創造の全体図

長期的に見る在るべき論と、中期や短期の課題という区分けに在って、精度の高い全体観を備えたエネルギーの投入割合が生まれ理性的な感性を反映する活動に及ぶ。是々非々といった個別的判断と協力の取り方がしばしば述べられる。どんな長期ビジョンを持つかの同一性が高まる程に個別政策や課題について全体工程からの配置も揃う。

是々非々といった関係は、この長期ビジョンを示しきれず、確信的な方向感が未だ見えない立場による無責任且つ無能力な態度とも取られかねず、大きな影響力の在る立場においては、根本的価値や長期性のビジョンの形成と提示が欠かせない条件に及び、ここが曖昧なまま中期や短期の施策を取り上げる事には成熟した創造性には至らず確たる芯の弱い反応と現れる。

私的な権益へ寄った態度に陥り施策が持つ効用への確かな自信がないままに、時々の批評に振り回され小手先の対処でかわす場当たり性が生まれる。この事象に見受けられる事が少なくなく些細な違いへの過敏反応や重箱つつきの攻撃的な反応に及ぶ事には建設的な前進性を停滞させ、付加価値の弱い生産者という烙印が押される。

根源性と全体観への問いと産出が欠かせない理由と取り上げられ体を用いて定期的に集約を持つ持続的な規則性に於いて、個別事象の積み重ねと抽象集約の機会を重ねて、強い納得感を表す概念が発信される。感受性を根にして体と頭を用いる事から生まれる最良化への方法と描き出され、長期を見据えた根源の概念を掴み中期の構造や短期の利害への健全な判定や変更への仕方を生みだし、場当たりの人気取りという自己慰めの逃げに寄らない真理を追求する創造が表される。

物的力を節操の弱い安易な方法を用いる感性は、確信性の価値を未だ作れず、場違いな配置に就いて利己性の利益を求める態度を表し、権利と義務のアンバランスな状態が鮮明化される。このギャップを適正に計り相応しい配置を進めて過不足の少ない構図が作られてエネルギーのよく絡み合う上昇への工程が進行する。

根源図と全体図が弱いほどに、枝葉への批評やピンとのズレた基準を殊更に取り上げ、他者への利益を創り上げる感度の弱い利己的優位性への執着を見せ、全体を停滞させる不幸な事態を招かれる。配置に相応しい体系を明瞭に表しそれへの不純な感性を及ばせない適正な適用が取れて、最低下限の作法が生まれ、これを外して居座る事による客観性を欠いた強欲さがシステムの稼働を弱め局所の利益へ偏した歪な体質を作られる。

このような点が長期的な感度で浮かぶ哲学的に映し出される根本のマイナス原因であり、根っこの問題を掴んだ改善策に於いて本流のエネルギーが回り些細な問題と大きな問題との捉え方の適正が現れ相応しい反応が作られる。長期性ばかりに偏する事にも、良好な運用の感度を失うものの根を見据えた中期や短期の取り扱いに於いて健全性への軌道を前進させる判断が現れる。

健全像への思索

1)健全像への思索

「対象も主体も動の中に在る」という事が根本的な概念と備わり過度な言葉遊びに陥らない為の共通認識に適当であり、感覚や心理の体験から欲望と充足の生きた学びが生まれる。

欲望へ資する方法を基準と定め、それに合った手順等を用いて、意図する結果を得たいと施策が講じられる。しかし、人間側の欲望も一定ではなく身体の衰えを持つ有限的な性格を持ち、変化の真っただ中にある。過去の欲望と充足方法にこの点の想定が入り一度立てた静的基準にも微妙な変化の調整を取りながら、最良な作為を生む姿に在るのが実際の活動に近く、頭型の感性によって感覚面の真理とかけ離れた発想や振る舞いに在っては、健全な精神と肉体の規則性と異なる姿へと陥る。「不完全性や無限性という観念、万物流転や物自体は知り得ない」といった言葉が示す真理を念頭に置く感性を根本の所にいくらか入っていて動態の中にある止まらない感覚面の認識を持ち、頭脳へ寄った言葉の過信を予防する事が必須と描かれる。

例えば、購買管理規定といった外界への基準尺度の形成と適用に於いても、こうした点を含んで常に更新の作業と伝達を怠らない小まめな対応の持続性によって、外界との適正な対話が進行する。或いは、基準自体の中に不確定要素を前提にした明示の仕方を持つのが、更に正確性をもった示し方に成り、「全体の購買に対して社長の直感で選択する割合を1割程度設ける」といった文言を入れても不思議はなく、永年の感といった所に重みを備えた基準の在り方に実際的な動の中での適正な動を作る方法に及ぶ。こうした事も堂々と明示するか、その必要性や意図する事との兼ね合い等が計られて最良の方法を創り上げる事になる。事柄の性質に対して厳密性を望むか、曖昧でよい事か、各種の欲望と充足の図式から適当な作法を考案し外界との真摯な対話を持って自他の同一的欲望と充足の協働に及ばせる事になる。なるべく予めの想定内に事象が発生する事が、事前対応型の活動に及び、対処のスムーズな運びが作られる。予測と外れた事への不快感や対応しきれず大きな損失の回避を意図されるのが本能的な反応であり、懸命に過去の規則性への学びを持って事前的な知恵を備える力が投じられるものの、「対象は動である」認識が弱まって感覚体験に基礎を置かないと空論や妄想に行きかねず不健全な感性や振る舞いに連なり規則性の正常さを見失い歪んだ精神と肉体の関係が不安定な心持を宿し外界への不快を与え負の影響が連鎖してマイナス性の感覚が増進し前進的・建設性の関係形成を弱め物性への依存が進んで心理面の痩せ細った過度な対立的な構図を深められる。混迷した精神状態による基礎的な対人関係の作法を欠いて人間の基礎的な性質を崩す事からの負の影響には深刻な反応を持って改善する事が適正であり、根本的な観念へ立ち返り歪な感性への乖離を確認し健全性への修復を果たす回路が常態している事が必須の仕組みと描き出される。こうした趣旨による創造性が長期性の価値に重心を持つ文化という知恵や改善の規則性であり科学技術の発展や力の増大と共に人間側の生身の知恵や体力の衰退には、一部の生産者による過度な操作性が進む歪みと映し両面の程良い成長軌道が意識されて効果と影響の勘案された前進になり健全という概念が当てられる。欲望と力と責任の均衡に基準の目安を持ち負の過不足への改善や正の増進軌道を基調にする発想に於いて健康な精神による外界との交わりが生まれる。大きな力には精神面の強固さが求められ力の利用や制御の在り方に健全性が備わって適正調和が作られる。精神面は感覚的、心理的な工程を経ながら育ち、頭ばかりの知の入力では精神が作られずそこに過大な評価を与えると稚拙な事態を発生させる。ベースは感覚と感受性である事が強調されて頭脳と感覚の検証で質感を取り、そして一度作った基準も随時見直しの機会を備えて動の中での適正な動を作りだす可能性が高まり良好な調和が作られる。行為の弱い議論は正常な精神性を崩し対立的な感性が増進し歪な人間性と現れる。健全像への思索を深めて健康な個々人や社会の在り方へ反映させる基盤的な感覚の形成が強調されます。

プラットフォームの健全化

抽象原理を描き出す事が文化論の主な性格であり、以下に「インフラの良質化」という点を取り上げます。在る程度の規模や影響を与える組織においては、外部との購買管理規定の整備が公平公正な市場を形成し、健全な競争環境を創り上げる。今更ながらに謳われる事ではありませんが、この点が常時作用していて健全な仕組みを崩さない血液の通り道が生まれ、歪な事象を歪と捉え、関連の弱い所への連鎖を区切り、正と負のメリハリを持つ対応が作られる。どこかで発生させた悪性の事態には、そこのみをもって区切り対処する事が適正であり何かの相殺を出来る事柄と悪性の強い事柄とを切り分けて、後者の慢性化を防ぐ事が全体的な波及を及ばせない勘所に上げられ、購買管理規定等の外部への明確な尺度と適用という焦点が取り上げられる。

直接的な関係の接点を間接的な事柄と相関させずに分離させる事が悪性の相互補完という事態を予防し、影響力の備える主体への責務と制限して力の波及的な乱用に及ばせない箍を嵌める事が必要に思われます。直接的な技術の確立や純粋評価といった対話の在り方を設けて関係の弱い事柄を含める事無く公平中立な態度が生まれて悪意の乱用を防ぐ事に及ぶ。力を備える過程に適正が備わる程に自主内発の自律が作られる事に思われますが、過程の不適正や近親者との関係性に甘えた力の乱用が生じる事に対して、フォーマルな規制が設けられ歪な感性による負の事態を予防する焦点と描かれる。

