文化ビジョン

思想と認識作法と特定対象いう3つの要素から学問や活動の全体的な体系が示される。特定対象の認識作法が、供給者論理に偏して、領域の外側への利益提供という視点が弱まる事への懸念や疑念も浮かべられ、主客の適正感を創り上げる焦点が人格の反映であり、ここに思想という纏まった人間性が現れる。

自己の欲望に他者への利益が含まれて両者の共通性を見出し、実現するスタンスに立つのが、自然な感受性を根にした活動の方針となり、供給者利益と受容者利益を適正に叶える構造が組まれて、良好な感受性を下にした感覚と頭脳の有機体と及び健康体が表される。個人の健康さと共に、集団等の領域の健康さとなり、両者は一貫的な性格で繋がれる。

即ち、感受性と感覚と観念、思想と基本動作と認識対象といった3要素と循環の持続的な仕組みに在って、人間の動態的な良好性や過剰なストックに依存しないフローの良質性という原理創造型の軌道を備えて、健康な心身の持続と描き出されます。

この全体観に対して各種領域における活動の適性が計られる。各種領域には需給構造が備わり、受容者との持続的な対話があって供給者の供給事物への価値が計られる。その中に、基本動作となる特定対象の認識作法への問いが生まれ、それを明瞭に示し、公平公正な適用に在って創造事物への客観的な測定が取られる。

感覚的な規定方法と心理的な側面という基軸尺度から領域の適性を計り健康な対話に在るのかどうかの恒常的な仕組みを備えて緊張ある内部と外部の活動に及び、向上心の持続によって体形と精神の良質化の図式が描き出されます。

外圧に寄らない自主内発的な姿勢と態度が有機体の健康に欠かせない動力になり、外圧による受動的な発想に陥る程に、消極的な発想や歪んだ精神が深まり適正調和感覚を崩した有機体へと堕落して衰退の道へと進められる。こうした動態感を持つ事が人々の不動的な感受性に基づく社会の自然律と現れ、このような志向性に保守思想の概念を充てるのが本書の規定に成ります。

共通の普遍的な原理と備わり各種領域を統制し領域内の規律へと及んで人間世界の安定と繁栄への法則と定められ、自然と人と人との適正調和世界のビジョンと提起されます。物性への依存から思想が弱まり、感覚的な反応が深まって人間性を喪失しては人間界の破滅の道が進行する。理に叶った不動的思想と実践が欠かせない原理と描かれます

文化論形成の狙い

3)文化論形成の狙い

生産や表現、対話の良好化という面から学問体系の在るべき姿が浮かび上がり一般的な学問体系に文化の視点を挿入して人間作りの型枠を提起します。

3-1感覚寄りと観念より 世界を表現しそれを作る工程への意識が弱いと負担の感覚が生まれず、質の上昇となる概念を作りだされる。実際に感覚的な実感に届く方法を描かずに概念のボリュームに偏るのが文系の学者世界等で顕著になりこの偏りが妄想へと及んで世界を歪める。或いは理系の部分限定性の感度が実感の多彩性を弱め過敏な利己的体質に及ぶ傾向にも映し出されます。言葉の進化は感覚的な実感と離れた概念の複雑性を創り上げ妄想的な世界観を広げられる。良い悪いは受ける人々により多彩な実感を否定する事は出来ませんがあまりにも標準世界と離れる事には健康な感覚を崩し良い精神状態とは見受けられず根源的な概念に立ち返り贅肉を削ぎ落として質実の程良い表現を持つ所に感覚と頭脳と感受性の良好な人間の実感が現れる。

3-2根源の焦点 人々の活動の基本的な焦点は、「欲望と負担と質」という面で現れ、この概念に様々な要素が付加され多用な抽象世界が表現される。対象の広がりある実感を作るのに人の構造を原理に広がりの認識を掴む概念の創造に無いと実質感が生まれず偏った映し方へと流れる。これに陥らない根源観念の充実が骨太の論理を抑えた思考や行為を組み、良好な感受性を持つ主体が作られる。特殊世界の弊害という実感が生まれる事に対する基盤の厚さを作り概念の特殊性への峻別ある感覚の形成から落ち着いた表現が生み出される。

