文化界

 

観測者の頭に在る観念と事象の適用で表現が用いられる。比較的大きな対象を指して、経済界、政界、科学界等々という領域と浮かび、内部構成や動態を捉え、これらの上位概念や特定概念に寄る尺度を設け良いや悪いの形容を付して評価が加えられる。意識的か無意識のうちにこの尺度が備わり各所への要望を求められる。観測者という性格から利害の近い立場等、関わり方から熱の入りようが変容する。

本書の観念構成は文化という領域の体系をミクロマクロの人間像として表し、マクロに於いては、狭義の文化(教育芸術科学等)と産業経済金融と政治行政司法の3領域で構成する社会システムと描かれ、ミクロの人間像における感覚と頭脳と感情を狭義の文化:感情、産業経済金融:感覚、政治行政司法:頭脳と対照して3作用の有機性をつくり健康な社会システムという骨格で纏めました。

これに人々の異同性を加え、個別と共通と根本の観点をとり、個別に経済、共通に政治、根本に狭義の文化と配して性格の異なる行為を区分し領域内の性格が詰められます。領域概念は、感覚と頭脳と感情という3要素で構成される基本原理が備わり、且つ個別的、共通的、根本的という領域の性格を与えて良質な人と自然、人と人との関係を創り上げる方式と導出されます。以上の整理を下表で示します。

            領域

観点

有機体

有機性概念

基幹動態と枝葉

根元エネルギー

ミクロの要素

感覚

頭脳

感情

マクロの構成

経済

産業経済金融

政治

政治行政司法

狭義の文化

教育芸術科学等

領域区分

個別

共通

根本

真善美

真:事実

善:価値

美:倫理道徳

3権分立

実施

立案

検証

適正創造行為

感覚

観念

概念化

協働行為

固有技術

管理技術

理念・ビジョン

 

大枠概念から各種領域の本質的性格を浮かび上がらせ、部分最適からの予防と作用して、全体最適性への可能性を探求する基本図面の素案が形成されます。各領域間のコンフリクトを解決する上でこのような世界観が正当性への根拠となり、統一的ベクトルや理念を持った統制が創り出され良質な制約の上の自由の図式と展開される。

これに哲学的観点から生滅観念を充てると、経済と政治を繋ぐ狭義の文化が、正と滅の融合的な作用を齎し、この領域の充実が健康な経済と政治の舵取りとして根元やエネルギーと配されます。感覚と頭脳の検証やその結果生まれる実感の更新、積み上げで生まれる普遍的感性の明瞭化という作業が、感覚と頭脳へ信号を出し創造活動へと反映され感情に回る循環系で持続的成長世界が纏められます。

根本原理に見る3区分とマクロの焦点への反映となり、この間に各種の領域が備わり、領域の形成要件には3要素が内在して独立的主体性の要素を持つ意思を含む有機体という知覚に及びます。この意思の柱とされるのが、欲望と力と責任の均衡を標準感覚と備える倫理道徳観の所在であり、このエネルギーが各種の創造を律する原理と作用し自律性を備えた主体性が現れる。この原理の連鎖性で個人と特定集団とマクロ領域との整合性が創り出され、一つの理念から同質のエネルギーが流れ意識と繋がり体と現れる。良質な自律性を持ち、健全な制約の上の自由という世界への軌道が生まれる。

このような標準図面に対して、阻害性の性質と伸張性の性質を見分け、評価を回し、施策を展開し続ける事で、質実を兼ねる運動が生み出される。文化観念と活動の実感性を所々で掴む実感点や、線や面となる水準規定を形成しながら知覚が深まり良質性の向上と描き出されます。長期の規則性として不動性を持ち固められるべき概念となりここに文化の領域が現れます。

抽象性の高い概念図で在り便宜上の単純区分と思う点も含まれますが、一定の良質な人間世界を作る上で有用性を齎すように思われます。この全体が「文化界」となります。解らない事がありましたら、忌憚なくご質問をお寄せください。

 

均衡原則の例示

 

