評価構造(なにをどのように)
前進的創造面からみると、「なにを、どのように」が行為の焦点であり、個別と共通の志向が生まれる。つまり、「何を」についての共通価値があってそれに有効などのようにという手法への価値と何を自体への賛否という価値が生まれる。この構造を尊重して各自の意思の自由を根に備えるのがフラットな平等感覚に思います。マイナス的削減面には、「なにを」についての限定性が高く、共通性が割と明確になりそれを予防する為の手法というアプローチが生まれる。これらプラスとマイナスの相互因果関係の取り方も、比較的共通的な論理という実感が生まれるかもしれません。
以上の事から誤解を恐れず言うならば、多様性とは前進性に見る「なにを」についての志向で在り、これの共通面と個別面という区分を強調して価値の尊重が高まり、その上で、○○という志向が確認されそれに資する手法に優秀という概念が生まれる。「なにを」の評価は一律になく共通と個別性の上に共通価値と個別領域とを区分する事で一極的な価値の押しつけが予防される。
このようなスタンスが経済性の強い立場と異なる生活者のスタンスから形成され、需給相互の観点を作りだす発想に立脚した人間像と描き出されます。供給ばかりになく、需要を作る発想、何を欲しいか、についての多様な観点を導出する視点を備えた生活スタイル全般を描き出す事に成り、ここから個別と共通の具体的な現れに連なる。その生活スタイルと、実現するに有効な手法に優秀という評価が加えられる。即ち、思いからビジョンが形成されて評価基準らしきものが浮かび社会ビジョン等の構想やイメージと手法という区分をある程度設けた思考に立つのが、理性的な構造と思われます。この想定に立つと、ビジョン形成力自体への評価が優秀性の根源となり、人々を魅了する真に有効の実感が生まれるビジョンを創出できるかが優秀性を計る上流に備わる。「なにを」を作り出せる発想という面を強調して、それへの手法という次元の多段的構成の観念を持ちどの面についての優秀かを特定する論理構造を備える事が合理的な認識に思います。
論理整理上は以上のような区分が生まれ、実際上の感覚からどういう構図が描かれるか、その検証の持続的循環で、次第になにをについての不動性を欲する部分が固まりそれを基盤とした二次三次の何をという連鎖が作られる。この固定概念に新たな発想や欲望、気づき等を発生させられる創造に付加価値が生まれ、創造的優秀性という観念が当てられる。
幸福感の発見や創造、不快感の減少への創造と、両面の関係性を見据えた真価の実感として評価を持つのが、本書の健康概念からの導出になります。単純な利己的発想からの行為を除けば、創造事物を長い目で見ると容易に評価できる事は比較的少ない場合が多く、時をかけた吟味で真価が浮かび上がるのが実態と思います。
表層上の趨勢や流行か、長期性の価値に思える事か、根源的な焦点からの原理を形成する所に納得性の高まる「なにをどのように」が生まれるように思われます。
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社会的信用形成の原理
対の取引と普遍尺度による取引の形成過程や独立性の概念の良質な形成への思索を深める事は持続的成長の実現に対して有用に思います。対象の範囲となる創造事物の生産と提供と需要の質量が増加するに従い、直接の取引以外に様々な変数の増加が生まれ、その影響が二次三次と広がりを見せる。(雇用者、顧客、株主、取引先、行政、地域住民、国家間、自然環境等々)
こうした背景から、対の場当たり的な取引基準による自由裁量性は狭まり、予め考えられた尺度を作りそれを公平公正に適用する姿勢や態度が関係者から求められ、影響に対しての責任と課せられる。個別基準性から普遍的基準への程度が上がる過程と現れる。
