普遍的な基礎教養の浸透

単純な暴力による犯罪行為は、事象の性格が露骨に現れる。これを持って悪い事という認識がストートに生まれる。これに対して詐欺や盗みは、明瞭性に欠け事象の痕跡を明かして心の内が明らかになり、悪い事という認識が生まれる。いずれにも共通するのは、人間の内面性であり、それが外面に現れ、方法の違いとなって映し出される。方法自体に規制がかけられるものの、動源は内面で在り、根源的には内面の良質な状態に焦点が注がれる。刺激と反応の図式からは、刺激を生みだす動機と予期する反応の一致に平準感が備わり、基準に対するプラス性とマイナス性で正負の感受性が起こり、マイナスの発生とその対処からプラス性へと戻す流れが生まれる。つまり、マイナスを生みだす過程の予防とそれへの適正な対処が二次三次のマイナスの予防に成り、不快性の連鎖が断ち切れる。これが抽象的な一般則と描かれ、個別事象の適用における感度の適正という原理と応用の関係が示される。

感度の形成には、生活習慣が起因し、朝起きてから夜寝るまでの過程に於いて生じる行為で生まれ、衣食住という消費の側面と、これらを生みだす生産の在り方と、協働関係における分配という面で人々の性格が作られる。これら各側面で人との関係性を持つ部分に、してはならない事が定められ、下限の秩序の下に、して良い事が生み出される。特に前者の部分が、明瞭に知覚される暴力、盗みであり、続いて詐欺となり、詐欺という認識の判断に多様さが生まれる。詐欺を広く解釈すると、侮辱や中傷、約束違反等が含み、更に、これらを細分化して、細かな感覚が作られる。どのラインが適正で、どこを超えるとマイナスか、そしてどこまでが許容範囲か、といった点について、同じ時間や協働関係の共有度によって、細かな個別性の実感が創り出される。同一空間と時間の程度から、感性の同質性が作られ、それへの快適感が生まれる。そして、違う事へ対しての寛容性の程度が異なり、特定空間と時間における独自の規律の作り方が、これへ影響して刺激と反応の規則性の特性と成る。これを一様に揃えたいと望む人々と、独自性に価値を持ち守りたいという感覚が備わり、この構造を認める事が所与的な共生の構えを示し、過度な押し付けや強要に及ばない快適性への構えが生まれる。下限的不快という領域と、積極的に欲望を充足する創造領域と、これらの因果関係の実感の取り方という3つ程度の区分を設けて全体を把握し、異同感覚を認識して共通と個別の在り方を時をかけて刷り合わせる感覚工程によって相互の先入観の検証を取り実際の調整が生み出される。頭脳に偏して自己が備える固定概念を基準に粗雑な適用を取ると、不調和が明瞭化し、それを成し崩して更に強要するかの感度が進むと対話の機会を妨げ罅が深まり修正困難な事態を招かれる。

過度な欲望から外界に支配的な一方向の態度が進んで、上述の因果への視点が弱まると、単純変数や相互的な尊重に及ばず、露骨な物性の原理が取られて心の歪みが積み上げられる。それが外面へと現れ詐欺や盗み、傷害となり更に負のスパイラルを回す構造で描き出される。科学技術を多用する生活習慣と、アナログ的なスタイルを基調にする規則性では、創り出される感度が異なり、対人関係の在り方に反映される事は誰もが予知する事でしょう。良い影響が生まれると思って積極的な提案を示し、相手方の反応に真摯な対峙を持って強要に当たらない各自の意思を尊重して、合意を取り付ける丁寧な過程を踏む事が、観念と感覚の調整となり、一方的な利己的欲望に偏した積極策はこの過程を粗雑化する。即効的な経済感覚の進行から早急な結論への感度が高まる事へは、独自な感性への尊重が蔑になって共存型の生産から搾取や強要性の生産に及んで、それが過ぎるとどこかで爆発し、プラスの蓄積を崩す事態を招き、気ばかり焦った判断が、プラマイゼロやもしくはマイナス増の結果を作りだす。ねじれにねじれて、取り返しのつかない対立性の感情が深まるマネジメントは大きな犠牲の連鎖を積み上げられる。各種空間の先導的な立場や、個々人の健全な文化感覚の醸成が、程度の悪い物性原理を留めた理性による物事の判断や進行を生み、この面の同一性の厚みを作る事が個別的異質なリーダーによる誤りを予防する重要な施策と位置付けられる。単純な物性型の勝者感覚が進行して健全な調和形成の過程と結果を弱めると一過性型の成果へ偏した行為に走り、無理な強要や一方向の感度を高めた行為を生み、後に残る悪性の心理がどこかで炸裂して逆戻りの結果を生む。