公共の購買管理規定に限定されず、民間取引に於いても影響力が大きくなるほどに技術の健全な成長や公平公正な取引の促進という点から自主基準を作り運用されている事に思われます。ここに上述のような歪んだ性質が入り込み悪性の乱用が生まれ事実上の力の原理が進行し正負のメリハリのない態度が作られる。この性質を生まない事が上流の予防策に上がり更に予防の制限を設け適正な監視の持続的な運用に於いて悪性の広がりを阻止する二段構えの確かな仕組みが望まれる。明確な尺度と適用の因果を明らかに伝達する義務を課す所まで、場合によっては強化して恣意的な運用や関係の弱い要素を判定の材料に含ませない為の厳正さが求められて、公平公正な購買や採用の仕組みが作られる。

基準尺度の未成熟な体系による場当たり的な力の乱用の事態を予防する事が健全な技術の向上軌道になり、声をかける側の当たり前の態度に備わって、採用プロセスの透明性が図られる。これが曖昧で力に依存した物的原理の適用には原理を向上させる軌道に無く、短期的な経済形成が進み理性を欠いた真価の下落を齎せる。こうした点が一定のインフラや人々の意識に常態して歪な精神性に及ばせない為の規律になり、ここが弱いと程度の低い文化のまま一向に質の改善が進まない。

自律の弱い受動的な物性に過度な反応を見せる性質の改善が果たされず管理発想や支配への欲望過多といった判断や振る舞いを多用する程度の劣悪さと現れる。こうした点に意識の高い人々が集まり実際上の理性が創り上げられ、一部の下品な性質に歯止めと現れる。坊ちゃん体質に過剰な力を持たせる事無く健全な理性を向上させ、構造やシステムに及ばせる力の増進が欠かせない文化の向上策と描かれます。

現在の一部マスコミや政治家に濃厚な性質とも推察され、ここの感度を引き上げて基盤の強固なプラットフォームの形成に及び、安定と成長の好循環へと押し上げる事が二次三次の政策の良質化に連なり、基盤面の腐りを除去して良質な主体性を表に出現させる事が具体的な施策と現れる。何でも繋げるばかりが能ではなく切り分ける所の適正感覚を取り負の連鎖性を断ち切る施策が欠かせない。

美の創造

精神的な健康さに人々は快適を抱かれる。そこから生まれる表現に健康の連鎖が生じ良い気流の好循環へと及び身体的な健康を齎せる。プラス型の楽観基調を持ちつつ重心を抑えた創造性が映って根本を携える動態となり、楽しい中にも安定を備えた表現力に落ち着きある前進型のパワ-を抱く。根本の質感の同質性が良質を作る源泉に作用する。

一過的でない反復のエネルギー循環に及んで心と体の正の波長を作られる。このような快適原理を抑えた創造を持つ事が畏敬の念を根にして平等な心持と適正な構造を描き出す健全な性質からの表現となり、一方向の要望の強い強要的な違和感を起こさずに、外界とのスムーズな交わりを齎す基本的な仕組みと現れる。これが美感を指し皮膚感の快適と心理的な良好さを包含する美の創造原理と表され、根源的な普遍性を備えた人間一般の変わりづらい価値や志向と備わる。

ここから各種の変数が加減され基本公式と応用の関係に及び諸条件が設定されて算出の相違を生む。自己と他者のフラットな認識に対して、所得や資産、職業等の経済面が純粋原理につけ加えられ、外界との対比をとり優位や不利という値付けをして、更に相手方の要望の向きについてお願いする立場とお願いされる立場といった面が加えられ、これらに応じて下座と上座という構造が出来、言葉や態度に反映される。備える価値の自己と他者の認識の一致が根に成り、それを巡って規律が生まれ優位や不利、お願いと応じる関係性が現れ、効用の測定と対価の算定へと進んで一致を見出す過程が生まれる。

根源的な美感の同質性から各種諸条件の認識と欲望と充足の関係と表される。効用を作る価値が先んじ資源の有無が次いで資源配分の合意と至って関係の深化となり「原理>資源>配分」という序列による富の産出と示される。このような一定の調和形成の原型が明示されて可笑しな力んだ姿が明瞭になり、強欲性や適度な欲望等の状態が鮮明化される。物性へ過度に依存して強圧的な態度を取る歪な感性は根源的な美感の崩れを示しフェアな平等感覚に基づいて各種条件等の整理によって適正な在り方が算出される。