交渉とは相互やマルチの約束を取り付けることであり、約束は要望の衝突と妥協と合意のプロセスで締結される。

各人の利益を求め主張し根拠となる論理で裏付けを示しそこに妥当性が生まれると受け入れられる。つまり、民主主義や平等思想に価値の前提が備わり、この観念に基づいた主張と妥協と合意を取り付けるスタンスに適正が生まれ、個々の主張の合算と平均で均衡を生みだす事が妥当な要望と義務の関係と表される。言い換えると、普遍的価値の共通性を基本原理にして個別的事柄の適用を成す行為であり、原理と適用の適正感を創り上げ信用が醸成される。この実際的欲望の示し方から、感度となる健康な心身を相互的マルチ的に実感される事に成り、一方向の要望や過不足感が余りに生まれる事は普遍的価値を取り外した自己制御の崩れという実感が現れ、物理依存への感性が露わに浮かび上がる。

この静態的論理に、過去から未来へ向けての動的側面が備わり、過去の貸し借り、未来の貸し借り、それらへの信憑性という生身の動性で精緻な調整を取るのが実際であり、永続的関係性といった関わり方の長短を考慮して要望が溶け込まれる。

つまり、交渉には一定の普遍則が働き、それを余りにも超える要求を突き付けては信頼形成に罅が生まれ、均衡概念を念頭に各自の立場を考慮の上に要望を取り交わす真摯な姿勢が欠かせない。少しでも有利な条件を獲得しようと前のめりの態度で基本則とかけ離れては、却って手柄を損ない信用を棄損し良好な関係を遠ざける。こうした対話を心掛け刷り合わせるのが理性的な人間の振る舞いとされ、強引な態度や強要の姿を見せてはマイナスの評価が加えられる。一時の手柄欲しさに後々に禍根を残すような態度をとっては長い目で見て傷になり均衡を原則に交渉を進める事が適正な文化人の姿と思われます。

テクニカルな交渉術等という小手先の手法は却って信用に疑念を与え、信義誠実な態度を率直に見せて良好性の深まりに及ぶ。心象は残り、後々にお釣りを余分に渡す自発的行為となって信頼性の深まりへ繋げる事が最も良質な交渉成果に思われます。長い関係を前提にしたポイントと浮かびます。

 

好循環への具体性

 

自分より能力が劣る者が上に備わり、厚遇を受けているという事象が多く見られると、動機付けや士気が下がり不幸な社会が形成される。同一労働同一賃金といった原理が空のままの運用で留まり、原理の創造力が適正に評価されず歪んだ序列が固定化される。この真に適正な評価の仕組みを形成する事が、人々のやる気を促進し、公平公正なエネルギーの循環を齎せる。どこの集団や協働活動に於いても、適用される基軸原理でありこの適用の良質な運用なくしては、好循環の軌道が強まらない。

その無能な者からの指示が下され、それに対して強いエネルギーが生まれる事はなく、この悪循環がエネルギーの上昇を停滞させる。管理的側面に見る不快や不満が生まれる焦点と浮かびます。

観念的にはビジョンの表現力が上流に配し、そこへ有用な作用が合理的に配列される。ビジョンにも多段的構成で具象化され、各段における標準尺度が作られ、それに適する手法という構成が生まれる。この論理通りに配列されない事が、士気を下げ、エネルギーの分散を齎せる。管理者能力はビジョンの創出と適正な適用にありこれが歪むと結果の上昇に及ばない。

 馬鹿が厚遇を受けているという実感が高まる程に、不幸なエネルギーが増産し、そこを速やかに解体するのが、リーダーの重要な責務に思われます。この決断や改革の弱さが、軌道の良質性を妨げる。お飾りで、運用の責任感覚まで意識が弱いと、あやふやなまま歪んだ配列が正されない。馬鹿からの支持をまともに受ける人はなく、何がしかの尊敬に値する部分があって神経の繋がりが生まれ、指示と受容の関係が生まれる。