良好な基盤感性の醸成に健全な普遍原理が作用して、根源の規律と備わり単純物理型の世界を回避して、思わぬ不幸を招かないインフラと固められる。この実際的な感度の形成には万人的な生産過程の実体験が、同質感性を作る上での必要工程となり、これを省略して飛び越えた物理性を感覚に持つ事が頭と感覚の乖離を生み粗雑な対応による罅を深められる。人間形成の普遍原理としてどこの空間にも共通の規範と備えられて良好な同一的基盤の下に活発な交流が可能になる。自然条件や歴史の個別性を超える人間形成の普遍原理の統一性を揃える試みは、独自な感性と共通性の良好化に作用する事に思います。純粋な単純利害を超えた立場による原理を描き、理念や理想を揃えて、現実を捉えて良好な方法を見出す構造と循環を作るのに、文化観念という性格のビジョンが少なからず良好な調和への意義を生む。小難しい特殊理論の希少性を備える前に、基軸の太い根源性を体に備える必須の領域となり、派手な成果を早急に求めて後でマイナスを生む愚策に陥る事のない叡智の吸収が真っ当な歩みと描かれる。馬鹿を減らす有用な創造に思います。

健全な有機体の形成原理

健全な有機体の形成原理

遠い観測者としては野党再編というのが正しい道に映り、基礎から組み直すのが文化の形成に有効と感じます。利己的な保身に走って小手先の再生に陥る事が予測され本気度が伝わらず又同じ過ちを繰り返す。健全な二大政党という構造が文化論から浮かび上がる基軸と成り、旧態的な面と新奇性との真正面からの議論や判断を取れる構造に在って、緊張感を保つ解り易い良質な創造が生まれる。原理探求型、健全な自由、フロー型のエネルギーの増産には大きな対立軸が明瞭になり、その方角感の上に既成の原理とそれを超える新規性を戦わせられて上昇の循環軌道が作られる。勢力の格差はこの関係を妨げる。

各自の主体性を率直に表しパワーの劣った主体性には、領域に留まらせる程の余裕はなく、削ぎ落して形骸化した議席を削減して質実の強まる筋肉質な有機体が生み出される。この焦点が内部改革の中心になり、保身型の緩んだ素材を適正な配置に回す事が中心的なエネルギー源の刷新を表し、その姿が周辺や手足にも伝わって大きな有機体の成長が遂げられる。

これを導出するのに大きなビジョンが要り、文化という普遍的な原理による納得性の高い体系から二次図面を起こし、枝葉に偏することなく根本と背骨が強化され、大きな体への整合在る成長軌道が加速する。普遍的原理という感受性が抜本的な変化へのエネルギーで在って、だぶついた贅肉と骨とが峻別され洗練された皮膚感覚が深まり健全な感性が前面に現れる。その結果を観念体系と纏めるのが憲法で在り、根源的な感受性から感覚と頭脳を働かせありのままに文字を映して認識が強まり体に反映されて一貫性を持つ内外調和の姿が現れる。こうした動態にあって健康な人間の拡大的な実相へ及び、教育文化と産業経済、政治行政による大きな循環と健全な発達の文化が促進される。この中枢的な構造の具体的実践の良質性が政治行政にかかり中長期の進路を作られる。

個々人の成長を促進する理念が生の尊重や最大性の自然感性に在りこれに必要な制約の視点からインフラが作られて抑圧や搾取性の発想が減少し安定と成長の調和が生まれる。これには奉仕性の感性を備えた人材が要り大きな志と実践の規則性を遂げる人間が中心的な役割を果たされる。その緊張を保つ仕組みと更新の持続的循環がミクロミドルマクロという縦の側面や、教育文化、産業経済、政治行政という横の側面で描かれて縦横の繋がる感性の維持された体の健全性と描き出される。

根の感受性に対して合理的な仕組みを描き感受性の実感を掴む所に正常な感覚と頭脳の用い方が現れ、価値と事実、理念と方法の構図が明瞭化される。下限的制約と同時に上昇への原理の性格を持つ普遍則が基盤に在って堂々とした新旧の対立を成し維持と変化の内容を磨き感性の持続という実感が生まれる。ストックへの意識が強い所からは新規の改善エネルギーが乏しく歪んだ手法や生命の衰退を招く施策を取られる。良好な感性によるフローへの意識とエネルギーが湧きだす人材の持続的産出の仕組みに伝統文化の存続が叶えられる。創造した物事から野性感の劣りに繋がる不可分の因果を抑えて主客の適性を作る視点が調和や平和の肝に成り物性依存の体質はこの客観的認識を弱め粗雑な行為が生まれる。

