性質面が根っこで在り、負け犬癖という感性が何でも模倣するか、盗む事への恥も感じない性格であり、これが最も悪性のひ弱な人間像と浮かぶ。構造の作り方にも反映されて、自利に偏したアンフェアな権利義務関係を作り、下から盗むや取り上げるといった個別局所の事象を生む。その不快事象が更に同質の性格を作り、下から盗むという詐欺体質の拡大に及ぶ。
生命への躍動に喜びを抱ける善意型の根源感性を備え、対象への真摯な対峙を持ち、根源感性からの快不快感が生まれ、快適は増進、不快は削減という熱が投じられる規則性の強い主体性で在って、適当な創造が生み出される。
安易な模倣や盗みに寄らず、自身でゼロベースからの論理を創り上げる生産性に至り、確かな質感を得られる物事の創出へと力が注がれる。これが良質な性質として規定される。
良質な性質が良質な構造を作り、良質な個別局所の事象を生じさせる。このような因果を想定して、人間を作る事が、根源の尺度であり、共通の感性として備えられるほどに、良好なエネルギーの好循環が持続して、長期の規則性に固まり、文化の性質と実感される。
幼少期から永年に渡って体に忍び込む性格という面であり、そして、歪んだ性質のものが社会の要路に居座って歪んだ構造を作ると、良質な個々人の性質が破壊され、歪んだ性質が標準となり物的依存症の空間秩序で慢性化される。力に依存した盗みや詐欺が常態化し、良質な欲望と力と責任の尺度と乖離した発想で、利己的欲望の充足へばかり及ぶ人間が居座る事からは、客観的な調和の尺度が作られず、歪な社会システムという構造が生まれる。
こうした負の因果で描き出され、これへの不快感が改善への力と現れ、良好な事象へ連なる方法論への探究が強まり生み出されたビジョン等が、『日本文化原論Ⅱ』となります。
これに共感を抱かれる人々が強まる程に、絵に描いたものに、実際的な生命観が強まって、その動力から適当な二次三次の原理が作られて良質な性質が増進し、構造や局所での実感に連なるものと思います。
悪性の性質には不快感が強く現れ、それに相応しい配置を設けてあげる事が漸次的な改革であり、永年の時を経て作られた性質はすぐには変わらず、配置を変える事が適当に成る。他者からの指示によってでないと、恐らく動く事に成らず傷つけないように自覚してもらうような取り組みも視野に含めて、良質性への道を増進する事に不動的な道筋が浮かび上がります。
従属型の人間性を好まれる事にも寛容な態度を持ち、しかし全体的かつ根本的な利益を先んじて、社会システム上の適正な配置という面が優先されて、持続的な良質化へのビジョンの実現が強まる。こうした協調と自立の仕組みに在って健全な高次の世界が創り上げられる。