文化の循環系

理念は、思考や行為に反映され主体自体が望む自己への制約となり人格が作られる。そこから外界が映し出されて理念に対する快不快の感覚が生まれて、快は増進、不快は削減への反応が生まれる。つまり、外界へ求める以前に、主体の性格として実態を持ち主客の適正調和に至る大前提となり、ここが表現への基礎的根拠や正当性と備えられる。

理念として思われる事と行為との整合がない状態は、人格の破綻や心身の喪失と見られ、意思と行為の制御不能な状態からは外界への要望等を訴求するまでに及ばず、表現は理念と実質的に染み込んだ体質と外界への反応が一貫して健康な意思を備える主体性の認識が生まれる。現代的な歪みは、自己へ課さずに外界への過剰な要求と現れ他者への強要の向きが強まり、物理的な諸条件から力の乱用が生まれ人格破綻と伺える。

このような側面を持って自由主義等を訴求される異常さは適正調和を作る基礎的な平等感覚から不快事象の代表的な面として掴まれる。改革という行為は、基礎的な標準に対するマイナス性の是正と標準を満たしている状態からの更なる上昇と区分し、前者が少なくとも正常であって後者の面へと視線が及ぶ。言い換えると最低下限の人格要件が満たされ、より高まる軌道への追求に肯定感が生まれる。

一部領域での破綻や乱用と見られる異常な性格からの二次三次的な被害を抑える事がインフラの堅持に欠かせない改革に成る。単純経済性の感覚が進行して価値の偏狭性が進み、外界への過剰な要求や画一性の強要や力の乱用に及ばない自律が在って、同様の要求を外界へ求める人間概念の資質が生まれる。こうした焦点がいつの時代にも不動的な下限的な骨格となり健全な社会の平等を基盤に揃え、同質の感性が堅持されて制約の上に自由を得る構造が生まれる。基礎的犯罪への制御が出来ない主体性は初歩となる人間形成の準備不足で在り、欲望と力と責任の不均衡という規則性の異常さの自覚を持ち、自ら修正されずには、外界からの強要によって秩序を乱す不法者を縛る事が欠かせない。

基準を満たさない劣った振る舞いは容赦せずに当たり前の躾をもって社会に参画する道筋を強調させ、はき違えた自由主義を制御する現代の課題と浮かび、基礎や基盤の崩れに深刻な反応を見せ健全な理念の所在が確認される。この第一ステージと基準を上回る向上策の区分や割合感覚を持って全体を掴むのが、長期性の目的設定に適当であり、より絞り込んだ観点へと展開されて良好な連鎖を増進させる根本の構えが示される。文化と経済と政治という長期の性格と短期の反応と中期の構造という多重層の人間像を描き、基礎的性格を不動にした正しいベクトルと量の拡大の道筋が良い成果を生みだす軌道とされる。

崩れた人格からのエネルギー投入は道を外した悪性の成果に連なり、ベクトルや方角の良質な観念のない前進はマイナス影響と知覚される。各種主義や思想の根底には不動的な根源の共通感性の認識を強め、健全な基準の確立と細かな相違への寛容さと尊重に連なり、文化の焦点となって明瞭な表現への試みが取られます。この道筋を通らずに、歪んだ人格から小手先発想によるとすぐに壁が現れ下の地点に帰り道筋の修正を余儀なくされる循環が長い歩みから作り出された感性や理念であり物性依存の感性を修復する基本的な性質と内蔵される。

表現の自由が強調される以前に健康な表現の意識が上流に備わり、商業的な意図からの暴走には赤信号が灯り、はき違えの自由には冷静な判断によるタガをはめて健全な道筋が守られる。基礎的感性の崩壊に及ぶ事なく共生感情や平等思想が文化文明の礎となり、物理的な力の趨勢で流される事なく良識ある感受性が根幹に組みこまれて物性の正しい用い方に変わらない人間の性格が表されます。

目先の利益を求め普遍的な原理を蔑にしては長期の利益を損ね人間性が破綻する。この領域の価値が堅持されて公私に渡る一貫性の実現に方角が定められ持続的成長の軌道が守られる。こうした根源観念と時々の共通価値と個別性で全体観を持ち文化と政治と経済という構造と循環を描く事が、根を持った創造活動と表され、マクロ指標に偏して中身を吟味せずに進行させる弊害が予防されて健康な人間の成長軌道が創り上げられる。