あれもこれもと拡大して実質を弱めない自己制御力が健康な皮膚感覚に備わり、実施と検証の循環によって成功や失敗という感覚を浮かべ、あまりかけ離れると外界との不調和が生まれ適性へと収束し、自他との感受性が確認される。

この冷静な自己認識を保てる動態が物性へ偏した感覚を調整し、意思を持つ主体性となり、歪んだ趨勢に対して根源からの規律を与えて、時々の共通と個別への適正が創り出される。短期や中期、長期、根源と共通と個別というフレームを下に、物性と理性、自然と人間、生産事物という基軸観点を持ち、効果と影響という感覚を直接間接に浮かべられて、欲望と力と責任の均衡感覚を掴み、共生感情を根にした創造策や活動に及び、好循環の連鎖が強まり成長の概念が適用される。外界へばかりに視線を取らずに、人間自体を作り込む主客重層の構造による大きな周期が真なる調和の循環と導出され健康な性質を備えた遺伝子が生き続ける。

時を超え、空間を超えて作りだされる人々の不動的な感受性の成長に根源価値が生み出される。皆一律となり謙虚さが生まれ同じである認識が強まって適当な行為が生み出され人類の実感に連なり大きな利益が手に入る。負の規則性を断ち切る未来図の創造とそれへの信頼を高められる施策の投入が実践工程になり、絵空事に終わらない価値の獲得が大きな方途に備えられる。

一つの普遍原理に向けて、生命を投じる感覚を万人が少なからず備えられて大きな夢が実現する。

文化論の初動的観点-協働関係の適性化

文化論の初動的観点-協働関係の適性化

何かを投じる際に結果がどうなるか予めの想定が取られ、その一致に快適感が生まれる。これには過去の事象研究をベースに規則性が確認され確率の高い同一的な刺激と反応の考察によって標準式が浮かび、それに照らして投じる手法が配置され意図する結果への根拠となる。変容しづらい規則性に於いてはこのようなアプローチを主に取り、創造と効果と影響の仮説と結果と検証によって確かな知識が積み重なる。
一方で、過去の規則性にはあまり見られない想定は原型となる基本式が備わらず、実践型の試行によって原理を作りだす傾向と現れ、過去よりも未来型の創造策と色分けされる。これらの二つの創造の型枠が抑えられどんな創造や表現の性格であるかの認識から、準備や調査への程度も異なる実践工程が想定される。

こうした面から創造への妥当性の評価が生まれ善し悪しの知恵が重なり、同質条件下においてどこをどうすればどうなるかの予知が高まり制御性の高い施策が生まれる。人間の叡智等とも言われてエネルギーを投じて掴み取った事象の動き方の知識が価値と成り、それを入手するには対価が伴う。リスクを投じて得た財産への当たり前の報酬が認められタダ乗りや盗みには批難や罰則、刑罰が科せられる。無形財に対する基礎的な構えが示され良好な関係や取引の感性となり引いては対人関係の基礎とされこれについて劣った感覚には長い深い循環には至らず一過性や短期の循環で消滅する。

信頼形成の基礎的な感性が文化論の焦点に合わされて明瞭に表現して共通の認識を高めて良好な循環を作るイロハとされる。肥満体質に陥るとこの基礎が弱まり程度の劣った振る舞いが現れ各種不快事象が発生する。欲望と力と責任の不均衡を示す緩んだ姿から度々起こる失敗でありそれへの反省の姿や行為と及んで深く体に染み込んで同じ過ちを繰り返さない皮膚感覚と内蔵される。失敗に対してこの過程を省略すると同じ事を繰り返し体に備わらない。責任の重たい配置には間違っても置けず適格性の弱さと判断され相応しい配置へ異動するのが的策とされる。
多くの事を一人で抱え込み能力を超えた範囲を意図すると責任の適正な行使に及ばず迷惑を与えられる。どの程度が妥当であるのかの適性感覚が劣ると欲望過剰の責任不足と至る事からも外界への視線と同時に自己への認識が及んで適正調和が生み出される。あれもこれも欲ばって自己を見失い肥満な感覚が削ぎ落されないと良好な関係を失う自然律が根源的な規則性と浮かびます。見栄やメンツに拘って領域への適正さを取らず傲慢な態度が外界から察知され需給構造の適正なサイズへと収束するのが市場の特性でありこの原理が基礎となり不動的な感受性に基づき、過保護な規制や過剰な物理性等が判断される。

