真実とは

真実とは

不偏不党や中立、真実等という抽象概念の解釈も、人によって異なり以下に社会現象を中心にした真実という概念を表す文脈を文化の観点から取り上げます。

様々な問題事象が何者かによって取り上げられる。どこに重要な視点を取るも一律ではないものの、健全な生活者という立場で見ると概ね事象の序列感覚に同質性が生まれ、事象発生者の悪意や善意の程度等が計りだされる。

杓子定規に部分的事象のみで評価を充てる事に成らず、その主体の性格を分母に浮かべ部分を取り総合判定する事が理に叶った制御感覚を表す。小さな事を殊更大きく取り上げる何者かの意図が備わり、どこかに違和感を浮かべて事柄の真相を嗅ぎ取り、利害関係の推察を起こして事象の因果を客観化して、部分事象の広がりを持たせて真価を掴む事に成る。こうした分母と分子の全体観と時間の動態を含んで健全な真価を計る理性的作業が生み出される。

一つの事象には様々な利害から思惑が働き、力んだ利害を求めて過剰な追求を図り、実感を強める企ても見受けられ、多くの人々が体験的に吸収される見識に備わる事でしょう。

つまり、杓子定規に限定するべき事象と、因果を広げて事実を特定する事柄とを区分する事が許容性や適正感覚を示し、下限的な制約と曖昧性を持つ判断に分かれて、感度を充てるとも言い換えられ、短期性の事と中長期の範囲を持つ事柄とを見分ける感性が適正となる。これが、部分性の欲求と構造的な仕組みと長期性の性格という観点を設ける文化体系からの型枠を示すものに成ります。

このような尺度が人間の健全な感受性の働きを示し、妙に偏った利益を追求する主体性を予防して、公平公正な普遍則と下位の原則とを整合させ、重層的な感覚と観念の適用を持ち良質な感受性を不動にした事柄の認識や創造性が生み出される。

表に示される事象を捉えるに際しては、それが何者かの利益に成るという観点をとり、過剰な表現かを適正に伺い、見えていない部分を察して真相に近づき、事実と評価の適正な認識を高める思索が欠かせない。どんな大枠ビジョンを抱きその枠に乗せるかによって思い浮かべる二次三次の思索に異なりが生まれる。根本的な変わりづらい性格を中心に添えて枝葉を浮かべる構図によって真実に近い認識や判断が生み出される。

経済政策の要

犯罪者を野放しする事が、良質なエネルギーを停滞させる原因であり、社会の要路に悪性が備わるとその支配下にはいる事を避けて、良好な気流の集中と促進を妨げるという事象が起こる。信用を喪失した者がそのまま大きな力を抱える空間が衰退の道を辿る事からも、大きな配置に人格の欠陥を持つ者を備える機会損失が問題になる。段階的な工程を経ながら権限も大きくなり責任を託す事が必然の調和策であり、この工程を省略すると倫理道徳を内蔵されずに、力を抱えて人格とのアンバランスな力の行使が生まれ、異質な感性が上部構造に蔓延り健全な気流を阻害する。産業経済の停滞する一番の原因でありここに大きな問題意識を取らないといつまでたっても良好な持続的成長の軌道が強まらず歪な体質を抱える社会システムが修正されない。教育の在り方に始まり、司法や警察の健全な作用や、物性へ依存する体質形成への改善という点からの見直しが欠かせずこれを総合して文化政策という括りの方法論が提起されます。根本の感受性が健全で在って、工程の適正や結果の良質性が生み出され活動の恒常的な良質化が備わり、力と責任の均衡尺度を基準にした評価が当てられ、正負の改善に回る必然の循環経路が粛々と回り、負の因子を留める事のない気流の安定と躍動が生まれる。これがインフラの背骨に成りこの軸の弱さの改良が社会改革の中心焦点と備わり低水準化の脱却や下落の予防に及び、この作用が強固に堅持されて健全な感受性に基づく合理性の在り方が確認される。これを動かすのは一人ひとりの感性であり、そして、全体を制御する立場の体質や感度が適性に在って恣意的な保身や利己的な発想に偏しない公を先んじた公平公正な論理が描かれ、恒常的仕組みの良質な稼働が果たされる。誰もが思い浮かべられる焦点であり、この実施工程上の緩みが人間の堕落と示され、過失への当たり前の態度を取られない物理依存症が蔓延って、不調和を積みその不満が下限的な制約を超えるスパイラルにまわり、積極策の足を引っ張るという負の事態を作られる。二世三世の坊ちゃんやその親族等が適当な工程を省略して楽な経路で主要な配置を占められると、その感度で空間が支配され適正な循環を妨げる。原因は明瞭でありこれを改善する力を投じる事が必須であり文化論が強調されます。根本的な思索を経て基準自体への見直しという短絡的な修正に寄らない抜本的な観点を備えた論理と行為の強化策によって健全性を計る確かな尺度が示され、改善への評価と適当な方法への熱が増し不快な因子を取り除き真っ当なエネルギーが表に現れる。基礎的な誰もが守るような一線を越える事は一発アウトであり、この対処に何を躊躇っているのかトップの感性に疑念が及ぶ。役目を果たせない者は引きずり下ろす事が急務であり無駄な資源を与える事無く健全な循環の促進を取る事が求められる。