影響と責任の均衡原理が自然律のように作用して、直接の取引に多様な間接性や観点が加えられ、その影響に対する要望を取り込んだ外界との対話が求められ適正への作用と回り力の制御が生まれる。この適正管理を行える影響の範囲の自己把握と、外からの評価が著しく離れない事によって自他との良好な持続性を生みその客観評価の継続的な仕組みが不可欠とされる。
【主要キーワード】
欲望と力と責任の均衡という標準、個別尺度と普遍尺度、影響と責任、利害関係者、適正範囲、自己評価と他者評価
意図する欲望(空間の支配、自然の所有と利用、生産事物、)そこからの影響、影響に対する要望、適正尺度と適用。
自然感性から規制としての強化が生まれその遵守が基盤的フレームとなり万人的に求められる。この価値観を備える事が責任感覚の基礎に置かれ対話の出来る準備段階と位置づけられる。これらの意思を物理的力によって超える事は準備段階に至らない主体という認識が形成されいくら表層上の規定の合意に及んでも物理性で反故にする性格とは信用の深まりに及ばない。ここが、社会形成の基盤であってそれを作りだすのは自主内発的な尺度の形成と制約を課す事の出来る自律的な体質からに成り、この形成を持続的プログラムとして備えられ実質上の行為という結果に反映されている空間に優れた評価が与えられる。
文化水準の下落には深刻な反応を取り或いは文化水準と言える秩序の実態がなければ、責任力の劣りとして影響力の縮小や適正範囲への是正を要望するのが妥当な反応と思います。個人というレベルから、各種集団まで、範囲と影響と責任の均衡が作用して適正な社会関係が創り出される。独立の概念はこのような理論から形成されて良質な感覚を備えた行為が生まれる。独立した人間となる上での必然の感性は、自律のシステムが内在する事であり、他者や外圧による受動性の強い体質には自己の都合のよい解釈ばかりを用い犯罪までも肯定する。下限の制約でさえ守れない感覚からはプラスの影響は少ない事でしょう。欲望と責任の均衡観念が人や自然との適正な関係を作る根源の動力とされる。このような感性が実際上に働きその解釈に異同が生じる。
因果関係
因果関係
因果関係という言葉が対象の動きを表す端的な観念に成り、外界の状態や外界と主体の関わりを表す事に成る。生じた事象の把握や起こす事象を説明するにも、この観念が人々に最もなじみの深い対象の観念化作法に思われます。原因と結果の構造が備わり、原因には人の意思の有無で種類が分かれ、結果は人の実感された物事が把握され観測と未観測の事柄が存在する。原因は直接的に感じ取られる事と二次三次の連鎖関係で捉えられる間接性の事や感じ方の強弱、速さや遅さという感度の相違が生まれる。人間にとって最も意識が注がれる事柄に対して観測が進み実感に強まり因果関係の連鎖構造が現れる。
生存本能が必要な対象を映し上げ、因果関係として事象の連鎖性をキャッチされる。衣食住と安定需給の仕組みが把握され、そしてより良い需給を作りだし、不安要因の解消と快適性の向上への本能が生じる。この価値観が共有され、協働生産によって効率の良い過程と結果の仕組みが創り上げられる。物質的な欲望の一定的充足が生まれて、情緒性の欲望が高まり、人への喜びを提供したいというエネルギーが増し、その活動に対する感謝の感情が生まれると、物理性の欲望に対してより好環境が齎され、これが一次的な好循環の形成というプラス性の側面と捉えられる。しかし、プラス要素はマイナス要素を不可分的に齎せる因果が備わり、欲望充足の適正を探り制御する次元の欲望が生まれ、二次的情緒性という質の高まる感性が生じる。以上が人を中心にしてみる因果関係の概説と浮かび、この世界観から最良なものと人との関係を探るのが文化活動という領域の主要な関心と現れます。
しばしば生じるのが、観測しているにもかかわらず、観測をしていないという嘘を付かれる。或いは、生産事物について無断で活用しながら、観測していないという盗みが生まれる。これが古くからの人間の弱さから生まれる不快事象の典型であり、これを許す事のない空間秩序を高めるのが健康な人間像への道に成り、文化水準の上昇と及んで未観測事象への適正な感覚や道理を心得た人間が創り上げられる。主客重層の認識構造を持ち、普遍尺度からの客観判定を行える潔い紳士な態度が健康の根におかれ下限の躾が整う。