この一連の進行を含んで美性が表され過度な欲望を望む姿に美を欠いた性質が浮かび美の相乗性を損ね停滞した状態を招かれる。一部の相手に固執する事無く広く美感の合う対象を探し最も快適な美の創造に及ばせる環境の促進が二次的な施策と配される。こうして市場の意義や効用が謳われ誰もが自由に自身の意思で選択出来る所に健全性が高まる。過度な支配願望から妙な作為を設ける歪な精神を特定し削除する働きも生まれる。

美を損ねる悪性は万人的なお荷物であり人々が出会うプラットフォームへの信用は基盤的な価値を生みこの正常さへ関心が強まりプラットフォーム自体の作り替えや健全性の維持促進の観点が中長期の適正のカギを握る。今日取り上げられる各種ニュースはこうした美感への志向性から事象が特定され局所の事実と一次的な構造や間接的因果への分析が進み、根源原因となる人々の性質面へ思索を進め適正を問う文化の視点が欠かせない。

根源観念の体系を提起して良質化への試みが本書の趣旨と成り盤石な原理の共通性が高まるほどに良質な美が生まれる。現実的な生活の重心を取った美の創造となり、ここに於いて一過的でない長期の価値が生まれ人間性を創り上げる。「その醜さは、どこからやってくるの?」この問いへ真摯に向き合う事から自ずと改善の道が生まれ健康な精神と肉体へと改良される。なぜを繰り返し行き着く先は、ここにぶつかる。醜さの起源を掴みそこを変える事が負への根源的な変化を生む。

本流軌道

本流軌道

裏に籠って逃げ隠れする発想は軌道のズレを表し、各種の矛盾を堂々と表に上げ、改善の作法を投じる事が健全な歩みであり、グレーな事態を良心から補完する場当たり的な施策にも即効性は生まれるものの本質的な改善には届かず、却って停滞を生み出す悪性の事態を作られる。局所と構造とシステムという観点を設けて、局所で解消できない事を構造の変化やシステムの刷新へと発想を回す事が表の歩みを指し、これによる軋轢を避け安易な手法に向かう事は誤魔化しの正当性が濃厚であり、投じるエネルギーや湧き出す力の脆弱さが本来の取るべき衝突から逃げ慢性的悪性の性質を深める。抑制的な制御にも各種の想定が現れ粘り強く我慢すべき事と果敢に改善への作為を取るべき所との適正な峻別が劣ると健全な軌道を外した歩みが生まれる。保身への執着と公の利益との相関の善し悪しへ視線を及ばせ、同一路線の流れを作る構造やシステムへの更新が管理責任者の任務と成り、局所事象を適正な感度を持って多角的な分析を加え修正点の序列を組み、大きな利益に回る手法を投じて責任ある態度が現れる。利己的な場当たり策でお茶を濁す作法は責任放棄を示し役立たずの過剰な力の保有に適正均衡へと是正させ、適材適所に回す事が必須とされる。配置に課せられる役割があり大きくなるほど保身は許されず適正な基準や体系を保有され実践する作法に在って社会の期待と効用の適正が生まれる。責任不足への対処や責任を果たす気概がなければ、大きな欲望を適正なサイズに戻して性格に適する場所へと移動し健康な精神と肉体の実感が生まれる。お仲間意識で公の感性を欠いた判断は過不足を鮮明に表し自己を傷つけたくないといった精神状態と過度な自己愛とも取られかねず客観的な認識を欠いた外界との不調和を齎せる。欲望過多の責任不足が健全な主体性を外した姿であり、求められる責任が大きくなるほどに私情は挟めず、原理追求型の判断と振る舞いが望まれる。場当たりの自己を慰めるような感性では責任放棄であり、向かうべき焦点から離れた逃げの行為と映し出される。根源的な力の弱まりに及ぶ生活習慣や肥満な規則性による感度の下落した状態からは適正な観測や客観評価に陰りを見せ自己へ優位な正当性を作られる。

