性質の改善

性質面が根っこで在り、負け犬癖という感性が何でも模倣するか、盗む事への恥も感じない性格であり、これが最も悪性のひ弱な人間像と浮かぶ。構造の作り方にも反映されて、自利に偏したアンフェアな権利義務関係を作り、下から盗むや取り上げるといった個別局所の事象を生む。その不快事象が更に同質の性格を作り、下から盗むという詐欺体質の拡大に及ぶ。

生命への躍動に喜びを抱ける善意型の根源感性を備え、対象への真摯な対峙を持ち、根源感性からの快不快感が生まれ、快適は増進、不快は削減という熱が投じられる規則性の強い主体性で在って、適当な創造が生み出される。

安易な模倣や盗みに寄らず、自身でゼロベースからの論理を創り上げる生産性に至り、確かな質感を得られる物事の創出へと力が注がれる。これが良質な性質として規定される。

良質な性質が良質な構造を作り、良質な個別局所の事象を生じさせる。このような因果を想定して、人間を作る事が、根源の尺度であり、共通の感性として備えられるほどに、良好なエネルギーの好循環が持続して、長期の規則性に固まり、文化の性質と実感される。

幼少期から永年に渡って体に忍び込む性格という面であり、そして、歪んだ性質のものが社会の要路に居座って歪んだ構造を作ると、良質な個々人の性質が破壊され、歪んだ性質が標準となり物的依存症の空間秩序で慢性化される。力に依存した盗みや詐欺が常態化し、良質な欲望と力と責任の尺度と乖離した発想で、利己的欲望の充足へばかり及ぶ人間が居座る事からは、客観的な調和の尺度が作られず、歪な社会システムという構造が生まれる。

こうした負の因果で描き出され、これへの不快感が改善への力と現れ、良好な事象へ連なる方法論への探究が強まり生み出されたビジョン等が、『日本文化原論Ⅱ』となります。

これに共感を抱かれる人々が強まる程に、絵に描いたものに、実際的な生命観が強まって、その動力から適当な二次三次の原理が作られて良質な性質が増進し、構造や局所での実感に連なるものと思います。

悪性の性質には不快感が強く現れ、それに相応しい配置を設けてあげる事が漸次的な改革であり、永年の時を経て作られた性質はすぐには変わらず、配置を変える事が適当に成る。他者からの指示によってでないと、恐らく動く事に成らず傷つけないように自覚してもらうような取り組みも視野に含めて、良質性への道を増進する事に不動的な道筋が浮かび上がります。

従属型の人間性を好まれる事にも寛容な態度を持ち、しかし全体的かつ根本的な利益を先んじて、社会システム上の適正な配置という面が優先されて、持続的な良質化へのビジョンの実現が強まる。こうした協調と自立の仕組みに在って健全な高次の世界が創り上げられる。

