サイバー犯罪への見解

当事者として自己の主体性を明確に表し、外界への明確な認識に置かれないものは、リスクとリターンの原則に現れず、人間形成の根本的な型枠から外れる。一方的にサイバー犯罪で他人の論文を盗み見る事や、活用する事や、その他のプライバシーにかかわる事を監視する等の態度は人間性が破綻しており犯罪者としか映らない。監視という行為に留まらず、その情報を観測者の有利な方法に用いる事が含まれ、ここに盗みや悪性が入り込み、当事者の意思の確認のない監視行為は、盗みの性格が強く生じる。

自己の明瞭な主体性を見せ相手方の意思を確認し、相互の認識が起こって主体性の適正が生まれる。わけのわからない一方向的な意思で犯罪に着手したものは根本的な欠陥を持ち、真面な感性やエネルギーを投じられる相手にはない。躾レベルの根源的不動性の作法を外した犯罪者以外にはなくその行為の正当な理由を明確に表すことなしにはクズとしか映らない。動機への着目や配慮も多少は慮る事もやぶさかではないが、その行為から起こった損害が問題になり、所与的な主体性の明示と相互の意思を確認する行為を省いては人間の体をなさない。何とでも言い訳をして正当化を図れる次元にはなく、明瞭な主体性を表し、相互の意思の交流が不可欠な工程に配される。一方的な思い込みなどで、どんな動機にあろうが必須の工程を省いた行為は、肥満の性格が濃厚に映し出される。根源性の欠陥を指し必須過程を省いた者とは歴史の共感などには到底及ばない。所与的な筋道を外す行為はプラスよりもマイナスが多く不快感の方が強く起こる。私からするとこの手の性質はゴミ扱いとする。

明瞭なけじめのつけられない逃げ回る性格には基礎に立ち返り、身の程を自覚して迷惑への賠償を持ってから真面な修復の兆しが起こる。坊ちゃんや肥満症の感性は分母的な社会常識とは大分異質のように伺える。この周辺で集る面々も同質性へ及び、構造的な利害関係上の悪性を孕んでいるように推察される。堂々と基準を起こし気持ちの良い良否の反映を執り行うべき社会的影響力を有する配置にあっては尚更のことに健全な過程が求められる。権利の大きさに対して性格上の甘えという行為と見做され、欲望と力と責任の適正を欠く適格性に瑕疵がある配置を示し、欲望過多の責任不足というマイナス的なアンバランスと感じられる。基礎的躾の悪い感性は、大きな利益を作るに至る信用形成は遂げられず、身の程に合う仕事に改め適正な主体性を作る事に健全な態度が映し出される。どんな因果で盗み症に及んだか、未知なることでありその範囲は触れる範疇になく生じた不快への賠償を淡々と求めるのみだ。これを逃げ回る性質と健全な交流に及ぶ事はない。クズはクズでありプラスのエネルギーよりもマイナスが強まる。明瞭に身の下を明かして交流を図らない態度にはまともな水準の建設的力は生まれない。クズと関わるとプラスよりマイナスの気分が強まる。これと積極的な生産には至らない。

 

2)社会の自然律

幸福感や世界観を形成するアプローチとして以下のような思索の筋道が起こる。不快性の事象が発してすぐに司法という第三者に依存した解決へ走る傾向にあるのが、今日的な人間性と映し出される。言葉と行為の解釈の違いから、相互の共通性と離れて意思疎通の齟齬へ及んで、対立的な感情を発生させ、当事者による和解へのエネルギーを投じずに第三者を介入させて争う行為が多発する。欲望の過剰性と敏感な反応が先鋭化して少しの違いへ我慢が出来ず法による争いへ発展する。抽象的に単純化した原理に基づいて事象との適用を図り、その枠内での最適解をもって正誤を判定するプロセスへ向かう。関係の希薄性と即効的欲求が強まって人々の距離が遠くなり、融和や共存性よりも自己生存性の本能を剝き出して対立的且つ淡白な反応が発生する。物理的な道具や生活習慣により作られる体質と見られ、多様な観点や因果を掴むことなしに、短変数化した感覚が進んで、感受性の起こり方に現れる。経済環境や需給構造の偏った力関係等も起因して、目先の利害へ偏し、人間性の根本的な性質を崩しながら、外界へ対して妙な倫理や道徳的表現を作り糧を得る内外の不整合性を露にする。人間性の破綻的な姿が顕在化し、劣化の著しい事への認識へ及ばず、外界への評価感覚を高める姿に、適当な客観性を起こして人間側を映し出し健全性へ働かせる発想が生まれる。空の文化を頭で吸収し体に浸透せず頭と体の分断的症状に形骸的な有機体の歪性が鮮明化し、感受性や欲望面が過剰に進んだ人間性の下落と映し出される。外界への利益を作るエネルギーが減少して自利へ偏した歪な欲求と充足の態度が生まれ、滑稽な言葉を多用する姿に醜態が映し出される。偽善や詐欺という性格の行為への自覚が弱まり、特殊な自己認識を宿して平等思想と離れた人間性を作り、エネルギー需給の適正を欠いた要望を強められる。こうした事象は社会へ対して負の性格や影響を与えられる。プラスを作る生産者とは見做されない。自己の適正な認識をもって適当な配置へ回り欲望と力と責任の均衡感覚をもって健全性が生まれる。いずれかに、特異な欲望が強く歪な事象と出現するか、相互的に歪んだ原因を持つ事か、多くの人から適当な因果の感度を当てて自然な認識が形成され、それに基づく態度が投じられ法律を超えた自然律が促進される。歪んだ精神性から妙な小手先の技術を悪用して、その場を免れても体質は変えることが出来ず、時をかけて真相真価が掴みだされる。見る人が見れば、誤魔化しはすぐばれる。

文化の生産性

1)文化・文明ビジョン

個別事象の形成と集計によってある特定の領域感覚が生じる。個別事象の主要な性格をどんな点に抱くかに観測者の関心が現れる。例えば「食生活」という観点を持ち「人間について食とは?」という根本的な見解が作られ有るべき理想像が形成される。個別の食体験を経験し理想と現況の違いなどを窺い知る感度が起こる。そこに建設的な批判の態度が生じより良くしたいという思いから改善の思索が深まり方法的な提案へと連なる。あるべき像が如何様に形成されるか。個別体験の積み重ねから正負の感覚を抱き次第に定見となる考えが固まって基準的な観念が生み出される。食という直接的な場面では食材と人間の生物物理的相関や作り手と受け手の心理的相関などを主要な因果の範囲に抱かれ正負の心象が生まれる。更にその工程の前後が整理され食が用意されるまでの上流工程と食べて何某かの活動へのパワーが起こり食と活動の下流工程へと思索が伸びる。因果の深まりや広がりを抱きながら食という場面を構図の中心にとり前後左右の相関を描き自己の理想図を表す事へ及ぶ。無限的な性格を持つ対象にどんな観点を形成して感覚や心理の体験を観念と実感するか、観測者や実務者の感性が示される。こうした末に「これが良い」という基準や標準が生まれ自己の利益感が形成されて他者へも進めたいという心理が発生し「こうするとこういう利益や効用が得られるよ。それにはこうした費用が要るよ。」という論理が起こる。各種各様の個々人が何某かへの利益を感じ体験を提供するか、協働的に味わうなど個別性や共通的な価値が生まれて自立と協働の共生へ及び社会生活の向上へ連なる。こうした文脈がプラス創造型の利益を作る基調を表し経験から新たな正負の気づきが起こって基準や標準が改訂されて理想像が変化する。質の形成と量の展開を持ち質の改善や改良、改革という変化の程度を持ち厚みある知見が形成され専門家という特殊領域が生まれる。感覚的質感の強い特定的生産性から対象範囲の広がりある抽象性の観念が生まれて経済とは、政治とは、教育とは、社会とは、人間とは、自然とは等々の領域感覚が作られる。対象に何を関心の中心にとり背景にはどんな事柄の相関を抱くか構図が作られ体系化される。言葉から概念、法則性、理論体系、ビジョン、世界観等という観念像が生まれ感覚的質感の直接間接の相関図と及ばせて纏まりある事象を掴む観点が作られる。要素と要素関係、因果の実感、一過性から反復性というようにある事柄の利益を感じ持続的な充足へ及ばせる再生産の方式へ探求が進み持続的利益を得る創造性へ及ぶ。エネルギーの相互的な作用によって自己と外界の持続性へ連なる。奪う事や盗み、採取という一過性から相互生産性に安定した利益を作る道筋が起こる。畏敬の念という生命への重さを抱き生存へのエネルギーが生じて自他のより良い生命の存続へ向けて熱を投じ利益と利益を掴む生産事物や生態系が生まれる。科学技術への知見が重なり或いは人間側の感性の成熟性が生まれ正負の体験を抱きながら真に正しいという利益概念へ及ぶ。確たる見解が生まれ人々を魅了し強いエネルギー源へ至り特定領域や人間世界を牽引する。文化、文明へのビジョンと描き出される。本書によって正しい人間が作られる。

2)健全な相互協働活動

こうした見解の成熟性によって生産者の程度が測定される。個別特定の立ち位置をもって領域観とその内外の相関図を表し、利害関係者への利益を提起して「何をやるのか、その効果は、必要なコストは」という点が整理される。外界の能力不足ばかりを指摘し自己の生産性の体系が不十分であると外界への過度な依存症と見做され費用ばかりを求め効果の弱い生産性や物理依存の搾取体質が露になり、一方向性の強い肥満な坊ちゃん体質などの感受性の中身と能力が浮き彫りになり人間性が掴みだされる。こうした点から良質な人間性を作り上げる型式や方法を表す事へ及びます。

提案の基本的な方式は、「何をやる。どういう効用がある。これだけ負担してくれ。」という基軸の論理が見えて、権利義務の相互性を持つ協働活動へ及ぶ。政治などに見られる政策の提示は、「何をやる。」は見えるものの、「負担をしろ」という面が提示されず、提案としての体をなさない。投資と効果の図式にないと真面な生産活動としての基準と誤差の関係が測定できずに曖昧なまま本気で作り上げる意識の弱い責任回避のいくらでもできる表現が生まれ民間の市場作用と同質の需給関係へ及ばない。対象範囲の提案という所から示し、対象範囲内の投資と効用の基本式を集約し内実を詳細に示す過程において基準と誤差を測定するだけの要件が揃う。こうした提案や生産の主要なポイントが抑えられて曖昧なクレームなども減少し起案者の責任ある態度が現れる。クレームや評論への程度が悪い等という以前に、主導的な立場においては測定可能な基準と検証の構図を示して利害関係者への権利義務を合わせて表し一方向性のエネルギーの投入にはない相互的な協働性が描かれる。対象範囲の広さや生産性の内容によって提起の仕方も複雑化し予測可能性が下がる因果に及ぶものの、それに相応しい表現の表し方は作られるべき範囲になり、これを欠くと全く基準が見えずに相互的な混乱が止まない。発案する側の責務の範疇を指し少なくとも最低下限の基準と誤差を測定できる表現において緊張ある相互性へ及び、一方向の責任を強める態度が改まる。抽象的観念と感覚的質感に及ぶ実感点を、出来る限り示す努力が生まれて生産性の測定へ及ぶ。この基本計画と中間的定期性の進捗と報告と検証の規則性が描かれて、見通しを持った協働活動の計画性が起こり、特殊事象への右往左往の少ない落ち着きある協働活動が展開される。全体の利益からみて優先度の低い事象について過度な評価感覚を起こす事のない進行を意図するならばマスタープランと実施の定期観測と報告の基軸的な筋道を含めて提起してより良い相互的協働活動が生まれる。