3-3活動観念  理想画と現況と方法という活動観念を備えて、欲望と充足の構造を持ち、欲望内容の規定や、負担の可能な資源の有限性を踏まえた質の設定や方法の思索を及ばせて健康な心身が実感される。この切り分け感覚を持たずに負担の意識が生まれず気ままな世界を表現される弊害が生まれる。標準的な生産工程を備える人々からの異質性と現れ地から離れた感性という実感が作られる。その特殊性から犯罪等の下限的な行為類型への感度も異なって、社会の良好性という所与的な動機と間逆の行為を見せられる。

理想画を主に扱う生産か、現況認識に力を注がれる生産か、方法に拘る生産か、全てを完結的に範囲とする生産か等の自覚や事前的な明示を要して外界との誤解の少ない対話が形成される。詐欺や盗みへの意識を持って不快予防の観点から作法の良好化へのポイントが示される。完結的な一巡在る生産体験を持って部分業務を担う工程があって切り分け感が作られるものであり現代的な生産方式における分業体制はこれを弱めてひ弱な体質を作る因果に映ります。

3-4根源観念の強化 頭脳へ偏した生産形態から身体感覚の脆弱化や精神的な飛躍感を生み一般との感受性と離れた感性を作りだす事へは根源的な実質感を表す文化論を強調して骨太の感性の厚みを共有させる取り組みによって分業や部分最適からの弊害予防を達成する事と思われます。二次情報に過度な依存をせずに一次体験からのゼロベースの論理を作りだす事がないと文字情報という加工度の上がる原理を下にした原理の創造となり質実感の特殊な表現が現れる。観念ばかりの世界に寄らず身体感覚と生身の感受性の程良い体験が回って質実の良い世界を表現する事に成る。

3-5全人格の形成 国語や数学という基礎動作に対して体育が伴って、特定対象を感覚と観念で作る工程が生まれリアルな世界の質を持ち、理想論と現況と方法の図式を常態する感性が備わり欲望と負担と質の形成という基盤感覚を持つ健全な発想が生まれる。以上のような点を踏まえて学問体系を作る所に良質な人格や創造世界が生まれる。倫理道徳と基礎動作と特定領域の循環を重ねて感受性と感覚と観念の程良い有機性が備わり欲望と負担と質を作りだす健康体と描き出され、歪んだ方法の着手や犯罪感覚の防止になり不快の削減と快適の増進という軌道が固まる。基礎教養にこうした面の充実を図り健全な心身を育てる土台の強化を訴求する活動として文化論及び文化活動が示されます。

文化政策

文化政策
現代に映る最も深刻な人間の崩れは、道具の開発と利用による効用に対して、負の影響が顕著に表れている所で在り人間側の感覚や感受性の変化から人との関係における各種の歪んだ事象が発生する。

身体感覚的な酷使の削減や物的作用面での効率性に人間の欲望が生まれ、科学技術の知見を探求し応用に展開し欲望充足に及び、この面の志向性が産業経済の基軸的な需給構造と備わった。感覚面への軽減は一度慣れると、その作用なしにはいられない固定性を持ち、或いは更に感覚的軽減を求める欲望や供給的な探究が進められ、この相互的な循環が止めどなく及んでライフスタイルという規則性が形成される。

物的な感覚は発想や思考と行為を強め、産業経済のみならず、制度や法規、教育や文化へと連鎖してあらゆる面で支配的な原理と浸透する。こうして一方向的物性の感度が強まって、身体面の弱まりから対人面での感受性の変容に回る因果に映し出されます。それが各種の犯罪の発生にも現れ、犯罪自体の質的変容も生みながら同時に不快性への敏感な反応も作られて、対人面の窮屈さや神経質にも及ぶスパイラルが見られる。

そして、サイバー犯罪という直接的な主体性を見せない間接的手法によるこれまでとは異質の当事者の特定が難しい手法を取った悪質性の高まる犯罪が進行し、問題の複雑性や人格破綻度の高い病理現象が生じている。根源的な人間概念を大きく外した劣化と及び、物性の感度の深まりが、精神面の狂った事象を生みだす因果と推察されます。

このような背景からも、人間理論の再考や探究へのエネルギーが現れ根本的な負の問題に真摯な対峙を持って人格破綻への対処や予防の抜本策へと思索を及ばせて、基盤の改良への創造を投じる志向と至ります。これらの事象からも、根源という視点を持った時代の転換期への認識が強まり、小手先の対策では済まされない抜本的な変革の時に来ているといった感覚が現れます。

