自身の体験から、個人と集団の協働活動を経て作り出される組織論や経営論になると、集団の性格を表す規定の在り方へも実際的な形成過程をよく鑑みた内容へ反映される。出来上がっている組織に加わるという形成方法や、どこかで執り行われた事例を安易に模倣するような態度に寄らず、自己の形成原理を主軸にして、良い所は付け加えるという改善の発想が備わり、規定と実際の良く絡み合う状態が生まれる。
集団には、全体を集約して大きな方針を起こし内外に表すという作用が必要になり、集団の持つ技術力と対象とする顧客の関係を中心に、各種利害関係者が生まれ、この全体に主体性像が生まれる。中でも内部の中核的な意思を柱にして各利害関係者へ意思を表し、自己の基準を予め整理して公平に適用する態度をもって、公という性格が現れる。一過性の恣意的な判断に寄らず、大局観を見据えた事業の青写真を描き、関係者に対して公明正大な基準と適用を果たし、信用が積み重なる。内部を統制する意味と外部へ集団としての態度を表し、内外の整合的な一貫性を持つエネルギーの循環軌道を作り上げ、生産と消費と分配の適正を図ろうという態度が生まれる。
こうした集団や主体性像をもって、どのような表現で主体性をご紹介すべきかの内容へ反映する。自己体験的な過程から、実際の経験を通して、全体集約的な規定への在り方が生み出される。これを自己の軸にして、他で作られる基準の在り方などから有用な考えなどを取り入れ肉付けする態度に、芯を備えた栄養を吸収する構造が生まれる。自己の基準が先立って備わる事がないと、他の基準を安易に模倣的に利用する態度へ及び、教科書的に描かれたものを真似るばかりの創造性が起こり、根本的な土台から思慮に及ばない上物が立てられる。
人の批評ばかりに偏る生産性に陥るほどに自己の基準を身を持って作る工程と外れて、確かな基準の形成と保有と運用の体験が弱い、上辺の基準と模倣や盗みの習性が内蔵される。外界からの影響に受動的な態度が起こり、軸をもって取捨選択し栄養を吸収して柱に付け加えるという創造性に至らないと、二次三次に加工された基準をよく吟味して吸収する感性へ至らず、つまみ食いと一過性という生産性へ走られ、外界を酷く混乱に及ばせる害虫という姿で認識される。
芯を備える批評という行為に及べば、外界へ有用な知的生産という評価を受けられる。体験的に自らの体を通して確かな根拠や確信性に及ぶ原理が作られ、それを軸に外界への評価感覚へ至ると、一定の納得性や有用性を持つ表現が起こり、批評される側へも有用な栄養を提供する生産と受け止められる。虫食い感覚で、自己の基準形成過程が弱いと、有意な基準と評価という生産へ及ばず、不快な雑音という表現と見做され厄介者扱いとされる。一過性の自己の商売へ偏した表現が多産され各種の不毛的な争いを作られる。
有用な知見という心象を与える事のない批評は迷惑と判定される。外界の利益に及ぶ表現と解されて自己の利益に回り円滑なエネルギー循環へ連なる。
こうしたスタンスを標準としながら、余りにも欲望と力と責任の不均衡を表す特異な態度へ対しては広く周知させ、健全性を損なう事のない利益を意図して、過不足への指摘や予防策を投じるような批評が起こる事には有用性が生まれる。社会的ニーズの内になり人々の利益を作られる。有用な報道機関は人々に喜ばれ不可欠な存在と認識が強まる。人へ何某かの注文を示す際には、少なくとも基準と根拠をもって、負担と品質の権利義務関係という相互性の構造を基に適当な欲求を作る態度に健康な精神性が映し出される。どこか一方向性の態度が強まり、権力と対立的な感性を強めると受動的な体質が露になり、主権者という意識を内蔵して、能動的な集団活動の参画者にあって当事者の構えが備わり、より有用な提案を内外に与え集団を牽引する性格が作られる。報道の役割を権力を監視する事で留まると、当事者性が弱まり、有用な創造力の深まりへ及ばず、消費者の性格に陥られる。これへの不快が、健全な生産者から起こされる。
個人化や専門職という分業的な構造が進むほどに、根元の感性が痩せ細り、外界への過敏な一方向性の欲求を表す傾向が映る。全体的な概念図の形成や保有の適正が問われ、全体と個の配置感覚を崩した自己認識による違和感が生まれる。自己の性格を適当に掴み、出る所と抑える所の適正が生まれて、内外の調和へ及ぶ健康な感受性を形成される。芸人的なパフォーマンスも健全性が土台に備わり、不快へ及ばない適度な気の利いたユニークさと評価される。どんな生産にあっても、同一性の共通する生産倫理という面が生まれ、作る物事は違っても、肌に通じる常識感覚が起こり、外界の心理を察し言うまでもなく感じ取られる想像力が生まれ適当な制御感覚が現れる。受動的性質と当事者性の感覚の違いが作られ、この面の同一性から外界との調和へ連なり文化的な体質と掴み出される。外界を対立性の感度で映すか、自己同一性の融合的な対象と映すか、再生産的な志向性を持つか、一過性の略奪を企てるか、自存と共存の在り方へ現れエネルギー循環の流れ方を作る。姑息で小心で小欲を追求する程に大局観が作られず、全体観の歪性と及ぶ小さな偏狭的な世界観をもって、過敏な欲求を抱き、守りを強め攻撃を与える動物的な感性へ陥り、小さな利益や歪な利益という結果を招く。盗みや詐欺の体質で慢性化され不健康なエネルギーを投じられる。堂々と外へ開く公明正大な態度に健康な融合性が起こり、妙な集団の閉鎖的感性による態度に寄らない利益の増進軌道が生まれる。頭と体が分断する程に妙な優越性を抱き、他者の基準への尊重が起こらず、一方向性のエゴの強い物理依存型の閉鎖的な集団の体質が明瞭に伝わり、思い上がりが激しく、犯罪までも肯定される。困った人間性であり、日本文化とは大分異質に見受けられる。各種業界によって様々な性格が作られる。分母的な常識感覚とあまりに外れる事へは適当な対処をもって悪性の広がりを予防する事が不可欠に思われます。