この感性から公平公正公明な秩序の実感が創り出され、エネルギーの適正な循環と上昇の軌道が強まりを見せエネルギーの最大化への可能性が広がり、その結果、経済の安定と繁栄という事象に到達する。筋違いの正当化は心身の歪みそのものであり、不健康な人間に力を持たせては歪な秩序が慢性化し、経済の健康な成長を阻害される。一切の誤魔化しは効かない自然律と回す事により真っ当で強靭な人間を創り上げる。腑抜けた体質からの脱却が一丁目一番地の改革に思われます。コソ泥の説教が最も不快な事象の一つと数えられ、どうしょうもない愚図という認識に及びます。
エネルギー質量の原理
2.光と影(エネルギー質量の異同と集約)
経験年数を条件と備えられる事へ対する要件規定者の質について問う観点が生まれます。規定者の直接生産目的が置かれ、それに資する要件定義といった自己尺度の形成状態が明瞭に認識されるほどに、他者での経験云々という基準よりも、自己尺度とその要件の構造を描き出し明瞭な基準が創出される。業界における経験年数といった過去の規則性を重んじるスタイルは、現状維持型の要件規定を示すものであり、未来創造型の発想やビジョンが描かれない経営姿勢と捉えられる。
原理創出型の気質を持つ、創業者に於いては、ビジョンを鮮明に打ち出し、絶対性の強い尺度から必要な資源を収集し目的への手法という構造を強く描き出される。他者での経験や過去の規則性と、ビジョンとの相関をどう結んでいるか、その論理が良く見えて主体的能動性が現れ、それへの共感から相互的に納得のゆく原理と行為の密接な協働活動が形成される。
二次情報や相対的評価基準を用いる発想には、ゼロベースからの感覚的経験と空想的未来性を備えたビジョンが生まれず、資源収集の要件も単純性の強い模倣型を引用される。こうした点から経営能力が明瞭に浮かび上がり資源の質と成果に反映される。トップの質が集団の感性を作り、欲望過多で外界への期待ばかりを寄せられるような体質の所には良質な活動は生まれず、この客観的感性の異同が共感や協働への力加減として現れる。盗みや詐欺という品性の程度や、ビジョン形成力と資源配置力、それらの明瞭な表現力、及び信頼性といった総合で力の構成が生まれる。
提案ばかりを欲しがり、自ら提案しない物理依存症のピンはね体質には、根源的感性の同一性に及ばず、良質な協働活動が予測されず、同質の感性を持つ創造活動が生み出される。肥満体質は人への過度な期待を寄せ、自らの創造を表現しない。このような傾向が強まる空間秩序には、良質な芽を増大させる気質が高まらず、利己的欲望の強い物理性による粗雑な反応が多発してパイの委縮と現れる。
肥満者から良質な提案は生まれづらく、搾取的発想の強い主張や行為を予防する健全な秩序の形成が、持続的成長を意図する上では重要な基準に思います。このアンバランスを公平公正に是正するのが創造の基盤策になり、哲学という根っこの在り方が因果の根源に備わりそこの良質性が下流の創造に連鎖して表層事物や発想の質を規定する。
相対性の比較と絶対原理の創造という性格の相違は、エネルギー発生の質量の反映に成りこの差が余りにも大きい事では円滑な協働の持続は比較的短いものと予想されます。感度の近い人々が自然に集まり創造の熱の同質性に快適感が生み出されるのが人と人の関係形成における自然律に思われます。
こうした文脈の絞り込みから問題認識と共に理想像が示され健康な人間像が浮かび上がり、光と影の同時発生という抽象原理で説明されます。『日本文化原論真なる調和への道神からのブラボォー』(p171)にて解説します。
そして認識と行為の妥当な感度の具体性が示され、自他との異同が現れる。動態快適性を志向する感性に比重を取った人間像を備えるのが本書の基本的なスタンスに成ります。