 形式上の二次的側面での評価から、実質上の評価を生まない形骸化は、感性の衰退を表し、強い行為に反映されない。こうした論理に多を与える人々が少なくないようにも思われます。管理的側面に見るマイナス事象のプラス化として表されます。

プラスのプラス化は、創り上げる事物と評価の循環関係という自己と外界面での相互上昇性で表され、作った物事とそれへの反応、異なる刺激や発見で更に創造性への熱が上昇する。基幹道は、この面に備わり、直接対話による納得感の高まりを生む。

これに対して、内部組織状態の理にそぐわない評価構造が生まれると、外界との直接対話に陰りを落とし、組織を離れて直接性の増進が意図される。間接性の不協和、納得性の低下という内部人事考課上の不適正が増加するほどに、集団への帰属性は弱まり求心性が崩壊する。血流の循環を良質に運ぶ為の措置が遅れると、体質の歪みが増進し精神面へも影響して、心身の崩れと現れる。適正な処置をとる上での現況認識は理想の水準に起因する。

利益と原理

利益という概念にも、短期性から中長期の因果関係を踏まえると、そこに現れる性格が変容する。利から理の性格で捉えるのが適正に思われます。その上で、市場原理や競争概念を形成する事で、適度な心身の健康が維持促進される。綺麗ごとや空の理想論では留まらず、人々の価値に備える必然性として描き出されます。

大きな事故が生じ様々な論評が加えられ再発防止策が提出される。生じた原因、予防の施策、その実施で、人々の叡智が積み重なり、不快事象の事前予防性が高まりを見せる。この一方で、新規的挑戦という積極的な欲望上昇と充足策といった向きの創造が生まれる。つまり過去の技術の検証と新規の技術の創出が平行し基準点の次元が変容する。このような供給側から見た技術上昇過程の側面と共に、需要側からの高度な技術に対する要望や抑制の視点が加えられ、需給の適正な状態や変化の速度が形成される。この相互対話において多様な観点が取り上げられ、需給相互の欲望の適正な創造が進められる。この基盤知に自然現象の解明という基礎研究へのエネルギーと成果が備わり、人間と自然の構図における実現可能性と欲望の選択で分母と分子の関係が浮かび上がる。

・出来るけどしない、という人々の意思による自制で自然との対話が形成されるか、

・未知なる自然の存在を解明する中で、人間側の意思が変容するか、

・自然現象の解明>用いる範囲>人の意思、

人と技術の良好性を創り上げる焦点と浮かび、この過程と要所の精査が図られる。

 

過去

現在

未来

解明

 

 

 

応用

 

 

 

検証

 

 

 

フィードバック

 

 

 

 競争や市場の概念は、供給の高度化と需要側の高度化という両面が備わって適正な成長を齎せる。供給側の一方向の論理にその受け手となる需要者側という人間の創造が相伴って健康な競争が促進される。財の性格にある機能性という効用と、それを用いた場合の人間の変容、感覚面と情緒的反応が斯様になるか、或いは供給者の財のアウトプットまでに見る健康性、創り上げる過程に歪みが多ければ、アウトプットが良くても過程面から負の影響が生まれる。

過程と結果の健康を見る需要者の健全な見識と判断を高め、需要者としての適正を高める為の施策の創造とその創造者間の競争という市場も、同時並行的に生まれて、需給相互の健全な成長が形成される。情緒的な産物に対しても機能性と同様に価値が認められ、その向きの市場形成とを程良く育てて、健康な心身を持つ人間が形成される。

こうした概念が備わって、市場や競争という概念を用いる事が文化的長期の観点から提起されます。市場原理という意味を供給論理に偏して狭く形成される事には、誤った方策の促進が生まれ、過程の健全性等や需要側の成長を含んだ人間の創造策と描かれて、真っ当な持続的成長が生まれる。短期から中長期の欲望、その直接間接の因果関係という思索を持った需給構造が描かれて、大局観や根本面をもった各種の挑戦という図式を生むのが文化観念になり、この面への価値を含んだ個別創造によって良質な成長速度や事物が形成される。これらの文脈は、経済性の概念を生みだす土台的原理になり、利よりも理に軸足を取った中長期性の価値に基づく論理形成で描かれます。