健全な生産性

1)健全な生産性

本や雑誌という二次情報を下にする生産と一次体験で情報を作る事の相違という面を浮かび上がらせる事が現代的な情報多産社会における良質性のポイントになり、対人形成の志向性という実態的な人間像がここから掴みだされる。人を利用する道具という感覚が進むほどに信憑性や正確性という質は下降し、短期的な搾取性の表現による糧を得る規則性が進む。感覚的な質感を得ずに二次三次の情報とその加工で表に出し人を欺く創造性といった表現者の性格が浮かび上がる。感覚工程の減少と頭脳的操作性の高まりは人間の質を下落させる。教科書の読み込みで留まり二次情報を記憶して検証作業が取られない創造性が増進すると、こうした傾向の生産が増加し実感の弱い知を下に一過的な刺激性の強い手法による知を作り、糧を得る作業が生まれる。外界への利益を提供する発想よりもどちらかというと欺き奪う生産者という性格で掴まれる。このような根本的な側面から社会現象の問題を洗い出し、健全な人間を創り上げる施策が長期的な良質化への創造であり表層面を不動的な原理から捉える事が感受性の痩せ細りを予防する事へと連なり、感覚と頭脳と感受性の良好な規則性へと修正して、負を与えず正を作る規則性の好循環という軌道を強めるものと思います。教育面や社会秩序の健全性を向上させる事が人間の破壊を予防する重要な意味を持ち感覚的即効型の財の入手という外界との敵対的な感性を修復して真に価値ある創造性に快適さや喜びを抱く感受性へと正常な人間像を作る欲望が湧いて適正な二次三次の事象が作られる。物性依存や拝金性が強まって虫食いの姿が顕著に現れる。これへの不快と是正や良好な生産性を強調する事が基盤面の良質化に連なり人間の実態を適正に捉えて、不動的な価値を崩さない施策が幾らか必要な時期に在ると映し出されます。直接間接の事象に適正な感性を表す事がこの創造性を指し外界に起こる事象への反応と中核的な技術の建設的な創造との両面を持ち刺激と反応の相互的循環で正の増進というエネルギーを投じて健康な心身を備える人間の活動が進行する。局所的な限界の認識と適正な構造の形成により長期的に良質な性質が創り上げられ根源的感性の良質性と多角的大局の観点を持った重層的なビジョンを備えて無理のない段階的な改善が生まれる。これを掴む適当な観念を取り上げます。社会生活における資源や気候、人口推移といった基礎変数が中期や短期の需給構造に反映され個別局所の事象に及ぶ因果の全体を踏まえるとマクロ政策の優劣が動態の規則性に大きな影響を与える。ここの善し悪しがカギであり個々人の非力や限界という点を抑えて構造の適正化を作る視点が欠かせない。これを導出する人間の性質という面が根本性であり健全な感受性の型式が謳われます。主体性は「性質、構造、局所」という順で生まれ未成熟な段階は「局所、構造、性質」と現れる。健全な性質から基礎変数を客観的に抑えマクロの協調性と個々の自由との適当な調和を見出す全体観の共有が同一性のビジョンと掲げられ各所で求められる責任の大きさと実態を客観的に評価して力の過不足を是正し均衡のとれた体質の維持と向上が健全な生産性と表されます。

2)社会システムの適正

このような全体ビジョンの下に社会システムが描き出され各所で求められる役割が規定される。それに真摯な対峙を持って、成果を上げる事が求められ評価が加えられる。肥満な体質になると真摯な取り組みを欠いて自己の物的欲望へと関心が注がれて役割を欠いた状態が生まれ、そこへの適正な対処が遅れると中局や短局へと影響が派生し負の連鎖性が作られる。こうした事象を客観的に測定する尺度と適用が専門研究者の責務であり、ラインとなる主体と客観的に計るスタッフとの両輪で適正が導出される。実務者への有効な型式を提起できる観測者という関係性等の確固とした仕組みの構築が欠かせない。相互の緊張ある評価関係が劣ると利己的な性格の創造に及んで、局所の利益に偏し全体の利益を萎ませる。大きな責任の求められる所の肥満は至る所に負を広げられる。こうした社会システム観を備えて持続的安定と繁栄への有効な施策を投じる事が必須とされる。無能な学者は型枠を作りだされず二次情報をただ入力し伝達で留まり実際的な効用を生みださない。この類は無駄であり付加価値が見られない。対象を映し取る型枠の形成と測定力が高まらないと今日のようなマクロの劣った事態を招き適正な処分の遅れが良質な芽を塞ぐ事に及んだと思われます。学者、マスコミ、マクロ政策推進者への適正な全体ビジョンを創り上げる哲学者等の質の低下が構造や局所のマイナスの事象を作りだす。根本の性質面について確たる型式を誰でもわかるような表現で示す作用が土台であり、哲学者の欧米模倣的なタダの翻訳者という専門バカとも言える領域化が事態の悪化を招かれた。

社会創造学:直接間接の因果の実感と良好化策

こうした主体性概念の認識と形成という観点から以下のような文脈が描き出され、実践的な絞り込みとイメージが現れるように思われます。

日々の事象を大きな電波の力を用いて発信するメディアの存在が、集約的な固定的静態の観念を反映して事象を選び出す作用を持ち、個々人への静態観念を作る二次的な創造の性質を備えられる。個別事象は抽象集約観念から選定され、価値観を下に個別を絞る事に成り、この作業が受信者の価値形成に影響し、個別を作る循環の系が生まれる。