言葉と実態

言葉と実態
多くの場合、単独で欲望が充足される事は少なく、人と人との協働関係が生まれる。欲望を表し充足できる方法や対価が特定され権利と義務の構造での約束が締結される。この紙面上のやり取りと実際の感覚による実感で履行の図式を持つのが実態であり観念と感覚と感受性で物事が掴みだされる。頭脳に偏して実際の感覚に届かない内容を紙面上で交わす意識が先行するのが現代的な体質にも伺え、紙面で表す事や言論を発する事で実態を持つかの感覚が生まれる所に健康上の歪んだ姿が現れる。

これが過ぎてテクニカルな論理や小手先の詐欺ともとれる表現や行為が多発し、実態面の脆弱な歪な協働関係が進行し、言葉と実態の乖離に不快感を抱くと共に、活動の規則性に対する本質的な疑問を浮かべて、健康な心身へと正す大本的な観点を起こし正常への施策を講じる事が中長期の改革と位置づけられる。電波の発達からマスコミニケージョンという表現作法が進み、露出して顔や名前が先行して安易な表現や内実の弱い一過性の流行りや過熱から虚偽や扇動、騙しと至っては根本的な人間の崩れを増進させ、物性への流れに慣れ質実を問わない思考停止の感性が創り出される。

供給側の経済性へのテクニカルな手法に対する精査や制御の素養が中長期的な教育の役割に備えられ健康な人間像を下にした各種プログラムが形成されて産業経済、政治行政という領域の最良性が叶えられる。身体面の弱まりが安直な頭脳の小手先手法による言葉の歪みに及び感覚面の検証が弱まり詐欺に嵌まる。或いは元々ある温和的な善意ある主体性を利用するかの悪性な技法には大きな警鐘が鳴らされる。根本の良質な感性を崩す悪意の主体性は文化基盤を蝕ませ負の影響を拡散させる原因と伺えます。歪んだ感性の発生源や二次三次の連鎖を食い止めて、良質性の阻害へ厳しい反応を示す事や、各所での予防装置を組み込んだ社会システムの形成によって、不健全な体質の予防を取るのがインフラの役割であり、そのインフラ自体に悪性が見られるようでは抜本改革が急務という判断が生まれる。

これらの尺度に健全な長期的標準を明瞭に表し同一の認識を固め不良な因子を作らない基盤の強化策が文化政策と位置づけられ負の対処が欠かせない施策と浮かび上がる。目先の利益に躍起になり下限の制約さえも超える悪性の自覚の弱い面面へ正気を戻させ被害を発生させない良質な機運を高める持続的な根本策が推進されて適正な基盤の下での二次三次の創造策が増加する。

根本の腐った所は早期の切除が欠かせない取り組みであり、問題の重軽を間違えない為にも根本観念の認識を強化して健康な文化を守る発想が重要に思います。一部の質の悪い芸人や単細胞の経済系のマスコミ、歪んだ自由主義や空疎な保守主義という政治家や内股歩きの行政職、原理構築力の劣る学者、倫理道徳観の欠如した財界人という類に適正感覚を与えるには、健全な観念体系を根源の共通理念と備え感性の強化と推進が基幹の改革になり、根や背骨の良質化に意義が生まれる。

そして、良質なエネルギーを投じられる人々が前面に現れ質実の取れた文化文明が促進される。この基盤観念の強化に本書の文化体系が好作用に連なる事を意図して描き出されました。全方位的な根源性をもつ文化政策が大きなビジョンに浸透して良質な規律を形成し、健康な人格を抑えた叡智を創り上げる活動と認識されます。根本の痩せ細った体質からは安易な盗みや詐欺が蔓延し技術の良質な創造が衰退し、不信や疑念をまき散らす虫食い的な生産が増進される。これに陥る事のない言葉と行為の有機的な人間形成に主眼が定まり健康な感受性を備えた主体性が創り上げられる。
わけのわからない多国語を多用して、自国の文化が体に備われない商業的な小手先発想に回る事無く、体と頭と感受性の良く回った歩みから健康な発想が常態し、信用に及ぶ創造者が生み出される。

6)未来型思想-保守と自由の融合理論

長期性の観点からすると、改革を進める中身の規定で最も根本的な事は盗みをしない事であり人間の基礎動作の欠陥からは力強いエネルギーが生まれない。ミクロの感性が根本であり、これを外した積極的な創造は肥満体質やもっと言うと精神的病であり、はき違えた感受性からは健全な人間像と離脱した姿と映し出され、中長期的な骨太の軌道を持たない迷走と浮かび上がる。