サイズの修正への契機に成り欲望と力と責任を客観的に測定する定期的な周期を内蔵して良質な気流を停滞させない意識に在って健全な精神が浮かび上がる。こうした制御の基本原則が個々人や社会の背骨に入って良好な秩序の維持と上昇が果たされる。現代のみならず歴史的な大局から求められる役割が起こりこの認識に照らした立ち振る舞いから部分へ偏した執着や過度な保身に及ばない外界との調和が生まれる。分を弁える等と偉そうな事は誰一人述べられる立場に無く、思った感性に従い強い芯からの必然性を掴み、自己客観化を継続できる皮膚感を備えた体質に良好な精神と肉体の絡みが生まれる。自身の体系を堂々と示し外界との真摯な対峙を持って公平公正な納得感に及ぶ優劣を測定し誤魔化しの無い心持に在って正しい判断が導かれる。後ろめたい行為を取る程に力強い肯定感を失い自己慰めの正当性に嵌まって外界への負を与えられる。立ち向かうべき事柄が合っているか。自答自問を成し逃げた性質に及ばずに信念に基づく力を注いで自他を納得させる事へ及ぶ。

主体性の成長

主体性の成長

平和といった万人的価値に対して限定的な立ち位置を持ち特定技術の創造と提供の規則性を構え生存の糧を得る基軸の動態を創り上げる事が社会人の主要な課題と現れる。平和への思索が深められそれに資する特定技術の改良を続けて前進的肯定性の意識が備えられる。ここに在って健康な精神と肉体の実現に及びこうした主体性を各人が意図して日々の生産活動に当たる平和の実感規定が導出される。このような過程で直接的な顧客と職場の人々と仕入先、株主、行政、地域社会、同業者、競合者といった関わりが生まれ利害の程度に応じた対応や要望を示し内外との適正な均衡や良好な提案を作り実施する活動体系が現れる。各対象とは提供と需要と価格という対話の主要な観点が生まれ、同一的な利益の一致に対して権利と義務の相互関係を持ち欲望と充足の実現へとエネルギーが投じられる。以上が民間事業者から浮かべられる協働生産と自立の活動概要を指しこうした一般フォームから見て各人の個別状態を把握し必要に応じて外部関係者へ自己紹介と活動状態を御案内する事で主体性や領域の姿が示される日常的な姿が描かれる。外界との協働や共生の構えを根に生産技術を向上させ関わりの広がりや深まりに及び、期待と効用の充足を叶え過不足への衝突や対立が生まれ調和を見出す持続的な活動が展開される。外界との適正に及ぶ主体性の質量の変化という自己制御を遂げる切れ目のない動態に置かれ一定の緊張を持つ精神に縛りが掛かり肉体に反映され肥満や邪な発想に至らない健全性を常態する活動者に及ぶ。需給構造の格差から物性的な力への依存に及ぶと真摯な外界との対話を欠いた作法を用いる歪な感性が生まれ次第に外界からの期待は弱まり糧を得られる機会を喪失する。特殊な技術な程に期待は高まり力に応じた責任を求める要望が進められ構造の健全性が叶い技術の特殊性からの怠慢に陥り易い構造に自己を律する感度が生まれて心理面の健康な状態が持続する。外界から求められる以上に自己開示を果たして自らを働かせる仕組みが作られ長く良好な規則性と化す性質が備わり他者から言われるまでもなく自らの体系や原則を持った自主内発の主体性が図られる。これらの基準と過不足から未来に現れる栄枯盛衰の予測が立てられる。自他の認識の異同が態度に現れ行為の実際に真実が生まれ客観的な判断を下す人々の感性が実在する。自己領域と利害関係者の直接的な対話を主に質感を掴み正しい根拠と制御に在って良き歩みが果たされる。間に妙な動機から横槍を投げる歪な生産者がしばしば現れるものの自己体系の確立と真摯な改善意欲が投じられ微動だにしない確信を持つ活動が進行する。実害に及べば被害を賠償させ又は人の争いに巻き込まれない原理を基盤に確かな判断を持つ健全な生産者が作られる。ここから一歩進んだ積極的良質性の拡大が生まれ提案力の強い生産者と認知され原理を率先して開発する主体性が現れる。外界に過剰な原因を求めず自らの意思と行為に良識ある自覚と責任を備える毅然とした性質を宿し人々との良好な共生感情を根に持つ建設的、開拓者において真の調和が響き渡る。人の評価等を大層な構えで安直にやる肥満症は迷惑千万であり直評価に健康が作られる。旧態的なお上の体質は20世紀の感性であり明確な尺度や限定の上に個を配置する理性に適正が示される。

