を導出され行為に連なる。投じたエネルギーに対するお返しの調和という集約で表されその過不足から各種の快不快感に及ぶ。常態的な規則性が皮膚感を創りそれを基準に提供と需要の適正感と固まり基準と許容性の範囲が生まれる。頭脳作業に比重が高まる程に画一的単純化の感度が進み自己への甘い基準と許容性が狭まり、過度な欲望を強要する体質に及び先鋭化や対立への反応が進行し物理性を不快の対処に当てられ早急な欲望の充足を意図される。少ないエネルギーで多くの果実を得る周期性からこの傾向へ深まり適正調和の異質な感度を作る。こうした因果と対処や予防の発想から適正調和に連なる健全図面への探究が進められ人間像が表現されます。

浄化反応 今日現れる問題事象の根源原因に到達する視点とも考えられ、二極化や犯罪、テロや戦争という衝突が発生する根本の仕組みを表し、或いは、これに準じた生産や制度の性格や、感受性とその実態を計り予防や改良へと作用する事に思います。こうした観点が抜本的な施策であり上辺の施策では効用は少なく意図するビジョンの持ち方から現況と方法に違いが生まれる。肥満体質となかなか同一的な基準と適正調和には及ばず、描くビジョンの相違が現れ犯罪感覚にもだいぶ差が見られます。肉を削ぐ決断が遅れるとその感覚が基準と浸透し空間の皮膚感を作る。健康像の取り方が基準に成って描き方や抱き方から各種の事象が発生する。断言等の単純化の進行には生命観の弱まりが見られ、単細胞化した感覚による対立性を深め、物理依存や物理性自体への欲望を強めた人と人の関係に及び、感受性の衰退と感覚的即効性の体質と現れ、画一性が強まり提供よりも奪う事や犯罪への安易な一線を越える制御不能な人格破綻を創られる。この虫けらには明瞭なけじめが不可欠となる。

周期性 問題感覚が生まれ対処の動きが生まれ正常な感覚に修復する大きな周期性とも伺え社会の自然律とも言い換えられる。健康な感受性を根にそれを不動とする大きな周期性であり自然な感性に従って粛々と回す事が普遍の原理に感じます。プラスと捉えて正への流れを落とさずに推し進めて根本の原因を掴む事になり本書の文化論を実感するものと思います。

人格教育とシステム形成 体を張らずに間接性の道具に逃げる発想は精神面の劣りで在って陰でこそこそやる事から問題が複雑化する。アナログ的なひ弱さとなって正道から離れた横道の感性が進んで、これに肥満体質や精神的痩せ細りという性格を充て健康な対話の在り方へ修復するのが適当になる。お金や権力という力に踊らされて、それを制御できるだけの人間面の成長がないとアンバランスな力の利用に至って子供に力を持たせるような事態を招き負の連鎖が広がる。こうした原理を人格形成の初動に置き相応しい社会秩序の太い基軸を植え付ける事が必須となる。ここが固まらずしてはあらゆる創造に歪みが生まれひ弱な人間が多産される。これに照らして実際の社会状態を映すとマイナス因子が比較的明瞭に浮かび上がりそれへの相応しい対処が自ずと導かれる。基軸に在って良い人格と不適格な者とを峻別して適性に合った配置を創り上げる発想がインフラの良質を固め正しいエネルギーの循環系が促進される。物性依存の体質は中長期的にはマイナス影響になり誤った判断を作られ体質に浸透して戻す事の容易でない世界に及んで武力衝突に至り創り上げた物事を破壊して元の地点に逆戻りする。非合理な循環を創り上げ幸福感を増進する事にはならない。

1)中立性と偏向の解釈

主体性の概念を創るに際して、中立と偏向という概念の解釈を示す事がポイントに置かれ、以下にその捉え方を示します。観測者の役割は、健全な動機に根差して観測対象の選定と評価を伝達する作用に思います。健全な動機の解釈は対象に関わる利害関係者への利益の増進であり、需給構造を中心焦点に備えて事象の直接的な範囲と間接性の因果を想定の上に、ここに関わる利害を浮かび上がらせ、正負の影響を推し量り、正は増進、負は削減という意図をもって事象を取り上げ伝達するというフレームが予め備わり適正な動機と解される。

