春吉流家訓 無形財産の形成

「みんな光を浴びたい」これが不動的万人の根本欲求を指し生命を躍動的に輝かせ旨い物を食べたいという本能と思われます。人々への利益を作り上げて叶う事であり堂々と健全な動機を持ち堂々とした方法で本能を遂げる事に健全な性格が映る。活動のフローに良好性を抱くと共にある節目で見る目的の達成における充実感をもってエネルギーの投入と返還の適正へ及び再び持続的な活動へと回り喜怒哀楽を味わう。多くの場合、プラスばかりなくマイナスも現れ、マイナスは同時にプラスとの不可分の相関を持ち発生する。マイナスもプラス要素として学びと反省の機会を経ながら栄養と吸収し総じてプラスを掴む前を向いた活動に快適感が継続する。こうして次第に自己の認識が形成され引く所と出る所の適正が備わり自己のみならず他者の尊重へ及び生存と共存の適正へ及ぶ。何でも思うとおりには行かず適当な範囲の漸進的な発想から質実を得る工程により各種の発見を得られる観点が宿る。この観点が成長する程に多様な感性や観測を得られ人間自体が成長して外界にある事柄の多様な性格を映し出す。盗みや詐欺に寄らず真面に対象と対峙して知見や感性が深まり広がり見えなかったことが見えるようになり無形の財産が積みあがる。自然形成的な人間の成長原理を指しプラスやマイナス、多種多彩な感じ方を抱ける事が富の源泉に相当する。こうして「旨いもんを食う」事になりまずい物を食べないと旨いもんの発見に及ばない。盗み症の怠けもんの愚図はこの味覚が退化する。ボンボンに顕著に表れ愚図が連鎖する事への対策が投じられる。クズな手法で糧を得るような事は一切認めずクズはクズの配置でまずい飯を食うことだ。クズに光を照らす事無く光を翳して本性を明瞭にさせ真面な性格へ及ばせる道が必然である。サイバー犯罪はクズの象徴だ。マスごみ体質は不快極まる。死ぬまで、負け犬として悩み苦しみみすぼらしく小さくなって銭と一緒に端っこの方で、縁起の悪い奴として生きればいい。「堂々と大手を振って歩け」と爺さんは死ぬ間際に言った。春吉流家訓となる。

 

 