以上は、経済策という範疇の根源的な視点であり上辺の経済観念で思考が止まると、根元の原因へ考えが及ばず小手先の反応を示される。インフラの良質化が経済産業政策の要でありこの認識に至らない者に力を与える事無く、根のしっかりした見識を備えて行為に繋げられる人材を要路に備える事が文化の実践を強められ経済や政治の向上に及ぶ。

空の平等思想

外見の違いは客観的な事実を表し肌の色や見た目を表す事はなんら不誠実には当たらない。人間平等という理念は不動的な価値として万人的な共通性に及ぶと思われる一方で生活習慣や思想信条の相違も事実でありこの違いからトラブルを生むのも現実でありそれを急激に同一化させる無理が生まれる。感覚工程を経ながら緩やかな理解に及ばせる実際的な段階策が現実の調和策になり理念と現況を抑えた方法の図式を持った共生策が妥当と思います。この方法面を取って人種差別だのと声高に訴える事は現況面の認識不足や当事者意識に及ばない観念的な理想へ偏した歪な主張とも伺える。理想の実現には妥当な調和策を両者の相違を客観的に認識して方法を考える事が真摯な平等理念の実現を表す。観念へ偏して実際の感覚工程の想定が弱いと言葉の用い方に偏した対立感情を見せ心身の不健康な姿と映し出される。これが頭よりの弁護士や教育者等に見られる傾向と感じられます。完結的な活動観念や規則性と離れるほどに現況を客観的に掴む事が疎かになり頭脳に偏した言葉じりに執着した理想家の姿を見せられる。このような点が現代的な問題事象で在ってヒステリックな反応を見せる不健康な人間像と浮かび上がる。差別というよりも実際の違いを掴み問題に及びそうな面を予め想定し重要管理点を特定して回避する為の手法を取り段階的に近づく事が健全な判断であり本気で共生を作ろうと思えば必然の発想と深められる。空の平等思想や共生感情は不健全な精神性を指し観念図面へばかりよった理想論はあまり適当なエネルギーの湧き方とは異なり歪な感覚と伝わります。