寡占的な構造で発信と受信が作られるほどに、発する側の影響力が大きくなり、そこに備わる価値観への真価や健全性が問われる。頭脳性の作業に偏して感覚的実感と離れた規則性によると、事象を適正に掴む嗅覚が低下して、表現の実質的なポイントを欠いた映し方や事象の選定自体にピントの外れた抽出を取られる。多くの一般的な感覚と観念と感受性を回される人々が備える時代の問題認識や感度の相違が拡大して、自己の生存性へと寄って準公共機関としての使命が弱まる毎に、抽象的静態理論の不健全化や適用の歪みと及んで適正な価値の牽引役として資質に陰りを落とし、その体質が空間の民度や教養、性質と反映される。寡占構造は選択性の範囲を過度に限定し一方向の力を強められる。構造上の問題認識や他の媒体が活発に現れる環境が促進されて緊張ある競争が進んで良質な事象の発信へと向上する。このような観点を多くの人々は備えられる事に思われます。これと類似した構造が、政治や行政と民衆という対置であり、或いは大手企業と中小零細といった関係にも現れ、同質的な原理による弊害への対処や予防の施策を持って需給構造の歪性に対する健全化策を常時講じる作用から生き物の健康が促進される。構造が性質を作り局所事象を発生させる。局所が生まれる大局的な因果を抑えて、投じるべき改善の有効な順序を掴み、局所の限界を認識の上に適当な良質化の体系が創出される。部分性の解明に対して事象を広く映し出し社会現象の客観的認識を向上させ的確な問題を掴みだす能力の向上に、社会科学は欠かせない研究領域と成り、その基盤に物性と心理の欲望への視点や、長期性の人間像といった根本的性質を浮かび上がらせる文化の体系が適正な嗅覚を作り社会事象の良質化への起点に備えられる。間接性の因果という実感は確かに備わり、虚像という感覚は余りに局所に偏した感性であり、広く大きく事象を把握して社会の良質化を起こす施策が有意義な効果を齎せる。以上のように、主体性概念、静態的理論と動態性、需給構造の特質、構造と性質と局所事象、社会事象の直接間接の因果形成、人間の根本的性質といった主要なキーワードが浮かべられ、人間形成の良質性への探究と実践の大枠的な筋道が表されます。一部エリート集団なるものによる牽引という発想は、広く大きく見ると需要の画一化を招き、短史眼的な利益を過度に追い求めるスタイルに成り、根本的な人間像の健全性への問いを持った長期の視点が持続的安定と繁栄に連なる正道と表され過敏な感度の供給論理に偏する進行には限界が早期に訪れる。一過性の物性的感度への迷走が今日の問題と浮かび上がる。

自然な感性の促進

創造は基本的には市場の作用で淘汰されるものであり、創造自体に事前の制約を加えるような作為は根本的価値観を損ね、違和感の強い作為という感覚が現代人の皮膚感に思われます。創造に対して直接的な利害の抵触は、そこでの反応を見せそれを見る第三者が更に判断を加える事に成る。この流れに妙な制約を課すことなく各人の意思が尊重される。

事前型の規定も限定すべき事は利害関係者の範囲に応じて絞り込まれ、多数になるほど制約できる範囲は弱まり、抽象的表現やマイナス性のしてはならない事に特化して規定されるのが自然であり、表現が示す要望を率直に表し吟味する期間を設け、各種利害関係者からの意見が出されオープンにして集約的な意思を纏める事が健全な手続きとなり予め備わる起案者の立場や性格に公共性が備わる程に開かれた意思決定の流れが求められる。個別特定的な立場と公という性質の高まりに自他の認識が揃って適正な過程かの判断が下される。

意見を出す事自体に過度な制約を設けるような流れは時代と逆行し違和感の強い偏狭さとも映し出される。裏と表で内容が異なるダブルスタンダードは健全性を欠いた歪さであり、信用の根本的な欠損を招き人格上の歪みと映し出される。戦略等という作為の正当化にも本来的な筋道としては歪んだスタイルであり、堂々と裏でも表でも通じる振る舞いを取るのが健全な主体性を表し、過度な作為は歪んだ欲望を指し、過剰な欲望が小手先の手法に及んで信頼を下落させる。特定の対象に過度な依存関係に在るほどに独立性に陰りを見せ、過剰な借りを作る健康を害した振る舞いが生まれ、自己の尺度に平等な適用を持てず公の性格を外され場当たりの振る舞いを表される。

対象との距離感の設け方に適正さを欠き、裏表の相違や物性への依存に在っては人間性を損なわれる。こうした理論が基本的な主体性概念と考えます。主体性が構築されるほどに静態原理に重心が生まれ基準に対して同一の適用が取られ公平公正な振る舞いに及び力と責任の均衡と解される。どこか歪な欲望から過度な利己性が現れ、健全な筋道を外され不信な性質と知覚され、権限と責任の乖離した運用への是正圧力が加えられ、制御可能な範囲へと修正されて適当な調和が生まれる。つまり、固定的静態は、新規的な発見の前進性を持つ動態性により下落を防ぐ事に成り、発見や挑戦への構えが閉まると自己本位の偏狭性に及び、謙虚さと上昇志向に在って外界との良好な協働関係が作られる。こうして生きた主体性の実相が描かれ歴史的な動態面を含んだ柔軟さが備わり動静の適正が生み出される。

びくびくした態度は敏感に察知され後ろめたい理由を抱えた言動は隠しきれず横道に逸れた感性は強い正当性を示しきれない。器に在った配置へと回る事が市場の作用であり、自由選択を基本に正常化の循環が促進される。オープンな隠ぺい体質に寄らない公開性が動態に適正な緊張を与え、対象との真摯な対峙が持続して原理創造型の客観性を感知できる体質が備えられる。坊ちゃん体質に成る程に自己に甘く他者に厳しいアンフェアな態度を表し大昔の感性に陥られ健全性の流れを阻害する。お家の中で威張り腐り外での屁垂れは醜さの象徴であり日本文化とは相容れない性質と映し出される。堂々とした気持ちの良い文化を多くの人は望まれる事に思われます。

3)情緒性の欲望の一側面

3)情緒性の欲望の一側面

情緒性の欲望に一人ひとりが平等であるという思想が浮かび上がる。人種に差別を設けず万人が同等の存在であり、思想や信条の自由を認めるとする普遍的な価値が定められた。何者にも支配されず自己の意思によって自由に選択する主体性である事に重きを取る人間の尊厳と思われます。これを普遍的な理念として、個別事象の積み重ねから特定の事象を取り上げ具体的な行為類型と纏め、してはならない事の共通規定を設け、法律と制定し理念と運用の関係が作られる。人間として当たり前に備えられる権利が明瞭化され、最上の価値の認識が創り上げられこの制約を重んじて下位の規定が作られる。これを抽象概念で区分すると、根源性と共通性と個別性という型式で表される。

根源性 共通性 個別性
理念 憲法、法律 限定的

当事者による合意形成

人類の永続

平等

してはならない事

(して良い事)

このような体系を備えるのに、健全な心身の状態という在り方が実際上の感受性と浮かび上がり、健全性概念の要件や形成過程の壺といった点に、長期的な観点からの叡智が抽出され観念表現の創出という試みと共に訴求をして、実態化への力が注がれる。それをどう受けられるかも自由であり、各人に独立した意思が備わり、共感や相違が生まれて、共感する部分の接点を見出し根源的な感受性と実現の反応が形成される。この観念自体という面と、個別的協働の生産過程の中で適用される面とが浮かび上がり、其々の活動があって叡智の磨きだされる永続的な軌道が生まれる。平等という観念一つを見ても、その解釈は多彩であり思想信条の自由という言葉も、観念として権利を規定する事自体が自由と相反するといった矛盾も孕み、どういう実感の浮かべ方に根源価値の実現を見るかの探索が進められる。

