根源性と全体観の問い

曖昧な生産性という感覚が、科学技術の力を用いるほどに進み、物的即効性の感度が強まる。この感覚への流れが速まり多様な観点を喪失し、感性の貧困化へ及んで人間の物理化が生まれる。樹木や草木を見ても生物物理的観点による現象化を描き、情動的質感を抱く余裕が弱まり、生命観を感じない一方的利用の制御や創造が強まりを見せる。この感覚が人との相関に反映し、人の物化に連なり、道具と自然と人間の連鎖と見て取れる。経済的合理性や単純効率性を求め無駄をなくし、コストの圧縮と利益の増進という方程式によって価格優位性による競争の差別化のトレンドからごく自然に及ぶ機械化や自動化の流れを指し、これが基調となり、さらに低コストの生産現場を開拓し、価格の優位性へと志向される。この結果、各種の負の側面が顕在化し、適度な物理化という観点が強まって心理面への適正を図り道具と自然と人との相関を見出す所に健康な感受性を根にした反応が発生する。

局所的な特定集団のみでは周辺環境に従う判断へ及び、中局や大局の構造から適正化の枠組みを設けて、局所では賄いきれいない限界を適度化する発想が生まれ、制度や規制を作る事の意義が生まれる。規模の合理性による価格訴求の集約性へ一定の箍を嵌めて中小零細事業者の生存を果たす仕組みをもって適正化される。出口からの再配分による調整では物理化の感度は制御されず、自主内発の制御や自律性を向上させて単純効率性よりも多様な観点を見出し質的変化への志向や生産へと意識が進められて人間側の創造力の豊かさや需要の多様性が生み続けられる。

こうした根本性の問題への認識を形成し、共通的な事柄への感性が生まれて、問題の上流的原因を抑えた改善の方策を投じる抜本性の変化へのニーズが強められる。近代合理性からの反省と学びをもって根源的基礎研究の成果を生かす向きに関心が図られて、持続可能な生存と共存の循環体系が生まれる。これへの判断が各種二次三次の下流工程における発想や生産性へ連なり、土台感覚の相違が下流での感度を分け、勢力やグループの性格を作り違いに現れる。マクロ的な面からこのような根源の原理を踏まえた発想に及ばせ、権力や財力、知力の用い方へ応用させて単調な物理性への適度化が進められる。リーダーという主導的な立場を選定する際の最も重要な観点の一つになり、この面から世界の基調が起こり需給構造の性格や産業構造の在り方や、心理と物理の相関や割合の制御性へ及ぶ。

根源的な原理と志向性を表し、共通的な価値と個別性へ反映し、長く持続可能な生態系をデザインし作り上げる工程が求められる。特定地域のみならず全域に渡るリーダーに求められる課題に配され、リーダーのみならず万人的な問題意識に浸透して、主導者の適正な選択や生産に及び意図しない人間性へ流れる事への制御が生まれる。この観点が弱いと歴史の根源的な学びが足らず教訓を生かす態度が生まれない。適正な世界観や人間像を形成して、土台的な価値の上に各種発想を投じる賢明な生産が求められる。こうした面への問題意識が弱いと、一過性の利己主義に走り、力を適正に外界へ用いるに及ばず、局所性の利益へ偏り無責任な能力の足らないお飾りを担ぐことへ及ぶ。この失敗は繰り返すべきではないと考えます。

哲学のない経済や政治は、根のない機械性や利己性を進める。纏まりある価値の体系を示しきれず考えの定まらない受動的な体質に力を預ける事無く、賢明な意思を表し作るエネルギーとの一体的な工程を遂げる生産性に、健全性が生まれる。お飾りの学者や政治家、世襲の坊ちゃん、物理依存の激しい財界人や資本家という類は大きな力を預ける要件から外れる。根源性とマクロ観を少なくとも示し地球全域に渡り賢明な価値観の実現へ及ばせる事への期待と実力を冷静に測定して正しい判断へ及び良好な世界への軌道へ回る。こうした観点を欠いて枝葉の事をいくら言い争ってみても、すぐに限界が訪れる。問題の先送りが出来ない時点にあると思います。世界的な議論として本腰を入れて強め賢明な選択に狭まれている。独り善がりの心象であるかどうか、多くの人々の感じ方をお教え頂きたく本書を起こしました。

 

 

社会の中長期周期で映す観点

上限並列という構造感覚が作られ、領域という範囲の実感がどことなく生み出される。それを鮮明化して管理したいという欲求から、領域を表す観念が付与され、個々の違いに統一性が作られる。その全体に一つの生きたい有機体を抱き、個々の細胞が一つの意思によって制御される。積み上げ的な因果の形成から次第に纏まりある一体性を抱く過程を表す。トップダウン的な一体性を形成するアプローチは、まず領域の意思を設計し名称を当て、それらを構成員に下すという力を強く進める過程を指し、個々の自主内発的な歴史の経過で生まれた心象や認識よりも、人工的なシステムの最適性を抱き、ごく限定的な設計者による機械的な体系を描き出される。根元の感受性と合理的図式との分断性が現れやすく、時と共に次第に抱き作られる自然形成過程による流れとは若干異なるアプローチを生む。