利己的なプライドに偏して現況を良く掴もうとせずに、言葉への過剰な反応を示す姿は感覚工程の弱い他利を実現する意識の弱い感受性を表し頭脳寄りの体質が真摯な対象との対峙に進まない歪な精神性と映し出され今日的な不快事象と抽出される。人が見ている所では表面的な体裁をとりたがり内面の性格が希薄であり本気の行為へとエネルギーが向かわない。繕いの世渡りの態度は内外の乖離を示し衝突への免疫が弱く表面と腹の内が酷く異なる分断の行為と顕著に表される。心と感覚と頭の一貫的なエネルギーの向きにない不健全な姿が感覚工程を通して頭脳を作り感受性を備えられる工程と離れた規則性から生まれ感受性の入らない空の表現で終始し手足が動かない上辺の理想主義という人格を創り上げられる。部分的ないい所どりで生きてきた規則性からは外界への強いエネルギーを発進される事はなく盗みや詐欺の性質を備える非社会的な利己主義者とも言い換えられ権威に縋った保身の弁論ばかりを表され実質の効用を計らずに対象を見下ろす感度ばかりを高め優位性を意図した管理欲望の強い姿を見せる。空の観念は生きた力を作り得ず外界を動かすに及ばない。自愛の酷い偏りは奉仕性の感情が湧かずに現況と大分離れた感性を持ち綺麗な言葉ばかりを表され行為が間逆の悪性と映る。盗み癖は容易に直らず性格に適する場所へと移る制御に至って適正調和に及ぶ。積み重ねた行為から体質が作られ性格は誤魔化す事が出来ない。健康な感受性に根差した原理創造型の生産者は理想と現況と方法の周期を重ね外界との適度な調和を作られる。心と感覚と頭の一貫した反応を見せ健康な人間と実感されます。

文化の再生

文化の再生-創造の根っこ

出口の分配による調整は、無機質な合理性という単純機械性の論理を指し対人形成の愚策と成り良好な協働活動には及ばない。この単式の発想に傾く事が物性依存の人格形成を指し入口面に置いて予めの公平公正な尺度の形成と運用の方式に在って健全な感受性を基礎にした合理性が生み出される。歴史の積み重ねから入口面に置いて集約観念が創り出され、そこに在る一定の人格を示す約束が備わり内外に対する意思が表現される。この人間像とその実現に協働作業が生まれ、公明正大な尺度に基づく健全な運用の流れを進められて中長期に渡る対人上の連なりが生まれる。

予めの基盤面が脆弱であると、欲望と力と責任の不均衡による力での支配関係が押し進められ、感受性の劣った物性原理が進行して人格の弱い協働生産関係が作られる。対人形成力の劣ったトップの単純合理性による秩序形成は文化の足腰を弱められ、短変数の経済原理を軸にした社会構造を作りだされる。後で再配分して調整する発想からは豊かな協働性を萎ませ人間概念を軽視した経済性の体質を良しとされる根本的な感性を示される。

感覚や感受性から活動を創り上げられない事による人格形成の劣りは、頭脳的な制御感覚に偏って過程の重要性を見ずに結果の配分で帳尻を合わせるか、もしくはそこにも配慮を持たない非人間的な合理性を進められる。力へ偏した対人形成に慣れた異質な感性という長期性からの見え方に成り、短期的な感度で物事を推し進める歪んだ事象と映りだされる。これが失敗等への当たり前の態度を見せられない力に縋った人間の弱さを表し、平等感覚を欠いた人格を指し、制御性の弱い力に振り回された技術と人格のアンバランスによる不均衡がシステムの性格を作り根源感性から下流の仕組みも反映される。

ミクロ面の人格の劣りのまま、マクロ概念を形成し歪な性質の社会構造や文化基盤を作られる。世襲等の人格形成や感覚と感受性の省略した観念寄りの人間性は、この面に顕著に負の側面が現れ、万人的な躾の備わらない感性の異質性と及び、筋道を外した行為を取られる。この未成熟さが根の悪性や質の低い人間形成と及び成長軌道の歪さと現れる。予めの人間像を基準尺度に公平公正な運用にあって、健康な心身の備わる協働生産活動が創り出される。筋道の劣りは不快極まりなく、この劣りについてボンボンという感性を充て、文化の水準の脆弱な創造を指し示す。格差や出口の調整という事象は社会システムの低レベルの空間で起こる事象であり社会を牽引される人々の感性そのものを指し、これへの異同感覚が根源感性の違いに成り共感や支持への根拠に当たる。単純経済面での判断には及ばず皮膚感覚の違いが協働性への在り方を作り文化感覚の違いが実感される。ここの違いは根の質感の違いになりその上に立つあらゆる創造にズレを起こし良好な創造には及ばない。短期性の利益で利用し合う関係であり躾感覚の違いは犯罪感覚にも反映され、真摯な対峙を欠いた利己的論理を多用する人格への不快感が随所に生まれこうした筋道を外す馬鹿とは関わりを持つに及ばない。これが健全な規則性を重ねてきたまともな感性に思われます。幼稚な人格は修正困難であり予めの教育プログラムの良質な設計と運用が欠かせず、文化の有無や程度が重要な原理と作用する。上っ面の政策ではなくこの観点に重心を見て中長期を見据えた判断が相応しくテクニカルな技術論に偏するとこうした痩せ細りの単純物性型の文化が生み出される。他国のモノマネや他国の型式を自己の優位性を作る道具に用いられる哀れな姿には、主体性は見受けられず、倫理道徳の育て方に大きな欠陥を抱きます。地に着いた規則性を経てこない歪な性質は短期的な結果を出しても中長期的にはマイナスが増し負の存在と規定される。放漫な自由へ偏り根源原理からの論理が生まれず感受性を喪失した人間に映し出されます。これを中心に置いては良質な独自性を失い単純画一の無機質な世界が進行する。うすら馬鹿とボンボンから脱皮する文化の見直しが急務に思います。

