5)自己生産性への集中

健全性概念の中枢的な要素は自己生産性への集中力を指し、持続的に技術を磨く事の出来る性格を指す。利己的な欲求が強まるほどに、人が人への安直な評価を強める。消費者感覚が強まり、外界への一方的な要望を強める醜態と現れる。人が作り上げる物事へ視線を向け、自己の生産性との協働から効果の向上へ連なる発想に健全な利他を作り上げるエネルギーが浮かび上がる。評論過多社会の特徴は、自己優位性への意識が偏り、地に着く生産性の地道な発想から離れて、むやみやたらに人が人へ評価を図り、生存を遂げたいとする安易な発想へと流れ、確たる尺度の形成と公平な評価感覚と外れて、利己的欲求を表出させる。こうした性格に肥満な規則性と体質が浮かび上がり不快事象の実感が起こされ健全な人間性への問いと創造へ及んで確たる型枠が提起される。発信力の強い主体性に共通する側面は自己の生産性へ集中して外界を魅了する表現や型枠を作り上げる所にあり、外界からの妙なエネルギーに振り回されず根源的な原理を抑えて物事に集中する根の盤石性にある。利益を作り上げたいとする確固とした感性を備え、自己の技術と対面して外界へ力を投じ良好な反応を学びながら、技術の向上へ勤める周期性を内蔵される。あれもこれも虫食い的な感覚をもって、安易な手法で糧を得るような行為が進むと自己の生産性の質的向上への力が分散して、一過性の表現となる粗雑な評価感覚に走り傲慢な姿の醜態を見せられる。どんな技術力をどんな対象へ向けて持続的に投じるか、この規則性の積み重ねから確かな根元が作り出され外野のような虫食いへの関与へ及ばず、自己のエネルギーが集中して良質な生産性を見出される。発想と規則性の善し悪しが成長の程度に連なり外界との真摯な対峙と自己の反省の周期をもって倫理道徳の実際的な基準が宿ると共に良質な生産を見せ、感性と論理と実態の健全な人間性と連なる。同じような感性を備える人々が集まり根の同質的な基盤の下に利益の増産的な協働が進行する。この基礎的皮膚感が異なると長く共存する関係には及ばない。

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