生産者の初心の持続性

私有という状態概念は人間世界における価値観であり、他人に支配される事無く自己の意思で所有する事物を管理使用できると規定される。私有している状態を明確に示す為に名称を付す事や、私有事物を実際に管理されている実情を表す等によって対抗力が生まれる。更に、客観的中立な立場を創りこれらの規定を整備し、主観的利害を含めずに、個別の私有状態を計りそれを認証する作用が設けられ、私有状態の公的な認知と及び、事物の支配利用権が強化される。資産等の保有や利用、売却を自己の意思のみで行え、安心感と自由の獲得が実現する。これが安定と自由、安全と成長や繁栄、制約と自由、静態と動態等の哲学的抽象性の高い概念における二項対置と両面の統合された個別具体的実感に及ぶ代表的な焦点に成り、私有や所有という私的権利の安定と自由な活用という状態が示される。

人のモノを奪う発想や盗む行為は、本来的、健全な生産や所有の経路の弱い生産者に現れ、自身のエネルギーの投下とそれに相応しい対価を適正に計りだす健全な感覚から離れ、安直な方法や奪う発想から、人のモノや時間やエネルギーを取り、その付加価値の転用や転売という中貫で糧を得る姿に成り、流通経路の多様な形成力やニーズと供給のマッチング作用、更に独自の企画提案力等が単なる中間搾取という認識から価値が付加され、一定の存在意義が認められる活動という認識が形成される。

中抜きや仲介という立場に、この付加価値生産性への認識が弱いと、ただの盗みと特定され、私有事物を奪う悪性と捉えられる。この状態にある流通者が意外に少なくないようにも思われます。悪意の強い騙しや人への良好な作用の提供力を持続的に磨き探求するエネルギーが弱いと、付加価値の実感を他者から認められず、無用な生産者となり、そればかりか迷惑な存在や被害を齎す社会的な不用者という認識が強まり、上述のような第三者を活用した私有の強化策等が生み出される。

この第三者という中立的な作用に於いても、私的欲望を含ませた利用の発想を強める向きに流れる第三者も散見され、自己の確立された原理とその客観適用力の弱い疑念が浮かび、ここにも本来的意義を損なう私欲性の高まりが現れ、準公共性や公共性を性格に持つべき立場の自己都合のよい権威の乱用や暴走と及ぶ事には、その存在意義を失い付加価値の歪んだ生産者と映し出される。

これらの根源には、原理創造力や付加価値形成力という技術の向上と社会的ニーズの収集と実現という基軸動態が備わり、この経路に対して、どんな付加価値を創り上げられるかに多くのエネルギーが投じられる。公共概念を規定するに際しては、「どんな付加価値か、どのような対象が想定されるのか、これらの活動の原資はどこにあるのか」等の観点を明瞭に示し、客観性や透明性に連なる運用が求められ、その公開性の程度の適正さを原資の提供者から常に監視を受け緊張が持続し、エネルギーの健康な投じ方へと反映される。

騙しや盗みという不快性の行為という実感に及ぶ事のない公平公正な発想と行為を作り、堂々と自己の意義を謳える事があって健康な心身の所在が実感される。組織の規模や知名度へ依存し、この初心となるべき生産者としての行為原則が弱まる事にはその状態を広く伝達して、良質な生産者へのエネルギーを集中させる事が、直接間接の健康な創造と秩序が向上させ、原理創造型の付加価値の増産される空間秩序へ連なり、その恩恵が循環され良い気道が太まり後ろ向きな阻害性が減少して建設的な発想へと意識が集中される。無形財生産という曖昧性には、こうした面が強調されて適正な創造活動の水準が守られる。

 

10)文化政策の要

他でもやってるから自分も良いのだ。という正当性の論理を取られる所に、自己不在の拝金主義や創造力の低下、人格の破綻という性質が現れる。特に犯罪行為という性格の事柄を、他でもやってるからという理由で自己肯定をする節に見受けられるモラルハザードには、間違っても大きな力を与えられず、少なくとも下限の制御感覚を有する事に、人間との対話や交流が叶い、関係形成の必須要件と浮かび上がる。

 この手の性格が少なくないのが実情のようであり、社会システム上の要路に配される人々に根源的な欠陥感覚が在るようでは、まともな秩序が作られるはずもなく、この面を直す事なしにはどんな創造行為にも正当性は与えられない。主体性や独立性という人間の根幹的性格の不在は深刻な人格破綻でありこの認識を強めるのが文化論という価値観から表現される。この焦点からの改革がマイナスをプラスに戻す正常化策と位置づけられ、個々人の付き合いから、教育の在り方や、市場の形成、制度への反映、システムの構築といった各所の健全性を図る観点と取り上げられ、現況の客観認識と改良への施策を進める事が優先度の高い根本の良質化に及ぶ。

 感受性の衰退→生産の規則性、自己尺度の弱さ、技術向上への熱を投じない、盗みに走る、軋轢への免疫低下、精神的なひ弱さ、横並び発想、村社会、根っこからの原理形成を高め、相対比較という容易な判断を減少される事。

マスコミ、行政に顕著な性格であり、需給構造の過保護という指摘に至っても致し方ないように思われます。一部の人間の性質である事と思いたいものでありますが、実態を調査して組織的な感覚に及ぶかの客観評価を第三者の立場から審査し、適当な人員配置や構造的な原因の改善という一連のプロジェクトを進行させて、広く社会へと報じる事が主要な健全化策と浮かび上がる。

この持続的な監視と測定の作用が果たす役割が、基盤の下落を防ぐ装置と備わり主体性が確保され、感受性の正常さを強要させる事も、程度に寄っては要るのでしょう。 

配置に求められる能力やシステム自体の適正な大きさへの変更という事から要件規定を導出し、実施状況の継続的な検証の仕組みを設けて、水準の維持と上昇へと連ねる事が文化向上策となり、対処という応急策をとると共に、長期スパンのシステム化が要るように思います。

レベルとしては、犯罪への着手の程度→原理創造力→主体性の確立度、という観点から現況が計られ人格と能力の形成プログラムを確立させる事。レベルに相応しい配置、異動。

こうした施策が良質な調和の形成や、平和を創り上げる具体的な取り組みに成り抽象原理の具現的変換による実現への軌道と現れる。