この初歩の部分が示され、欲望と責任の均衡という欲望の堅持と充足が理性の上昇と映り人間性に価値を持つ自律が強まって制御の高まる主体性が作られる。前者は下限でありここがぐらついては後者には到達しない。こうした人間像と実践が持続的成長概念の中軸に備わり土台無く目先の経済を追っかけて理性を崩した感覚面への追求や歪んだ手法を用いる感受性の崩れから人間が崩壊する。

歴史からの学びで理論が形成されて、活動からの成果という付加価値が生まれ、それを下に歴史を作る動態が強まり未来創造型の前進性に及ぶ。個別的な利害から特定の歴史に価値を取るのは保身的な感性であって、ストック的な依存に陥りフロー面が脆弱化する。普遍的原理の志向から固定概念が更新され万人的な価値の上昇軌道を持続させる理論と集約されるのが、知恵の向上軌道を表す。

理論化出来ずに、個別性の利益に偏した歴史観からは強い正当性が現れず、実質的な効用を見出せずに特権的な立場で相互的な需給構造と離れた理に合わない論理を作られる。この意識が万人共通の制約を守らずに歪んだ意識を増強させ違和感の強い存在と現れる。これに至っては不信が強まり耳は傾けられず、お飾りの形骸化と認識され良い影響の主体性という認識は生まれない。

どれだけ付加価値を生む理論を創り上げられるか、個別の利益を超えて大きな利益を導出させられるかに求心力が生まれる。

保守を限定性の高い保身と運用される事象も少なくなく、未来型のパワーを停滞させ力と責任の不釣り合いを招き人間の成長を阻害する。

こうした論理に健康な感受性による規律ある自由の観念を充てるのが本書の立場であり、他利を提供して自利を得る健康な感受性を根にした創造者の基本的な性質と規定され、良好な感受性を不動にして向上心を常態させてエネルギーを放ち続ける。こうしてみると、保守と自由は健全な感受性の上の自由の獲得という意味で統合され、適正な生態系への志向を持ち探求し続ける活動に持続的成長のビジョンが描かれます。

まやかしの論理は人々の納得性に及ばず違和感が消しきれず存在への陰りを強める。自然な感性を伏せるような所に強い自主性のエネルギーは生まれない。改革への欲望と現れ納得感の高まる在り方へと変更させるのが自然律であり、この繰り返しによって過去に偏しない未来構築型の歴史が作られる。良質な伝統文化の神髄をこうした前進型の性格で規定してストックとフローの適正が生まれる。あらゆる事に聖域はなく根源理を下にして、維持と変化の判断を持つのが健康な心身の実践に映ります。健康さを感じない論理は放置せず共生感情を出発点に平等の適用へ及ぶ論理へ更新し、気持ちの良い自由を掴み取るのが本書の思想に至ります。特権等が許される時代は過ぎ下限則に反する事は例外無く対処する事が情緒性の欲望と充足に成り、需給構造に真摯に向き合う人間像が標準と描かれる。影響力と共にこれらの性格が強まって、実際的な動態に即した成長と描きだされて、無理の少ない個別性や多用性の中での規律が生まれ、質実を合わせる健康や成長と解される。

以上の事から、自由と保守は一体の概念になるのが普遍性への道と浮かび上がりこの動態自体に健康像が示されます。代々長く続いている面のみを取って価値があるという解釈にはならず、実際的な効用があって不動の規則性や普遍の理論に高まり、理に合った創造軌道が確認される。歴史の重なりから生み出された理念となる理論を示し、個別を重ね、そして、更に根源理論に磨きをかける軌道に在って健康な文化が持続する。ストック過剰で向上心が途絶えると肥満に陥り下限の感性を見失う。動静的、内外的、質実的な表裏一体への志向を抱き矛盾を解決する探求の持続から、多用な観点を取り込んだ価値の上昇を叶える理論が作られ求心力が与えられる。ギャップに不快が現れ不快への改善へと自然な反応が現れる感受性の所在が健康な心身の証と思われます。弱まった感受性の正当化に陥り文化の衰退が深まり物理依存の性格が進行する。人間の感性があらゆる動源であって、ここが腐るとそれが表に現れ内外のギャップが検証される。強い良質なエネルギーを生み続ける方法が健康論であり、そこに欲望を備えた歩みに幸福の増進が実感されます。何を望むか、充足するか、への思慮を踏まえて、生産概念や経済概念が作り込まれて正常な成長軌道が生み出される。人間像の弱い単純な方程式による貨幣の獲得に比重を持つと哀れな結末に至り幸福感は実感されず、焦燥感や孤立感を抱かれ精神面の豊かさを失った世界観で外界を映し関係を取られる。本来的な思考が停止して、単細胞が進行する事に対して、振り返らない感性には、人間の本質的な性格が映りだされず、糸の切れた凧のごとき、制御を失い迷惑な影響を広げられる。精神的な幼稚さと映る者に力を与える事のない成熟した文化を目指すべきに思います。

