人間には、自尊心が少なからず備わり、人に言われて従う事を嫌う性質を持つ。この根源的な面を踏まえ、意図する結果を達する事に、実務者としての能力が計られ、目的は同一でも物事の運び方に差が生まれ、それが結果に反映される。
なるべく、小手先の発想は用いるべきではなく、しかし、こうした側面への配慮を加え、実効性の在る方法をとる事に、実現への拘りが垣間見られ、感受性の差が達成への実現の差に現れ、多彩で精緻な認識力を生み、方法へと連なる。人間の心理面を良く良く捉えて、自尊心という面への配慮をとり、意図する結果を導出するように物事を動かす所に、実態的能力が計られる。
ここに現場感覚や人との体験から学ばれる実際的な差が生まれ、観念図面へ偏して生身の対話が弱く、適当な方法を描ききれずに、対立性を作り、実効力の上がらない手法に及ぶ事がしばしば生まれる。目立ちたいという欲望や大衆受けを意図した動機という推察が浮かぶか、上述のような物事の運びの至らなさという評価に至り実務能力の弱さを感じ取られる。
型どおりの論理や正論という抽象原理と、その適用に見る繊細な物事の運びとで実現能力が算定され後者の相違が多々見受けられ、心理面の体験的な積み重なりの脆弱な所からプライドばかりを先行した粗雑な表現による停滞を齎せる。
原論ばかりで、或いは頭脳ばかりで、単純な論理をそのまま実際場面で適用する姿に、感覚面や心理面への配慮の弱い姿が現れ、表層の権威や型式への拘りが、対象の真摯な対峙から実行力ある方法への思索が深まらずに、単純図式の対立性を創り上げられる。
抽象原理とその適用という所に多彩性が生まれ、方法とその真価を見極める嗅覚に、真相を正しく掴みあげる力が生まれ、頭脳と感覚の程よく回る規則性からこの面が発達する。なるべく、率直な反応を見せる事が正攻法な歩みであるものの、動機の健全性を根にしたパフォーマンスという事も現実社会の変革には許容される。
空のプライドへ偏して、自己の欲望を先行させ、結果が付いてこないといった事象が度々生まれる。他利を達する執着心が実効力への優先を生み、方法の有効性を作り実態的に物事を動かす。実務者能力は、ここを重視して算定され、観念上の評論にこの面への視野が及ばない事には真相を誤って伝える事に成り、実態は感覚や感受性という生身の察知力におかれ、それが観念表現の違いを見せる事からも感覚的な生産性の過程が強調されて対象の良質な認識や方法に到達する。
所与的な作法を飛び越えて利己的欲望に偏し、とんでもない不正を平気でやらかす感性に根深い異質性を感じ、成長過程や教育、躾への誤りや、物理依存の拝金性へと偏り、求められる責任と実際の能力との開きが生まれるような傾向に対して、正常なミクロマクロの人間像が描き出されて、適正な改善への進行が加速するかに思います。