人間の不動的性質への問いと探求と実現

人間と自然という構図の下に、自然の採取や加工という生産作業を基調に、協働生産工程や分配における快適性といった欲望が生まれ充足が意図される。動態軸によると短期的な即効性を求める事から中期性の構造的な仕組み長期性の性質に対しての、望み方と実現が意図される。ここでの長期性の性質に変容しづらい共通願望が整う程に基盤の厚みと共に自由度の広がる中期や短期の高度な欲望と充足の仕組みが創り出される。つまり、根本概念という自ら望む変わりづらい制約が作られそれを土台に論理が形成されて同一価値を持つ対話が展開される。この要素を縦横構造(時空概念)で描き骨格となる芯が定まって実感性の高まりに及ぶ。こうして、安定と共に成長の健全な上昇志向の循環軌道が生まれて人類の永続的な活動の可能性が高められ根本的な側面における良質な性質を不動にした平和の道が生み出される。下限規定は比較的に大きな違いが生まれず積極策の在り方に多彩性が現れる。この違いが下限を生みだす要因に成りそれを最小限に抑える為の準積極策とも言う同一的構えを揃える事が下限の最少化と積極策の最良性を導出する想定が生まれます。ここに違和感の少ない万人共通性を作りだせるかが本書の問いであり生命の最大的躍動への挑戦が生まれます。こうした理念とビジョンの実現には堂々とした文化が必須に成り姑息な手法が不信性の感情を作り個別的な利益への過度な反応が健康な気流の妨げとなる。目先の利益から道理を外して信用を失い長期性のビジョンへのエネルギーを阻害される。局所的な利益に拘り管理発想ばかり強めて真理の探究軌道に意識が向かわないと大きな利益を作る事に及ばない。規則性から生み出される各自の性質の違いが各所での行為を分け良好なエネルギーの伸張と阻害要因が特定されてプラスの増を齎す因子が長期的な安定と成長の持続性を叶えられる。欲張りで適当な調和を作られない事がマイナス性の因子と特定される。物性へ過度に偏した不健全な制御感覚は長く見ると健全な人間の性質を破壊し悪性を創り上げる。物性への感覚と抽象観念の創造という両極の偏りに対して、健全な平等感覚を根に適正調和を導出される規則性に良好な感受性が宿り、長く良質な利益を作る人々の連鎖的上昇と循環の系が生まれる。そこには緊張と緩和の優れた感性が内在し長期性のビジョンへ近づけられる活動と見做される。このような理念とビジョンと実現へのポイントが示されその詳細な概念を各種取り上げてまいります。

頭と体と感受性

頭と体と感受性

年齢と共に身体能力が低下する事に対して頭脳の働きは下落せず、自身でやらずに口ばかりが出るようになりやっている人の手助けよりも妨げを齎す事も少なくない。こうした事象を誰もが体験され協働作業の快不快感を抱かれるのが身近な着目点に備わります。「口を出すなら自分でやれば、解ってるなら自分でやれば」という心象を持つ場合と「なるほど、言うとおりだ」という場合もありこれも一長一短のケースと現れる。