自覚症状の及ばない慢性的な体質と至って、自己制御の向きへも意識が行かずただ感覚的な欲望の暴走が深まる事へは深刻な感度を持って、感受性の変容へ対処する事が必須に思います。こうした焦点が、各種問題事象の上流で在って場当たり的な反応ではない根本の原因特定を成して有効な施策を投じる必然性を感じます。異常者に力を持たせず、欲望と力と責任の均衡を標準として健康な心身を創り上げる発想が強まります。特定空間に限定されない世界的な観点となり、大げさな事でもなく、人類の共通基盤を強固に作りだす事が急務に思います。

4)主体性の良質化4

 

4)主体性の良質化4

4-1実態の人間 失敗や過ちというマイナス性の事象を大なり小なり経験される事が万人的な体験であり、それへどのような態度を示されるかにその後の軌道が現れ、体質という染み込んだ性格が創り上げられる。隠しきれない発想や行為と現れ、実態の人間が捉えられる。過剰な美化にも弊害が生まれ、プラス・マイナスを含む人間の性格を認識の下に適正感をどこに創るかに健康な心身が映し出されます。

4-2根源世界 こうした論理の根源観念には、因縁生起という世界観で示される生滅概念という感性が自然感覚に内蔵される。「生は滅を伴う」という大雑把な示し方でありますが、物事の真相を突いた見事な表現に感じられます。この根源観念から様々な物事の道理感覚が論理と現れる。

4-3根源世界からの道理 

1)有限の生命を持つ有機体は、「生きている」と同時に「滅している」状態にあり、或いは他者との関係でいえば、「自己表現を強める事は他者表現を弱める事」になり、このプラスとマイナス感覚を一定程度持ちながら、前進と共に後進的な見方を含む事に、美醜や善悪観の正しい感性が形成される。

2)そして、過去の規則性に基づく既知の事と、未だ試行も見当たらない未知の事とがあり、前者を鑑みながら、後者を挑戦する等として失敗や成功という感覚を抱き、発見や既知の経験が獲得される。

1)と2)は、消極策と積極策という区分にも見られいずれの方策にも事実という結果を掴み知恵という価値が残る。

3)知恵という果実を獲得する事は自己のリスクを取ってチャレンジする事であり良いも悪いも糧になりプラスに活かして滅を超える生に及ぶ。こうした創造は財となりリスクとリターンの適正な循環に在って納得感が生み出される。

4)チャレンジもせずに盗みやいい所どりを行う作法には、不快や批難が浴びせられるのが自己の尊重や他者との共生を志向する健康な感性であり下限の絶対則として万人的な合意が取られる事でしょう。ここを最低限堅持するのが生と滅を結ぶ感受性になり人の熱意や制作を尊重して自己の存在も尊重される。

5)これに物性の感覚や力によって、押しつぶすような発想に至れば人間の基盤となる感受性は崩壊しやったらやり返すという哀れな結末を迎える。

6)生滅観念と下限則は以上のような相関に発展し人間ビジョンと纏められ、この観念を感覚と感受性を通して規則性を経る中で皮膚感覚に浸透させ、人々の所与的な性格と固まり主体性の基盤概念が形成される。

7)自己を省みず外界ばかりへ批判を強める姿や、挑戦せずに盗む行為には生命を尊重しない人間と値しない害虫と映し出される。物質の感度が進行して生滅感覚の崩れに及ぶ事のない健全な理性の堅持が不動の感受性と備えられて根源の制約となりその上での自由を創り上げる世界に持続的な成長軌道が描かれます。

主体性の良質化2

感受性を根に感覚と頭脳を用いる」「物理性と理性の適正化」と合わせて、保守思想から生まれる必然の帰結に「有機体としての適当な在り方」が描かれる。

【事実】樹木に例えて有機体と動態の仕組みを表すと根と幹と枝葉という内部要素と太陽からの光、雲からの雨、土からの養分が内部要素への栄養となる外部要素、虫という内部要素へのマイナスとなる外部要素、産出物が実となり受け手が人間という循環系でありのままの実際が捉えられる。