「生まれながらに、正負を内蔵する」といった人間像を一つの提案とするのが本書の特徴に成り、この感受性が人と人の共生性に連なり平等への実態を高める事や健全な心身を形成する起点であるという考え方や、健全な主体性を示す尺度に「欲望と力と責任の均衡」等が示され平等思想を実感する規定と示されます。個々人の成熟性が進むにつれ、各人の解釈に深みが生まれ国家観や憲法観もこれによって作り方が変容する。全体的に物性的な感覚が進行していると見れば、個々人の物性面を強く縛る権力が要り、或いは、国家の運用自体が物性的であると見れば、行政を憲法で縛る面が強化される。どのような事実認識に寄るかで方法にも多種多彩性が現れる。頭に偏した観念と成らぬように実態性を引き出すような深い実感を得られる示し方等へと思索が進められ情緒と物性の適当なあり方が導出される。「して良い事」を規定する意味は保障するという事か?誰が?表現や規定する事自体の意味?

4)個と全体

人類の永続という直接的な個々の欲望よりも全体としての価値を高めるような発想に在って、健全な個々人の姿という実感にも及び、個人と全体の適正には個人を上位に置くか、全体価値を上位にするか、正確には割合の問題と思われますが、どちらかというと後者にあって健全にも思われます。現在と過去と未来において過去への感謝の気持ちが奉仕性の感性を起こし永続性に連なる全体最良性への発想に及ぶ。個別体験的な事であり一律性の困難さが浮かびます。過去への恨みつらみは直接的な相手方に向けて投じる事が筋であり、関係の弱い所に回さない感性が自己制御力となる。このけじめ感覚の上に、建設的前進性の創造を持って、良好な価値を追求する活動が生まれる。

悪性の発生源をゴミと片付ける事が重要であり、この性質の強いものを大きな影響力を持つ所に配置しない事が、ねじれの連鎖を食い止め、要件規定に反映されてマイナス事象の減少に及ぶ。特異な成長過程から生まれた感性を主要な配置に置く事の正負の作用を良く鑑みて健全性を欠いた判断をしない事が適当に思われます。或いは資格制度や教育制度等を健全性の指標を強めて改良する必要がいる。更には、現況の健全性を測定して、改良する包括的な体系で全体の良質化が図られる。

3)情緒性の欲望の一側面

3)情緒性の欲望の一側面

情緒性の欲望に一人ひとりが平等であるという思想が浮かび上がる。人種に差別を設けず万人が同等の存在であり、思想や信条の自由を認めるとする普遍的な価値が定められた。何者にも支配されず自己の意思によって自由に選択する主体性である事に重きを取る人間の尊厳と思われます。これを普遍的な理念として、個別事象の積み重ねから特定の事象を取り上げ具体的な行為類型と纏め、してはならない事の共通規定を設け、法律と制定し理念と運用の関係が作られる。人間として当たり前に備えられる権利が明瞭化され、最上の価値の認識が創り上げられこの制約を重んじて下位の規定が作られる。これを抽象概念で区分すると、根源性と共通性と個別性という型式で表される。

根源性 共通性 個別性
理念 憲法、法律 限定的

当事者による合意形成

人類の永続

平等

してはならない事

(して良い事)

このような体系を備えるのに、健全な心身の状態という在り方が実際上の感受性と浮かび上がり、健全性概念の要件や形成過程の壺といった点に、長期的な観点からの叡智が抽出され観念表現の創出という試みと共に訴求をして、実態化への力が注がれる。それをどう受けられるかも自由であり、各人に独立した意思が備わり、共感や相違が生まれて、共感する部分の接点を見出し根源的な感受性と実現の反応が形成される。この観念自体という面と、個別的協働の生産過程の中で適用される面とが浮かび上がり、其々の活動があって叡智の磨きだされる永続的な軌道が生まれる。平等という観念一つを見ても、その解釈は多彩であり思想信条の自由という言葉も、観念として権利を規定する事自体が自由と相反するといった矛盾も孕み、どういう実感の浮かべ方に根源価値の実現を見るかの探索が進められる。