市場原理という概念の意味内容を如何様に捉えるか、社会形成上のカギを握り、ここに確かな概念が備わって個々の政策や創造に適正が含まれる。物理原理の単一的画一化した概念形成では良質な判断は生まれない。個別と共通を創り上げる根本からの概念図と配され、この性格に文化概念が当てられます。

評価や創造の性格

対象の評価を下す行為や創造の形態にも相違が現れる。

1)直接性の利害関係にあっては、何がしかの約束が備わりその権利義務についての相互的な評価関係に在り、これがベーシックな対話にも思われます。

2)次に少し利害の離れた関係であるが、少なからず関係する間に於いても、評価という行為にあまり違和感は浮かばない。この関係に見る評論が多くのケースに見受けられます。観測者、評論家や専門研究者等々、

3)更に、評価というより領域の体系を創り上げる立場であり、問題と感じる事象から、その直接間接の原因分析を取り対策案を創出し実行する立場となり、当事者性を帯びる創造者と置かれる。

 元々、人が人を評価する行為はないものとされる。利害関係という約束と執行に於いて相互的評価が生まれる。生産者という技術と市場が想定されて、市場からの評価が加えられ市場を評価する相互性を持つ。市場の形成に3)の立場が生まれ、外部評価というよりも市場形成者としての理論が創造される。その理論を訴求する行為が生まれ、それについて賛否という反応が生まれる。更に市場についての第三者的解説というニーズが生まれ、どう在るかの状況を明瞭に表す行為が取られる。それに加え、市場の計り方という独自理論が形成され、それについて共感が生まれると、尺度に基づく評価に信用が形成される。市場の改善型創造者ともいう行為が生まれる。即ち、当事者関係、市場創造者、市場改善者といった各種の立場で性格が備わり、評価や創造という行為が生まれる。

 市場創造者とは、新規性の論理を組みあげる立場となり、個別的事象を直接に評価する事無く、各事象からの問題意識と改善の発想から理論を形成する立場に成り、それに対して訴求し有効性が実感されると理論と理論の需要者の関係が生まれ市場が形成される。新規需要創出とは、このようなスタイルによって出現し、外界の評価を自身なりに探りつつ新規性の領域創出へエネルギーを投じ論理が組みあげられる。創造者という言葉が最も相応しいのはこのスタイルに思います。

 一過的評論家という存在は、確たる方法論を導出せず、虫食い的な欲望でちょこちょこと好きな評価を与えられる。尺度の形成が曖昧で、且つ方法論までの提起や実施に及ばず、市場を作りあげる生産者に成りえない。有効な意見が産出されれば需給構造が備わり一定の持続性が生まれる。以上のような性格分けを吟味して、どんな評論や創造に在るのか、適正に捉える事が健全な生産行為へと連なる。

 文化論の立場は、外界の評価を直接加えるようなスタイルになく、論理の構築と訴求を主たる活動にする市場形成が意図されます。各種の問題と浮かぶ事の本質的根源の焦点をとり、その改善を土台的に創造する理論提供という創造行為と位置づけられ、原理の開発や新市場形成のエネルギーが注がれます。

