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保護中: 集約図面の性格
真なる調和世界-七色の虹の架け橋
真なる調和世界-七色の虹の架け橋

保護中: 文化の方程式
保護中: 1)主体性改革の道筋
統合と分化の適正
外界へ真摯な態度をもって、率直な感性を表す事が、まずもって自然となる。あれこれ深読みをして、自己の中枢性の痩せた感性に陥る事は、人間の根源性の崩れという性格を作る、中枢性は不動にして、外界との関わりを形成する態度にあって、人間の人間たる性格が持続する。
一個人的な各種諸条件のつかない立場を浮かべ、純粋に人間の利益を追求する態度が基礎に備わり、理想概念と固まる。これが基準となり、現況への自然な感性が出現すると共に、各種諸条件の吟味によって、直観からの修正や思慮の深みを加減して間接性の因果を含んで適度化する流れにおいて、不動性と感性の出現と思慮の深まりへと連なる。この原型が確認される。主体性の内心的中枢の精神性と浮かび上がり、時空を超えた不動性に及ぶ。
人々の共通的な価値の持続を果たし、純粋原理が備わり、現況と方法を含んだ工程が想定される。各種欲望と欲望の多様性と生産の出現という需給構造が形成され、各立場における関心の中心が分化し、個性が出現する。その個性の前段として、統合的な観念や感性が浮かべられて、生産者や需要者に共通する統合的な根源性への意識が内蔵されて、統合と分化の適当な制御性を生む。
良き個性に及ぶように、統合的な根源性を基礎にして、専門分化との連なりを浮かべて基礎と個性の持続において、健全な主体性と解される。人間共通の価値という面への関心や意識が常態して、各種個性の形成と異なる個性との違いと連なりを形成する下地の共有は、社会の安定と躍動の基礎を作り上げる。こうした観点の形成や問題意識が、哲学や文化の創造性と及び、融和性や調和性、平和という軌道を求める発想となって、分化を統合する意識と出現する。
現象の切り取り区分の流れを進める科学的な創造性によって、現象の精緻な部分的解明を果たし、応用に繋げる作為性に対して、部分のみならず間接性を浮かべ事象の広がりを浮かべて、部分最適への偏りが過ぎないように、統合や全体への発想や、そもそもの根源性へ立ち返る発想が備わり、細かく分化して精緻性を意図する感性に対して、基礎や分母の形成を併設して、科学と哲学、生物物理と心理との適正を生み出す。
両面の程よい割合や相関を形成できる能力に、人間の価値の中枢性が浮かべられて、変わらう良性と固まり、持続的生存世界を作る力と浮かび上がる。道具の開発からその普及促進への発想が過度に進むと、その道具の様式や型枠内の価値形成に意識が集中し、偏狭性となって、人間の基礎や根源性の厚みが崩れる。極端な力の集中を求め、規格量産への意識が進み、部分性の基準が強められ、根の痩せ細りに及ぶ事への警戒を浮かべて、歪な欲求の過度な促進への制御性が掛り、道具との程よき相関を果たし、欲望の適正に回る循環系へ及んで、人間の根源性の大きな崩れに及ばぬ制御性を作る事へ至る。
この基礎的感性が内蔵されて、専門性や個性の過度な進行を適度化し、全体調和性を生む。
経済的過熱について、政治的制度や法規を作り制御を果たす両輪と、それらへの根拠となる概念形成と適用の教育的な作用の3つの循環系を浮かべて、長期性の良性を持続する仕組みが備わる。3作用は、「感覚と観念と感性」という人間の不動的な型枠を根にして、拡大的応用的な概念と及び浮かび上げられる。こうして、「生存と共存、物理と心理、個人と集団」の適正を制御しながら、自然と人間と道具の良き生態系を作り込む軌道が不動的に描かれ、人間一般の価値という純粋原理の形成と作り込みの範囲が守られる。生滅不可分性の感性を根源とした生命観に起因して描かれる最良性の創造画と浮かび上がる。根源の生命観の崩れとして、各種の不調和性を抱く感性が出現する。自存と他存への適当な意識が崩れ、過度な物理に偏した歪性の出現には、根本価値からの適正策をもって、確かな根拠に備えた運用へ進められて、正解と見做される。基礎の狂った性質は、社会の自然律が働き、適度化される。