根本性や大局観

多くの場合、いきなり私的な事への質問を浴びせず、身近に生じた出来事やニュース等の話題を起こし、それへの心象や評価、因果の多用性といった感じ方への意見交換等が取られ、直接的な性格を窺い知るのが人々の対話と映ります。そうした中で次第に親近感が増し、立ち入ったセンシビティーな事の認識や理解が進んで距離感が縮まり、更に、相互の特性から生産的な協働関係の接点などが生まれて利害の濃い関係が創り出される。

閉鎖性と開放性は、相互的な情報の明示の仕方によって、認識が生まれる概念であり、同程度の公開性を徐々に作るのが、コミュニケーションの健全性にも浮かびます。一方的に相手方の事に質問等を浴びせたり、情報を盗んで自己の都合のよい制御を計る感性は常軌を逸した変質者と見るのが適当と思われます。

行政機関や民間企業へ個人情報を渡し、限定的な用途に無く情報があちこちに広がり、外界からの作為を取られるようでは商業的な詐欺を助長し一方向の欲望が進行する。個人情報保護規制の生まれた背景にも思われます。民間の個人と公共機関という性格の相違の認識が取られ、強制権力を背景に法を運用する立場にあっては、個人情報への厳格な運用規制が設けられて、公共という立場を持って個人の利益を追求する事のない箍がはめられる。

この原理が、憲法という大枠体系の性格にも含まれて、適当な強制力の行使を制御して健全な社会秩序が創り上げられる。これへの定期的な監視と検証の仕組みが在って完結的な精神と法の枠組みと実際の効果が測定される。規制ばかりが観念で示され内実が測定されずに、恣意的な運用に至っては、統治システム自体が作用せず、個々人の恣意性や公共機関の為の規制に成りかねず、感覚と検証が内在して、観念を起こすきっかけとなった精神的な欲望の適正な所在や持続が叶えられる。原理を捻じ曲げ、利己的な欲望の充足へと向かっては、そもそもの存在意義を失い、根源的な意味の取り違えを生じさせる。これが肥満や堕落という言葉の代表例に浮かびます。

大手マスコミや行政、政治という領域の大きな影響力に対して、基準尺度に公平公正な感度を備えた適用状態を常に監視する役割の観測者が、悪性の根源に陥り、盗みを働く事に在っては、マクロシステム上の重要な欠陥という認識が適当に成り、これへの抜本改革に着手しないのであれば責任放棄であり、この焦点からの強固なプロジェクトを立ち上げ推進する役割が求められる。

この問題認識や自覚の弱さは、肥満そのものであって利己的な性格や無秩序な感性の低俗さと現れる人間像を備える事が適当であり、相応しい配置を取って健康な認識の下に、システムと人間の血の通う適正な運用が生まれる。過保護な規制という判断や、個人の性格上の異質さの認識を作る上での論理として、以上のような文脈が一般認識に思われます。標準図面の認識から個別事象の適正配置が生まれ、好悪や良否の判断が明瞭化され、改革への熱が集約し具体的な施策が投じられる。改革の基本路線を取り間違える事無く、健全な発想や感受性を堅持して真価への峻別が生まれる。

その具体的な焦点は、情報の取り扱いと業務の裁量への検証で在り、この事実認識を広く知らせる事が大きな推進力に成り、ためらう事無く歪みは報じられる環境の整備や個々人の意識の高まりに、中長期の人間像が欠かせず、肥満や悪性の除去を粛々と進められて、良質なエネルギーの循環速度が生まれる。基盤の良質化から、積極策の良質な上昇に及び、健康な生命の躍動が齎される。根本感性の表現や全体のシステム概念の構築は、大きなフレームの認識と個別領域への意義を表し、測定の尺度と作用して物事の真価を掴みだされ、基準と制御の理性的な図式が強化される。

狭い領域の利益に偏することなく、大きな良質フレームを抱き、目先に留まらずに力を投じる発想が、文化人としての本質的な要素に成り、精神の病にかからない健康化策と描き出されます。経済成長の根源理論と配されるものと思います。供給論理に偏して需要の創出面への思索が乏しく、パイの縮小への思慮が及ばず、短絡的な施策を投じる愚策を改める根本性や大局観が欠かせない。哲学の弱い経済学者や財界人、政治行政は、場当たりの判断を招き劣った世界を作られる。