活きた現場感覚の脆弱性

今日的諸問題

現場経験と学問的経験から生まれる感性の差が多々見受けられます。直接感覚を常態した感性は、多様な場面での経験を得られた分、繊細な個々の対応を可能にする。人との経験の浅さが知覚的な単純図式やすっきり感の強い反応で固まり両者の相違が明瞭に浮かび上がる。綺麗に論理づける習慣は綺麗な思考と行為という解り易い図式でのパターンに固まり個別オーダー的な複雑さを捉えきれず現場からの不協和が生まれる。叩きあげて集約的立ち位置へと及んだ過程の有無から程度に現れ感度の違いからコミュニケーションの差に及び、単純化から各所の問題を広げられ感覚的体質と頭脳過多の相違が明瞭に現れる。知覚的論理の入力は感覚体験の省略を意味し、現場での多彩な感覚を省き字に表される。対象に近い所での感覚は五感をフルに用いて掴まれその一部が文字に起こされ対象との距離は広がる。それを読み込んで体験を知ったような感覚を強める向きには負の感性が深まり、感覚の貧困から対応の粗雑を齎せる。物理過多の思考や抽象論理の偏りも、同質の現場感覚との遠い感性を創り、この両者間の距離を作る因果が各種の問題を生みだす本質的焦点と現れる。工程の省略、マス広告と実態の乖離、物理依存、肥満化が感覚と観念の離れを生み各種の軋轢を広げ深められる。

主体性を強めるという意味も、ただ利己的主張ばかりを表すかの事象も散見され、発言を強める所と控える勘所を欠くのはただの雑音にしかならず、また、真面目なもの言いと緩めのモノ言いや暈したもの言い等々同じことを表現するにも様々な諸条件や空気の流れから工夫を持つのが現場体験の豊かさから身に付けられる。同一トーンで明瞭化させる事ばかりに意識が回るのは何の工夫も見られず、文字表現ばかりの頭脳寄りの体質に顕著に現れる。こうした観点を強調するような指摘が意外に少ないように思われます。

 論理的には観念の重層性という縦型の因果を思索する事等が置かれるものの、表現の多彩性は現場での時をかけた体験で鍛えられ様々な工夫が生み出される。実践工程をいく段にも及んで喜怒哀楽や成功と失敗を経験する中で生身の感覚と触れて培われ、多角的な視野を考慮した嗅覚や反射神経が備えられる。重要な基幹と部分的影響の少ないポジションで求める要件とは質的相違が生まれ事務方と生身の対話との大きな差が浮かび上がります。情報流通の要には感覚からの積み上げで個別対応の豊富な経験から適切な歯車の良質な循環を創り上げられる。対象の感覚を知覚へ変換するフィルーターが人々の感覚や感情を汲み上げる装置に成り複雑な人間を感じる持続的姿勢が主客の健康を創り上げる。力へ依存するほどに感受性が衰え力での単純物理の循環を強め人間性を見失う。自律心や制御力、探究心が動態に浮かび平等感覚が根に成り、自他への生命に対する尊さがエネルギーと巡りそうした結果に実や花が現れ文化の系が作られる。

 

自主内発性

平等観念を単純に解釈する向きの論調がしばしば見受けられます。独裁にも見方によっては平等的な観念が含まれ学者の単純模型化した言葉に縛られる必要は全くない。過去の事象から抽出された二次情報をそのまま現代や自己の実情に当て嵌める必要もなく、対象との真摯な対峙から観念の中身を創り上げるスタンスが感覚からの観念化であり、「平等」という言葉も多様な作り込みや実感が生まれる。学問的な知恵は方法の一つに過ぎず、自らの観念形成を軸足に取る事が自然な姿に思います。この主な形成過程が需給構造という相互対話の場所で在り市場の特性によって、感覚からの観念形成に異同が生まれる。短期性の有用性から中長期の欲望形成という多段的連鎖が生まれ個別市場と政治行政や文化教育等からのアウトプットの概念との有機的な関係で形成される。

平等という言葉の意味が以下のように謳われている。平等:すべての物事に差別をつけない見方。差別:1あるものと別のあるものとの間に認められる違い。また、それに従って区別すること。「両者の―を明らかにする」公平:名・形動]すべてのものを同じように扱うこと。判断や処理などが、かたよっていないこと。また、そのさま。「―を期する」「―な判定」(Goo辞書より)

人々が、永年の時をかけ様々な理不尽を乗り越えて創り上げられた観念に思われます。これを論理的フレームで体系化するならば、何がしかの基準があって差の知覚に及び平等という観念が生まれ、標準の取り方が焦点におかれる。

