1)真なる調和への道

日本を出て広く他国を見て回ると幻想からの脱皮が起こり妙に憧れるような気持ちに適正感が生じ自己の空間への良質性やマイナス面が浮かび上がる。ある程度と地に根を張って自己なりの基準尺度をもって、他空間への過度な恐れや憧れなどに対して実際に見て回り事実を掴むことによって確信的な自信や反省へ連なる。解らない事は恐れを作り恐れのままやり過ごすと悪性が生まれ手足をもって感じ取り実際を掴んで解らない事への理解に近づき精神的な落ち着きへ及ぶ。虚像や虚構のままである事の負への認識と知る事による制御可能性を掴み健全な人間性を宿す。このプロセスが適正化の基本経路を指し対象との真摯な対峙を持ち物事を作り上げる良性と映し出される。しかし、虚構や想像性を起こせる発想力が事実を変化させる契機になり、ある程度の事実を掴みながら「もっと良くしたい」という気持ちからの想像性へと及んで仮説が起こり虚構を作り出し実際への目標と備えられてエネルギーの集中が発生し邪な発想に逸れない生産性が作られる。目標と方法と達成の充実を味わうと、それが自信へなりまた同じように課題を見出して力を投じる軌道が繰り返される。人々への利益と感謝というエネルギーがこれらの原動力に起こり富を蓄積する過程が持続する。あまりにも大きな物理力という力で人々を従わせる規則性によると真に良好な感謝やエネルギーを得られる事はなく自己の我欲を先行する程に他者からの不快感情に目をつむり強引な手法による自己生存性を強められる。多くの恨み辛みを持たれながら対抗策にセキュリティー投資を増加させ危機を回避する手法を選ぶ。利益を作りながら経費を生み人よりも物理性に信頼や親密性を持ち物依存の習慣や体質へ及ぶ。こうした過程で掴み出す成功体験なる自信には強い不動性の自己肯定感が宿らず、歪んだ精神性による不安定な装いに現れ、幸福感を高めるよりも不信性の情緒が積り誤った方角感によるエネルギーの投入と認識されて反省と改善の周期へ及び自己の原理が更新される。短変数的な積極的創造策から生まれる下限性の事象との因果が繋がり両面への視野を含んだ適度感を見出す思慮を含んで生滅や正負の矛盾と対面して調和に及ばせる態度に生存と共存の適正を見出す事へ至る。根本性の原理と作り上げられて土台が形成され、各種の発想や場面での判断基準に備わる。一度盗みを覚えて楽な糧の入手を達成すると二度三度と同じ道を選ばれる。法的な争いでテクニカルに法的な勝利を得ても体質は変わらず自然律が生き続ける。みすぼらしい性質のまま何ら自己への改善を起こさずに敵対的な脅威ばかりを外界へ抱き不安定な精神による生産を投じて、更に悪性を拡大する負のスパイラルに嵌る事のない健全な芯を持つ規則性から良好な感情が現れる。特異な性質が残ると良質な感情を停滞させ負の性質を連鎖させる。長期の観点から正負の勘案をもって優先的なポイントと基準を作り評価へ及ばせ健全な利益を追求する足取りに真なる調和軌道が持続する。一瞬、一瞬の判断が人間性と固められる。確信性を掴まずに知ったような気になり外界への評論などで糧を得る生産性が酷くなる態度や、解り安い表現への研究を進めて外界を納得させる生産努力をとらずに、物理性による強引な生産的態度は恐れへの反応や慢性化された怠け癖や傲慢性と映り、真摯に対象へ対峙して物事を作り上げる感受性の劣化と映し出される。頭と体の分断から起こる根元の弱まりにないか、真に利益に及ぶ評論や生産であるか、吟味しながら投じる態度に健康な性格が映し出される。逃げ癖や盗み症で慢性化する程に根本性が破綻し一面の利益ばかりへ視線が向かうお粗末な人間が生まれる。あれもこれも広く薄く興味と関心を注ぐか、ある程度の限定や集中をもって質の向上に努めるか、確信的効用を図るには後者の態度の割合を増し他者の生産性を尊重し自己の尊厳を守る態度が作られる。これに寄らないと盗み症の性格が生まれ薄利多売の量産体制が拡大する。適度な範囲の健全性を作る力に回り分化と統合の長期周期を作り健康な人間性が持続する。以上のように、「知らない事と、知らない事への恐れの感情と、知る事による理解と精神的落ち着きと、自我と他者の欲求との共通性と、正負の勘案による調和性、法的対処と自然律、生産の限定と他者への尊重、分化と統合」というプロセスが描かれ生産性や人間性が作られる。生きた自然の皮膚感に内蔵される実際の人間と掴み出される。各種の場面でどんな反応をとりどんな態度を講じたかこの繰り返しから個性が作り出される。

クズなボンボンは、盗むままで、金を払わず、呆れております。オイコラ。コゾウ。という心象が強く生まれます。マスごみと政治屋、物理依存症の商人への的確な対処を、取り締まり当局へは何卒お願いいたしたいものです。