この年代と共に現れる自然形成的な事象に対して座学を中心とする知識の吸収が体よりも口先先行の行為に及びまるで年寄りのようなやらずに批判や評価する姿やもっと進んで管理したがり症候群と現れる。物事を作らずに作りだされた事を吸収する受動的な感度が固まり能動的主体性を失われる。そして短期的な結果を求める感覚の進行が繋ぎ合わせの早急な組み立ての創造性を生み、虫食い的な根っこの弱いつまみ食いと走られる。モラルを欠いたいい所どりの生産方式を作られ対人面の不信性を強め物性依存の強引な手法に及び感受性を破壊する因果と映ります。

この潮流に乗っかる事が生存のカギになるような傾向に疑問を抱き冷静な分析を充て重心の取り方に修正を持つ事が心ある人々の自然本能に思われます。身体感覚を用いず頭脳の発達に著しく偏った育成に寄る程に自身でやらずに口先が多発して快適よりも不快感を作りだす事が多いようにも感じます。こうした感覚と頭脳の働きに根本的な問題の焦点が浮かび良好な有り方を見出すのが人と人の関係形成におけるポイントと絞られる。

様々な失敗や成功の体験を積まれて適度な感覚を掴み適正調和の作り方を身につけられる事に思われます。個別ケースで多種多彩な諸条件から何が適正であるのかを一様に謳う困難さが生じるものの積み上げと抽象集約による基本則のような所は浮かび歴史からの教訓や知恵として急所を掴み未来創造における予めの備えに置かれて良好な事象を作る周期で掴みだされます。このような作業から法律や宗教や思想、四字熟語という集約された観念が作られる事を見ると自然科学と同様に心理面における規則性を抽出した科学的な知見の性格を持ち両者を明瞭に区分する困難さと映し出される。

原理に表した感性に同質感の認識や魅力が生まれるとその型枠への意識が強まり事象を生む流れが強まり人間の意思を先行した創造性となる。心理面を中心にした型枠を下に感覚のやり取りというフレームが生まれる。下限則を超えた事には必ず始末を付けて人間が維持される。いかれた人間を必ず止める事が要りここに例外はあり得ない。更に下限則と積極策と間の因果という枠組みを持って観念と感覚の程良い循環による制御から良好な感受性が生まれる。

これを基軸に健康概念を表し裏付けや補足を充て論理体系が作られます。こうして良好な調和形成に資するアウトプットと及ばせる事が本書の課題に絞り込まれます。この健康像こそが不動的なビジョンとして長期性の快適を作る原理となって安定と成長の良質なフレームが作りあげられる。身近に良く起こる焦点と解決の型式が根本の原理に至り大きなビジョンと示されて各種創造に適当な統制が生まれる。肥満体質から精神的な堕落を起こす事に厳しい反応を見せられて楽しい人間世界が作られる。腑抜けたリーダーを選ぶ事の大きな誤りが歴史の教訓と刻まれる。

教育改革のポイント

教育改革のポイント

みっともない大人の振る舞いが教育に良くない影響を齎せている。規格量産の流れが独自の主体性を形成する事への弊害に成り、短変数のライフスタイルから、感受性の痩せ細りに及んで、即効的機能へ偏した関わり方に連なり拝金型の感性が進んで中長期性を持つ正義感や恥の意識を欠いた皮膚感を強められる。金に成れば何でも良い発想の進行と言い換えられ、大規模資本の投下による単純機械性の合理性へと偏り、地域や個人の独自な価値観を失い短変数による感性の貧困化と映ります。この振る舞いが倫理道徳の弱い拝金型の人間を作り、短史眼的な機能性の感度が強まり道理や筋道という進み方の拘りを失い、詐欺や盗みになんら恥を感じない感性に至る。物性依存症の力に振り回された制御のない人格を作る。

教科書の内容云々という要素よりも、対話作法や経済産業の在り方が感性を作り、大人の振る舞いが子供に伝わり自信の弱さを伝染される。指導者的立場を意識されてか、尤もらしい論法を示したがり観念的な妄想に近い推察を御披露されるが、根本原因は恥を感じなくなった感性が悪性の原因と感じます。

