「都合のよい所を取り出すな」等と言われる。生きる上で必要な事柄を本能的に選びだすのが自然な反応を指し多くの人には個別的な生産の立場が生まれそれに即した都合のよい論理を作る事は至極自然な態度とも解される。そして生産的な影響力が高まるほどに大きな役割が期待され個別限定性の弱まる広がりを含んだ利益を求められる。直観的な本能から次第に、思慮深く多くの人の利益を鑑みて事象を探し選ぶ態度が求められる。これらを導出するのに根源的な思索などへと深まり、「万人の利益とは?」等への問いと答えを探す事へ及ぶ。それを予め示し利害関係者への共感から一定の支持をもって場所や配置と資源が与えられる。自己の提起と共感と負担の過程と需給構造が生み出される。こうした生産的な役割への形成過程の認識が置かれ、そして時々の個別場面での態度とそもそものビジョンとの適正が問われ検証の過程が進められ善し悪しの態度が示される。評価する側から善し悪しへの根拠が示され大本の理念との齟齬がないか、多様な個別的な立場からの意見が加えられる。利害関係者が増加する程に多種多彩な個別的な立場の利害を背負って表現への適正を測定し色々な意見が生まれる。自己の都合の良い点はプラスに評価し悪い点はマイナスの態度が生まれる。このような総枠的概念と個別的な立場との構図が現れる事への認識が起こる。総枠的な概念を予め示すという点が足らないと混乱が酷くなり需給構造の建設的なエネルギーよりも負の評価という力が生まれる。生産者の適正な理念やビジョンが求められこれが満たないまま寡占構造による力関係を作るほどに健康な精神性や創造の力が起こらず物理依存の一方向的な強要が起こり役割への根本的な問題意識が生まれる。躾レベルの下限事項を超えるなどとなれば重要な生産倫理の欠如を指し大きな利益を作るどころではなく基礎的利益も作れない堕落を指し過剰な力の保有と適正な管理を欠く責任の不足という判断に及ぶ。