【理念】感受性を根にして感覚と頭脳を用いる。物理性と理性の適正化。生命の躍動とアウトプットとインプットの適正

【方法】システムの最良化=欲望と力と責任の均衡、正の作用の増進、新陳代謝の促進、働きに相応しいエネルギー、
アウトプットを良くするには、インプットを良く吸収する内部要素の作用と、実を作る為に資する内部要素の作用、これら作用の序列が生まれ優秀な働きは残し、古びた要素は切り取るか、栄養を少なくするという方法が発案されて結果の最良化につながる。

【自然律】これらの認識について客観性を高めて、納得感に及ぶシステムの更新を持続的に行い、主体性の良質化の維持や上昇が叶えられる。以上が自然の理と成り、人々の活動に於いても同様の動きに在って、自然と人間との適正な調和が作られる。

【概念適用】理念、アウトプット、インプット、変換過程、内部要素、外部要素、エネルギーの吸収と産出といった有機体の図式を下に適正な在り方を描き行為に反映させ、欲望の良好な実践が取られて主体性の永続的な健康が叶えられる。これらの総合でアウトプットが規定され理念や人間像が示されます。各種概念の内実が詰められ概念と感覚と実感の構図が深まりを見せる。保守思想の完結的実践の自主的な姿が理念に刻まれ遺伝子と継承される。マイナスかプラスか、汚点か英断か、負債か資産か次代に受け継がれる。後味の良い旅立ちに当該空間の文化が見られる。歪んだ手法を用いる害虫は残らず駆除する事が良好な文化の要諦に思います。

主体性の良質化

人の評価ばかりをされて生活の糧を得られる生産には不快感が強く現れるのが率直な反応と成り観測者や評論家の性格には人間の醜さが映し出される。野次馬的な根性で虫食い的に人の善し悪しを好き勝手に論じて広く伝達して興味や関心を集め自身の評価を得る構造自体への歪みが映りだされる。この負の側面に有用性の認識を与えるには生産者の明瞭な尺度を作り公平な比較を持って事象を取り上げる均衡感覚を備え、意図するビジョンへの方法という構造にある事が当事者性を帯びる生産に及び、他者を食い物にして糧を得る歪んだ精神性が減少する。どんなビジョンを備えられるか事前に表す態度から良好な観測や批評への検証が生まれ、虫食い型の性質と建設的な活動との峻別が取られる。視聴者に在っても同様の原理が適用され、備えられる理念やビジョンの程度と適用の図式が、外界に映る事柄への客観的な認識と評価を叶え、対象との良質な交わりを創り上げる作法と現れる。

このような基準を個別的体験の積み重ねから肌感覚や自然な感性に備えられて、実質的な人格が生まれ善悪や美醜について定見と至り、八方美人的な醜態が回避されて顔の見える主体が認識される。利己性の進行や未成熟な時点では根本や背骨が伺えずどっちつかずの曖昧性と成り単純な利益を追い求め虫食いの性格を表され、程度の悪いマスコミという姿と現れる。金目の事に平気で理性を売り犯罪への制御も効かない行為を生じさせる。これに至っては人間と扱われず長期的な信用や信頼等は間違っても与えられず、根なし草や人格破綻者という認識が作られる。

感情が起こるとは人格の反映であり、基準や理想となるビジョンへのエネルギーであり、短絡的な利己性の感情に偏するものは物的欲望の現れを示し、この性格の異なる感情の峻別を取るのに中長期の規則性が個別的態度への性格づけになりどんな主体の性格かを判断する視座を与える。感覚と感受性の体験から創り上げられる当事者性の生産者と備わる血肉化された性格が、中長期の規則性の実態になり、局所の事象を分子に備えて部分的な直感に寄らない真意を映し出す事に成る。発想や行為の規則性から人格の性質が実感され正しい対象の把握が生まれる。それをとって体質や感度、習性や文化等という観念を充て感情の性格が掴まれる。

人と人との真摯な対峙を持ち、感情の衝突を起こせる相手という判断に及び、一定の質が見られてまともな感情を表す対象との区分が生まれ虫けら的な性格は除外される。健全なベクトルを備えた活動とエネルギーを投じる積み重ねから良質な基準が固められ健康な発想や態度が形成され文化人への道と示されます。

