筋肉質な体質

こうした有機体概念を描き出す事の意義は以下のような文脈から規定される。ない事を在るかのごとき作り話を設けて、人々の関心を引き商売につなげようという行為が、基礎的な社会関係におけるモラルの低下を指し、競争環境の激化などを背景に、節操のない振る舞いが増進して、混乱を広げられる事への対策は適当に行われて然るべきに思われます。この次元の事から批評行為の適正について、1)基準尺度の所在や2)その程度と、3)適用の方法というグレードが問われる。思想信条や表現の自由という創造の無限性という発想を形式上認めて人々の自由な活動や多様な価値観への尊重という構えが設けられるものの表現が与える不快感という面に対して特定の個人や第三者の快不快感が実際的な事象と起こりその反応の中で適当な許容範囲が次第に限定され特定空間の標準的感覚が創り上げられる。

権力者という立場に在っても権力者に向けての批評や表現が余りに度を超えていると見れば表現者に対して名誉棄損行為と解して損害賠償を求める事は自然でありどんな立場でどんな立場へ向けての発言で在っても、基本的構造は同一に思われます。そして、基準尺度と適用から生まれるであろう効用という面に、社会的利益という概念が生まれ、基準尺度についての評価が生まれる。社会ビジョンや特定の領域を表す形式の枠組みが原理と作り込まれ、その実施から利益が創出される想定が取られ、基準と誤差を持って活動の評価に及び、基準自体の有用性と客観測定に効用が現れる。他者への利益という性格を持ち、悪い評点を付けるにしても確固とした基準による客観性が評価される側への利益を与え建設性を含む行為と解される。基準自体への相互信頼を下にした有用な活動と見做される。基準自体への共通価値に及ばない評価に在っては、別の解釈や指摘、知見の交換といった向上的な構えを持って、真摯に考えを申し述べ、良い点や同意に及ばない点等の相互理解に及ばせ、場合によってこれらを広くお知らせし透明感を持たせて発信する事が他者への有益な情報を生み、多様な考え方に振れる利益の拡大とも解される。こうした図式が解り易く整理されて、誤解や飛躍の少ないありのままの表現の発信と受容に及ぶように留意されて、健全な精神による健全な活力を塞ぎ込まない活動が生まれる。

つまり、堂々と後ろめたさの及ばない姿勢や態度で在って、プラス性の肯定感が増し、歪な精神性というマイナス心象が現れない好循環となり、短絡的経済性に寄った人気取り的な安直性が過ぎると、誠実性を失い不信が強まり不快を齎せる。他者への有益であると確信できるような基準尺度の形成と保有があって、そこからの表現力を持って外界へ受け入れられる主体性と認識される。これを持続的に磨くような環境が怠慢な表現を予防する。寡占的構造から原理の探究力が劣って一過性の商売感覚に及び、各種のマイナス事象を招くお騒がせもので在っては負の存在となり、この反応から自然に良好な主体を自由に選択できる環境を作る面の整備策が欠かせない。この根本面が停滞して必然的に生まれる負の事象であり、然るべき反応の遅れが二次三次の悪性に繋がる。根源原理を抑えて下流の現象を把握し、的確な改善を取る筋肉質な感性の所在が、個人や集団、システムの適正の要と作用する。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください