人間の生産

機能性の製品に対して、情緒性の製品は作り手の感性を根にして製品の丁寧さ等に現れ、手間を惜しまずに力を投じて、受け手の側にその感性が伝えられる。機能性も、基本的な構造には変わりなく、人々の健康の増進を叶えるであろう作用を探し、製品に組み立て消費者の手元に届けられる。こうした感覚を抱く事の出来る生産者と利用者の共通的な感性を根にして需給構造が形成され長い規則性に備わり、互いの健全な感受性が創り出される。

エネルギーの質量の弱い生産になる程に、受け手の側への思いに及ばず、粗雑な感度の物事を表に出して、一過的な刺激を煽るような財の提供で荒稼ぎのような発想に及び、需要者も同一的な感性で満足される短サイクルの需給構造が作られる。入手してはすぐに廃棄し、だめになったらすぐに取り換える機械的な発想が浸透して人への感性の弱まりが示される。盗み癖や詐欺という感覚に及ばず、知らず知らずのうちにこの感性が常態し人間の精神的な荒廃と現れる。

自然や物の生産過程や消費の感覚が人との感度に反映する因果と示され、それが人間像と現れ変化の過程が実感される。多種多様な製品間の因果によって、一つの製品や市場の性格の変容に連なり人間像に現れる。基幹的な生活の主要な製品の変化は、あらゆる製品への変化に及び、インフラ的な性格を持つ製品の影響は計りしれない連動性を生みだされる。正負の作用を勘案の上に物的力を安易に用いず、人間像から製品を創り上げる流れに在って適当な製品が設計され用いる発想が作られる。この向きの思索を適度に備えて自然と物と人の適正調和が叶えられる。

人への焦点があてられる文化論という探究から現れる論理であり、この総合的な構えが置かれて、産業経済や政治行政の適当な創造性に連なり、長期的な感性への考慮の下に感覚的な質感を想定して、有形無形の製品や原材料や自然環境、生産過程の適正が導出される。

短期的な経済成長にはマイナスの要素に連なる事にも思われますが、長い観点を想定すると人々の根源的欲望に即した創造性に至りこの面に経済効果を充てる発想に及んでも不思議はないように思われます。寧ろこの観点を欠く方が経済的損失とも言い換えられ良好な人間に連なる生産性という発想を基軸に置いて真の幸福感が生みだされる。人間像への思索を及ばせる創造性が併存されて健全な生活のインフラが備えられる。

真に利益を追求される生産者に在っては必然の観点と現れ、自己生産のみならず他製品の性格を視野に含んだ全体観を備える重層の認識構造を描き、自他の製品への意義や理解を掴む感性に及んで、普遍的な原理を含む人間性が浮かび上がる。多様性への尊重は人間像の抱き方から現れ、ここに健全性という姿を含ませられて違いへの寛容さや創り出される物事への安易な転用や引用といった粗雑な振る舞いが抑制される。ゴミのような感性は安直な生産の規則性から作られ、盗みを盗みと思わない狂った人間を作られる。これに至る需給構造等への環境を大局的に浮かべ、問題の特定と改善への施策を投じる事が欠かせず起点になるのは健全な人間像であり二次三次の原理が作られる。

良質な静の為の動態

良質な静の為の動態

集団を束ねるトップの人間性が組織の信用力に反映する。この人間力に、文化人としての健全性概念が適用され生産倫理の優れた外界との交わり方における人間の魅力が浮かび上がり、他者への過剰要求へ及ばない自己を律する潔い好感が生まれる。

無から有を作り出された過程を持つ主体性には過去の実績という何物にも換えられない説得力が生まれ未来への創造に信用が投じられる。創業者とサラリーマンという物事を作る深さや幅の違いは格段と信用の差に現れ荒波を超えてきた精神力の違いへ対して自らの財産や生命を懸けるに値するエネルギーが注ぎ込まれる。こうした面をもって「哲学の違い」と表され根源からの思慮を備えた質実を掴みだす嗅覚やエネルギーの違いと現れ表層の希薄な論理に深い厚みや重みを見せられる。論より証拠となる何物にも変えられない説得力が示される。頭脳と感覚の活用から芯が育ち、物事を作る上での信念という揺るぎのない感受性が生まれる。この差が体質の差となり人間力の相違は顕著に映し出される。現代に浮かぶ問題事象の一つは肩書や権威があるとされる職業に就かれる人々の内面的な異常さが度々事件と表面化し外観と内面の激しいギャップと映し出される。頭脳的な側面と感覚や感受性との分断的な規則性から実質的な倫理道徳が育たない歪な精神性が作られて生じる異常な感性であり、表向きの美化に対して内面が伴わない分断性に突如異質な事象が生まれる因果と浮かび上がる。頭脳によった作業に偏り人や自然との直の対話の持続的な交流によって物事を創り上げるプロセスから健全な精神が宿り過剰な美化等に寄らない実態的な健全さが備わって人々の信用が当てられる。こうしたごく自然な発想や体験的な真価が当たり前に押し出され歪性と健全性との明瞭な峻別が進み適当な社会秩序が増進する。このような論理と流れに在って自然な淘汰が果たされ健全な産業経済や政治行政に欠かせない安全装置に及びこれを歪んだ発想から留めるような勢力に毅然とした反応を示す長期的な性質を崩さない人間性に健康な精神の動力源が見てとれる。ここに根源的な真価が現れ良質な根や背骨と固まり枝葉や実を作る有機体と形成されて持続的安定と繁栄を結ぶ確かな力と認識される。健康な人間形成のプロセスやそこから生まれる発想や振る舞いが抽出されて健康像と固められ、活動の指針と強調され確かな事象を創り上げる力と働き、歪んだ性質の予防や適正な対処が進められプラス型のエネルギーを弱めない両用の視野を備えて、正しい軌道の活力ある世界が生み出される。妙な肩書等に変に振り回される事無く質実を適正に掴みだすゼロベースからの根源概念が有用であり歪んだ性質には相応しい反応を見せ健全な勢力の自然な増進が生み出される。力に縋って精神面の劣った振る舞いから不快感が生まれて自然な反応を示すサイクルが粛々と回り健全性が確保される。この自然反応が健全な人間性を表し不動的な規則性にあって未来への確かな遺伝子が伝承される。ゴミはごみと感じられる観測作用が重要な皮膚感となり実態を掴む為に対象に近づき真相を見極める挑戦も欠かせない。遠くから安易な評価を下す事無く自身の手足で感じ取り創り上げる規則性が基礎に備えられる。この建設的な挑戦心が途絶えると腑抜けた精神が作られてゴミを貯め込みゴミと化す。それに気づかない鈍感さは淘汰の対象と成り相応しい配置へと回される。このような過程に健全な基軸的人間性の確たる芯が形成され揺るぎない安定基盤が維持される。じっとして守り型の態度に在っては芯が腐るばかりであり良心による活発な活動にあって健全性が守られる。