下品なマスコミ、政治家や行政マン、財界人という性格と健康な感情の衝突には及ばず下限の制約さえ守れない無人格の虫けらに陥る事のない、良質な人格者との健全な感情に、喜怒哀楽というプラスマイナスのいずれにも肯定的な質感が形成される。こうした人間の峻別や人格形成の作法として根源的な利益を求め創る活動が生まれ文化論や文化活動という括りの生産体系が纏められます。

この焦点があらゆる事象の根本原因であり良いも悪いも主体性の持ち方から生まれ、発想や行為、創造が生み出される。その悪性の根源がマスコミという業種の構造的性格として顕著に現れる。縦割りでの業界区分というよりも、この性格を持つ個々人の性質という観点から各種業界内での負の共通性として掴み、横断的なマイナス因子が特定され全般的な改良への抜本改革に文化政策が配されて、小手先の改革では留まらない根元の切り取りによって新時代の再生が起こされる。

根本の不良は至る所に歪んだ感性を増進させ負の連鎖性を広げられる。エネルギー源からの見直しと観念フレームの更新という上下両用の同時進行で感覚と観念の実感を作る本気の動きを起こす決断が求められる。

日本文化原論における保守思想

子供の頃に正義像が入力される。まずは両親の性格が色濃く反映され、兄弟間の秩序が作られ、そして学校における先生の性格が善し悪しを判断する基準の感性へと浸透し、友人間における優劣の序列と現れる。年齢的な序列や、技能的な序列、人徳面の序列など。

学問的な志向性やスポーツでの優秀性、音楽芸術面での魅了性、ユーモアのセンスの良さ、等々、何がしかの領域や側面で、人への関心を起こし、技能的な優劣、道徳的人徳の基準が生まれる。これらが純粋性の高い絶対則に置かれる。そして、生産者という経済人の立場における倫理や技術、市場との関係へと発展し、各領域での牽引的なモデルが現れ、それを手本とした限定的な秩序が生み出される。領域独自の限定的な基準が生まれ、相対的な個々人性の価値が創り出される。こうした直接的な尺度を基準にして、個々人の自然な関心が進み、序列感への納得性の高い秩序が生まれ、切磋琢磨等にエネルギーが投じられる。

財力や権力は、どちらかというと間接的な尺度に配され、それ自体での序列を志向する事は、健全な欲望という意味とは少々離れ、二次的な方法という性格に在り、こちらの面が過度に進んだ秩序からは、上述の固有領域の原理の探究が鈍化し、且つ需要者としての感性も萎ませる。財力や権力への意識の偏りから、歪んだ発想や手法が進行し、生身の感覚や感受性の豊かさが縮小し、無機質な合理性が増強される。

誰もが一定の同質的な感じられ方を描き出し、子供が感じ取るような所与的側面に振り返り、経験から積み重なって形成される凝り固まった概念を剥がして、ゼロベースの感性を蘇生させ、基軸となる原理を捉えなおすといった所から、物事の根本や基軸が鮮明化され、それに従った秩序の編成に良質な成長の軌道が現れる。

二次的な面と一次的な側面は、管理型の業務と技術型の業務等と及び、外界との対話に比重が置かれる面と、内部の中枢的技術を磨く面との有機性で、車の両輪が回る。これがやがて機能分化して、管理業務のアウトソーシングや技術の専門分化や協業が作られ、領域の細分化と精度の緻密性に至り、高精度な加工技術が生み出される。供給力の向上と需要感覚の反映という流れで、人々の感覚や志向性が作られる。

この一方向的な流れは必然的に、物性や無機質性の感度を進め、そこからの弊害が各種現れて、細分化からの統合へと欲望が回り、物性と情緒の調和性を導出しながら、両面の上昇に及ぶような軌道が生み出される。こうした動態感の下に、時々のトレンドが現れ、時流という色合いにあった技術やデザインを投じられる。経験から生まれる有用性と経験からの阻害性は、趨勢との比較によって峻別され、時々の共通性への適応に力が集中する。

こうした図式が変容しづらい長い周期で見た動的根源性の原理と浮かび、個別性と共通性が作られるという因果で人々の欲望の循環性を表す事に成ります。どんな時代感覚を抱くか、基礎的な諸条件の趨勢を根にして、分化や統合という欲望の向き方等をウオッチし、各自の技術に工夫が加えられ、時々の環境に適合する需給が創り出される。