2.性善の人間像
知る事に欲望が満たされ、作る事に欲望が生まれないのは、人へのプラス性の感情が少なく、人をマイナス的な対象と捉えられ、喜びを提供したいというエネルギーに及ばず、既成の物事の原理の中で自己に有利な立ち振る舞いへのエネルギーと注がれる。
感情から感覚を働かせ物事を知り、それについての感情が湧き、物事を作るという過程と循環を生むのが、人へのプラス感情を多く持ち生まれる姿であり、この流れを強める創造を高めるのが健康な人々の志向に思います。
外界における生の躍動や喜びの姿に快適感が生まれ、それを作りだしたいという発想がエネルギーの下であり、この強弱の程度が創造事物の性格や大小に反映される。真に有用な様々な観点が探求されて、外界の活き活きした表情を生みだしたいという欲望が対象への観察力を高め、研究心と行動力へと回り作る姿と現れる。
生の躍動に喜びを抱き、滅の増加へ不快を感じられる自然な感性を育てる事が、先に生を授かったものの主要な役割に成り、上述の姿を見せられてその感性が伝播し良好性の拡大へと繋がる。このような原理が持続的成長概念の根源に当たり、感受性の豊かな発生と現れ幸福感が増進する。感覚的欲望は一定程度で逓増化し、感情的な欲望には限りはなく、多くの活き活きした生の姿を生みだせる喜びの充足を生き甲斐とする秩序へ強まる事が文化活動の目的と浮かび上がります。良質な理想画を生み、それへの信用や快適、プラス感情が違和感なく生まれるような活動に標準図が備わり、伸長要因と阻害要因の因果の実感が生まれて、プラスを増進させる終わらない不動的な基幹道が文化の動態と浮かびます。この論理が文化観念の内包と外側の一致に及び方法論を超えた基盤則と備えられ一方向的絶対性の位置に固められる。理由が浮かばない快適性という本能と言い換えられ、変えられない自然エネルギーのように思われます。生まれながらにドロボーの人はいない事でしょう。文化道徳の観点としては、現代のモラルの低下に対して、馬鹿の頭をひっぱたくような役割が社会的ニーズに思われます。
文化と特定生産の関係(文化と外側の関係性)
集団での協働行為は、理念とビジョンの下に各種の機能が備えられ、実感を掴む活動と規定される。観念と感覚とを結ぶ実感点との関係で協働活動の実態が計られる。
生産主体は、内部構成と外部変数、根源基盤との相関関係が生まれ、本書で示しました文化という根源基盤からのビジョンに対する賛否が生まれ、各種立場の内外変数に影響が生まれ、文化と外側との想定として描き出されます。
内部構成
1.理念とビジョン
理念:生産者の思い、ビジョン:市場と技術
2.利用者と技術と実感、
効用の種類(プラス性の効果とマイナス面、顕在的と潜在的、短期と長期)負担額
3.製品・サービス構成
定番、季節品、新製品、
4.経営上の各種指標
売上高、経費、利益、市場シェア、利益率、
販売計画、生産計画、管理計画
外部変数
1.顧客の内容(年齢性別地域、単価、頻度、趨勢)
2.競合(同質製品サービス、代替的製品サービス)
3.産業構造の特性
4.マクロ経済指標 幸福感、実体経済、失業率、
GDP 生産、消費、所得の3面等価、内政、外交、輸出入
危機感、治安、テロ、戦争への脅威、自然災害、
5.共通負担とサービス 税の収支構造
根源基盤
文化理念とビジョン、工程化の実践形式、
文化サービス(教育、倫理道徳)、文化基盤と各種因果関係
生産者と需要者の統合的立場からの生活ビジョンの創造、中長期的な人間像の形成、
内外観念の統合、主客の評価を導出する普遍的尺度の創造、
以上のような想定に立ち、文化ビジョンの中身やその賛否が生まれるものと思われます。
本書の対象者は万人で在り、普遍的な価値という定番品の創出と需要の持続的循環運動となります。『日本文化原論 真なる調和への道 世界秩序偏』活動の性格(P264)にて、詳述いたします。
