日別アーカイブ: 2017年3月4日
哲学と専門性
文学とは「○○である」などと、領域の意義や役割への認識が形成され、その上で、当該領域での作法が生まれる。個々の現象を重ねながら次第に特定領域感が形成され、領域の中枢性が特定されて、その性格に及ぶような二次三次の作法が生まれる。即ち領域側の哲学が形成され、哲学を土台にした論理が引き出される。
人間とは「○○である」世界は「××であるべきだ」なる感性が培われ、それを遂げる方法論が編み出される。前提部分があやふやで、いまだ考えの定式が不十分であると、目的のわからないまま、場当たり性の利益を追求する動きが強まる。
単純な物理的合理性をもって、経済性を遂げる意識へと反応し、人間像の適正と離れた方法論を強められる。哲学や感性への問いをもって、その見解の定式の上に、方法の良し悪しが算定される。感性は、個別性が広がる。単純物理の合理性には見解が狭まる。感性への良し悪しの判断が先んじて、その同一性のもとに、方法への妥当性が揃えられる。
このような感性と論理への問いと答えが、根本的な原理と浮かべられて、各種領域の哲学が作られ、哲学を構成する論理体系が描かれる。哲学や感性への自覚や認識がどのようなものか、これが先んじて方法論の良し悪しが測定される。
各科目という領域が作り出されることについて、領域の中枢性がなんであるのか、この見解を表し方法の適正へ連なる。科学的な個別現象の積み重ねと、感覚や心理的な正負の体験をもって、両面を包含したより良き理論を見出し、哲学や感性と論理の安定した見解へ至る。
テクニカルな技術論へ偏して、哲学や感性や世界観の形成という面がやせ細ると、何のための技術であるのか、迷いが広がり、或いは、本末転倒の技術論などへと陥る。科学と技術と哲学の相関を浮かべて、感性と論理の相関が生まれる。
「感性が合わない」や「あまりにも異なる」という場合には、いくら技術の向上を見せても、用い方の適正に及ばず、技術の用い方に共通性が起こらない。意図する世界や人間性が基礎になり、各種領域の特徴と用い方の適正へ及ぶ。
無思考で、暗記型の学問に偏ると、この感性や世界観への答えを追求する向きへと思慮が及ばず、型通りの様式を無批判的に受け入れ、根の弱い技術を投じられる。物理的即効性の創造力へと偏り、歪な世界を招かれる。哲学なき専門性は、暴走への懸念が強まる。技術なき哲学にも悪性の傾向が出現する。
政治面は、哲学的性格を備え、行政は科学・技術的な専門性と映り、両面の適当な相関をもって、完全性の高い主体性像が示され、両者の良き協働性を遂げることにあって、健全な創造力が生まれる。
科学技術の見解から「何をやるとどうなる」という仮説が起こされ、「どうなる」という面に、哲学的尺度からの良否を充てることへと及んで、力の正しい活用という構図が見いだされる。「どうなる」や「どうする」という答えを示し、科学や技術への方向性を与える。
「人間観、自然観、人間と自然と道具の関係、生命観」といった根源性を表すことが、政治の主要な任務になり、これを遂げる有効な方法が多様な専門性から提起される。人間観や自然観、生命感の具体的な展開として「民間的活動と政治的活動、個人志向と集団志向、自利と利他、自存と共存、自然と人間」などの二極対立の構造から、両面の良き動的循環を作り、持続的な調和の形が見いだされる。
哲学や文化への問いと答えが定まり、各種技術が投じられる。或いは、何ができるという科学や技術の見解との勘案から適当な哲学や世界観が見いだされる。「理想と現況と方法、立案と実施と検証」のサイクルを持続的に回し、政治の主要な役割と行政の基本的な性格への認識が形成され、適当な相乗性を見出す構図が引き出される。