9)自然現象と社会現象

国民の利益と人間の利益という対象範囲の広がりが起こる。地球という同一基盤に人々の意思で線引きをして、領土や領海領空という統治範囲が決められる。自然現象が基盤的な因果と繋がり、人工的な利益を意図して心理現象が図られる。こうした中で、国民と国民以外という制度上の区分と人間という自然現象で見る区分が生まれ、前者で規定した事柄と後者との相関を伺いながら、国民との利益と人間の利益という概念をもって、持続的生存と繁栄へ連なる方法を導く事が求められる。

国益ばかりに固執して人間の利益を喪失しては最上の理念を叶える方法へ及ばず、後者の点を踏まえて前者の立場を作る発想が求められる。国家という主体性の意思に、こうした要素が含まれて、他国の人々の利益を包含して自国の利益を追求する態度が求められ平和主義なる方針が設けられる。国境を超えた経済的交流の実態などが抑えられ、自他との適当な相関を導き、制度や法規、条約などが作られる。自然現象による他地域との相関と共に心理現象から生まれる外へ開く部分と中の循環を保つ部分とを鑑みて、利益概念と中身を作り利益を充足する方法が生み出される。こうした大局的な観点をもって、社会システムの実情を浮かび上がらせ、国境という限定に寄らない実際上の相関を浮かべシステムの最良性を遂げる事へ及ぶ。自然現象と心理現象という観点から自然と人間の適正な相関を作る道筋が描かれて健全な主体性が作り出される。政治という立場においては、しばしば国益への執着が高まり、他国との軋轢を深める事へ対して国民という概念ばかりに寄らない人間の利益という立場からの最良性を引き出す研究が進められて、教育や文化という領域からの知見を作り調和を見出す相互協働関係が生まれる。こうした要素を含み思想的な立場を形成する事へ及ぶ。偏狭な感覚が強まるほどに社会現象ばかりへ意識が向かい歪な欲求や方法を投じられる。自然現象との関わりが弱まる事から人間の適正が崩れ、恥ずかしい、ちいちゃい人間が生まれる。

事象解明への道筋

「事象を断定する」ことの重みが弱まると後で困る。どんな意図と確信を得て断定に及んだのか。この因果関係から表現者の人となりが現れる。

場所と時に相応しい、緊張のはり方が生まれ、比較的緩い所では、そんなに厳密な根拠をもって会話を作る事もなく、しかし人の利害や生命へ直結するような想定においては、確かな根拠の実感の作り方に焦点が集められ、一次現象を作る立場と、二次的な配置で想像力を働かせ推察する立場との違いや作法の適正が生まれる。他者への生命観が弱まるほどに、確信性を持たずに、安易な断定表現を示されると、表現者の根本的な性質への疑念が生まれ、その真相次第によっては関わりを遠ざける心理が働く。「なんていい加減な性質なのだろう」という心象が生まれて、どんな利益を意図して表現を起こしたのかへと表現者への真相を深める問いが生まれる。推察力や分析力や、欲望の起こり方という面から、表現者への能力や感受性の適正が問われる。或いは問題の真相を追求する契機の深まりへと及び、問題を作った当初の意図とは異なる二次的な展開へと発展する事も予測される。人々の関心が集まり、直接的な事象から間接性の因果へと広がり、当初とは予期せぬ真相が解明されて行き、真価を掴む事へ及ぶ。

正直な心持で良き動機を備えて健全な力を起こした人々と、歪んだ心根で、歪な精神性による創造性を投じた人々とが明瞭化されて行き、確かな事象の真相が浮き彫りになって、責任の所在などを問う事へ及ぶ。利益を得た人と被害を受けた人が特定され、それが正しい理屈に則った結果であるのかが吟味され、悪性の程度によってはエネルギーの再構成へと及ばせて正常化される。断定が出来ないように、様々な工作や悪智慧を働かせるという精神性も中には起こり、どんな所に問題の根を見るか、事象の深まりへと進んで、100%の事象へと少しでも近づくように多様な観点が生まれる。

多くの事象は、利益を得る立場と不利益を受ける立場が発生する。これが事象の起こる根源になり、意図する利益の在り方と入手方法への適正が問われる。予め規定された「してはならない事」を超えると言い訳が出来ずに、見えづらい人間の精神性の歪みが鮮明化される。外界に知覚される事柄と内面的な精神が繋がり事象の実態へ近づく。生物物理的な実感と心理的な実感という面を主にして事象を探り、真相真理を追求する事になる。クズな性質が次第に浮き彫りになり健全性へ改善する力が進む。生と滅の不可分性の原理を元に適正が問われる。

哲学や文化の起こり

感覚や感受性に実態があり、その中から言葉という観点の一部を取り出して事象を表す作業が生まれる。つまり、事象は前者の側を100%とすると後者で一部を限定することになる。この構造をどこか忘れ去られ後者を100%であるかの錯覚に陥って事象側との不一致を起こし事実とは違うという軋轢が生まれる。日頃、常識的に用いられる「事実や価値」という言葉の真相について根源的な観点を振り返り粗雑化される感性を蘇生させ、健全な性質を維持する周期が内蔵されて肥満な体質からの劣化を制御し健康な性格を図り確かな根本性の持続の上に良質な生産や創造、協働や共生共栄の世界が生まれる。哲学や文化という根源性を探求する分野の存在意義を指し、基盤が脆くなるほどに悪性事象が表面化する因果が確認され基礎基盤の適正へと意識が向かい良質性を堅持する作用に重みが生まれる。様々な歴史的な範囲の想定が描かれる中で長期的に変容しづらい人間の根本的な性質へ視線を及ばせ作り出した技術力に制御される流れを適正化し人間側の健康な意思が確認されて人と技術と自然の適正な調和を見出す発想から良好な調和が生まれる。一部の供給者による大きな影響力に対して受動的なまま制御される事なく確かな根源性が抑えられ、どんな人間性に適正を抱くか、不動性と変化との認識を持ちながら自己の側に軸をもって外界との適正を図り主体性が作られる。二次三次に加工された概念や生産の根源性への認識が弱まるほどに確信性が痩せ細り惰性に流れ取り返しのつかない体質へ嵌る懸念が起こって人間側を適度に作り込む事へ及ぶ。物質文明の正負の側面が確認されて物理従属的な姿への不適正を鑑みて良質性を作る哲学や文化という領域が欠かせない創造性に思われます。傲慢な薄らバカな態度は際立ち現れる。平和を壊す根源を指す。