権力や提供技術の不動的な中軸の性格が抑えられて適正規模や価格が算定され定番の型式と落ち着き安定的な評価が付けられ持続的な需給が生まれる。これを作るまでに幾多の失敗や成功の体験を重ね知恵と成り過程への尊重は同質経験から感じられる感性であり、これが著しく異なると根本の性格がかけ離れて調和が生まれずガサツな感覚の生産や制度、対話を生む物性過多の文化が進みその衝突が増加して破滅の道を辿る。

自然条件や歴史の背景という個別性から、生産や制度、秩序の在り方も異同が生まれる事に対して、個別と共通と根源という観念を持ち丁寧な歩み寄りを重ねて、根源的な活動観念の標準形が次第に万人的に染みついた感性と備わり健全な厚みある人格が共有され、文化という型式が提起され調和や平和の原理が探求される。根本は生命の尊重と躍動への欲望と成り、これを伸張させるような発想に在るのが、万人的な普遍性に思われます。自己と同様に他者を尊重して、根元からの論理を作る視点が如何なる時代に在っても変わらない感受性と表される。

大きな時代観

普遍的価値に重心が取られない空間には、創造のインフラが整わず個人の恣意的な趣向で物事が左右され異質な感性としてしばしば表面化する。この部分が、平等思想とかけ離れた調和や平和の阻害要因となり、後進性の衰退や停滞の根源的な原因と伺えます。人間の不動的な感受性が下限的制約として固められ、これを堅持する事が平等を実感する原則となりこの基盤の崩れが未来創造型の発想を萎ませ局所へ偏した歪な体質を作り上げる。

過去の規則性への価値と未来型の価値との比重と把握される以前の不動的な基盤と備わって健全な秩序の形成プロセスが生み出される。この崩れに深刻な感度を充てられてインフラの中枢が作用し躍動感や活力の基盤が整えられる。旧態的な価値に重心を持つ保守と、未来前進型の自由主義という発想や志向性の区分を設ける以前の普遍性と備えられるべき価値であり、下限のインフラの弱さは有機体の血流を鈍化させ歪な感受性を常態し、ここを正常化させられて健康な創造力が促進される。

強制権力を設ける一番の意義はこの焦点に当てられ、ここが盤石で在って新陳代謝へ連なり良好な根を持ったフロー型の性格が作られる。万人的共通価値の基盤の弱さは下等な文化と見做され活発な取引を停滞させ偏った体系の人間が現れる。ミクロやミドル、マクロの側面から標準尺度と歪性を計り是正への力を向けられてバランスの整った成長軌道が作られる。

政治行政の最も本分とされる性格を外すと自己目的化が進み、良質な経済成長が遂げられない。こうした意味の中立性が堅持されて民間活力の自主内発性を進める事が基本であり強制的な創造策を描くのは二次的な配置と位置づけられる。この向きへ強まり自然な個々人の主体性が作られ、阻害と伸張の事象が特定され間接的な要素がいくつか考慮されて基準と例外という舵取りに在るのが適当なスタンスと描かれる。

国家の主体性を強めるといった発想は、ミクロやミドルの感覚からすると違和感が生まれ、より自然な個々の善悪や美醜が表され健康な気流が促進され過剰な制約と及ぶ事のないマネジメントに適正さが作られる。個々人の健全な成長を意図した制約で在るのが正常な感性となり、各人が良好な自由を遂げる為の最低下限の制約を取りつける発想に健康な主体性が現れる。決めごとを多く作り過ぎるのは健康な動機と離れ、根っこの普遍性を強固に揃えて柔軟で自由度の広がる主体性が生み出される。

又、物性感覚の高まりから根源性への崩れへ焦点が注がれて、はき違えた自由の進行に対する対処や予防の施策が欠かせない。いずれに於いても根源的普遍性の強化が時代と逆行しない的策となり、こうしたポイントの捉え方への異同が、物事の中心的な観点に浮かべられて細部に偏した不毛性が回避される。

