「事象を断定する」ことの重みが弱まると後で困る。どんな意図と確信を得て断定に及んだのか。この因果関係から表現者の人となりが現れる。
場所と時に相応しい、緊張のはり方が生まれ、比較的緩い所では、そんなに厳密な根拠をもって会話を作る事もなく、しかし人の利害や生命へ直結するような想定においては、確かな根拠の実感の作り方に焦点が集められ、一次現象を作る立場と、二次的な配置で想像力を働かせ推察する立場との違いや作法の適正が生まれる。他者への生命観が弱まるほどに、確信性を持たずに、安易な断定表現を示されると、表現者の根本的な性質への疑念が生まれ、その真相次第によっては関わりを遠ざける心理が働く。「なんていい加減な性質なのだろう」という心象が生まれて、どんな利益を意図して表現を起こしたのかへと表現者への真相を深める問いが生まれる。推察力や分析力や、欲望の起こり方という面から、表現者への能力や感受性の適正が問われる。或いは問題の真相を追求する契機の深まりへと及び、問題を作った当初の意図とは異なる二次的な展開へと発展する事も予測される。人々の関心が集まり、直接的な事象から間接性の因果へと広がり、当初とは予期せぬ真相が解明されて行き、真価を掴む事へ及ぶ。
正直な心持で良き動機を備えて健全な力を起こした人々と、歪んだ心根で、歪な精神性による創造性を投じた人々とが明瞭化されて行き、確かな事象の真相が浮き彫りになって、責任の所在などを問う事へ及ぶ。利益を得た人と被害を受けた人が特定され、それが正しい理屈に則った結果であるのかが吟味され、悪性の程度によってはエネルギーの再構成へと及ばせて正常化される。断定が出来ないように、様々な工作や悪智慧を働かせるという精神性も中には起こり、どんな所に問題の根を見るか、事象の深まりへと進んで、100%の事象へと少しでも近づくように多様な観点が生まれる。
多くの事象は、利益を得る立場と不利益を受ける立場が発生する。これが事象の起こる根源になり、意図する利益の在り方と入手方法への適正が問われる。予め規定された「してはならない事」を超えると言い訳が出来ずに、見えづらい人間の精神性の歪みが鮮明化される。外界に知覚される事柄と内面的な精神が繋がり事象の実態へ近づく。生物物理的な実感と心理的な実感という面を主にして事象を探り、真相真理を追求する事になる。クズな性質が次第に浮き彫りになり健全性へ改善する力が進む。生と滅の不可分性の原理を元に適正が問われる。