因果応報

1)因果応報

快適や不快という言葉は、生物的・物理的な反応から生まれる感覚を指し、人という生物や動物の器官作用におけるプラスマイナスの事象と抱かれます。これに人と人との間で生まれる両者の心理的な良好性を抱く感情が生まれ、基準的な平等感覚を下にプラスやマイナスの誤差が生まれる。期待に対する効用の一致に普通という感覚が現れ、期待よりも少ないと怒と哀、期待よりも多いと喜楽といった相手方に対する感情が生じる。単純抽象化する生物物理性と心理性の因果と表される。

こうした中で、各自の生物物理的欲望の起こりに、共通的欲望を持ち、有効に充足する方法へと及んで、協働生産や共生の在り方へと進行し、心理的な良好性の為に、平等の観念をベースにして公平公正なエネルギーの投入と成果の産出と分配の在り方が求められる。この面に理性という概念が備わり、基準尺度の形成と適用の適正を図り人と人との快適への欲望が生まれる。

人間という概念は、こうした中で浮かび上がり、理性を備える感性の所在が確認されると、一方向的な願望を無理強いする性格にはない、自己と相手方の意思や欲望を適正に見出そうという志向性や価値観をもつ対象と認識される。共通の欲望とそれを叶える有効な方法と、方法に当たる各自のエネルギーの質量という点から、納得性に及ぶ成果の分配を成し、持続的な改善の発想を基調にもって欲望の質量の上昇と充足の向上へと探究が進められる。創造性よりも吸収へと意識が向かう程に、欲望を叶える有効な方法への熱が弱まり、分配が減少するか、物的力の方法を多用する反応が強まり、心理的な感性の充足よりも物的合理性の感度が進み、人と人における感受性よりも、生物物理的感覚が深まり、機械的合理性の割合が増す。人間という性質よりも、動物的な快不快感に鋭敏になり、少しの違いに敏感な態度が現れ、相互的利益への志向よりも単独的な快適への執着に及ぶ。この動的流れの増進に在るのが、近代的な合理性を起点にする現代までの基調となり、欲望の画一性と単独性や無機質性という性質が創り出された。頭に寄った手足との分断的な作業性が進行して、物的力による支配や制御の生産性へと到達し、感覚と頭の連ならない歪な体質が作られる。これへの反作用が少しずつ現れ、人と人との生身の良好な感受性への欲望が起こり、心理的な充実への発想が生じて、上述のような意味の理性への価値が高揚し、物性と理性との程良い在り方へと欲望が向けられる。

こうした過程から集約される価値観が、本書で言う「健全性」であり、科学技術と人間との実際的な体験と検証によって生まれた本能的な感受性と現れ、物的一面への感覚を望まない心理的な欲望の強い動物である事が確認される。歴史からの成果とも伺え、成長という概念の適用が適正に思われます。経済先進国と呼ばれる人々における共通的な体験と学びのように推察されます。こうして出来る根源的基盤が普遍的原理に配されて、一定の人間像への共通性が高まり、それを根にして二次三次の原理へ反映する因果へ連なる。

一定の我慢を覚え制御力が高まり、技術等の投入に対して多彩な因果の実感を浮かべ、正負の勘案力が進み、適度な準備や配慮を事前的に整えた生産に及び、そして新たな知見を得ながら、事前型の知恵が積る。それを定期的に集約して規律を与え、高度な抽象原理へと昇華させ、量から質の形成と質の上昇と量の展開の周期が生まれる。根源的基準の更新は各種の規定に方針を与え、構造の改革へと連鎖して、個別事象の変化に及ぶ。

以上のような長期の時間や空間の範囲で浮かべられる外界と主体を含んだ対象の現象化と映し出され、一定の未来形成へのビジョンに配されて、大きな狂いに及ばない健全性を基盤にする自律と共生の創造世界が描き出される。欲望の質量の上昇には、それを叶える力や方法が要り、そして各種の影響を実感する多変数の学びを持った責任感の行使により、健康な主体性の形成と認識が進められる。自己と他者との認識の異同が態度に現れ、刺激と反応の軋轢へ及ぶ。物性に過度な依存をした調和策では、万人的な納得感は得られず、良好な理性の実感に至って支持や協力、協働や共生の適正が進められる。独り善がりの物性へは、確固とした理性を持って反応する人間性が生まれ下限的な規定を守る力が進む。自主内発の良心を求める本能が短絡な力に回らない人間の背骨と備わり普遍の原理と固められる。馬鹿は必ず報いを受ける因果応報の原理が強化される。