こうした結果、活動が盛んになり大きな成果が生まれ借金を返す好循環に回るというビジョンが標準であり、基準に対していくつかの付加をとる制御感覚に適正を感じます。

文化界

文化界
文化界の設立と事業化へ向け 本書の文化思想に意義を感じられる民間や公共からの資源を持続的に得られる仕組みの構築が課題と浮かびます。文化思想と実践と検証による効果を表し活動への理解と資源の負担を得る事業化を図り効用の程度が現れ、出版はファーストステップと位置づけられます。政治行政分野や民間事業者へのアウトプットとなり長期戦略上いずれの領域に対しても利害が一致する事に成り一定の資源負担への合理性が生まれる。これを如何様に証明するかに文化事業の開発と展開への正当性が生まれる。実際的に思想を引用した原論が見られれば価値の同意と活用の実態が確認され、道義上、法規上、資源負担の責務が生まれる。健全な感性からの当然の帰結であり請求書を回しても何ら不思議はなくこれを放置すれば却って不健康の増進に連なり理念に従った積極的平和策を推進し生命の躍動を齎せたい。他律的な受動体質と自主内発的な性格とを分け、死んだ感性を蘇生させ、活き活きとした人間を作りたい。

事業アウトライン
思想:健全な自由主義社会、事業運営方針:独立性の高い運営
事業化:社会ビジョンと実現の持続的活動、思想の普及と展開、検証と効用の持続的サイクルの構築
アウトップット先:個々人、教育分野、民間事業者、政党、地方自治体、各種団体、人権団体、宗教団体、
定期刊行物:月刊誌の発行、思想解説、思想と展開事例
マスコット製作:調和くん講習会:学校、企業、自治体、会費:法人、個人、事業報告、収支報告、約款、

文化界設立の背景

法治国家として憲法が備わり一定の健全な民主主義が観念上備わり実際上の運用面で程度の実感が確認される。フレームと解釈や適用上に個々人の資質が問われる。運用の直接従事者に、法が規定した精神の理解と適正な運用が果たされているか、法自体が現代の感性にそぐわないか、運用上と設計上の観点からの吟味と検証の持続的な活動が展開されて、法か個人か何れかに問題が発見されれば是正を投じて憲法が反映される。事実を示し広く問いただして健全性が図られる。結局は、個人の性質に行きつき、どんな思想やビジョンを備えた性格かに帰結する。法治の前に人治が実情で在って、法の適正運用も改定も人の感性が反映される。人格上の健全な主体性を問い正すのが原点で在って、そこが歪んでいれば、法や制度、生産事物も狂ったものに成り個々人の性質を良く見て吟味が加えられる。経済人を計る事も同様の論理で在って行き着く所は思想や信条とその運用で人格の実感となる。こうした点からも良質な思想を形成し身体に反映させる活動があらゆる物事の根源に備わり、『日本文化原論Ⅱ』の思想体系を薦める事が本会の趣旨であり、内容への共感と質量からエネルギーが作られ各種個別事象に現れ快不快の感覚が生み出される。この因果が想定され、空論で留まらない実際上の効用や意義が現れる。良質な文化が活動の源泉となり人治の善し悪しを決定する。公私を切り分け出来るほど都合良く解釈されず一貫した性質が人格の実態であり質実が問われて真価が測定される。精神分裂症のような文化を求める事はなく質の良い人々との協働に及びましたら幸いです。

有機体の躍動性

有機体の躍動性

管理職として本来求められるのは資源の有効利用であり、個人プレーを得意にするタイプと大別される。

基礎体力を示す言語能力や計数的な論理形成力と個別の性格を表すビジョンの創出という職務と、その中に配列する作用と、配置内で期待する効果を上げる作用といった3つ程度の区分が生まれる。基礎能力と専門性とも言い換えられ、この縦横構造を取りながら、どこに最も特殊性を持つかという観点から、資源の有効な配置を取れるかで全体の成果が生み出される。

全員に同様の型枠を嵌める発想に立つ単純な型式化ではなく、活きる部分を瞬時に掴み全体のビジョンに当て嵌め、あるものを伸ばす発想が鍵に成り、この面に野性的な実務経験の差が現れる。単純模型や平準性を求める座学的な体質からは、管理職としての良好な効果が望めない。

生かす発想が弱く、平準にするマネジメントが、単純な静態論の適用で在って、活きた動態性を掴み個別性を伸ばす事に在ってパイの良質な拡大が望まれる。この管理的資質の能力と自ら動いて獲得するタイプかという性格を掴み、攻めと守りの全体を動かす作用と、全体を描く作用の連携で、有機的な連なりと大きな成果が達成される。