直接事象 間接の因果
プラス マイナス プラス マイナス
5W1H

つまり、予めの世界観が意識的か無意識のうちに備わり、良い悪い、美醜という概念を有して、対象を選択する優先順位を持ち、問題の序列感覚に沿った選定を取りプラスは増へマイナスは減へと自然反応的に論理を構成される。事の重みによって、利害関係の影響が大きくなり、それを想定して利益が最良に成るような図式を描き問題の文脈を創られる。事象の特定に一次評価の要素が含まれ更に焦点を絞って二次評価が加えられ、対策案や予防の視点に触れて良好な提案作用を持つ。健全な動機に基づく行為とは、このような感受性と論理を必然的に生み、観測者に関わらず生産者の一般的な工程と見受けられます。

偏向や中立という概念はこうした思索の上に現れ、特に利害関係の想定の取り方と影響の度合いの掴み方という作為的な操作に寄らない事実の特定における異同が生まれる事と、観測者自体の利益を勘案して意図的に特定の利害関係者に有利や不利な描き方を用いると、著しく中立性を阻害し公平公正な第三者の立場を失い信頼性を損なわれる。事実認識の違いという面と、自己の利益を含んだ評価という面がポイントに成り、本来的観測者の客観的な純粋利益の向上と離れると期待する役割を損なって権威を失墜される。

そして、予めの世界観に見る異同が生まれ良い悪いという感覚が根源的な価値を指し事柄の重みづけの違いと現れる。経済の向上する体系観、人と人との適正な在り方の体系観、人と自然の適正な在り方、及び生命観の抱き方といった根源的概念の認識が各所の価値に反映され、意識的か無意識のうちに評価の適用を成される。この範囲を含んで健全性への在り方が問われて観測行為の質が計られる。人間社会をどのような方向に持って行きたいか、この予めのビジョンを明示して主体性をお知らせした上で生産を執り行う事が対象との真摯な対峙となり、この基本尺度に忠実であることが中立性と表され、公平公正な人格の実感に及ぶ。この事からも観測者というよりも利害を持つ創造者の実態を持ち無人格の純粋な客観性とは異なり主体的な創造者となって健全な主体者の認識が生まれる。厳密にはこの意味からも自己の利益を求めた創造性にある。「偏向している」という評価はこのような論理の上に問題の指摘を限定して問いただす事が適正に思われます。

健康体への道―内股人間の改善

民主主義と自由主義の良好性を高める上では主体性の健全な心身が必須と成り、このマイナス的側面に内向きの体質が指摘される。これを直す論理を取り上げ健全な価値の運用へ連なる事でしょう。

組織に属さないと表現内容や主体性を認めないという数の単純論理は、真摯な原理創造型の感性とは若干異なり、物性へ偏した原理の捻じ曲げや成長への停滞を齎し多数決の不完全な性格と映し出される。しかし、この見方も一種の奢りに映り適正な対象との構えを持つのであれば以下のような面に問題を取り解決の手法が投じられる。

多くの人々は、採決する内容への直接的な判断と物理的な諸条件から見る利害という間接的な要素を含み判断される。平等思想を前提に構えるとどの判断にもケチを付ける事はなく表現者の訴求力や説得力へ原因を求めるのが正しい筋道と描かれます。しかしこの場合でも、平等を達するフレームの形成は最低下限の条件であり厳密性の追求は至極当然でありインフラの健全性が作られる。そして、表現内容と熱意と説得力によって支持や共感を集め数を得て実現へ漕ぎ着け欲望と力と責任の均衡状態の実感が生まれる。