「生まれながらに、正負を内蔵する」といった人間像を一つの提案とするのが本書の特徴に成り、この感受性が人と人の共生性に連なり平等への実態を高める事や健全な心身を形成する起点であるという考え方や、健全な主体性を示す尺度に「欲望と力と責任の均衡」等が示され平等思想を実感する規定と示されます。個々人の成熟性が進むにつれ、各人の解釈に深みが生まれ国家観や憲法観もこれによって作り方が変容する。全体的に物性的な感覚が進行していると見れば、個々人の物性面を強く縛る権力が要り、或いは、国家の運用自体が物性的であると見れば、行政を憲法で縛る面が強化される。どのような事実認識に寄るかで方法にも多種多彩性が現れる。頭に偏した観念と成らぬように実態性を引き出すような深い実感を得られる示し方等へと思索が進められ情緒と物性の適当なあり方が導出される。「して良い事」を規定する意味は保障するという事か?誰が?表現や規定する事自体の意味?

4)個と全体

人類の永続という直接的な個々の欲望よりも全体としての価値を高めるような発想に在って、健全な個々人の姿という実感にも及び、個人と全体の適正には個人を上位に置くか、全体価値を上位にするか、正確には割合の問題と思われますが、どちらかというと後者にあって健全にも思われます。現在と過去と未来において過去への感謝の気持ちが奉仕性の感性を起こし永続性に連なる全体最良性への発想に及ぶ。個別体験的な事であり一律性の困難さが浮かびます。過去への恨みつらみは直接的な相手方に向けて投じる事が筋であり、関係の弱い所に回さない感性が自己制御力となる。このけじめ感覚の上に、建設的前進性の創造を持って、良好な価値を追求する活動が生まれる。

悪性の発生源をゴミと片付ける事が重要であり、この性質の強いものを大きな影響力を持つ所に配置しない事が、ねじれの連鎖を食い止め、要件規定に反映されてマイナス事象の減少に及ぶ。特異な成長過程から生まれた感性を主要な配置に置く事の正負の作用を良く鑑みて健全性を欠いた判断をしない事が適当に思われます。或いは資格制度や教育制度等を健全性の指標を強めて改良する必要がいる。更には、現況の健全性を測定して、改良する包括的な体系で全体の良質化が図られる。

現代の主流

動物を玩具にするような感性は不快感が現れる。自分よりも弱い対象を気ままな欲望から自由に従わせ楽しむような態度に根本的な精神の堕落や奢りといった醜さが映し出される。頭の操作に偏して体を用いて生産する習慣と離れた感性には、どこか歪で異様な趣味の悪い姿と映される。

情報や知識という無形財の生産を生業にする第三次産業の規則性から出現する生命観の劣りが醜さを生む原因であり、道具の発展と多用や精度の劣る曖昧なノウハウを売る騙し的な生産の安直的な財の入手の形態が身体感覚の活用を縮小させて精神面の歪みを作られる。近代化という原理の行き着く負の側面となり犯罪感覚や美感の劣った状態と出現する。

この軌道に対して抜本的な変化を見出す時期に在るのが、大きな時代観と捉えられ堕落からの失敗に必然の態度を表し自然浄化の循環を促進して健全性が修復される。物性を物性で守るような歪な感性の深まりに及ばせる事無く、健康な感受性に従った自然な良心を推し進める力の投じ方が正しい感性の現れであり、これを弱める事無く根源の理性に正直な反応を見せる事が現代に課せられた基本的な未来への道筋と浮かび上がる。

物的一面性の進歩史観からの脱却とも言い換えられ、この利便性や機能性の偏った成長原理に適正を与える発想が増して、作りだす事柄を総体的な観点から割合を整える大局観が望まれる。このような性格の未来志向性にあって持続的安定と成長の健全な筋道が現れ、基礎教育や社会秩序へ価値を浸透させる施策を投じて健全な人間作りというコンセプトの設定と実現に及ばせる活動が現代社会の基軸や主流と位置づけられる。物性に依存した流れを好むか、健全な主体性を作る発想を進めるか、この根本的な志向性の違いを対立軸に置き勢力の分布を作り欲望と充足の大きな図式が整えられる。