単純型式とその当て嵌めや平準化を意図するマネジメントは、低能であり資源の有効利用に至らない。内向きのサラリーマン体質からは、個別の性能を嗅ぎわける能力が弱く、管理欲望ばかりが先行して活きた資源を扱いきれない。これがポイントで在って、個別分野の性能云々を特に強調する事は枝葉の話。

専門職と総合職とに求められる素養は異なる。こうした面を抑えたマネジメント能力が経済成長のカギで在って、ゼロベースの構築力の弱さは、型式の模倣か、個人プレーに偏するか、ピンはね型のマネジメントになり、全体のパフォーマンスを高めるに及ばない。断片的な感度は、動的な対象の認識と創造が強まらず、資源を遊ばせる。個人の欲望へ偏って、力んだぎこちなさを表し生身の力を増産する事に及ばない。ダメ管理職が居座る空間としてこうした点が浮かびます。公務員体質や大手企業体質といった抽象で示されます。在るものを活かす感性が自然を活かす嗅覚で在り、型に押し込める発想は停滞を齎せる。

自然との調和性の高い体質形成過程を歩まれて、動を動で嗅ぎとり、動で動かす力が備えられる。座学体質はこうした感覚が発達せず、頭脳によって生きたエネルギーを萎ませる。

高い調和性のマネジメント力が、日本的な感性に根差した優れた集団力を作りだし、欧米的な縦割りや対象との分断を志向するマネジメントは、活きた力とは異なり人口性の強い物的感性を表し、根源的力を活かす創造とは離れ、短期周期の粗雑な採取型の体質となり循環的上昇が強まらない。この体質が浸透しており、日本的な良質性が萎んでいるように見受けられます。

ガサツな力の用い方に転換され自然との不調和感が強まり、歪な成長と向かい正しい軌道と離れた創造や人間を生みだされる。テクニカルな小技に偏り、根元から湧きだす力を作り生かす動態が文化政策の範疇となり、産業経済、政治行政への根源的な感性の提供と動力の革命的変身というビジョンがイメージされます。

根源性への問い

根本にしっかりした観念が備わると、それを原理に二次三次の応用を効かす論理が創り出される。現代の分業生産の進行は、ここで言う三次四次という根元から大分離れた論理に焦点が注がれ、それを声高に訴求するかの言論や生産が生まれる。どこか根元の土台感が伝わらず場当たりの風潮を早急に追いかけ、生存競争に躍起になられ短期的な過敏反応と一喜一憂する体質が科学技術に慣れた生活習慣からの感覚と現れる。時短への志向が増進し早急に効用を期待する感覚が備わり、落ち着いた対象との交流が軽薄化し無機質な合理性に快適感が合わされ、短変数の経済を求める物性感覚の浸透に根本的な人間が求める道と外した焦燥感と現れる。こんなような感覚をどこかに抱えて物事の本質を省みる健全性への装置が働き根源性への問いや欲望が表現される。

自由や開放的な志向性に対して軸足や土台感、大本の価値への欲望が高まり、制約ある自由に制御ある快適性を抱き根源的な共生感情を本能に持つ性格が確認される。有限の生命への実感が無限への発想を呼び、生物物理的な限界を抱いて情緒的な連なりへの無限性を志向される。これが、右肩上がりの直線的向上軌道とは異質の線より面での割合感と上昇循環という世代を跨ぐ不動的な意思の継続性への欲望と及び、大きな時代観や歴史の一部とした大局観の上に良好な働きを担いたいという奉仕性の欲望が表される。

身近な集団や少し大きめの空間といった様々な対象と時間が想定されて、何がしかの痕跡を残したいというエゴに近い感覚や純粋な良心が示され、人間の変容しづらい感受性と感覚の相関を表す抽象観念が描かれる。自己満足的な要素や奉仕性の感情を混在しながら各時代に生きる感性が現れ、変容しづらい人間の叡智や本能と引き継がれる。この面に無機質性とは異質のアナログ的な性格の情緒が現れ土台的な価値を作り二次三次の論理に反映される。個別の積み重ねと定期的な集約の行為が繰り返され、その実感を高める動態軌道が浮かび、正負を同居する実像を踏まえながら正へと向かう光と示される。

