文化教育の重要点

文化教育の重要点

感覚と観念という身体と頭脳の作用は、他者との関係を想定すると感情の作用が入り、良質への志向と増悪への志向という心理作用から、認識や行為に反映される。このように映し出されるのが、人間世界の事実認識になり、生理的な感覚と心理的な作用とから事象が創り上げられる。自然的要素と人間的要素を包含した事実の規定であり、根源的なありのままに近い対象の姿が映し出される。

基本的に、個別的な心理作用については、第三者が介入する事には、不快性の感覚が生まれ、関わりの程度という利害関係や新密度によって、適正が判断される。この因果関係の実感の取り方に個別性が生まれ、一様に解釈する困難性が生まれる。このような認識の上で、良好な自然や人間との調和を意図する方式が編み出される。

両面を含んで事実という規定を取るか、生理上と心理上を区分して、事実と価値という規定を設けるか、その場合、生理と心理の境界には、どんな基準に相応しさが生まれるか、事象の因果関係の範囲と深さをどこまでとして、事実と特定するか、これらの一般則と個別解釈の程度をどのように設けるか、等々の観点が生まれる。

これが、「知ると作ると対話する」という基本動作における勘所であり、何を優先して、どのような規定を取るべきかという所に人間の根源的な価値観という普遍的な原理が現れる。生理的、物理的、心理的欲望に対しての結果現れる基本動作と言い換えられ、その反復的規則性に普遍性という原理が映し取られるという言い方にも、3つの領域の相関として実感が生まれる事かもしれません。この統合的な観点を持ち、その上に個別的領域の規定が設けられるか、或いは、個別的領域の分析と規定を持って、3つの相関の在るべき姿を組み上げるか等の思索を、文化活動を重ねる中で答えを導出するという到達点が浮かびます。

調和という観念と適正な調和という作り込みの観念という一般則と具体的な取り組みとの相違を理解し、後者の中に実感性の強い感受性が現れ人間を知り人間を作る事に及ぶ。机上的な観測と当事者性を持つ立場との相違が理解され、実社会に於いては後者の側で答えを見つける事が求められる。その最良性を導出する為の思索が当該領域の目標となり教育や活動の重点に置かれる。この事から目を背け特権的な意識や妙な美感を持ち、犯罪感覚が弱まる行為から平和が阻害され平等観念と逸れた意識を増進させうすら馬鹿が出現する。正負の側面を持つ人間という認識を掴み、当事者としての誠実な最良性を作る所に正しい対象との対峙が生まれ、歪んだ発想や逃げの姿に陥らない主体性を構築する事に自他への責任感覚を持つ調和が果たされる。

 

 

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