外界の環境変化から、内部の求心性が弱まり、脅威的な環境への心象が高まり、より強い組織体を意図して、大枠や大局からの整合性を高めて外部への強い発信力を意図する際に、歴史的な過去の規則性を作り直して、全体としてのパワーを高める作業が生まれる。右肩上がりの成長ステージには、特段問題意識が強まらず、日常の感覚をあまり変化せずに、同様の規則性をもって環境との調和が図られるものの、競争の激化と及んで、新たな規則性や理論を打ち立て、生存への適正を作り出す機会が発生する。

小さな問題意識が生じながら、次第に待ったのない変化へ狭まれ、大胆な改革を強いられるか、小さな問題をある程度の所で、受動的な反応に寄らない自主内発の改善をもって、少しずつ変化を見出すかの差が起こり、問題へ蓋をして先延ばし、各自が利己的な判断を優先する程に、組織全体の力は弱まり、大きな変化を余儀なくされる。利他の意識や全体の利益という感覚が弱まるほどに、こうした事態を招き極端なトップダウンによる最適性を計ることなしには生存が途絶える未来が予測され、致し方なく大きな変革を執行する事へ及ぶ。日頃から体質となり作られた発想や論理の傾向や行為への性格が、基盤的な感受性と作り出され、利己性の強い体質や利他への志向とこれらの割合や相関の作り方に現れ、上述のような問題との対面と対処の仕方に違いが生じる。

組織が作り上げる物事の性格や、需給構造の規模や質によって、組織の感受性の性格に現れ、組織員の性格が生まれる。協働的な連携による製品サービスの産出か、個々人の分断的な生産性や特殊技術力による産出といったアウトプットの違いが組織形態に反映し組織の意思の在り方と掴み出される。健全な技術の積み上げ的な改善を持つ規則性と、盗みや詐欺の性格に近い規則性等の違いと現れ、生産性や人間性の質が生まれる。後者に及ぶほどに、人との上下という感覚が強まり、単純な尺度による優劣性を抱き、対面の作法に現れる。前者においては各種工程における各自の能力への尊重と協働感覚が生まれて、上下というよりも並列性の対話感覚へ至り、人との関係に現れる。何を作るかが曖昧になるほどに、単純な変数による力関係へ流れ、心的な健全性は劣って物的機械性の方程式を内蔵される。

法による統治や原理による制御というよりも人的恣意的な属性に従属する感性が強まり、単純物理原理で支配される秩序が形成される。「盗みをやってこい」といわれれば、そのまま従うより自己の生存の道はなく、個々の真面な性格は作られない。この世界を望むか、各自の生産性を磨き技術の向上を求めて、心理的倫理や道徳を重んじる生産体系を築くかの、欲求の違いが作られる。楽をして糧を得る体験を得ると、真面な感性が壊れ、利他より自利の性格を強めた人間性が増進し、モラルの破綻と体質の悪性が積み上げられ、犯罪体質で慢性化する。どこかで取り締まられて、根本の感性からの変化を強要されて、真面な発想や体質へと修復され、健康な軌道へと及ぶ。この自然循環性をなるべく壊さない事が、根源的な原理となって、文化基盤の良性に及ぶ。クズな性質の領域が蔓延ると、悪影響が広がる。

直接間接に、盗み体質が常識化して、利己性の強い一過的な発想や手法で糧を得る生産構造が強まり、社会の崩壊を招く。法律を恣意的限定性の利益を遂げる道具として作り人口性の秩序で制御し、利益を得る容易な方法を採用される。愚図な性質は物理性の用い方に現れ、外への利益よりも利己的志向に力を当て力による制御性を進める。政治、マスコミという領域に現れる生産性や人間性が、明瞭に掴みだされる。クズは連鎖し、これへの抜本的な最適性という構造への変化に着手しないと、破滅的な問題の先送りが重ねられ、歪な構造や性質が深まる。

欲望過多で利益を作らない悪性へ及び、物的弱者から盗む生産が進む。悪い意味の力の固定化に及び、愚図が愚図のまま生き残る。このような長期性の観点が備えられて、局所事象や構造の在り方を適正に認識し、問題の序列感覚を持って適正な改良への力が進められる。淡々と、良好な法による取り締まりが進められ、下限的な躾の水準を向上させて、積極的生産の基礎が起こり、より高度な生産体系へと更新する実施工程が生まれる。良好な旅を遂げるには、逃げられない工程が生まれる。妙な偽善の線香臭い集団なととは切れて、健全な性質を中核にして、腐りの連鎖を断ち切り、真に健全な文化への道筋が生まれる。

未来型の社会ビジョンが形成され、問題や好感事象が鮮明化される。中長期の根本原理を基に短期性の事象への性格をつけ、適正な対処策や有るべき基準が設けられる。クズは逃げられない。