1)今日的肥満症

二次情報や言葉には真実は半分以下であり、感覚の質感が伴って実態が積み重なり御紹介文や間接性の情報には距離感があり、まともに扱われる事はなく入口は緩やかで実践工程の協働体験で実を得るのが適当と考えます。沿革や未来のビジョン等が示され、それを読んだり聞いたりしても実感には及ばず、日々の定型的な協働作業の中で感受性の衝突や調和の形成によって実際的なエネルギーの質量が捉えられる。過度な期待を殊更大きく膨らませる事無く、入口に妙なハードルを設けるスタンスにはどこか違和感や過剰な管理志向や強欲な性質が浮かび共に創り上げるような感性が届かず歪な対象への構えとなる。既成型秩序への志向性が強くトラブルへの免疫が弱まり過剰な防衛反応が多くの条件を付け入口の交流から臆病になり利己性と過剰要求のストック型の感性が示される。一次体験がベースで在りフローの感覚から実際が生まれる。無能な経営者程、過度な要求を抱き相手方への期待を膨らませ、要件規定に厳密になり、自身で作る事や育てる自信の弱さが壁を作り頭に偏した固定概念で閉じこもる。物性依存型のマスコミ、政治家、無能経営者という類のマイナス面に顕著で在って、今日的な肥満型の体質と浮かび上がります。こうした問題事象の是正には健全な規則性の筋道を明瞭化させる事が有用であり根や軸となる確固とした観念を示します。

5)健全な心身の実感規定

5)健全な心身の実感規定

スポーツやゲームには一定のルールという枠組みが備わる。その制約下に従って負ける時もあれば勝つ時もある。これが既成型の秩序に従った動態であり制約自体に問題の発見をとり新設の決まりを感覚先行で投じるか、頭脳的に明文化して意思を早期に取り付けるといった変化の進め方が生まれる。自然感覚で規定の基準を超える動きを作りながら中小の軋轢を生じさせて、良い悪いの実態的な側面を浮かび上がらせ、徐々に適当な改良点を見出し各人の考えを収斂させ、明文化して証を取りつける事が自然形成的な流れを指し、一方で感覚工程の十分でない中で観念図面を先行させて、中小の軋轢を生む流れが人口的とも言う変化の形成方法として対比される。ここに変化への強弱感や速度感が伝わり環境から受ける快不快感覚の異同から現れる反応の相違が生まれ、頭脳的に集約させて下ろすような力か、感覚を生じさせて徐々に纏めるか、消極性や能動性、じっくり型や挑戦型、鈍化や敏感等々の実際的感度が掴みだされる。

この変化過程に適正を与える根源的な尺度が、普遍的原理となる人間像の持ち方や自然観、両面を含んだ世界観という集約概念でありいわば全体に枠を付け最上のルールと被せ、制約内での変化という構造が浮かび上がる。この面の同一性が作られるほどに変化への適正な方法が揃い自然か人工かの調整が生まれ大きな失敗を回避する手法に及び、安定作用を確保しながら躍動的自由の世界が作られ、社会秩序の動静に健全な共生感情を土台にした協調と自立の創造が現れる。科学技術の発展により人間側の物的早急な欲望を求める感度が進行する事に対して、根源的な感性を振り返り大きな破滅的な事態を予防する為の価値の確認を持って足並みを揃える事が肝要に思います。過去、現代、未来という時の流れを作る上での根源的な価値を抑えて、現代を掴み未来を拓く志向性に人類の責務が備わり、共通基盤意識があって先人の知恵を活かした集約原理の持続的改善の向上軌道が創り出される。大きな影響を与える判断には根源からの原理構築が欠かせない思索であり、ここを欠いて早急な変化を作ると予期しない事態が生まれて制御不能な状態を招かれる。自己と他者と両者という観点を備えて、どこまでの同一意識があるか、その程度を実際的な規則性から実感を取り、希望的観測と現況を分けて方法を導く事に正常な感性が実感される。頭脳先行的な現代の規則性に在っては、感覚側を強調した一体として質実を見る不動的な尺度が描かれ、力を制御出来ていない精神状態という実情があれば早急とみて、欲望と力と責任を洗い出し主体性を測定の上に応じた変化を導出する事が適正となり健康な感受性が確認される。根源的な尺度から見て自己と外界の客観的な動きがどう在るか、根源原理を基軸に自他の適正な実態を掴み、基準とのズレに適正な対処を生む冷静な図式が取られて良好な判断が生み出される。根源原理に対して客観的な適用の弱い状態は、欲望と力と責任の不均衡を指し基軸の脆弱な実態は受動性を強め物理力の適正な活用と離れた依存の症状となり、精神的な成熟に適した力の構造に健康な人格が確認される。自己を客観的に捉え余分な報酬と思えば自ら返還する自律があって他を制御するだけの信用在る主体性の認識が生まれる。指示命令等の要望は、健全な主体の上に成立する。