何をやる 負担
大目標 中目標 小目標 税負担 市場
定性

表現

幸福観

世界観

経済の目的

政治の目的

教育の目的

個別

重点

施策

消費税

所得税

資産税

定量

指標

GNP 数値

目標

5年、3年、1年、四半期というある程度の区切りが設けられ、目標の配列を構成して、然るべきときに投資と効用、収支の明細を表して基準と誤差を確認し場合によっては軌道修正を図り、相互の納得性や明瞭性、透明性へ及んで信頼性の醸成へ連なる。これらを分かり易く相互の共通理解と認識へ及ばせる作為が進められて健全な協働生産が生まれる。堂々とした正攻法の軌道に寄らないと歪んだ手法を用いて相互信頼を下落させる。本書の主要な生産の対象は幸福感や世界観の形成を指します。

 

1-2人間の根本性の劣化

多様な思想的な枠組みが形成され個人と集団の在り方が示される。この解釈は簡単ではなく各種個別想定で各自の立場から各種の言い分が生まれ100対0という良否の判断を行えることは稀な事態を指し各種各様の言い分への正当性が生じる。思想という集約的な理論体系と感覚的質感を抱く場面との連なりを見て、「飛躍的な解釈にないか、違和感が強い因果の形成にないか」という部分が焦点に及び共感や賛否の実感が発生する。つまり、思想という枠組みと実際的個別場面との解釈に見る適正へ焦点が絞り込まれ人間の変わらない良質性の原理を表す「言行の一致」や「内外の一致」という根源性が浮かべられて解釈の適正感覚に人間の健全性が浮かび上がる。概ね現代人の理性に大きなとんでもない発想を抱く事は少なく万人的な共通価値を内在した志向性を含められる。一部の過度な物理性への従属的な発想や手法への制御性の弱さは浮かび上がるものの平等思想を少なからず視野に含んで適正を探す発想を抱かれるのが分母的な姿と思われます。そして問題は解釈の実感が各自の成長過程や生産の特性からエネルギー循環への違和感と生じる。頭脳的作業に過度な価値を抱き体の工程を軽視する感性がしばしば見られ頭脳への過度な偏りに見る不健全性が問題事象とクローズアップされる。机上での設計構想に過大な評価感覚を抱き施工工程をよく知らずに設計図面を起こす事ばかりに価値を見る傾向に健全な生産の規則性と離れた頭脳過多の性質が現れる。実施工程を体験的に経る中で何度も手順を行ったり来たりしながら設計の変更を繰り返し試行錯誤の末に同時並行的な設計と施工が執り行われる工程感覚が離れるほどに設計と施工工程との分断的な構図を描き設計のみの生産概念が作られ現実とかい離した感性を宿して歪な管理発想過多の欲望を強める態度に人間性の歪んだ精神が発生する。原論的な評価感覚に終始して頭脳的な設計上の側面へ偏し実際の施工工程の体験が弱まる事から極端な態度を抱く特徴が現れる。思想云々よりも人間の根源的なスタイルに見る歪みが問題になり不快感が露になって物理過多の性質や頭脳過多の規則性から弊害が生じ解釈の違いと現れる。頭と体の分断性に絞り人間の根源的且つ不動性の型枠が強調されて違いへの是正感覚へ及んで適当な解釈を生み出す感性が作られエネルギー循環の適正へ連なる。思想的立場の違いへの指摘は後付け的な要素になり利益の正当性を強める為に負の要素を探して問題と強調し責める姿に見られる。痩せ細った感性から頭脳的な技術へ向かい小手先の皮膚感が強まり屁理屈を捏ねる態度が顕著に表れる。頭脳過多で体の工程が弱く健全な感受性が細り基軸論理の弱い枝葉によった分業の進行などから生まれる人間性の下落とも伺える。科学技術力の発展と活用という物質文明の負の面が顕在化し根源性の問いが起こって本質要素を浮かび上がらせ適正への改善が生まれる。施工過程に設計要素が含まれており施工の観念が弱い設計に現実離れした感覚が強まり頭ばかりの評論へ流れ精神的な病理性を覗かせる。法律という観念体系に限定した最良性を求める態度などに顕著に表れ実施工程や感覚的質感に及ぶ実現性の感度が弱まり観念上に偏る歪性が生まれ極端な原論を繰り広げられ外界からの違和感と認識される。「頭と体の分断性現象」と纏まり根源的な健全像へ立ち返り標準と乖離を実感して適正化する工程に文化政策の主要な観点が生まれる。思想や世界観の抱き方に見る極端な異なりは少なく実施上の規則性の適正感覚へ意識が進められて施工工程と設計との実際上の相関を体験し理解する程に体と頭が繋がり適度な精神性や欲求へ連なり二極的構造の格差は次第に縮められ過大評価に寄らない適正へ進む。言う事とやる事を簡単にひっくり返す行為に醜態を抱かない態度に感受性の破綻面が映し出される。頭ばかりで体の弱い象徴的な現象が起こり盗みや詐欺が慢性化した悪性と映る。広く浅い対象との関わりが進み深く作る力が及ばず頭による上辺の理解で留まり容易に糧を得る発想が強まる事への不健全性が強調されて真価を作り実現するエネルギーへと進むことに健全な感受性に基づく活動が起こされる。責任と報酬が釣り合わず権利意識が過度に進んで実態的効用が現れない不均衡に不健全な主体性が映し出される。グローバルとローカルの適正を探すのにこの面から感覚を直して広くあれもこれも手を付けるようなグローバル化に適正感覚が及んで量より質への限定をもって薄くなった感覚に厚さが起こり多様な質感を抱く性質へ及ぶ。物理的速度の加速性による生産性の向上は無機質性を強め観点の多様性を失う。自己都合のよい因果の実感が進み多様な要素に依存している実感を省略し物理依存の激しい利己性を強めエネルギー需給の適正感覚を崩す。目の前に答えがあるのに遠くや他人へばかり視線が及び盗みを発想する。この感性に力を与えると歪性が広がり人間の劣化が拡大する。目も当てられない行為をしながら倫理道徳的な価値を伝達する学者先生を見る度に異常者の実感が起こる。盗みをやりながら説教じみた態度を起こす狂った性格へも根本性の破綻と映しだされ根の深い問題と見られる。人格破綻者を要路に配置すると健全性へ戻す事は容易ではなくなる。小手先的な思想の違いなどは問題ではなく根本的性質への破綻に対して適当な対処が遅れると周囲一面に負が慢性化して常識に及ぶ。

 

文化・文明への道

1)文化・文明への道

「公平公正」という理念を具体化するには、「透明」という事が欠かせず、社会的に大きな影響に及ぶほどにガラス張りの基準と適用の実態を示して信憑性が生まれる。インターネット環境でプラットフォーム的な情報基盤を運営される業者へ対して透明性を求める事が社会的欲求の一つと上がる。閉鎖的特定技術性の高い情報交流環境から、意見への支持の集計によるランキングが掲載され、その順位に視聴者は一定の信用を寄せて人々の関心や共感を測定する事になる。順位が高い事柄程、更に関心が寄せられる吸引作用が生まれる事に対して、閉鎖的な環境による業者の利己的操作性への疑念が生じる。特定的局所性の利害をもって操作が進められる事は容易に推測され、影響力が強まるほどに利用者や参加者から公平公正な基準と適用を求めてエネルギー循環の健全な原理の適用に及ぶ。「なぜ、こんな奴が高順位にあるのか?」という率直な疑いが生まれる事が少なくなく、どこかプラットフォームの提供者による操作性への匂いが起こり透明性を高める規制の強化が必要な対処案とされる。人間の健全性を根にして生まれる二次三次的な側面を浮かび上がらせ、健全な業界の成長や人間性の歪みを制御する観点が強まりエネルギーの適正な循環と増進が図られる。業界が自ら良好な業界の成長を意図して自己規制を強化し、公平公正な基準の形成と適用に及ばせる事が自主内発の姿として適当になる。持続可能な成長という先々の未来ビジョンを表し健全な環境を自らの創造で促進させる発想に長期性の利益を作る道筋が生まれる。特異な欲求の強欲性が小さな利益に執着し歪な成長を齎せる。全体のパイの広がりや成長を停滞させる面への適当な制御をもって、大局観を備えた運用へ及んでプラス性の拡大軌道が強まる。「公明正大、正々堂々」と「健全性」と「透明性」という観念が根源性の価値になり人間の良質なエネルギーを弱めず強める原理と作用する。少なくとも基準を形成して明示できる表現者にあって適正な創造性が強められる。この適用と検証までも範囲に含めて信頼性が高まる。技術の導入期や成長期に、健全な理念と基準と適用の基礎を固める事がどれだけ成長するかへの大きな要因となる。基礎基盤の劣る創造性は長く続かず歪な悪性へズレ大きな利益を阻害する。根の病んだ性質が、要路に就くと小さな利益に執着して大きな利益を阻害する。こうした根源性の原理への認識が強化されて良好な文化や文明への道筋が描かれる。視聴率や世論調査、インターネットのランキング、等々、数値で価値を表す際には、明瞭な根拠の公開が欠かせない義務と見做される。これが弱いままでは一部の歪んだ利害を作る発想が高まり、バカなのに富を得る構造が生まれる。

 

1-1知識とは 1-2生産性と根源性のビジョン

1-1知識とは

日常的な生活の中で物知り自慢のような態度がしばしば起こり、言葉ばかりが表出して実態的な利益や効用が現れない面に現代社会の病理が起こる。知識が豊富で物事に詳しいという判断に及ぶ場合と出鱈目な詐欺という性質の嘘や誤魔化しによる生産性という場合へ対して、実態的な効用への測定をもって知的サービス化の適正を問う観点が起こされる。

そもそも知識とは、一次的に体験して生まれる情報と書物等から伝聞的に吸収する情報と言った相違が現れ、後者からの知識をそのまま引用し、知ったような態度を見せて人々への関心を集め富を得る現象がしばしば生まれる。頭脳で読み込んで体の検証が乏しく媒介的に情報を横流しする二次情報の伝達という知識の性格が抑えられ、一次的知識とは異なった性格にある事が確認される。或いは、対象から窺い知る感性や観点の持ち方によって、無限的な性格にある対象から限定的に物事を起こし現象化してそれを伝達するという根源的な側面への吟味を経て、知識という事への適正な扱いや構えが形成される。更に、究極的には対象は動に本質があり動を人間の都合などから静にして動いている状態を把握する作業にある。社会的に共通の合意に及んだ知識や見解を尊重し、それに基づいた知識の形成や表現の在り方への適正な作法を重んじる態度であるか、純粋な創造性に寄る態度や支配的願望過多による執着など多様なケースが発生する。新規的な改良や更新という動的活動性は止まらず、更新されないまま古い知識に固執するような事も管理的欲求の過剰性などから生まれる。しばしば、物事を断定的に、「○○である」という言い方で表現される人々が発生する。上述のような知識観に基づくと相当偏った性格の表現者と解され、利己的欲求過多の性質とも見做されかねない。私なりには、「こう思う。こう見える。こう考える。」等という言い方に謙虚さと誠実な表現者の性格が起こり健全な平等思想を体内に宿す感性が伺える。どこか奢った性質が深まって表現の粗雑性が現れ根源的な視点を欠いてお粗末な態度へ陥る事への不快感が発生する。動的フローの規則性が弱まり過去のストックへ過剰に執着して新設的な生産性の弱まりに嵌ることなどに健全な精神を欠いた実感が起こる。以上のような「知識」ということへの適度な見解を備えながら、フローとストックの適正を見出す態度に健全な生産性や人間性が起こり肥満な性質へ嵌ることなく健康な社会性を意図して利益を作る意識の持続に及んで、自己満足的な知識自慢という姿に陥る事への適度感が起こり、誠実な感性や態度を表す事に持続的生存と繁栄の軌道が生まれる。科学原理の蓋然性等の認識が弱いと安易な断定表現や詐欺まがいの生産へ走りフローの活動性が停滞して人間性を下落させる。

