長期性の軌道

感覚工程を経て自然や人との直接的な刺激と反応を繰り返す中で、次第に行動原理といった規律が創り上げられ、自己を動かす方程式が形成される。自然との接触から器官を通して五感を感じ、生理的物理的な感触を覚え、快不快や寒さ暑さの記憶が頭に残る。人との関係では、どんな態度を示すと喜怒哀楽が生まれるかの経験が積み重なり、記憶と入力される。こうして自然や人との交わりを持ち、基準が作られ行為に現れる。一次体験による積み上げ型の人格形成過程となり、基本的な経路と描き出される。

一方で、本や人からの伝達という言葉や概念、論理という二次情報の入力によって、頭脳的な理解による観念の形成といった行動原理や知識の形成過程が浮かび上がる。感覚を文字で表しイメージが浮かび、その観念を持って感覚に当たり実際の検証から人との異同等を掴むといった流れで表される。何れに置いても、一次体験で自己の感覚を経て確かな体験を通して感覚と感受性が記憶に残り完結性を持つ実感と連なる。ここに、人間の器官の正常な用い方が生まれ心身の落ち着きある状態が創り上げられる。

一次体験の弱い二次情報を過剰に備えた状態からはどこか落ち着かない精神状態による言行が生まれ、自然や人との不調を生みだし力んだ姿や態度が発生する。対象との適正な感覚を欠いた過剰な欲望を保有して歪な行為に及ぶ違和感を表される。過剰な観念の保有や物的力への過度な依存から平常的な感性を崩されて歪んだ発想や行為が生み出される。管理発想過多の欲望と現れ一次的感覚の直接的な自然や人から抱かれる快適性の増進と離れて外界への過剰な欲望の先行した姿には抵抗感や拒否反応が生まれ自然な交わりに及ばない。

このような基本回路に一定の法則性が生まれ、流通の重複的な構造や縦階層の多重構造の縮小へと力が加えられ間接性の因子を減少させる力が投じられる。こうした結果、管理的な工程の減少と共に個々人に力が備わり意義の弱い間接性の作用を省いた快適性が増進する。主体性志向の弱い権力依存体質を除けば、個々人の自然な本能の流れが弱まる事はなく、国家や行政といった概念も個々の力の増進に比例して変容し全体集約的な作用への期待は弱まり各自の自由な活動性が進められる。マスコミ等の媒介的作用も同様であり直取引が進行して全体と個の構図の取り方が変化する。

今日的状況は、個々人や民間の抱く国家や行政観、報道機関に対する意識と後者の側が自覚される意識に、だいぶ差があるようにも感じられます。この実態的力が自然に進行して形式的な構造が後から付いてくるように感じられます。こうした変化の動きに一定の規律が望まれ根源的な価値への期待が強まる。あまり作為性のない純粋な原理による自然な本能に則した秩序が求められ、管理や制御を過度に強要するような施策に無いありのままの原理による個々の安定した自由の促進が強められる。

大きな方向感や軌道はこのような映し方にあり、この流れを基礎に備えつつ共通的な欲望を適正に着実に叶える行政作用への期待と負担の意識が作られて、個々人の物性への過度な進行へは強制力を背景にした管理の仕組みを作り個々の非力さを賄う作用が創り上げられる。個別と共通と根本の形成方法と言い換えられ、こうした図式から見て違和感の生まれる動きには適当な反応が強められて3者間の良好性へと力が投じられる。違和感を客観的に測定する事の出来る作用の向上がこれらの動きを促進し健全性が向上する。

資本主義、社会主義、共産主義といった発展過程とは少々異なり、共産ではなく、実態的な欲望と力と責任の均衡に主体性像を持った健全主義とも言う感覚が進められ、真の平等志向への発想が高まる社会の有様が作られる。健康な感受性を根にして進められる純粋な真理の探究軌道による行き着く世界観と考えます。

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