根源原理は大きな周期として捉えられ、細かな志向性が時々の下と現れ、土台的な原理の上に、二次三次の原理が現れるという相関が浮かび上がります。根っこの部分はあまり変わるような事にはならず、衝動買い的な動きが時々生まれて、定番に戻る循環と映し出される。こうした歴史観が文化という面から描き出されて、人々の変容しづらい価値観を源泉にした感覚や頭脳の制御性が作られる。感覚的な進行を観念で留めるような向きの操作を適正に取る事が在って、長い周期の健全性が叶い、感覚的な自然反応は意識的な操作の下に制御されて健康な感受性が持続する。

人間側の意思が弱まり物性への止めどない進行には適当なブレーキを作る事への論拠に以上のような世界観が配されます。保守思想という価値観を広角性や根源性を容れて表す事によって、人々への実感や納得性を高められるように思います。この全体像の上に、情緒性の創造を乗せて意義の訴求を高め価値への認識を醸成し、長く根源の焦点から対価への客観性を生み、バランスを保った人間像の実現工程を進行させて、健全性の維持や上昇への道が持続する。機械性の感度が行き過ぎて保守思想の実態とかけ離れた動きに在る事の正しい自覚にどこか狂いを覚えます。

頭と感覚と感受性の分断や有機性の弱まりが、観念と行為の分断を生み、歪んだ性格からの思想と行為の乖離を齎し、思想の正しい表現が現れない。概念設計の粗雑さや支離滅裂な態度が進み、管理へ偏重した強圧的な操作性が生み出されるという病的な性質が浮かび上がる。根底からの規則性を正す転換期という時代観が現れます。ぼちゃん感性と物性依存症の暴走を防ぐ有効な施策を投じる事が必要に思います。

文化推進理念

遠い所で生じる事を取り上げ、近くで起きた事を取り上げないという情報伝達者の心理の奥底には、自身よりも優位な評価を与えて自己の存在に陰りを落とさぬような生存競争という作用が垣間見られる。相対性の基準に及ぶほど、このような評価結果が現れ、絶対性の基準の形成と客観評価を行う事への健全な視野を含んだ在り方が望まれる。

大きな社会システムといった実態的影響力を持つ機関が出来上がり、そこで作られる基準と適用に、利己性の反応が強まれば、客観的な情報伝達に陰りを落とし、短絡性の自己生存行為が進行し大きな利益を損なわれる。遠くで生じる利害関係の離れた事を選択し身近な利害の衝突を避けるような反応には、根源的な発想や姿勢を崩した姿に陥り求められる役割を欠く行為への疑念が生まれる。

こうした想定からも、表現者一般の健全性への考察が進められ、上位の指標に、力と責任の均衡という尺度が設けられ、且つ力の変容という動態性が加えられ、質量に等しい責任感覚への視点が加えられる。そうして上述のような基準内容への吟味と適正運用への検証圧力が進み健全性が欠ければ他主体を自由に選択できる環境が整って自浄的な仕組みが生まれる。力の健全な用い方という軌道と外れて、責任の欠いた行為に及べば役割不足の評価を下して良好な善意ある主体に力を与え、基準の健全性を持続させる事が中長期的な利益に叶いこの循環を正常に作動させシステムの良質性が持続する。

このような観点や尺度を備えてマイナスは対処、プラスは評価という理性的評論を広く報じる二次的なインフラが求められ、大きな軌道の同一性の下に相互的評価を持つ風通しの良い社会秩序に生態系の好循環が増進される。大きな軌道の同一性という変容しづらい根源尺度に文化基準といった面が備えられ、純粋性の高い絶対性の指針が現れ、現況を客観的に映しだし二次的評価が加えられ、その感度から強弱や速度感を反映した施策方法が発案され実施と検証のサイクルが回る。

遠近感からの利害の程度、基準の相対性と絶対性、根源基準の同一性といった点が健康な有機体の維持や成長に欠かせない重要焦点に上がり情報伝達の正しい在り方が創り出される。この血管と血流とポンプの正常さから、栄養の行き渡りの程度が生まれ、流れを弱める事や、局所での循環への偏りから体形の歪さに及ばないように定期検診や分析を取り、処方箋の明示と、治療の方策と、術後の経過という一連のサイクルを明瞭に表して長寿への道が実現する。以上の根源には心臓に成る文化尺度が備わりその良質性の程度が源泉にあって心身の適正な有機体が創り出される。