無機質な感覚が高まる今日の生活環境に情緒性の側面が強調されて感覚や物性過多の即効性に制御が加えられ変容しづらい人間像が描き出される。こうした習性が保守思想等と集約され良質な種を残す営みが実感されます。今日的には表現の自由といった人間の尊厳を守る実現策についても、一過性の経済策という気の振れた自由の追求からは事象の体験と共に反省への気持が起こり、共生や循環という本能を土台にした二次三次の理念と適用の解釈が生み出される。各種空間における大小の歴史の相違が生まれるものの、はき違えた自由には本来の欲望と異なり健全な道理を踏まえた自由が定まり永続への志向と収束する。一次の経済反応を優先した即効的な判断は自らに同様の行為が返り学習の機会を経て後悔と現れ軌道が修正される。間違いを率直に態度に示す事が溝を深めた二次三次の被害を予防する道理でありこれを逃げる人間の弱さが歴史の汚点と刻まれる。

根本の浄化策

自然律を回す事が必須であり犯罪者は退場させる事がインフラの重要な責務のはずが、インフラ自体が病んでいる当該空間の深刻な状態に見受けられる。情報流通の要となるメディアと権力を直接運用する立場の感度が過保護な肥満にあり、マイナス面への改革をせずには一向に好循環の兆しは生まれない。

積極的創造策を投じると同時に、寧ろこのマイナス状態へ比重を取った改革が政治行政の優先課題に思われる。積極策は別の見方に立つと民業の圧迫であり弊害の要素を多分に含まれる。政治行政でしかできない領域と、民間事業への余計な阻害を生みだす事との切り分け感がないと良好な活動に至らない。

後者の面は犯罪の取り締まりで在りこの意味の自然律を粛々と回す事が期待されるはずが、犯罪の主導者と見られるようでは、まともなエネルギーの好循環など到底及ばない。供給利益に偏した感性はこの適正バランスを欠いて自己陶酔型の感度を進行させ優先度のちぐはぐさを見せられる。

学問秀才の感性が中枢に備わると局所に偏した利益に固執して全体を大きく捉えず適正さを欠いた小手先策と現れる。偏差値教育の負の面が適正な力と責任の均衡を失い歪みを蔓延らせ身勝手な裁量をとる事に検証を強化して、質実の取れた効用の実態を測定する恒常的なシステムの確立が急がれる。

文化基盤の低水準からの脱却へ意識が注がれて、まともな水準に戻す事が当面の課題になりこれを放置されると上辺の改革のみで根源的なエネルギーの循環軌道が作られず長続きしない。基礎的躾の程度が問題であってこれに蓋をした感性からはインスタントな焦点へ視線が及び事柄の重みづけが頓珍漢となる。

異なる感度の人材を積極的に登用して、基礎的な感性の修復が進んで肥満の解消を成すのが中長期の健康化策に相応しく内部型改善が進まない事が、本流の軌道を生めない原因と思われます。文化政策という健全化ビジョンが中心に備わり、それへの成果達成にインセンティブを設け、犯罪を見過ごさないぬるま湯からの脱皮に及んで基盤の良質化が果たされる。

個人の資質の良質さとシステムの適正均衡を目指し不均衡の是正から良質な芽や力が前面に現れる。内部告発等を積極的に行える環境整備を取り堕落を見過ごさない強い基盤の確立が次元の上がる循環を促進する。力に相応しい責任を求めるのが自然律でありこれを阻害する因子に焦点を定め取り除き、質実の良い健康体が作られる。

下限律はそこのみを持って堕落を判断できる有効な観点で在り、粛々と対応が取られて良質な因子が前に進む。下限を守れない積極策等に持続的な再生産の仕組みは生まれず、一過性の創造と終わり下の地点に戻される。

文化論の性格

文化論の性格

循環への志向は、生滅概念を根にした感受性からの自然な反応であり、悲しみを喜びへ、苦痛を安楽へ、停滞を成長へと導出する活動へのエネルギー質量に現れる。つまりマイナス性の事象に対してプラス性に転換したいとする理由の及ばない人間の本能を表す事に成り、外界から察知される感度を起点に生まれるエネルギーと示される。外界への奉仕性の感性が注がれてその感謝への気持が大きくなるほどにお返しのエネルギーが回り、好循環による富みが蓄積される。この果実に振り回されて、自己へのエネルギーへと回すほどに、外界からのマイナス事象の感度が低下して、貢献へのエネルギーが萎み、回ってくるエネルギーが減少する。これに至っては、外界から受けるマイナス性への対応という意識が深まって閉鎖的な構えに陥り、奉仕よりも守り、提供するよりも奪う発想が増し、詐欺や盗みという行為へと堕落して人格の壊れた体質と現れる。大凡、こうした規則性についての同質的な見解が揃うように思われます。

