持続力と人間像

持続力と人間像
力を与えられて適切に行使する事が求められる。何のための力で在るのかは、公平公正に物事を創り上げる事を望んで託され、下限の制約を超えたものには例外なく制裁処分を粛々と下すのが重要な責務であり、これを放棄しては多くの健全なエネルギーが適正に回らず、役不足や力と責任の不均衡と判定するのが当たり前の感覚に在り、行為に及ばない感覚は理解に到達しない。
組織や集団の士気が下がるのはトップの公正公平なジャッチを欠いた振る舞いから生まれ明快な尺度とその適用を公明正大に行えて信頼が備わりここに不信感が生まれると、エネルギーの強さに陰りを落としその力が恣意的な私有物と及んで一貫した統制が果たされず、もっと進むと乱用に至り暴走という事象で知覚される。
影響力と責任感覚に不均衡感が生まれインフラの低水準化した集団は求心性を失い、各人の利己性が高まり協調的な関係が崩れ表面だけの振る舞いに陥り、下降感が高まると一気に瓦解して新たな勢力にとって代わる。
犯罪者を野放しにされる空間には協調や自制が働かず、判定や対処が遅れるとその感性が慢性化しあちこちで犯罪が進行する。一つのゴミをそのままにする事が如何に悪影響を及ばせるかの認識の弱さが致命的な結末を齎せる。その感度がビニールハウスでの育成の甘さと現れ淡々と責任を執行する事が蔑になる。インフラの崩れは看過せずに処分する事が責任者に課せられた仕事であって、それを出来ない覚悟のないものを担ぎ出すと緊張が持続せずに弛んだ体質が創られる。緊張と緩和の感覚に大きな差が生まれる個々人による協働は長続きせず、この面の感覚の異同が体質や感受性の相違に成り成長過程から長きに及んで生まれる皮膚感と内蔵され一日二日で変えられない体質と備わる。
集団のトップという立場の感性が標準と用いられ、ここが変わると感度も変わり集団が見違え様変わりする。犯罪に加担した者は、その犯罪を公開してまともな人々との同一的なスタートラインに戻る事が出来、それを曖昧にして通常の付き合いに修復される事はなく、その時点から一歩も進む事はない。形式上の犯罪認定に関わらず自然律が作用して実態としての犯罪感覚が体質に備わり表層上の経歴とは異なる実質上の感性として証明される。健康な道筋を歩まれてこられた人々からの嗅覚として敏感に察知されるのが事実上の犯罪認定と言えるのかもしれません。
文化という長期の規則性という焦点でみる実態は隠しようのない証拠と及び、形式上の観念で付くレッテルとは異なり真実に近い認識が生まれる。これが自然作用での判定であり倫理道徳の内実を表し、言論で説くような道徳とは異なった真実の解釈が取られる。ここを質実として原論の信頼性が付加され永年の体質と原論の整合から力の備わった表現に及び物事を動かす質へと反映される。このような文化秩序を確たる基盤に備える教育や秩序が促進され、自主内発的な自律や意思による筋肉質な個々人の感度が備わり、過度な強権的リーダーを必要としない下限の制約が守られた自由の増進になり、緊張と緩和の優れた動態が出現する。
机上の学問からはこの実際感覚は備わらず、生産体験の積み重ねから次第に浸透して自然反応が生まれる。異質性の高い需給構造はこの感覚の異質性となりその違いが明瞭に浮かぶ。そこからの発想として生産や制度づくりの性格が生まれ情緒と理性の割合感覚となって人や自然への感性に及び社会の性格が作られる。単純な盗みという事から、物づくりや制度作りの発想という範疇の事まで根源的な発想の質の傾向が連なり生み出される。この一連性で本質的な性格を掴み文化や人間の質が現れこれらを制御する基盤が健康な人間像となり、各種の発想や創造が生み出される。
持続した領域の質の向上という積み重ねから健康なエネルギーの継続的な積み重ねによる人格が固まり、他者の生産を尊重できる感性が築き上げられる。虫食いや盗みの生産を予防するには、自己生産への集中した活動から骨の備わる人格が作られる。持続しない耐久力の弱さは基軸の薄い人間を作りだし人の生産や人格への尊重が取られず悪性を拡大させる。この性格の生産構造が進む事には負の事象が多発する予測が生まれこの面を考慮した生産やライフスタイルを描き出し健康な心身を叶える秩序が備わる。以上のようにあらゆる物事は密接な因果で繋がりこの認識が得られて良質な創造に及び、健康な基軸の太い原理を中心に物事を多面に想像される感性の有無が人間の質実を作る。物的依存が進んで実感の単純化への傾向には、基軸の弱まりと感性の委縮から多くの危機的な想定が浮かび普遍的な健康像を強調する意義が訴求されます。

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