文化論の背景(単式感覚の適正化)
物理性と理性の関係式の適正化という焦点が文化政策からの中心課題と浮かびます。学問偏重や坊ちゃん体質、科学技術過剰依存の体質は綺麗な論理を好まれる。その体質で大きな力を与えると単純な論理を尺度にして自己の願望を正当化して適用される。主客を含んで根底からの事象を捉えずに見る側ばかりに表面的な過剰要望や期待を表される。物理性に依存して自己の客観評価を捉えずに対象を力技で支配する願望が強く、これを持って我儘や暴走と映し出され、感覚工程を省略した事実が明瞭に知覚される。
実際の感覚工程に於いての論理は複雑多様であり、そこでの信用形成には主客一体の相互性の中から多数の変数を勘案した論理が形成される。絵に書いたような単純図式や一方向の願望を過度に押し付けては信頼に到達せず、これが物理性を過剰に用いない原理の形成と適用の姿に思われます。単純性の欲望を物理性で早急に獲得するスタイルが定常化し、それを加速させる現代の経済産業モデルにおける単式化のマイナス性の側面と浮かび上がります。この型式に、正負の感覚を少なからず併せ持つ感性に健康な心身を含んだ性格が映し出され、多くの人々に現れる快不快の感じ方に思います。
根源や長期性の人間像からは、単式的物理の作用をそのまま人に当て嵌める因果には及ばず、複雑な変数を身をもって感じ取り創造の図式に反映される。この焦点を動力に創造のエンジンを回して、動の快適とアウトプットを得る過程を生む事に良質の連鎖が拡大する。この基盤的方式を創り上げる発想を力の大きさに内在させ真に良好な人間像へと到達する。現代的な物理性モデルからの脱却を図る上で、こうした図式を強調して欲望と力と責任の均衡を尺度に過不足に対するマクロミクロの観点からの是正処置を実施する力が欠かせない。
実感の多様性と限定の適正化
人権を規定する上で、人間観念の具体性を揃えた権利の抽出という論理構成が相応しい。人権は一人の人間という解釈は実際的でなく複数人での間柄を想定して生まれる関係の適正化を図る観念と捉えるのが適当に思います。間柄を分ける境目が思想と行為になり、思想という内面性の所に在っては関係性の実感は未だ取られず、行為という性格を含んで関係における適正への焦点が生まれる。つまり、何がしかの要望と受容の関係が見られる所での、健康な立ち居振る舞いを求める内容と限定される。思想信条の自由等という事は、あえて謳われる必要も本来的にはなく、人との関わりに於いての適正を明文化して意識を揃える事で良質な共通的公平性を意図するものと考えられます。文字にあらわし意識に強めたいという効果を意図して、あえて文章に起こして共通意識の強化を望む行為と位置づけられる。その初期におかれる事が自衛権となり生命の危機に対する防御という当たり前の自然権であり、これも敢えて謳われるまでもなく万人に備えられる事となる。
問題は生命への危機に対する感じ方という実感の程度で在りこの解釈や感覚に個別性が生まれる。5w1hで各種の直接事象が特定されこの内容で生命への危機を与えると感じるか、或いは間接的に事象を拡大してそれらも含んで危機を感じて防衛の措置を認めるか、こうした因果の取り方の多様性が生じる。思想と行為を分ける基軸にもこのような同質的な論理が適用され、実感をどうとるかの個別性に対して概ねの共通性を設けた標準を限定化させる試みが図られる。完全な事象の特定という事はまずあり得ない事を前提にして出来うる限りの一致を想定して不快性の予防に繋げる人々の営みと置かれる事が必然に思われます。集団的と個別的の区分も、危機に対する実感の取り方の相違から生まれ、間接性の因果をどこまで想定するかの問題になり、その想定を限定するのに重要判断のポイントがいくつか示される。
