以下の哲学の規定は、思想家という生きた生産性と離れた立場が好みそうな哲学という用語と定義を指し、人への情感を根にして利益を作り良好な感受性を得たいとする社会性が浮かばず、どこか、偏屈な利己性を表す外界との敵対的な感度に基づく支配欲が伝わる。
哲学 原語であるギリシア語の philosophiaは知を愛することを意味する。哲学という訳語は西周による (1874) 。愛知としての哲学はもろもろの学問のなかの一つではなく,人間の知識欲に根ざす根源的活動の一つだが,中世では神学,現代では科学との関係が問題となっている (ブリタニカ国際大百科事典より)
こうした定義にも、人間の根っこの性質が現れ土台感覚の違いが発想や志向性という幹を作り表現事物という枝葉や実というアウトプットに反映される。人間にとり有用な成果事物を抱けるアウトプットであるか、根元の感受性が作り出す物事の性格に現れる。知識欲とは自己の知りたい欲求の充足を指し、知ること自体に重きを取り学問の根源的な動機付けとするには、少々適正を欠いたボタンの掛け違いを作り、性質の歪みと連鎖する。学問の動機付は外界で起こる人々の態度を良好にしたいというような生命への躍動的な姿に喜びを抱きエネルギーを投じて喜びを作り上げれば結果的に感謝の念をもってエネルギーへの適正なお返しを見せる相互の良質な情感が備わり良好な人間社会が生み出される。こうした過程から有用な知見が生み出され知るを愛するという結果の規定へ及び健全な哲学観が生み出される。人との良好なエネルギー循環の動的過程の結果生きた知見が積み重なり、知の体験的な有用性をもって仮説と検証の成果を反映してさらに有用な利益を作る拡大作用が形成される。動的過程から確かな知見が得られて人々との良好な関係へ連なるエネルギー源になり、有用な方法を提起して幸福の連鎖へ至る生産と社会ビジョンと描き出されて動機と知識の相関が生まれる。この結果実際的な人格を形成するに至り、学問や生産の目的は人々との欲求と充足の良好な協働において健全な人格の達成と描かれる。知識を人々を騙して糧を得るツールの如き発想へ進むような哲学の規定にあっては適正を欠き、根元の土台感覚に歪さが作られる。西洋的と言ってよいのか不明ですが、どこか外界への脅威や生悪的な構えが強く、善意をもって力を起こせば善意が返る循環を自然な感性へ強められるような土台の性格を作る事に適正が生まれる。知識という力をどのように用いるかの問題となり、外界への情緒的な融和感覚を抱かれるほどに善意の発想と手法へ及び、それを感じられる外界において適正エネルギーを返す周期が生まれて生態系の健康な成長軌道が進行する。盗みや詐欺への感覚が弱く犯罪をしている意識も自覚も起こらないような生産性が進み、根の悪性と体質の肥満な状態を増進する事へならぬように、根源的な哲学や知識への適正な規定が現れて人間の根が作り上げられる。自称知識人なる自覚を抱かれる人々の性質に、「知を愛する」という言葉の解釈がどのようなものか、確信性の弱い二次情報や外界から情報を引き出すばかりに夢中になって、自己の制御性を高める手法などが生まれると根本的な性質の欠陥と映り、現代の一部悪性を主導するタイプが散見される。情報を容易に盗み取り自己の情報を開示せず、一方的な欲求の制御性を意図すると映ると上述のような哲学観による根の悪性と歪さの連鎖を生む原因と浮かぶ。質問を容易に投げかけ当たり前に得られる如き感覚やサイバー犯罪のような明らかな一線を越える犯罪者が多発しクズの自覚も起こらない病理性へ対して取り締まり当局は深刻な感度をもって緊張ある対応を図り負の拡大への対処が期待される。こうした文脈の形成は対処策と同時に予防に連なりクズの連鎖に箍を嵌め、健全なエネルギーの好循環を進める事に思います。知的犯罪や知的生産性やその大本になる知識への認識や哲学やその内容の作り方へと視線が及んであるべき基盤の根本的な姿をもって表層事象の適正へ連ねる作為へ及び意味が生まれる。クズな政治屋や周辺の集りのマスコミ、物理依存の激しい財界人という類への適当な感度をもって取り締まりの強化へ及んでクズを作り出さない強化策において根元からの正常化に至る。ボンボンに金の管理などをやらせると外界への良好な生身の創造力を発せずに外界の利益を盗む発想へ傾く。利己的な感度が強く利他を持って自利を得るエネルギー循環と真逆の流れを進める事のない根の正常な形成に文化論の関心が強められる。金庫番ばかりをやりたがり最前線で利益を作る身の投じ方になりリーダーはその空間の性格を作り上げる。世襲のボンボンでは強いリーダーシップは起こらず小手先の創造性に留まり基盤への思慮が及ばない。物理化への従属性が深まるばかりという流れを変え適度化する力に本流の改良が生まれる。一部のたちの悪い公務員やマスごみの体質が社会の基軸にはいる事のない抜本的な適正の要件を見直して外界への強いエネルギーを発する空間の常識が進み外界の悪性を変える力が投じられて好循環の連鎖が生まれる。恐らく、このような認識を抱かれる人々も少なくないでしょう。問題の取り方や感度の当て方に生産者の性格が鮮明化し理念や哲学の実態が映し出される。適当な日本哲学を作り根っこから人間作りへの方向を見直し軌道の誤りを修復して各種専門性を高め盤石な基礎と機能の適正が起こる。根の可笑しな専門性はプラスよりマイナス利益を無自覚的に作ると仮定される。ゼロベースからの価値の構築をとらず受動的に上述のような規定を吸収するような行為に至っては独自の適正を形成しない不健全な主体性を生む。宗教に安易に流され二次三次的な加工度の高い型枠を無批判的に用いるなど、体と心の過程を経ない頭ばかりの人間が生まれ悪性に手を染める。確たる日本哲学の構築が必要と考えます。