統合の分化の適正を求める意識を不動にして、適当な制御性を果たせる主体性を作る事にあって、人間性が持続する。一面性や直線的な世界観に留まらない循環性の働きを求め、良性の維持を叶える作法へ進む。
物理への破綻的従属性と、心理への過度な偏りという両極の悪性を映す、基準尺度への意識が適当な統合と分化を齎せ、循環世界を導く。物理的即効性にばかり価値が偏る今日的時代の傾向については、どこか歪さを抱き、統合的な作用が肝要になり、適正を作る力が働く。
体裁ばかりを整える意識が強まり、良き感性の自然律を塞ぎ込むような力が進む事には、形骸的な物理体質の強さと映り、基礎感性の所在を確認の上に、直観の良き出現を起点にして、間接性の因果や適度化という流れをもって、質実の良い工程に及ぶ。失敗や違いを過度に恐れて、自然な感性の出現を塞ぐような形骸化は、性質的な劣化と映り、生存と共存の適正の崩れと映る。軋轢へ免疫が下がり、妙にビクビクした外界への受動性となって、根の細い気質が進み、道具の過度な依存による精神性の悪化への問題視と現れる。裏表の激しく乖離する精神分裂症とも解される。強権的な管理体質へと進み、物理の適正な制御を喪失した事態を強める。
こんなような背景を浮かべながら、「人権」という価値や概念を取り出し、適正を意図する創造性と表されて、全体の構図と、部分の方法が構成されて、意図する真意が伝わり、誤解の及ばない表現者と映し出される。背景図の抱き方に異同が生まれ、作られる表現にも反映される。多くの利害は、長期性の価値へと及んで統合される。
健全な主体性の形成
1)主体性概念
主体性概念は身近な「家族」等の纏まりの様相から皮膚感覚に伝わる具体的原理が引き出される。両親と兄弟が三人、祖父母が二人等という家族構成を浮かべて、その在り方を文章で体系化する事などによって、社会関係の基礎認識が作られる。血縁という自然形成的な過程をもって生まれる本質的主体の性格が起こり、同じ屋根の下で暮らす生活が生まれる。食事や掃除や就寝という行為が行われ生活の基礎が形成される。家の外に各自が出かけ家に資源を入れて生活の基礎を賄うことに及ぶ。資源の「出と入り」を整理し入りに貢献する者が、集団の主導性を備えられる。同一感性として、「みんな楽しく穏やかに暮らす」等の大方針が描かれ、これに及ぶ思慮の深みや幅をもって原理の多重層性が生まれる。生存に優先的な事柄から現象を特定し安定と安心を得られる側面へ視線が及び、その基礎と共に積極的な欲望の向上を意図し安定と繁栄の軌道が生まれる。物事の内容を決める立案や提起と実施と検証の周期が集団の意思形成と行為の基軸に備えられる。議長と利害関係者が特定され、議長の権限の範囲が備えられ、物事の決定と実施を果たす手続き上の内容を吟味し、意思決定プロセスが備えられる。「いつどこで」「何をやる」「誰が」「どのように」という内容が取り決められ、皆の合意を形成し実際にやって意図する欲求に適うかの検証をもって反省と学びと改善のサイクルが生まれる。この個別現象を蓄積しながらより良き方法や行為原則などへと発展し、集団の智慧と価値が作り出される。それらを記述しながら同一性の現象ごとに分類集計し全体の相関を体系的に整え、知見と価値、優先序列や階層という縦横の基軸をもって構造的な体系が生まれる。
領域の管理上のポイント
領域の形成過程と領域の特徴、
領域の構成員、内部と外部の利害関係者、領域の規則性、
生存上の優先順位、安定面の確認、豊かさの向上、繁栄面、
意思決定過程の整理、行為と検証のサイクル、権限責任の整理、
知見と価値の蓄積と見直しの周期性、
共通の目的、共通の規範、個別領域、根本領域、
固有技術面の特定と向上のポイント
各自の役割、インプット変換工程とアウトプットの整理、
アウトプットの適正や向上、
国家の憲法や会社の綱領なども基本的な構造は同様であり、身近な集団の実際を浮かべながら共通的な勘所を抑え、広い主体性を作る上での基本的な尺度をもって応用的な創造性が出現する。身近な所からの確かな基準を形成する過程をもって広く複雑な主体性を構成する皮膚感覚が内蔵されて地に付いた創造性に及ぶ。いきなり「人権」等という概念を頭脳的に理解しようとせず、具体的感覚面から概念の中身を起こす過程をもって主体性や領域の形成を踏んで、皮膚感覚と抽象概念の飛躍性の回避と整合性の善し悪しに反映される。根本原理は、「無条件的な価値、権利と義務を対にして生まれるエネルギー循環の適正、生存と共存の持続性、」等が上位に配され、万人的な変わりづらい欲求や方式を確認の上に、主体性の規律をもって統治される。共通的な面と個別性と根本性という価値の区分を設けながら適正を探す事へ至る。そして、自己と異なる他者という存在を浮かべて自己の理想と他者との異同を想定し、真摯な現況の対峙をもって、妥当な方法を導出する実際性を浮かべて、健全な主体性像が描かれる。根本性の同質性が高まるほどに、共通と個別の良き相関を生む。いきなり下地的な原理のないままに、「憲法」などの教科書を読んでも眠くなるだけであり、身近な所の実際性へ視線を及ばせて主体性や領域のあり方を考える事が先んじて複雑な対象の良き形成の足がかりが整えられる。皮膚感覚の当事者性を基礎に実際を掴む事にあって、遠い所の概念への適当な吟味を図れる視座が生まれる。小難しい専門用語を一般的な言葉に置き換えられないと、地から離れた専門性へ進み不毛感が強まり供給理論ばかりを重んじ使い勝手の悪い体系で留まる。このような過程にないと、「解ったような気になり、まるで解ってない」等という現象を生む。頭の過度な先行による弊害が確認され身近な皮膚感覚から現象の確かな認識と形成をもって、健全な抽象概念を作る軌道に至る。本書はここでいう、「根本性」へ着目し探求を進め提起する生産にあり、良き根本性への深みある吸収をもって確かな特定様式が作り込まれるものと思います。根本的な枠組みの善し悪しの程度が物事の理解力や成長力に連なり確かな様式が備わる事において応用の効いた創造力へ連なる。此処が弱いと妙なマスごみのような性格が作られる。
外から資源を得る方法に、あまりに歪んだ力が強まると、「内には良く外には悪く」という心象が起こり、長きに渡る良性の存続へは及ばない。外界の性格と対峙しながら妥当性を引き出し、自存と共存の適正が作られる。「理想と現況と方法」を起こす実際性が生まれる。
こうした主体性の様相を映し出すフレームとして、身近で分かり易い有機体が取り上げられ、模型的な観念と備わり、自己を映し外界を観測し、自己と外界の調和を果たす作法が生まれる。
樹木の静態構造は「根と幹と枝葉と果実」を主要素にする。動態性の単純解釈は「根から栄養を吸収し、幹や枝葉と回し、果実を作る。」静態と動態が同一性を持ち、有機体の動静が統合される。このような動静観をもって、人間や現象の浮かべ方に応用して有機体の共通性を見出す事へ至る。自己と外界の同一的な仕組みを浮かべ内外の調和を図る方法と示される。そして、良質な人間の意思として、「自存と共存の持続性」等と言う静態原理が備えられる。それを不動原理として、現実の有限的な生命観に対面し、生物物理上の有限性に対して、精神的な不動性を静態として無限的に繋げる発想へ進む。永続性に喜びを抱ける生物の根源的価値が浮かび上がり、自世代のみならず過去と未来を繋げる感性へ及んで、根本的欲求と充足への喜びを浮かべる性分に変わらぬ人間性が備わる。
主体性の崩れを見る原初的な現象が以下のような所に浮かび上がる。子供の頃に、妙にへそ曲がりの性格の歪んだ人間性などを見ると、こいつは碌な大人にならないな。等と言う未来予測が生まれる。妙に権威などの力に縋り、質実を作る工程に向かわずに、対象と真摯な対面を欠くような習性が見られると、力の活用に適正を失い外界との良好性を求める発想が乏しく、利己的な態度で占められた行為と出現する。「親が金持ちだ。立派な職業だ」等という面へ妙に、縋りつき自己の中身を充実させる様な向きに及ばない対人形成は、そのまま大人になって、糧の得方に反映される。資本に縋り、創造性に重心を取らず、作る過程の楽しさへの感性は乏しく、金さえ得られれば良いという物理性に慢性化した体質や気質となって、顕著に掴みだされる。