技術と需要の根源性

事業経営の中で「顧客第一主義」等と呼ばれる。この方針も、哲学的な観点から深い吟味に及ばせ真相真価を掴むことに及ぶ。総論的な意味は「顧客が望む事柄を第一に優先して事業経営に対峙して提供事物と対価を交換する事において事業の存続に繋がり、事業体と従業員の生存へ及ぶ」とする論理に思われます。これに対して実際的な場面では一過的な取引や長く反復的な相関を持つ場合や、取引の大小という多様な顧客がおり、或いは要望ばかりを強く求め対価を十分に払わない人や有用な知恵を与えてくれる顧客や恣意的なクレームばかりをつける人々等々が存在し、総論のように一様な対応に及ばない現実に直面する。理念と実際の乖離が起こり空疎性の高い理念である実態が掴まれる。事業の存続には個別場面に適当な裁量をもって適当な判断が求められ詳細な基準を日頃の活動の中で形成して皮膚感覚的に伝わる良好な対象との優先的な関係を作り顧客に応じた適正を見出す事へ及ぶ。これが事業体の前線で顧客と対面する営業部員から見る対話関係を指し、技術の直接的な作り手となる生産の立場からは違った感覚が現れる。同じ生産現場で技術を日々磨き協働して作り上げる生産工程にあっては、同質的な技術分野を競いながら技に長けた人々と未熟な段階の人々が発生し後者は前者の技を覚え栄養にする意識が生まれる。技への権威や憧れという感性を持ち、より良い技を習得したいという向上心が生まれる。この関係においては上級の熟練者が理念の支柱になり、同質的な技への共感を抱き同じ供給者として自然に序列感覚が生み出される。ここに純粋性の価値が備わり誰彼に言われるまでもない上下感覚や並列感覚を持ち、快適なコミュニケーションが作られる。この場合、未熟者が顧客の性格を持ち熟練者が備える技術へ対する純粋な価値を抱いて技術を購入する関係と見做される。常日頃同一的な空間におり価値への同一性の高い感性が生まれる。顧客へ対して確かな自信の裏打ちされた技術を見せる牽引者が事業体の求心力を持ち、それへ人々が集まり対価を払い技術を吸収して更に二次三次的な技術への価値を抱く広がりが起こり事業体の外側の顧客という線引きが作られる。こうした相関を浮かべると事業存続の要因は技術創造者の存在とそれを良いとする技術を身に付けたいとする人々にあり、ここに中枢的な価値が実感される。冒頭の「顧客を第一にする経営」という言葉の意味からは少々異なった解釈へ及び、供給論理と需要者論理の適正を見出す観点が生み出される。技術志向型の経営と営業力に軸を持つ経営という事業の性格的異なりなどが相まって理念や方針の起こし方に違いが生まれる。日頃、身近に同質の業に就く人々の間で純粋性の原理の共有とそこから見る序列に自然な感性が生まれ、「彼が言うのなら」という説得力の根拠が作られる。彼でダメなら致し方ない。という仲間内での納得や合意が作られる。供給者論理の適正な解釈が作られると共に外界からのエネルギーを貰う部分が発生し売価と経費と品質を作る観点から生存と持続性へ及ぶ適度な調和を作り適正へ及ぶ。生産と流通という分業構造が生まれ顧客の細かな要望を伺う体制へ流れ本来的技術の中枢性が薄くなり価格やデザインへの意識が強まる事からの価値の損失面へ視線が及んで技術の本質を抑え適正な価格を求め技術の真価を崩さない根源的価値への認識を作るエネルギーにおいて持続的生存と繁栄の道が生まれる。流通機構の購買力への過度な重心は中身を希薄化し一過性や短変数化の感覚を作り人間性へ反映される。管理業務へ偏し固有技術の意識が弱まり感性や需要が痩せ細る。安い事が良い事なり技術の弱体化や技術が喪失する。規格量産の正負の側面が抑えられ規模の合理性への真相が掴みだされて適正な創造と需要を見出す事に健全性が起こる。根源性の認識が強め二次三次の建設事物へ反映させて適正が生まれる。物事をゼロベースから体を起こして作る規則性が減少する程に技術を見る感性が衰弱して一過性の経済性へ意識が進み人間性の破綻へ連なる。こうした文脈が万人的な基礎教養の範疇に加えられ根の健康な社会が生まれる。本来業務を疎かにしてマスコミへの露出を高め一過的経済性を求める傾向が強まる今日の状況は根の壊れた有機性を顕著に表し、健全性と乖離の認識へ及んで適正を作る発想が生まれて正常化する。理念とビジョンが土台に起こり組織体制が現れ需給構造が出来、生存と共存へ連なる。物理的力や権力は二次的配置となりフローの良質性による健全性の持続が生まれる。