文化教育芸術という性格の善し悪しが、産業経済、政治行政の要になりこの領域区分を縦割り的な感覚で備えず一人ひとりの主体性の中に構築されて実効性を伴う適正な運用が叶えられる。頭ばかりに寄らず感覚での実感と感受性の起こり方で検証される全身全霊の構えと測定が強調されて質実を持つ健康化策と描かれます。こうした道筋の初期には観念体系の肝を表し感覚を回して血肉化する循環の系を想定した実質化策で活動が描かれます。

立派な規定が作られ行為が間逆等という事態に陥り不健康を生む事のない全体図を重心にとる文化推進策が欠かせない。外部環境の変動への対応というよりも、内部改善という性格の自主内発的な自己変革にゼロベースからの絶対性基準が作られ、この活動の系を習慣や慣習として独自に設け、外部対応から外部への発信性が高まる段階的ステージがイメージされて体内的な自然反応と化すように思います。

国や行政が主導する旧来イメージではなく、力と責任の均衡原理という普遍原理が意識され力の適正な用い方を個々の立場から生み出す内発性が進行のカギに成り原理先行型の実施に在って実態の創造に及ぶ。既成の生産的組織人としての利益追求から素の個々人による純粋性の発揮を行えるような環境整備策に実効性在る工程が生まれ、こうした理念での限定的なミッションで集まる組織体を構成する事が肝要なのであろう。「善意ある主体」が要件規定に成りこの中身の構成に文化論での要点が示されます。三流のインフラで満足できるか、一流を目指されるか、その意思の在り方が問われ、未来ビジョンの持ち方から各種の選択が生まれる。

根本の強化策

表現は表現を強め、特に数の趨勢のようなものを表すと、中身を問わず長い方に乗ってゆく心理が増す。根拠脆弱で利害関係からの操作性を持つ表現は、誤った誘導を招き、極端な偏りに触れる原因と見られる。力の制御性を欠いた動きになり理性の喪失した秩序が進行する。

基盤教育や生産ニーズの安定という思想面の厚みが形成されて、落ち着いた信憑性を持つ根拠に裏打ちされた表現や、表現の選択に連なり、基盤面が不安定に陥る程に、物性への極端な反応による付和雷同的な行動が進み、制御性の狂った状態へと走りだす。

抵抗勢力を残すという発想が弱まり、単純物性の論理に付き進み、摩擦の少ない力の増大と現れ、健康な制御性を含む力の概念と離れた現象が生み出される。極端な触れかたは、思慮の弱い直感性の反応の現れであり、良い反応ではなく、人間の弱まった感性と捉えられ、これを招かる事はいずれの側に在って失策であり、過剰に量を取る事も深い思索に至れば調整する向きに在って健全な精神が維持される。

過熱が大きくなり一極型の支配構造に及べば箍の効かない状態を招き、バランスを崩した構造からの弊害が予測される。直接的な良否と合わせて奥行きを持った思慮を加えて良好な制御性が生まれる。単純な勝利感覚に酔いしれるような一時のゲームとは異にする長期戦の構えが弱まると、理性的な考えを及ばせずに、単純な感情にひた走り力の赴くまま振り回す暴走が現れる。

こうした感覚を少なからず多くの人は経験されて、直接間接や重層の段階的な構造観を描き冷静な思慮を加えられる。この感覚の弱まりが、今日的な物性の体質に備わり、淡白な反応を引き起こし、思想という纏まりある体系が弱まり、感覚への過敏性を生みだす事へは、様々な負の事象を起こすと予測され、基盤的根源の感受性を表す観念体系を強調し、正気を戻すような工夫が各所から現れる。

文化という不動的な価値を強固に備える事なく、箍の効かない感覚の進行に陥ってはならないシステム上の要が強い意志を表し、全体を落ち着かせるような作用を見せずに、それどころか自身が悪性の踊りを見せられ、力の制御性を欠いた骨格上の緩みや崩しの主因になるようなひ弱な社会システムという感じ方もしばしば現れ、システム自体の再構成への必要性を抱かれる人々も推察されます。この観点が優先されて、構造上の健全性の向上化策を柱にした全体施策の体系を持ち未来を創造する勢力に、力を集める事が良好な選択と浮かびます。物性的な力の制御性を失っているかの事象が現れる事は、構造上の基盤面がどこか狂っているという直感が生まれ、丁寧な分析の下に段階的な改良を進める契機と映し出される。