愚図になる予兆が、既に子供の頃から作られる。感性の資質を土台に、各種能力の使い方が出現する。後者に長けても前者に欠陥があると、適当な創造性から外れ、生よりも負の増進へ至る事が法則性と説かれる。物事を実行する以前の、健全な心身のあり方が問われ、欲求の抱き方に、外界とのフェアな態度を望むような感性が組み込まれて、自他との公平な基準と適用に快適を浮かべる性質が内蔵されて、能力の活用に適正を生み出される。出来る限り、予めの基準を形成して広く堂々と基準を示し、基準と適用の公平性をもって「良しとする」ような態度に及び、心理的快適を浮かべる。このような気質や作法の出現に、重要な根の動力源が見られ、心理と物理の適正を作り上げる肝要点と説かれる。大きな影響力に及ぶような配置に就くほどに、予めの基準を備えて、意図する目的を鮮明に表し、有効な方法を堂々と作り上げる軌道をもって、多くの利益に連なるよう判断を図る態度が望まれる。物理の力に縋って、この基準形成力が乏しいほどに、恣意的な欲求に偏り、紳士な性格を欠いた品の粗悪な態度を進める。単純物理の算式に偏り、多様な感性への嗅覚が貧祖化し、規格量産とコスト削減の発想へ偏った利益の追求への傾向が浮かび上がる。社会の中長期的な成長軌道とは外れ、短期的な即効性を意図する単純物理世界を抱き、それに有効な資質を方法と投じる方程式を強められる。この性格は、間違っても基軸的な配置には適正を欠き、中心的な作用とは至らず、定番に対して、変わり者や季節者という特性にあり、中枢と周辺の体系を描き出す事に健全な世界観が描かれる。定番が主軸となって、変わらぬ良性の柱になり、季節者や変わり者でアクセントをつけて、緊張と緩和の程よき周期性を作る動的波長を生み出す原理が生まれる。幼少の頃よりの生来的な資質が重要な社会の良性を遂げるポイントに備わり、太い感性の良質性をもって小人を適当に峻別できる感性の所在に着目が集まる。健康な気質をもって堂々と内外に対面し、みすぼらしいボンボン症に嵌る事のない自己制御性に価値の源泉が映る。こうして文化の気質が積み上げられる。空威張りのボンボンは、変わり者や季節者として上手に活用する事が必要となる。陰気質は中心には長くいられない。各種体系を作り上げる上で感性と感覚という構造が生まれる。根の適正をもって論理が形成され、この全体観が感性と掴み出される。「どんな樹木を抱かれるか」根本的な問いと答えに、価値の優先序列が起こり、これが適合するかどうかに長きに渡る良好な自立と協働の肝が映る。
実在的な自己尺度の形成が弱く、外界を測定し峻別する作業に及ばず、自己と外界の妙に受動的且つ分断的な相関に及んだ概念を作り、欲求と抱くほどに歪な内外関係を作られる。感覚と観念の連なりや整合を抱ける規則性の形成と成長過程の適正がポイントになり、主体性の健全な形成過程や作法が描かれる。立案と実施と検証の密接な相関から分化する程に、全体観の歪みと歪な専門性が起こり生産性の適正が崩れて根の痩せた細かなパーツ化に至り主体性の狂いが激しくなる。要素と要素関係と量の適正な制御性へ意識が及んで、健全な心身が整う。
自己の認識を果たし知見や価値観を整理し、尺度を備えて外界を観測する適正な基準と適当な感覚が起こる。外界へばかり視線が及んで、気ままな欲求を表す様な主体性に嵌り、内外調和を崩される。良好な根本的な概念や感性を浮かべて、健康な主体性を作り上げる事へ進む。感覚と観念と感性(欲求)という観点をもって、自己と外界の根本的な共通尺度の下に、現況の異同を浮かべ、同一性の欲求を見出し全体観と纏め、欲求と充足への有効な自己と他者の相関を形成し、自立と協働を果たして持続的共生の軌道が作られる。
根本的な概念や感性が可笑しいと調和形成の適正へ及ばず、妙な力みとなって物理性に依存した進行を作る。根と全体と個性という総体図を抱き感覚と感性の実際を掴み自己と外界の適当な制御性へ及ぶ。全体観の多段的な構成が起こり、直接的な生産性と隣接分野との相関や、経済と政治と教育等という社会システムや自然と人間と道具の相関等という大局観を浮かべて丁寧な概念形成と適用に及んで心身の整合を果たす事に及ぶ。