標準とは、作るという行為に照らせば、作るまでの標準、出来上がった標準、標準の適用、の3区分が置かれ、実態に見る平等、形式的な平等、機会の平等、配分の平等、といった観点が付加される。これと同時に領域という概念が備わり、その限定化での標準という論理が添え置かれる。領域は空間と時間の概念と浮かび、領域概念:個別と共通と根本、時間概念:短中長期となり、前者の領域概念の導出には、人々は同じでなく差がある事を自然に認めるものでありその上で良好性を作る為の3区分として強調されます。

本書の文化論の根源のスタンスはありのままの感覚を正直に感じ取り、そこに正負の反応がおこりそして正を伸ばし負を減少する発想をもった前進性におかれます。実際の感覚に目をそらす事無く良好性への創造へエネルギーを回すものに成ります。過剰な美化は止め醜さに目をそらさず良好性は創り上げる意識に在って叶えられ、この程度の強弱差に一定の制約を設ける努力を成すのが人間と描かれ、外圧や強制、指示に寄らない自主内発性が含まれる事に意思の所在が確認され、犬猫とは異質の自律心が備わり主体的存在と規定され人格が現れる。

この3区分は知覚表現では単純に示せるものの、実際の生身の感覚では容易なことではなく、永遠に渡り人々の課題におかれ、そして意識に備わる事で人や物との良質性が形成される。不動的フレームとして備えられて持続的探求という真正な認識や活動に繋げるインフラと作用する。

これをより具体的に示すものが、有機性サイクルであり、謙虚さ→寛容→対立→自制→循環と描かれました。合わせて細かな観点を立てたのが健康像の構成となり人や物との関係から物理性と理性との適正な姿と動態循環にみる健康概念が生まれ標準像が形成されます。

一定の不変性や不動性を設ける事は、安定的な秩序の形成にとって望まれ、そこから時々の共通性や個別が生まれ、基盤の上の自由の構図を持つ事によって健康さが維持されると描かれるものです。こうした論理が標準と構成され、そこから見る誤差の感覚が現れて一定の制御ある運動が作られる。このような世界観の下の平等という構図が生まれ各種の創造や協働の中に反映される。以上のような大筋のストーリーとなり各所のキー概念について以下に取り上げております。

 

 

 

1-2主体的人格

 

普遍的尺度と自己生産規定との間に、いくつもの目標点と掲げられる各人の色合いが生まれる。大きな所での根源性には同一性が生まれそこを緩やかに備えての不満や満足の側面が現れる。個々的な現状と理想の構図がこの反応を生みだし維持的スタンスか挑戦的な活動かの異同と知覚される。

活動は、感覚的な接触が基礎に成り次第に観念的な考えと纏まりそれが感覚を選び、質と量の積み上げが成され大きな発見的出会いが質の変容を齎せその型式での量が生まれる。協働と自立の関係も点となる縁で接点が起こり関心の深まりや広がりを持つ過程が生まれ感覚面からの積み上がりで共通の観念が形成される。

感覚的接触を避けては観念は深まらず、真摯に直接対話を持とうとしない性格とは協働性も深まらない。間に何かを挟んで二次情報を過信する関係に発展はなく直の一次体験を避け距離を作りリスクを取ろうとしない性格とは協働性が生まれない。自身の価値と思考と行為の完結的な主体性の弱い体質は感覚的工程での軋轢に免疫が生まれず、受動的にリターンばかりを欲しがりリスクを避ける。真摯な対峙を感覚的に常態と重ねない物理依存症との強い協働関係は築かれず、一方向のフェアなスタンスを外す行為からは良質な共通感性が創り上げられる事はなく、平等観念の知肉化された体質が、感覚先行の行為と実質的な協働生産へのエネルギーを増強させる。

