健全基盤の強化策

3)健全基盤の強化策

事業内容によって工程や手順という作業が異なり、アウトプットと変換工程とインプットという構造で中身が表される。運用上の肝となる重要管理点が備わり、そこの解釈や判断の相違がアウトプットに反映される。供給論理に偏した運用に及ぶと想定するアウトプットに及ばず期待する効果が得られない。

この試運転が取られて何度か繰り返され落ち着いたアウトプットが生まれ、これらを証拠に仮説と検証の結果を示し期待効果への信憑性が備わり出資や協力を仰ぐ過程が一般的な協業の筋道になる。過去の規則性における反復的な行為が未来を予測する材料になり現在の判断を創り上げられる。過去にない創造性に在ってはゼロベースからの試運転を持ち、安定するまでには相応の時間がかかり、ここに及ぶまでの体験が確かな知と成って問題発生への原因を早期に浮かべる事へと及ぶ。基礎から創り上げる過程を踏んだ分、作る手順や構造を良く把握されてどこがどうなったという因果の想定が浮かべられる。こうして出来上がる観念体系にあって、実際的な感度の良く表される図面が描かれ人への説明に鮮明性が生まれる。体験を省略するほどに、手順や構造への理解は下がり問題への適正対処等への判断が遅れ被害を拡大される。自身で作りだされず出来上がった物事を転用したり、引用する事はこうした面で大きな相違が生まれ正しい用い方や期待する効果を得るに及ばず、中途半端な媒介者となりオリジナルな固有性を備えられない消費者の性格を持つ。何を作るにも一定の共通的な手順や勘所が生まれ一から自身の手で創り上げる工程を経る事がこの壺を抑える習熟度に反映され生産者間のコミュニケーションの円滑性に連なる。倫理道徳意識といった面に現れ基礎感性が揃うと良好な協働関係が作られる。力の多用は基礎から組み上げる事を省略し自己の知肉と備えられる性質に及ばず確固とした行動原理が形成されない。この皮膚感の相違が不快感を生む原因であり評論家や観測者という生産性とラインとの生産意識の乖離が現れる。倫理観の備わらない人間性はあちこちに迷惑な感度を与えられ、力に縋った対人形成に寄る程にこうした現象が随所に生まれる。これを生みださない工夫や秩序が社会生活上の基礎に備えられ下限的な健全性の感度の厚い基盤に在って良好な文化の下地が整えられる。この下落が著しいと見るのが現代的な物理依存から現れ歪な感受性を持つ力の利用への適正な対処と予防の施策が人間の基礎を崩さない為の重要な意味を持つ。一部の異質なクズなマスコミや大手企業や政治家行政、教育者、二世三世のお坊ちゃんといった面々に備わる性質であり健全な対処策が遅れると安直な物性型の感度が広がり質の劣った生産基盤へと堕落し盗みや詐欺が蔓延する。この背骨となる性質の変化へは敏感な反応を持って健全性の維持を図る事が欠かせず現代の優先的な関心に上げられる。基礎や基盤の強靭な体質形成に視線が備えられ根源的な観念が創り出されます。生産倫理面の劣りは人間性の劣りそのものを指し、物づくり日本の基盤を揺るがす悪性に適正な処置を講じる事が欠かせない活動に思います。頭脳型の空中遊泳が進む事へ確かな健全性を与える取り組みが成長の基盤であり力の適正な用い方に及んで、欲望と権利義務の均衡へと働く。

12)国家観、憲法観のさわり

憲法は「国を縛るもの」といった性格のみで規定する事にも、どこか対立的で消極的といった感が否めず、積極的に国を作る発想も少なからず含めるのが健康な生活者の在り方であり前者のみと言い切る事には抵抗感が生まれます。主権者国民と規定され一人ひとりの意思によって行政の在り方を決める事が出来るという論理を積極的に捉える事が権力との対立といった発想に寄らない創造的主体性を表し、こちらの側面を含ませず行政との対立構造を強調するかの判断には違和感が生まれ倫理や道徳という価値の要素も自然に載せられる方が健康に感じられます。あまりにも強く個性を限定する事もなく昔ながらの良質な性格は堅持するような姿勢に在って健全な歴史からの学びを備える人格者となり、機械論的に権力を縛る装置という対立構造を強調する捉え方には違和感が生まれる。してはならない事の限定性は比較的明瞭に特定され、そして、こうありたいといった主体性の根本的な性質は在る程度載せる方が自然であり、そこの規定がない方がどこかへそ曲がりの利己主義者にも思え、「価値を押しつけるな」と強調される態度には歪な感性が映し出される。人間の普遍性という要素と空間の独自性が幾らか出る所に感覚的かつ感受性を経て作りだされる観念が生まれ健全な規則性を持った人間の活動観が浮かび、無色透明のような表し方には血の匂いがせず空の人格と表され無味乾燥な自由を求める根なし草と伺える。物性の感度が進んで同一空間に暮らす共生感情が現れないと健全な人格を欠いた合理主義者と浮かび間違った方向に走る懸念の方が生まれる。