大きな欲望を抱く程に力も責任も等しく求められ実現への道のりは必然的に長くなり早期の判断を得られるような事には及ばず、段階的な手順を持って数が作られる。この結果、組織力に信用が与えられ表現内容と物理力の程度に信頼感が寄せられ判断が投じられる。恐らく、このような論理に多くの健全な感覚が浮かび上がり、理想と現況と方法の図式への信用が与えられる。こうして観念と感覚の実感に近づいて実際の感受性が掴みだされて頭と体と感受性の整合した活動の実感が生まれる。

そして、より根源的健全性を求めるならば、表現があって資源が投じられ、表現から期待する効用への力という論理は崩れる事無く、物理性のみでは意味を持たず、その用いかたによる効用と充足に力が注がれる。原理創造が先行される感性が適当となり物理力に求心力を与える発想は健全な感覚と異なり、物理力が目的化される力の注ぎ方からは豊かで健全な発想を萎ませる。良質な感受性を根にする創造軌道の中で物理性を注ぐ論理は変える事はあり得ない。

この構図に照らして力の過剰な保有や遊休させる非生産性は害悪と成り、或いは物性に偏して逆の用い方という論理のあべこべについては是正されてしかるべきであり、過度な支配願望から物性への志向性が強く効用を生まない状態から不健全な感性が宿りプラス性の力より負の影響が広がり原理創造への熱が萎んで衰退のスパイラルを増進される。何の為の権力や物理性かを問い正し幸福感の増進へ資する配置換えが進められ原理創造と効用充足の実現への流れが増加する。

中央集権という管理システムによる内向き的な弊害が各所に出現し根本的な検証と改善への認識は概ね取られ力の移動や集中すべき事業への統廃合を粛々と実践する段階と見受けられます。こうして調和やプラス性の流れが加速し歪な体質からの発想が改善され健康な主体性が作られる。外へ向けた好作用を齎す力の増進を基調に内から搾り取る因子を削減させ健康体の下落への対処と維持と成長に連なる改革の筋道が適当に思います。

人間力の上昇

歴史の記述は、「いつ、どこで、誰が、なにを、どのようにした、誰に対して」とその結果の評価が取り上げられる。評価尺度には、短期、中期、長期という観点から人々の幸福感を向上させた事が示される。

この尺度の導出に理想と描かれる抽象的人間像が備わり、人間像の概念を「力の概念、主体性の概念、生命観、自然観」等々と要素分けしてここに見る適正な在り方を思い浮かべ内実が見えてくる。誰が偉かったといった記述とその集合を取り、共通の属性を抽出して原理が構成されその原理を受け継いで文化が持続する。

或いは身近な周辺の人々から映る模範的な人物が現れそれを習い自己に吸収して人間形成する実践的な方法が生まれる。そして多様な観点を学ぶ意味からも書物等の記述を読み込み身近な模範像に多様な観点を取り入れ人間像のグレードアップ等が行われ自己の人格へと練り込まれる両用的なアプローチで自己実現への探究が進行する。

この意味から言うと前者のアプローチが本書の文化論の性格に成り人間像の探究と提起を示すものに成ります。こうした事を消極的な受動性で構えるか、積極的に吸収するスタンスに立つかで、押し付けという感覚になるかどうかの線引きが生まれる。根本概念の内実はあまり異なる感覚を抱く事無く普遍的な人間の基本属性と揃えられても指し障りは少ないように思われます。いろいろな感じられ方を否定するものではありませんが、この延長に平等思想や民主主義、自由主義等の価値が現れ、概ね人々の共通常識の実感に及ぶと考えます。

特に本書で強調される概念が心身の健康という在り方を示し、今日的な弊害と浮かぶ頭脳に偏した歪な感受性への予防の視点が加えられ物理依存の発想や体質への修復策が提起されます。これが犯罪への予防や創造の健全性に連なる重要ポイントと感じられこの実感の取り方にも様々な異同が現れる事でしょう。

こうした理想概念の形成に留まらず現実の世界を踏まえて適正な方法を導出するフレームを含め実用的な形で全体が構成されます。この概念を「永続性への道」として示し理想概念へ偏らず現況に照らした方法を考え実態的な応用として生きた人間の調和形成に及び有用な学問体系が作られる。理想ばかりに偏らず実践的な力を養いしなやかで粘り強い人間形成が想定され生きた道徳が生まれる。

雲の上の世界で終始する事無く、物性での強要的な解決という短絡的方式では信用は築かれず、机上的な管理発想へ偏した権力や物理性に縋る未熟な制御によって調和を崩される。人間平等のフラットな感受性を根に畏敬の念を抱き、そこから湧きあがる気持ちに従い真摯な対峙による公明正大な原理創造の志向にあって無限の知恵が導出されここに真の評価点が与えられる。

ちいちゃく纏まる事無く多彩でユニークなアイデアを含んで人間像を描き健全な豊かさが生まれ、腹踊りの一つも見せられて一人枚に思われます。こうして理想と現況と方法や過去現在未来や主体と客体、人間と自然、頭と体と感受性というような細分化させた概念が次第に融和した一体と拡大の実感に及び、動を動で感じて動を生む調和と響き、世界の分断が統合され同質感情を根にする大きな有機体が生み出される。

永続性への道

永続性への道-持続的成長世界、健康な心身の実現世界

有る状態に対してあるべき理念が生まれその適当性が問われる。美醜を持ち美への志向へと及ぶのが正常な欲望の生まれ方であり、それを理想に、現況を捉え相応しい方法を展開するという基本の道筋が生まれる。

1.現況:美醜を併せ持つ人間、自然、

2.理想(理念)生の健全な躍動に本能的な快適感が生まれる。

力が蓄えられ怠慢が生まれ力が減少する自然循環を当たり前に回す事が健全な人間社会の維持と向上に不可欠の要所になり物理性への依存からこの反応が滞ると悪い意味の変化が進行し堕落や衰退の道を辿る。この世界に普遍的な根源性の同一感を備える事が良質な人間界を創り上げる最上位の方針と描かれる。

3.方法:この意味の平等を理念として下限への対処と積極創造を展開する事が基幹原理と抑えられ各種の創造が生まれる。怠慢を起こさない為の論理が以下のように描かれます。これを出来るかどうかに優劣の絶対性評価が付けられる。

理念の展開 (独自的主体性の形成)

・真摯な対象との対峙、フラットな感性の持続、

・犯罪に制御を持てる感覚、良心の堅持、自律心、自制心、

・均衡感覚の欠如に陥らない感覚と頭脳と感受性の適正循環

・不動的感受性を下にした感覚と頭脳の制御

・普遍的志向性:美醜併存を踏まえた美への創造軌道

・原理創造型社会観:理性先行の物理力の利用

・ストック型からフロー型の真理探究欲望の持続

・資源執着体質から外界の幸福感を発生させる事への欲望追求

適正調和形成の要諦

理念に対して対象の状態を鑑みながら適正方法を導出する事が適正調和の作法と成り一様に理念をそのまま展開する事の限界を踏まえて、方法を作り適用する事が健全な感性と示される。しかし基本となる根や背骨はしっかりと備えられて対象の悪性に同化しない主体性の堅持が健全な心身を備える人間性の持続と解されます。多種多様な対象に一様の態度を示す限界を見て段階的な振る舞いを制御して実際的な反応が作られる。このような適正策を示したのが下表に当たります。

犯罪者には犯罪者への対応を粛々と進め、良質な対象には良質な対応を返して適正調和が生まれる。ゴミはごみ、宝は宝となりこの峻別の適正に健全な感性の持続が叶えられる。立ち直りの見込みが望めるゴミにはそれなりの調整を持ち宝に変えるスタンスが寛容性となり極端な反応は少ない事でしょう。

これらの見極めが肝心であり美醜を内在する人間の性格をありのまま捉え美への軌道を基調にした好循環を高める規則性に適正な調和が持続する。犯罪者と関わる事は基本的にあり得ず、更生期間を必ず課して自浄作用を回す事が必要に思います。

根源的な悪性への対処を優先して下流への連鎖が進み合理的な手順を投じて根本からの健全性への軌道が加速する。力に相応しい責任を求める感度の作り方が生まれて個別適正を導出する方法が生まれる。小者をまともに相手にしても無駄な労力になり根っこ(本質)に力を注いで良質な成果が乗数的に作られる。このような基礎的スタンスから太い文化の感性が持続するものと思います。小人は正面に向き合えず基本理念の相違を感じます。

1)人間形成の基本方針

力の用い方から生まれる効用という焦点が動機の良否を決定する中心焦点でありそこに実質的な感受性の質量が浮かび上がる。方針という志向性に過去の規則性の抽象から浮かぶ基本的な性質と未来を描いたビジョンが含まれこの基本的な尺度を下に外界の対象を選定(一時評価)し方針へ向けた方策を考案し実施する主体に中長期性の価値の備わった活動が見られる。

価値1 事実1 価値2 事実2
方針:過去の規則性

未来のビジョン

技術と市場

事象の選定

(一次評価)

方針の限定

事象の

二次評価

詳細吟味

方針へ向けた方法の考案と実施と検証

この活動の正しさを総合的に計る事が外界の評価のみならず主体を含んだ主客重層の認識構造による調和形成に成り、以下の四つの観点を持ち完結的な人間形成の持続的な活動が生まれる。1)価値1に見られる上流の正しさについての評価(方針の正しさ、技術の用い方の正しさ)2)事象の選定における正しさ3)事象の二次評価の正しさ4)方法についての正しさ。

「冒頭に示した力の用い方に見る正しさ」とはこの4点の考察から計りだされ、特に方針という根源原理が下流を規定する関係からもここに評価の重心が生まれる。外界ばかりを評価する体質からは重層の認識構造を持たずに見える物事のみを持って評価する感度が高まり自己の方針という概念が備わらずに場当たり的な感覚を表される。

つまり主体側の自己認識を持たずに、或いは外界への有益の提供への意識が弱く現況を調査して方法を投じるまでのエネルギーが注がれない。場当たりの気ままな評価を示され方法を創らず、実際の効用や付加価値を生まない空想的な理想主義の性格で認識される。これが科学的な外界へ偏して主体側を切り離し、認識や評価に留まる規則性に慣れた体質による負の側面と表される。

現況の人間について物理性と情緒的な感性を含んだ実際の姿に目を背き醜さの自覚の弱い美への志向性と現れ、実質的な美を作りだすエネルギーの弱さになり単純な空想的な理想を表す偽善者の性格が露わになり、頭と感覚と感受性の繋がりの弱い不健全な体質と浮かび上がる。左よりの感性に顕著な性質と把握され、要望過多の責任不足という態度が映される。物性へ依存している自覚の弱さと外界への空疎な美を求め、実際的な他利を作らずに自利ばかりの要求を強める異質性と現れる。

自己に降りかかる負利益への過敏反応や空疎な理想主義的な態度は適当な感覚工程の省略した頭脳寄りの体質に現れ感受性の体験が弱い対人形成の劣った感性を創り物的力への過剰な依存という実態へ目を逸らし外界への要望を強められる。この性格が根源的な文化基盤を持たないその場凌ぎの悪性となり犯罪に容易に着手され内面と外面の酷い乖離を見せられる。精神分裂的な症状と映り欲望と力と責任の均衡を標準の方針に備えた主客の調和概念を強調して適正な活動が促進される。

文化観念の形成と実施の主要な狙いは健全な感性を強化して過剰な要望や犯罪への制御を備える主体性の形成という所から健康な動機を備えた積極的な創造に及ぶ人間作りに在り一方向的な要望の異質性を予防し適正調和感覚を生む事の出来る感性の蘇生にあります。頭に偏した感覚と感受性の劣った人間形成が基本的な筋道を外した論理と行為を作られる。このような点を含んで教育の在り方や社会秩序を進めて良好な社会づくりに連なる。

6)考える道徳

こうした世界観を実際の社会事象に当て嵌めて、持続的に向上させる活動が展開されて、良好な有機体の姿が創り出される。今日的には、「考える道徳」等という言葉が生まれ、根本的な観点から問題を再構築する機運が高まりつつあるものと感じます。