1-2生産性と根源性のビジョン

「知る」という言葉も単純な解釈では留まらず、「深さと幅」が生まれ一様にはない。社会現象と自然現象という対象の区分が取られ人々の活動や自然の成り立ちについて言葉で記述され、それを読み込んで知るという次元と読み込んだ観念を基に例えばある歴史の発生した現場に訪れ記録や痕跡を目視して書いてある事柄との検証をもって知るという次元と、これらの歴史からの教訓を引き出し自己の未来形成的な場面で応用に活用して知るという次元が起こる。つまり、読解的な吸収、検証的吸収、応用的活用の吸収というように、「知る」次元の深さへ違いが発生する。知る事柄の幅と言った場合は知る事柄についての深さよりも種類の多さを主に表す。例えば、リンゴという果物について、名称と実態との整合で知る事は検証的に吸収する事を指し名前を知る事を意味する。リンゴという果物の動的仕組みへの解明を意図して生物という観点をもって生成の過程を知る事や更には実際的に種を植え樹木を育て実になる過程を経験し作り上げる事をもって知るという次元が生まれる。更にはリンゴというカテゴリーから品種の分化へ及び、既成の品種にはない新たな品種を作り上げるなどの過程へ及ぶ。このように深さを追求すると幅への意識は弱まり、ある限定的な生産の立場を持ち対象との深い関わりを作れば他の対象を知る為のエネルギーは回らない。「知る→実証的に知る→活用する→生産的に再現をする→新たな知を得る」という段階的な次元の違いを生む。こうした構造の下に多様な欲望が起こり多様な人々の生産を分かち合い分業によって多彩な欲望と充足の協働関係が作られる。ある特定の専門家や実務者という性格が生まれ、深みのある知見を備える生産者と幅広く浅く知識を備え体験的な知見とは違った知識を有する生産者という姿が生まれる。一定の対象を限定し作り出す工程を経験すると物事の生産に共通する原理への認識が起こり何を作るにも共通的な要素と原理を知る事へ及ぶ。こうして、一定の共通的皮膚感覚が備えられ自己の一方向的な要望などに寄らない外界の認識の上に適当な相互性を見出す態度へ及び、常識感覚の基礎をもって健全人間関係が作られる。基礎的皮膚感が異なると違和感の強い要望や対価への適正なエネルギーが起こらず不快事象と現れる。何でも与えられ自己の身を投じて作る体験の程度の相違が基礎的な感性の下地に反映される。体験的な異なりから起こる常識感覚の違いが盗みや詐欺という悪性事象への解釈の差などへと及び感性の違いが発生する。「頭の次元で知る」という生産性と実際に「ゼロベースから物事を作り知る」という生産性の相違等からも常識や皮膚感覚の事なりに及び、エネルギー循環の不調和が生じる。以上は、概ね常識的な水準の「知識」という抽象概念の中身の問いと見解に思われます。更に事実や価値という概念などへの探求が図られ根源性を問う哲学的な観点が加えられて人間の基本動作の認識が作られる。詐欺という性質の強い人間はごく自然な生産性を備える人々からは明瞭に識別される。特異な規則性や業界などが生まれ歪な性質が鮮明に映し出される。識者というある特定の知見を備える人々の意見をもって物事の判断や方向付けを図る作業が生まれる。主催者の意図するビジョンによってどんな性格の識者を集めて欲望を遂げるかという作為が生まれる。明瞭な尺度を提示できる主催者かの程度により作られる物事に反映される。人間像や社会像、自然観、時代認識などを根にして特定の生産性とビジョンが起こり有効な方法が生み出される。

 

2)根元の原理

健康な感受性に基づく生産性は、「必要なコストと売価の設定と、適正な利益率」の算定という公式へ及び、需給構造の基礎が作られ過不足のない適正値を見出す能力へ及ぶ。一過的人気取りに走ると安価な売価を設定し適正な負担への求めを表さず後で迷惑な事態を招かれる。先々への思慮を欠きトラブルを起こす顕著な例を指し保身へ偏した自己生存の欲求を鮮明化される。供給能力の適正な把握が図られず出来ない事を安易に示し、人々の関心を寄せて自己の生存を意図する責任意識の希薄な発想や論理、行為を生み出される。過大な自己評価や欲張りな性質が明瞭に表れ適正な評価感覚の劣った態度と及び、良好な結果を作るに至らない結末を迎える。個人志向や専門分業化という集権とは逆の分散の流れから、個々人が力を望み管理される事への窮屈感を抱き自己の適当な管理を欠いて招かれる負の側面が現れる。二次情報を詰め込み知ったような態度に嵌り、実際的な実現性を持つ完結的な生産概念を備えずに、出来たような意識に及んで、過大な自己評価を抱いて適正な能力を見誤り奢った態度を見せられ外界への負の影響を作られる。適当な需給構造を持ち、程よい検証の周期を内蔵して、頭と体の質実の良い実態が掴みだされ、売価と経費と利益の適正を算出する能力が作られる。利己的願望過多で供給能力の適正な把握に及ばず外界ばかりを評価して求める生産性の欠陥的な側面が浮かび上がる。こうした現象から頭脳と感覚と心の有機的な繋がりを持つ健康な人間像が不動的な根源性の型枠として描き出される。需給構造上の問題を認識し性質的な面へ及ぶ因果を掴み、適当な人間性を作り上げる観点が強まり、不健全な精神性の過度な欲求を抱かない適正へ連なる。妙なスター気取りによる一過的生産性へ流れるほどに個人化の傾向が強まり身の程を抑えない暴走へ及び売価と経費と利益の適当な産出を外して混乱を招かれる。ごく常識的な生産者の基準尺度をどこの業界にも汎用的に備え健全な常識と基盤を揃えて歪性を抑制し、良質な基盤の下の自由において持続的安定と繁栄の世界へ及ぶ。専門分業的サラリーマンの感性が進行して全体を把握する能力が満たされず、痩せ細りの感性と機能を持つ実態が叙述に現れる。事業体の全体を見渡して総括的な見解を抱ける品質管理責任者の素養が生まれて歪な精神性や能力の過大評価に及ばない力の適正な運用が図られる。盗みや詐欺に走り外界へ迷惑を与える事のない必要な能力に応じて適当な配置を構成する事において質実の良い社会秩序が形成される。頭過多の歪な成長は体の弱い悪性の精神を生み出す。人と人の適正な主体性を作る根源的な原理の認識が強められていかなる時代においても不動的な感性へ及び、基礎の厚い基盤の上に自由度の広がる調和が見出される。個人と集団、需給構造の適当な構成へ至る原理と固められる。