根本性ビジョンの再生期

飾り熊手の販売において、「領収書をくれ」等ということは、昔は皆無であった。しかし、今日の人々の感覚では物品の購入と同様に損得計算に含まれ経費で落とす事が少なくない。葬式の花輪やお布施なども同様の傾向がニュースなどで報じられ、信仰心や思想、長期的なビジョンの形成などという感覚がどこか消え失せ物理的即効性の感覚で支配される。経済的な不況の長期化やデフレ環境の影響を受け、「安く良いもの」というトレンドがあらゆる発想や思考に忍び込み、金銭への神経質な感度が強まり人への要望も精緻化し利益を得る事や損失へ厳しい態度が露に生まれる。市場原理の強い影響や外部環境の激変から生まれた結末に映り、資本の原理で急激な集約が進んで規模の利益を強め価格競争力による差別化が進行する今日の需給構造へ及ぶ。情緒的な面などは間髪入れず生存の最良性を最適解と割り切る判断に富が集まり物理原理を通す事で経済的優位性を掴む傾向と映し出される。こうした原理を全面的に否定する事には及ばないものの長期的な周期や大局的な観点から未来の持続的成長を描き適当な手法を投じる事において歪な成長やパイの縮小を回避する健全な成長概念が描き出される。物性の過度な従属性への修正期にあるのが長く見た大局からの転換期における価値を更新する態度を指し、持続可能な安定と繁栄をいかに作り上げられるかに人々の根本的欲求が集められ健全な人間性の起こりと良好な共存への志向性が確認される。単細胞の直線的な軌道から持続的循環の系を描き、単線から複線、直線から循環、一過性から継続性、権利と義務の適正、欲望と力と責任の均衡という根本概念の適正へ至り、生態系の健全な有り様を探す意識が強められる。この過渡期に立ち会い各種混乱が表出し旧来秩序と新規的な概念の葛藤が生じて問題が表に現れる。良い変化の軌道へのエネルギーを指し根本的な面から物事を考え長きに渡る良質性を作る建設的な衝突はプラス発想を向けて正々堂々と正論を投じる態度に健康な性質が生まれる。この改善意欲を投じて少々の衝突に後ろ向きにならず堂々と良好な原理を追求して中長期の利益を作る態度に適正が生まれる。未だ、保身性の強い政治家やマスコミ、行政や物理依存の激しい財界人という一部の勢力が肥満な体質の改良への抵抗を示す態度もしばしば起こり、それへぶら下がって糧を得る輩も相まって良好な改善への力を停滞させる。根本的な概念へ思慮を深め健全な人間像の形成へ熱を注ぎ過剰な欲求と責任の不足への適正化を進め未来の良質性を見出す力が求められる。適正なビジョンが強まり肥満な性質が浮き彫りになりそれへ不快を自然に示す社会常識が進行して適正化の道筋が生まれる。膿を出し切る覚悟で肥満症を炙り出し構造的欠陥への改良に着手して性質を適正化する健全化のビジョンが自然な潮流と起こされる。盗み症、詐欺癖といった基礎的躾の至らない行為は明瞭な肥満症を指しこれへの適正な対処から欲望と力と責任の均衡ある主体性を作り良質性が増進する。長期周期のビジョンを土台に中期や短期の判断を見誤らない重層的な概念の形成へ意識が持続し真に良好な判断が見出される。競争圧力が過熱する事へ対して、姑息な手法を多用する破綻的な性質へ及ばない根の盤石な人間像が固められ基盤を見据えた前進軌道が生まれる。

日本社会においても、クズがいつまでたってもけじめを付けず醜態のまま居座り続ける。きれいさっぱり根本的な悪性を片付ける事に適正が生まれる。

体と頭と心の相関と動詞と名詞の関係

名詞と動詞の関係は、動詞が先立ち名が付く。これが体から頭の反応を指す。対象とのフラットな交わりをもって体験的に物事の認識が起こり、その積み重ねと集約の機会に名が付けられる。体と頭の適度なバランスによる観念と及んで、質実の実態的な皮膚感に至る言葉が生まれる。頭ばかりを先行する態度とは、フラットな交わりを避けて上から下へと指令する構造意識が強く働き、体よりも頭の作業へ割合を強く抱き、中身の弱い欲望過多の姿と映し出される。体の交わりとは、何も身体的交流ばかりを指す事はなく、発した言葉に何某かの効用を実感し、役に立ったという心象から、発信者との意識が繋がり、体の交流が作られる。外界への真摯な対峙から、有用な表現が起こり、「真にそうだ」という共感等から何某かの問題への解決的な作用へ及んで、言葉や論理自体に意義が生まれる。

良く考えが行き届いた創造事物の一種となり、観念という意味に留まらず体の交わりという効用を持つ表現と解される。こうした意味の名詞や論理が出現すれば、動的状態を経て生まれる質感に届き、人々への親しみやプラス型の心象へ連なるものの、過去の経過にこれが見られないで、唐突的に名前が出現すると、表現者の一方的な欲望過多の力んだ態度と映り、頭ごなしに強要する表現へ及んで、反発的な反応が外界から示される。