1)生命観:力の源泉と絶やさない炎

外界と自己を描き出す最も上位的な集約概念は「人と自然」であり人は一人では存続できず複数の定期的な関係性によって人の求める欲望と充足の為に自然と対峙し願いを叶える活動を持つ。人と自然、欲望と充足、有形無形の事物、人の欲望、人間の欲望、自然(動植物)、「人と人と欲望と自然、」という集約概念が浮かび上がる。

人の欲望に対して自然の状態が在るか、自然という状態の中に人が要ると感じるか、欲望と充足という人側からの作為を持ち、自然を知るという相互の真摯な対峙を重ねる中で、両者の適正感覚を掴み、持続的な共存を果たそうという永続への願望が創り出される。それを叶える方法として、頭脳という作用の特性から概念を作り、感覚の最良な実感を得ようとする。感覚的な質感を言葉に置き換え、言葉の配列を欲望に照らして構成し頭脳的に纏めたものを感覚に落とし込み、良好な感受性を得たいとする根源的な人々の欲望と伺えます。

人から見て、1)人との良好性、2)自然との良好性、3)両用の混合した関係の中での良好性、について考え実現する欲望を、万人的な感受性を鑑みながら、それを根にして多種多彩な方法が生み出される。このような根源的全体概念を描き、志向や思考や行為のベース図面と表され、個別的な場面での反応や中期の視野を作りだす事や、長期的な不動性を作りたいとするといった各種場面における根源的な概念と配されて、理想的軌道を踏まえた現況と方法を導出する思索を進められる事が、万人的欲望に即した活動と考えます。つまり、不動的静態概念(根源と全体図)の探究と、その中での個別的な活動を執り行い、前者と後者を行ったり来たりする中で人間という生き物の実感が創り出される。良好な感受性を得たいという変わらない性質が人間の動源であり、これを抱き続ける事に根本の根が備わり各種の力が湧きだす事に成り、この実際的な活動と活動を見る重層の認識を持ちながら、過去への反省と未来の前進的な質感を形成する不動的動態が静態概念と現れ人間という概念の中身が作り込まれ動態を進める動静の永続的な循環図と集約される。

この力の源泉を絶やさずに強い炎と燃やし続ける事が生命の実感でありクールな頭と感覚を用い感受性の実感と充足の終わらない生命の繋ぎを持って人間の歴史が生き続ける。このような生命観が有限性を無限にしたいとする永続的な生への欲望となり充足の途とされる。人や自然の命を軽視すれば、それと同様の反応が返り外界の反応は自己を映す鏡と成り自他や主客の調和が創り出される。一義的には、あらゆる原因は自己の反応に在り欲望を得たければ同様の欲望を充足させる事が要る。この感度が著しく異ならない質感の形成に問題の根源が浮かび、特異な習慣や力の極端な偏りが妨げの原因となり同質の人間像を作る力と働く。躾の水準を下限のインフラとして強固に備える事が初動の施策であり、盗み癖や騙し体質に及ばない生産の規則性が歪な感性の発生を予防する。経済的な向上や社会的な地位、物的生活水準の向上といった面に対して長期的な性質の維持が健全性の要になり、良質な炎を発し続ける力となる。