「~~の場合」といった限定で、自衛を取るべきと判断する実感点の規定をあらかじめ定めておく事は、その時の判断の容易性を齎せる事や、主体的人格を明瞭に示す行為として他者との関わりに際して予めの約束を積極的に申し出て自己の性格を表す作用を持ち、関係の維持や開発、良好性への作用となる。或いは主体性を明らかにする義務感という捉え方も生まれる。
しかしながら、限りのない議論に偏り実際の事象が留まる等の側面に意識が欠けると議論ばかりの行為に陥り、力の投入の適正感を持った議論と行為に在って実際の生活感の適正が生まれる。枝葉の議論で停滞するようなものでは不毛性が高まり、壺に成る所を程々に抑えて行為を重ねるのが健康な感覚に思われます。このような頭脳と感覚と感情の良好な循環に健康な人間像が現れ、文化の焦点はこの適正を探求し実践する活動と規定されます。
概念の細分化への意識が働き新設概念を多産する事について、その目的と効果の感覚が弱く供給論理に偏して、基礎的基軸の重要な概念の感覚化が疎かになり、頭でっかちの歪な体質による精神的歪みに見受けられるような事象も散見されます。法律概念の創造は供給論理の強まりのようにも感じられます。一定の需給構造と検証の仕組みが適正に回らず細分化した概念の専門性ばかりを強める向きには疑問符がつき、根元や基軸が細まり枝葉が増加して妙な虫が住み着く傾向に問題が浮かびます。覚え込みを無批判的に受け入れる事無く、理念とビジョンや方法との構造を持ち不用なものまで詰め込む必要はない事を考えながら感覚からの創造とのバランスをもち健康な有機体を築く事に意識を注ぐのが良好な心身の現れに思われます。
マクロ改革の視点
マクロシステム改革の視点
マクロの社会システムについて良質性への踏み込んだ言及として、以下のような着目点や改善点が導出されます。
学問と実務
学問的な系譜を辿る思想史研究というような学者的な活動とは異なり、私的活動と思索を軸に体系を纏めるのが多くの人々の立場に成り、実社会における大小の経験から抽象理論化され価値の総体が生まれる。
知の性格
芸術・文学、自然科学、社会科学といった知の性格区分が生まれ、各種更新速度の適正な進み方が生まれる。知の種類として、文化芸術の性格は情緒寄りの知の創出。自然科学も更新速度は緩めに成る。
社会科学で機動的な知の提供が遅れると社会制度の改善度が留まり、供給論理に偏した体系のまま需給の質的上昇への施策が遅れる。政治行政や経済産業の活動と知の更新の適正スピードが健全性の観点から抽出されます。
問題の限定
経済と政治と文化における文化で、観念の適正な更新作業が留まる事からの弊害という
焦点が現れ、政治や行政や社会科学系の固定性からのマイナス面を多々感じ取られます。
経済や政治等の領域間における活発な交流をとり創造的前進性の知の更新作業が生まれる。
共通面の固定化や重たい質実性の弱い感性で停滞感が作られ既得権型の側面に視線が集められる。政治行政という性格に創造性を持たせた移動の仕組みが個別と共通面の相乗性に連なるかの想像が浮かびます。準公共的マスコミと呼ばれる人々へも、同質的な流動性にあって異質的利己型の感性が減じられ風通しの良い知の更新や多様性が現れる。
社会科学
社会科学に在っては、日々改善のエネルギーが投じられる領域であり、向上心から鍛錬を重ね最新型を知覚として明瞭化する更新されアップツーディトな知が生まれる。観念フレームも比較的短めの周期で、改良成果を反映させた事業の中身や収支の枠組みに、質実を合わせ共通認識化からエネルギーの集約性が生まれる。人材の流動化で活性化を促す事が不健全な感性の予防に連なり健康な機動性に及ぶ。
情報や規定手順を人的依存に寄らず共通データ化し、流動性を高め多様な知の発見と向上策への流れが加速する。人的依存性よりもノウハウの明瞭化と共通化や入手容易性で、実態の向上が生まれ軽い動きと効果の向上を生む情報処理システムの構築が前進性の施策と浮かびます。情報の隠ぺい等による求心力や管理支配型のスタンスからの脱皮がなされる。
芸術・文化・道徳