動態と静態の適正調和

5)動態と静態の適正調和

人と人の関係は、労使関係を主軸に、顧客、資本提供者、協力企業、地域住民、競合他社等の広がりが生まれ、関わりの親密性によって要望の密度や深さが生まれる。一体的な運命共同体という利害の近さによって相応しい相互意思の程度が現れる。この理屈がベースに在って、制約と自由の中身に対する一致に及び、共通性と個別性の割合や深さに及び、適正な調和感が作られる。

未熟な管理者程に、負担に対する過剰な要望が生まれ、短絡的な利己的態度を表し、一過性の強引さや粗雑な方法を用いられ、バランスを欠いた運用に現れる。上述の原理による基準と制御に至らず、多彩な配慮に思慮が届かずに、各種の不調和を生み協働性を瓦解させ、その経験から学びが生まれ、過不足の少ない過剰要求が是正され、一体性の程度に相応しい要望と負担の感覚が創り出される。

頭に偏して、底の浅い型どおりのマネージメントに陥りがちなのが、実体験の弱い学生感覚やポジションという肩書に偏したマネージメントに成り、或いは大きな看板や資本力を背景にした諸条件から、要望の過剰な管理が進行して、生身のマネージメント力が育たずに、単純な短期性の金銭による方程式を描かれる。素の状態やゼロベースからの対人形成の工程を経る事によって、しっくりくる感受性を創り上げる事になり観念図面へ偏した創造に在っては、質実の届くマネージメントに及ばない。座学の勉強と実際の感覚との循環体験があって肌感覚のマネジメントが育ち、共同体の適性が作り込まれる。いきなり、大手の看板を多用するような立場に入って、粗雑な利己性を見せ、看板がなくなると一気に関係は消滅するといった事象が生み出される。行政職や政治家、マスコミ等という領域にも、こうした感覚工程の省略から、根源的な原理を備えない小手先手法が投じられ、未成熟な人間が創り出され、力と責任の乖離した状態に及び、物性の力に依存して、素の原理に回らない不調和になる。この歪んだ資本主義の瑕疵についての予防や対処の視点が、健康な人間作りへの焦点に定まり、人と人との適正な在り方が創り出される。更にマクロ的観点からの需給構造のアンバランスを招かない為の施策を生み、ミクロやミドルでの限界を賄う大枠の操作が少なからず投じられて、構造と局所の適正といった繋がりが生まれる。この土台に根源価値という良質な観念を備えて、時々の諸条件への操作に及び、安定と繁栄の優れた調和性が生まれる。個人の資質とシステムの適正とを両睨み、物性の程良い制御を遂げるという全体観があって、各種の矛盾や問題の予防に到達する。本書の文化論は、根源的良質化に連ねる為の提案となり、各層の観点とその連なりの因果を探り、無理のない健康体の最大化へと及ばせる手法が意図されます。部分のみで解決に及ぶ事とミドルやマクロの想定を持って、直接間接の因果を浮かべ、理に叶った納得性の強い良好化を創り上げる活動と考えます。言い換えると、人類共同体という利害関係を描き、根源的な厚みを形成して、共通と個別の快適性を実現する焦点であると思います。幼稚な管理者の下にはそれ以上のものは留まる事無く形骸化し成熟度の程度が揃って持続的な協働関係が創り出される。この原理が自然に回るような諸施策をインフラという面から投じ相互対立の間接的な回避が叶う事に思います。静態論理と動態的な歴史の連なりについての適正調和という観点や、合理性と独自性、物性と理性という対置概念とも並び、過去の連続性と未来への体系の更新を見出す為の観点にもなり頭と感覚と感受性の適正循環を果たす施策が編み出される。現況認識と理想図面の取り方がこれらの正当性や納得感の根拠に備わりこれを明瞭に表し大凡の方針への了解を取り付け質の変容への力が与えられる。