1)文化への問い

日常的には、食文化、建築文化、衣服の文化等、文化という用語に○○という限定を付すか、各生産の共通項に文化を付すか、という思索を経ながら表現が作られる。後者の側は共通型式の形成過程で特定生産事物と過程と他の領域に見られる共通項を抽出して同一グループを設ける総合性への思索を表す。自然環境の影響が反映し各生産の様式に現れ統一的な特性を浮かび上がらせ社会的な性格を掴み、自己の認識と他者への伝達等を持って相互の良好な理解と尊重や刺激を得て新たな発見や関係の深化が作られる。定住空間の快適な様式が創り出される一方で、規格量産的な物理性の原理を取り入れながら、個別と均一、独自性と汎用性といった、分化と統合、維持と変化が作られる。統一性を求める発想と分化させたいという境に適正感覚という基準が備わり、大きくなり過ぎて制御が乱れて負を与える事態に適正サイズへと分化して領域内外の健全性を図る事や、個々の共通性を見出し同一的な管理を持って効率性を図る事や求心的な意識の寛容へと運ぶ総合化の流れが作られる。個々の事象の積み重ねとそれらに抱く不快や問題意識が基本的な動作の方向を生み適正を見出したいとする人々の欲望が起こる。基準感覚と強弱、基準とプラス・マイナスという感覚を備える理性の反応と言い換えられ、基準に対して快不快感が起こり、基準への熱を投じる流れか、基準自体の更新という大きな変化へのきっかけ等が生まれる。こうした事象を掴みだす根源的な観念を持って深い思索を備えた因果関係を把握し、他者との共通的な方角感や基調を揃え詳細な施策への基本的な性格を与えて規律を持った創造が図られる。根底的な質感が揃う程に個別への波長が整い基軸を持った自由度が達せられる。文化という集約的な観念を作りだす発想には統合的な欲望が備わり同一的な共通感性を見出し良好な土台を下に個別を生じさせる基調と表される。

空間を超えた多種多様な感性の交わりと質的変化に対して根源的な普遍原理の強固な柱が確認されて、中小の異質な事柄への適当な計測や峻別を持って真に価値ある事柄に重心を持った対処が生まれる。付和雷同的な過敏反応に陥り受動的に落ち着かない感覚が進む事へも負の事態を招き根の良好な土台感を備えて外界との適正調和を見出す所に健全な主体の在り方が映し出される。そして、一歩進んで過去の学びと持続的な向上心から未来への挑戦的な要素が加えられて、絶える事のない新鮮な感性を備えた活動性に健康な精神と肉体が宿される。正気を備えた基準と誤差との把握や試行の創造に於いて極度に取り乱した作法に寄らない漸進の姿が作られ、健康な発想を含んだ歩みが図られる。気が振れた活動は外界へ負を与え健康な精神と肉体を欠いた姿を表される。根源の土台感の形成が良好な変化を生みだす峻別の感覚に至り真価の見極めに反映される。健全とプラス・マイナスという構造が創造の出発点になりこの認識の取り方が各種事象への性格を与え変化への適正が測定される。健康像という人々の快適性を示し実像をどんな場面で実感するかこれが基準感覚を示し文化の性格と取り上げられる。普遍的な良質さを抱く振る舞いや様式への思索を持ち表層の創造に連なって地の付く力が生み出される。人を小馬鹿にする頭脳に偏した透かした振る舞いは日本文化にはそぐわない。盗み癖の慢性化に根の病んだ事態が明瞭に浮かび上がる。目の前の姿を直視せず遠くばかりに視線が及ぶ宙に浮いた感性が際立ち目に着き、何かに、被れているように映し出される。