この堕落性の活動則の認識から対処や予防の観点が生まれ文化という長期性の人間像が描き出されて、マイナス的な性格に陥らない模範像を固め、良好な発想や体質を備えた外界との交わり方に及び、適正な個別事象を積み重ね健康な心身が持続する。以上のような焦点が文化論の中心的な観点となり、基礎的動作や在るべき自然観や人間観への探究と実践の活動が展開される。

長期に渡る特定領域の生産には、上述のような性格が含まれて、持続的な存続を果たされているという仮説に立つのが適当な論理と示されます。しかしながら、事象の多角的な因果をもって良質な活動であっても、物性の大きな趨勢から先細り、衰退への道を辿る事象が生まれる。これについての根本的な観点へと思索を充てミクロの事象をミドルやマクロの観点から冷静な分析を加え、根本的な価値を省みて良質な軌道を確保する二次的な文化政策の焦点が生み出される。

表面的な焦点で文化観念を捉えて、物事の真相と外れた点から、いくら訴求を取られても実際的な真価への実感が生まれず、事柄を掴み取る嗅覚の相違から論理の組み方も様々に現れ、文化という言葉の取り方に異同が生まれる。人間の性格や生活の深みある捉え方を起こし根源的な思索をもって文化観念を構成して描き出す事により、実際的な人々の感性に届く文化政策の意義が生み出される。歌舞伎や相撲、能等という特定領域に見られる表現を持って文化とする一方で人間の全般的に渡る焦点から文化観念を取りあらゆる事柄の根本と描き出す文化体系に意義の高い生産性が現れるように思います。哲学や根本思想、健康論、人間論という基軸で捉え、骨太の人間の性格を創り上げる文化活動と設定して論理体系を表すのが本書の性格になります。

文化基盤の良質性

在る程度の成功者と呼ばれる人々に共通する性格は筋道を通す感性であり、良い悪いという事象への健康なジャッチを持ち、自身の基準に率直な反応を見せられる自律心の高さにある。相対評価に寄らない自己体系との適用を積み重ね外界からの信頼を形成し求心力を備えて繁栄される原理と浮かび上がります。骨太の気質が創造事物に反映されて支持を取り付け、歪んだ発想に染まらずに有機体の健康な成長を遂げられ、尊敬や共感を集められ社会の模範と映し出される。

生きた勉強の素材に合わされその遺伝子が空間の性格と浸透して強い生命力を宿した文化と引き継がれる。悪い事には潔い反応を取り良い事には良いという公平公正な態度を持つ気持ちの良い主体性に真の信頼が寄せられて醜態に及ばない美しさと響き所与的な感性への本能による共感や協働に至り力強く大きな好循環の躍動が進行する。気持ちの悪い小手先手法に不快を抱き、純粋な気持ちの上昇から真に溶け込むエネルギーが合流され、歪んだ横道に寄らない上昇軌道を創り上げられる。

依存的な感性の脆弱な生命体は虫けらの感性に受動的に染まって醜態へも誤魔化し無難な世渡りに満足される。これに不快を抱くか同化するかの違いが主体性の性格を分け、貧しい生命体と活き活きとしたエネルギーを生みだす生命体との分かれ道に成り、その程度の同類が集団を作りだされる。一度、歪んだ手法に着手されるとそれに慣れ、体質と化して標準感覚を作り抜けられない性質が固まる。これを戻す事は容易でなく染みついた体質と現れ実態の美性に住み着いて誤魔化しようのない性格が掴みだされる。一度盗む奴は又繰り返し更生するには相応の時間が必要になり、放置しとくと被害は止まらず悪性の拡散が進行する。作りだすより盗む事が常態化してエネルギーを萎ませる。

この切り分けが遅れると取り返しのつかない文化の堕落に及び、腐りを感じられない感性が蔓延って全体の水準を下落させ手のうちのない衰退のスパイラルを回される。これを留めるのが自律心の強い主体性の存在であり良い悪いへの客観的な認識を習慣にして来られた規則性を持つ健全な人格であり空間を牽引する良性のエネルギーを増産される。不抜けた感性は腑抜け同士で仲間を作りマイナス行為への正当化を強めその貧しさに気づかない哀れな振る舞いを見せられる。どこか根源的な文化の違いを持つ基礎感性の相違と映し出され、建設的な発想よりも歪んだ手法を基調として空間の良質な性格を歪める元にも映ります。これに対峙して根の浄化を果たすのが健全な感性の好循環に連なり日本文化の興隆と描かれます。