自己生産性の認識を整え外界に表し、中枢的な技術や役割への理解へ及ばせる持続的相互性をもって、内外との適正を見出される。自己生産の認識や領域の認識は、内部の中枢技術と全体観との相関で生まれる。妙に物理に縋り外界への一方向の欲求を強める態度に至ると、外界を選択する自由を進められて、自浄性が生まれる。寡占構造による自由選択の幅が減少する環境は、この自浄性が作用せずに、歪な根本性を宿されて、盗みや詐欺の慢性化した主体性を招く。寡占構造には、他よりも厳しい監視や要求を突き付けて、力の暴走に及ばせない均衡への力を投じて、バランスの崩れが予防される。
短期的利益と中期や長期の利益概念が体系的に構成されて、自存と共存の持続的循環の軌道が作られる。愚図な肥満症は、盗みや詐欺も肯定し正当な理屈を探す周期に回る。これに及んでは自主内発の修正は難しいと判断し、他律をもって強制するほか致し方ない。みすぼらしい醜態は、悪影響が大きい。権力の正しい用い方ができるかどうか、問われる。
| 基準 | 現況 | 方法 |
| 2)人間性 | 3)文化の気質 | 1)主体性概念
5)自利と他利の適正 |
最後まで読んで健全な主体性の肝要点が示される。単純ではないぞ。七色の虹の橋が架けられる。
明治の頃より、祖父と父と、私の三世代のお集大成を、ご披露申し上げます。
人間性
樹木の静態構造は、「根と幹と枝葉と果実」を主要素にする。動態性の単純解釈は「根から栄養を吸収し、幹や枝葉と回し、果実を作る。」静態と動態が同一性を持ち、有機体の動静が統合される。このような動静観をもって、人間や現象の浮かべ方に応用して有機体の共通性を見出す事へ至る。自己と外界の同一的な仕組みを浮かべ内外の調和を図る方法と示される。そして、良質な人間の意思として、「自存と共存の持続性」等と言う静態原理が備えられる。それを不動原理として、現実の有限的な生命観に対面し、生物物理上の有限性に対して、精神的な不動性を静態として無限的に繋げる発想へ進む。永続性に喜びを抱ける生物の根源的価値が浮かび上がり、自世代のみならず過去と未来を繋げる感性へ及んで、根本的欲求と充足への喜びを浮かべる性分に変わらぬ人間性が備わる。

受動性と能動性という性格
自身の体験から、個人と集団の協働活動を経て作り出される組織論や経営論になると、集団の性格を表す規定の在り方へも実際的な形成過程をよく鑑みた内容へ反映される。出来上がっている組織に加わるという形成方法や、どこかで執り行われた事例を安易に模倣するような態度に寄らず、自己の形成原理を主軸にして、良い所は付け加えるという改善の発想が備わり、規定と実際の良く絡み合う状態が生まれる。
集団には、全体を集約して大きな方針を起こし内外に表すという作用が必要になり、集団の持つ技術力と対象とする顧客の関係を中心に、各種利害関係者が生まれ、この全体に主体性像が生まれる。中でも内部の中核的な意思を柱にして各利害関係者へ意思を表し、自己の基準を予め整理して公平に適用する態度をもって、公という性格が現れる。一過性の恣意的な判断に寄らず、大局観を見据えた事業の青写真を描き、関係者に対して公明正大な基準と適用を果たし、信用が積み重なる。内部を統制する意味と外部へ集団としての態度を表し、内外の整合的な一貫性を持つエネルギーの循環軌道を作り上げ、生産と消費と分配の適正を図ろうという態度が生まれる。
こうした集団や主体性像をもって、どのような表現で主体性をご紹介すべきかの内容へ反映する。自己体験的な過程から、実際の経験を通して、全体集約的な規定への在り方が生み出される。これを自己の軸にして、他で作られる基準の在り方などから有用な考えなどを取り入れ肉付けする態度に、芯を備えた栄養を吸収する構造が生まれる。自己の基準が先立って備わる事がないと、他の基準を安易に模倣的に利用する態度へ及び、教科書的に描かれたものを真似るばかりの創造性が起こり、根本的な土台から思慮に及ばない上物が立てられる。