これらの根底には、心の問題が浮かべられ、外界への利益を作り出すという本能的な情感の性質に見る良否が測られ、自己の生存ばかりへ意識が向かう態度と、外界への生存への意識の割合に、適度感が弱いと、心の在り方へ疑問符が付き、自利に偏して外界を利用するというエネルギーを常態する性質への違和感が起こり、どこか健康な感性を喪失した欠陥的な人間性と見做される。体と頭は、生物物理的な要素と心理的な要素を反映して動きに至り、その動きの中で、人々への良好な心象がマイナス性よりも増せば、好感が生まれ、逆であると、不快が生まれる。

このように名詞と動詞の相関が生まれ、内実を測定してそれへの態度が未来の相関へ及んで、親密性の深まりか、疎遠な関係かへと至り、発信者と受信側との持続的な意識に及ぶか、意識から喪失するかの結果が予期される。

物理的力へ過度な依存の規則性が進行する程に、考えの深まりに及ばず、短絡的な手法で糧を得る生産性が進み、力を自己の利益の充足手法と見做して、外界へ提供するよりも外界から奪う為の道具として物理性が投じられる。永年の時を経て作られる発想や欲望の抱き方が無意識的に態度へ現れ、外界への強要的な要望を、ごく当たり前の感覚として強め、言葉などの表現となり伝わる。そこから予測される未来像は想像に難しくなく関係の図り方に反映される。

力依存型の規則性は、力の保有から構造を作り性質と現れる。力依存への強まりを適度に制御される健全な性質は、それを反映した構造を持ち、部分事象を作り出される。力任せで糧を得る急激な力の獲得へと慣れると一時の繁栄は得るものの、感性的な連なりは希薄化し、利用の道具という物理化が強まって人間の根源性を崩した生存と共存の世界へ及ぶ。こうして漸進的な作法による創造性を良いとする感性が培われ、生滅不可分性の感覚を根にした表現や生産が生まれる。理想的な概念の保有から現況の主流的な立場の状況への認識が起こり快不快の心象が作られ変化の手法や欲求へ連なる。どんな人間像に適正感を抱くかという理想図の備え方を起点にして創造が起こされる。体に浸透した理想図か、外界への要望的な理想図となるか、過程の作り方から頭と体と心の在り方が形成される。

組織化や体制面を作る事ばかりへ意識が向かい、管理的欲求を強めて後から中身を入れる生産性などに現れ、そもそもの理念やビジョンの弱い小手先の技術に走ると、その組織や体制は脆く弱い構造が生まれる。管理や支配自体が目的となり、作り上げる事柄や根本の感性の基盤が見られない物理依存型の創造と映し出される。内面は、敏感に外観へ察知され誤魔化しきれない。

2)文化論の生産性と付加価値

平等感覚が弱まると、人が人へ安直に指示命令を下す態度が生まれる。何某かの要望を起こせる根拠や正当性を探ることなく、一方的な欲望を充足する行為に、人間の根源的な破綻性が伺える。なぜ、その要望を起こせるのか、相互的なエネルギーの循環を所与の観念と持ち、平等思想の浸透した感性の実感へ及ぶ。この面に、文化という長期性の人間へ備わる根本価値が生まれ、生滅観念を起点に生まれる生命観への基本的な態度が作られる。人間心理の根源を表し不動の体質に備わり、物理的な力の適正な保有や利用へ連なる。

力の蓄積や依存の感覚が強まる毎に、この平等感覚が崩れ、自己の欲望に対して外界との適正な平等意識を崩した力の用い方へと及んで、アンフェアな一方向性のエネルギーを強め、そこから心理的基盤の適正を崩した関係へ連なる。要望を起こす根拠を明示して、要望に相応しいリターンを含めて適正な相互性を見出す発想に変わらぬ平等意識の実在が起こる。力へ従属した性質へと進行する程に、こうした作法が歪み、予めの基準も示さず粗雑な要望を見せる醜態へ及ぶ。肥満な規則性へと堕落して、それが持続する状態に構造的な欠陥を抱いて、適当な緊張を見出して、肥満な性質を残存させない動態性を進めて悪性を是正する事に、社会の自然律が描かれる。こうした原理が、強く人々の意識に内在して、適当な態度を自然に表す事の出来る空間に、健全な文化の存在が確認される。