1)歴史の教訓と未来の方途

誤解を恐れず言うならば、学校を出て、すぐ、教育、マスコミ、公共機関や政治などに身を置くプロセスから作られる人間は、過去の歴史の反省材料という認識が生まれる。作家などが実社会の工程を経ずに名が売れて選挙などで間違って選ぶと禄でもない政治と行政の構造を作り現象への真摯な対峙から体と心を通して作られる観念へ及ばず、精神分裂症という性格に映し出される事が少なくない。世襲による政治などへの関与も、同じ性格にあり、管理的な業務に従事するまでに固有技術を作りサービスの受け手と直の対話をもって、各種正負の体験を積み重ね、原理原則を作る思慮を経ながら実際に生きた基準が現れ倫理道徳の実在に至る。こうした過程が健全な人間形成のビジョンという教訓へ及び、歴史からの学びをもって、未来を作る基準に挿入される。物理的な力を適正に制御するには、欠かせない時の積み上げ方法になり、頭で早期に知を吸収しても実際の場面で判断や行為が起こらず、頭と体の分断した精神の歪性が浮かび上がる。こうした因果へ対する共通的な認識へ及ぶ人々が大半にも思われます。自己の経験則を通して良好な未来を作る根源性の原理と及び、他者との皮膚感覚となる自然な発想が作り出され自明の理という当たり前の因果性と結合する。こうした知見が、個々の生産や社会制度を作り上げる基礎材料になって各種の方針が現れ人間形成の所与的な原理へ至り、過去と未来を適正につなぐ現在の判断を生み出す。真っ当な生産性に携わって作られる成熟した大人の常識を指し社会人に至るまでや社会人からの適当な道筋が描き出され、失敗への経験を有用に生かす発想へ転じる事が改善になり具体的な基準の中身が作られる。知の形成過程の適正化を探す思慮を指し体と心の実体験から積み上げ的に観念の洗練された体系へと及ばせて芯を備えた健康な有機体を作る事に及ぶ。金や権力、知力という力の保有と適正な利用を図るには必然の経路となり、この道筋を外すほどに物理性への従属的な性格に流れ力の暴走を起こし下限的な制約も超えてしまい、適当な積極的創造性と離れ下限的不快事象を作る因果と映し出される。生産の包括的な構図に対して、両面の適当な制御感覚が起こらない事が健全な主体性とのずれを指し、人間の根本的な基盤面の脆弱性を露にする。

以上のような論理と体系が人間形成の理想概念を指し、現実との対峙と妥当な理想へ向けての方法を見出す長期性の活動軌道が起こされて、持続的生存と共存、安定と繁栄の調和を結ぶ道筋となり再生産の適正な生態系へ及ぶ原理と纏められる。長期観点を持ちながら中期や短期の周期性を想定して、これらの割合感覚の適度さを探し全体構成に及ばせる適正化のポイントが生まれる。厳密には、人々は、十人十色の環境を背負い各個別的な事情を持ち、環境に配されながら人間が作り込まれるものの統一的な原理を作り上げ大きな軌道の狂いに及ばない反省と学びをもって秩序の改善と実施を図り価値の実現へ進める道筋に世代を超えた価値が繋がり有限の生命へ対して無限の意思へ及ぶ永続的な良性の途絶える事のない力が生きる。

現在の武力の保有や各種力と責任の不均衡感へ問題意識が及び、適正化への熱が現れる所に真っ当な性質の所在が確認され、有用な改良への思索が深まり表現や生産的な立場を作り出される。健康な自然反応からのストレスは良好なエネルギーを向上する動力源にもなりまるでストレスを感じない事へはどこか慢性化した肥満症を指しこの性格に力を与えても有効な力の活かし方へ強まることなく現状維持の発想か、ますます悪性へ流れる。理想概念から乖離して制御性の利かない悪性と劣化が進む事への的確な対処が図られないと未来への負を拡大させる。大きな歪んだ力へ対して小さな個々が大きな纏まりへ及んで、強い対抗力を作り悪性への対峙を果たす事なしに、一部の哀れな精神破綻による暴走が留まらず物理従属的体質を深めて人間の破綻が限りなく進行する。少々力んだ、生産概念になりますが許容範囲内にあると考えます。共感を抱かれる人々も中にはおられる事と思われます。

 

 

 

 

 

日本哲学の確立

以下の哲学の規定は、思想家という生きた生産性と離れた立場が好みそうな哲学という用語と定義を指し、人への情感を根にして利益を作り良好な感受性を得たいとする社会性が浮かばず、どこか、偏屈な利己性を表す外界との敵対的な感度に基づく支配欲が伝わる。

哲学 原語であるギリシア語 philosophiaは知を愛することを意味する。哲学という訳語は西周による (1874) 。愛知としての哲学はもろもろの学問のなかの一つではなく,人間の知識欲に根ざす根源的活動の一つだが,中世では神学,現代では科学との関係が問題となっている (ブリタニカ国際大百科事典より)