人の批評ばかりに偏る生産性に陥るほどに自己の基準を身を持って作る工程と外れて、確かな基準の形成と保有と運用の体験が弱い、上辺の基準と模倣や盗みの習性が内蔵される。外界からの影響に受動的な態度が起こり、軸をもって取捨選択し栄養を吸収して柱に付け加えるという創造性に至らないと、二次三次に加工された基準をよく吟味して吸収する感性へ至らず、つまみ食いと一過性という生産性へ走られ、外界を酷く混乱に及ばせる害虫という姿で認識される。
芯を備える批評という行為に及べば、外界へ有用な知的生産という評価を受けられる。体験的に自らの体を通して確かな根拠や確信性に及ぶ原理が作られ、それを軸に外界への評価感覚へ至ると、一定の納得性や有用性を持つ表現が起こり、批評される側へも有用な栄養を提供する生産と受け止められる。虫食い感覚で、自己の基準形成過程が弱いと、有意な基準と評価という生産へ及ばず、不快な雑音という表現と見做され厄介者扱いとされる。一過性の自己の商売へ偏した表現が多産され各種の不毛的な争いを作られる。
有用な知見という心象を与える事のない批評は迷惑と判定される。外界の利益に及ぶ表現と解されて自己の利益に回り円滑なエネルギー循環へ連なる。
こうしたスタンスを標準としながら、余りにも欲望と力と責任の不均衡を表す特異な態度へ対しては広く周知させ、健全性を損なう事のない利益を意図して、過不足への指摘や予防策を投じるような批評が起こる事には有用性が生まれる。社会的ニーズの内になり人々の利益を作られる。有用な報道機関は人々に喜ばれ不可欠な存在と認識が強まる。人へ何某かの注文を示す際には、少なくとも基準と根拠をもって、負担と品質の権利義務関係という相互性の構造を基に適当な欲求を作る態度に健康な精神性が映し出される。どこか一方向性の態度が強まり、権力と対立的な感性を強めると受動的な体質が露になり、主権者という意識を内蔵して、能動的な集団活動の参画者にあって当事者の構えが備わり、より有用な提案を内外に与え集団を牽引する性格が作られる。報道の役割を権力を監視する事で留まると、当事者性が弱まり、有用な創造力の深まりへ及ばず、消費者の性格に陥られる。これへの不快が、健全な生産者から起こされる。
個人化や専門職という分業的な構造が進むほどに、根元の感性が痩せ細り、外界への過敏な一方向性の欲求を表す傾向が映る。全体的な概念図の形成や保有の適正が問われ、全体と個の配置感覚を崩した自己認識による違和感が生まれる。自己の性格を適当に掴み、出る所と抑える所の適正が生まれて、内外の調和へ及ぶ健康な感受性を形成される。芸人的なパフォーマンスも健全性が土台に備わり、不快へ及ばない適度な気の利いたユニークさと評価される。どんな生産にあっても、同一性の共通する生産倫理という面が生まれ、作る物事は違っても、肌に通じる常識感覚が起こり、外界の心理を察し言うまでもなく感じ取られる想像力が生まれ適当な制御感覚が現れる。受動的性質と当事者性の感覚の違いが作られ、この面の同一性から外界との調和へ連なり文化的な体質と掴み出される。外界を対立性の感度で映すか、自己同一性の融合的な対象と映すか、再生産的な志向性を持つか、一過性の略奪を企てるか、自存と共存の在り方へ現れエネルギー循環の流れ方を作る。姑息で小心で小欲を追求する程に大局観が作られず、全体観の歪性と及ぶ小さな偏狭的な世界観をもって、過敏な欲求を抱き、守りを強め攻撃を与える動物的な感性へ陥り、小さな利益や歪な利益という結果を招く。盗みや詐欺の体質で慢性化され不健康なエネルギーを投じられる。堂々と外へ開く公明正大な態度に健康な融合性が起こり、妙な集団の閉鎖的感性による態度に寄らない利益の増進軌道が生まれる。頭と体が分断する程に妙な優越性を抱き、他者の基準への尊重が起こらず、一方向性のエゴの強い物理依存型の閉鎖的な集団の体質が明瞭に伝わり、思い上がりが激しく、犯罪までも肯定される。困った人間性であり、日本文化とは大分異質に見受けられる。各種業界によって様々な性格が作られる。分母的な常識感覚とあまりに外れる事へは適当な対処をもって悪性の広がりを予防する事が不可欠に思われます。