集団的自衛の観念は感覚的な協働性に本質があり、リスクを実態的に共有する行為の実感で確認され、二次情報や二次的意思とは異なる自己の感覚による一次判断と行為を持つ主体的関係で生まれる。いいとこどりや口先で留まる関係からはこのエネルギーは積み上がらず育たない。結果という概念の一つはこうした事象で表され、自身の判断を完結的に持っている部分の弱い人格や顔の見えない主体とは実感に及びづらく、盗み体質や感覚的行為を避ける性格や、間に入って自己の意思と行為を見せない主体的性格の弱いものは物理性の依存症と見做され、真摯な対峙とリスクを投じて協働を作るエネルギーが脆弱で一過的な利用関係という対人性を標準体質とされる人格の見えない主体性と映し出されます。感情と感覚を根にした観念の共有に人間像の標準となる姿が描かれ、堂々とした真摯な交わりと積み重ねと協働で自立と共生の良質性という結果に及ぶ。姑息性や過剰な利己性はこの阻害事象と特定され有機性が強まらず、頭脳よりの体質には、身を投じた意思のある主張や行為に届かずロック的感性が生身の人間を作りだすポイントに思われます。

二次情報は他者の感覚であり、一次情報に質実があり、無用な観念ばかりをため込んで創り上げる感性が弱まり、直の接触もなしに単純な判断を強められる傾向には物理依存の感性の現れと思われます。利己性の強い見栄や面子が真摯な対峙と感覚を避け実感性の弱いフレームで留まり利用の発想が増し、共に作るや育てる感性を深めない傾向には無機質性の力の暴走という危惧が現れ、心身の良質的な形成には一次体験をベースにした人格形成に健康な姿が映り、熱が先んじて論理が生まれる動態に健康な心身の所在が映ります。一部マスコミや知識人と呼ばれる病的性格は顕著な例でありそれを許すような諸条件は取り除くのが良質な文化の形成には必要に思います。

良き集団の協働関係を創り上げるのは感覚の真摯な対峙から上下左右の有機性が生まれる。不審な行為を取られる者が上に備わっては看板ばかりの組織体が作られエネルギーの分散を齎せそれが結果に反映される。

 

5.ロッケンロール・ジャパン

 

表現は論理性の事柄と情緒性の事柄に大別され、後者が上方に備わり前者を生む流れに標準性が映ります。

芸術の中でも音楽の存在は、極めて直接性の感性を表される。癒し系のウルウル感と爆発性のロッケンロールに大別され、後進的と前進的な感性にも見て取れ、この反応を内在するのが人々の基本的な動力源になり、維持型の方向と変革型のエネルギーとを循環される。割合感覚で同時進行と見るのが実際的になりそこに基準感性や感度の所在が形成される。

生滅感性も、二極的な区分による単純的知覚を論理的把握に於いては用いられるものの、実際的動態は一つの観念では表しきれずに、両要素を含んだ感覚を持ち、それを表すのに形容詞の存在が欠かせない。名詞という固定化や知覚の方式に対して原理の微妙な動きに副詞や形容詞で、対象の実際的な状態を映し上げられる。二項対立の単純模型化に、繋ぎの役割を果たすこの感性が、事実の把握や価値の構成に精緻な性質を与え、感覚や感性の整合を高められる。

音楽等の芸術は、まさしくこの形容詞や副詞が全面的に現れ、個と個を繋ぐ動的反応に集中した世界の表出となり、動力源の作用を持ち固定的な知覚から動きへの力を齎せる人間のアナログ面と思います。

これが生滅を所与と持つ有機体における本質的な部分を示し、この本能からエネルギーが込み上げ、対象の把握や利用への思索と回る。感受性の強弱や繊細性がパワーに転換し、各種の創造に反映される。感受性の根源は滅への反応であり、滅に対する感じ方からエネルギーの質量が生まれる。この部分の感性を適当に抱けることが、良好な人間形成の基盤となり、物や人との関係と積み上げの過程で感度が生み出される。

 

感度を実感する焦点が、色彩や寒暖、音感、構図形成の感覚で現れ、そこから演出の構想力や表現に及び感受性の豊かさと現れ、自己の満足と共に、楽しさを与える欲望の所在が見受けられる。このような創造の原理で映し出され、おもてなし等の観念が創り出される。