何が不快か、「価値の押しつけ」という面を取り上げるのが多くの人の反応に思われます。この場合の、価値とは?おしつけとは?という事の詳細な吟味が加えられて、絞り込んだ事象の限定を持たせぬ事には、抽象性が高く、なんとでも解釈される。

例えば、行政の業務運営上の裁量に、不可解な点が度々生じ、法律の解釈を巡って衝突が生まれる。多くの場合、法律の趣旨や背景、権限と責任が規定される。「いつどこで、誰が、何を、どのように、誰に対して、」が論理の筋道に置かれ、「何を、どのように」について、詳細化され、運用規程が設けられる。

この細分化の程度に対して、どの程度事前に明文化するか、共通的感度に及ぶであろう感覚の実感点が要件と示され、業務執行時にサービス需要者へ適用される。この適正を当事者間で感じられれば問題は生まれず、違和感、不公平感、疑問点が現れて、広く問題という認識が生まれると、運用の見直しや法規の改定に及ぶ。こうした例を持って、「押し付け」という概念を充てられる事も含むように思われます。

一方向的な都合の良い規定や解釈が生まれると、何の為の規定であるのかに疑問符が生まれ、需要者サイドの利益と離れた規定や供給者の為の規定といった実感に及び、市場のように自由選択の原理と異なった所での、一方向的な強要性を持つ事象に不快感が生まれる。選択の余地が法によって限定され、自由意思の幅は狭まり、そこに不明瞭な運用が見られると、平等思想を欠いた事象となり、民主主義の根本を歪められ法治自体への不信性が高まり、行政自体への存在意義を問い正し、法で規定された内容の縮小や撤廃への要望が増進される。

自由選択の原理が需給関係の基本であり、そこに限定性を設ける事への理由がはっきりしないものへは、改定や更新が取られて、偏った供給者の過保護な規制は取り払う事が適性に成る。こうした不平等性から精神的な荒廃が生まれ、社会的に影響力を持つ程にその異質性が連鎖し歪んだ秩序が蔓延する。

こうした観点からの改革によって個別性と共通性の割合や有り方が変えられる。根本的な価値観に沿った変革を時々の人々の意識から執り行い、不快は改善へ、快適は増進へと、自然な反応を違和感なく示し、良好な創造空間が作られる。「価値の押しつけ」を改善して、公明正大な価値の形成にあって健康なエネルギーの循環が促進される。考える道徳とはこのような活動を含むものと思われます。徹底して行政運営や行政に準じた機関に対して考えを進めて道徳が実践される。良い事だと思います。

基準と運用の基本形
各種規定:上位規定と当該規定

既定の趣旨、背景、適用範囲、権限、責任、

手順書 いつどこで、誰が、何を、どのように、誰に対して

手順の分化:分業工程(要素と要素間関係)

指示書:個別工程内作業 (要素内)

記録:各種実施記録、保管、公開範囲、

監査:検証、改良点、改定更新、

運用プロセス:作成・協議・承認

中長期性の世界観

しばしば、行政という性格は規制を強める事が仕事のように陥られているかに感じます。需要者と供給者の適正な在り方を探す事は、一定程度のニーズに思われますが、自己目的化に及ばない適正感覚が劣るとエゴが先立ち生かすや伸ばす発想が縮小される。縛る向きの施策で点数を上げる事は比較的単純でリスク予防のニーズへの対応に成り得るものの、市場を大きくする事を基調にした適正な規制が求められる。

この構えに無いと、単純な方程式で点取り合戦という利己的欲望を追求される。責任追及への回避という基準で評価する制度に在るとこの向きが強まりイレギュラーへの過敏反応を起こす。マスコミがそれを騒いで視聴率を高める反応に及んで、消費者が更に敏感な感度を創るスパイラルに成り、窮屈な感度で自由度の狭まる秩序が生まれる。短期性の自己利益に偏重した生産が強まると、この環境を生みパイや気流の衰退を招かれる。似非専門家が現れ、過剰な煽りに加担して需要者の真の利益や中長期の想定を描かずに局所の利益を求めては委縮や画一的な感度が進み豊かさを減退させる。