1)根本的行動原理

1)根本的行動原理

平等という感覚を根に万人的に納得が及ぶ原理の構築へと向かう発想に健康な精神と肉体が生まれる。他者との同質性を抱き同じ人間という意識を持って協働や共生を志向すると共に各人の個別性が生かされる調和の付け方に快適感が生まれる。堂々と後ろめたさを感じる事のない清々しい歩みを持って気持ちのよい精神状態と肉体の絡みに及びここに理想と成る人間像が描き出される。人々との良好な心理的感性を抱きたいといった所与的根源の本能とも伺えこれを作りだす為の各種論理が形成されます。こうした志向性と探求のベクトルを取るのが、本書の基本的な立場でありこの同一性が揃って同一路線による真摯な原理の創造性に及びこの相違が生まれる人もおられる事でしょう。違う所へ行きたいという人々と積極的に交わる事は無く同一的な志向性の人々と良いエネルギーの集積を持って良好な世界の形成へと自然な感性を投じる事に快適感が現れる。根源的な感性の違いは無理に同一化させる発想よりも同じ感覚に在る人との協働性に及ぶ事が自然な創造と発展する。同一的な尺度を基準に自他への公平公正な適用を持って清々しさが生まれ妙に偏った自愛によって適用の歪んだ解釈を取り他への不快を与える事に不快を抱かない感性には抵抗が現れ志向性の異質さの実感が生まれる。この辺りの感性が揃うかどうかに人間性の描き方が映り大きく異なると二次三次の行為もかけ離れ長く良好な協働や共生には至らない。こうした面に文化という長年の皮膚感覚が作られ根源的な快適性と現れる。物性依存症の皮膚感と質的な相違が現れ所与的性質の違いは無条件的な不快感に及び短期的な経済性は度外視した反応が生じる。ここへの無理な関わりは持つ事は無く同じような人々との根本の感性を保った歩みが図られる。内面の醜さは理由の付かない拒否反応となりフェアな精神の劣る感性に文化の違いが現れます。人間平等への本能が個別場面に快不快を起こし各人の考える平等感覚を示す正当な論理が表され自他との異同を確認し同質に力が注がれ平等への協働に及び人間の本能的な欲望が充足される。生物物理的感覚や欲望に対して心理的な面が前者への制御と作用し適正な釣り合いを引き出す調和の作為が投じられる。こうした根本の感性が幹と成る論理へ反映し枝葉や実という実感場面が想定され全体ビジョンと描かれる。その実現への熱が注がれビジョンと感覚の整合への持続的な規則性が生まれる。堂々と姑息な手法に寄らない平等の実現性が保たれて健康な精神と肉体が生まれ物性への過剰な依存による真摯な対峙を欠いた振る舞いが不信を積もらせ小さな欲望の為に取った歪んだ行為が大きな信頼を棄損させる。科学技術を多用する生活スタイルが密接に相関し生身の感受性が薄くなり利己的な性質が進行して物依存の感度が深まり人間性を破壊される。平等への意識が脆弱化し言行の矛盾が顕在化し精神と肉体の分断と現れ外界への過剰な要望と至って欲望と力と責任の不均衡や詐欺や盗みに走る。力の用い方に反映され平等への志向性と外れた一方向の欲望が強まり適正な均衡感覚を欠いたアンフェアな態度を常態される。だからどうしたという人も現れる事かもしれません。これに不快を抱く感性との自然な連なりが生まれるものと思います。

健全な活動の規則性

様々な思いつきの意見が出される事は健全であり、そこから思いもよらない発展に及ぶきっかけとなる。これを過度に縛る感性にも弊害が生まれる。そして意見と実際の施策へと知恵を出して欲望と負担と実施水準を作る過程が進められる。予めに備わる過去の経験と未だ不明な事柄とを実際に稼働しながら検証が図られ質実を掴む感覚と頭脳の循環に活動の基礎が取られる。原論過多と物性進行との間の適正を図る観点を持ち実質を掴んで活動に反映する周期に在って落ち着きある健康な精神が宿され、そに人間の安全安定の装置が生まれる。質感を掴めない事が恐怖心を深めヒステリックな原論や行為を生む。質感を掴む事へと体が動いて真実を体感しそれを下に落ち着きある挑戦や向上への行為を生みだす感性に健全な創造者の姿が描かれる。この循環を増進する中では正負の事象が少なからず生み出される。しかし、何もせず受動的に頭で留まるよりも真実を掴む歩みに在って真の知が生まれ後に有用な資産を作る。ここに健全なエネルギーの吸収と発散の流れが生まれ成長の軌道が生まれる。

見たくないものへ目を伏せ、実態を歪めては、真なる創造者には及ばず、美も醜も真摯に向き合い、美は増進、醜は減少といった自然な反応が現れて不動の感受性が確認される。動力の源が適正に備わり体と頭の作業に及んで健康な精神と肉体が作られる。こうしたスタンスをベースに、開拓型の活動性を意図する文化に持続的安定と成長の軌道が生まれ、長期に渡る普遍の原理に固められる事が生命への謙虚な感性を示し限りある命を重んじた態度に思われます。