こうした物事を伺い作る骨格的な視座が設けられ、そして相応しいエネルギーの相互性への問いと探求を進め、健全な感性の維持と肉体の適用をもって、人間を作る方途と掲げられる。
力の制御は基準と適用において図られる。大きな物理力を保有し、その力の原理で物事を進める事には、大が小を押しつぶし、吸収する圧力が高められる。外界の意思を伺うことなく自己のみの欲求と力によって生存を図る態度には健全な人間とは映し出されず基準の形成と公平な適用をもって力の大小にかかわらず領域の持続的生存へ連なるビジョンをもって推進する外界の利益を含んだ基準の構築と運用が求められる。健全な欲望と力と責任の均衡的な態度と現れ単純物性の感覚に共存志向を含んだ心理的良性をもって人間世界の適正が映し出される。絵空事の基準に留まらず実際の運用が図られ自ら第三者からの検証が進められ質実を持つ頭と体の有機的な基準と適用の実態が作られ健康な感受性が実感される。予めの基準を形成し提示できない生産者においてはその範囲の力の保有が許容され過剰な力は削減し過不足の修正を進め健全な主体性へ及ぶ。このような論理を欠いた物理性の活用に暴走という言葉が当てられて相応しい制約を課し健全な人間性の維持の下に自由な発想が許容される。外界への利益と内部利益との適当な相関を発想して内外調和を見出そうとされる生産者にあって利他の実現と自利の獲得というエネルギーの好循環が叶う。時空を超えた普遍的原理へ高まり未来の良性を開く力と方向性に作用する。エネルギー循環と健全性の適用において持続的安定と成長のスパイラルが齎される。ストック過剰でフローの良性が下落する程に、単純物性の運用が強まり健康な人間性とは異質のエネルギーが発生し、暴力や盗みや詐欺という行為へ及び悪性が連鎖しプラス性の発想が収縮する。これを適正化する原理の確立が必須とされる。根源的な発想の善し悪しが問われ現実的な力の保有や利用の面に対峙し、そこで見る確かなあり方を求めて現況と理想と妥当な方法を発想する態度に根幹と芯の適正を持つ主体性が生まれる。この程度が需給相互から吟味されてクレームや満足という消費者的な態度や逆に適当な消費者や購買者の判定が取られ相互の基準に備え、動的基準と二次三次の基準の構図と適用が進められる。自然形成的な事実と予めの手続きによる基準の形成という過程から動的変化に照らした普遍原理の適用へ進んで人間の根源性が制御される。物理的力に心理的な力が備わって人間が抱く力の概念が形成される。これを満たす感性にあって文化基盤の実態が把握される。肥満者を野放しにすることのない的確な対処が遅れると悪性が広がり辺り一面物性での支配力が強まり基準と適用の公平公正性が劣り恣意的な利益の追求へ走る。集団の管理能力を超えた手足の出現は精神と肉体の分断症状と現れ能力を超えた過剰資源の保有と判定され主体性の適当な規模や質へ改めて健全化する。欲求と力と責任の均衡を目途にエネルギー循環の健全性が現れる。犯罪への自覚症状が起こらない盗み症の慢性化されたクズを基準に置くことなく体と頭と心の良く回る生活者の感性が中心に配される。盗まれる奴が悪い等と発想するようではクズの同類としか映らずインフラには適さない。普通の人々から見ると、盗みは、よほどの事がないと生まれないイレギュラーな事象であり感覚の慢性化した悪性は病理性の認識へ及ばない。強制する以外に直る見込みは薄いように思われます。ごく自然に内蔵される常識の範疇と思われます。