この空回りの生産という図式が想定されて適性を導出する発想が生まれ評価基準の高度な仕組みを持った中長期の想定を含む世界観が必要に思います。原則の単純適用の回路が促進され個別ケースの多用な変数を省略して、簡単な答えを算出して結果を得たという感覚が進む弊害が想定されて最良の解を導く探究の深まりに及ぶ。悪気なく、良いと思って進めた判断がマイナスの事態を作りだす。どんな中長期性の世界観に立脚するかによってこれらの評価が生み出される。

創造の原理

創造の原理-言行一致

対象の性質によって認識方法や創造方法の適正な在り方が生まれる。文化という対象における基本的作法を冒頭に取り上げます。局所と中局と大局という観点を備え事象を認識する事が人間の学びから生まれる知恵の形成方法と成り、個別事象とその集積から傾向則が捉えられ、それへの評価を与える理想像が形成されて、人間の感受性を根にした事象を創り上げる姿と映ります。同じ事柄でも分母に備わるフレームが異なると評価の相違が現れどんな所に向かおうとされるかの世界観が個別事象に性格を与えるという動静構造を抱く所に活きた人間の心理作用が映し出されます。こうした基本構造の下にプラスとマイナスという部分の特定や心象が生まれ、これらの総合で一つの集約的な判断に連なりその総括された認識が次後の行為に反映される。歴史観という動態と理想像という静態的論理と、理想への方法論という大きな論理構造と、重層的な観念と感覚の実感という縦横で全体構造を掴みだすのが人間のありのままの認識や行為と感じられます。頭脳的な整理と表される体系と、感覚を経ながら微調整を繰り返し知覚的に掴みだされる頭脳的作業の性格で捉えられ、頭脳による記号表現の特性から単純集約された表し方が生まれる。つまり観念と感覚という重層の構造が現れ瞬間的な皮膚感から対象範囲の広がりを実感されそれに適する観念の選定で、局所性の事柄と中局や大局という観念が生まれ対象の認識が創り出される。そこに変数が加減されて意図する理想への方法が作られて現況の問題に対する改善等へと力が注がれる。ポイントになるのは問題を感じ取る感受性と感受性の集積された二次的感受性を示す理想像が方法に反映され言論や表現が生み出される。

方法:「いつどこで、何を、どのように、誰に対して、行うか」

問題認識と理想像:「なぜ」、反応:「良い悪い」

理想像は自己の利益と他者の利益を想定して反映される感受性を示しこの割合や因果の導出に異同が生まれ問題を感じられる嗅覚に反映され方法の強弱と現れる。感覚性の利益を求める志向と大きな利益を提供する志向に大別される。人や自然への情感が根に成り因果の実感の違いを生み自己利益と他者利益の割合差や他利を提供して自利を得る利益を作る規則性が全体的概念を表す理想図に現れる。理想像という自他の欲望に対して欲望自体への適正と欲望を叶える方法の適正という観点が生まれ、短期から中長期のフレームを置いて各周期性に照らし在り方の適性を導出する思索が与えられ、真価の向上という軌道と循環の系が浮かびます。この一連の動きから妥当性という評価を表す相互的な態度が生まれ尽きる事のない学びの気質が作られる。

       横の循環

縦の抽象性

歴史観という動態 理想像という

静態的論理

理想への方法論
観念

感覚

横と縦の交わりに感受性が生まれ正負の感覚が現れる。自他という構造の中で感覚と観念と感受性を抱き創造活動が示される。

そして信用という感受性が積み重なって感覚と観念が制御される。信用を喪失すると有機的な連なりに及ばず分断的短期性の利益を求められる。中長期性の基盤に対して不信が積ると個別の判断を優先される。信用は言行の一致を基本に生み出される。