根源的正当性の創出

根源的正当性の創出

「在る」という感覚を「ない」とする事は、正常な精神を備える人間の態度ではない。生物物理的な作用として感覚を得た事と、心理的な作用として人との関係上に表す態度とを区分して、「在る」についての規定方法を持つ事が適当に思います。つまり、前者の科学的合理性を重んじる事が、対象との交わりにおける健全な姿であり、自身の感覚に嘘をつく事は心理上の歪んだ精神を指し人との真摯な対話を持とうとしない歪んだ性格と映し出される。

この上で、「在る」という言葉の精査を進め、「持つ」という意味を含めるか、持つとは排他的に支配する事の出来る事等という意味の細分化が生まれる。持つという状態は、どのような条件が揃うと、持つになるか、持った場合は、どのような権利と義務が備わるか、これらの認識を形成し他者へと示して、共通的な概念の整合を果たす筋道が浮かぶ。こうした事は、あくまでも人間世界を中心にした願望を示すものであり、自然と人間との良好な在り方という点へと思索が進められて、「在ると持つ」の相違等への正当な根拠を探る事へと深められて、長期的な持続的循環の世界観が創り出される。

自然を持つ事の責任感覚を示し、自然と人との共存への思索が及んで、人間ばかりの欲望に偏した姿に陥らない健全な精神が現れる。この根源的な面の足並みが揃えられると、持つという意味内容の適当な解釈が生まれる。持つに値する振る舞いといった点への思索が進められ、資源を寝かせる事への罪悪意識に及び、遊ばせておきながら他を欲しがるような節操のない欲望が抑制される。

「欲望と権利と義務の均衡」という構えに、健全な人と自然との在り方が示され、過不足の少ない状態に調和性が備えられる。資源を持ち、どれだけそこから人々への幸福感を与えられる技術を示す事が出来るか、この作用が持つに値する決め手になる。このような原理創造型の軌道に在って健全な技術力の向上への道が生まれる。

何でもかんでも支配したいという願望は、自然や人との良好な対話に有らず、他者への幸福感を創り上げる為に、相応しい主体性が選定されて好循環が加速する。怠けて技術を磨かずに、物的要素で盗む事や支配するような向きに在っては人間界を衰退させる。自然の命を粗末にする感性は人の生命へも劣った振る舞いを持ち程度の悪い人間の性質を増進させる。このような事実は広く知らしめて悪性の認識を強める対処や予防が適当になる。

こうした共通理念を高めるような力が注がれて、個別的な対立の解決への方途が示される。個別当事者間の認識と、万人的な普遍性を作る事を同時並行的に探求する活動に在って健全な秩序が生まれ不毛な争いの予防が高まり人間性が向上する。物性で単純な衝突と支配を進める事に対して、感受性的に納得感の高める理論を作り実践して未来への良好な環境が創り上げられる。時が進むほどに叡智が高まり持続的安定と繁栄への可能性を上げるエネルギーの投じ方に在って健康な精神が実感される。論理を導出する事は技術力を指しソフトのノウハウが生まれハードとの両用で質感が高められる。根源的正当性を強める概念の創出が実際の力と起こり、良質性への感受性が動力源と成り方法が編み出される。物性で支配する感性から、理性に重心が進んで、物性の良好な用い方に及び健全な世界の向上と描かれる。

「在る」に対して、歪める事は物性依存に他ならず、他者の生命への尊重が弱く、自己の利己的願望過多という状態であり非社会的性質と特定される。ここからは富の創造が弱められ好循環の阻害因子に相当する。