自己欲望と他者の望みとを程良く集約する仮説構成と実際への反応とで、感受性の異同が発見され学びの機会が現れる。この感覚体験から知覚的単純認識では吸収できない形容詞や副詞となる感覚を掴み、対象の実際性を高められ相応しい構想力や施策が生まれて、より良い生が創り上げられる。滅への配慮や感受性が良き生の動脈源に当たり、形容詞や副詞という感性の意義が確認される。

物理的形容とは異質の有機的形容というアナログ力を根にした創造に多くの光が感じ取られそれへのエネルギーが注がれる。滅を超える生を創出する可能性は有機性の感受性がカギを握りその魂はロッケンロールに見出される。ビートの感覚が音の波を表しその波長と、音質の相違との重なりに見る快適なハーモニーの究極的調和世界の実感性へと運ぶ音楽的構想のセンスに感受性の具体的な一つの場面を見るに及びます。

 

 

領域概念の形成と筋道

 

人々には快適と不快という感じ方が現れ、その個別性と共通の面が備わる事を多くの人は認められる。この中で不快の共通面に、一致した限定性が明瞭に現れ、そこの予防や対策に協働して集中的に資源を投じて、基盤の堅持に同質価値を認めて意識を注がれる。個別性の事には各人様々な志向が許され、共通価値の制約の下に個々の意思で創造や選択の自由が備えられる。この図式に概ね共通の理解や合意に取り付けられるものと思います。

共通面の不快性には、盗みや傷害、詐欺等の行為が取り上げられ、その対策や予防に、警察、司法が直接の任に当たり個々人の意思の集約から行政が委ねられ、適正な運用が期待される。この最も高い要望から、消防や都市施設、環境整備といった面や、マクロ経済、外交軍事等と広がり、直接間接の因果が構成され、これら領域を共通性の価値として公の機関を設け運用する方式が形成される。

領域の優先順位と求められる事と運用の直接主体が考える事柄との整合から、意思の一致を確認し選択の自由が設けられ職務の遂行と実際の状態とを実感されて、領域の実態が浮かび上がる。この集約の大枠と個別の中身を整列させて、評価の検証が適正に下される。

このような対象の観測を専門に従事される研究者の活動が備わり、現象を明瞭に浮かび上がらせ、問題点や良好な点を測定して、その結果を各人が容易に計る事が出来、期待と効果の反映を持続的に循環する仕組みから、より良い活動へと上昇する。対象の明瞭性と容易な知覚技術を開発する事が、適正な創造へのデータを与え、各種の施策開発へと正しいエネルギーが注がれる。

領域と測定と改善というどこの活動にあっても汎用的に実施されるポイントが表され、

この水準の標準値を形成の下にプラスとマイナスが計られて制御ある取り組みが実現する。領域自体の範囲や、中身の水準について、どのような認識に在るがの現況認識が活動の出発点に成り、理想となる図式の保有との兼ね合いで産出される。

この構図を明示して部分焦点を取り上げ、全体と個別の関係を示されて個々の活動の意味や重みが把握される。協働的連携を持つ生産に在っては、尚更、この全体と個別の共通理解が欠かせず、その枠組みを常態させながら、各所の取り組みが自他へと伝わり、有機的な活動性が上昇し、付加価値の向上へと資する。

観測者と実務家、主たる権限保有者と従事者、受益者との相互関係性の在り方が、こうした基軸動態の整理から把握され方角感が浮かび上がり、全体調和性の高まりへと発展する。

自己生産の創造における動脈源と基軸動態とアウトプットの流れを、どのように構成されるかで領域が浮かび上がり顔の見える主体と知覚される。基礎データの集計と測定の可視化から客観性の高まる認識に及ぶ。この透明性や全体把握の容易性に連なるフレームの形成を共通性の価値に対して表し、根本の普遍性との関係や個別との割合感を浮かび上がらせ、良質な価値の向上へと運ぶ事が多くの人の関心に思われます。