文化の科学性

文化の科学性

価値ある物事に資源が投じられる。身近な生活必需品という事から、社会秩序や平等思想等の普遍的価値まで、これらは経済概念を尺度に適用され、物品の経済性のみならず、人々が望むあらゆる事という括りで価値を測定し、その生産や持続という文脈で分化した概念を纏めて捉えるのが、根源性に向かう思索の方法と描かれる。これが、哲学という領域の性格に成り、感覚的な実感に長い周期性を充てて、因果の広がりを想定して、生まれる観念化になり、短期性の事象に変数を加え、予知される事柄を見据えた長めの規則性を描いて、そこに価値を見出し、安定性を図る営みと現れる。個別事象の集積と抽象化による原理の構成から、個別事象を生みだす流れへと強まり、人間の意志や理性を整え感覚を創りだす動態性に及ぶ。人と人との良好な感受性に比重を持った感覚の出現と言い換えられる。

この面による価値に重きを置き、その劣化へ対する損失は、定性的且つ定量性の経済概念による測定に置き換えられ、人々の行為をありのまま映し出す事に成り、一度信用を欠く事による計りしれない損失を生み直接性の感覚に到達する。この因果の実感を多くの人が認められ、倫理道徳という観点に大きな付加価値を設けて先々を含んだ予測による収支の測定が算出される。文化基盤の良質性は、こうした意味による高付加価値と意味づけられ、下限的制約を自主内発的に制御される自律的な人々の良質性という事から、積極的な創造面における健全な動機の在り方や、生命観を重んじた各種行為への反映という事など、人々の基本的性質の良質性を指し示す。このような測定尺度からの実測を取り、文化基盤の客観的な状態や変異を持続的に追いかけるという活動が求められる。

上位の指標と中間や下位の要件規定と整合性の高い体系を作りだし、それを尺度にした文化の科学的な創造へと及んで、明瞭な根拠に基づく真価の認識が強まり、高付加価値の活動に連なるものと思います。この体系的、包括性を備えるシステムの確立と運用が、文化論からの必然的な発想の帰結に及び、これまでに見られない創造の革新的な上昇へと発展を見せる事が到達目標と浮かび上がります。文化体系と効用の明瞭性を生み、次元の高まる安定と繁栄の仕組みが創り出される。

そのモデルやノウハウが固まると、他へ転用可能な資産に成り富の乗数的な発生に連なる。こうしたビジョンと実現化への資源を投資する事への理解を授かる為の工程が浮かび、全体としての進むべき道筋と描き出されます。経済概念を文化活動の展開へも適用される可能性は大いに有りこうした先見性や根源価値の良識の向上に、『日本文化原論Ⅱ』が働くものと意図して作られました。この可能性を追求する事が正統な人間の営みであり、輝かしい人間界を創りだす真正面からの向上策と描かれます。雲を掴むような感覚から次第に確かな実感を積み上げて人類の叡智を創り上るという光が降り注ぎます。

この粗筋としては、肥満から生まれる哀れな感覚が、責任意識の弱い自由を求める姿と現れ、平等意識の欠落から各種不快な事象を発生し、それへの取り締まりが正常に作用して、感性の蘇生に及ぶ循環に至り、この自然な反応が滞りなく回る事に健全性の担保される仕組みが確認される。下限のインフラが正常に作用して歪んだ体質や精神が修復される。ここに敏感な反応を起こせない事では、インフラの価値を喪失し、社会システムの体を成さず、この下落に最も意識が注がれるべき所に成る。そして自由な積極策の適当な有り方への急所が描き出され、更に積極と下限との因果へと視野が及んで完結的な安定と繁栄の体系が示される。これら3次元で抑える文化体系と示されます。これらの主要な機能を担う領域と本意が社会システムと描かれて大きな範囲を制御するビジョンの共有と実施の恒常化を提起するものと成ります。

いつまで、腑抜けを野放しにしとくのか、美感の劣った感性からは一向に修繕されず、経験を問うような事ではなく、感受性の変容が変化への動力であり、この面を優先されずには、上辺の置きものばかりで内実が変わらない。片っぱしからしょっ引いたらいい。