文化論の根源

2)文化論の根源

積極的創造策という理想に向けた生産を抱き、自己実現へのエネルギーを投じる中で多くの人々と交わり、実際的な学びを吸収して、多彩な観点を備えた思考や行為が生み出される。自身の生産から影響力が増産されるほどに多くの利害関係者が生まれ要望が課せられる因果から理想となる要素が膨らみ現況を鑑み要望への対応を成し理想の実態軌道が現れる。この動態が実際的な理想と現況と方法の図式と描かれ、欲望と力と責任の均衡を目安に持続的な外界との適正調和が創り出される。理想という概念は空論で留まらない質実を作る工程に備えられ、力の増大と共に自然に人々からの要望も比例し、それに応える活動として現実性が備えられる。これが生きた理想の概念になり活動の水準や動態に則した自己制御力の増進に成長概念が当てられる。多くを望む事は多くを課せられる社会の自然律と生まれ、影響と責任の均衡という生滅の感性が人々の本能と生み出される。理想論に適正感を備えるとすればこうした図式で実際を掴む事に成り、健全な夢と現実の歩みが果たされて質実を持つ人格や人間像が現れる。どれだけ自身に目標を課すかは外界からの要望と自己の勘案で自主的な目標が設定され目標に対して自他から過不足の少ない適正に、調和が生まれる。実現可能な妥当性をもつ目標であって空の理想に留まらない実態が生まれる。この判断が健康な感覚と頭脳と感受性によって導出され、頭脳と身体の有機的な作用から適正な水準が計りだされる。出来そうもない基準を掲げて外界に明示して信用を失う事のない自己評価を掴む所に客観的な認識が現れる。正負を内蔵する人間観に立脚する根源哲学が外界との適正を生む原理と成り嘘や詐欺、盗みへの不快感から導出され自己へ規律を与え外界への態度と現れる。空の美性は実施するつもりのない外観美に偏し内実が伴わず、主客重層から内外の一致を見出す感性に健康な美性が現れる。肥満な体質から過剰な外観美を求めたり、自己陶酔的な感性に至っては要望と自己の目標設定に乖離が生まれ調和を乱し持続的な活動の痩せ細りを招かれる。美感の適性が活動の根源になり適当な美を表す思想の表現や保有が重要な作用を齎せる。以上は標準的な完結性を持つ活動における適正な美感を示すものになり、部分性の美感や異なる意味の美の概念を否定するものではなく、本書の中心コンセプトと設定される健康な心身を表す美の概念に成りこれを根源に各種の文化ビジョンが生み出されます。正直や誠実という概念と同義に配され歪んだ支配願望の先行する論理は過剰な力みになり正のエネルギーを齎せず負の連鎖を回される。

 

健康思想の定着

健康思想の定着

共生志向を表す態度には、自己について真摯な情報を伝達し他者からも情報を伝達される両方向のフェアな対話が創り出される。自身について閉鎖的な態度をとり、他者の事ばかりを知りたがる行為は、しばしば品の悪い営業マンに見受けられ、相手方の要望を汲み取って適する方法を投じる意味では自然な在り方と捉えられるものの、相互的な創造に在っては、自己の性格を案内して興味を抱かれる人々が要望を申し出られ、自由選択性を踏まえた意思が形成される。選んでもない人が不正な手法で情報を入手し自己の欲望を充足する行為からはまともな関係は生まれない。

主体性を明確に示さずに一方的な制御や管理欲望を表す異常な性質となり健康な精神を欠いた人格と見做される。これが、俺俺詐欺やサイバー犯罪という今日的な悪性の根深い病の本質で在って、自身の身元を明瞭に示さず相手を観察して意図する制御を取る一方向の歪んだ欲望と現れる。管理発想に偏するほど一方向の意思を通す発想が深まり協働性を欠いた盗みが生まれ人間概念を崩した倫理道徳の弱い振る舞いが進行する。対象との融和よりも距離感を好み相手の意思を聞く事なく自己の意思を充足する異質性と現れる。こうした感性が各種事象の根底的な焦点になり人間の異質な変容による欲望過多の責任不足といった歪んだ感受性から生み出され物的感度の偏向した姿と認識される。平等思想という根源価値を観念ばかりで保有されて感覚工程の実践に及ばない頭脳寄りの体質を露わにさせ人格の歪んだ人間と映し出される。マスコミ、政治行政、財界という領域の一部に土台的な感性を崩して欲望を通そうとされる異常な姿が見受けられ、この性格に力を与えるほど歪んだ社会秩序が創り出される。改革の根源には人間の狂いに焦点を絞って、対処や予防の施策を講じ根元の良質化と幹や枝葉の健全な体質の回復が意図される。規則性の特殊性が身体の脆弱性を生み精神的な病理と及んで特異な現象を生みだされる。これがマイナスの除去とプラスの増進に連なる抜本的な改善でありミクロ的な個々人の性格や特定集団に見られる非社会性や、マクロ観点からの利益創造を作る肝と成り、表層に現れる生産や制度、法規の基本的な性格を与える動源となり、上流を改良して下流に反映する構造で捉えられる。政治行政という共通性の高い欲望と充足の中心的な視座に成り教育の在り方に反映され、健全な人間像の下に各層の制度や仕組みの体系的な取り組みと示される。つまり根本はミクロ的な個々人の性質であり、対象との適正な構えを創り上げる所から、各種生産の質が変わり健康な人間像を尺度にした全般的な良質化への取り組みが生まれる。日々のニュースから、こうした路線の改善策が随所に展開され、この流れを留めずに個々の事象へ対処するとともにシステムの再構成との両輪で、意識の変革と制度に及び、その集約を観念体系で纏めて認識を強めるビジョンに内部からの変革を含んだ未来図面が示されます。これらの動力は一人ひとりの感性にあり、健康な人間像の強まりが発想や行為、志向性に及び、個々の場面での意思や選択を創り上げる。盗み癖の改善や物性依存から健康な感性による感覚と頭脳の用い方や、システム的な肥満の是正へ関心が強まり筋肉質な体質に及んで、良好な精神が形成され、下限的な不快の減少と積極創造策の増進を叶えるものと思います。大きな利益に連なる抜本改革と力強い歩みには本書の思想が有用に思われます。

