基準と過不足の制御性

良し悪しをつけるには、基準がいる。基準をあらかじめ示して現象の事実を特定し、基準と誤差の関係が掴み出される。「基準への異同か、事実の特定についての異同か、基準と事実の比較に見る異同か、」という3つの点に対話のポイントが起こる。そして、基準へ向けて方法を考案し、投じる活動が進められる。この「基準と事実と評価と方法」のフローが、生産性の概念と掴み出される。


基準

事実 評価

方法

真摯な対象との対峙を果たし、これらを丁寧に意識されて、自己と他者との違いや共通点を見出し、同一的欲求と実現の方法へと進行させることが協働性になり、或いは、これ以上は「立ち入らないで」などという各自の自尊性の願望も生まれ、許容範囲の程度が示されて、境界線の異同への認識が起こされ、自立と協働の相関が作られる。融和性の向きと分断的な向きを備え、緩和と緊張の相関を作る事に至る。

利他

同一利益 自利
緩和、

協働へのエネルギー

緊張、

分断、自立性のエネルギー

多くの場合、この「自利と利他と同一利益」という事柄が、基準と中身に相当し、表現者は、どんな性格の利益を求めるのか、この点を示し、自己と外界との異同を掴みつつ、個別性の確認と共通性を見出し、自立と協働の関係が作られる。

論点や問題点、好感点が絞り込まれ、争いになる点や好感を抱く点が特定され、問題を解決するベースが確認される。どの程度の譲歩や拘りを作られるか、接点と相違点の精査へと進む。こんなような下地の共通性を整えることが、人間形成の基礎になり、この足並みが揃えられて不毛な対立や誤解を深めて負の感情が強められることのない基礎作法に及んで適性が見いだされる。人間形成の基礎インフラとなる世界共通の標準が整備され各種の違いを乗り越え適当な調和世界を作る原理が描かれる。

ごく少数での利害関係から広がりある利害の集団的な関係を作るといった質量の違いが生まれるものの、基本原理は変わらず、同一性の基礎をもって生滅不可分と最良の生を見出す流れへ及ぶ。この基礎が粗雑になり一方向のエゴを強めるほどに物理的な感覚が強まり心理的なやせ細りが確認される。エネルギー循環の基本則が崩れ一方向的な欲求過多の態度に外れ歪な人間性が強められる。

或いは、頭による表現に偏り体や感性の交流が減じられて極端な言葉の表現が作られる。ある程度の体や感性の交流という時の共有から適当な観念が出現し皮膚感覚に届く意思疎通の良性を生み出す。事実確認の弱さや飛躍的な解釈や歪な願望を投じるような頭脳過多の規則性への適正化という点が問題に上がる。道具の高精度化と依存の習慣が強まるほどに表現が粗雑になり、基礎的インフラが忘れられ初動的躾の範疇が狂い対立的な感受性が強まる。

緊張の適正が狂い、なし崩しの秩序の破壊に及んで盗みや詐欺の慢性化したモラルの下落が進むことについて、下限的な基準への重みが確認されて、ほど良き緊張と緩和の関係が作られる。資本主義の過度な進行などから外界の物理感覚が増進し物理力で何でも遂げられる意識が高まり外界との基礎作法が瓦解して溝の深い亀裂を作られる。「虫けら」という認識が強まり信用の修復困難な状態を招く体質や性格の悪化が社会問題と取り上げられる。大きな社会的影響力を生む配置に及ぶほどに物理に縋り力の暴走への危惧が起こされ、手続きの丁寧な取り決めを設けて力と責任の均衡ある進行が図られ憲法や各種法規が作られる。

しかしながら余りに神経過敏な基準へ陥り、手続きが自己目的化するような状態について適当な基準の在り方が浮かべられ頭と体と感性の有機的な相関へと思慮が及んで、過敏と鈍感との適正な調和感覚が生み出される。個別現象と積み重ねと反省と学びの理論化というサイクルをもって基礎的な原理や作法への問いと様式が生まれ長く良好な社会の道理や作法を見いだし、生存と共存の持続性への軌道を作る。人間の変わりづらい健全性像を描き根本律と備え、時々の変化の適当さが見いだされる。

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