日本の道

日本の道

衣食住や人との生身の対話から浮かび上がる快不快や喜怒哀楽という実際的質感と全体集約的な発想に見られる管理的仕組みといった両輪で、持続的永続性を意図した活動が創り出される。前者の為の後者というのが支配願望型に寄らない個々の充実を求める基本形であるものの、物性的な原理で個々人の欲望過多に陥る程に、全体的な観点からの調和策が求められ、ここの成熟度が浅い段階では、大枠的な計画性を描き、諸条件の適正さを導出するアプロ―チが必要になる。

自主内発的に物性的欲望を適度に制御する理性的な個々人といった健康像に対して、力の原理を強めた一部の手法が働くと、個々人の非力では限界が訪れ、より広げた法人組織等の主体性に対する制限を課して、過度な物性に寄らない行為を促す中局的な観点からの施策が投じられて物理と理性の適正が調整される。更に空間における資源や人口の分布面から、局所的な偏りにならない制御策を持って中心と周辺という力関係の広がらない成長が想定されて力の均衡を保つような作用が望まれる。

このように実質的な欲望の充足の良質性を図る為にミドルやマクロという観点からの管理策を適当に講じる必要性が謳われる。即ち、管理という行為の動機の取り方の適正が問われ、物性と理性の良好性といった視点に寄らないと、一部の物性を拡大する事が目的になって、力と責任の均衡を欠いた向きにエネルギーが回り管理の意図する実態的相違が現れる。一部の主体性の過度な欲望から物性を働かせる向きが過ぎると、全体的に見たバランスの良い成長とは間逆の一部の繁栄へと傾き、全体で見る大きな利益を萎ませ、短期的、即効性の成長が取られ全体を衰弱化させて長い繁栄や成長軌道と乖離した事態を招かれる。

こうした状態で見られるのが、日本列島における因果の分析となり、或いは世界的か、アメリカ的な発想による管理概念の急速な進行にも映りだされる。管理概念や力の概念、主体性概念、健全性概念、平等思想等々の根本的な概念の確かな形成に及ばないと、感覚的物性の力が進行して長い目で見る良質な状態を欠いた安定と繁栄の姿に陥る。

急速な繁栄を意図せずに生命の着実な持続性や長く積み上げられる躍動、万人的繁栄といった人間像のあり方を根に据えて健康な成長ビジョンを備えた固有の欲望と管理の適正が問われる。こうした観点が脆弱であると物性の制御が弱まり理性の弱い物性の用い方が強まって破滅的な荒廃を招き一部だけが潤いそれも長くは続かない短絡的な事態にぶつかり哀れな結末を迎える。

以上のような分析が確率の高い社会現象の規則性にも思われ共通的な認識が備えられると各自の見識が高まり、個々の野放図な欲望を抑えて長く健全な発想に沿った意見や判断が現れ全体の意見に集約される。基礎教養として世界的に備えられるべき、普遍の原理と訴求されて統一的な感性を創り上げて、根源の理屈を抑えた二次三次の原理を設けて大きな利益を作りだす軌道が創り上げられる。

一部の民間組織の未成熟な気の振れた感性や、権力者の歪な欲望に及ばないように、持続的永続への志向性を揃えて自主内発型の理性と物性の良質な用い方へと及ばせられて、人間の成熟度が高まり不毛な争いが回避され、建設的な前進性のエネルギーが向上する。少資源という自然環境の中に在る日本社会に置いては、質の良い高付加価値の概念や創造性を持って、世界に貢献する道が現れる。どこの空間に置いても通じる幸福感の上昇に及ぶ普遍的な原理の確立と提案を示す事が生存への方法になり、ハードの技術のみならず、真の利益に及ぶ生産性を積極的に提起して、多くの人へ喜ばれる存在を意図する事が統一的なビジョンに相応しいものと思います。

模倣的、従属的な主体性に寄らず、ゼロベースからの原理創造に及んで、小さいながらも光り輝く存在として他者への有用さを提供する自立と協調、共生の道筋が健全な感性の示し方にも思われます。力への従属的なマインドからはこのエネルギーが現れず、やがて存在感の弱い衰退的な道を辿われる。これを回避する強い方針と態度に在って確かな道が拓かれる。英語教育等に重心を置くようでは痩せ細りの創造しか表現できず、根源的な原理を作る事が何よりも優先され、基本観念の取り違いは誤った結末を迎える。中心に備わる人間の感性がひ弱であると繁栄は見込めない。日本文化の優れた感性を今一度確認の上に、軸足を確立して未来への進路を描く思索が欠かせない。

盗み癖を持つような者を担いでは恥を晒すばかりだと思います。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください