1)生産の包括図面

不快事象と快適事象と両面の相関という創造性の枠組みをもって、全体最良性を意図する方法が構成される。つまり、生産性には、以下の2類型に大別されて正負を視野に含んだ発想や論理と行為が生まれる。

1)危機事象の想定と、発生と対処と、事前予防

2)快適事象の効用と、マイナス性への想定、両面の勘案とプラスの増進

具体的な快不快事象の例としては、以下の2通りに大別される。

1)不快事象とは、自然災害や、戦争やテロ、という大きな被害に及ぶ事から、経済危機や政治危機、そして特定集団の危機、ごく局所的事象の危機を指す。

2)快適事象は、衣食住という消費生活の基軸場面から、これらの作り側の生産性、流通や補完作用を指し、更に制度や法規の形成、教育の実施という大まかな類型が生まれる。

不快事象 相互性 快適事象
局所事象の危機

特定集団の危機

経済危機、政治危機、

自然災害

戦争、テロ

衣食住の消費

衣食住の生産

主軸の補完作用

制度・法規の形成

教育の実施

これらを各個別的な領域として区分し、そこに従事される人々から見て大きな目的と方法が設けられ、プラスマイナスの作用を勘案しながら生産が投じられる。

生産性の効果の測定には、快適事象と効用について観測の明瞭性が浮かび上がり、人々は、評価を受けやすい物事に従事して、高い報酬を意図される。しかし、不快事象と予防の施策に高い付加価値が起こる事は言うまでもなく、事前予防型の施策と実施に本来は高い評価を付ける事に適正が生まれる。

1)快適事象の生産

2)不快事象への対処

3)不快事象の予防

こうした健全な生産性の観点が備えられて、一過性の人気取りのような行為に過剰な評価を付ける事無く、見えづらい地道な予防行為に真価を抱いて観測し、適当な評価を与える事が適正になる。

悪性事象と対処のプロセスは、最悪の手段という工程を指し、悪性に及ばないような思慮をもって良性を作るという発想に適正が起こり、良性を一面的に追求する行為が悪性を生む因果を想定して、適度な良性を生む行為に高い評価が生まれる。このような見方を喪失して良性への野放図な追求と、悪性の対処などへ及ぶと、健全な人間性とは乖離し矛盾した相反的性質が明瞭になる。

人に評価されやすく良い所ばかりを虫食い的に掴む悪性とも見做されかねず、真相真価を適度に掴んで、日頃の活動の適正と適当な評価感覚をもって物事の序列が構成されて適正化される。「負をなるべく作らないような生」という発想に適正が起こり、生を作りながら負を作る両極端な行為には、プラマイゼロの評価へ至り、健全なプラスの利益とは評価されない。

こうした根本性の理念に健全性が備わり、定常的な活動への真相真価を作り、非常事態の発生と対処と予防の視点をもって正負を包含した生産観念が生まれる。正負の事象の相関性の想定と、なるべく負を作らない正の増進という感性に正しい付加価値が算定される。

日頃馬鹿な癖に「何をぬかしてんだ」とならぬように、健全な生産の包括図面が適正な人間を作る。クズな政治家やマスごみ、物理依存の激しい財界人を見ると、不快を生む。

5)自己生産性への集中

健全性概念の中枢的な要素は自己生産性への集中力を指し、持続的に技術を磨く事の出来る性格を指す。利己的な欲求が強まるほどに、人が人への安直な評価を強める。消費者感覚が強まり、外界への一方的な要望を強める醜態と現れる。人が作り上げる物事へ視線を向け、自己の生産性との協働から効果の向上へ連なる発想に健全な利他を作り上げるエネルギーが浮かび上がる。評論過多社会の特徴は、自己優位性への意識が偏り、地に着く生産性の地道な発想から離れて、むやみやたらに人が人へ評価を図り、生存を遂げたいとする安易な発想へと流れ、確たる尺度の形成と公平な評価感覚と外れて、利己的欲求を表出させる。こうした性格に肥満な規則性と体質が浮かび上がり不快事象の実感が起こされ健全な人間性への問いと創造へ及んで確たる型枠が提起される。発信力の強い主体性に共通する側面は自己の生産性へ集中して外界を魅了する表現や型枠を作り上げる所にあり、外界からの妙なエネルギーに振り回されず根源的な原理を抑えて物事に集中する根の盤石性にある。利益を作り上げたいとする確固とした感性を備え、自己の技術と対面して外界へ力を投じ良好な反応を学びながら、技術の向上へ勤める周期性を内蔵される。あれもこれも虫食い的な感覚をもって、安易な手法で糧を得るような行為が進むと自己の生産性の質的向上への力が分散して、一過性の表現となる粗雑な評価感覚に走り傲慢な姿の醜態を見せられる。どんな技術力をどんな対象へ向けて持続的に投じるか、この規則性の積み重ねから確かな根元が作り出され外野のような虫食いへの関与へ及ばず、自己のエネルギーが集中して良質な生産性を見出される。発想と規則性の善し悪しが成長の程度に連なり外界との真摯な対峙と自己の反省の周期をもって倫理道徳の実際的な基準が宿ると共に良質な生産を見せ、感性と論理と実態の健全な人間性と連なる。同じような感性を備える人々が集まり根の同質的な基盤の下に利益の増産的な協働が進行する。この基礎的皮膚感が異なると長く共存する関係には及ばない。