 

表現・創造

2)表現・創造

メディア:メディアという性格は事実を知らせる、事実を評価する、事実を作りだす方法という何れの言い方も含まれる。「どんな思想を持ちどんな尺度と適用であるのか」という点から自己の性格の認識を持ち、外界へ示す事が良好な対話作法に思います。縦割り区分でのメディアという規定に限定されず、広く人間の創造活動全般に当て嵌められる概念であり、上述の道筋やポイントで主体性の認識をとり、自他との良好な協業によって人間像を掴むのが人間ビジョンと適用の概略を示し思想という認識が生まれます。

表現:表現は生の増進という捉え方と、外界との対話の機会を得る為に自己を伝えるという二面の見方が現れる。前者に於いては他者の生の機会を減少させる感覚を備えて、利己的な欲望に偏した表現は外界から受け入れられず、他者の利益を含んで一定の理解や共感が生み出される。後者は他者の考えを伺うには自己の考えをまず明らかにするのが利益を得る為に相応しい作法と解釈される。これらの若干ニュアンスが異なる表現の捉え方が置かれて直接表現にかかる意図する動機が合わさって表現の質実が計られる。外界との良好性を意図する善意型の表現か、悪意性の強い騙しという性格か、自己の真意と受け手からの一致によって歯車の回る円滑な対話に及ぶ。前段に良い印象がないと直接表現を真っ直ぐ受け取られず歪んだねじれを齎せる。

体質:平等思想と実践の態度が伺えて信義誠実な心持の有無が表現への真摯な認識を生む。全人格的な側面が分母に置かれて時々の表現を分子に配し理性的な把握が生まれる。部分を切り分け静態認識を取る粗雑さの認識と成り、動態的な事象の上に静態論理との性格が掴みだされる。表現者の歩んでこられた行為の沿革に繰り返し現れる動機や発想の質が現れ、時々の表現の意図が見えて、動である対象を動で把握し真実に近づけられる。小手先の着飾りは表現者の利己性の強い性質を表しテクニカルな欺き体質が直接表現に現れ隠しきれない習慣や発想の性質が掴みだされる。生産の性格が自己の性質に奥深く浸透し表現や行為の質となり思想という纏まり在る人格として把握される。或いは思想から生産の在り方が創り出される。力の用い方に性質が現れ糧を得る方法への良否が計られる。肥満から発想が崩れ体と頭の用い方に連なり感受性の実質が掴みだされる。

こうした体質という反復的な規則性に上述の前段という言葉が当てはまり感性の基盤的な異同感覚が生まれる。快適な型式に持続性が生まれ、健康な心身への欲望が根源的な関心になり、どんな体質を意図するかが主体性を作る中身になり二次三次の創造の性格に反映される。

人間力の低下:こうした表現作法が対人形成の質に現れる。共生感情という健全な動機を根にして無秩序な自由を求める事に及ばない箍が掛かり外界との良好性を求めて適当な表現へと整わせ不快現象の予防となり、下限的制約を生じさせないプラス・マイナスの配慮が加えられ、マイナスを上回るプラスの創造へ力が与えられる。商業主義が進んで物的感覚による感受性の壊れた創造が作法の質を下落させる。人間の劣りに及ばせない為にも良質な思想や自己規定を持ち基盤の安定の上の自由を作る事が必然に思います。物性に偏して人間性の劣りに及ばせない骨太の観念が文化理念となり各種ビジョンが生まれます。