生滅概念をベースに、生の快適と持続性に多様な感度が生まれる。個別的特定領域での蓄積から抽象原理化された根元の感性が生み出される。
多彩性の開花には倫理道徳面の強化という根元の良質性が欠かせない。自主内発的な根源基盤の厚みは増加の向きに在って、共通領域と個別性に芯を備えた流動性が生まれ、効率化に対する矛盾について適正な調和を図る視点が含まれ、混乱を抑えた成長速度や施策が勘案される。この面が弱いと物理競争の構図が高まり身体的未利用からの弊害も合わさり、どこかで大きな破裂が生じる。こうした動態体系から文化論の配置や性格がつけられ、現代における有用性と浮かびます。
文化政策の中心焦点
腑抜けたリーダーがお飾りである空間秩序は直した方がいい。腑抜けを生む原因は、人的要素か構造上の問題に大別される。教育や家庭での躾、企業でのモラル、地域の負の伝統、業界の慣習、国家行政の体質、国家間の秩序といった焦点が現れます。端的に言うと腑抜けとは欲望と力と責任感覚が偏り各立場で求められる責任感覚と欲望の不均衡を指す。
この以前に、どの立場であっても所与として求められる事が、盗み、傷害、詐欺といった行為の類型と取り上げられ、ここが狂った感覚では各種立場での行為も連鎖的に可笑しな感覚が生まれる。この後者の感性に一定の常識のない人を作らない為の規制が明瞭化され当たり前に備わるものの一線を越える異常者が散見される。規制に関わらず自主内発的に備わるべきはずの感覚が身に付かない人格形成過程に瑕疵があり、ここが健康な社会の下限的急所と置かれ、水準の下落を予防するのが共通的欲望領域を担う政治行政の第一の役割に思われます。この観点に重心を取りその原因を二次三次と特定し、有効な施策を複合的に執行する事を、多くのまともな人々は望まれる事に思います。
権力の直接的担い手や財力を持つ人々にこうした感性が弱ければ、それらの力は暴走と現れ欲望と力と責任の崩れた状態が強まり、倫理道徳の備わらない経済性の秩序が蔓延する。権力はこれを予防するのが一義的役目という認識が当たり前に思われます。粛々とその問題の根源に着手して、且つ二次三次の施策を取り入れるのが適当なのでしょう。これを出来ない事について腑抜けという声を上げ、多くの力を集める試みが欠かせない。
力に縋る体質はこの状態を正当化され利己的性格を露わにし、社会の良質性を妨げられる。この二次的悪性の姿も明瞭に映し出し、性質の真相を広く周知させる役割が報道機関やジャーナリスト、学者等という人々の責務となり、その任務の執行に尊敬や権威が生まれる。
このような基盤的感性の健全性を落とさない意識が良質性の根に成り、その上で各種の創造が適当に開花し良質の連鎖が生み出される。生滅における生の最大化は、基盤の根っこが強くしっかりと地面を掴み、エネルギーの吸収と発散の良質化を生み、思考や行為の健全な軌道を常態させ、枝葉や実に成り表に明瞭化される。この循環系となるインフラが、長期の文化という規則性を表し総体的な良質性を計る尺度とされる。
それを牽引するという感覚が社会システム上の要路に備わり、共通の問題認識が生まれて、エネルギーの投じ方に適正が生み出される。しばしば見受けられるのが、こうした図式と間逆の姿に在る性格が要路に居座り、利己的な欲望へ偏したエネルギーを投じる姿であり、これら力の暴走に対して同質化する事無く、人格の崩れにタガをはめ自主内発的力の弱い連鎖性を留める個々人の意識と行為の維持と上昇が欠かせない。
過剰な短期性の欲望がこの基盤的崩れに乗っかり、中長期の欲望を壊す姿が強まる事には警鐘が鳴らされ、適当な欲望と責任感覚へと戻す作用が重要になり、文化観念の創造や普及、浸透がこれへの一つの対応策と描き出されます。各種業界の特質が現れ、この面の異同や強弱が見受けられます。社会システム上の中枢には、こうした問題の根を捉えた施策の投じ方が望まれる。文化の根底となる事実や価値という観念に対する確かな認識が出発点に成り、この面も含んだ文化政策として本書は構成されます。