指導者自体が、何を求めて良いか解らずに解らないまま適当な論理を何となく示している。相対的指標を持ち出してランキングなどを提示する事自体が根源原理を掴まれていない証左であり日本文化の基盤となる感受性を掴み、そこからのビジョンを描いてそれに資する教育プログラムという道筋に無いと根や背骨の見えない断片的な人間を作りだす。

頭に偏して感覚工程を省略すると実感が高まらず、確信的な根拠を掴まずにふらふらした頭でっかちで地に着く感受性が育たない。整合の弱い原論を示して持続性の弱い探究の姿と現れ、痩せ細りの論理で声ばかりを強めて相手を封じる態度に現れ精神的に不安定な状態の自信の弱い姿と映る。教科書の内容等よりも指導的な立場の筋を外した振る舞いや態度が歪んだ心を作る。哲学的な根本の真理を掴み確固とした筋道を得ることや、頭ばかりでなく感覚を通して物事掴む事、或いは、筋の曲がった手法を用いるほどに自信の持てない否定的な感度が増しダメ人間の自覚が生まれ慢性化して常識感に及び健全な主体性を壊され恥知らずの感度で体質化する。謙虚さは物事の深みある思索に連なり良質な性質となる。空威張り的に根拠の弱い態度は病気を示す。

根本の感受性となる世界観を体から作る事が要り、テクニカルな知識に偏すると精神分裂症のような態度と現れる。相手方の腑抜けぶりによっては致し方ないものの声を荒げて相手をねじ伏せるかの劣った対話作法を見せる。頭に偏した言論者に顕著に浮かぶ歪な性格と捉えられる。

文化の健全性

 

群れて気が大きくなる性質には大きな力を与えられない。個人の時の意識と、権力や物理力を備えた立場での意識に大きな乖離が生まれる性格は、力を利己的欲望の充足に用いられ、力に振り回されたひ弱な感性を露わにされる。これが長期的に見る人間の変容しづらい性格であり、人格の適当な形成過程を経て然るべき配置に就かせるポイントに上げられる。感覚と感受性の循環を経ない観念は血肉化された体質に成らず、頭と体の分断で歪な感受性を生みだされる。ここに、常人と外れた特殊性が現れ過度に力に依存した発想や振る舞いを見せられる。力を投じてどういう感覚や感受性が起こるかの予測が体験工程の積み重ねから経られ仮説と実施に大きな開きを生まない制御感覚が内蔵され実際の倫理道徳観が実感される。

大きな力を慢性的に抱え、いつの間にか世間の常識と離れた感覚に陥り、万人一般に課せられる制約を飛び越え、間違えに相応しい態度が取られず、誤魔化しを重ねられ歪みが深まって当たり前の常識感を作られる。こうした歴史の教訓が予めの基準に反映され資格要件となり適格性の判断が成される。基準自体の設計と適用と定期更新という持続的仕組みに在って健全性が確保される。公共機関や準公共機関や、民間の大規模組織といった影響力の大きな主体に至る程に社会的な要請が強まり、公平公正な中立的性格を持続するだけの責任が課せられる。このチャック機能が弱いか仕組み上の欠陥があるように思い浮かぶ事も少なくない。今日、道徳という事にスポットが当てられる背景にも、こうした社会問題への認識が起因し、頭と体と感受性の適当な働きが求められ、歪な精神性や適正な人格に及ぶ工程の設計へ探究が深められる。また、インターネット環境は間に入る余計な因子を削減させ高精度な情報の対話を作り、より健全な効果の上がる仕組みに連なる。個々人の意見が強まり積極的な主体性の実現環境が整い、この流れが弱まる事は考えづらく良い意味での個人化が促進される。群れて流される事無く堂々と意見を表明し、最も良いものを万人的に選出できる原理創造性が向上する。これを妙な力で塞ぎ込む歪んだ事象が生じぬよう厳正な監視が求められ阻害因子を取り除く働きも欠かせない。共通と個別の価値を変え個々人の自由の広がりと共に相応しい責任が求められ健全な自由が促進される。どんな社会的な立ち位置に在っても、それを動かすのは個人の性質に他ならず、足腰の良質な感性が根っこに在って健全なシステムが作用する。万人共通的な文化の厚みが良質性の基盤に作用する。