こうした定義にも、人間の根っこの性質が現れ土台感覚の違いが発想や志向性という幹を作り表現事物という枝葉や実というアウトプットに反映される。人間にとり有用な成果事物を抱けるアウトプットであるか、根元の感受性が作り出す物事の性格に現れる。知識欲とは自己の知りたい欲求の充足を指し、知ること自体に重きを取り学問の根源的な動機付けとするには、少々適正を欠いたボタンの掛け違いを作り、性質の歪みと連鎖する。学問の動機付は外界で起こる人々の態度を良好にしたいというような生命への躍動的な姿に喜びを抱きエネルギーを投じて喜びを作り上げれば結果的に感謝の念をもってエネルギーへの適正なお返しを見せる相互の良質な情感が備わり良好な人間社会が生み出される。こうした過程から有用な知見が生み出され知るを愛するという結果の規定へ及び健全な哲学観が生み出される。人との良好なエネルギー循環の動的過程の結果生きた知見が積み重なり、知の体験的な有用性をもって仮説と検証の成果を反映してさらに有用な利益を作る拡大作用が形成される。動的過程から確かな知見が得られて人々との良好な関係へ連なるエネルギー源になり、有用な方法を提起して幸福の連鎖へ至る生産と社会ビジョンと描き出されて動機と知識の相関が生まれる。この結果実際的な人格を形成するに至り、学問や生産の目的は人々との欲求と充足の良好な協働において健全な人格の達成と描かれる。知識を人々を騙して糧を得るツールの如き発想へ進むような哲学の規定にあっては適正を欠き、根元の土台感覚に歪さが作られる。西洋的と言ってよいのか不明ですが、どこか外界への脅威や生悪的な構えが強く、善意をもって力を起こせば善意が返る循環を自然な感性へ強められるような土台の性格を作る事に適正が生まれる。知識という力をどのように用いるかの問題となり、外界への情緒的な融和感覚を抱かれるほどに善意の発想と手法へ及び、それを感じられる外界において適正エネルギーを返す周期が生まれて生態系の健康な成長軌道が進行する。盗みや詐欺への感覚が弱く犯罪をしている意識も自覚も起こらないような生産性が進み、根の悪性と体質の肥満な状態を増進する事へならぬように、根源的な哲学や知識への適正な規定が現れて人間の根が作り上げられる。自称知識人なる自覚を抱かれる人々の性質に、「知を愛する」という言葉の解釈がどのようなものか、確信性の弱い二次情報や外界から情報を引き出すばかりに夢中になって、自己の制御性を高める手法などが生まれると根本的な性質の欠陥と映り、現代の一部悪性を主導するタイプが散見される。情報を容易に盗み取り自己の情報を開示せず、一方的な欲求の制御性を意図すると映ると上述のような哲学観による根の悪性と歪さの連鎖を生む原因と浮かぶ。質問を容易に投げかけ当たり前に得られる如き感覚やサイバー犯罪のような明らかな一線を越える犯罪者が多発しクズの自覚も起こらない病理性へ対して取り締まり当局は深刻な感度をもって緊張ある対応を図り負の拡大への対処が期待される。こうした文脈の形成は対処策と同時に予防に連なりクズの連鎖に箍を嵌め、健全なエネルギーの好循環を進める事に思います。知的犯罪や知的生産性やその大本になる知識への認識や哲学やその内容の作り方へと視線が及んであるべき基盤の根本的な姿をもって表層事象の適正へ連ねる作為へ及び意味が生まれる。クズな政治屋や周辺の集りのマスコミ、物理依存の激しい財界人という類への適当な感度をもって取り締まりの強化へ及んでクズを作り出さない強化策において根元からの正常化に至る。ボンボンに金の管理などをやらせると外界への良好な生身の創造力を発せずに外界の利益を盗む発想へ傾く。利己的な感度が強く利他を持って自利を得るエネルギー循環と真逆の流れを進める事のない根の正常な形成に文化論の関心が強められる。金庫番ばかりをやりたがり最前線で利益を作る身の投じ方になりリーダーはその空間の性格を作り上げる。世襲のボンボンでは強いリーダーシップは起こらず小手先の創造性に留まり基盤への思慮が及ばない。物理化への従属性が深まるばかりという流れを変え適度化する力に本流の改良が生まれる。一部のたちの悪い公務員やマスごみの体質が社会の基軸にはいる事のない抜本的な適正の要件を見直して外界への強いエネルギーを発する空間の常識が進み外界の悪性を変える力が投じられて好循環の連鎖が生まれる。恐らく、このような認識を抱かれる人々も少なくないでしょう。問題の取り方や感度の当て方に生産者の性格が鮮明化し理念や哲学の実態が映し出される。適当な日本哲学を作り根っこから人間作りへの方向を見直し軌道の誤りを修復して各種専門性を高め盤石な基礎と機能の適正が起こる。根の可笑しな専門性はプラスよりマイナス利益を無自覚的に作ると仮定される。ゼロベースからの価値の構築をとらず受動的に上述のような規定を吸収するような行為に至っては独自の適正を形成しない不健全な主体性を生む。宗教に安易に流され二次三次的な加工度の高い型枠を無批判的に用いるなど、体と心の過程を経ない頭ばかりの人間が生まれ悪性に手を染める。確たる日本哲学の構築が必要と考えます。