1)感受性と能力

「悪気はなく、外界へ悪い結果を与えてしまった」こうした事象の意味する所は感受性的には人々を騙して糧を得る発想を抱かずに、良い事を提供してお役に立ちたいという意識をもって、何某かを作り上げる態度と映る。例えば、飲食店で良質な食材を安価て入手し、安価で顧客へ提供したものの食材に悪性があり顧客の健康に害を齎せた等という現象は、悪気はなく良い事を意図したものの能力が欠けていたという性格にある。動機や発想は概ね良いとされるものの、その感受性が弱く探求心や検証へ力が注がれず人へ有害を齎せたという因果の実感へ及ぶ。感受性に適正を欠き人へ利益を提供する意思の弱い実態が明らかになり感受性自体の問題へ焦点が深まる。つまり、良好な感受性にはなく能力も向上せず両面は比例して現れると結論づけられる。人への真摯な対峙をもって良好な事物を提供し喜ばれて糧を得る自然な発想とその程度が現れ実態が測定される。健康な精神性が備われば、まずは自身で食材を食べてみて何度か繰り返し自己の身をもって確信へ及ぶ良質性の実感を抱いて人へ確かなものであると堂々と訴求して提供する態度に健全性が起こり適当な感受性から生まれる確かな道筋をもって作り上げる態度へ及ぶ。良好な感受性は良好な能力と現れ人々への確かな利益となり現れる。利己的な発想へ寄るほどに確かな工程をとらず他者の生命への希薄な感受性を抱き、安直な手段で自己の生存へばかり執着して短絡的な手法へ及んで外界へ被害を与え糧を得る行動へ及ぶ。自己自体の適正な能力を吟味せず過度な欲求が先行して前のめりの態度へ連なり外界を犠牲にし利己的欲求を抱く性格が鮮明化される。欲望の起こり方に精神的な歪みがあり、能力と責任を欠いた行為へ及ぶ事象と把握される。各種問題となって被害を作り出す事象の多くには、このような人間性が映り根源的には外界へ対して抱く感受性の在り方が起点になり能力に反映され結果が生まれる。盗みや詐欺という性質を自覚のない発想や行為に浸透して論理や生産へ及び適正を欠き失敗を生む因果と現れる。表面的な態度として人を慮るかの様子を演出し実際的に必要な工程への思慮が深まらず適当な工程を粛々と執り行わず一過性の騙しを装う精神の歪みが鮮明に表れる。頭脳へ偏した検証の弱い見せかけの偽善者を指し人間性へ疑念が起こりあまり長く深い関係を作りだす性質には及ばない。根本性の劣化を示す分かり易い側面になり基礎的躾の範疇が平準を下回り特異な領域や業界などを生み出す。こうした傾向が今日の政界やマスコミ界や周辺の業界に映る悪性面を指し分母的な感性と著しく離れた常識を抱かれると映る事が少なくない。大きな影響力を持つだけに人々の視線が集中し欠陥的な性質の実感と際立った印象が現れる。物事の作り方や表し方に適正を欠く構造上の問題から性質的な劣化を生むと推察される。個人志向が強く個人の能力を超えた願望を抱き外界へ十分な能力が満たない事への認識が劣ると見る人が多数派にも思われる。組織や集団としての協働性が求められ身の程を抑えて他者の力を借り良好な質を提供する能力が期待される。他者の力を借りながら自己が生み出したエネルギーの如く振る舞うこそ泥が少なくない。根本性の欠陥と明瞭に映る。ボンボンに力を与えない事だ。

 

社会現象の中長期的周期性と本書の主要な関心

1)個人と集団の適正

人間心理の適正面に平等思想があげられる。欲求や要望を一方向的に表すことなく外界への効用が伴い自他との適当な相互性が生まれる。外界を評価して方法という要素が含まれて、有用な提案と実際へ及べば相互性が生み出され平等思想の反映された態度と実感される。表現者自体へのクレームがしばしば起こされるようでは外界への表現に適正が弱く自己改良のエネルギーが進んで内外の適正な相互性が生まれる。組織の一員として外界への良好な提案を示す活動が生まれる一方で身近な自己組織へのクレームへ耳を傾け改善意欲を投じて健全な相互性が生み出される。利害の遠い外界への評価や提案を行う容易性からそちらへばかりエネルギーを注いで身近な不快事象との対峙を避けるようでは感受性自体に疑問符が起こり生産者の適正への疑問や人間性に疑念が及ぶ。身近な人間関係の良好性を果たし外界への適当なエネルギーを生み内外の調和を見出す感性に健全性が実感される。個人志向が過度に進み集団の一員という意識が弱まり個人的利益へ重心が取られて組織への評価を気にかけないのではどこか社会性の在り方に適正を欠き、感受性や欲求の起こり方という根本性へ疑念が及ぶ。身近な面との真摯な対峙へ及ばず、利害の遠い所へ意識が注がれて一過的な良好性の提起をもって糧を得る態度に、どこか体や心の希薄化した頭脳的な作業の性格が映りバランスを欠いた人間性と映る。