文化図面創出の狙い

文化図面創出の狙い

自身の予測とずれる事への不快感が強まり、支配管理型の欲望が安定や安全志向から現れ、生命に直結するほどこの意識が進行するのは自然な欲望の深まりにも思えます。

しかし、これも程度感覚が取られてあまりに画一的な規則性を強める事には窮屈な発想の萎みを生み躍動的な生命観を脆弱化させる。少々の冒険心を抱き失敗にもプラス評価を持つ文化で在って消極的な守りと未知なる体験との両用により人間の付加価値を獲得してきた歴史が浮かび、急所を抑えた前進軌道の挑戦型に夢や希望、活力が生まれる。

仮説と実際の一致に快適が生まれる事と、思いも浮かばない感激が得られる事との割合感を備えて、過敏と鈍感との許容性が創り出される。小さな所で過敏反応を取るか、大きく育てて太った所で頂くか、ビジョンの描き方や保有の仕方で相違が生まれる。こうした意味からすると、文化ビジョンという大雑把な抽象図面や、空想的な途方もないような観念にも、健康な動機等から表されるものには寛容さを持ち可能性を妨げず、重箱つつきの減点は控えられて既成型の基準を更新し、新基軸を活発に創り上げるエネルギーが将来の糧を生みだす。

下限的な制約以外には自主内発性の自由度が備えられ、寛容な心を抱く事の出来る根源的な基盤の形成という構造によって、最低下限の安定面と躍動的な動きの相反する解決が導かれる。この舵取り感覚が、行政による監督という面に関わらず、個々人の思考に備えられ、大惨事の痛手を回避しながら夢のある世界の増進と描かれる。これを表す抽象画が本書の各種文化図面の性格や意図する事であり、生命の躍動と安全を図る為の方法となり、自由な活力の現れやすいインフラとなって、一部の利益を守るような固定的な部分を超える大きな果実への可能性が促進される。

物性の力から理不尽な行為を取り管理を強めるような堕落を回避して、原理創造型の価値創造という理性が常態して健康な心身が増加し、感覚的欲求へ偏する事のない情緒面の充実が叶えられる。閉鎖性は物性的な力の支配を強め、後ろ向きな発想に陥り新奇の寛容性を弱められる。適度な配慮感覚を持つ事は人との良好性の道理に思われますが、一定の筋を通す構えを見せて過度な縛りに会わない自由な創造であってプラス性の力が増進する。これらの境に最低下限の制約が目印に成り、これを超えない事が唯一の共通限定性となり各人の自制心が伴って相対性の創造領域に無用な縛りを課さない平等思想の実現に及ぶ。倫理道徳という感受性の厚みが規定を自主的に守る事に及びこれを創り上げる根源則に欲望と力と責任の均衡原理から過不足が測定され大きなマイナス感が生まれると善意型の自主性が弱まり物性への感度が進行する。根源則への意識は強め開放的な自由が強まる構図が実現する。安定と成長という相矛盾するかの二項対立を解決する図式をとり長期的な健康を叶える世界が描かれる。

健康体への道

1)健康体への道

組織のトップの性格が集団の顔に成り全体を集約して外界への表現と示される。そして、実際の組織体のパフォーマンスが測定され、顔と体の誤差が現れ身体的有機性の整合が測定される。顔となる人の性格に盗みや詐欺という性質が見られると体の能力に陰りを与え実際の能力よりも劣った組織体のイメージを強められる。このような体形で組織が存続する構造には大きな瑕疵が推察され、一部組織の問題というよりも領域の構造に疑念が及び小手先の手法では間に合わず上位からの強い改革や市場の自由選択性の度合いを高め両用からの変革圧力が不可欠と見られます。事実上の標準と化して大きな力の格差から問題も固定化し放置すれば悪性は伝播し一面の体質と慢性化する。この事態への早期改良には根源的な層から主体性の在り方についての認識が備わり事前型の方法が投じられる。本書で取り上げます保守思想の形成や浸透が俊敏な反応を齎せ、衰退の道への対処を速め頭と体の良質性を創り上げる。手足からの意思と頭からの意思とに共通的な像を持たせて、一貫した感受性という動力を通わせて健康な体質が維持される。

根源的中枢の思想の善し悪しが生命存続や成長のカギに成り歪な感性や体質に陥らない急所と位置づけられる。根源思想は人間像と言い換えられ、その理想に向けた各種プログラムを用意して実際の人間作りの工程が組まれる。この関連を堂々と明示して各種プログラムが繋がり根本を動力に整合在る体系が生まれ頭と体に感受性の繋がる人間像が表される。思想と機能を切り離す合理性という教育観には責任感覚の劣った設計者の質が人間像や思想の弱い物性の体質を招き分断的な物事の創造に連なる。頭と体に行き渡る感受性が常態されて良質な人間が作られる。