これの展開の中で平等思想の適正な実感が起こる。何を基準として基準との違いを表し、乖離へ対する不平不満の根拠を示して、当事者的な交わりをとり、解決へ及ばせる真摯な態度が求められる。基準には、私的な直接的な利害と共に、社会的利益を求める部分が備わりこれを理想の概念と形成して、基準からの過不足を示し充足の方法を見出して利益となる効用とそれを遂げる資源の負担を求めて実現の軌道が生まれる。このような協働生産活動の概略を抑え表現と示されて対話における作法の水準が確保される。

理想概念 現況認識 方法の提起
私的利益

他者の利益

基準との誤差 方法の表現

効用の測定

資源の負担

「理念とビジョン、現況の満足や不満、方法の展開」という活動性が起こり、持続的生存と繁栄という万人的な理想概念に相当する最上の理念に即した生産性において、健全な生産者や人間性が掴みだされる。平等思想の具体的な中身を指し中身の弱い平等を絵空事に表す人間性に根本的な病理性が浮かび上がり肥満者と見做される。

以上の表現は、平等思想等の根本性の概念と具体的な展開図を作る表現活動という生産性を指し共通的な観念と及ぶ事による効用が生まれると、その実感へ対して利用者への資源の負担を求める根拠が生まれる。良好な型枠を形成して、それへの共感が起こり実際に用いて効用の検証を測り効用への対価が生まれる。平等意識が劣るほどに、人の生産性への粗雑な感覚が起こり、エネルギーへの適当な態度が現れない。空の概念を用いて人を騙す生産で糧を得る物理依存の激しいクズな性格が実感される。

 

なぜ文化論を作るのか?1)個別性と万人性

理想と描く概念に、様々な志向の違いが生まれる。これが現況への認識と用いる方法へ反映され、それへの共感や不満が発生する。つまり理想概念自体の適正と、方法の適正という面から生産者や人間性への問いが起こり、万人的な立場から見る共通性への思索が進められる。しかしながら、特定的限定の個別的立場を持つのが万人の姿であり、平等思想に根差した実際的な解釈が生まれる。この個別的立場から各種の衝突が発生し、それらを和解する上では万人同一性の感性を見出し個別への適正を作る方法が描かれる。違いへの尊重や寛容性や譲歩する態度は万人的利益において引き出され個別性を過度に押し通すことなく同一的人間の感性をもって極端な争いが回避される。或いは個別をよりよく向上させるのに万人性の価値観を外す事のない軌道が少なからず求められる。総論賛成各論反対等と言われ個別性へ近づくほどに利害が鮮明に掴みだされそれへの答えをどこかで見出す必要が高まり確かな総論により個別が適正に調和される。こうした点から文化論という長期的規則性を探す事や人間性の問いや探求が生まれる。以下のような観点も、個別的感性か万人性に及ぶか、多様な解釈が起こるものと思われます。各所から考え方を示しながら最良の同一性を作る過程に配されます。生存本能と人間平等という感性との適当な調和を図る上での必然的な思索領域が生まれる。

 