感受性の適正を喪失した商売先行型の行為は長く続かず健全な精神性を基盤に適当な内外関係を図る態度に持続的なエネルギー循環が発生する。専門職化や分業の過度な進行は根本性を脆弱にし感性面より機能性へよった生産の傾向と現れる。自己の側を含めずに外界へばかり視線を注いで一方向性の評価感覚を強め外界から違和感が示される。外界からの評価へ対して反応が起こらず、外界へばかり評価する態度に相互性を欠いた平等思想の適当な運用と乖離する。これが酷くなると根本理念が形骸化し精神性の歪んだ偽善的な行為で糧を得る詐欺の心象が強まる。このような性質が寡占的需給構造から生じ、改良のないまま温存されると各種の負を生み悪性の影響が広がる。集団への関与が弱まる個人化が進行し同一看板を背負う同一意識が下がり、図体ばかりがやけに大きく中身の統制されない主体性にあっては個々人の暴走へ及び、制御能力の満たない集団が作られ健全な主体性を外した状態を齎せる。集団の適当な自己紹介を示し責任範囲を明瞭に謳い定期的な検証と改善の規則性が内蔵されて質実の良い主体性が持続する。ラインとなって組織に芯を作る組織管理力の適正から良好な生存と共存へ及ぶ調和が見出される。寡占や法に依存した事業活動に及ぶほどに外界との適当な対峙から外れて歪な精神性が作られる。責任意識の劣る恣意的な個々人による生産や表現が高まり各種問題事象が発生する。専門分化と統合の適正感覚を作るエネルギーが起こり、個人と集団の適正規模を求める事へ及び欲望と力と責任の均衡を基準尺度として集団や個人の健全な主体性像を作る事へ及ぶ。

2)個別と共通と根本の価値構成

このように個人と集団の関係を適当に整理して集団の性格を内外へ表す観念体系等が作り出される。或いは最低下限的な共通性の形成という発想から管理者への適当な管理の範囲を限定して制約を課す態度が生まれ能動的集団形成と消極的集団形成という志向性で大別される。言い換えると統合と分化という動的変容過程の周期性が起こり時々の諸条件的な変化への最良性を作り上げると共に変わらず生まれる根本的な原理の構造で適正が制御される。哲学的には動静原理ともいう抽象表現に及び、社会システムの大局からは経済と政治と文化という領域観が生まれ各領域の割合や相関の抱き方へ及んで思想の特徴が現れる。

専門分化と統合性が図られて、それに適する観念を適用して領域という集約で掴みだされる。外へ提供するエネルギーと対象との相関で主体性が掴みだされ、供給論理と需要の心象で適正感が起こる。領域概念と個別質感が繋がらないと顔の見えない主体性へ及んで権利と義務の相関に適正感が及ばず、意思疎通が乖離して調和が崩れる。適当な感覚的質感と領域を表す抽象概念との適当な相関へ及ばせて規模や質の適正を見出し分化と統合の適正を図り専門職と総合職、固有技術と管理技術の良好性へ連ねて有機体の健全な感受性と体と頭の繋がりが生まれる。看板ばかりがやけに大きく一貫した領域の感受性と機能の相関が弱まるとてんでバラバラな個々人による利益を求め統制の弱い無秩序化した行為が現れ外界を掻き乱し負の影響を強められる。健全な管理能力を超えた組織体が物理性への依存による粗雑な制御へ走る。目先の金を掴む意識が偏り理念もビジョンも喪失して、酷くなると犯罪へ着手し制御不能な病理的主体性に及ぶ。このような規模の拡大と専門分化による重層的な組織階層の多段性によって感性と機能の適当な制御への視点が注がれて個別と共通の適正へ及ばす根源性の原理が作られて変わらず残る健康や健全な性質を保つ事へ及ぶ。立案と実施と検証の持続的サイクルによって主体性の適正が制御される。立案の部分がやけに大きく、或いは立案作用が形骸化しお飾りの政治などへ及ぶと中身を作らない不要な存在が妙な精神性を宿して利己性の強い管理や支配欲ばかりを先行した態度を表す。実施への責任意識の劣る形式上の立案作用から各種の弊害が発生し、需要者への利益よりも供給者の存続を優先した局所的利益に傾き、広く大きな利益を作るエネルギーを喪失して利益を生まずに利益を奪う性格が強まる。知識自慢のような醜態へ及んで実質性の果実を生まない不健全な生産性と現れる。こうした悪性の流れを掴み、適度な管理力をもって個人と集団の適正を図る活動が求められる。流通機構の肥大化や悪性作用が進む事への修正が起こり社会システムという大局からの改善へ進む。マスコミや政治行政、教育分野、大手企業の病理性へ対して適当な感度をもって不要な生産性の拡大を抑制し筋肉質な感度や緊張の適正をもって、社会の良好な秩序を図る視点が強められる。健康な心理に根差して不動的な良質性への欲求が生き続けて、物理依存への制御が起こり適当な改善意欲が投じられ自己を律する健全な性質の存続が図られる。自覚症状の弱い長期周期で積み重なる慢性的な肥満が生じて根本性の劣化へ至る根の深い病理性を適正化する作用が生まれて持続的安定と成長の軌道が確保される。

3)憲法の実際的な捉え方

観念体系の一つに、人々の共通的な価値を表し国の性格を規定する「憲法」がある。私なりの感覚では、憲法という枠組みも自己制御する理念体系という要素と対外的な自己紹介という意味と実際的効力という面に照らして、複合的な側面を内蔵する事柄と捉えられる。自国の性格としてこうありたいという理念の要素と実際的な質感を得て実態が掴みだされる観念と感覚による実証の枠組みをもって位置付けられる。ただ言葉で謳うばかりでは事象の実感に及ばない。自己の主体性を観念的に示すと同時に実際的に作る工程が視野に入って理念と実現の軌道が生まれる。実際性という面から周辺諸国等の外部環境の実情が抑えられ、理念を遂げる上での感覚的質感に視野が及んで実効性への利益が算定される。実質的な利益に及ばない観念だけでは片手落ちとなり、理念のみならず現況と方法の性格を含めて憲法が生きた性格を持つ。自身の解釈のみでは独り善がりの自己主張に留まり外界から自国への態度がどのようにあるかを考慮の上に実際上の相関が現れる。「頭と体で実態」という公式が置かれ観念と感覚を繋げて適正化される。主体性は自己のみならず外界にある要素との相関で作られ人と人で人間が現れる。単独して自国が存在する事はなく他国からの認識や相関を含んで主体性像が作られる。どこか頭のみの解釈や理念のみを表す解釈や単独的主体性像に留まり憲法を捉えられているように感じる事が少なくない。自己の欲求を表す行為と実際的充足に及ぶ効用の面を含んで且つ表現行為自体の有効性を捉えて真相真価が測定される。つまり「観念と感覚を繋げて実感や実態」という根本原理の下に、1.表現行為自体への意味や効用を問い2.主体性という概念の適当な認識を問い3.1.2を抑え内容構成への問いを起こす面へ思慮が及んで健全な解釈や実態が生まれる。

