経験から作られる事には、スキルの向上面と理念の形成に大別され、前者は感覚的な場面を豊富に体験し「何をどうするとどうなる」という知見が積み重なる。後者は事象を通して人との感受性を体験し、快適や不快という態度の生じ方を学ぶ事になり、両面の統合から良好な関係形成を意図した技術の確立と実践の真価が測定される。技術力が向上すると共に力を良好な感受性に資する用い方と離れた悪用方法も浮かべる負の側面が形成され、こちらに偏ると経験自体にマイナス評価がつけられる。
初心となる動機の健全性を堅持出来る性格面に重要な評価点が備えられて経験の適正が問われる。人間性とスキルの両面の伴った経験から確かな創造への評価が生まれる。経験から作られた人格と能力の吟味に及ばず知見ばかりの評価によっては組織を傾かせるリスクが高まり健全な感受性の不動性を根にして特殊な技術の適正な運用や持続的探究心を備える規則性が体に染み込んだ性質に確かな成果を導出する要件が浮かび、これを標準とした客観評価に健全な感性が示される。
こうした点は評価する側の体質に良質性が備わって同質的な人間が集まり、一方的な要望過多の希望を表されても、相互的な快適感の持続性に及ばない。似たような性質が集まり類は類を呼ぶ自然な因果と浮かび上がる。こうした構造を許すマクロ的需給のアンバランスに及ばない中期性の政策の程度が計りだされ、そこが作用しないと局所の歪さと生まれる。構造を作るのは長期的な性質により、欲望と力と責任の均衡した主体性に在って、期待される成果を導出する事に連なり、この過不足が構造に及んで局所事象に現れる。健全な主体性像と客観評価から全体の適正な循環が生み出される。
このような理屈に純粋な原理創造の型枠が示され適正な配置を粛々と取られて健全な成長の軌道が作られる。能力は知見と人格を含み人格を計りから外しては客観的な測定に及ばず大きな間違いを生まれる。頭と感覚と感受性の一体で人間像が作られ欲望と力と責任の均衡を目安に各所の配置の適正が生まれる。人間の良質性という要素が重要なカギに備わりこれを欠いた評価に在っては健康な成果に至らず、歪な精神性が深まる欲望過多の人格が物理性を利己的目的に多用される。大きな穴を持った評価体系に見受けられる事も少なくなく結果として現況の仕組みが生まれ正気を外した局所事象が発生する。
以上のような映し方が文化論からの抽象であり、どんな観点を軸に取るかで構図の中心や周辺の輪郭が変わり心象が異なって生まれる。何がしかの尺度の下に事象を取り上げる作法が平等思想に基づく真摯な対話で在って尺度が曖昧であると恣意的な利己的欲望を示す事になり観点となる原理の形成と提示が健全な感受性の実感点になり理念の実践と表され人格の一面が映し出される。多様な観点の提示と評価という意見交換が盛んに生じ見えなかった事が見えるようになり知見が向上する。健全な理念の所在が欠かせない共生や協働の要に置かれ、その一点に共通実感があると見解の相違に寛容性が生まれ異同の尊重と現れる。こうした規則性が備えられて原理の向上軌道と客観的事象の対峙が続いて健康が掴みだされる。以上は頭脳寄りに偏した秩序となり感覚的行為面を合わせてバランスの良い原理の実態が掴みだされ心身の健康と解されます。