2)生産者倫理と生産意義の表明

「都合のよい所を取り出すな」等と言われる。生きる上で必要な事柄を本能的に選びだすのが自然な反応を指し多くの人には個別的な生産の立場が生まれそれに即した都合のよい論理を作る事は至極自然な態度とも解される。そして生産的な影響力が高まるほどに大きな役割が期待され個別限定性の弱まる広がりを含んだ利益を求められる。直観的な本能から次第に、思慮深く多くの人の利益を鑑みて事象を探し選ぶ態度が求められる。これらを導出するのに根源的な思索などへと深まり、「万人の利益とは?」等への問いと答えを探す事へ及ぶ。それを予め示し利害関係者への共感から一定の支持をもって場所や配置と資源が与えられる。自己の提起と共感と負担の過程と需給構造が生み出される。こうした生産的な役割への形成過程の認識が置かれ、そして時々の個別場面での態度とそもそものビジョンとの適正が問われ検証の過程が進められ善し悪しの態度が示される。評価する側から善し悪しへの根拠が示され大本の理念との齟齬がないか、多様な個別的な立場からの意見が加えられる。利害関係者が増加する程に多種多彩な個別的な立場の利害を背負って表現への適正を測定し色々な意見が生まれる。自己の都合の良い点はプラスに評価し悪い点はマイナスの態度が生まれる。このような総枠的概念と個別的な立場との構図が現れる事への認識が起こる。総枠的な概念を予め示すという点が足らないと混乱が酷くなり需給構造の建設的なエネルギーよりも負の評価という力が生まれる。生産者の適正な理念やビジョンが求められこれが満たないまま寡占構造による力関係を作るほどに健康な精神性や創造の力が起こらず物理依存の一方向的な強要が起こり役割への根本的な問題意識が生まれる。躾レベルの下限事項を超えるなどとなれば重要な生産倫理の欠如を指し大きな利益を作るどころではなく基礎的利益も作れない堕落を指し過剰な力の保有と適正な管理を欠く責任の不足という判断に及ぶ。

 

文化的創造性へ

「内容よりも外観」で購買を図る消費行動が進行する。これへの適正化が成長ビジョンと描かれて、質実の良い物事を選定する意識が向上し持続的生存と繁栄の軌道が強まる。時代認識と未来ビジョンの中核原理に配されて正しい人間を作り上げる長期的な道筋が示される。根源的且つ分母的全体ビジョンを反映する二次三次的なビジョンになり日常的な感覚に及ぶ適正化原理と強められて文化政策の一環的な展開に連なる。物理的原理の進行や短変数の方程式という現代的な潮流から、パッケージの善し悪しで衝動買いをする購買行動が進む。或いは商品内容よりも流通業者の利益率などという副次的な要素で流行が作り出され消費者の視線に止まる配置に商品が並べられる。手に取りやすい棚割りを作り売りたいものを訴求される。生産者による製品の良し悪しを算定するよりも流通事業者が力を持ち売れ行きに影響する構造が進められる。こうした現代のトレンドが各所に反映され一過性且つ即効的な訴求点を強調して「低価格、派手、独自性より機動性、拘りよりも手っ取り早さ、」等の中核原理で支配され流通業者の意図する向きの製品や生産者が取り入られる。マスコミや情報媒体機能に力が生まれ直接的な製品よりも二次的要素の購買基準が強まり、「軽くて安い」がトレンドと占められる。政治家や学者もこの性格が取り入れられ、あくの強い性質は嫌厭され役人の思うように立ち振る舞う性格が重宝される。産業や政治行政、教育に共通するトレンドになり、「軽い事、言う事を効く、難しい事を言わない、派手で安い事、」という基準が作られる。デフレマインドが慢性化して短期間で規格量産の規模の利益で支配される。これの行き着く先は、「カラで派手で軽い早い」となり、物理原理そのものが良い事、素晴らしい事を指し善や美の基準になる。これが現代の主流を指し一部の支配層の意思が増強され極端な二極構造が生まれる。内実の弱い集権や統合の構造が起こりきめ細かい対応が粗雑化して各所に深刻な問題が顕在化し根本的な面からの質の変化に狭まれる。中身が希薄化して表面を取り繕う感性が進み根本原理を抑えない即効型の基準と運用が進んで、考えられないような判断に対して本来的な良心が注がれ事の重要性に気づきつつあり抜本的な原理の更新へ意識が向けられる。小手先の対処策ではどうにもならず根源性に即してあらゆる発想を更新し質実の問いを高めて堅実な生産へ及ばせるごく自然な態度に重きが取られる。これを引き出す普遍的な原理が再認識され健康な精神から正々堂々と発想を作り中長期の視点や大局性を抑えた生産に及ばせて即効的な期待を制御し構造的且つシステム的な変化を合わせて前進する。体質自体の改良において正常な感性と機能へ進み、欲望と力と責任の均衡する主体性へ連ねる長期政策が求められる。こうした感性に力を集めると共に広く健全な教育の普及や健全な購買に及ぶ社会価値の促進を同時並行的に進行させ局所と構造と性質の連動的な変化へ及ぶ。トップダウン的な手法では限界は早く基盤的な面を合わせて価値の刷新へ連ね着実な改善へ導かれる。産業経済、政治行政、教育文化という全方位的な共通概念の適正を持ち根元から全体に連なる良質化策をもって現実的な動きが進む。「機械から人間へ」が根源ビジョンになり文化政策のコンセプトが示される。

 

1)現象と再生産性

「あいつのせいで悪くなった」という人への恨み辛みが現れる。過去の事象へ対しての検証の一種を指し原因と結果への実感が起こり、良くない結果と原因への確信から一つの総括的な判断が生まれる。それへの適当な対処をもって一応の区切りをつけ、いつまでも過去への負を引きずらない建設的な利益を作る力へと回り正の循環が進む。

失敗事象の特定と反省から原因への追究が起こり誤りへの原因を把握して、二度と失敗を生まない理論が作られ理論と実践の動きが生まれる。被害者と加害者という直観的な構造が起こり両者の対立的な心象による責めを求める態度を表し明らかな一方向的な過失と見られる事象から、相互的な原因による負の発生という割合感覚の精緻な認識へ及び、その程度の実感から適当な被害と加害への統合的概念へ至る。

万人共通性の因果的基盤を根源にして次第に個別的要素と共通性の事柄へと分けられ、直接的な実感と間接性の因果などへと、実感の抱き方が現れ、関与の度合いの認識が起こり利害の程度への認識と及ぶ。過去への清算と未来型の利益構築という意識の向け方が生まれ事象へ対する利害の実感と関与の程度から過去か未来かへと意識が向かう。

事象の善悪への程度の認識から何かの取引で賄える事柄と修復不能な事柄という性格の違いも現れ事象の類型と善悪の程度が序列化される。これへの対処や予防策として絶対性の強い悪性事象への認識と有効な制約が作られる。生物物理的な実感と有効なハード的な方法とそれを表すソフト的な論理が描かれる。過去事象への有効な対処策が見つからない。プラス型の利益を作る発想へ転じて少しでも被害の広がりを防ぎプラスを作る創造性を投じる。等。

例えば、「火災を発生させ、人命を失う」という事象に対して、火元の原因と加害者が特定され、生まれた被害として自己の家屋の喪失と身内の生命を失ったこと、隣家への被害の発生等々が特定される。それへ対する適当な被害への賠償額の算定と執行が図られ直接的な対処が生まれる。関連する法規との兼ね合いから、妥当な基準と適用をとり、民事上と刑事上、行政上の処分が図られる。そして二次的な段階として加害者の行為原則が作り出される。或いは隣人からの要望などが示される。更に、火災への専門的知見から火災予防装置というハードの機器による事前予防の対策とこれを義務付ける法規の制定など生まれ有効な創造策が講じられる。自己基準と他者の基準、行政からの基準などが生まれ履行する活動へ及ぶ。

理想

概念

過去事象への対処
個別事象の

特定

個別事象への

評価

方法の

構築と実践

各種

知見

志向性

思想

 

事象の特定

因果関係の特定

 

利害関係者の特定

利益と被害の特定

損失への対処、

利益への対価

改善策の構築と実施

未来型の創造性
代替可能な提案、代替不能、

こうした過程で、人間性や物理的機器への効用や自然現象の実感が露になり因果の実感へ対する異同が現れ、どんな理想概念と実際の感覚を示すかの認識が生まれて検証と効用などの実感が鮮明化される。頭で思い描く観念と実際的な場面で起こる実感が生まれて真実や真相を掴み実態が把握される。生活者や消費者、生産者の性格を表し予めの行為や能力を算定し外界へ明示して効用と検証をもって持続的需給へ及び市場が生まれる。

自然 人間 道具
概念
実感

こうした結果、クズや健全という人への心象や物への実感や自然の理解が起こり概念と実感に及んで生きた知恵が作られる。健康な感受性を根に自然や道具や人との交わりを持ち、大本になる人間像という理想概念の探求が進められ、評価感覚を起こすと共に有るべき適正を探し作る事へ及ぶ。クズとは失敗への認識も生まれず反省をせず、同じ不快を作る人間を言い、それに適する対処や施策をもって下限事象を減少させプラス性事象を弱めず強める事において、人間の理想を下落させず向上させる事になる。適当な人間像がこれらの羅針盤に連なる。人間像のない経済や政治は根なし草と及んで善悪の判断にも及ばない。

利益概念の吟味と健全な行動規範の強化

全体の利益か、個別の利益かという点から、いずれの判断を下すべきかの選択に狭まれることがある。普通の感覚でいえば、個別よりも全体にとってプラスになる判断を下すのが、物理的な感覚による方程式を指し、経済合理性という言葉の直接的な意味に相当し、全体の利益を優先する事へ及ぶ。しかし、これだけでは思慮の浅い範囲になり利益の性質を吟味する観点が加えられる。ここから人間観等の形成が影響し人間にとって何が重要か短期的な物理性のみならず根本的な視点を深めて利益の序列を構成する事になる。基礎的な躾に当たる事柄が人間の根本的な性質面に相当し、盗みや詐欺や暴行を生まない事ということから下限的な価値が取り上げられる。これに及ぶ原因や二次的悪性の広がりが予測され反復的な規則性を抽出し因果関係を把握の上に、二次的な視点が生まれる。更に三次四次という相関を浮かべながら連鎖性が抑えられて、基軸の骨組みが浮かび上がる。

悪性事象
戦争

テロ

盗みや詐欺や暴行

経済低迷

自然災害

エネルギー循環の不公正

物理依存症

こうした観点から、個別事案の問題の性格が掴みだされて、人間の適正像から見て根の深い事柄は、個別事象にあっても全体への大きな影響に及ぶと特定されて重要な関心を持ち、当事者的な意識の下に取り扱う事へ及ぶ。長期的に見る全体への利益か不利益かの判断をもって、人間の適正を崩す事のない深刻な対処を図る事に適正が生まれる。構造上の欠陥やシステム的な面での不合理性や人間の根源的な性質の劣化という範疇に及べば、個別的な事案も大きくクローズアップして事柄に立ち会い全体への利益を作る事に価値が生まれる。私的な利益の範囲を超えて普遍的な価値という万人性の関心に及ぶ事は、堂々と公に開いて真相を明かし対峙する態度に適正が生まれる。寧ろ、問題を伏せ二次三次と同質的な事象が起こる事が予測され歯止めになるエネルギーを注ぐことに価値が現れる。抜本的な改良へ及ぶ事から齎される利益は計り知れない。社会には様々な人々がおり良質な感性から腐りの酷い性質まで多種多彩に実在する。特異な悪性と関わったら無視できず運命と思って対峙し、良好な力を注ぐ態度に真っ当な判断が生まれ個別性を超え全体の利益へ及ぶ。単純物性の感度が進むほどに偏狭な利益概念に染まり、物事の重層性や長期的観点を喪失して短絡な判断を生む傾向と映り、大きな勢力に流され楽な方へ及ぶ事に対して、文化や哲学の取り方が適正を齎せる。いい所ばかりをとるようでは醜態や悪性になり、リスクをもってリターンを得る堂々とした行為規範が強化されてクズが減少する。クズに過剰な報酬を与える事なくクズにはクズに相応しい配置が生まれる。見えづらい社会への貢献や利益の生産を賢明な生活者は見落とすことなく取り上げて、その働きに報いるエネルギーを与える循環に及んで意義ある行動規範が強化されて人間の価値の下落の予防や価値が向上する。インターネットによる情報の広がりを良い力と及ばせて、見えづらい物事の真相が明瞭化して正常なエネルギー循環の加速へ及ぶ。