4)本書の生産性

以上のような中長期的に見る社会現象の周期性の実感が起こり、これらの適正を作り上げるのに根本性や全体観への問いが生まれ文化や哲学という観点がクローズアップされる。変わらず持ち続けたい人間性や人間と自然と道具への問いと答えを探し、個人と集団や経済と政治の適正を作る原理と作用する。人間の基本動作への深みある考察を経て体と頭と心の適正な相関を鑑み、健康な人間性をもって各種創造性に連ねる良好な根源性を探し内外関係の適当な調和を見出し、自立と協働、生存と共存の持続的な安定と繁栄の生態系が形成される。以上のような焦点が本書の主要な関心と現れこれへの探求と提起を試みます。

 

文化的な観点からの事象の峻別

原理と適用という枠組みをもって、直観的な動物性の反応に及ばない理性的な考えが示される。利己的動物反応は、皮膚感覚的な利害について、訴求する反応と現れ、余りに酷い理屈の見えない損害への怒りが生まれ、その反応が示される。考えるまでもない直観性の態度を指し、これは極めてまれな事態と思われます。生産的な反応は、長年作り上げられた生活の中から次第に構成される適正な因果の体系と現れ、原理原則という抽象概念になって構成される。これに基づき個別事象への評価感覚を起こして、一定の見解を申し述べる態度に、定見を備える成熟した理性が現れる。

抽象原理を示し個別事象の認識をとって、それへの局所的な評価や構造的広がりを思い浮かべさらには、人間の根源的性質面へと視野を及ばせて、大局観を持った感性へと連なる。このように、直観的な快不快反応と理性的枠組みを備えた分析が生まれ、生産性へ及ばせる態度が生まれる。

盗みや暴行、詐欺という単純生理的不快事象は直観的な理屈のない不快感が発生し、人間の根源的な性質に見る欠陥への自然反応と起こる。理屈ではなく皮膚感を指し、この違いへの調整は極めて難しい体質上や生理的な部分となる。慢性化された規則性や永年の時をかけ作られる性格に相当し、極めて特異な領域と万人的な常識との違いと現れる。ボンボンの特殊性や寡占構造における一方向的なエネルギー関係等から生まれる体質とも思われる。

多くの場合は、原理と適用の生産的な枠組みをもって、理性的な表現へ及ぶのが、人々の関係を指し、各人の歩みから良く考えに及ばせた枠組みを作り、それと個別事象の適用において実践的な応用的創造性へと連なる。この感性的交換に、様々な見方の違いや発見が示され、建設的な意味の相互的な学びを形成する事に知恵の交換が生まれる。前者の皮膚感覚的な違いは話ならず、躾レベルの相違は、真面な関係を作るには及ばない。構造的性質的な欠陥への深刻な感度をもって、社会的な問題とクローズアップして、極めて特異な性質への然るべき対処が図られて、マイナスの拡大を阻止する事へ連なる。このレベル事が少なくないのが現代社会の特徴となり、敏感とも思える根源的な不快感が生まれる。過敏というよりも、極めて通常的な感性とは異質の歪性による不快事象を指し、根の深い積み重ねられた特異性の悪性面が顕在化して、局所事象として実感へ及ぶ。ここがしばしばニュースとして切り取られ、ヒステリーのように映るものの、良く伺うと適正な反応と解される事も少なくなく、分母的常識感を欠いた根の深い病理を持つ性格に寄る一方向性の悪性を放ち現れる本能的な態度とも見受けられる。

これらが潜ることなく顕在化する事は、寧ろ健全性を指し、より問題なのは表に現れない事態を指し特殊性が特殊なまま温存され、悪性への周知や改善圧力が働かない場合を指す。構造的病理に覆われ、一帯が病んだ性格と及んで、出現させるべき問題を包み隠す組織的隠ぺい性に、闇の深い陰気性が作られる。こうした文化や性格を進行させる事なく、システム上の要路には、健全な自己の尺度を作り上げた性格を備えて、公明正大に事を運ぶ文化が生きて、悪性の歯止めが生まれる。根の痩せ細った自己の尺度を持たない組織人という歯車に及んでは、配置と役割の乖離を生み、アンバランスな配置上の問題と映る。

権力の圧力などで、歪な常識への適正な感度が生まれない事には、陰湿性の病理が進行し、部分性の利益へ偏した常識が固まる。特殊な宗教や思想、慣習などの影響が及んでクローズドな体質が生まれる事へ対して根の太い健康な感性をもって、内股気質の形成を改良する事に適正が起こる。権力の乱用か、評論の粗雑性か、いずれに相当するものか。原理と適用の構図に及ぶ事か、直観性の悪性であるか、この峻別を持ち、事象の認識へ及ばせて、事の真相や次元を掴み、適当な感度を当てて、対処する事へ及ぶ。根の深いクズを看過せず、構造的に切り込むことが場合によって必要なのでしょう。病理の自覚のない悪性は深刻な社会事象と周知させ、抜本的な変化に狭まれる。以上のように、事象の二つの性格の違いと、問題の取り扱い方の適正という見解へ及び、理性的な生産性が生まれる。生理的不快現象と、心理的な思慮を図って生まれる不快事象という質の違いが生まれる。