車には、アクセルとブレーキとハンドルが付いている。これに道路があり、車の流れに沿って走る事に快適性が生まれる。制限速度50キロという標識があっても、70キロで皆が走れる状態と認識して70キロで走っていれば、それが標準を指し、自然形成的な心地よさが生まれる。妙に、看板の速度に拘って走るものが要ると、不快が起こる。自然状態に動の適正があり動に即して動を起こす感性に調和感覚が作られる。
頭が凝り固まって、体の感覚が弱まると、自然形成的な調和を見出せず、妙な所でブレーキを踏み、妙な所で急発進する。ハンドルもふらふらして、真面な運転とは見做されない。頭でばかり運転の方法を入力して、実地が出来ずに落第する。これと映る事象が少なくなく、体による確信性を掴むことにおいて確かな基準が体に浸透し、迷いの少ない運転が図られる。言葉や論理、振る舞いにも反映され、びくびくした態度は明瞭に外界へ、自信のなさを表される。
これが、一部の歪みの激しいマスコミや政治家、財界人の姿を指し、体から芯を作らず、金や物理力に過度な依存を見せ、現場での確かな信頼を形成する道筋を外した肩輪の体質と現れる。物事を執り行う適当な発想や手順が思い浮かばず、力んだ力で物事を動かす習性が生まれ、マニュアルがないと何も作れず、言われたままで、自己の標準を持たずに、善し悪しの判断も生まれず、ただ歯車の一部と作用する。根本の基盤がない事から、応用が利かず、諸条件的な変化に適当な反応が及ばず、ぎこちない無駄な動きが多発して、自然調和を掻き乱す。
こうした事態に寄らない為の、人間ビジョンと形成過程への探求が深められ、根元の良質性と強い幹を形成する事に、力点が合わされる。基礎基盤が脆く、無駄な枝葉ばかりを茂らせ、不格好な体系に及んで、妙な花を咲かせる。これに及んでは、周囲の美観を掻き乱し、変な生物の連鎖を起こし、生態系の根本的な性質を悪化させる。
文化の下地の良質性が、物事の源流に配され、長きに渡る調和の規則性を作り上げる。出来損ないの生物が、森林の中心に育つと、その色合いに染まった環境が生み出される。健全な根と幹は壊すことなく、人間の基礎と生き続け、良好な生存と共存の波長が流れる。
ボンボンの力んだ姿を煽り、そこからの果実を得ようとする虫けらが現れ、責任意識の弱い利己性に偏り、自己のみの富を意図して、環境の劣化を招かれる。表面に現れず、裏でこそこそ糸を引き、良い所ばかりを吸収して、失敗へは関与せずという集りの性質が根本的な害虫を指し、生物の本質を崩壊させる。
テレビドラマで描かれるような善悪像に寄らず、物事の真相を的確に掴み、悪性と良性の識別を図れる見識が求められ、この能力が根と幹に築かれて、軸の定まる健全性が起こり、長きに渡る自然な調和を齎せる。内面と外面の連なりをよく吟味し、壊れた性格を適当な配置に取り、真に良質な力を構図の中心に取れるかによって未来の適正が訪れる。
生物の成長や成熟段階が発生し、身の丈に合った振る舞いを作る事が内面と外面の整合にあり、妙な欲求過多によると、過剰な美観や力んだ態度を表し、内外が乖離する。失敗への過度な回避性や手先の誤魔化し技術などは、歪な性質を指し、自然な感性を表出させ、実地の学びを積み重ね、真摯な対峙を執り行う成長の過程から、真に良好な感性や能力が作られる。内外の一致、言行の一致という、文化原則が反映され、動に即した動を見せ、大樹へ向けた道筋が生まれる。これを起こす根の良質さが、富の源泉とされる。
頭ばかりが妙に発達して、足腰が貧弱でポキンと折れる生物を作り上げては、指導者の能力や感性に問題があり、配置の不適格を指す。マネジメントの良質性が、生物の基調を生み、主導者の力量が試される。
妙な評論ばかりで外界を掻き乱し、安直に糧を得る根の細い人間性が少なくなく、現代的な正負の適正な認識をもって、表面の真価を掴みだし峻別する力が求められる。詐欺や盗み症は害虫を指し森林の根本的な破壊を齎せる。欲ばかりが先行して抜け道ばかりを発想する性質は、端っこにおいて、悪性の連鎖を予防する手立てが欠かせない。害虫予備軍を育てる事無く早期発見と対処が望ましい。定番と変わり者と季節ものといった健全な識別において、真なる調和の図式が描かれる。
妙に、小ずるい性質は、正より負を作る。日本文化とは相いれない。