いくら多くの知識があろうとも、良好な感受性に基づいた利用に成らねばそれは暴力と成り人々への幸福感を与えるに及ばない。感受性の健全性が創造の第一要件になり、ここの悪性は、あらゆる創造の弊害要素に規定される。根の良質性が人格の第一条件であり、文化論という知の体系が最も重要な学問の一つに思われます。

21世紀の感性と方角

21世紀の感性と方角

単純な所有権の概念に比重を持った価値形成という所から資源の有効利用の概念へと移行する事が、力の概念の更新や健全な心身の人間像に連なり、旧来的支配の概念を超えてアウトプットの付加価値形成力を根拠にした資源の実質的支配という感覚が望まれる。自然環境に線を引き排他的な利用権を宣言し、他者の認知を取って支配権を固定化する静態構造の形成から資源を有効に活用して富を生みだす力の有無という動態性の側面に焦点を合わせる事が不毛な衝突の解決へのステップとなる。

所有から利用、産出の効用に根拠を充てて合理的な価値形成に及ばせ人間の持続的な成長軌道が現れる。つまり、こうしたコンセプトが、生命を活かすや伸ばす事への根源価値による必然的な帰結に及び、所有概念から資源を活かす事の出来るノウハウに重心を取った秩序の形成を進め、物理的力を根拠にした支配力から脱皮する事に連なる。人々への幸福感情を作りだす事の出来る力を根拠にした自然資源の取り扱いという方針で描かれ原理創造型の秩序形成や、ストックからフロー、静態から動態という志向性で健全な心身を備える人間像が創り出される。このような根源哲学を広く世界的に移行させる事が21世紀の構え方にあって単純物性型の争いを回避する道に成り理性の上昇を指し示す。政治という発想が先行し過ぎて、産業経済による富の生産という観点が弱いと、観念先行型の発想に偏り実質面への視点が及ばず、言った言わないや、過去の歴史認識の解釈等という後ろ向きな所へばかりの考えを示される。偏狭な世界観へ陥る事無く、「どうしたら生命が最も生かされるか」に基づく二次三次の原理を作る所に道が開ける。短絡的な利益に固執し守りへの執着から対立が先鋭化して上昇的な解決の案が進まない。未来ビジョンの根幹には、「人や自然の生命を活かす事」に揃え発想を深め次元の高まる人間世界が創りだされる。根源価値の厚みが進み、共通性の国という概念や個別性の概念の中身を変えて新世界を創り上げる事が相応しい。付加価値を生まない人間が過剰な欲望を表し物性に縋った発想で資源を掴もうとされる。管理発想の過度な進行の世界から脱皮するビジョンの形成に文化論が位置づけられ、内実の弱い弁論大会は程々にして健康な感受性に即した論理を高め実質へ目を向けて富を生みだす感性が必須とされる。

余剰資産に罪悪を抱かない感性は、共生感情の弱い反社会的な態度を表し、資源の稼働率から力と責任の均衡を計る事に成り、これが著しく劣っている事が資源を殺している状態であり、天の恵み等を粗末に扱う感性は、地球への背反であり長く生かす価値に及ばない。人と人、人と自然における最良の調和を果たす事が生きる価値であり神からの指令が下される。人や自然に真の利益を創り上げそこに輝かしい光が降り注ぐ。人類共通の普遍原理とされてこの精神を土台に二次三次の原理を作り真の調和が訪れる。貯め込んでどうするのですか?有るのに生かせずに他に目が行きもっと欲しがる。盗んでまで生きようとする。頭大丈夫ですか?これが正しい感性であり、心の病気が他者へも病を伝染され負の連鎖を作られる。ここが悪性の根源原因となりこれを取り除くことが欠かせない。健全な自由の概念を備えられて人間と認められる。民間のエネルギーを盗む事が行政やマスコミのお仕事ではないのでしょう。虫けらは生かしておく価値がない。