精神面の落ち着きに連なる実効性のある施策を取り入れ、極端に振れない感受性の形成という面が進んで、正しい事象の認識や判断が現れる。混乱した行為は負の連鎖性を広げられる。下限の制約に箍がかからず不快を広げる事のない自律した緊張を崩す事のない太めの表現を繰り返す作用が常態して、背骨の揺れない人格や空間秩序が持続する。この面を補強する施策に、文化論という観点の表現が繰り返され、気のふれた行為の抑制や健全な軌道への増強という効果が表れるものと思います。

数だけ見て流され安心を得るという過ちから、根源原理を抑えた事象の性格づけによる制御反応の強化と連なり、この体系化への試みが取られます。大きな力に乗っかり安心感を抱きたいという欲望にも一定の理解は生まれるものの、楽をした付けは必ず払う事に成り、良い面ばかりでは決して済まされない自然律が現れる。根を抜いた代償は大きく抜け道に慣れた感性は長く生きられないと見るのが健康体の原理に思われ、この感性を増強して循環させる有機体がイメージされて正常な軌道が強化され落ち着きある安定と躍動の世界が作られる。

重要管理点-素材の善し悪し

重要管理点-素材の善し悪し

プライドがあるから、自身を律する尺度を下に、自己を客観評価して、プラスは促進、マイナスは謝罪や反省が行われ、自己の上昇軌道を保つ道が執られる。

プライドという人格がない者は、この循環が生まれず、マイナスへの真摯な対峙を逃げ、どこまでも惚けて物性の力に縋った振る舞いを表される。

他者からの評価以前に、自身を計りだし忠実な反応を取れる所に、自律した人格の所在が確認され、他律や外圧に寄らない自信を失わない歩みが作られる。過失への謙虚な態度を取れるか取れないかの性質は、大きな選択の違いを生み、前者に在って、健全な感性の持続による大きな成長が見込まれる。騙す事や逃げる事に慢性化した体質は、修正が効かず、やがて衰退するのは火を見るよりも明らかであり、他人が責めずとも、健全な他人はもはや相手にしない。不信が残った状態の人間には不快感が消えず、その程度の対象として、優先度の低い所へ配置される。誤魔化しという体質は致命的であり、自己での自浄作用を含まないものへは、人間という扱いには及ばない。

失敗を謙虚に認め正しい行いを取れるかどうかに、根元の良質性の実感が生まれ、この性質の善し悪しが幹の太さや枝葉に連なり生命体の心臓部を表し、集団の遺伝子と引き継がれる所に、代を跨る理念に備わって、持続的、永遠の有機体の存続を齎せる。生物の善し悪しを決める最大の重要点に思われます。

この感性の同質性に、関係形成の肝が置かれ、似た者同士が集まり、良質なパワーの源を形成する。ここの違いは、深い意思疎通に及ばず、表面の振る舞いに留まるかの違いに現れ、今日明日に変える事の出来ない長い月日を経た体質と固まり創り上げられる。誤魔化しの文化で満足させる人々との相違が生まれ、根源的な質感の異同が現れる。

表面の政策等の相違は問題の本質とは離れ、根源の感性が源泉に成り、見るべき点を誤らない事が、長い目で見た良好な選択を齎せる。悪性の体質の同化に陥る事無く、重要点は何があっても変えない感性の所在が、良質な成長に欠かせない決め手に思います。

過剰な欲望から、万人に課せられた制約を超えた行為に対しては、率直な反応を見せる事が不可避であり、この過程を通らず、他者や自己を誤魔化し生き続けても、マイナスを上回るプラスの存在とは認識されず、迷いの道が深まるばかりで、大きな力を与えて歪んだ判断に陥り負の連鎖を回される。

精神面の弱さは、生命体の根幹の性質を作り、欲望と責任の不均衡を招き、マイナスの軌道からの回復が現れず、体質として慢性化され、事実の認識を利己的性格で捉えられ、誤った情報を伝達される。知覚と認知の区別の弱い事象との真摯な対峙を取られず、そこからの情報に信は与えられない。

こうした根源の素材の違いは加工では補えず、長い年月から作られる体質となり価値観の大本と及んで文化の質を規定する。